超能力者の私生活

盛り塩

文字の大きさ
上 下
15 / 288

第15話 血だらけの商店街

しおりを挟む
「お、おい、あんた……大丈夫か!??」

 シーツをくれた店員さんが老人に駆け寄る。
 私は嫌な予感がして、彼を止めようとしたが間に合わず、

「――――う、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 叫び声が響いた。
 老人が店員の首筋に噛み付いたのだ!!
 いや、噛み付いたなんて生易しいものじゃない、食い千切ったと言ったほうがいいだろう。
 動脈から吹き出た血が辺りを染めた。
 私も含め、周りの野次馬たちもその光景を唖然と見つめていた。

「うぁ……ぁがぁ……」

 ショックと酸欠で急激に意識を失って倒れる店員さん。
 それを合図に悲鳴を上げる一人の女性。
 辺りは一気に騒然となり、野次馬たちはみな一斉にスマホの動画を作動し始める。
 私は反射的にそのフレームから外れようと場を離れようとするが、しかし老人に目を付けられて足を掴まれてしまう。

「ぎゃあっ!!??」

 とても老人とは思えない握力と、その狂った表情の不気味さに思わず悲鳴を上げてしまう。
 おまけにシーツの下は丸裸状態だという乙女の羞恥心もあった。

 ――――充血した目をテレコに動かし涎を垂らしながら、下半身をはだけさせた美少女に襲い掛かる老人。出すとこに出せば売れる動画だぞコレ!??

 などと場違いな思考をしたのは私一人じゃなかったみたいだ。
 手練の素人動画職人たちが一斉に私を撮り始める。

 止めろ止めろ!! 気持ちは分かるが落ち着けぃっ!!!!

 赤面し股間を押さえ暴れる私。
 いかん、これじゃあ連中の思うつぼじゃないか!???

 おいそこっ!! 撮ってないで助けんかいっ!!!!

 目でそう訴えたが、周囲の連中はみな動画を撮るに夢中で私を助けるどころか、その鬼気迫った表情をアップで撮り始める。SNS記事のネタとしか思っていない様子である。

 ぼたぼたぼた……。
 頬に涎が垂らされた。

「ひぇぇぇぇぇぇぇっ!!??」

 老人は私に覆いかぶさりそして――――
 がりっ!!!!

 首筋に食らいついてきた!!

「痛ったっ!!!!」

 ぐぐぐぐ……。
 歯が肉に食い込む。

 ――――ぶしっ!!!!

 裂かれた血管から血が吹き出る!!
 私は全力で老人の頭を掴み、引き剥がそうとするが力が物凄い。
 微動だにしない老人への抵抗を諦めた私は、

「――――だ、誰かぁ……!! た、救け……て」

 と再び周囲に救けを求める。
 だが、周囲の反応は相変わらず。
 ただただスマホを構えて、この凄惨な場面を記録するのに没頭している。
 一人の少女の命より、一つの認証の方が大事だとでも言うように。

 ぶしゃぁっ!!!!
 とうとう肉が食い千切られ、鮮血が吹き上がった!!

「ああっ!!」

 短い悲鳴を上げてしまう。
 しかし、ここからが私と一般人の違うところ。
 噴き出していた血はすぐにおさまり、断面が丸見えだった首筋の傷もみるみる塞がっていく。

「ん? なんだ??」

 そんな私の体を見て、数人の野次馬たちが疑問の声を上げた。

 ――――だ、だめだ、見られてる、撮られてる!!

 やばい、このままじゃ私の異常性が世間に拡散されてしまう!!

『臆病な多くの無能者が、その数の暴力で有能者を潰す』

 説明会で聞いた言葉を思い出す。
 まずいまずいまずい!! 
 こんな大勢の人に正体を見られちゃ、さすがに誤魔化しきれない。
 とっさに傷口を隠そうとするが、老人の怪力に押されてうまく動けない。

「あーーもう、くそっ!! 離れろぉっ!!!!」

 ――――――ごきっ!!
 私はキレて、全力のパンチを老人に食らわせる!!

 と――――、
 バチバチバチバチバチッ!!!!
 いきなりの雷撃が私の拳を襲った。

「いでででででっ!!!!」

 何ごと!? と思ったが、この痛みには覚えがあった。
 
 説明会のとき、所長が能力証明の代償として私に食らわせたあのショックと同じ。
 え~~となんだっけ……『ファントム結界』だっけか? の反応だ!!
 でもそれがなんで今起こったのかはわからない。

「う……うぅ??」

 すると突然、老人から力が消えて倒れ込んでくる。

「ぎゃっ!?」

 また噛みつかれるかと思い、とっさに引き剥がすが、

「……あれ?」

 老人の様子がさっきまでと違うことに気付く。
 目はうつろだが充血は治まり、焦点も落ち着いている。
 垂れ流しだった涎も止まって、呼吸も穏やかに静かに眠っていた。
 さっきまでの狂った様子が嘘のように正常に戻っている。

 え……と、どうしたんだろ、突然??
 訳がわからず放心していると、

「あ~~はいはい。そこまでだなぁ」

 と、聞いたことのある声が聞こえた。
 同時に、

 ぼひゅっ!!

 と、音がして老人の頭が無くなる。

 ブッシャ~~~~~~~~――――。

 蓋の無くなった首の断面から、噴水のごとく血が噴き出した。
 見たことがあるその光景に、私は声の主へと視線を流す。
 そこにいたのはやはり大西所長。
 気だるそうにヨレヨレのネクタイを揺らしながら、頭を掻きつつ、こちらに歩いて来ていた。

「ええそうよ、蒲田の商店街『ラ・マンチャ』の前よ。
 ええ、何? 来れないですって? ああ……そう、ならしょうがないわね」
 不機嫌そうに電話をかけている片桐さんもいた。

「所長、菜々は別件で忙しいみたいよ? 他のスタッフも都合付かないみたいね」
「あ、そっかぁ……。ん~~、んまぁ急な事だったし……しかたないかなぁ?」
 そう言って所長はため息を一つ、

「じゃ、悪いけど片桐くんやっちゃってくれる? 後始末は僕が手配しとくからさ」
 言われた片桐さんは軽く頷くと、無表情のまま腕で空を切った。

 ばひゅっ!! ボヒュッ!! ばしゅっ!! フシュッ!!

 空気が縮むような音が周囲に連続して響く、

『ぎゃっ!!』『ぶっ!!』『ゴワッ!!』『ぐぅっ!!』

 短い悲鳴も同時に上がる。
 遠巻きに私を撮影していた連中の何人かが、血を噴き出しながら崩れ落ちている。
 その体に幾つもの穴を開けながら。

 再び片桐さんの腕が動く。

 また例の音が鳴って、別の何人かが血まみれになって倒れる。

 そしてまた腕を振る――――、

 それからしばらくの間、片桐さんによる一般人虐殺の狂宴は続いたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サクラ・アンダーソンの不思議な体験

廣瀬純一
SF
女性のサクラ・アンダーソンが男性のコウイチ・アンダーソンに変わるまでの不思議な話

処理中です...