超能力者の私生活

盛り塩

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第50話 ベヒモス⑥

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『ぐるうぅぅぅぅぅぅ……』

 残り三体になったベヒモスは一旦立ち止まり、百恵ちゃん達と対峙する、
 楠彩花を真ん中に、その脇に一体ずつといった陣形。
 対してこちらは、それを取り囲むようにJPASの戦闘員が半円を書いて、その中心に百恵ちゃんが大将として構えている。

 どう足掻いてもチェックメイトな展開だが、しかし百恵ちゃんをはじめ戦闘員の皆さんには余裕が感じられなかった。

「申し訳ありません七瀬訓練生。楠隊員がベヒモスの複数体と接触。その際にファントムが触発され、飲み込まれました」

 マシンガンを脇に挟んだ隊員の一人が百恵ちゃんに近づき耳打ちする。

「ふん、ドジを踏んだな」

 肩で息をし、疲労の色が見える百恵ちゃん。
 無理もない、この小さな体で能力を連発しているのだ、疲弊もするだろう。

「……申し訳ありません、連携のミスが出ました」
「私よりも菜々のほうが堪えているようだぞ?」

「……最恩、すまない。キミの相棒を……」

 菜々ちんへと悲痛に歪んだ顔を向け、謝罪する隊員さん。口ぶりから察するに彼女とは面識があるようだった。バツが悪そうに声を絞った。

「……いいえ、先輩は私の応援要請で来てくれたのでしょう? だったら、悪いのは……私です」

 と、涙をボロボロ落として俯く菜々ちん。
 しかしすぐに顔を上げ、決心に満ちた表情を見せる。

「でも、だったらせめて先輩の名誉だけは守りたいと思います。…………速やかに……処分しましょう」

 泣きながら歯を食いしばり、しかし目はしかと前を向けて言った。
 その視線の先には、長い金髪をなびかせ立つ楠隊員の姿があった。

 ゴーグルに隠れ表情は見えないが、口は固く閉じられ無表情にたたずむ彼女。
 焦点の合わない血走った目と、狂犬のように荒れる口元をした他のベヒモスとはあきらかに様子が違った。

「ふん、それ以外ヤツを救ってやる手段は無いのだからな。当然であるぞ」

 百恵ちゃんが戦闘態勢を取る。
 彼女の体からじわりと霊鳥型のファントムが滲み出てくる。

『ぐるるぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅ…………』

 脇のベヒモス二体がそれに警戒色を示し、

『ぐるぁっっっつっ!!!!』

 同時に飛びかかってきたっ!!
 ダラララララララララララララララララララララララララララッ!!!!
 それを狙って一斉掃射されるマシンガン。

「唸れガルーダっ!!!!」

 そして放たれる百恵ちゃんの能力《ガルーダ》。
 銃弾の雨は二体のベヒモスはもちろん、楠隊員をも貫く。
 百恵ちゃんの放った能力も三体すべてを巻き込む範囲でいくつもの圧縮空気が出現し、一斉に炸裂した。

 っどむっ!! ドドドドドドドドドガァンッ!!!!

 瞬時に膨張した空圧が広がり、裂けたベヒモスの肉片と血が周囲に霧となって散らばった。

「――――やったっ!??」

 そう思った私だったが、菜々ちんの表情は苦悶のまま。
 かつての相棒であり先輩が目の前で処分されたのだ、彼女の胸中を思うとその表情も当然と言える。しかし彼女の表情の意味は別にあった。

「……ぐうっ」

 能力の連発使用でさすがに限界が来たのか、百恵ちゃんが苦い顔で膝をつく。
 戦闘員たちは銃を構えたまま一点を見据えて動かない。
 やがて臭く赤い霧が晴れて、その視線の先が現れる。
 そこには、まるで何も無かったかのように佇む楠隊員の姿があった。

「え?? …………な、なんで!??」

 確かに銃弾と百恵ちゃんの攻撃は届いていたはずだ、その証拠に二体のベヒモスは跡形もなく消え去っている。
 それほどの攻撃を受けて無傷……それどころか身につけている戦闘服やヘルメットに銃痕の一つすら付いていないというのはどういう事だ??

「……やっぱり、通用しませんか……」
 何か思い当たる理由があるかのように、苦々しく菜々ちんは呟く。

「怯むなっ!! 一斉掃射、撃てっ!!!!」
 戦闘員のリーダーらしき人が叫ぶ。

 ダラララララララララララララララララララララララララララッ!!!!

 再び、掃射されるマシンガン。
 今度は的は一つだ。外しようがない。
 しかし、銃弾は彼女を素通りし一発も当たった気配がない。

「なんで!???」
 私の疑問に菜々ちんが唇を噛み、答える。

「あれが……彼女の……楠彩花の能力です」
「え??」

 たしかさっきの百恵ちゃんとのやり取りで、部分的瞬間移動……体の一部を瞬間移動させる能力とか言っていたが?

「まさか……それで弾が当たらないの??」

 銃撃を受けている時、少し体がぼやけて見えたが……まさか瞬間移動でかわしていたとか!? しかし部分的とは!??

「…………本来、先輩の能力にはそこまでの力はありません。
 彼女の能力は……体のほんの一部分、たとえば手の拳とか足先とかを瞬間的に数センチほど空間カットさせる力だったんです」
「手足の先を数センチ?」
「……ええ、それでも使いようによっては強力だったんですよ。たとえば格闘戦なんかの場合、ほんの数センチでも手足が空間を飛べばそれはかなりの武器になります」

 それは、まぁわかる。
 たとえほんの僅かでも間合いをズラすことが出来れば、プロの戦闘員や格闘家の中ではそれはもう反則級の技と言えるだろう。しかし――――、

「はい、それでも片桐さんや百恵さんのような強力なPK能力者たちと渡り合えるものではありませんし、銃撃をかわせるものでもありません」
「じゃあ、どうして!??」
「それが、ベヒモス化の恐ろしいところなのです」

 菜々ちんは唇をかみ締め、忌々しげに説明を続けてくれた。
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