超能力者の私生活

盛り塩

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第45話 ベヒモス①

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 エスカレーターで一階に降り立ち、いよいよ次は中華をご馳走になるぞと出口へ向かう。

 その時、後ろの化粧品売り場から騒ぎ声が聞こえた。

 何事かとそちらを見れば、売り子さんと女性客がもみ合っている。
 なにかトラブルだろうか!?
 客の若い女性はものすごい形相で中年おばさん店員の首を締めにかかっていて、他の店員がそれを止めに入っている。
 周囲は騒然として人集りが出来つつある。
 警備員さんが駆けつけて来ているから、じきに騒動は収まるだろうと思うが……。

「なにやってるんだろうね? よっぽど店員さんの態度が悪かったのかな? それとも不良品でも買わされたとか?」

 にしても首を絞めにかかるなんてよっぽどだ。
 最近、短気な人も増えてきたし、そういうこともあるのかもしれない。
 どちらにせよ私には関係ない事だと店を出ようとしたが、菜々ちんの様子が少しおかしいことに気が付いた。
 彼女は騒ぎを起こしている女性を険しい顔で凝視し、手は鞄の中に突っ込んでいた。
 たしか……その鞄の中には拳銃が入っているはず……!?

「ど、どうしたの菜々ちん」
 声をかけると菜々ちんは緊張した面持ちで、

「……あれは……ベヒモスです」
 と、つぶやいた。

「え!?」

 私は驚いてその女性客に注目する。
 すると確かに私が過去に遭遇したベヒモスと様子が似ていた。
 遠くてはっきりとはわからないが、、目が充血してヨダレを垂らしているように見える。少なくとも騷ぎ方が異常で、正気ではない。
 商店街で襲ってきた包丁男と、量販店で車ごと突っ込んできた老人を思い出す。

「え……と、どうする……? 止める??」

 ベヒモスとは超能力者がその力を制御できなくなって暴走した姿だと教わった。
 なので何となく、同じ超能力者である私たちが彼女をどうにかするのが筋だと思って聞いてみたのだが、菜々ちんの答えはまったく違っていた。

「いいえ、こちらに気が付かないようなら、このまま立ち去りましょう」
「え? いいの??」
「ええ、こちらに危害を加えない限り私たちが手出しをする義理もありません。
 バッジの反応も無いですし、組織の人間でもなさそうですからね」
「バッジ? 反応??」
「はい、これです。入所式の時に所長から頂きませんでしたか?」
「あ~~~……あれ? 
 あれは貰ったけど……なに? 付けてなきゃダメな物なの??」

 すると菜々ちんはセーラー服のスカート裏に付けている自分のバッチを見せて、

「これはJPAやJPASのメンバーを示すバッジで、中にICコード入っています。それをこの専用アプリで確認するとメンバーの階級や色々な詳細データを見ることが出来ます。
 ただ、幹部以外のほとんどのメンバーは詳細データを見る権限が与えられていないので、普通会員がこれで確認できる事といえば相手が同じ組織の人間かそうでないかくらいしかないのですけれども」

「……じゃあ、あまり役に立たないんじゃ?」

「そうでもないですよ、付けて無ければ一般人と区別されずに片桐さんみたいなPK術者の一掃攻撃の巻き添えを食らっちゃうこともありますし、それに、もしあの彼女のようにベヒモス化した場合でも、メンバーであるならば仲間が迅速に捕らえて始末してくれます」
「し、始末って……殺されるってこと……?」
「はい。説明されたと思いますが、一度ベヒモス化した能力者は二度と元には戻りません。暴走を止めるには殺すしかないんです。
 ……同じ殺されるにしても、暴れ、被害を撒き散らして犯罪者として社会に処理されるよりも、組織の人間として秘密裏に葬られる方が、本人にとっても家族にとってもいいでしょう?」
「それは……。 ……じゃああの人はどうなるの」

 すでに警備員とのもみ合いにまで発展している騒動を指差して言う。

「彼女はメンバーではありませんから、このまま警察に犯罪者としてつかまるでしょうね。正気を戻す事はありませんから、その後は相応の施設に送られるでしょう。家族がいるのならば負担は大きいでしょうね。被害者への賠償はもちろん、世間体とか色々、問題は尽きません」
「何とかならないの?」
「今、説明した通りすぐに殺すのが一番なのですが、メンバーでもない者のケアまでやっていてはキリがないのですよ。報道はされてないのでご存知無いかもしれませんが、事例は年間、何千件に上りますし我々の人手にも限界がありますから」
「そう……」

 そう言われてはどうしようもない。
 気の毒だがあの人は警察に任せるしかないようだ、後はせめて被害が大きくならないように祈るしかない。

「まあ、それもあくまで、我々に危害が及ばなかったら、の話ですけれども」

 菜々ちんが嫌な顔をして銃を引き抜いてしまう。
 ちょ、こんな人前で大丈夫なのか??

 だが、私も気が付いてしまう。

 あの女性客――――ベヒモスが、いつの間にか私たちを睨んで牙を剥き出していることに。
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