超能力者の私生活

盛り塩

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第28話 食堂・尾栗庵①

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「うぉ!?? なにここ?? おしゃれ!!」

 お風呂から上がり、離れの建屋にある食堂へと連れて来られた私は、思わず手を頬にあてて飛び上がった。
 尾栗庵《おぐりあん》と書かれた木札が掲げられているそこは、一口で言うなら小洒落た欧風の喫茶店のようだったからである。
 訓練生専用の食堂っていうからてっきり学食のような無機質なものをイメージしていたのだが、いい意味で裏切られた気分だ。

「そうでしょ? ここは私も気に入っているんです。食事だけじゃなくちょっとした休憩にもよく使うし、飲み物も食べ物もみんなタダだから気楽に使えますよ」
「タダとな!??」
「はい、全部タダです」

 なにその楽園?? え? 住んでもいいですか??

 そう興奮する私にニッコリ笑いかけ、彼女は適当な席につき、メニューを渡してくれる。開けてみると、洋食のみならず、和食、中華、アジア、インド料理と、ありとあらゆるジャンルの料理が載っており、アルコールまである。

「では私は飲み物を取ってきますね。宝塚さんはコーラでいいですね?」

 デブ=コーラの図式をなんの悪気もなく無意識に当てはめ、私の返事も待たずにドリンクバーに立つ菜々ちん。

 くやしいがコーラで当たってるぜ? あんたいい嫁になるよ。

 露天風呂で聞いた話だと菜々ちんは普段、高校生をやっているらしい。
 訓練学校とJPAの仕事と普通の学校の三足わらじはキツイだろうと思ったが、高校の方は多少欠席が目立っても何とでもなるらしい。

 なにがどうして平気なのかは聞かぬが仏。

 私も一緒に高校に行かないかと誘われたが丁重に断った。
 編入試験はどうとでも出来るらしいし、通う意志さえあればすぐ手配出来るみたいだが、しかし問題は私のこの能力にある。
 菜々ちんのような情報系の能力ならば黙っていればわからないのだが、私の場合はそうはいかない。
 何かの拍子で怪我でもして、そしてそれを修復する様を見られでもしたらややこしい事になってしまうのは容易に想像できるのである。

 だたそうなった場合、危険なのは私ではない。

 見た生徒達なのだ。

 商店街での出来事を思い出す。

 同じ学校に通う生徒をむざむざ犠牲にはしたくないだろうと告げると、菜々ちんは納得して引いてくれた。

 しかしそうなると逆に、けっこう時間が余ってくるらしい。
 というのもこの訓練学校、授業とは言っても生徒の種類はさまざま、私みたいな若者もいれば、社会人や主婦もいたらしい。なので、それぞれの生活の都合に合わせたスケジュール体系になっており、基本、授業は教官との都合が合う日取りで、それも一、二時間程度の軽い内容となっているらしいのだ。

 そんなものでいいのだろうかと思ってしまったが、死ぬ子先生も言っていた通り、あくまで目標は『最低限の能力の制御』が出来ることらしいので、これで十分とのこと。
 要は強力な超能力者のベヒモス化さえ防げればいいというわけだ。
 ならば余った時間はどうして過ごそうか?
 バイト? いやいや、学校と同じ理由でバイトもマズいだろう。それにもうバイトをしなくても配給金で十分生活出来るし。

 ん? そうなると私、もう何もすることがないのか?

 外に出て、人を危険に晒すのを避けるならば家に閉じこもっているしかない。そしてその資金は無尽蔵に提供されるとなると……。

「よし。ゲーム買ってこよう」

 私はニートになることを即断した。
 いや、まだギリギリニートではない。私にはまだ訓練学校生という肩書が残されていた。そう、今の私は専門学校生のようなものなのである。
 人に普段何をしているのかと聞かれたらそう答えよう。

「なにをブツブツ言ってるんですか?」

 菜々ちんがコーラを持って帰ってきた。

「いや、今後の人生について少し思うところがあって……」
 しんみりと答える私。

「ゲーム買ってくるとか聞こえましたけど?」
「……うっ」
「ご注文お決まりでしょうか?」

 絶妙のタイミングで注文を取りに来てくれるウエイトレスさん。
 赤い髪を二つに結って、リボンとそばかすが可愛い、某ハンバーガー屋のイメージキャラクターのような女の子が愛想を振りまいて立っている。
 歳はずいぶん若く見える。もしかして中学生くらいだろうか?
 胸の名札をチェックすると『日比野 宇恵』(ひびの うえ)と書かれていた。
 これから毎日お世話になるのだ職員さんの名前だ。覚えていて損はない。

「あ、こんにちは宇恵さん。こちらは新人さんで宝塚さん。よろしくお願いしますね」
「は……はいっ!! 聞いております、よ、よ、よろしくお願いしましましま」

 私を紹介されたとたん、なぜかプルプルと挙動不審になる宇恵さん。

「新人の宝塚女優ヒロインです。以後お見知りおきを」
「ぶはっ!!」

 たまらず脇で顔を押さえてうずくまる宇恵さん。
 なるほど……私の鉄板ネタの餌食になっていたというわけか。

「し、失礼、しましましま……あ、あの……げふんっげふげふっ」

 かまわんよ。ゆっくり立て直してくれたまえ。

「ご、ごめんなさい。あ、あのお噂はかねがね……」

 どんな噂か??

「お、お、お……思ってたよりもずっとキュートで綺麗な方で驚きました。
 あ、あの……お名前と、とてもよく似合って、あ、いや、名前のことは触れちゃいけないって言われて……ああ、違うんですあの、その」

 ん? ああそうか、今は痩せてる方の私だったな。
 ……よかったなぁ宇恵くん? 普段の私だったらば今頃その腹はよじれて真っ二つにちぎれていたところだったぞう?

「わ、私は日替わりランチをお願いするわ」

 とっさに菜々ちんがフォローに入り、話をそらす。

「は、はい!! 日替わりランチがおひとつ……え、と、た、た、た、宝塚ひろひろひろひろひろひろ」

 こっちを見て勝手に臨界点に再突入する宇恵さん。

「……そうね、ではワタクシも同じものを。特盛で十人前」

 うひゃひゃひゃひゃと制御不能になった宇恵さんの声が、しばらく店内に響き続けたのであった。
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