超能力者の私生活

盛り塩

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第6話 入学説明会①

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「……ああ、なんで私はこんな所にノコノコやって来ているんだろう」

 JR高田馬場駅を降りてすぐの所にそのビルはあった。
 私はそのビルを眺め、なんとも不思議な気分になっている。

 バイトも仮病で休みをもらった。

 そうまでして、なぜ私がこんな怪しげな案内状に従ってやって来ているのかといえば、それはもう完全にお金に釣られたからである。

 日当三万円。

 日々膨大な食費に追われ、極貧貧乏生活を強いられている労働少女にとって一日で三万円という数字はあまりにも魅力的。
 それは多少の胡散臭さにもおおらかに対応出来てしまうほどに。

「ま、まぁ、なにかあっても逃げればいいし、私なら最悪、死ぬことはない……」

 とはいえ私なんかと無縁であろうビジネスチックな雑居ビル。
 入るのにかなりの抵抗を感じ、モジモジする。
 場所はここで間違いはないかと、何度も案内状に書かれた住所とスマホの地図を確認する。
 そんなことをしていると――――、

「――――きゃあっ!!」

 歩道の左の方から、しゃがれた悲鳴が聞こえた。
 反射的にそちらを見ると、お婆さんが若い男にシルバーカーを奪われ転んでいた。

 え!? ひったくり??

 生で見たのは初めてだ、と、不謹慎な感動を思わず覚えてしまう。

「どけこらっ!! 殺すぞっ!!!!」

 男はひったくったシルバーカーを一振りし、周囲の通行人を威嚇する。
 営業マン風の男性が三人ほどいたが、驚いて歩道の端へと避ける。
 配達人風のたくましいお兄さんも二人ほどいたが、両方とも特に動く様子もなく遠巻きに様子を見ている。

 大の男が五人もいるんだ、一斉に取り押さえれば何とかなるだろうに……。

 そう思ったが、男達はひったくり犯を取り押さえるでもなく、お婆さんを助けるでもなく無視し、スマホのカメラを起動させるヤツまでいる始末。

「……世も末だ」

 心底呆れて私は呟く。
 自分の身の安全を第一に考えるのはまだ理解出来るが、カメラはどうよ?

「おらおらどけぇ!! ぶち殺すぞっ!!!!」

 ひったくり犯はシルバーカーを肩越しに背負い、空いた手でサバイバルナイフを抜き、こちらに向かって走り出してきた。

「おらデブ!! 殺すぞ、どけっ!!!!」

 ナイフを振り回し私に怒声を浴びせかけてくる暴漢。

 ……そりゃまぁ太っているのは自覚してますし、いまさらそこを気にしているわけではないですがかりにもじゅうろくさいのはなのおとめにたいしてデフはいささかことばのえらびがらんぼうではございませんかおんどりゃあ。

 私は禁断の秘技、ジャンピングボディプレスの体勢を準備する。

 ナイフは怖くない。

 そんなモノで私の体にダメージを与えることなど出来ない。
 しかし、言葉のナイフとなれば話は別だ。

「……私は傷ついた」

 男がナイフを突き出し襲ってくる。
 私は身をかがめ、めいっぱい反動をつけ――――、

「傷ついたぞプレーーーーーーーースッ!!!!」

 見かけによらぬジャンプ力で男に覆いかぶさるようジャンプした。

「なっ!?」

 まさか女が向かってくるとは思わなかったらしく、男は一瞬面食らうが、しかしすぐ持ち直すとナイフを向けて迎撃してくる。

 ふん、馬鹿め。そんなもので私を突いても倒せはしないぞ?
 ……まぁ、痛いは痛いから嫌なんだけど。
 でも、悪口を言われたまま逃げられるのはもっと嫌だ。
 私をデブ呼ばわりしたことを牢獄で後悔するがいい!!
 せめて『ぽっちゃりさん』程度だったらば見逃してやったものを。

「しかしもう遅い。
 くらえっ!! 乙女のマシュマロ爆弾!!!!」

 と、その時――――、

 ボヒュッ!!

 という空気が抜けるような音と共に、男の姿が跡形もなく消えた。

「え!? ――――ぐふぅ!!」

 いきなり消えた標的に、私は空中に取り残され、歩道のタイルに激突する。

「あいたたたたた……げほげほっ!!」

 むせつつ起き上がった私は周囲を見る。
 ひったくり犯の姿はどこにも見当たらなかった。
 ただ、お婆さんのシルバーカーがそこに転がっているだけ。
「え? 逃した!?」

 慌ててもう一度周囲を見回す。
 しかし男の姿も気配も、どこにも感じられなかった。

 ポカンとし、脱力する私。

 お婆さんや、周囲にいた男達もみな同じ顔をしていた。
 やがて男の一人が、

「ああ、あれ!? 俺のスマホ……俺のスマホどこいったっ!???」

 と慌てた声を出し、周囲を探し始める。

 私は目の前に倒れているお婆さんのシルバーカーに目が釘付けになった。
 シルバーカーの持ち手部分、金属で出来たパイプの部品が何か鋭利な刃物ででも切られたかのようにスッパリと欠けていたからだ。

「…………?」

 初めから壊れていたんだろうか?
 いや、違う。
 そう思えないほど不自然に中途半端に、パイプの一部が欠落していた。
 断面も、まるで今切ったかのように新しかった。

「起きなさい、行くわよ」

 突然、腕を掴まれ立たされる。

「はぁっ!??」

 見上げると、見覚えのある顔の女性が私を見ていた。
 この間の、通り魔事件の時に会った女性だった。

「え……と、あの……!?」

 意味が分からず狼狽していると、その女性は私の腕を掴んだまま目の前のビルへと入って行く。

「あ、あの……あれ、え?」

 あれよあれよという間にエレベーターに乗せられ、上階へ。
 扉が開くと9階という表示が見えた。

「……こっちよ」

 立ち止まることなく女性は私を引っ張っていく。
 やがて一つの扉の前で立ち止まり、扉に手をかける。
 その扉の側には立て看板が置いてあり、そこには、

『ESP・PK取り扱い特別訓練学校入学説明会会場』

 と、書かれていた。

 扉が開けられ中に入ると、そこでようやく私の腕は開放され、同時に部屋の入口に取り残される形となった。

 部屋は中央に簡素な会議用テーブルが置かれており、それを取り囲むようにパイプ椅子が10席ほど置かれていた。
 その椅子には一人の女の子が座っており、正面のホワイトボードの側には渋めのおじさんが立っている。
「あ……」
 そのおじさんにも見覚えがあった。
 今の女性と同じく、あの時に一緒にいた男性だ。
 私は何か策謀的な気配を感じ、身を固くした。
 女性がおじさんの側に立ったところで声を掛けられた。

「やあ、お嬢さん。ようこそ我が訓練所説明会へ。
 私は当訓練所所長の大西 健吾と申します。まずは席に着いてもらえますかな?」

 と、すでに着席している女の子の対面を促してきた。
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