超能力者の私生活

盛り塩

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第1話 ヒロインですけど?

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 私こと宝塚 単語ひろいん女優は動けなくなっていた。

 今日は朝からツイていなかった。

 まず、目覚まし時計が鳴らないでバイトに遅刻。
 次に炊飯器のタイマーをセットしていないで朝食・弁当の準備が出来ない。
 さらにバイト先で客に水をぶっかけてしまい店長にド叱られ。
 そして今、包丁とヨダレを振り回し、手当りしだい通行人に切りつけている男に遭遇している。

 夕方の平和な下町商店街は一瞬にして大騒ぎになっていた。

「……ダメな日は……何やったって駄目っていうけど…………」

 バイトの帰り道、せめてもの厄払いと通りかかったお地蔵さんに、なけなしの五円玉を献上したのが逆にまずかったのか?
 こんなビール樽みたいな体型をした、学歴も職歴も技術もなにもない底辺ブサイクフリーターが厄払いのどさくさにご縁を願ったのがそんなに神様のシャクにさわったのだろうか?

 だったらあやまりますけど?

 などと開き直りぎみに思考する私は、それとは裏腹に恐怖で体が動かない。

 通行人の悲鳴と血しぶきが舞う。

 男は目玉をぐるぐると回転させながら、奇声を上げてなおも暴れている。
 今ならまだ逃げ出せるかもしれないが、しかしまったく足が言うことを聞かない。
 やがて男が近づいてくる。
 自分の運命を悟った私は、ふたたび物思いにふける。

 ああ……思えばとことん運に見放された人生だったなぁ。

 まず、言わずもがな、この名前だ。

『宝塚 女優』

 女優と書いて『ひろいん』と読む。
 おい、何の冗談だと言いたくなる。
 もし赤ん坊の私が喋れたならば間違いなくそう言っていただろう。
 ていうかもう名字が宝塚って時点で、もはやフリでしかないのだが。

 そんなフリに見事に応えた愉快な親も小学生の頃、事故で亡くなった。
 家族で遊園地に行った帰りのことだ、パパの運転する車に対向車の車がセンターラインを越えて突っ込んできたのだ。
 相手の運転手と、両親は即死。
 私はくしゃくしゃにひしゃげた車の中から奇跡的に無傷で助け出されたらしい。
 酷く衰弱していて、そのときの記憶は無いけれども。

 両親を一度に亡くした私は、親戚を転々とたらい回しにされた。
 まぁよくある展開だ。
 まだ愛嬌があれば少しは大事にされたのかもしれないが、しばらくは笑顔を作る気力もなくて……そしてなぜかあの事故以来、体がブクブクと大きくなって、みるみるブサイクになっていった。

 食欲が止まらなくなったのだ。

 なぜ止まらなくなったのか?
 心当たりはあるにはあるが、今は関係ない。

 とにかくそんな見た目と、冗談のような名前で、学校でも当然のごとくいじめられた。
 最初はそれが辛くて何度も死のうとしたけれど、死ねなくて。
 中学へ上がる頃にはなんだか一周回って開き直るようになっていた。
 もともと親譲りの明るい性格だった私は、からかってくる男子や性格の悪い女子をこの豊満なヴァディによるジャンピングプレスで一蹴すると、またたく間に喪女の星として陰キャ女子に崇め奉られた。
 そしてその仲間たちは気を使って、私を本名のヒロインではなく、少しアレンジしたロインと読んでくれるようになった。
 なんだか中世の王子様にたいなアダ名にすっかり気を良くした私はその日以来、ロインを名乗ることにした。

 しかしそんな栄光(?)もつかの間、高校への受験をひかえた私は進学を辞退した。
 理由はお世話になっている親戚に負担をかけたくないため。
 その旨を伝えると何人か目の父母はヘタな演技の後、あっさりと承諾し、働き始めたら家を出るとの私の宣言にも、棒読みで『心配だわ』とだけ言って止めはしなかった。

 そして晴れて自由の身となった私。

 貧乏ながらも平穏な暮らしをつつましく重ね、もう半年。
 人並みの幸せなんて期待していない。
 ただ、このまま、苦しい痛い思いをしないで生きていけたらそれでいい。
 そんな私の胸にいま、包丁が突き刺さっている。

 なに?

 私そんなに悪い事したの?

 ただお地蔵さんに分を越えたお願い事しただけでしょう?

 それが何で、こんな狂気に満ちた目で睨まれながら殺されなくちゃいけないの?
 ああ……なんだかこの目、見覚えがある。
 あの日、私の運命を変えたあの事故の日。
 対向車の運転手と同じ……目だ。

 ズブズブと音を立てて私の胸に刺さっていく柳刃包丁を、どこか他人事のように感じながらそう思った。

 死ぬのかな?

 死ぬんだろうな。――――

 包丁は心臓まで達していた。

 まあ、いっかぁ。

 どうせこの先いい人生なんて待ってるわけないし、ここいらでパッと幕引きってのも悪くないかもしれない。
 したくないと思ってた痛い思いもしちゃったことだし。
 だったらその見返りが欲しい。

 どうかこの私を殺しておくんなまし。

 

 次の瞬間、目の前の男は跡形もなく弾け飛んだ。
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