木漏れ日は暖まるには弱過ぎる

パンデモニウムのシン

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スペリオルイレイサー ──木漏れ日は暖まるには弱過ぎる──②後編

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                                                                         『スペリオルイレイサー』





                                                                                             後編






***********************




 青年は苦悩する。
 何故、自分はこのようにしか生きられないのか。
 絶え間なく続く自問自答が振り子時計のように行ったり来たりを繰り返す。
 生き方や自身の進む道は常に選んできたはずだというに、この粘りつくような葛藤はいつまでも消えはしない。
 現状に至るまでの道のりはどこか自らの意思の介在しない何者かの操作によるものとしか思えない。
 人知の及ばない圧倒的な神──とでも言うべきか。そんなものの思惑を重圧のように物心ついた頃から感じていた。
「きっと何もかも最初から決められていたんだ」
 ぽつりと青年の口から吐息とともにそんな言葉が漏れた。
 でなければ──自分はこんな幸運にも巡り合うことなどなかっただろう。
 守野清継(モリノキヨツグ)は黒い黒檀の木刀を左肩に立て掛け、右の掌をぼぅと眺めながらそんなことを考え座っていた。
 詰襟の学生服を着た真面目そうな青年は耳までで揃えられた短めの黒髪に目鼻立ちの整った綺麗な顔をしていた。若々しい清廉ささえ感じる瞳は床をただじっと睨みつけていた。
 自分で成したことなどまだ何もない。大人になって成したいと思うこともない。
 だが──。
 たった一つだけ彼にはやらなければならないことがあった。
 守野は右手をぎゅうと音が出るほどに強く握り締めた。
「清継ぼっちゃん。肩の力抜いていきましょうや」
「……佐能」
 いつの間にいたのだろう。守野は考え事に耽っていて佐能の来訪には気がつかなかった。確かにここに来るとは言っていたが少し時間が早かった。
 守野に佐能(サノウ)と呼ばれた男は背が高く、紺色のスーツ姿でどこか堅気ではない雰囲気があった。それもそのはずで男はヤクザだった。後ろに流した髪は固めてあるのか少し逆立っていて目つきも一般人にはない鋭さがあった。歳は四十代。守野の親と言っても通じるくらいの組み合わせではあったが二人の間にはそうのような空気はない。
「そろそろ貝崎(カイザキ)も来ます。会ったことありましたっけ? いや、ないですかい。それはそうと……いつまでもこんな所にいても始まりませんぜぇ。へっへへ」
 わざと面白い風に話しているかのような独特な口調。それとこの佐能という男は昔からせっかちだったな。中学の頃よく本家のほうで話していたのを守野は思い出した。
 佐能がこんなところと言ったのは守野の自宅だった。
 薄汚れた畳に古びた障子と壁は浅い緑色をした砂壁の昔ながらのアパートで守野にとって中学から住み始めた家でもある。
「清継ぼっちゃん。考え直すなら今ですぜ? 別にうちらはあんたでも構いやしない。なんせ血縁だ。どうですかい?」
「佐能。冗談はよしてくれ。いつからヤクザは世襲するようになったんだ? 組長ってのは誰でもいいのか? それなら幹部のあんたがやればいい」
「清継ぼっちゃんで構やしないってのはさすがに冗談ですがねぇ」
 言いかけて佐能は溜息をつき困ったように、しかしヘラヘラと笑いながら続けた。
「へっへへ。ヤクザは世襲しませんが、やっぱり俺らは組長と盃を交わしてますからねぇ。それは組長が死んでも変わらないんですわ。次を決めずに組長が逝っちまった。そこを立て直そうとしてくれたのが息子の一八(カズヤ)さんですからねぇ。俺らじゃダメです。やっぱり一八さんじゃなきゃ皆がついてこない」
「たまたま次頑張っていたのが息子ってだけで誰でも良かったんだろ。僕を巻き込まないでくれ」
「へっへへ。でもどうして組の再建を手伝ってくれる気になったんで? 一八さんとはずいぶん──というか滅茶苦茶に仲が悪かったじゃないですかぁ? 本家も随分前に出て行ったみたいですし……なんかあったんなら俺に相談してくれても良かったんですぜ? やっぱ腹違いって色々あるでしょう」
「相談のしようがないだろ」
 佐能はこの数年間、海外へと飛んでいた。
「資金稼ぎに組のマーケット広げて、せっせと海の向こうで俺がやってる間に組長は殺されるわ清継ぼっちゃんは家出てるわ。一番、大変な時期に組にいられなかったんで申し訳ねぇです。大変だったでしょう」
「別に……。今回俺が手伝うのはただ中学の途中まで親父と一八と同じ家に住まわせてもらっていたしな。その礼だ。それと──」
 守野は肩に立て掛けていた黒檀の木刀を右手で振るった。風を切るひゅんという音。風圧で佐能の前髪が僅かにハラリと垂れ、すぐさま佐能は神経質な手つきでそれをまた後ろに撫で上げて元に戻す。
「誰がくれたか知らないがこの『力』を試してみたい」
「へっへへ。まさか、清継ぼっちゃんにもこいつが届いてたとは驚きです。一八さん奪還をぼっちゃんに連絡したのは正解でした」
 佐能はスーツの内側の胸ポケットから折りたたまれたマップを取り出した。
 守野と佐能は例の地図を手に入れた異能力者だった。
「ゲームに参加しないとペナルティがあるとは書いてはいませんしね。一八さん、いや組長代理──もとい……組長を救出してから下のモンにこれは調べさせましょう」
「……組の関係者でこの地図を手に入れたのは俺と佐能とその貝崎とかいうのだけか?」
「ええ。……まあ手に入れて隠してる奴はいるかもしれませんがね。しばらくウチの組、他の組や周りの同行を探っていましたがおかしなことは起きてはいません。こんな力を手に入れたら真っ先にウチの組にトドメさしにくるような半グレ共も沈黙しています。俺が思うにこの力自体はだいぶレアなんじゃないですかね?」
「僕達三人に地図が届いたのは──たまたまだっていうのか?」
 有り得るのか。そんなことが。守野はまたも何かよく分からない者の意思の力を感じた。
「へっへへ。たまたまっていうにゃあデキ過ぎてますかね? まあ、おかげで俺達は一八さんを奪還できるんですぜ」
「……まだ何もしてないだろ。本当に昔から気が早いな佐能」
「うぃす」
 突然そんな挨拶の声とともに入り口のドアが開き一人の男が玄関に入ってきた。外の深夜の暗闇に溶け込んだ黒い大きな影が扉を閉めて守野達を見て会釈した。
「貝崎ぃ上がっていいぞ」
「うぃす。お疲れ様です佐能兄貴」
 そう言ってしゃがんで丁寧に脱いだ靴を揃えて佐能と守野の前に来てもう一度頭を下げて男は言う。
「うぃす。貝崎です」
 身長が優に二メートルはあるんじゃないだろうかという大男だった。上半身がとても大きく上に着ている白いティーシャツがほとんど筋肉の形に浮き上がる程にぴちぴちに張り付いている。まるでボディービルダーのような太さの上半身と黒の半ズボンをはいた丸太のような足。足も一般人からすれば随分太いのだが、なにより上が大き過ぎて足が短く下半身が小さく見えてしまう。逆三角形のような印象を与えるアンバランスな体型をしていた。頭は丸刈りでその下には太い眉と大きく座った鼻と厚いたらこ唇という全体的に濃い印象の大男だった。
「あいっ変わらず暑苦しいなお前。寒くないんかぁい」
「うぃす」
 丸刈りの頭に手をあてて会釈する貝崎。おでこの右上に昔怪我をしたのか大きな切り傷の痕があった。その傷が貝崎を堅気らしからぬ雰囲気にしていた。
「貝崎ぃ準備は? 車と俺の例のモノは持ってきたのか?」
「うぃす」
 この男の口癖なのか口数がそもそも少ないのか何を言われても貝崎は軽く頭を下げてそれしか言わなかった。
「貝崎は佐能の舎弟か?」
 問う守野に佐能が「ええ。昔絡んできたチンピラでしてねぇ」と言い、貝崎の頭の傷を人差し指で切る仕草をした。
「あんたがつけたのか」
「へっへへ。昔から舎弟には目印をつけるんですわぁ」
 そう楽しそうに言った佐能に貝崎はまた頭を下げていつもの言葉を言う。順々な忠犬といった具合だった。
「では清継ぼっちゃん。お車の用意が整いましたのでどうぞこちらへ。へっへへ」
 この佐能という男はいつも巫山戯た態度をとる。
 いつもそうだった──。
 守野は現在高校二年で四年前にはよく本家で佐能と話をすることが多かった。組長の愛人の子として生まれた清継は母の姓のまま守野清継として大きな屋敷のような家の中で中学までを過ごした。兄弟達は皆腹違いで、長男の一八とよく喧嘩になった。どちらかといえば大人しい性格の清継はただ一八に一方的に殴られているだけで、その仲裁にいつも入るのが佐能だった。
 ──一八さん。清継さんもう死んでますぜ。へっへへ。
 そんな巫山戯た仲裁の仕方があるか。いつもそう思っていた。そしてどこか清継はこの佐能という男に対して昔からなんだか少し心を許せてしまっていた。
 佐能の方も清継のことは放っておけないでいた。その理由を昔清継は聞いたことがあった。
 ──清継さんの方が顔は組長に似てますからね。
 清継はその言葉にいつも言い表せない複雑な気持ちになった。
「一八の奴はなんで警察の厄介になってる?」
「つぅーまらん喧嘩です。ただ相手が悪かった。テレビ沙汰にまでなったんですがね。知りませぇんかい?」
 守野はテレビを全く観ない。今時の学生のように携帯電話も持っていなかった。それを感じたのか佐能はポケットから画面の大きなスマートフォンを取り出した。
「へっへへ。今度スマホ買ってあげますよ」
「いらない。……そろそろ行くか。貝崎よろしく頼む」
 守野は初めて貝崎と目を合わせた。よく見るとガタイのわりにつぶらな瞳をしている。おでこの傷が無ければ大きな熊のようでもしかしたら可愛いという女性もいるかもしれないという印象があった。
「うぃす。……清継さんのことはいつも聞いてました」
 ガタイに似合わずボソボソと平坦なトーンで話す貝崎。
「佐能から? ……どうせ根暗だとかそんなことだろう」
「うぃす。それもありましたが……まだ若いのに頭が回ると、それに将来は」
「貝崎ぃ。つまらんこと言うなや。将来は清継ぼっちゃんの好きにしたらいいやろが」
「うぃす……」
 佐能の言葉に少ししょぼんとした貝崎。守野はいまいち彼らの関係性が分からなかったが、そんなことよりも今はやることがあった。守野にはそちらの方が重要だ。
「……佐能。貝崎。いくぞ」
 守野は木刀を木刀袋にいれて肩にかける。制服でそうしていれば単なる剣道部の青年である。
 事実、守野清継は剣道部だった。しかもその腕前は中学の県大会で常勝無敗の実力を誇った。高校になってからは大会には出ていない。他校にやけに強い女子がいるらしい──確か藤原と言ったか──まあ高校はもう剣道部ではない。今となってはどうでも良かった。
「清継ぼっちゃんの腕前をまた見られる日がくるなんて感無量です。へっへへ。組の男達で応援に行った時のこと思い出しますねぇ」
「……最悪だったよ。お前らは僕がどれだけ学校に居辛かったか分かるか?」
 腫れ物を扱うようにされていた小学生の時と中学の時を思い出した。
「まあ……そんなことはどうでもいいか。なあ佐能。お前の力まだ見てないけど大丈夫なんだろうな?」
 守野の言葉に佐能はやけに楽しそうににやりと唇を吊り上げた。
「任せてくだせぇ。この貝崎と俺が組めば最強ですぜぇ」
「じゃあ──とっとと行こう」

 僕は僕を縛るものを断ち切る。
 守野清継は木刀袋を持つ右手に力をこめた。

 ──母さん。もう少しです。待っていて。
 僕はもうすぐで──




***********************





「想いの力だと私は思うのです」
「おもい?」
 鳥羽満月は淹れたばかりの珈琲を一口飲んでそう聞き返した。
 一塚春は大きめのマグカップを両手で持ち、視線は虚空を見据えて少しぼんやりとして言った。すぐに、ハッとして一杯ずつしか珈琲を淹れないこだわりを持つ鳥羽に先に淹れてもらった珈琲を飲んでから言葉を続けた。
「ああ、いえいえ……なんだかそんな気がしたようなだけです。この『力』は本当になんなのか説明のしようがなくて、そんな風に感覚的な表現しかできないのですよ」
鳥羽はリビングの真ん中の大きな木目調のテーブルの椅子に腰掛けゆったりと足を組んでいる。一塚は広いリビングの端の茶色いソファーに腰掛けていた。今は仕事着ではなくゆったりとした白いシャツを着ていた。たまにちらちらと窓の外や天井を見ているのは琴葉に怯えているのだろう。昼下がりの時間。とても天気が良く太陽光が惜し気もなく窓から差し込んでいるというのに幽霊が怖いというのはなんとも可笑しくて鳥羽満月は口元をついつい綻ばせてしまっていた。
「魔法だとかそんなものでもないのか?」
 鳥羽の言葉に首を振る一塚。
「すいません。昨日も言いましたけど魔法なんて私には本当にあるのかさえもわかりません。私にはこの自分の『力』がどうして発現しているのかさえ分からない。ただ──使いたいとそう思うだけでいい。それだけで私はこの力を使えるのです」
「あんたの能力はつまり──」
「ええ。私の力は、『みんな私がいいと言うまでずっとお酒を飲んでいればいいのに』と常日頃からバーテンダーをやっている私の深層心理が現れたものなんですよ」
「深層心理というか、ソレまんま表層意識だろ。……その力って、やっぱりあの地図が届いてから使えるようになったのか? 力にはすぐに気がついたのか?」
「その日の夜にはもう……『ああ──なんだか今日はこの客をずっとここに留めておける』と、そんな強い確信があったんです。それからはただその力を使う、と心に思うだけで相手は椅子に縛りつけられたように動けず、ひたすらに酒を飲み続けることしかできなくなるのです」
 一塚曰く、自分の店でないと使えなかった。
 一杯目を断られると能力が発動しない。
 酔いが醒めたら能力は解除される──これに関しては今回のことで一塚も初めて知ったらしい。
 という発動条件こそ限定はされているが、なんと恐ろしい力なのか。鳥羽満月はその身に受けた力を改めてそう思わざるを得なかった。
「俺が一杯目を飲んだ時点であんたの勝ちは決まっていたんだな」
「ええ……しかし、さすが鳥羽満月さんは倒しやすさレベル2ですね。……まさかあのマップの読み方を間違えていたとは。あははは。ゲームなんてそう言えば私やったことありませんでしたよ」
「ゲーム知識というか……日本語がややこしいだけかもしれないけどな」
 机の上に置いた例の地図を眺めて満月は言った。
 このマップ倒しやすさレベルは数字が低い程難しくなる。役小角が0だからいい目印だ。
「で、つまりだ。あんたはただ思うだけでそんな力が使えるからその力の正体も原理も分からないというわけだな」
「そういうことです。……お役に立てず申し訳ない」
 本当に申し訳なさそうに頭を下げる一塚に満月はパタパタと軽く手を振った。
「ああ、いやいいんだ。あんたから何か決定的なことが分かるとは元々思ってないよ。念じるだけで使えるって分かっただけで十分さ」
「その……やはりこれは満月さんの言うところの魔法なのでしょうかね?」
「うーんっ、どうだかなー。俺もその魔法とかにはぜんっぜん詳しくないだけど、なんだか仲間が使ってたのと違うような気がする。その辺は今、調査中だ」
「……調査……。やはり満月さんはこの件に関わっていくのですか? それは一体なんのために……?」
 口調とは裏腹に一塚の鋭い眼光が満月を射抜いた。その問いは鳥羽満月にきっと心から問い正したいものなのだろう。彼は言った。生きていてもつまらないのだと。だから知りたいのだ。鳥羽満月の行動原理や生きる目的を。満月もそれを感じたのか組んでいた足を下ろしてカップを机に置いてから一塚を真っ直ぐに見て言った。
「この街で普通じゃないことが起ころうとしている。もしかしたら……それに俺の仲間達が巻き込まれるかもしれない。俺はそれを黙って見てはいられない」
「……」
 一塚は少し拍子抜けしたように肩を落として鳥羽はくすりと笑って続けた。
「っていうのが二番目で、一番はなんだか事件を解決すれば楽しそうだしうまくやれば金も手に入るかもって思ってるからだけどな」
「──」
 一息の間の後。
 はははは──と同時に声をあげて二人は笑った。
 鳥羽満月は残りの珈琲を流し込んで忌憚の無い意見を述べた。
「大層な理由なんていらないさ。俺がただそうしたいからそうするだけだ。あんたがバーテンダーで酒を売るように、俺は元々は『なんでも屋』って呼ばれててここ最近は探偵なんてよく呼ばれるようになったが、結局は頼まれればなんでもする。……きっと、そろそろこの街で何か大きなことが起こる。そうなれば俺にもまた声がかかるだろう。そしたらあんたがただ酒を売るように俺もただ事件を解決に導くだけだ。そうしたら楽しそうだからな」
「本当にしたいことをしていれば……それでいいということですかね。……どうやら私はなにかをするためにまず、それをするための『理由』から探してしまっていたのでしょうな。本当にしたいことは損得の勘定なんて度外視して頭よりも体が先に動くって感じですか」
「ああ、そんな感じじゃないか。損得感情やら将来的な意味なんて考える必要なんてないだろ。ただ、やりたきゃやればいい──そもそもさ。本当にしたいことなら他人に何故それをしてるのか? なんて聞かれても説明できないんじゃないかな。なにかに熱中している子供に横から何故それがやりたいのか聞いてみたら分かるさ。熱中し過ぎてまず何度声をかけても返事は返ってこない。やっと返ってきたと思ったら『楽しいから!』とくる。それでいいんだよ。それしかないんだよ」
「──ですか」
 一塚はどさりとソファーの背もたれに体を沈ませて大きく息を吐いた。どこかこの男の憑き物が落ちたように鳥羽満月には見えた。一塚は満月の言葉で気がついたのではない。
『元々そんなこと誰だって分かっている』のだ。ただ盲目的に真の気持ちを様々な気持ちで上塗りしてしまい見えなくしてしまっている。日々の仕事や生活に皆必死で本当に自身を突き動かす単純明快な気持ちを忘れてしまうのだ。
 鳥羽満月の言葉は一塚にそれを思い出させただけだ。
 誰だってとうに答えは得ているのに、答えをいつだって忘れて失ってしまう。
 人生は回顧と忘却の繰り返し。
「鳥羽満月さん。是非、私にも手伝わせてください」
 急に一塚がそんなことを言った。
「私は店以外じゃこの力は使えませんし、まったく普通の人間でお役にはたたないかもしれませんが……手伝いたいのです。それが……今私がしたいことだから」
「……」
 満月は目を閉じ息を吐いた。一塚にはそれが溜息に聞こえ自分は間違えてしまっただろうかと心配になった──がそれは杞憂だった。
「満月」
「え?」
「満月でいいよ一塚さん。珈琲もう一杯飲むか?」
「──ええ。是非!」
 一塚はマグカップを満月に差し出した。
 鳥羽満月の珈琲へのこだわりは一般人からすれば途方も無い程に面倒臭く感じるもので一塚はその一連の作業を眺めながら自分は珈琲屋じゃなくてバーテンダーで良かったとどこかよく分からない感想を持っていた。
 一杯淹れるのに十五分から二十分は時間をかけ過ぎではないだろうかと思うが、生真面目にゆっくりとドリップしている満月に誰もそんなことは言えはしないのだった。
「はいよ」
 なんて言い二杯目を一塚に手渡したところで家のチャイムの音が響いた。満月は「来たか」といい自身の二杯目に取りかかりながら一塚に告げた。
「いいか。今からここにあがってくるオカ……人間には絶対に逆らうなよ。あと間違っても彼をオカマと言うな。殺されるからな。ああ、一応……一応だがな俺の上司的な存在だとでも思ってくれ」
「はあ……」
 一塚はなんだかよく分からず生返事をして二杯目の珈琲をすする。……美味いなぁ。ここに数滴のウィスキーを垂らす飲み方なんてものもあるが今はそれが無粋に思われた。
ドタドタと早歩きで階段を上がってくる来訪者がリビングの扉を勢いよく開けた。
「んー! 相変わらず暗い!! もうちょっと光量増やしたら!?」
「間接照明だよ光(ヒカル)……」
 この男にはもっとギラギラとした明かりの方が似合うのだろうと満月は溜息をついた。
 千条光(センジョウヒカル)。
 なんでも屋、探偵として活動する鳥羽満月の片腕とも参謀とも黒幕とも言うべき存在にして狂乱極まるオカマ。
 その容姿は一度目にすればどんな人間も焼きつけざるを得ない。
 歳は三十代後半くらいだろう男性──のはず。
 白に近いくらいの明るさの金に染め上げられた髪はきっと下ろせばまあまあ長いのだろうが今はツンツンに固めて逆立てられており、さらに両耳には金のイヤリング。手入れの行き届いた細めの眉も金に染められ、その下の鋭い眼光は今は青のカラーコンタクトが入れられていた。
 口紅かグロスだかを塗られた唇は怪しくテカっていて、服は胸元が大きく開きすぎている紫色のブイネックのセーターに白のテカテカのレザーパンツ。
 ぱっと見た感じだと鼻も高く整った顔をしていてビジュアル系なのかなと思う容姿だが、よく見ると歳相応の渋みのある男性の顔をしているしガタイも良く背も高い。さらにはこの千条光という男が放つ雰囲気は独特なものがあり、その一挙一動がどこか歌舞伎の女形の動作を完璧にマスターしたかのようにしなやかに動き──つまりは、見た目はインパクト大の男なのに動きが女性そのものなのだった。
「んもうぅ、男二人で一体なにを話していたのかしらっ。あたしも混ぜてちょうだいなっ」
「お前の想像するような楽しい話はしてないよ光」
 千条光に視線を移さず自身の珈琲の作業に取り掛かりながら言う満月の言葉を無視して光はソファーに座る一塚の右側にどっかりと腰を下ろし、すぐさま左手は一塚の後ろのソファーの背にのせた。光は射程距離にとらえたわと心の中でニヤリと笑った。
「この子が満月の言っていた一塚さんね。……まあまあねー目細いのも別に私嫌いじゃないわよ。でも満月と同じでちょっと根暗の気がありそうね~」
「やかましいよ光。それよりも例の件は」
「一塚さんってバーテンダーなんですってねー。いいわー私実は制服フェチ的なところがあるから、バーテンさんの服も大好きなのよ。今度見に言っても?」
 聞いてねぇよ!もういいや。鳥羽満月は珈琲に集中することにした。
「はぁ……え、ええ。どうぞ、いらしてください?」
 千条光のあまりのキャラクターの強さに一塚は堪らずに満月に助けの視線を送るが、満月は珈琲のドリップ中は絶対に視線をそれから外さない。周りでなにが起きようとも。いかに一塚が光に襲われて色んなことをされてしまったとしても満月にはなにも見えないし聞こえないのだ。時に鳥羽満月はこの千条光の常軌を逸した行動からは現実逃避してしまうことが度々あった。
「一塚さんの力聞いたわよ~。凄いわねぇ。その場に強制的に縛りつけるだなんて、あたしもあなたの店で縛られたいわ」
 光の人差し指で首を撫で上げられて一塚はゾゾゾと暗黒めいた悪寒が背筋を駆け上がるのを感じた。
「い、いえ……飲みにきていただいた時には力は使いませんよ。あははは……」
「いえいえ、是非使ってくださいな! あなたのお店のお酒全部飲み干したらその縛りからも解除されるか検証する必要があるわよ~」
 このオカ──男なら本当に店の酒すべてを飲み干してしまいそうだな、と満月は心の中で思ったがもう関わりたくなかったので静観することにした。すまん一塚さんと胸の内で詫びるのも忘れない。
「なるほど。……っていやいや、さすがにお酒すべて飲むのは無理じゃないですかね」
「まあまあ試してみましょうよ。お店を貸切にして二人だけでね? 私の凄いところイロイロ見せてあげるわ。うふふふふふ」
 怖ぇよ!珈琲が完成してしまったので満月はしょうがなくリビングの先程まで座っていたところに戻り光に話を切りだした。
「一塚が怯えてるからやめてやれよ光」
 幽霊以外にもオカマのトラウマを植えつけられたら目も当てられない。
「はいはいっとー。まあその話はまた後でね一塚ちゃん」
 さん、から、ちゃんに呼び方を変えることで恐怖のグレードを格段に上げられるのお前くらいだよと満月は千条光を見て辟易としていた。
「それはそうと満月! いつまで珈琲作ってんのよ! さっさと話を始めるわよ!!」
 そしていつもの逆ギレなのである。
 慣れっこになっている鳥羽満月は珈琲を死んだ魚のような目で飲み、それを見た一塚は生きるって楽しいことばかりじゃないんだなと何故か教訓めいたことを感じていた。
「例の件。地図に載ってたサイトのことは調べたのかよ光」
「モチのロンよ満月。アタシにかかればそんなものお茶の子さいさいよ」
 光は年齢を感じさせる返答をしてから言葉を続ける。
「あの地図のサイトなんだけどね。とりあえずそのサイトに飛んでみたのよ。そうするとホームページの真ん中に画像を参照してアップロードするボタンだけが表示されたわ」
「画像を投稿する……みたいな感じか?」
「ええ。そうよ満月。そこにあんたらを倒した写真をアップしろってことみたいね」
「そんな事が書いてたなそういえば」
 満月は思い出していた。確か地図のメッセージによれば──
 『対象を倒した者は証拠の写真を以下のURLにアップロードしてほしい。』
 という文言があったはずである。
「ええ。それでそのアップした画像がどこにいくかお知り合いのハッカー──と言っても軽く尻をつつき合った程度の仲だから勘違いしないでね。その子に調べてもらったらどうやら海外の無料レンタルサーバーに行き着いたみたい」
「尻をつつき合ったって単語が強烈過ぎて頭に何も入ってこないんだけど!?」
「心頭滅却よ満月。修行が足りないわよ。そしてその画像は誰でも簡単にダウンロードできるようになってるみたい。まあ、知らない人が見たらわけの分からない画像だからわざわざ鍵をかけとく必要もないってことね」
「んんんー? つまり、なんだその画像を落としてる奴は特定できないのか?」
 機械に疎い満月は正直、千条光の言っていることがあまり理解できておらず、とりあえず結論をさっさと聞いてしまいたかった。
「そりゃあそうよ。不特定多数が画像をダウンロードできてしまうのよ。世界中からのアクセスがあるのだしそんな中から犯人を見つけるのは不可能よ」
「なんだよ。じゃあつまり、この地図のインターネットのページからは何も得られなかったってことかよ」
「アタシを舐めないでよ満月」
 唇に人差し指を当ててチュッと音を鳴らす千条光。満月と一塚は大ダメージを受けた。精神に。
「つまり相手も画像だけをダウンロードしてるってことよ。これがどういうことか分かる満月?」
「……向こうも誰が画像をアップロードしたかが、分からないってことか?」
「そういうこと。そしてそいつはそれでもいいってことよ。送られてきた画像で標的の誰がやられたかだけを確認できればそれでいい。どのプレイヤーが倒したのかは二の次──というかそもそも興味がないんじゃないかしら?」
「そ、そんな……じゃあ、このゲームの報酬は……嘘だってことですか?」
 話を聞いていた一塚は思わず声を上げていた。諦めたとはいえ一度は乗っかったゲームだ。自分が騙されていたなどとは思いたくはないのだろう。
 千条光は一塚の言葉に頷く。
「そうね。普通に考えたら確認のしようがないもの。力のことはちょっと説明が出来ないけど……。この地図に書かれてるメッセージやら報酬ってのは嘘くさいってことよ」
「まあ、そうなるか」
 満月は千条光の言葉に頷き、そのまま顎に手をあてて何やら考え込んでいた。
 一塚は確認する。
「そのアップロードされていたものの中にはすでに今回のターゲットが倒されたような画像はもう上がっていたんですか?」
「……これが、驚いたことに数枚それらしいのがあったわ。それがリーゼ達の組織の者なのかはまだ確認中だけど」
「リーゼ?」
 一塚には聞き覚えのない名前だった。それは当然である。リーゼは鳥羽満月の恩人の女性で、千条光にも面識がある──というかとある事件で協力して戦ったこともあり、彼女はソーリスの組織のトップに近い存在で満月達を幾度となく助けてくれていた。
「まあ簡単に言えば今回のターゲットになっている人間達の上の人だよ。俺はたまたまその人と知り合いでな。ここのソーリスって奴らもその組織のもんだよ」
 一塚に地図の写真を見せながら満月は簡単にまとめた。
「なんだか満月さんってやっぱり凄い人なんですねぇ」
 一塚が改めて自分は一般人であるなと再認識し、満月のことは見直していた。
 千条光がそこで両手をパンと叩いてニヤリと笑った。
「でまあ色々調べながらアタシいい事思いついたのよ」
 あー絶対にロクでもないと満月は予知した。
「どうせ何も掴めていないのなら、あんたが来る敵来る敵をばったばったと倒してたらいずれボスに辿り着くんじゃないかしら。ほら、ゲームってそういうものでしょう満月?」
「いやいやいや……それって何も考えずに俺に外をぶらぶらしてろってことか?」
「いっつも暇そうに昼間からぶらついてるじゃない。普段と何も変わらないわよ満月」
「誰がニートか。違うから。俺働いてるから。人をどこぞの霊と同じみたく言うなっての」
「あら、そう言えば今日は琴葉ちゃんいないわねぇ?」
 いや聞けよ。満月はまたも心にダメージを受けた。
 琴葉とその名を聞いた途端、一塚の体がビクゥと大きく跳ねた。
 すぐに小声で光に耳打ちする満月。一塚が琴葉というか幽霊が苦手なので琴葉には事前に出かけてもらっていたのだ。
 琴葉はムスっとして「なんじゃ、なんじゃワシみたいな美少女をのけ者にしおってーこのロリコンっ」と満月に愚痴って飛んでいったので恐らく夜までは帰ってこないだろう。彼女が昼間にどこに出かけているのかは満月も未だに謎だった。
「あらら、そうなの。まあ苦手なものも一つくらいあった方が可愛げがあるってものよぉ。満月なんて苦手なものがなくて本当につまらないんだから」
 俺の苦手なものはお前だよ。と心の中で即座にツッコミを入れた。
「とにかく……俺が餌になるってこと以外で──今できることはリーゼさん達からの連絡待ちくらいか」
「なに言ってんのよこのスカポンタン。他にもあるでしょう?」
 千条光が意味深に机の上の地図を指差し、言葉を続けた。
「他の連中ととりあえず合流しといた方がいいんじゃない? 何か分かるかもしれないじゃない。それに、あんたこの間ここに載ってる何人かとはすでに会ってるんでしょう? っていうか現在進行形で狙われてるけど彼らは大丈夫なの?」
「ああ。でも奴らは……」
 大丈夫だろう。あの役小角の少女もいる。まず神父やあの教師が殺されることはないはずだ。
 だが──満月は一塚を見る。そして一抹の不安に駆られた。
 満月は一塚の力から脱出できたが、それは『たまたま』だ。あの時、琴葉がぶらぶらと自分を尾けてきていなければ酔い潰れて倒されていた。一塚は殺すつもりは勿論無かっただろうが他の敵はそうはいかないかもしれない。この一塚の能力はとんでもない。条件こそ整えれば無敵だ。他の敵も一塚同様型にハマればとんでもない能力を発揮するのかもしれない。そう考えるならばあの神父達も危険だ。
「そうだな……会っておいた方がいいかもしれない」
 鳥羽満月は前の事件で自分が助けたソーリスと宇佐木に会うことを決意した。
 




***********************





 長い雨だった気がする。
 一体いつから降りだしたのだろうと考えても思い出せない。
 記憶の彼方まで思い起こしてみても、どこまでも絶え間なく続く雨の景色しか浮かんでこなかった。
 最後に太陽が顔を見せたのはいつだろう。
 兄貴の顔がちらつく。もう十年以上会っていない唯一の肉親。彼は今どこで何をしているのだろう。なにかを恨まずに生きているだろうか。
 俺はどうだろう──。
 そんなことより、ここはどこだ。
 見渡す限りの草原に遥か向こうには果てが見えない程に広がる海か川か。
 しかし、こうも雨が続くとしょうがないので雨宿りをするしかない。
 見渡す限りの草原に偶然とでもいうのか、たったの一本だけ大きな木が生えていた。翠に萌える逞しい木だった。どこかこの木を見ていると心が安らいだ。
 しかし濡れた体がいやに冷えるな。
 なにをする。なにができる?
 為す術がない。違う。──いや、なんだろう。
 なにをしたらいいのか分からないのだ。
 どう生きていけばいいのかだなんて分かるわけがない。
 俺は大木の下で灰色の空を眺めて過ごすしかなかった。
 体は乾かずにじわじわと体温が奪われていく。
 しかし死ねない。死ぬほどではない。だから余計に苦しい。
 寒くて、退屈で、どうせ雨が止むことなんてあるわけがない。ずっとそう思っていたんだ。
 拗ねて捻くれて何もかもに諦めて悪態をついて生きることしかできなかった。
 夢、希望? なんだそれ? 知らね。
 俺はスカヴェンジャーだ。そんなものはいらない。
 でも──その曇天から僅かに暖かい光がもれた。
 あ、れは?
 暖かい。その光は真っ直ぐに大木を照らし始めた。まだ辺りでは雨が降り続いている。
 しかし、しっかりと確かにその光は木に降り注ぎ、その下で体を休める者に熱を与え始めていた。
 ──ソーリス。お前が光なんだろう。
 暗黒の空に浮かぶその心許せる優しい輝き。
 雨は止まない。だから木の下から離れれば体が濡れてしまう。
 でも確かに木漏れ日から漏れるその輝きに俺は癒されていたんだ。
 
 ソーリス。お前は俺の──。

 突然、光が爆ぜた。

「はっ!」 
「おうわっっっ」
 心が軋む程に懐かしい声が聞こえた気がした。懐かしいといっても二週間くらいしか聞いていなかっただけのはずなのに。
 ここは──。目を開けた瞬間、真っ白な見慣れない天井。どこかのベッドに寝かされている我が身。
 宇佐木光矢は身を起こした。体の節々いたるところがズキリと痛んだ。
 さらに首や腕にごわごわとした感触がある。見てみると首と両腕が包帯でぐるぐるに巻かれていた。
「どこだ、ここ……」
「起きましたか宇佐木」
 先程、驚いた声をあげた声の主が何故だか飛び引いていて体勢を立て直して近寄ってきた。いつもの輝かしい笑顔で見てくる友人。
「お前、俺が寝ている間に何かしようとしてたろ」
「ま、まさか! HAHAHAHA! キスなんて──そんなこと、あっははは」
「げぇ……まじか。してないだろうな?」
「どうして宇佐木はあと三秒寝ていてくれないのですか……およよよ」
 焦って乾いた声で笑った神父──ソーリス。
 なんだか宇佐木はずいぶん久し振りにソーリスと会った気がしていた。
 麗しく輝く金髪の髪。側頭部に幾重にも流れる白髪というよりも銀髪はキラキラと窓から差し込む太陽の光を浴びて輝いている。彼はいつもの青い司祭服を纏い太陽のような笑顔で宇佐木を眺めていた。
 さっきまで見ていた夢の輝き。それがこいつだ──。宇佐木はなんだかおかしくなって少し笑ってしまった。
「久しぶり……だよな? あれ?」
おかしいな。毎日、学校で顔を合わせていたはずなのだが。宇佐木光矢は若干、記憶が定かでは無かった。
「二週間ぶりです宇佐木。無事で良かった……。あなたは丸一日寝ていたんですよ。覚えていますか? 怪我は痛みますか?」
「怪我……」
 悲しそうなソーリスの視線は宇佐木の首の包帯に注がれていた。宇佐木は首を摩ってみた。随分と大袈裟にぐるぐる巻きにされていて、包帯の中には大きめなガーゼか何かが当てられているのか首の感触が無かった。
「俺は……怪我したのか?」
「覚えていないのですか宇佐木?」
 ソーリスが心配そうに呆然としてベッドで寝ている友人の目を覗き込んだ。
 宇佐木は辺りをキョロキョロと見渡した。
 どこかの病院のようで大きめな病室には宇佐木のベッドだけが置かれていた。ソーリスの組織が手配した個室だった。
 宇佐木は記憶を遡った。
 ソーリスと最後に美術室でビールを飲んで、その晩あの三人組に家を占拠されてからの嫌がらせのような毎日──安眠妨害されるわ人の飯を勝手に食うわプライベート皆無となった我が自宅。
 その後──あれ? その後は?
「思い出せない。確か……銭湯に行って……ああ、そうだ。ブレッドとかも一緒だった……その後……どうしたんだったか?」
 起き抜けの頭は靄がかかったようにはっきりとせず、記憶を掘り起こすのには少し時間を要しそうだった。
「ちょ、ちょっと待ってください宇佐木。今、ブレッド達と銭湯に行ったとまさかそう言いましたか? 私もまだ宇佐木とは一緒にお風呂には入っていないんですよ!? それをまさかあの三人と!?」
「気になるとこそこかよっ?」
 一大事とでも言わんばかりに急に早口で捲し立てバタバタと手を振るソーリスを宇佐木は、いつものこいつだと感じた。 
「ソーリスは……っていうか、どうしてここにいんだよ? 確かずいぶんと遠くに行ったはずじゃないのか?」
「ええ。仕事中でした。突然のことで私も驚いたのですが、仕事中に九川が迎えに来たのですよ」
「九川が?」
「ええ。九川が日本から飛んできて一大事ですよソーリス先生。宇佐木先生が死にかけてますよ、なんて言うものですから私はえらく慌ててしまいましてね……しかしまだ仕事中で──というか敵との戦闘中で人質をとられて数日膠着状態だったんですが……九川が仕方ないですわねぇーとか言いながら五秒で解決してくれましたよ。……もう全部、九川が仕事片付けてくれたらいいと思いません? あははは」
「えぇ……。それはなんだか、凄いなさすが九川……。……っていうか俺死にかけ……たのか?」
 九川が凄いのは今更だ。それよりもと改めて自分の体を眺める宇佐木はまだ記憶が戻ってきていない。
「そのようです。まったく……ブレッド、フレネ、アンジェにはあとで私からキツく言っておきます。あなた達がいながら宇佐木に大怪我をさせてしまうなんて修行不足もいいところですとね」
 ソーリスは珍しく少し怒った口調で両手を腰に当ててそんなことを言った。
 ブレッド、フレネ、アンジェリン……彼らは──あっ。
 突然、宇佐木の脳裏に夜道で大量に溢れかえる犬の映像がちらついて、瞬時に記憶の鍵を開くことができた。
「俺は、あの時っ」
「思い出しましたか宇佐木。随分と危ない状態だったようですよ。大きな猟犬に喉元をガッチリと噛み切られる寸前だったようです。やれやれ……どうしてあなたを守る任務を遂行する三人が近くにいながらそんなことになったんだか」
 溜息をついて神父は宇佐木のベッドに腰掛けた。
「……でも、まあ……いや、すまんソーリス。今回のは俺が悪いかもしれん……」
 宇佐木は記憶が途切れる前の自身の行動を完全に思い出していた。
 犬達を操る流れが見えて、それを見ることに必死でブレッド達から離れてしまったこと。なんだか宇佐木は申し訳ない気持ちになっていた。
「いえいえ、そういう行動も視野にいれて行動するものですよプロは」
「んだよっ、やけに厳しいじゃねぇかよソーリス。光矢が勝手に走り出したんだよ。俺らは止めたっつーの」
 スライド式の病室の入り口は開いていて、ブレッドがそんなことを言いながら部屋に入ってきた。
「入るタイミングを先程から伺っていましたねブレッド。気がついていましたよ」
「はぁっ!? 気がついてて俺らを責めてたのかよ。あいっ変わらず性格悪いんだよソーリス」
 明らかに不機嫌そうに食ってかかるように言ったブレッドはやはり冬だというのにティーシャツ一枚でズボンに手を突っ込んだままソーリスを睨んでいた。その後ろからひょこりとアンジェリンが顔を覗かせた。
「光矢ぁー。大丈夫ぅ?」
 金髪美女は口に手を当てて心配そうにおずおずと尋ねた。
「んんーああ、別に大丈夫……。その、勝手な行動とって悪かったよアンジェリン、ブレッド」
「へっ、聞いたかよソーリスっ。光矢もこう言ってんだぜっ? 俺たちゃ悪くねぇだろ?」
「本気ですかブレッド? あなた達は任務を失敗するところだったんですよ? 見てください宇佐木のこの傷。喉と手と頭と」
 頭と言われ宇佐木は触ってみると包帯が巻かれていることにそこで初めて気がついた。
 頭も怪我していたのか──。
 そこで何故だかアンジェリンがかなり申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせて宇佐木に謝った。
「ごめん~光矢ぁ。その頭は私が……」
「ええ? ……どういうことだ?」
 それにはブレットが笑って答えた。
「はははっ。ああ、その頭な! お前がさ、犬どもに無茶苦茶にガブガブとされてよ血だるまになってさ、なんか痙攣とか始めるし俺らも超焦ってよ。まあ、なんかその時急に犬達が引いていったから俺達も光矢を運ぶことができたんだけどよ」
 そこでブレッドは堪えきれずに爆笑しながら続けた。
「くくくっ、あははははっ。死にかけてピクピクしててアンジェがめちゃくちゃ焦ってよ! アンジェが担いだはいいけどよっ。運ぶ時に電柱にお前の頭がゴチンって! あはははっ! ごちんってめちゃくちゃイイ音させやがって! あははははは!」
 そこで、なにやらぷるぷると震えていたアンジェリンも我慢していたのか急に激しく吹き出してブレッドと二人して爆笑しだした。
「「あははははははははは! ごちんってあはははは!!」」
「フレネの奴がさあっ、こ、これはトドメだね、なんていいやがるから、あははははははっ」
 うずくまり床をバンバン叩いて大笑いするブレッド。
 こいつら……最低だ……。
 宇佐木はこの非常事態にソーリスが帰ってきたことにとてつもない安堵感を得ていた。
「すいません宇佐木……この二人はいつもこうなんですよ。……次からは私があなたを必ず守ります」
「頼むよソーリス……。っていうか二人って……そういやフレネは?」
 姿が見えない黒髪の少年の姿を宇佐木は探していた。
「はははっ……ふぅ……ん? ああ、フレネか? 知らねぇな。昼からいねぇ。あいつは単独行動が過ぎんだよなぁ」
 なんとか笑いの波から脱出したブレッドは立ち上がり答えた。ちなみにアンジェリンは抜け出せずにまだ、ごちんごちんと言いながら爆笑していた。
「それより一体なにが起こっているのですか宇佐木」
「……地図は見たかソーリス」
 問うソーリスに見た方が説明が早いと思った宇佐木はそう聞き返した。
「地図?」
「こいつさ」
 ブレッドはジーンズの後ろポケットからクシャクシャになったソレをソーリスに手渡した。
「──これは」
 誰が見てもその反応だろう。目を見開いて固まったソーリスを見て宇佐木とブレッドは思っていた。
「こんな馬鹿なことがありますかっ。ゲーム? ゲームですって? 馬鹿馬鹿しいっ。私だけではなく何故、宇佐木までっ? これが、マグダラが予言した危機ですか?」
「知らねぇよ。俺たちはいつもそこまでは知らされねぇんだから。まあ現に俺らと光矢も狙われてる。上が俺らに光矢を守れと命令をだしてる。現状はそんだけだ。っつーかソーリスより俺らの方が倒しやすいってのが気に入らないけどなっ」
 そう言ってシュッシュッとシャドウボクシングを始めるブレッド。
「……この地図を手に入れているということは、あなた達は敵を少なくとも一人は倒したということですよねブレッド?」
「ん? ふっ! ……そうだぜ? 俺達三人には楽勝な相手だったなっ。ほっ!」
「三人なら……ですか」
 神妙な顔で問うソーリス。
「ん? いや、俺一人でも余裕だったけどなっ! なにを心配そうな顔してんだよソーリス! しゅっ! こんな奴ら俺らで一発だ、ぜっ!」
 そんなことを言うブレッドにそれはどうだろうと宇佐木はソーリスが感じている不安が少し分かった気がしていた。
 ブレッドでさえあの犬の大群に囲まれている時はなにもできなかったのだ。
 もしあの時、もう一人敵が現れていたなら──。
「事態は思ったよりもマズイみたいですね……。宇佐木今日からあなたは私のホテルに」
「おいおいおいっ! なに言ってんだよソーリスっ。宇佐木を守るのは俺らの仕事だっ」
「あなたこそなにを言っているのですブレッド。あなた達は守れていないではないですか? 見てくださいこの宇佐木の傷。腕に首に頭に。ヒドイ怪我です」
 ヒーヒーと呻きながらなんとか笑いの渦から解放されそうだったアンジェリンはソーリスのその言葉にまた「頭、頭っ! あはははははは」と笑いがぶり返して行動不能となっていた。
「光矢が怪我をしたことは報告はしたけどな。上からは命令の取り消しも変更もねぇ。だから俺達が守んだよ光矢はっ」
「光矢、光矢と宇佐木のことを馴れ馴れしく呼ばないでくださいブレッド。宇佐木は私のパートナーなのですから私が守るのです。私のパートナーというのは以前の事件から継続中の命令なのですから私に特権を行使する権限があります」
「わけわかんねぇ。新しい命令が優先に決まってんだろうがよ」
「ブレッド引きなさい。私の方が上司だということを忘れましたか? 宇佐木は私が守ります。あなた達はこの近辺の警護と敵の探索に移りなさい」
 ソーリスの蒼玉の瞳がブレッドの薄茶の瞳を射抜いていた。苛立たしげにブレッドは言う。
「そんなにこの男が大事かよっ……ソーリスっ」
 宇佐木はなんだか、ブレッドの雰囲気がいつもと違うような気がしていた。
「ええ大事です。それがどうかしましたかブレッド」
「大事だっつーのかよ。……っていうか宇佐木を自分の……ホ、ホテルにって! ソーリス、光矢と……もうそんな関係なのかよっ!」
「うえっ!?」
 突然、そんなことを言い出したブレッドに宇佐木は変な声をあげてしまった。ブレッドはどこか赤い顔をして潤んだ瞳でソーリスを見ていた。
「ええそうです。そういう関係です。あなたは一緒にお風呂を入ったそうですが私と宇佐木はもっと先までいっているのですよ」
 何故だかフフンと勝ち誇ったように言うソーリス。そこで慌てて宇佐木は声をあげた。
「おいおいっ! ブレッド信じるなよ!? 俺とこいつは」
「うあああああ!!」
 突如、発狂するように叫び出したブレッドはなにかを吹っ切るようにすぐに部屋から走り出して行ってしまった。
 廊下の奥から「うわあああっ、くそぉぉぉぉ! ちくしょおおおお!」とブレッドの叫ぶ声と看護師や患者の喧騒が混じった。
 ──。
 呆然と部屋の出入り口をしばらく眺めていた宇佐木は「……大丈夫か? あいつ」となんとか口にしてソーリスを見る。どこかソーリスは寒い目をしていた。
「さあ? ブレッドは昔から私のことが好きでしたからね。このへんで切っておいた方がいいかもしれません」
「うわぁ……」
 こいつ以外とドライだなぁと宇佐木は神父をジト目で見た。
「そんな目で見ないでくださいよ宇佐木。仕方ないじゃないですかブレッドの想いには応えないのですから。何故なら私にはあなた宇佐──」
「このドアホーー!!」
 すかさずアンジェリンの天罰キックが神父の後頭部に炸裂した。
「ぐええっ」
 らしくない声をあげてソーリスは膝をつき、すがさず抗議の声をあげる。
「なにをするのですアンジェリン。ムチウチになるレベルの衝撃でしたが」
「飴も鞭も無知なブレッドには無茶なのよ!」
「……っ」
 アンジェリンがなにを言っているのか理解できず宇佐木は目を点にして固唾を飲んだ。ソーリスを非難するように人差し指をビシッと突きつけたアンジェリン。
「昔にさんざんブレッドの筋肉褒めたり思わせ振りな態度とっといて好きにさせたのソーリスじゃない! なのに! なのに……好きな子できたら急に態度変えるのはないんじゃないの!? あんまりだよソーリス!」
「えーマジかソーリス最低だなアンタ」
「ええ!? 宇佐木っ!? まさかの敵!? アンジェリンの言ったこと信じないでくださいよ? 確かに私はブレッドの筋肉はいいなぁとは思いましたが……べ、別にまだ手はだしてなかったですからね!?」
「そーいやソーリス、ムキムキが好きって言ってたもんな最低だな」
「宇佐木ー! あなたにそんな顔で見られると……ああ、私っ。……変な性癖が目覚めそうなのですが?」
 両腕で自身を抱きしめてブルブルと悦る神父。
「最低だアンタ……」
 宇佐木は改めてこの酔いどれ神父に恐れおののいた。
「そんなことよりっ!」
 アンジェリンがソーリスを逃すまいと詰め寄り言い放つ。天然金髪美女は怒ると怖かった。
「光矢を守るのは私達よソーリス。そこは私も譲れないわ」
「アンジェリンまで……。……分かりましたよ。ではこうしましょう。私をあなた達のチームに一時的に加えてください。これが私にできる最大限の譲歩ですよアンジェリン」
「よろしい! ……あとぉ! ブレッドにはちゃんとフォローいれといてよね! あれであいつ乙女なんだから引きずるよぉーブレッド。それはもう仕事に支障をきたすわ! 絶対に! ソーリスのせ・い・で!」
 アンジェリンは人差し指をソーリスの胸にツンツンと押し当て釘を刺す。
「はぁ……。……はいはい。……分かりましたよ。あなたには敵いませんねアンジェリン」
 やれやれと肩を竦めてソーリスは笑った。
 もしかしたらソーリスはアンジェリンが苦手なのかもしれない──まあ俺もあの遠慮のない天然な言動は苦手だがと宇佐木は思った。
「それにしてもぉ本当にフレネはどこに行ったのかしら?」
「アンジェリンとブレッドが分からないなら私達にも分かりませんね。それよりも宇佐木。場所を移しましょう。怪我をしているところ申し訳ないですが……動けますか? 行きましょう」
「動けるさ……で、どこに?」
「あなたの家に全員……は狭いですね。はあぁ……。宇佐木以外を入れるのは嫌なのですが、いや物凄くとてつもなく嫌なのですが……宇佐木とアンジェリン達には私のホテルに来てもらいましょう。あそこならば宇佐木の部屋みたくスシ詰めにならなくていいでしょう」
「悪りぃな狭い家でよ」
「いえいえ、あなたと私二人だけならば最適な空間です」
「お前は絶対に家に入れない」
「ええっ、ヒドイ宇佐木っ……。ブレッド達は入れてるのに……。私も入れてください!宇佐木っ! 私も入れて欲しいですお願いします! 入れてください!」
「アイツらは勝手に入ってきたんだよ! 鍵壊して! っていうか大きな声で入れて入れて言うなっ……」
 なんだかソーリスが言うと変な風に聞こえてしまうのは何故なのか。宇佐木は戦々恐々とした。
「ふふ……宇佐木はなんだかヤラシイ想像をしてましたね」
 やっぱり確信犯か。宇佐木は大きく溜息をついてから話題を切り替えるべくベッドから降りる。
「ぐっ……!」
 足も噛まれていたのか立つと結構な痛みがあった──が歩けない程ではない。よろよろと病室の出口まで歩いて行く宇佐木。
「歩けそうですか宇佐木? 歩けなければ私が抱いていきますよ。お姫様だっこですよ宇佐木」
「抱かんでいい!」
「じゃあまた私が!」
「アンジェリンもいいっつーの!」
 また頭ぶつけられたら今度こそ死ぬかもしれない……。
「では、アンジェリン。……とりあえず、その……」
 ソーリスはもごもごと若干言いにくそうにしてから言う。
「仕方がないのでブレッドを探しにいきましょう。……あなたに探知魔法をお願いしたのですが」
「あはは。仲直りしないとねーソーリス! エッヘン! じゃあ私の出番だねっ!」
 アンジェリンは割とボリュームのある胸を張って得意げに頷いた。そしてすぐさま目を瞑り宇佐木にはどこの国の言葉か分からない呪文の様なものを呟き始めた。
「イルハーメス……ジェンルスバインハイア。探知(サーチ)」
 宇佐木には彼女やその周りになんの変化も見られなかった。だが色を見てみるとアンジェリンの体の周りがなにやら紫色に光っているのが見えた。
 これは──……最近どこかで見た色だった。
「……ふぅ。ブレッドは病院の裏にいるね。なんだかウロウロしてる。あははは。」
「裏……公園がありましたね。そこでしょう。ではブレッドを拾っていきます。宇佐木、よろしければ本当に肩を貸しますよ。まだ歩くのは辛いでしょう?」
 この傷は自分の責任だ。宇佐木はソーリスを手で制した。
「いや、いいよソーリス。なあ……ところで今のは?」
「今の? ああ、アンジェリンの魔法ですか? 彼女はチームの中では探索者ですからね」
「探索者……?」
「ええ。そうですよ宇佐木。数ヶ月前に私とあなたのチームでは宇佐木が鬼を探してくれてましたよね。それと同じです。戦闘員である私やブレッド、フレネでは敵を探せない。まあ、フレネは魔法を使えるようですが……探索はできないそうです。詳しく魔法のことを話せば長いので……とにかく要はアンジェリンはあなたの先輩ということですよ宇佐木」
「そうだぞぉ光矢ぁ。敬ってね!」
「……へいへい。ご教授くださいませ……でいいかよ?」
「よろしい!」
 急に先生になったと思ったら次はいつの間にやら後輩かよと宇佐木は思ったが、まあ人殺しや強盗なんて肩書きよりはずっとマシだった。
 それよりも石原の絵を見てやる約束をしていたのに……すっぽかしてしまった。
 あとで謝らないと。石原を悲しませると九川も怖いしな。
「では行きましょう。アンジェリン。敵がいつ襲ってくるか分かりません。宇佐木は絶対に守らねばなりません。頼みますよ」
 ソーリスの真剣な言葉にドンと大きく大きな胸を叩いて金髪美女は満面の笑みで言った。
「あはは! 任せてよ! もう頭はぶつけないよ!」
 ソーリスと宇佐木は何やら頭痛を感じ同じポーズで頭を抱えたのだった。





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「羽田ぁーいるのー?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 突然の訪問客に自分のデスクで爪を研いでいた羽田は飛び跳ねながら金切り声をあげた。トラウマを引き起こす高い少年の声に中年の刑事は瞬時にその体を机の下に潜り込ませようかと逡巡したが、高校時代アメフトで鍛えて今はだるんだるんになった高身長の体を潜り込ませるのは不可能で、しゃがもうとした無様な後ろ姿を見た少年は羽田に尋ねた。
「……何してるの?」
「お、お前はっ……あ、あの時のっ……」
  ぷるぷると震える指で指した先には黒髪の少年──フレネが無表情でゴミを見る目つきをして佇んでいた。相変わらずのぶかぶかの服を着ていて、今は丈と同じくらい紺の垂れているマフラーもつけている。
 ここは警察署内の関係者しか立ち入りできないはずの署員の並んだデスクが置かれた二階の部屋だった。
 羽田警部補は脂汗たっぷりな顔で辺りを見渡した。署内にはかなり多くの人間がいるというのにおかしなことに誰もこの少年を気にしている様子はなかった。今も羽田とフレネの横を女性署員が何も言うことなく通り過ぎていっている。
「久しぶりだね羽田。聴きたいことがあるんだけどいいかな? ……とりあえず座れば?」
「ひぃっ! ま、また電流か!? またなんか俺にするのかー!」
 少年を前に尻餅をついてあたふたとする大の大人。そんな光景は周りの目を引きそうなものだが、全くと言っていいほど周りは無関心を決め込んでいた。
 それがこの少年フレネの術だった。
 暗示と対象の記憶を読み取る魔法。フレネの得意とするところはその二つ。逆に言えば彼にはその二つの魔法しか扱えなかった。
 以前の事件で九川のことを探るフレネは羽田に目をつけ学校前で九川の術で放心していたこの警部補を拉致して色々と尋問していたのだった。フレネはそれから日本で警察の情報を得たい時には羽田を頼ろうと決めていた。
 その時に散々な目にあった羽田は少年に対して恐怖しか感じず、それに反してフレネにとっては羽田はひどく暗示がかかりやすく記憶を読み取りやすい便利な警察関係者だった。
 実のところフレネは魔法が上手いわけではない。術もよく失敗するし、得意の暗示もかかり難い相手には絶対に効かない──ので初めからフレネは暗示のかかりやすい相手をいつも探すことにしているのだった。それがこの目の前の中年の警部補だった。正直、フレネは羽田以上に暗示にかかりやすい人間に出会ったことがなかった。そういう意味では羽田はとんでない逸材とも言えた。
 羽田警部補。四十三歳厄年。妻とは離婚してから十数年間会っていない。子供、一人娘とは数ヶ月に一回くらい会っているがどうも学校をサボりがちなギャルになっていて心配しているといった具合だった。ここまではフレネの術で羽田から読み取っていたことだ。
「ちゃんと聞いたことを話してくれれば痛いことはしないよ羽田。前も言ったけど僕はソーリス神父の関係者だからね。特権は僕にも適用されている」
「それの証明はないままだか!?」
 羽田もさすがにあんなことをされ、しかも今も署内に堂々と入ってきて入るしソーリスの名も知っているので半分は信じてはいるのだが全く信用も安心もしていなかった。
「必要かい? こんなことができるんだよ? まだ信じていないの?」
 人差し指をクルクルと回すフレネ。指の先から黒い靄が現れてふわっと蒸発するように消えた。
「っひゅっ」
 羽田は喉を鳴らした。あの電流の恐ろしさはどうにも慣れるものではない。
「まあここだと僕の暗示も弱い。いずれ誰かに声をかけられて面倒かもしれないから外にでも行こうよ羽田」
「な、なぜだっ!? なぜ俺に!?」
 羽田としては当然の疑問だった。あの謎の神父のよく分からない組織は警察に特権なんて行使できるのだ。その組織の人間ならば自分など頼らなくてもどんな情報をも得られるのではないのか。
 フレネはやれやれと思いながら垂れたマフラーを手で弄びながら言う。
「この辺りで起きた事件が今すぐに知りたい。僕達の組織はローカルネタに弱くてね。ダメなんだ。君は警察でもまあまあの階級で、この辺の事件ならばある程度網羅していると思う。なにかないかい? 最近この辺で変わったことは?」
「い、犬が大量に住宅街のある一角にっ……」
「その事件はもういい。知ってるから。──ああ、でもそんな感じだ。そんな風に普通ではないような出来事は他に起こってない? 小さいことでもいい」
「他に……と言われても」
 羽田は困ってしまった。そういえば尻餅をついたままだったのを思い出して羽田は立ち上がり、ふと机の上の書類を見て思い出して言った。
「そういえばヤクザの要注意人物が帰国してきたというのは……あるが……こ、こういうのじゃない?」
「ヤクザ?」
 フレネは辺りの暗示が弱まりかけているのを感じながら問い返した。そろそろここを出ないと面倒なことになりそうだ。自分の容姿が周りの視線を集めてしまうことは理解していた。
「ああ。この辺には木島組という大きな組の総本部があってな──と言ってもここ最近は構成員も減少し組長も不在のままで事実上、壊滅に近かったんだが……」
 子供相手に自分は一体何を言っているのだろうと羽田は若干、混乱しかけた頭でただただ電流の恐怖に怯えながら話した。
「幹部らしい男が帰国して本家を出入りしているだとかなにかの準備を始めたんじゃないのかとか……そういうタレコミがあったんだ」
「誰がその情報を警察に流した?」
「え? あ、ああ、情報自体は恐らく他の勢力だったり木島組と敵対している奴らだろうな。一応、情報の裏はとってあるから間違いはない」
「……ふぅん」
 正直、フレネの期待していた情報ではないが一応気に留めておくことにした。
「まあ、いいや。とりあえず羽田。他にも聞きたいことがあるから早くここから」
「あれぇ? 羽田警部補っ。誰ですかーこの可愛いこ!」
 遅かったか──。フレネは大きな溜息を吐いた。 
「わぁぁ! すんごく可愛いじゃないですか!」
一人の女性署員がフレネを見つけて黄色い声をあげる。羽田はよく分からず思考停止していてただただ呆然としてる。そこに別の女性署員数名も声を聞きつけてやってくる。
「うわっ。外人の子供ー! 映画の子役並みに美形じゃない!?」
「っていうか可愛過ぎですよ。ねぇねぇ僕、お名前は? あ、日本語分かるのかな?」
「羽田警部補この子は?」
「えー……えーと……えぇー……」
 羽田はフレネを見た。下手なこと言ってしまったらこいつに何をされるか分からん。そう考えると口ごもることしかできない。
「僕は叔父さんのお仕事を手伝いに来たんだ。刑事になるんだヨー」
 どこか棒読みのやる気のない声でフレネは努めて少年らしく返していた。
 そこでさらに黄色い声の嵐が巻き起こり、フレネは頭やら顎やら頬っぺたを女性署員に揉みくちゃにされ始めてしまった。
 ……これだから、若い女は……! フレネは羽田を睨みつけた。羽田はそれに気がついていない。
 あとで電流だなこいつ。フレネは決意した。
「ええー! 羽田警部補の親戚ってこと!? あり得ないあり得ないぃーめちゃくちゃ可愛いぃぃ」
「え、じゃあハーフなの? ああ髪黒いもんねぇーきゃああ」
「羽田警部補ぉー勝手に子供仕事場に連れてきたんですかー? でも、なんか意外です。……私初めて警部補に好感持てましたよー。こんな可愛い親戚とか羨まし過ぎるぅ」
「そ、その子は……親戚の子で……見学にだな」
「ねぇねぇ、お名前教えて僕ぅ。お姉さん達今から休憩だから一緒に美味しいもの食べに行きましょうよ」
「うん! 僕フレネっていうの。ケイサツのお仕事教えてほしいなっ。でも僕、叔父さんの仕事を見にきたし……」
「いいからいいからっ。ちょっとだけだから行きましょうよフレネちゃん!」
 フレネに女性達のハートは容易く射抜かれてしまった。もはや羽田は忘れ去られ署員達はアイドルを取り囲んでキャッキャッと行ってしまう。
「……」
 仕方ないか。まあいいか。と諦めた羽田の脳がズキリと痛み突如ダイレクトに声が響いた。
 ──今すぐ僕を助けないと殺すよ。
「うわあああああっっ」
 どういうことか分からないがフレネの声が脳に響いた羽田はまたも椅子から飛び跳ねて廊下に出ようとしていた女性署員達に慌てて追いすがった。とんでもない形相で。
「きゃああっっ」
 先ほどまでの黄色い叫びとは違う完全なパニックの叫びが起こる。
 羽田は女性達から半ば強引にひったくるようにフレネを奪い抱きかかえた。まるでフランス人形のように無表情な少年から羽田は黒い怒りのオーラを感じていた。怖い……!
「フ、フレネ! 今から私と刑務所に行ってヤクザ見るんだよな! ジャパニーズ任侠ヤクザ見たいって言ってたじゃないか!? な!?」
「……うん。僕ヤクザ、任侠、大好き。いぇいー見たいなー」
「いやいや……羽田警部補。今から行くところって……刑務所のヤクザって……。例のアレでしょう? そんなところに親戚のコ連れて行ったら……上から怒られるで済むんですか?」
「この子は大丈夫!! ははははは!! じゃあな! 君達! しっかり休憩するように! あばよう!!」
 なにせよく分からない組織の特権があるからなー!
 心の中でそう付け加えた羽田は急いでそこからフレネを抱えて離脱する。後ろから女性達のブーイングの嵐を受けるが気にしてなどいられるか。上司や女性署員などよりこの少年の方が圧倒的に怖い存在なのだから迷うことなどなかった。
 とても軽いなこいつと思いながら階段を一気に駆け下りる中年。フレネは黙って抱えられている。やがて一階に着いて、ゼェゼェと息を切らせながら美少年を脇に抱える羽田は周りの視線をおおいに浴びてはいたが構うことなく彼は正面から出た。
「あれ? 羽田警部補? 昼からは確か行くんですよね? あの組長の面会に……?」
 出入り口で一人の部下の男に声をかけられ腕のフレネに訝しげな視線を向けれらる。当然の反応だ。
「組長じゃない。組長候補のチンピラな! やっぱり俺一人で行くからあいつらに伝えといてくれ!」
「えぇ? というかその少年は……?」
 本当はあと二人連れて行くはずだった部下がいるがもう無理だなと思い羽田は自分の車に乗り込んで助手席に置物のようにフレネを座らせた。フレネ少年はクスクスと笑いだした。
「へぇ。君にしてはいい行動力じゃないか羽田」
「お前が俺の何を知ってるんだよ!」
「全部さ。前に見せてくれたじゃないかこれで」
 言いながら指を羽田に向けてニヤリと邪悪な笑みをこぼすフレネ。指先からバチバチと電流のようなものがほとばしっている。
「う、うわっ、それもうしないでくれ! ……し、しないでください! なんでも話すからっ」
「いい心がけだよ。……で、どこに行くって? さっきのヤクザの話に関係することかい?」
「そうだ」
 羽田はフレネといるところをこれ以上他の者に見られたくはなかったので、すぐに車のエンジンをかけ、アクセルを踏んだ。署の入り口の駐車スペースから道路に出て交差点を曲がり、しばらく走らせてから羽田はホッとして溜めていた息を吐いた。そこにフレネは問う。
「組長は不在だとさっき言ってなかったかな?」
「……組長は不在だ。次の候補が刑務所で捕まっている。さっき組の幹部の実力者が何の前触れもなく帰国したと言っただろう。その関係で組長候補に話を聞きにいくことになってたんだよ。上の命令で」
「日本の警察は臆病なのかい羽田? それともその幹部が日本に帰ってくることはそんなに危険視することなのか?」
 フレネは忘れていたシートベルトをしながら言った。
「そうだな……。佐能響(サノウヒビキ)。奴は危険だ。組の武器の売買と補給を担当しているという話で東南アジアでここ最近は随分と荒稼ぎをしていたようだ。目的は組の再建だという。これもすべて敵対組織からの情報で警察としてはその敵対組織との抗争が起こらないように事前に調べているんだ」
「そもそもその敵対組織の情報は信じられるの?」
「まあ奴らもヤクザだからなぁ……。瀬田組って言ってな。もともとは木島とは組長同士が繋がりがあったが色々あって今は完全に敵対している。おおかた警察を使ってでもこのまま木島組には潰れてもらいたいと思っているんだろ。……今の日本では昔のやり方じゃヤクザは儲からないからな。奴らも生き残るために必死だ」
 フレネには海外のマフィアとヤクザが何が違うのかよく分からなかったが、羽田の話を聞いていくにつれてその話に興味が湧いていた。
「何故、その男は今になって帰ってきた? 目的は?」
「それが分からん。何故今のなのか? 俺達、警察は組長候補の男が釈放される日をエックスデイとしていたんだ。だっていうのに、このタイミングはなんだ? 釈放はあと一年後だ。だから、わからん! ……きっと彼を組長にするべく幹部達が集結するのは釈放後だろうと睨んでいたからな」
「……ふぅん。いいじゃないか」
「なぁにがいいんだよ?」
「ああ僕はさっき聞いたろ? なにか変わったことは起こってないかって。羽田いいよこれ。もしかしたらビンゴかもしれない」
「……なんだよ。また妙な事件に関係しているんじゃないだろうな……」
 羽田はウンザリ気味に言った。数ヶ月前の失踪事件のことを思い出していた。正直、この少年や神父に関わるのはもうごめん被りたい。前の事件もなんだかんだで神父が自分の前に現れてから妙なことばかり周りで起こっていた。
 神父と宇佐木光矢は普通ではない。この少年達の相手にしているものは普通の警察にはきっと手が余る。関わらないにこしたことはない。
「羽田は気にしなくていいよ。危なくなったら逃げていいからね」
「危なくならないで!! おい、この間の犬のやつとかやっぱりお前達が関わってんのか!? おい、どうなんだ!? もう俺は関わりたくないーー!」
「羽田、危ないよ。前を向きなよ」
 車が大きく車線をはみ出し、隣の車にクラクションを鳴らされてしまう。
「嫌だ。嫌だ。やっぱり厄年だっ。厄払い行くの面倒だなんて思ったからだきっとそうなんだあわわわわわ」
「羽田は日本人のくせにそんな信心深いことを言うんだねぇ」
 正直、信仰心などカケラもない羽田だったが今は祈りたい気持ちで一杯だった。
「大丈夫だよ。今度、ソーリス連れてきてあげるから祈ってもらおうよ」
「あいつに祈られるって、なんか死んでも嫌だな……」
 厄払いどころかむしろアイツが厄ネタじゃないかと羽田は思った。
 しばらく車を走らせて警察署から十数分の距離。もう着いたのかとフレネが思うくらい近かった。
「ここだ。お前は……その……中に入れるのか?」
 勢いで出てきてしまって今さらだがフレネを連れて刑務所に入れるのだろうか。
 勿論、羽田自身の組長候補との面会というか取り調べは上からの指示もあってのことで話は通っている。しかしそこに少年、しかも外国人とでは、さすがに止められるだろう。同僚と嘘をつくのは……絶対に無理だ。例のソーリスの特権──はつかえるかもしれないが話を通すのに時間がかかりそうだし、何より今から上司にそれを伝えたらたぶん大分怒られるだろう。当然、前もって伝えておかないといけないことだ。
「どうしたらいいんだ……」
 車のハンドルに頭を埋めて思わずクラクションを鳴らしてしまい「うおあっ」とビクつき体を跳ねさせる羽田。
「……心配しなくていいよ羽田。僕が警察署に簡単に入れたのを忘れたの? 君の隣で存在感をとてつもなく希薄にしておけばたぶん大丈夫だよ」
「存在感をって……ええー……もういいかーどうでもー……」
 もうこれ以上、不思議はごめんだと思いながら羽田は投げやり気味になってしまっていた。
 羽田が求めるのは理にかなった説明のつく現実的でかつ簡単な事件であって、超常現象や不可思議なことや難解な事件は求めていない。自分は警部補として指示を出し、有能な部下が足を使い、鑑識が証拠を調べ、すべての情報が会議に提出され、そこで次の指示をだし数週間で犯人逮捕──これが普通の警察の仕事だ。わけの分からない組織や魔法みたいなものが介入してはいけないのだ。そんなものがこの世に存在してはいけない。
 羽田はなんだか少年と車から降りるのが嫌になってきた。
 ここからこいつと一緒に行けば、なにか──なにかが始まってしまいそうで──。

 その羽田の予想は珍しく当たることとなる。
 



 

***********************




 守野清継は車を降りて、すぐに薄茶の竹刀袋の紐を解いて黒檀の木刀を取り出した。傷一つない美しい木刀で重厚感のる漆黒の色合いをしている。黒檀はそもそも木刀の中では高級品で、打ち合いなどにはほとんど使われず演舞でさえもあまり使われることはない。
 だが守野はすべての練習も演舞もこの木刀で行なっていた。竹刀は大会の時にしか使わないというとんでもない剣道部員だった。その理由は至極簡単。
 母が買ってくれたものだからだ。
 木刀のことなどまるで知らない母が息子のためにと、騙されて買ってきた十万円以上──当時の母の給料の一ヶ月分にも相当する木刀。守野清継は母にはそのことは言わずただ「ありがとう」とだけ言い、彼はそんな母を騙したクズを忘れないためにも今もこれを振るう。理由はそれだけだった。
 学生服の青年は眼に確かな覚悟を宿し木刀を握る手に力をこめた。
「鬼気迫るものを感じますねぇ清継坊ちゃんが剣を持つとぉ。へっへへ。箔がつきましたよぉ坊ちゃん。この佐能ぉ、へっへへ。そんな成長された坊ちゃんを見られて今とても感慨深いですぜ」
「佐能お前の準備は? もう目の前だぞ」
 守野清継が降り立った場所──そこは刑務所の前だった。すぐ目の前には大きな格子の門がある。パッと見、どこかの大学かと思う大きな白い建物だが、ちゃんと門の横には──刑務所と書いてある。なんだか思っていた刑務所のイメージと違うなと守野は一瞬思ったがすぐにどうでもよくなった。
 青い空の下で太陽の光が彼らを照らしていた。天気は良く馬鹿にでもしてるのかというくらいに間抜けにも雲ひとつない快晴だった。突き刺すような冷たい風が冬らしく吹いてはいるが守野にはそんなことは刑務所のイメージと同じくらいどうでもよかった。
 やっと積年の願いが敵うのだから。
「へっへへ。大丈夫ですぜ坊ちゃん。ほれこいつを!」
 佐能は車から取り出した大きな黒い革の鞄を肩にかける。中に入っているものがガチャリと音をたてた。
「あとはこいつですぜぇ。へっへへ」
 などと言いながら佐能は背広の前ボタンを開けて肩にかけたホルスターの銃を見せて抜き放った。
「ニューナンブM60ですぜっ」
「警察の銃じゃないか……しかも昔の……」
「詳しいですねぇ清継坊ちゃんっ」
「お前が昔さんざん自慢して僕に教えてたじゃないか……」
 佐能は古い銃や西部劇が好きで昔からよく自慢しては周りの組員や清継に見せびらかしていた。
「あれぇ? そうでしたっけ? へっへへ。かっこいいでしょう? 坊ちゃん。男は常に西を開拓していくものなんですぜ」
「それも何度も聞いたけどよく分からないよ佐能」
「でしたかねぇ? おぉい貝崎ぃっ、はよせんかいっ」
「うぃすっ」
 佐能の号令に巨体の貝崎が運転席から降りてきて、後部座席の別の黒い鞄を二つ両手に抱えた。その中身もなにやらガチャリと音を立てた。どうやら佐能の荷物のようだった。
 貝崎はこの寒さの中、相変わらずの格好で今日はティーシャツどころか黒のタンクトップ一枚だった。
「清継坊ちゃんこそ準備はいいんですか? へっへへ。……なにせ──初めての犯罪行為じゃありませんか?」
「──僕の心はもう決まってる。それが正義かどうかだとか法に触れるかなんてどうでもいい」
「へっへへ。ヤクザの素質ありですよー坊ちゃん」
「うるさい」
 三人がそんな調子で佇んでいると少しの物々しさを感じたのか刑務所の入り口の警備の人間が一人扉を開けて出てきてこちらを窺っていた。
「ありゃりゃあ。いきなり警官出てきましたよ。へっへへどうしましょう? 坊ちゃん。……ああ、刑務所だからあれは刑務官なんですかね?」
「どうでもいいよ佐能。行こう……」
 三人が歩き始め入り口に近づくと、こちらを窺っていた男が慌てて入り口の隣の建物に入っていった。怪しい者が来たと中に連絡をしたのだろうか。まあそれも関係ないなと守野は思った。
 なぜなら──。
 守野清継、佐能、貝崎がやろうとしていること。
 それは──。
「正面突破だ。へっへへー!!!」
 機嫌よく笑い声をあげながら佐能は肩にかけていた黒い鞄のファスナーを開けて中から機関銃を取り出した。
「スコーピオン! こいつは痺れるマシンガンだぜっっ」
Vz61という短機関銃で通称スコーピオンと呼ばれる銃。黒色の本体に折り畳まれている銃床を伸ばすその姿がまさに尾をあげたサソリのような姿なのでスコーピオンと呼ばている機関銃だった。本来は肩に伸ばされた部分を置いて照準を合わせるのだが佐能はそれを腋に挟んだ。
 そして──躊躇うことなく刑務所の入り口に向けて連射する。
「うらららららららっっ!」
 着弾先には誰もいない。威嚇射撃というよりもそれは開戦の狼煙に近かった。鼓膜を揺るがす大きな連射音が鳴り響き、途端にサイレンの様なものが鳴り響き始めた。
「ひぃやっほー!! へっへへー!」
 無茶苦茶テンションをあげながら背広を投げ捨てた佐能。胸にはニューナンブのホルスターと腰の両側にも二丁の拳銃があった。
「マシンガン以外いらないだろ」
「いりますいりますよーぼっちゃんー。かっこいいでしょう? お、貝崎ぃ俺とぼっちゃんの前に立っとかんかぁーい」
「うぃすっ」
 佐能が貝崎にそう言ったのは刑務所の建物からわらわらと人間が出てきて入り口を固め初めていたからだ。
「へっへーたくさん集まってきましたぜ。……あり……? 念のため貝崎を前に起きましたが──……これは? 日本の刑務所って銃持った奴いないんですかね?」
 ヤクザからそんな疑問を投げかけられても高校生の守野に分かるはずもなく彼はただ首を横に振った。
 佐能の連射──開戦の狼煙で集まった刑務官達は大声を張り上げて、何やら喚き散らしているだけで、こちらに向かってくるものもいない。それどころか銃を持っている者もただの一人もいなかった。
「時間の無駄だ佐能。進みながら連射し続けろ。向かってくるのは僕が斬る」
「へい。いやーそんな奴いないと思いますがねぇ。一応、貝崎は前に置いときます。こいつの防弾性はピカイチですからね。へっへへ」
 防弾性。それがこの男の能力か。守野清継は貝崎の大きな背中の後ろに隠れて進むことにした。前方からの狙撃に備えてだったが、それは杞憂でしかなかった。
 何故なら、佐能のスコーピオン一丁の前に刑務所の前にいた人間達はなす術なく散り散りに逃げ惑うだけだった。
 これが日本の刑務所という場所の防備なのか。佐能はここ数年海外で過ごしていたので街中の大きな商業施設で普通にライフルを持っている警備員などを日常的に見る機会が多かった。それと比べるとなんだここは?銃一つ持たずに凶悪犯達を人数と設備だけで管理しているではないか。
「やっぱり日本って治安いいんですねぇ。まさか数分経っても銃弾一つ飛んでこないとは。お疲れ様です刑務官殿。へっへへ!」
 佐能は近くで尻餅をついていた男に敬礼をした。
 すぐに格子の門の前に着いた。守野は木刀を握る手に力を込める。
「ふっ……!」
 金属と金属を叩き合わせたような音が響き、刑務所の格子の門は容易く瓦解した。
 これが守野清継の能力だった。彼は自身が握った剣でなら例え岩でも鉄でも斬れるようにしてしまえる。そこに物質的な概念は皆無で折れそうな枝でさえ彼にとっては斬鉄剣となる。
「うおぉー! 清継ぼっちゃんの妖刀ザックシ剣に斬れんものはなぁいぃぃぃ!」
「少しテンションを下げろ佐能。あと僕の剣に変な名をつけるな……。ほら、人が集まってきたぞ佐能」
「へーい! おまかせを!」
 またも佐能のスコーピオンが火を吹いた。威嚇射撃に留めており人には当てていない。
 三人は歩みを進め門のところから中庭のようなところを通り建物の正面玄関を目指し、しばらく団子のように固まって歩いていたが、もはや必要ないことが分かり貝崎の背中からばらけて建物に入った。
 守野は本当に刑務所のイメージとはかけ離れた綺麗な施設だと感じていた。そもそも一般人が刑務所など見る機会などほとんどないのだが。
「どぉーです清継ぼっちゃん。これが俺と貝崎の能力ですぜっ。なんだか俺達三人めちゃくちゃ相性いいみたいですねぇ。へっへへ!」
 貝崎の守りの能力と守野の剣──。
「佐能の能力がまだなにか分からないんだけど」
「ありぃ? お解りになりませんでしたか、ぼっちゃん。へっへへー」
 ネタバラシするのが楽しいのか上機嫌で佐能は右手の機関銃の弾倉部分を指して言う。
「こいつは扱い易すぎるイイ銃なんですがね。大容量のマガジンでもせいぜい三十発が限界でしてねー。……ぼっちゃんは、俺がマガジンを変えたところを見ましたかい?」
 門のところからずっと連射して打ち続けている。もうとっくに三十発は超えているはずだ。
「……そういうことか。無茶苦茶な能力だな」
「無茶苦茶ならぼっちゃんのそのなんでも斬れちまうってほうが、べらぼうだと思いますがねぇ。俺の能力はそう──無限弾! ってとこですわ! へっへへー!」
 佐能響の能力。それは銃にこめた弾が無くならないというものだった。
「弾が無くなったら、その後は何が飛んでるんだよ?」
 守野のそれは当然の疑問だった。
「気になるでしょうーへへ。俺も何度も確かめましたがねぇ。撃った後のやつを拾って調べたりなんかはもうやったんですがね? 普通の弾なんですわぁ」
「普通の弾……つまり現実の弾がその銃の中で無限に装填され続けてるってことか? どうなっているんだ?」
「へっへへー。それが分かれば苦労はしませんぜーぼっちゃん。貝崎の能力にしたって意味が分からないですからねぇ。手で触ると柔らかい肌のままなのに斬っても銃で撃っても無傷なんですぜ?」
「斬っても撃っても? それって無敵なんじゃないのか?」
 守野は驚いて貝崎を見た。貝崎は「うぃす」と頭をかきながら相変わらずの暑苦しい顔で軽く会釈した。
「いやーどうなんでしょうね? 貝崎のパンチじゃ岩を砕いたり鉄を斬ったりはできやせん。力はそのままなんです。あと眼球や口の中は痛ぇみたいですし、でっけー動く盾っていうイメージですかね?」
「無限に銃を撃てるお前となら確かに相性いいな」
「そこにさらに清継ぼっちゃんがいれば、もう無敵! 最強ですぜ。ぼっちゃんのザックシ剣は俺の銃の攻撃力より遥かに勝る。俺の銃は遠距離、ぼっちゃんは近距離、貝崎は守り。ほら? 最強じゃないですかい? いやー、この間、ぼっちゃんの能力見た時に飛び跳ねそうになりましたぜ。へっへへ」
「……」
 またも守野清継はどこか自分達の行動が得体の知れない何者かに操作されているようなそんな気がした。自分達三人に能力が渡ったことも本当に偶然なのだろうか。
 僕のこの行動さえも実は操られて──。
「いや、違う……」
「どうしたんです? ぼっちゃん?」
「いや……なんでもない佐能。早く行こう。人がまた集まり始めた」
 遠くの方でパトカーのサイレンの音も聞こえ始めた。外からの応援や下手したら機動隊なんか駆けつけてくるだろうとは端から予想している。だからこれは想定の範囲内だ。
「おうおう、確かにじゃんじゃんきてますねー。よし、急ぎやしょうっ」
 侵入者達は建物の奥に進んでいく。無論、誰も刑務所内部のことなど分からない。だからそれらしい鍵のかかってそうな扉を見つけては守野の剣で斬っていくしかなかった。
 マシンガンの効果が覿面で三人を取り抑えようなどと考える者はおらず、扉を閉める者や逃げる者はちらちらと守野達の視界に入ったが彼らは攻撃を加えることはなかった。彼らの目的はあくまで木島の組長候補の奪還にあった。
 いくつか扉を斬って進んでいるうちに暗号キーをうち込むタイプの扉が現れた。無骨な黒塗りの鉄扉は随分と分厚くできていて本来であれば暗号をうった後にさらに鍵を使わないと開けることができない程に厳重になっていた。
「囚人はこの先でしょうかねぇ。さぁすがに分かりやすい」
「どいてろ佐能」
 守野の言葉にひょいっと佐能が横に引いた瞬間に目の前の扉は真っ二つに割れ飛んでいた。
「ひゅっうっ。また速くなってませんかい清継ぼっちゃん」
 守野の一閃は元々から洗練されていた。それが新たな能力を得たことでさらに拍車をかけるが如く急成長しているのを彼自身も感じていた。
 覚悟が決まったからだろうか──。
 扉が大きな音をたてて崩れ落ち、長い廊下が見え、その真ん中あたりで目を見開いて立ちすくんでいる刑務官の年配の男がいた。佐能達を見た瞬間手に持っていたトランシーバーのようなものを落とした。ここに入ってくるなどとは思いもしてなかったのだろう。
 佐能はスコーピオンを向けながら笑顔で言う。
「へいへーい狙ってるぜぇー動くなよー。通してもらおうかー。ああ、そうだ。ついでに聞いとくか」
 ヘラヘラと男に近寄り銃を頭に押し当てて相変わらずの巫山戯口調で問う。
「木島の組のもんが一人収容されてるだろう? 木島一八だ。……どこだ?」
「……お、お前達は何者だ? 今の日本でこんなことをして……どうにもならんぞ」
「うほぉっ! すげえぇな! あんた現実感ねぇのかい!? 銃を頭に突きつけられてるんだぜ!? 俺ならなんでも話すしなんでもするし命乞いだってすらぁ! だってのに、あんたスゲェなぁ! へっへへへへー! 日本って本当に日和り過ぎじゃねぇですかい! ねえ、ぼっちゃん!」
「すぐに応援が来る。取り押さえられるだけだぞ。……見たところ未成年もいるじゃないか」
「 ……いいから!! さっさと言わんかい! 頭にぶちこまれてぇのか!」
「もういいよ佐能。時間の無駄だ。シラミ潰しに行けばすぐ見つかるだろ」
 守野清継は木刀を突っ立ったまま微動だにしない男の首に当てた。
「僕達の邪魔をしないなら端に避けろ。もし、そのまま動かないなら……首を落とす」
「……」
 制服を着ているしどう見ても高校生のその青年の眼に男は気圧された。先ほどの佐能の怒号にはない全く別種の凄みというものが守野の言葉にあった。刑務官の男はかつてその守野の放つ凄みに似たものを見たことがあった。だからだろうか──。
「少年。自暴自棄になった者が行く先は破滅だけだぞ」
 男はそんなことを言い、そしてすぐに道を開けた。三人はそのまま進んで行く。
「余計なこと言うなやボケがっ。ぼっちゃん気にせんでくださいよ」
「分かってるよ佐能」
 ──自暴自棄だって? 違う。違うさ。僕は、自分がこうしたいからしているだけだ。
「また扉かよ」
 さっきと同じ扉が通路の反対側にもついていた。
 守野清継の剣が容易くそれを両断し、すぐに先の部屋が見えた。
 そこそこ広い十五畳程の部屋に椅子やら机が置かれていて、また一人の刑務官がいた。今度は若く経験の浅そうな男だった。佐能達を見ると先ほどの男とは違い明らかに慌てふためいて、何やら喧しかった。
「おぁーい、ニイちゃん。木島の組員捕まってるだろぉ? 木島一八? 知ってるか?」
「は、はいっ! そ、それならこここここ、ここにっ!」
 男は震えながら天井を指した。そこには大きめのモニターがあり、中で囚人達が座ってテレビを見たり盤のゲームを向かい合ってしていた。どうやら休憩中のようだった。
 佐能は逸る気持ちを抑えきれず男に怒鳴った。
「入り口はどれだよ!?」
「こ、これです!」
「ぼっちゃんっ」
「……っ」
 守野清継も逸る心を抑えきれずにいた。
 この先にあいつが。あいつがいるんだね母さん。
 そこから先は──どうしてだか妙な感覚だった。
 夢を見ているような、現実感がとても希薄で、なんだか辺りの速度が嫌に遅くて。
 どうしてだろう。あんなにもこの時を待ち望んでいたのに──。
 入り口が真っ二つに割れた。剣を振るった守野は顔をあげる。すぐにその先に見知った男がいた。少し痩せて坊主になってはいるが間違えるはずはない。
 木島一八。お前がいるのか。
スローモーション。佐能が何やら歓喜の声をあげる。スコーピオンが猛る。他の受刑者達は部屋の隅に寄せられる。「やりましたね」と佐能の声が聞こえて肩に手が置かれた気がした。
「ど、どうして……お前がここに……」
 木島一八が見ていたのは守野清継だけだった。信じられないもの、まるで悪霊でもを見ているように守野を凝視していた。強面の面相は今や恐怖に歪んでいた。
 守野清継も木島一八だけを見ている。清廉な青年に似合わない。どこか恍惚な笑みを浮かべていた。
 二人だけ世界が停止していた。
「一八久しぶりだな。こんなところにいたんだなお前は」
 四つも歳下のはずの清継に一八はどこか怯えるように言葉を発した。
「お、お前は……! 俺を殺しにきたのか!?」
「ああ、そうだよ一八。僕はお前を殺しにきた。……なんだ、僕は少しだけ安心したよ。お前が僕に殺されるだけの理由があるってちゃんと分かってて」

 もう迷わなかった。僕は初めて人を殺す。
 母さんを殺したこの男を。

「な、なにを!? ぼっっちゃぁぁん!!」
 同時だった。
 佐能が二人の異変に気がついたのと守野の剣が木島一八を斬るのは。
 胸から腹にかけて袈裟懸けに切られ線となって血飛沫が飛び散った。守野の顔を赤が濡らす。
 致命傷──だが、守野は敢えて即死しないように加減をしていた。一八の死に際の本心を聞いておきたいと思ったからだ。
「ぐっ……ふぅ……ひ、ははっ……。あん、だけ俺に泣かされてた……て、てめぇに斬られるとはな……くくくっ」
「……お前はどうして、僕と母さんを追い出した?」
 守野はこの五年のすべてを問うた。母が死んでから三年。すべてはこの男のせいだと守野清継は思っていた。
「追い出したぁ!? ははっ……知るかよ、あのババアが勝手に出ていったんだろうが……ぐぅふっ……」
 ボトボトと口から大量の血を噴水のように吹き出す。もう長くはないだろう。死にゆく者の目とはこうも怨みがましいものなのか。守野は思わず目を逸らしそうになる。
「てめぇっ……はっ」
 一八に詰襟を両手で掴まれる。顔を近づけて彼は渾身の力を込めて言葉を込める。
「端から気に入らなかったんだよっ……! 親父はなんでテメェに継ぐなんて字を名前に入れやがった! なんで俺には一か八かみたいな鉄砲玉みたいな……ぐっ……一八なんて名前にしやがったんだ……気にいらねぇっ……気にいらねぇええ!」
「それで俺と母さんに嫌がらせをして追い出したっていうのか? 母さんは病気が悪化して働き詰めで死んだんだぞ? お前らがそう仕向けたんだろう?」
「知るかっ……知るか……知るか……よっ……腹違いのてめぇなんざ………………」
 ボトリと簡単に崩れ落ちた。床に真っ赤な血が広がり木島はピクリとも動かなくなった。
 あれだけ願ってきたこいつの死を僕は実感できていない。
 シンと静まり返り数秒誰も声を発さなかった。
 端に寄せられた囚人達も、マシンガンを片手に倒れた一八を凝視している佐能も、貝崎は入り口から動いていない。
 何かもスローモーションの遅い世界から、目の前の目的が死んだ瞬間に速度が正常に戻った気が守野はしていた。
 音と感覚が蘇る。肉を斬る初めての感触と顔に付着した生暖かいもの。
 僕は初めて人を殺した──遂にこいつを。
 胸に歓喜が湧き上がるものとして疑わなかった。だが実際、こうなってみるとどうだろう。
 僕はそれ程、喜んでいるのだろうか?
「ぼっちゃん……。清継ぼっちゃん……どうして……」
「佐能」
 ヨロヨロと佐能がこちらに向かってくる。佐能は魂が抜けたように落胆していた。
「初めから……一八さんを殺すことが目的だったんですかい? 俺たちを騙して」
「悪かったよ佐能、貝崎。……僕はこいつを恨んでた。母さんと僕を本家から追い出したこいつを。追い出されたことはどうでもいい。母さんは病気だった。なのに、今までろくに働いたこともない世間知らずの癖して僕一人を食わせるために働いたんだ。そうさせたのがこいつだ。こいつが全部悪い」
 溜め込んでいたものを守野は一気に吐き出した。
「本家を出るのは……静音(シズネ)さんの希望だったって俺は聞きましたがね。……ぼっちゃんを真っ当にするためって言ってましたよ……」
「お前には……お前にはわからないよ佐能。僕と母さんはあの家では異端だった。昔から邪魔者扱いだった」
「一八さんになにかされたんですかい?」
「毎日さ。なにかされなかった日なんてないさ。お前は昔よく止めてくれてたけどな」
「……」
「……」
「……ずっと、こうしたいと思ってたんですかい?」
「ああ、ずっとこうしたいと思ってた。母さんが死んでから毎日、一八を殺そうと思ってた」
「あの家の金は一八さんが面倒みてたんじゃ?」
「馬鹿言うな。あんなボロアパート僕のバイト代だけでなんとかなる。……おかげで部活は辞めたけど」
「……どうしてっ……どうして俺に相談してくれなかったんですかいっ! ぼっちゃん!」
「お前にっ……お前になにが分かる佐能!」
 この男はなんて真っ直ぐな目をしているのだろう。
 守野清継はこの佐能という男をある意味、尊敬していた。
 いつも目的は明らかな男。ただ純粋に生きているヤクザ。
 組のため。自身の楽しさのため。周りの仲間を守るため。
 佐能はヤクザだ。弱き者から金を巻き上げるロクデナシどもの一員。しかし、彼の仲間意識はとてつもない。佐能は絶対に仲間も組も裏切らない。
 弱いものからすべてを奪う。自分たちはサバンナの肉食獣と同じだといつも佐能は言っていた。法に触れるからなんだ。社会に属していないからなんだ。俺らを爪弾きにしたのはてめぇら社会の方じゃねぇのか。それを法に従わないから罰するだぁ? ふざけんな。これが彼の理論でそれ以下でも以上でもない。身内だけしか守らないのはどいつもこいつも一緒だ。それと俺たちヤクザはなにが違う。なにも違わない──俺達はサバンナの肉食獣だ。肉食獣にも子供はいる。家族もいる。だから守るんだ。守ってやるんだよ組を。てめぇら羊どもを蹴散らしちまえ!
 幼き精神の守野には些かその文句は効きすぎた。
 佐能響。彼は──やはり組を愛していた。
「清継ぼっちゃん。ケジメつけましょう」
「……佐能」
 ゆらりと佐能の体が揺れる。スコーピオンを守野の後ろの貝崎へと投げた。貝崎はそれを受け取る。
 パチンと胸のホルスターのボタンを佐能は外した。
「西部劇じゃぁ必ずといっていいくらいあるんですよぉ。最後の一騎打ちってぇいうのがね」
「佐能」
 守野の呼ぶ声を無視して佐能は続ける。
「俺はねぇ、それが好きでいつもいつも寝る前にウィスキー片手に何度も何度も観た西部劇の映画を観ちまう。何百の映画を集めようが全部やってることは同じでさぁ。いっつもゴロツキ達はひでぇー、本当にひでぇ。だいたいは主人公の大事な家族や街に手を出しちまう」
「佐能、僕は」
「んでね、どんなピンチも拳銃だけで乗り切っちまう。展開はどの映画もだいたい同じ。清継ぼっちゃんも見たことがあるでしょう日本の時代劇? あれは西部劇のパクリなんでさぁ。だから展開も同じ。俺はね、それが好きなんですよ。毎回毎回スカッとさせてくれるあの展開がね。ゴロツキどもは本当に悪りぃ。俺たちゃヤクザだがあの外道どもとは違うと思いたい。少なくともウチの木島組はぜってぇに違う。弱いものから巻き上げる。不幸にする。自分達の仲間は守るぅ。だがぁ、外道ぉじゃねぇぇ!!」
「……」
「ぼっちゃん……。あんたは俺達の組を敵にしたんだ。もう木島はいっぱいいっぱいなんだよ。一八さんの出所を待ってちゃそれまでに他の組に取り込まれたり半グレどもに潰されちまう……。だからもう時間がなかった。だってぇのに……一八さんが……。清継ぼっちゃんあんたはやっちゃいけねぇことをした。それはあの西部劇のゴロツキと同じことだぁ!」
「俺は自分と母さんの恨みを晴らしただけだっ」
「静音さんはなにも恨んじゃいねぇぇ! 恨んでんのは、てめぇだけですぜっ! ぼっちゃんんん!」
「母さんが恨んでいない……?」
 そんな馬鹿な……あれだけ苦労させられたのに?
 あれだけ辛そうにしていたのに?
「ぼっちゃん……静音さんは恨み言の一つでも組や一八さんや組長に対して吐きましたか?」
「……」
 ──聞いたことがなかった。
 母が人を呪うような言葉を吐くのを。
 むしろ、なんて言っていたか──。思い出せない。
 いや、思い出せ。母はなんと言っていた。
「いつも言っていやしたぜ。一八さんと仲良くしてほしいと」
「……っ」
 そうだ。母はずっとそんなことを。
 どうして。
「抜きな。清継。俺は組の頭の仇をとるために、てめぇを殺すぜ」
「さ、佐能……僕はっ……僕はでも、他にやりようが……なかったじゃないかっ」
「泣くなら他所でやりな坊主! ここには組の頭を討たれた者と頭を殺った奴しかいねぇ!」
 佐能の目は本気だ──守野は覚悟した。どの道、一八を殺さなければ守野清継の心は死んでいたのだ。佐能から一八奪還を持ちかけられた時、神に感謝してしまう程に喜んだではないか。
 神などいないというのに。
 木島一八を恨んでいた。だから殺した。なにが悪い。
 自分と母を苦しめた張本人だぞ。これから組の組長になってもっと酷いことをしたかもしれない。今のうちに殺しておくべきだった。
「……佐能。それでも僕は間違ったことはしていない」
「だったら、早撃ち勝負だ! ぼっちゃ……清継てめぇはそこから一振りで俺を殺れる距離だ。俺もホルスターに手をかけさせてもらう。早撃ちには自信があるぅ。伊達に毎日、西部を開拓していやせんぜぇ」
「待て、佐能この距離なら僕はお前を確実に──」
「黙れっ! さあぁぁ来いぃぃ! ケジメだぁ清継ぅぅ!!」
「──分かった」
 守野清継はもう今の佐能を止められないと理解した。だから腰の位置にまるで鞘に納めるかのように木刀を引いた。
「そこからの抜刀で俺と勝負ってわけですかいぃ! へっへへ! 燃えますねぇ! よぉぉし貝崎ぃ! てめぇは勝った方につけ! もし清継ぼっちゃんが勝てば全部言う事を聞け! 分かったか!?」
「……うぃす」
「貝崎、そのスコーピオンを天井に向けて撃て! それが開戦の合図だ! 上に向けて今から十秒後いつでもいい! お前のタイミングでどちらか死ぬぞぉ!」
「……うぃす」
 貝崎は言われた通り銃を上に向けた。辺りはまたも静寂に包まれた。事の成り行きを見ている囚人達と渦中の侵入者三人組。あと数十秒なら邪魔は入らないだろう。
 どちらかが確実に死ぬ。そう守野は理解した。
 そして、それが確実に自分ではないことも──。
 守野は腰を低くして木刀を構え、佐能は直立のまま胸のホルスターに手を当てている。早撃ちなら腰の方がいいんじゃないのかと思ったがもうそんな事が言えるような空気ではなかった。
「ぼっちゃん──ここまでの道中、頭おかしくなるくらいにぃ、楽しかったですぜぇ」
「さ」
 ドドドドとスコーピオンが打ち鳴らされた。天井から跳弾してひどい轟音をたてて囚人達の悲鳴も掻き消される。
 瞬間的に音に反応して、それはほとんど自動のように行われた。
 すべては一瞬だった。
 ──。
「はや……いですなぁ……ぼっちゃん。やっぱり……カッコつけずに腰のにしておけばよかったです……かい……」
佐能のニューナンブのトリガーには指がかけられたところだった。凄まじい程の抜き放ちだった。おそらく佐能は何度も幾千回もこの早撃ちの鍛錬をしていたのではないか。
 それほどまでに磨かれていた腕前だった。だが、それよりも僅かに速く守野の剣が切りつけていた。先程の一八の時のように手加減して真っ二つにできなかったのではない。佐能のあまりの反応速度に力を入れる余裕が全くなかった。なんとか慌てて斬りつけるのが精一杯だった。それでも佐能の首からの傷は一八と同じく致命傷には違いなかった。
「うぅぅん…………ネバダ・スミス観てくだせぇ。ぼっちゃん…………」
 なんだかよく分からないこと言って佐能響はそのまま倒れ込んだ。血がじわりじわりと床に染みていく。
「あ」
 守野は思わずそれに手を伸ばした。尊敬していたはずで、決して殺したい相手なんかではなかったのに。
 馬鹿だ。本当に僕は馬鹿だ。少し考えればこうなることは分かっていたのに。
 守野は自身の浅はかさを呪った。佐能が愛しているのは僕でも一八でもない。組と仲間全体なんだ。
 だから、こうなることなんて。分かっていたのに。
「ぼっちゃん」
 貝崎が静かに声発した瞬間──突如、ドンドンという大きな音。さらに連続的に床が音をたてて軋んだ。気がつけばいつの間にか入り口からたて続けにガチャガチャと音をたてて何人もの人間が入ってきていた。
「お前ら手を挙げろっ!」
 防弾盾を構えた複数人とその後ろで銃を向けてくるのが三人程。全部で十数人での突入だった。いずれもヘルメットや防弾ベストなど銃器対策のされた装備でこれが佐能の言っていた機動隊というやつだろうかと守野はぼんやりと思っていた。
「ぼっちゃんっ……」
 どこか貝崎の声が遠くに聞こえた気がした。だんだんと辺りの音も小さくなっていくような。
「──!」
 機動隊の男が何かを喚いた気がした。
 とどのつまり──守野清継がやりたかったのはなんだったのか、単なる復讐だったのか。
 自分と母が惨めな思いをしたこと。
 母が早くに死んだこと。
 いじめられていた過去。
 すべてあの男のせい。
 家は嫌いじゃなかった。
 ヤクザの子供であることは本当に嫌なこともあった。隠しても周りにはバレていたし、普通の生活に支障をきたすこともあった。
でも──俺はヤクザがどうとかそんなことはどうでもよくて、確かにあの場所で佐能達といることを楽しく感じることもあった。
 それが仲間ってことだったんじゃないのか。
 母が死に自暴自棄になってしまっていただけではないのか。
 先程、すれ違った刑務官の男が言っていた言葉が頭で反芻した。
「少年。自暴自棄になった者が行く先は破滅だけだぞ」
 僕の願いはなんだ?
 『それは君自身が一番分かっている』
 問う守野にどこからか声が聞こえた。男なのか女なのかよくわからない声。声なのかそもそもなんなのか実のところよく分からない。またいつの間にか先程感じたスローモーションで風景が流れる感覚に陥っていた。
『君は望みを叶えた。復讐──いい望みじゃないか』
 誰だお前は。
『色を失った者』
 色?
『僕の贈り物を気に入ってくれたみたいで良かった。そして願いも叶えた』
 願い? 俺の願いはこんなことじゃ──。
『いや、君の願いはこの光景そのものじゃないか。恨んでいる相手を殺し、自分とヤクザという世界を繋ぐこの男を殺した。これが君の願いさ』
 分からない。それで僕は救われるのか?
『本当の願いは誰にだって分からないものだ。この先を進んでみないとね。だから君は今こんなところで捕まるのも死ぬのもやめたほうがいい。──先へ進まなくちゃあいけない』
 進んでその先になにがあるんだ?その先は地獄じゃないのか?
『地獄かもしれない。世界はバラバラだからね。まとまりがない。上も下もあるし、生きる者と死ぬ者がいる。不公平だと思わない?』
 不公平……かもしれない。でも、それは……。
『この世の摂理だとでも言うつもりかい? 君はまだ若い。だというのに君は自身の人生に起きた理不尽にひどく苛まれ怒りを感じていたじゃないか。この世に絶望し、復讐に身をやつす程に──その果てがこれだろう? 君の中には今、虚無感しかないだろう。当然さ。君の目的は復讐じゃない。今はまだ途中経過に過ぎないからだよ。まだ完成じゃないんだ』
 完成……じゃない……?
『ああ。完成形は分かるかい? それは理不尽なことを無くすこと──。それができるとしたら今、君が復讐をやり遂げた後に感じる虚無感を無くすことができるかもしれないよ』
 本当に……?
『ああ本当さ。だからさ……バラバラの色ばかりのこの世界を綺麗さっぱり同じ色にしてしまおう。僕たちみたいに色を失わせてやるんだ』
 色を失う?
『気がついていないのかい? 君は力で願いを叶えた。だから──覚醒するんだ』

 ロスト・カラーズへようこそ!

「……はっ!」
 守野はスローモーションの緊縛から解かれ、途端に目の前の加速した世界に眩暈を起こし胃の中のものが迫り上がるのを感じた。
「清継ぼっちゃんっ!」
 叫んでいたのは五、六人がかりで突入してきた警官達に取り抑えられかけていた貝崎だった。さらに自分の目の前にも防弾盾を構えて今まさに飛びかかってこようとしている警官達がいた。
 その足元には倒れ込んだ佐能の姿──彼を殺したのは自分だ。
 でも──こうなったのは──。
「う」
 世界が理不尽だからだ──!
「ああああああああああああ!!」
 守野は絶望でも不安でも怒りでもない言葉に表すことのできぬ感情と呼んだほうがより適切であるそんなものを吐き出しながら突貫した。
 防弾盾がいとも簡単に両断され、その下でそれを持っていたはずの自分の両手がなかいことに警官の男は数秒気がつかなかった。
「うわああああっ」
 両腕を斬られた警官の絶叫が守野の鼓膜に届いた頃にはすでにそこにもう一人の犠牲者が出ていた。一秒程のことだった。防弾盾を腕ごと両断した守野はその返す刀で隣の男の胴を薙いでいた。
 男は呻き声をあげることなく、くの字に体を折り曲げて倒れ込んだ。
「足を狙え!」
 致命傷の二人がうずくまるのを見た指揮官らしい男は已む無く銃を使うことを許可した。それでも足を狙えと言ったのは守野が未成年にしか見えなかったからだった。
「──っ」
 おかしなことが起きた。瞬きをした一瞬、警官達は守野の姿を見失っていた。
「どこだっ! 探せっ」
「ううううおおっ」
 突如、唸り声をあげた貝崎は巨体を震わせ入り口のところで固まっていた警官達のところへと迷いなく走り出した。
 奴は先程まで数人がかりで抑えられていたはず、と指揮官の男が貝崎のいたところに目をやるとそこには血に濡れ倒れふす警官達の姿があった。
 馬鹿な──。
 男が急に向かってきたので警官達は慌ててそちらへと銃を向ける。
「そのタンクトップの男は撃て!」
 迷わずに数人の隊員が射撃を開始し、そこで隊員達にとってはまたもおかしな事が起きた。
 こちらへ突っ込んでくる巨体の男が銃弾を浴びているにもかかわらず動きを止めないのだ。
 貝崎は入り口にいた数人の警官達にそのままタックルする形で突っ込んでいた。
 巨体によろけ陣形を崩したところに貝崎の背から飛び出る黒い影、守野は剣を一閃させた。
「……っ」
 指揮官を含め隊員達はすべて次に銃を撃つ間も無く守野によって両断されていった。
 辺り一面おびただしい程に血が飛び散っていた。倒れふす警官達はおそらく皆死んでいるだろう。部屋の隅で立ち尽くす囚人達はその光景を前に逃げ出すこともせずひと塊りになっていた。
「……これで全部か。……行かなきゃ……」
 当たり前のように歩き出した守野に貝崎は慌てて問う。
「ど、どこに? どこに行くんですか清継ぼっちゃん?」
「……『この世の理不尽を無くしに行く』声が聞こえたから歩いていればまた聞こえるだろう」
「……声……? ……一体なにを……。……俺もついていきます。佐能兄貴には勝った方につけと言われましたから」
「僕が憎くないのか貝崎?」
「……今のぼっちゃんはなんだか放っておけません。……そんなことをしたら佐能兄貴に怒られます」
「佐能はもういないよ」
 世界に対してどこか胡乱な目をして守野清継は歩き出した。今までとは違う道を。
 これから進む道はきっと後戻りができない。
 この理不尽な世界は信用できない。だから──僕は。




 
***********************





 フレネはどんぴしゃもどんぴしゃだと心底自分の勘を褒め称えたい気持ちで一杯だった。
 彼のこういう時の勘は昔から妙なくらい当たった。自分自身でも何故なのか分からないが時にアンジェリンの探知を必要としない程に対象を探し当てることができた。
 ──呪い共が標的を探しているのか………。
 フレネは自身の胸に手を当てた。
「……っ」
 忌まわしく自身の体に這いずり回る奴らの怨嗟の声を聞いた気がした。どず黒い汚泥のごとく止め処なく溢れ出してくる負の感情。恐怖からか畏怖からか、ふと気を抜いた瞬間ソイツらにのまれそうになる。
 自分の家族達のように──きっとあの黒い影から帰ってこれなくなる。
 なぜ、あの時、僕だけが。
 ──ライネ……。
 隣で羽田が「おおいっ、なんか機動隊とかSATっぽいのとか来てるけど勝手に入って大丈夫なのかっ」とワタワタと大慌てだった。
「うるさいなぁ」
 と言ったフレネだが羽田の声のおかげで嫌な感覚から解放され少しホッとしていた。
「黙って入らないと入れないじゃないか。まったく馬鹿だね羽田は」
「いやいやいやっ、なんかどう見てもこの刑務所今一大事真っ最中じゃないかっ! ヤクザの組長候補の取り調べとかしてる場合じゃないって! 絶対これなんかあったって!」
「なんかあるから僕らが忍びこんでるんだろう?」
「だから俺を置いて行けよ! なんで連れていく!?」
「うーん、まあそのうち見捨てて行くから大丈夫だよ」
「見捨てるなよぉぉぉ!」
 羽田は自分よりも遥かに小さいフレネにしがみついた。
 あー鬱陶しいと思いながらフレネは辺りへの警戒は怠ってはいない。それは当然だった。
 今この場所で起こっている異常はタイミング的に偶然などでは絶対にない。
 例のゲームの参加者が絶対にいる。フレネはそう考えていた。
 普段起こらないような異常事態の渦中にこそ必ず求める敵がいる。この間の犬の事件でそれは確信へと変わった。
 協会から下された彼の本来の任務は宇佐木光矢の護衛である。
 護衛と敵の排除。フレネにとってはそれは逆でも構わなかった。敵さえ排除すれば、護衛も完遂できる。当然であるが。
 フレネはアンジェリンとブレッドとチームを組んでいて共に信頼し合っている。彼らは周りが思う以上に固い絆で結ばれている。だが、それでも『目的』までもが皆一様に同じかと言われればそうではない。
 ブレッドにも、アンジェリンにも、フレネにもそれぞれの戦う理由があった。
 フレネにとって時に単独行動を行うのはその目的に対し都合が良いからだ。信頼していても彼らがいては目的を果たすのに邪魔になる時もある、こればかりは仕方がない。
「一体こりゃ……どうなってるんだ……?」
 羽田が水平線のように真っ直ぐに両断された扉を調べていた。それにフレネはひどく楽しそうに返した。
「あははっ。普通じゃないね。……一本道だね。この先か」
 ──敵がいる。フレネは迷うことなく廊下を進んでいき、くるりと振り返り珍しく可愛らしい笑顔をして言う。
「羽田はもう帰っていいよー。今回は役に立ったよ。じゃあね」
「お、おいっ……こんなところで置いてくなっ! なんて説明して外に出たらいいんだよっ。ま、待てって! おい!」
 羽田はおっかないながらも着いていくしかなかった。
 壊れた扉の先──狭い廊下はぎりぎり人がお互いに避け合えば二人通れるだろうというくらいだった。白い壁に反対は格子のついた窓ガラスがいくつかあり、奥の扉も同じように破壊されていた。
「奥に行ったか……それなら」
 ここは……『イイ』。黒髪を揺らして辺りを見回しながらフレネはこれからを思案する。
 ここで待っていればいずれ──。
 そう思って廊下の真ん中あたりで足を止めた時、丁度奥から人の姿が見えた。
 黒い詰襟の学生服を着た青年。
 うつむき加減で顔がよく見えない。右手には黒い木刀を携えて廊下へと歩いて来た。
「止まれ」
 フレネが言葉を発し、学生服──守野清継は足を止めた。ゆらりとした動作で顔をあげて目の前のフレネに今初めて気がついたとでもいうような顔をした。
「子供……? 誰だお前は」
 こんな所にいる時点でこいつは普通じゃない。そう両者ともに瞬時に思っている。
「お兄さんの敵だよ」
「敵……? どこかで見たことが……」
『地図だ』
「そうだ……あの地図に……!」
 またあの声が聞こえた。俺を導いてくれている。守野は確かな確信と安堵を得た気がした。
「この力とお前達はなんだ? このゲームはなんのために」
 守野の問いに答えたのはまたもフレネでなく、『声』だった。
『言っただろう? 世界の色がバラバラなんだよ。その元凶とも呼べる連中が目の前の奴らだ。奴らは君の邪魔をするぞ。この世の理不尽を正す君の敵なんだよ彼らは』
「敵……」
 目の前の少年を改めて見た。小学生程にしか見えない。可愛らしい少年だったがどこか雰囲気とでも言おうか、決して説明できるものではないが明らかにおかしなものを守野は感じてはいた。
「お兄さんもう何人か結構殺してるよね」
「……」
 少年の言葉に守野は返さなかった。
「いや、いいんだよ答えなくても。僕はそういう、なんていうのかな人のカルマ? 人の業みたいなものが分かるんだよ。ちょっと……特異体質でね」
「……それがなんだ?」
「なにって……業の深い人間は僕の大好物なのさ!!」
 フレネは黒い霞を右手に生み、それを瞬時に迷うことなく守野へと投擲した。
 彼の最も得意とする技──その速度は常人の眼で追えるものではない。飛んでくる残像どころかフレネがそれを投擲するために腕を振り上げるところすらも見えはしない。
 どういう仕掛けなのかは仲間である者も知らず、このフレネの技はあの九川でさえも避けることができなかったのだ。
 先程フレネが通路を見渡してイイと思ったのは狭さだった。ここなら隠れる場所もなく敵はフレネの攻撃に串刺しにされるしかない。
「……っ」
 そのはずだっだが──守野は避けた。肩をかすめていきはしたが体を反らせて綺麗に回避していた。
「今のは……銃か?」
 いや、銃じゃなかった。避けることはできたが今の速度は速いなんてレベルじゃない。この不意打ちを避けられたのは奇跡に近い──守野は相手を強敵と認識して警戒を強めた。
「まさか避けただって……?」
 未だかつてこの攻撃の一手目を敵に避けられたことがあるだろうか。しかも不意打ちを、だ。フレネは狼狽したが敵にそれを気取られてもつまらないとすぐに二手目を左手に出現させた。
「ふっ……!」
 守野は剣を下段に構えたままフレネへと向かって駆けだした。
 速い攻撃を回避し続けるのは困難──ならば先に叩けばいいだけだ。守野の思考は至極単純な道理だった。
「ちっ……」
 舌打ちとともに投擲。フレネは距離を詰められるのが一番嫌だった。
「……見えたっ!」
 剣で弾かれた黒い霞。凄まじい剣速は先程までの守野のものから信じられない程に格段に早くなっていた。
 なんだこれは。これがあいつの言っていた覚醒というやつか?
 守野自身もその己の速度に驚愕しつつ、考えてもどうせ分からない、そう決め込んですぐに眼前の敵に向かっていった。
「ははっ」
 フレネは思わず笑いが起こる程に驚愕していた。
 速すぎる──な。いや……おかしいぞコレは。そもそもなんだあの木刀は?何故、僕の攻撃を弾くことができる? そもそもだ。僕らしくもない。今回のこのゲームの件、そもそも敵の能力のからくりは未知数で何も分からない状態だったじゃないか。なんて迂闊。
 今までのザコならともかく、格上が出てきたら相手の能力の源が分からない以上対処のしようがない。相手が使っている能力は自分達の知っている魔法でも魔術でもないのだ。
 フレネはマズイ事態なのかもしれないと少し考えを改め始めていた。三投目を右手に用意しながら少し後ろへとバックステップで軽やかに後退し改めて相手を直視した。
 迫り来る守野の速度はフレネが今まで相対したどの相手よりも速い。
 どうかしている程に強い。この僅かなやりとりだけでも分かる程に。
 次の三投目が避けられたらおそらく自分は斬られるだろう。いや、そうだな──。
「それもいいか」
「……!」
 フレネは動かず直立のまま──目前に守野の剣が迫った。
「諦めたか!」
 この剣技は別物だ。守野清継自身も理解し始めていた。決してこれは今まで積み上げてきた強さなどではない。こいつは覚醒の太刀であり突如として発露した起源無き尋常ならざる力を秘めた剣だ。
 振り上げた木刀を下ろす、それと同時に血飛沫が辺りに飛び散り廊下の両側の壁に赤い花が咲いた。ばたりとフレネは倒れこんだ。
「お……お、おいフレネ……! フレネ!」
 守野は後ろの入り口の影から覗いていた羽田に始めて気がついていた。
「仲間か? おい貝崎」
「うぃす」
「も、もう一人……いたのかっ」
 羽田の絶望的な呻くような声。貝崎が巨体を揺らしながら歩き、守野の脇を苦しそうにすり抜け、血塗れで動かないフレネを跨いで入り口の羽田の前に立った。
「ここまで近づいても何もしてこない。……こいつは普通の人間のようです。ぼっちゃん。おそらくこいつ例の地図にも載ってなかったです」
「殺そう」
 間髪入れずに守野はそう答えた。
「ぼっちゃん……関係のない人間まで殺しては佐能兄貴の言っていた外道です」
「外道? 外道とはなんだ貝崎?」
「……」
 守野の突き刺すような視線に思わず貝崎は目線を下に向けた。血塗れの少年が倒れている。会って間もないとはいえ、そもそも守野清継はこんな少年を殺せるような人だっただろうか。
「もともとヤクザなんて外道じゃないか。……でもな貝崎、この世にはそれ以上の外道がいる。この理不尽を僕は終わらせるんだ」
『そうだ。終わらせるんだ。でないと君の母さんのような理不尽による被害者がどんどん増えていくんだ』
「そうだ……! だから僕は理不尽を許さない!」
 鬼気迫るように虚空を睨みつけた清継に貝崎は眉をひそめた。
「どうしたんですかい……ぼっちゃん。なんだか別人みたいに……」
「いいから殺せ貝崎。入り口に座り込まれてたら邪魔だ。やらないなら僕がやる」
「……あ、あ……」
 恐怖のあまり立ち上がることのできない羽田は会話の流れから今から自分が殺されるのだろうと理解していた。ただ理解はしても動転した心臓と体と脳はすべてちくはぐに暴れだしていてもう何がなんだか分からず、つまり思考停止して死を待つしかなかった。
「だがこの少年の名を知っていたということはゲームの参加者の可能性もある。殺しておくほうがいい。違うか貝崎」
「……俺は佐能さんにぼっちゃんに従うように言われました……。わかりやした。俺がやります」
 貝崎は大きく息を吐き──。
「恨むなよ。……あんた警察だろ? 以前どっかで会ったことある。……ああ、あの時か。思い出したよ。でも、まあ……悪い。死んでくれ」
 貝崎は太い右手で羽田の首を持ち上げた。
「……ごっ……」
 天井に頭をゴリゴリと押し付けられるくらいにまであげられて、そこで貝崎は力をこめて首を圧迫し始めた。
 ものの数秒で羽田の息は途絶えるだろう──。
 ……ああ、ちくしょう!!
「僕の死んだふりっていう最高の技をなんでお前を助けるために使わなくちゃいけないんだよ!」
 血塗れのフレネが突如立ち上がり、倒れている間に溜め込んでいた黒い霞を一気に投擲する。
「ぐあああっっ」
 瞬間、背中に黒いもやもやとしたものが数本生えた貝崎はあまりの激痛に羽田を手放してしまう。
「が、ほっっ……」
 解放され声をあげた羽田は背中から落ちてその際に頭を床にぶち当ててしまいそこで彼の意識は途絶えてしまった。
「生きていたのか!」
 言うやいなや守野清継は剣を座ったままのフレネの背に向けて振るった。
「……ぐぅぅ……! はははっ……僕を殺してみろっ……!」
 フレネはそのまま振り返り、両の手を広げて守野を見据える。対し守野はその相手の不可解な行動に少し警戒して剣を下げた。
「なぜ……死なない?」
「僕は死に難いんだよ。……別に殺しにこないならこちらから行くけど!」
 今度は両手に黒い霞を発生させ、すぐさま腕がブレる。相変わらず発射されるまでの動きは皆無だった。
「……くそっ!」
 苛立たしげにそれを避け、剣でもう一方を弾く。
「ははっ! 凄いね! 凄いよ! そんな芸当ができる奴見たことがない!」
 さらに続け様に黒い霞を手に生む。
 守野は逡巡する。さすがに何度も避け続けるのは難しい──相手の誘いにのるようだがやはりトドメを刺すしかない。
「……いい加減に死ねぇ!」
 守野清継は言葉と共にフレネの脳天に目掛けて剣を振り下ろした。剣道で言うところの面というやつだった。
 少年の頭に深々と木刀が突き刺さる。またも大量の血が溢れだしぼたぼたと廊下に音をたてて落ちた。果実が地面にぶつかり割れるようにフレネは血を撒き散らしながら倒れ込んだ。
「……」
 どうしてだろう。警戒していたからだろうか。完全に胴体を縦に別つまで両断できなかった。
「……なんなんだこいつは……」
 相手を殺したはずの守野の方が明らかに狼狽していた。
 今度こそピクリとも動かなくなったフレネに一瞥をくれた後すぐに蹲る貝崎の元へと駆けた。背中に黒い霞のもやもやとしたフレネの投げた棒が四本程刺さったままだった。煙のような黒いもやもやなのに刺さるというのがどうにも訳が分からない。そもそも貝崎には銃弾も何も効かないのではなかったのか。守野はその黒い霞を抜こうと思ったが貝崎が手で制止させた。
「こ、これには……触らねぇほうが良さそうです……ぼっちゃん」
「動けるか貝崎?」
「いえ……しばらくは……無理かもしれません……」
 荒い息遣いで呻くように答える貝崎。額には汗が粒になっていくつも張り付いていた。相当、具合が悪そうに見えた。
「痛むのか?」
「いえ……痛みはほとんど、ただなんだか気持ち悪くて……」
「気持ち悪い?」
「わからねぇんですが……先に行ってください。ぼっちゃん」
「……」
 その時──どくん。と何かが脈打つような音が聞こえた気がした。自分の心臓の音かと守野は思わず胸に手を当てた。──いや違う。
 貝崎、と声をかけようとした時何やら背後から熱量のようなものを感じて思わず守野は振り返った。
「……っ」
 そして目を見開きソレに見入った。
 守野と貝崎の背後にはもうもうと真っ黒な霞がいつの間にか現れ廊下中に広がっていた。
「こいつはっ……」
 守野は地面のフレネを見て思わず後退りした。
 割れた頭、切られた背中、そこからその黒いものが這い出るように溢れ出していた。
 これは貝崎の背中に刺さっているのと同じ黒い霞だ。
 この少年はこれを狙って殺されたがっていたのか──となればこれは自爆にも似た捨て身の攻撃のはず──まずい。
「貝崎っ、ここから離れるぞ!」
「だ……めなんです、ぼっちゃん……体が動かなくて……先に……先に行ってくだせえ……」
「くそっ……」
 蹲ったまま体が動かせない貝崎を置いて守野は走り出した。
「ぼ……ぼっちゃん……佐能兄貴の言ったこと……静音さんは、ぼっちゃんにはまともに生きてほしいって……それを守ってくだ……さい」
 貝崎の最後の言葉は守野の耳には届くことはなく、代わりに黒い霞の中から──はははははは──と少年の笑い声が聞こえた。
 地鳴りのような音が響いて黒が速度を増し噴出した。貝崎と倒れた羽田を飲み込んで隣の部屋にも広がっていき、守野は駆けながらもそのフレネの黒い霞に追われているのだと理解していた。
 貝崎が触ってはいけないと言ったのは直感だっただろうが、恐らくそれは正しい。あれに捕まってはいけない。
 霞がどんどんと建物全体に広がりすべてを飲み込んでいく、後ろを伺いながら自分が斬り壊した扉を何個か抜けて守野は走った。
 すぐに正面玄関まで来て、太陽の光に照らされた外が見えパトカーの赤色灯が大量に光っているのが確認できたが守野は迷わず外に飛び出した。
多くの音が聞こえその中で一際大きく動くなと拡声器ごしに声が届き、それでも足を止めずに守野は走った。
刑務所の前にはたくさんのパトカーと救急車、消防車、大勢の警官に、規制線が張られその向こうには見物しにきている一般人でごった返していた。それはそうだろう。マシンガンを乱射して刑務所に侵入してから時間ももうだいぶ経ってしまっているのだから。
「……来てるな」
 守野は背後をちらりと見てパトカーで封鎖されている門に向かって全速力で走った。
ずずずとまたも地鳴りのような音が辺りに響き、刑務所の建物から黒い霞のような霧がもぞもぞと蠢いて生き物のように出現した。その動きは奇怪──煙のようでいてどこかそうではなく人間のような明らかな意思を持った動きをしている。
「な……なんだアレはー!」
「火事かー!」
「け、煙じゃないんじゃないかっ!?」
 見物の人間や警察が次々に声をあげる。それでも刑務所から飛び出してきた守野に前衛の警察達は視線を向けて注意は外していない。
 また拡声器ごしに声が聞こえ止まれだのなんだの言ってはいたが後半はよく聞こえなかった。
「これだけ雁首揃えてるくせに何だこいつら……なにしてきたんだ。なんで母さんは助けられなかかった」
『奴らが守るのは秩序と法だけだ。関係のない人間の理不尽や不幸なんて誰もいちいち気にしていられないさ。ニュースやネットで見て可哀想、救われるべきだなんて、そんな時は感傷に浸って言うけれどね。彼らは自分に酔いたいだけで人間を救うわけじゃない』
「だったら僕はやはり理不尽やこの世界に蔓延る不幸をどうにかしたい……。このまま進んでいけば僕はこの気持ちは叶うのか?」
『ああ。すべてが公平になる。そうすれば君の母さんもきっと喜んでくれるさ』
「止まらなければ撃つぞ!」
 先程、刑務所内部に入ってきた特殊部隊のような連中と同じ装備の男が守野に銃を向けた。
『さあ進め! 世界のバラバラな色を公平なる無色に統一してやろう!』
「うああああああああ!!」
 左から右へと宙を一閃するように木刀を振るった。全長一メートル程で刀身にしては七十五センチ程の黒檀の木刀は今の守野清継にはもっと遥かに長く感じた──どうしてだか分からないがここから剣を振るえば、目の前のすべてを一掃できるだろうと、そんな確かな確信めいた何かが途端に頭に芽生えるのだ。
 凄まじい音がして守野の視界の左側に停めてあったパトカーが真っ二つにされ片側が宙に舞い、その隣のパトカーも上からひしゃげて崩れ、隣には胴から上のない人間の二本足が直立のまま立っていた。先程まで守野に銃を向けていた男がそこにはいたはずだった。一番右端に停めてあったパトカーは物理法則を無視したような動きでゴロゴロと回転して刑務所の壁にぶち当たった。
 大勢の悲鳴と叫び声が起こり、すぐに後ろの方では一般人に離れるようにとスピーカーから大きな怒声が飛んだ。
 突如、鼓膜を揺るがす程の大爆音と視界を埋める赤い光。パトカーの燃料が引火したのか、どんっと大きな爆発が起こり煙が巻き上がった。続けてひしゃげていたパトカーからもぼん、と火が上がった。辺りは一瞬で恐慌状態へと陥り、前衛の特殊部隊、後ろの警察官、消防隊員は一斉に門から後退し始めた。
「──…………」
 これが今の彼の──守野清継のたった一太刀の攻撃による惨事なのだ。
 一振りで目の前のすべてを片付けられる。なんという力だろう。この力さえあればこの世のすべての理不尽を是正できるかもしれない。
『まだだ。まだ足りないよ。この世のちぐはぐはそんなものじゃ埋められない。だから、もっと前に進むんだ。目の前のすべてを斬って前に前に前に前に前に前にっ! 進んでいけば僕に会える。そしたら君も本当の意味で色を失える』
「は、は、は、は、は、は、は」
 そこには先程までの精悍な顔つきの青年はいなかった。詰襟の学生服で木刀を持った青年は守野清継であってもそうではなかった。明らかに変わってしまっていた。
「ああああああああああああああ!!!」
 眼はどこか遠くを見ている。前を見てはいない。守野清継は今自分が何をして何のために進んでいるのかよく分からなくなっていた。
 木刀を振るう。斬られた車がまた爆発して、周りの人間を巻き込んで燃え始める。
「やめろおお!」
 もう事態は未成年だとか命令、権限などそんな悠長なことを考えてられない状況になっていた。そこでやっと──すでに何人も死んでようやく一人の男が銃を守野に向けて発砲した。
 その瞬間、男は銃ごと体を縦に真っ二つに斬られていた。
 守野清継は発砲音のした瞬間に音の方向に凄まじい速度と正確さで剣を振るった。発砲された弾が斬られたと同時に先の男も斬られていた。
「……は、はは、は」
 守野は狂人のように嗤った。今の彼には銃の音に自動的に反応して、発砲と同時に相手と銃弾を斬ることなど容易い。彼からしたら音の聞こえた方向に剣を振るっただけで別段何も難しいことをしているつもりなどなく、異常なまでの反応速度が人智を超えてしまっていることに他ならなかった。
「ははは──邪魔だな」
 燃え盛る車が入り口を塞いでいたのを、剣を一閃させてすべて薙ぎ払った。勢い余って近くの五階建てのマンションが真ん中から地響きと共に崩れ落ち、爆風と粉塵が辺りを覆い何も見えなくなった。多くの人々の悲鳴と怒号、泣き叫ぶ声に混じって遠くではすでに街中にパトカーと消防車のサイレンの音が響き渡っていた。
 刑務所は依然、暗黒の霞に包まれていて、じわりじわりと辺りを侵食し始めている。ビルが崩れ大きな炎がいくつもあがり、辺りにはすでに何体もの死体や守野に斬られた人体の一部が散乱していたが、今はそれらすべてを炎の煙と粉塵が隠していた。
「よく見えないけど……まあ、この方が歩きやすいか──前へ前へ前へ前へ……」
 守野清継はそうして狂人の道を歩み始めた。



***********************





 同時刻。
 探偵は窓の外、そう遠くもない場所で立ち昇る黒い煙を見た。
 鳴り響く地響きと爆発音、異常事態発生というやつだなと珈琲を口に含んでからゆっくりとソファーから立ち上がった。



 神父も同じものを見ていた。
 宇佐木とブレッド、アンジェリンを連れて自分の寝泊まりするホテルに帰ってきていた矢先のことだった。
 ソーリスは胸に手を当てて自身の心に問いかけた。
 ──あなたを使ってしまうかもしれません。
 そう思ってから、とりあえず彼は胸ポケットのウィスキーを一気にあおった。




 役小角──九川礼子は学校にいた。
 授業中で隣の席──勿論、席順のくじ引きは細工した──のアキの横側を眺めていたところだった。
 千里万里眼で見るまでもなく彼女はその異常に真っ先に気づいていた。
 まったく……なにをやっているのかしら。
 それは勿論、ソーリス達の組織に向けて思った言葉だった。
 一般人の生活を脅かす世界の害悪を排除する機関なのでしょう?
 あらあら、これはこれは……一大事ではなくてマグダラさん。ふふふふ。
 しかし同時に九川礼子は面倒なことにも気がついていた。
 敵は……学生?一人ね……木刀みたいなものを持っている。
 ──……。
 ……彼の進路、ここを通らないかしら?
 




***********************


 鳥羽満月は千条光からかかってきた携帯電話にコートを羽織りながら出た。
 相手が何を言おうとしているかなど、もう分かりきっていた。
「満月っ! 外っ、そこから見えるかしら!?」
「ああ……黒い煙が上がってるのが見えるな」
 例え見えなくとも街中でこうもパトカーや消防車のサイレンが響きまくったり地震のような地鳴りまで何度も起こっていればただ事ではないと思っただろう。 
「満月これって……やはり今回のゲームに関係しているのかしら」
「……光の方でもまだ情報ないのか。……そうだな……でなきゃ日本でも海外で起こるようなテロでも起こってしまったのかだ。どの道、俺は行くよ」
「オーケーよ満月! アタシは情報集めがてら、何か分かったら連絡するから携帯電源入れときなさいよ! あんたすぐサイレントにするから!」
「へーへー……」
 嫌そうに返事をした満月だったが千条光の情報力はとても頼りにしていた。
 鳥羽満月は千条光からの電話を切った後、事務所兼自宅から出ながら、すぐに別の電話をかけ始めた。
「はい」
 すぐに相手は電話に出た。どの道、連絡しなければと思っていた矢先、少し事態が早まってしまった。
「ああ、俺だ鳥羽満月だ。ソーリス元気か?」
 言いながら鳥羽満月は黒煙の方向を常に確認しながら走った。
「ええ。その節はどうも」
「いや、挨拶はいいんだソーリス。……えーと、何から話せばいいか……地図のゲームはもう知ってるか?」
「ええ……。あなたの写真もありましたね鳥羽満月さん」
「もう敵を倒したか。さすがだな。それなら話が早い。……おそらく今の異常事態も十中八九……今回のゲームが原因だと思う。敵の目的は俺やお前達かもしれない。……ここから見ても現場はかなり大事になってるだろう。もう何人かは死んでいるかもしれない……」
「……」
「俺はこんなふざけたゲームを考えて他人を巻き込んで死なせた奴を許せない。今そこに向かってる。……こんなことをしでかした敵を倒す」
 鳥羽満月の声には電話越しにでも分かる程に怒気が含まれていた。彼はいつも見ず知らずの他人のために戦う。そういう男だった。
 ソーリスは鳥羽満月の求める答えが分かっていた。つまりは協力要請だ。
「分かりました。私も行きましょう。……今回、いち早くマグダラが予知で宇佐木の護衛をブレッド達に頼んでいたのです。彼らも連れていきます。宇佐木は──……残れと言ってもついてくるでしょう。私が守ります」
「ははっ。……あとは九川が来てくれれば一番助かるんだけどな」
「……彼女は来ないでしょう。私達の味方というわけではないのですから」
「なんだソーリス。教え子のこと信用してやらないといけないぞ? 信用してやらないとグレて不良になっちまうぞ」
 昔の俺みたいにな。鳥羽満月は思ったがそんな青臭い話は今はどうでもいいかと話を戻す。
「黒い煙の先に向かえばいずれ鉢会うだろ。できるだけ早く来てくれ。……お前らの組織は順序が逆かもしれないが……今回は一般人の救出優先で頼む。……強制じゃない。俺からのお願いだ」
「……分かりました。鳥羽満月さん。私はあなたに命を救われました。その恩が返せるというのなら全力で力になります。協会の命令には逆らえませんが……」
「それでいいさ。感謝するよソーリス。……そーいや、うまい酒が飲める店見つけたからこれが終わったら宇佐木連れて飲み行くか」
「満月さんお酒飲むんですか。意外です。私を治療していた数ヶ月、珈琲しか飲んでいなかったので」
「あ、ああ。まあ……最近ちょっとな」
 ゲーム参加者の敵に目覚めさせられたなどどうして言えようか。
「美味い酒は楽しみです。……ではまた、後で」
「ああ。気をつけろよソーリスっ」
 鳥羽満月は電話を切りコートの内ポケットに仕舞ってから走る速度を上げて黒煙の方へと駆けた。この距離なら車を使うまでもない。というかなんだか人だかりや渋滞が起こっているみたいで車で近づくのはそもそも無理そうだった。
 ソーリス達に伝えといたほうがいいだろうか──いや、あいつらならどうにかしてすぐさま駆けつけるだろう。ソーリスの力、宇佐木の心を鳥羽満月は以前の事件で完全に信頼しきっていた。
 あいつらならどんな困難にでも打ち勝てる。
 距離が近づくにつれて空気がだんだんどこか埃っぽくなっている。辺りに恐慌の気配が満ちて人々の恐怖や怒りが満月の心に突き刺さる。
 誰も彼もこの理不尽から逃れ、元の平穏に戻ってほしいと願ってはいるのに──誰も今苦しんでいるのであろう人達のことを考えていなかった。
「……なにを考えている俺は。人は……余裕が無くなった時、人に優しくできない。でもそれは人の優しさが尽きたわけじゃない。人に絶望するな。人に見返りを求めるな。成すがまま……だ。成すがまま俺はしたいことをする」
 自分に言い聞かせるように独り言をいい鳥羽満月はそろそろ元凶への到達を感じていた。
 なにせ悲鳴や音が先程と違い、リアルタイムで増していき耳に痛い程に鼓膜を揺るがせた。
「……っ」
 思わず息を飲む程に──。
 凄まじい風圧、大きな物が地面へと叩きつけられる音。爆音と煙が近くから巻き上がり、何か大きな物が頭上を飛んで行くのが見えた。
 ──トラック?あんなものがどうやったら浮き上がるというのだ。
 熱い──どこかで何かが燃えているのか。
 悲鳴、子供の泣き声。鳥羽満月は辺りを見渡した。粉塵のせいで視界がほとんど見えない。
 おそらく本来であれば見通しの良い交差点のはずのそこは今は黒煙と舞い上がる粉塵のせいでほとんどが見えない。鳥羽満月は口元を抑えた。大きなビルが倒壊した時に丁度、こんな感じの視界をゼロにする粉塵が巻き上がるのはテレビで見たことあった。
 確かこれを吸い過ぎるとだいぶ体にはよくなかったはず──鳥羽満月は自身の青き光の力を全身にみなぎらせた。琴葉曰く解毒もできるというこの能力。現状に有効かどうかは分からない。
「一体……なにがどうなってる?」
 びゅうと砂埃を巻き上げながら風が吹いた。幾分か視界がクリアになり小学生くらいの女の子が座り込んでいるのが見えた。鳥羽満月は歩み寄り声をかける。
「どうした? お母さんかお父さんはいないのか?」
「ひっ……ひ……お母さんそこで動かない……」
 子供が指差した先で瓦礫にほとんど埋まった状態の女性が見えた。
「おいっ! 大丈夫かあんたっ!」
 駆け寄り女性の口元に手を当てる。──息はある!
 鳥羽満月はすぐに女性の上の瓦礫をどけ始めた。
「お母さんは大丈夫だ! 助けるからな! 絶対に助かるからな!」
 女の子は呆然として鳥羽満月の必死の姿を眺めていた。何人も何十人にも泣きながら訴えたというのに誰も少女の言葉に耳を貸さず粉塵や瓦礫から逃げ惑うだけだった。
 この人はどうしてここまで一生懸命にしてくれるんだろう。少女はその男の行動に現実感を感じられなかった。
「くそっ……!」
 どうしてもコンクリートの巨大な塊が持ち上がらない。
「ふぅっ……!」
 鳥羽満月はさらに力を解放した──青き拳の力。体内に宿す古の力。
「おおおお!!」
 気合いとともに鳥羽満月が持ち上げたものは壊れたビルの一角だった。八メートル四方程の強大な塊を持ち上げゆっくりと隣へとどかせた。どしんと辺りに軽い揺れを起こさせる程の体積だ。
「はっ……」
 切れそうな程に血管が額に浮き上がっているのが分かる。
 女性の容態を素人なりに鳥羽満月は診てみる。動かしてはいけないという状態もあるので慎重に見てみるが、腰から下が挟まれていたようで今のところ命に別状は無さそうに見えた。ただ医学に関しては素人なので勿論、油断はできない。鳥羽満月は女性を右手だけでおぶさり、左手を少女へと向ける
「お兄さんと行こう。お母さんをとりあえず安全なところまで……」
 少女は鳥羽満月の手を取り言う。
「ありがとう……おじさん」
「……お兄さんでよろしく……」
 まだ二十代に見えるって最近も言われたんだけど!鳥羽満月は緊急事態にどうでもいいことに戦慄していた。
 ──歩き始めたところで、鳥羽満月は一人の学生の姿を見た。
 今時珍しい、詰襟の学生服。右手には黒い木刀。
「おいっ……! あんた!」
 鳥羽満月が声をかけた瞬間、その学生服の青年の腕が動いた。突風が駆け抜けた。そして、すぐさま隣のビルが軋み崩れ落ちてくる
 ──まずい。母親と少女を助け両手が塞がっている。
 避けられない。ここは──ダメージ覚悟でビルを受けきる──!
「やれやれ──また慈善事業ですか探偵さん」
 瓦礫が宙で不自然に静止した。
「……九川……!」
 二人を庇うように蹲っていた鳥羽満月が見たのは、長い黒髪の美女──まるで天女のように空から舞い降りた漆黒の女学生九川礼子だった。いつもの学生服のまま現実感が失せるほどの美しさと口元の微笑には年齢に無相応な妖艶さがあった。
「あらあら、急いで飛んできて──すっ飛んできたとかの方が伝わりやすいですかね? ふふふ、とにかく、まあ正解でしたわね。……危うく恩人を見殺しにするところでした」
「……助かったよ九川。瓦礫を止めてくれたのか」
「……止めはしましたが、助けたのはそっちじゃありませんわよ探偵さん」
 九川礼子は地面へと降り立ち目の前の男子学生を睨め付けた。その後に鳥羽満月の有様を眺める。負傷した女性と子供を守る無様な男。
「あなた……そんな状態でどうしようとしてたのです? ……今、敵に出くわしたらとか考えないんですか?」
「いちいちそんなこと考えるか。俺は目の前の人間を死なせない」
「そんなことをしているとあなたが死ぬだけですよ」
「……なんと言われようと俺は目についた瞬間に目の前の人を助ける。そこは譲れない」
「……そうでしたね。だからこそ──」
 私が今生きているのでしたね。
「愚問でした。あとは私に任せてください鳥羽満月さん」
「九川……?」
 九川礼子は目の前の敵に向かい合った。
 学生服という点では同じだったが、二人には決定的な違いがあった。
 進むもの──。
 守るもの──。
「あなたがこの先進んで行くとね……私達の学校に行き当たるのよ。面倒臭いわ。どうして他の進路をとってくれなかったのかしら。他のところに行ってくれるなら私はあなたなんてどうでも良かったのに。アキちゃんとの幸せな学校生活を邪魔する者は万死に値します」
「……」
 守野清継の目はどこか輝きを失っていた。眼前の少女を見ていない。ただその先の進む道だけを見据えていた。
「前へ……前へ前へ前へ前へ!」
「そう……。前へ進みたいの。でもそうはさせないわ。──あなたはここで死になさい!」
 守野が邪魔者を排除するために剣を振るう。それだけで二人の間に引き裂くような爆音と一条の光が閃いた。周囲から瓦礫が巻き上がり、また何かが崩れる音が響いた。
 辺りは大変なことになっているが九川の周りだけはどうともなっていない。
 狂人──守野は首を傾げた。
 剣を振ればなんでも簡単に斬れた。人も家もビルも車も全部全部。簡単に崩れ落ちて、すべての有象無象が目の前から掻き消えていくのに、何故コイツだけは斬れない。
 九川はからかうように言う。
「ここに来るまでにずっとそれを振るっていたんですか。……なるほどそれでこの惨状。……その木刀──剣の先の部分から七、八メートルは視えない刀身がありますね」
 九川はその眼をもってしてすぐに相手の木刀の能力を把握した。
「……前へ前へ!」
「はぁー……。会話すらできない相手っていうのは、張り合いがありませんわね」
 冷静で知性的な眼差しをした青年はもうそこにはいなかった。ただ、目的を果たすためだけに剣を振り続ける装置になってしまったとでもいうように今の守野には前へ進むこと以外は考えられなくなっていた。
「ふぅっ……!」
 九川は相手を睨めつけ動くなと命じた。それだけで皆、九川の術からは逃れられず身動きできなくなる。
 ──しかし。
 守野は反射的に目の前の嫌な流れのようなものを木刀で断ち切った。弾丸を斬った時と同じように自動的にそれは完遂されていた。
「……術まで斬れるというのっ……ふふふっ。少しは面白いじゃない」
「ああああああああ!!!」
 守野清継は目の前の壊れない邪魔な存在に苛立ちを感じていた。九川を排除するために木刀をがむしゃらに振りまわす。動作的にはそれだけのことなのだが、それは一つの命を奪おうとするには余りにも過剰な暴威となった。
 守野清継の周りのすべての建物や電柱、自動車は竜巻に巻き上げられるかの如く切断されバラバラになった。ただその粉微塵の中心で綺麗な姿のまま浮かび上がる九川礼子の姿があった。瓦礫や埃が髪や制服につき汚れるなどということもなく、彼女はとても綺麗な状態のままだった。
「恐ろしい力ですわ。その攻撃……防御が遅れれば私でも危ないかもしれません」
「お、おまえっ……! わ、わ、わ、……理不尽っっ!!」
「黙りなさい。意味不明ですわ。……理不尽なのはあなたに殺されたこの罪のない街の人ではなくて? 一体、何人殺してしまったのかしら? ……私も人のことは言えませんが。でも、今の私は昔とは違う。この先だけは進ませませんわ」
「ぎ、ぎ……ああああああ!!!」
 守野の剣が九川目掛けて振り降ろされる。
 ……射程が伸びている……!そう直感し二階くらいの高さの宙を後ろ向きなまま飛行して不可視の剣を避けた。九川は常人であれば風圧だけで吹っ飛ぶであろうその剣を術で防御しながら華麗に避けることができていた。
 ……だが、急に不可視の部分が伸びるのは厄介だ。今のは七メールどころか十一メートル程はあった。九川は自身の警戒を最大レベルまで引き上げた。
 千里万里眼──数キロ先、相手の思考、数秒先の未来までも見通せる九川が最強たる所以の真髄。
 その力をもってして九川礼子は背後で起こっていた異常事態に気がついた。
「一体……なにを!?」
 九川は驚愕した。敵にではない。自身の背後で蹲っているだけであるはずの男──鳥羽満月の行動に。
 九川自身、千里眼も自身の眼も疑った。
「あなたっ……! なにをしているんです!?」
「すまんっ……! もうちょう時間稼いでくれっ……まだ……まだ人がいるみたいだ!」
 鳥羽満月は先程の親子を背負い手を繋いだまま、周りの倒れている人間を自分のいるところに引っ張ってはその容態を診ていた。軽く十人はいた。鳥羽満月の顔や服は真っ黒に汚れ、顔は汗まみれで肩で荒い息をしている。常人では熱と塵埃に塗れたこの場所で数分とは保たない。そんな所で彼は全力をもって瓦礫をどかして人を助けていた。
「そんなには助けられません!」
 堪らずそう言った九川。
「頼む九川!」
 簡単にそれだけ答え、すぐに鳥羽満月はまた救助に取り掛かった。瓦礫をどかし投げ捨て「誰かいないか」とひたすらに声をかけ続けた。
「……っ」
 九川礼子は焦りを覚えた。倒れている人間達はピクリともしていないように見える。あの中でもおそらく病院まで保ち助かるのは一人か二人くらいだろう。いや、全員間に合わないかもしれないというのに。それでも九川礼子は自身を助けた鳥羽満月を否定はしても拒むことはできなかった。
「ああああ!!」
 守野がまた怒りを露わに叫んだ。
「くそっ……!」
 そこで九川から余裕の笑みは消えていた。
 超反射の不可視の刃が迫る。
 まずい──。
 背後と周りの人間を気にしていては全力を出せない。しかも──すでに周りのビルは根こそぎ倒されており、その分少しだけ九川へと刃が届くスピードが先程よりも上がっていた。それはほんの僅かの差であったが、その差は九川にとっては──ひらりと黒いものが舞った。
「ふふっ……! やってくれますねっ」
 制服の胸の下の部分が僅かに斬られ白いブラウスと肌が少し見えたが肉体へのダメージはゼロだった。薄皮一枚ならぬ制服二枚で留まっていた。
「攻められっぱなしというのは性に合いません!」
 今度はこちらが攻める番とでも言うように九川は宙を駆けた。ジェット機よりも速い速度で急降下し守野へと空から直接攻撃を仕掛けた。
 九川はその眼で解析していた。敵の驚異的な速度で放たれる剣はどんなものでも斬ってしまうのだと。だがその攻撃は所詮は線でしかない。攻撃の型が単純で単調なのだ。相手が剣を振ったタイミングぎりぎりで避け、拳をぶち当ててやると九川は勝負をかけた。不可視の刃を空中で体を反らせて紙一重で避ける。
「はあっ!」
 気合いをこめてすぐさま守野の鳩尾を狙った。役小角としての記憶が蘇った九川は人を撫でるだけで引き裂くことができる。まさに鬼神の如き怪力も自在に操れた。
 ──相手の体は普通の人間のはず。
 攻撃を当てることができればすぐに方をつけることができる!
 ……当てることができれば……。
 なるほど ……これは──無理ね。
 役小角。九川礼子はそこで初めて敵の青年の強さは異常であり、自分一人ではどうしようもないのだと理解した。
 超反射能力と守野の絶剣。
 隙は一切なく最強の攻撃は最大の防御と成り得えたのだ。




 
 
***********************


 

 街中が混沌と化し穏やかな日常は突如として終わりを告げた。
 ソーリス達は鳥羽満月との電話の後、ホテルの入り口前で街の様子を見ながら今後の方針をたてていた。そう遠くもない所でもうもうと大きな黒煙が上がり続け、何かが壊れる音と地響きが立て続けに続いている。どう考えても今までの日本の歴史に名を刻むであろう程の最悪の事態が起こっているのは明白だ。
 鳥羽満月は言った。十中八九、例のゲームだと。確証など何もないが状況証拠は十分だ。ソーリスはその鳥羽満月の推測に概ね同意していた。
 冷静に見えるブレッドとアンジェリン、宇佐木光矢はどこか思いつめた表情をしている。話の途中だったがソーリスはそんな宇佐木を気にかけていた。
「宇佐木。体調が優れないのなら……」
「いいって……ソーリス。俺は大丈夫だ」
 全く大丈夫には見えなかった。宇佐木光矢の顔は元々、色白だが今は蒼白に近かった。金髪のわしゃわしゃしたくなる髪もどこか艶がないように思えた。
フレネがどこに行ったのかその場の者は誰も知らない。
「一体……なにが起こっているのかしら……」
 アンジェリンが遠い目で呟いた。それには誰も答えられない。
 鳴り響くサイレンとパトカーからは拡声器で市民に外出をしないように呼びかけるアナウンスが流れる。
 おそらくできるだけ遠くに避難するのが一番、安全だとは思いますが……混乱を招くようなことは言えないのでしょうね。
 ソーリスは辺りの音を聞きながらそんな風に思っていた。そして三人に目を向けてソーリスは静かに話しだした。
「話を戻します。……鳥羽満月さんはそのまま現場に向かっています。……ブレッドとアンジェリンは私と共に。宇佐木は……言っても無駄ですかね? 怪我もまだひどいので大人しくしておいてほしいのですけどね」
「当然だろ。俺も行くぞソーリス」
 即答した宇佐木光矢の言葉に青い司祭服の麗しき神父ソーリスはやれやれと古臭い動作で両手をあげて溜息を吐いた。
「はぁ。……しかし、まあ一人にしておくわけにもいきません。あなたは狙われているのですから。ブレッドかアンジェリンを残していくのも不安ですしね。私の側にいるのが一番安全ですかね」
「ちっ……一言多いんだよソーリスはよぉ。俺達でも十分、光矢を守れるっつーの」
 ガシガシと頭を掻きながら苛立たしげに言うブレッド。その時だった。彼のジーンズの後ろポケットから携帯の着信音が響いた。どこか彼のキャラに合わない可愛らしい曲が流れた。
「本部からだ。……んだよ。こんな時に」
「こんな時だからでしょう」
 ブレッドの言葉にソーリスが返し、電話に出た彼は始めはやる気無さげに相槌を打っていたがすぐに血相を変えて大声をあげていた。
「あぁ!? フレネのやつが!? なにやってんだよ、あいつはよぉ! …………はぁ!? 知るかっつーの! 俺らはフレネが何をしてたかなんて知らねぇよ。……分かったよ。分かった。俺らはそっちに行けばいいんだな? ……敵の正体? 俺らが聞きたいわ!! …………はいはい。切るぞ」
 切るぞと言いすぐに携帯の電源を切ったブレッドは「クソがっ」と地面をヤケクソ気味に蹴った。
「フレネが大変なんだね」
 アンジェリンがどこか覚悟を決めた表情でブレッドに問い「ああ」と彼は無表情で短く返した。
「どういうことですか? なにかあったのですか?」
 ソーリスが分からずに説明を求めた。そこでブレッドはティーシャツを脱いで上半身裸になった。
 何故、脱ぐ──と誰もが思ったがそんな空気ではなかった。ブレッド的には単に気合いを入れたいだけのことだった。
「……本部がフレネの魔力に異常があるってよ。連絡してきた。あいつは……その、なんだ……特別だからよ。なんかオカシなことがあれば監視してる本部の連中がごちゃごちゃ言ってくるんだよ」
「……例の呪いの力ですか」
 ソーリスは記憶を探り脳の索引を紐解く、そしてヒットした単語を発する。
「エイルウッドの呪い……そんなに危ないものなのですか?」
 ブレッドを「あー」と唸ってから言いにくそうに言う。
「たぶん放っておいたら……うーん、街が消えるかもなー」
 その言葉に、うんうん消えるねー絶対、とアンジェリンが続けていた。ソーリスは眉間に皺を寄せて険しい顔をした。
「……あのフレネの能力の代償は大きいようですね。……それで、あなた達なら今のフレネをどうにかできるのですか?」
「ああ。っつーか俺とアンジェにしかフレネは助けられねぇよ。……成功するかはいつも五分五分だ。……まあ、なんとかなんだろ。たぶん……」
「大丈夫なのですか……?」
 いつものブレッドとは違いどこか歯切れが悪く、思わずソーリスは不安げに問うた。
「なんにでも絶対はねぇよ。……それよりもだ。俺らの心配よか自分の心配したらどうだソーリス? フレネが今の状態みたいになるのは、フレネ自身が死ぬかもしれないってピンチの時だけだ。……つまり、この先にいる敵──あんたらが今から戦う相手にやられた可能性が高いってことだぜソーリス」
「敵はそれだけの強敵ということですか。フレネの居場所は?」
「もう携帯に送られてきてる。敵の進路もだ。あんたのところにも送られてるだろ? ……位置関係からして敵と衝突したのは間違いないな。……なにやってんだあいつは勝手によぉっ」
 ソーリスも携帯を出し、画像を確認した。どこか手持ち無沙汰な宇佐木はそれを覗き込んだ。
「刑務所……? フレネの奴なんでそんな所で……。っていうかその敵とか言われてるやつも真っ直ぐ進んでもう近くまでいるじゃないかっ」
 宇佐木の言葉にソーリスは「ええ」と頷いた。
「目的は分かりませんが刑務所から直進している。……どのみち、このホテルは敵の進路のようですね。……宇佐木は私の側から離れないでください。……ブレッドとアンジェリンはフレネの救出へ。完了次第こちらを手伝いにきてください」
「……そんな余裕あるかよ……」
 やはりいつになくブレッドは弱気だった。フレネはそんなにもマズイ状況だというのか。アンジェリンは努めて明るく言う。
「まあダメだったら私達、全員フレネと心中だから、あとはヨロシクねー!」
「「ええ……」」
 宇佐木とソーリスのげんなりした声がハモった。ソーリスはコホンと咳払いして真っ直ぐに全員に向けて言った。
「……とにかく今は行動あるのみですね。……敵の能力は未知数の異常事態です。全員気を引き締めて自身の命を優先してください。……私はこの中の誰かが欠けるのも絶対に嫌です。……頼むから絶対に戻ってきてくださいブレッド、アンジェリン。……お願いです」
 ブレッドは少し面食らったような顔をしたが、すぐに悪戯っぽい笑みをつくり言い放つ。
「へっ……! ソーリスはよぉ。自分の心配でもしてろよ! 光矢って足手まといを連れていくんだぜ! やばくなったらハーティすぐ使えよ! ……暗示は解けてんだろうな?」
「……大丈夫です。もはやハーティが銃でしかないという師匠達の暗示は今は私の中では存在しません。……いつでも彼を喚びだせます」
「なら、いいんだけどよ。……死ぬなよソーリス」
「ええ。ブレッドもアンジェリンも……。そういえば鳥羽満月さんがこれが終わったら皆で美味しいお酒を呑みに行こうと行っていましたよ。あなた達も絶対に来てくださいね」
「うわ、やめろやめろー! それってどっちか絶対に行けなくなるやつじゃねぇか? うわぁーヒくわー。……これ以上、色々言われたら死ぬ確率上がりそうだから行くぜ。じゃあなソーリス、光矢!」
 ブレッドはどこか気恥ずかしそうにそのまま背を向けて行ってしまった。上半身裸のまま。
「私は日本酒の美味しいのが飲みたいなー」
 アンジェリンがそんなことを言い、パタパタと軽く手を振って彼女らしく明るく去って行った。
 残されたソーリスと宇佐木は二人の背を少し眺めていた。
「…………大丈夫なんだよな」
「分からないですよ宇佐木。ブレッドが言った通り絶対はありません。……今回ばかりは……私も直面したことのない程の異常続きです。……しかし安心してください。あなたは絶対に死なせはしません」
「……俺のことよりも……全員生き残ることを考えてくれよソーリス。……前みたいにお前が死にかけるのもごめんだぜ」
「あはは。余裕がないっていうのに厳しいことを言ってくれますね宇佐木は」
「頼むよ。もし全員生き残ったら……その、なんだ……銭湯くらいなら行ってやるよ」
「うほおっ! まじですか宇佐木! それは!?」
 とんでもないテンションの上がり具合に思わず宇佐木は彼の顔をジト目で見た。とんでもなく嬉しそうな満面の笑みのソーリスがいた。
「……今が異常事態なの分かってるよなソーリス?」
「それとこれは話が別です。あなたが……一緒に銭湯に行ってくれる……。それは裸と裸の付き合いをオーケーしたということ。……つまりはすべてがオーケーだということでしょう?」
「いやいやすべてがエヌジーだよ。死ね!」
「なぜ!?」
「いいから行くぞソーリス! 早く満月さんのとこに行かないといけないんだろ! ……って俺にまともな事言わせるなよ!」
「あー! 宇佐木! わかりました! そのかわり銭湯は絶対ですよ! 約束してください!」
「分かったって!」
 がーがー言いながら二人は歩き始めた。その脅威に向かって。どこか壊された日常を取り戻したくて足掻くように、いつも通りを必死に装って。
 この暖かい陽だまりの生を奪わせはしない──神父は胸に手をあて決意をこめた。
 彼らが向かう先から逆に逃げてくる乗用車や多くの人々があった。まだまだ逃げ遅れた人々がいた。逆に現地へと向かっていくパトカーや消防車があったがおそらくこちらにはもう二度と帰ってこないのだろう。宇佐木は何故かそう思った。
 今まで生きてきてこんな街を見たことがあっただろうか? 宇佐木は思わずその街中に溢れる狂気の色に眩暈を起こしそうになった。
 どこもかしこも色が──失意の赤。事故で死んだ時に人が見せる色。少しオレンジに近い赤。それで辺りが溢れていた。一体、どのくらいの人間が死んだのか。
 どん、と急に少し遠くで炎があがった。おそらく車のガソリンに引火かなにかしたのだろう。またも黒煙があがりはじめる。火の手の原因はほとんどがそれか。だが、その発端となるものはなんだ──?
 ブレッドとアンジェリンは真っ直ぐに刑務所に向かわず少し迂回していった。敵と鉢合わせずにフレネの元へと急ぐためだ。逆に宇佐木とソーリスは真っ直ぐに脅威へと向かっている。おそらく徒歩で普段なら十分もかからない場所だ。だが、今は普段と状況が違う。
 完全に交通麻痺した逃げ惑う人々が溢れている道路。その人々の流れに逆走しているからか宇佐木達は様々な妨害があり対象になかなか届かない。
 なにより辺りに溢れる鬼気としたその雰囲気が二人の足を搦めとるように鈍足にした。
「……とんでもない状況です。気を確かにもってくださいね宇佐木」
 この場所なら自分の生徒の家族達が犠牲になっているかもしれない。それどころか生徒達は今は離れた校舎で授業中だが、このまま敵が直進していけばいずれ校舎にぶち当たる。どういうわけか敵は直進しているという。
 自分に関係している人達がすでに死んでいるのかもしれない。これから死ぬかもしれない。宇佐木光矢は眩暈を覚えた。おかしな話だ。以前は自分もそんなことは御構い無しで人を殺していたというのに。自分の大切なものや自分のこととなれば人はこんな保守的になってしまうのか。
「敵は……一体何者なんだよっ? やっぱあの例のゲームが関係してんのか?」
「分かりません。ただはっきりしているのは鳥羽満月さんがこの先にいるということだけですよ宇佐木」
 ソーリスと宇佐木はまだ逃げ続ける人々の流れに逆らいながら道路を進んでいく。交通はほとんど機能していない。警察官はこの先に進むなとずっと拡声器で言い続けている。爆炎と巻き上がる黒煙がすぐ近くで発生している。未だに何か建物の倒壊するような音が鳴り止まない。
「テロとかそんなレベルじゃないな……」
「ええ──ここまできて確信しています。これは絶対に私達が対処しないといけない案件ですよ宇佐木。……あなたにはできれば身を隠しておいてほしかったですが」
「隠れてどうしろってんだよ。このままじゃいずれ九川や石原が危険な目に遭うかもしれないんだろ? それに……ソーリスお前は仕事でこいつを相手しなくちゃいけないんだろ? ──だったらつき合わせろよ」
「あははは。もっと別のことで深く突き合いたかったですがね~」
「お前はそういうことから頭が離れねぇのかよ!」
 二人はいつもの二人で進んでいく。その闇の中を。その笑顔が勇気に変わるまで。
 やがて──人が辺りからほとんど消え失せる。異常なまでの熱と煙霧、瓦礫の崩れる音──宇佐木は訪れたことない戦場とはこういう場所のことを言うのだろうかと理解した。息をするだけで喉に塵が吸い付いて吐きそうに噎せ返る。
「だいぶひどい状況です……。宇佐木、極力手で口を抑えておいてください」
「……どうなってるんだ……ここは……」
 宇佐木は視界が狭まる中、目の前のソーリスを見た。震える手で懐のウイスキーを一気飲みしていた。彼がいつも冷静を装っているのはもう宇佐木は知っていた。
「宇佐木。あなたは必ず私が守ります」
「……安心しろよソーリス。お前ならどんな敵もイチコロだって。なんたって、九川さえ圧倒したあの吸血鬼がいるじゃないか」
「覚醒前の九川ですよ宇佐木。今の彼女には到底、及ばない。……しかし……そうですね。ありがとうございます宇佐木。私のハーティは最強です。……だから負けはしない」
 突然、どんと爆発音のようなものが辺りに反響した。鼓膜を揺るがし、しばしの間、聴覚を狂わせなんの音も聴こえなくなった。さらに瞬間、疾風が吹き荒れ宇佐木は上下が分からない程に弾き飛ばされた。ソーリスはなんとか持ち堪え、腕で顔だけガードしていた。宇佐木はゴロゴロと数回転してからなんとか立ち上がった。幸い無傷だった。
「────!」
 ソーリスが何か叫んでいたが宇佐木には聴こえない。
「なにが、どうなってって──」
 宇佐木がそう言った瞬間、それは舞い降りた。
 剣鬼。大破壊の化身たるその青年はソーリスと宇佐木の間に突如として現れていた。彼は正気を失っていたが少しづつ学習していた。自身の剣圧で移動できることに──丁度棒高跳びの選手が跳躍して飛ぶように彼はその剣を地面に突き立てその反動で数百メートルを飛んで移動していた。宇佐木が先程受けた風圧は彼が降りたった時に起きた衝撃だった。
「あ、あ、あ」
 狂人は目の前で動く二つの塊に興味を示し、その能面の様な顔をゆらりとした動作でソーリスへと向けた。
「宇佐木!!」
 背筋が凍りつく。一瞬で理解した。こいつは対話のできない敵だと。
 ソーリスは迷わずハーティを瞬時に起動させた。彼の胸に銀色の光の粒子が出現し、大きな白銀の銃へと変化した。
 ハーティ──ソーリスの精神に装備された神の武具。神の武具とは機関が人類の敵を排除するために使用する根源不明の武器である。
 通称ハーティは所有者の最も恐るものを具現化させることができる。どうしてそのようなことができるかなど誰にも分からない。それが神の武具というオーパーツが所以だった。
 つまりハーティを起動させれば彼が最も畏怖する負の記憶が再生される。ソーリスは銃が恐ろしい。撃たれて死にかけたことがあるからだ。
 だから彼のハーティは大きな銃へと変化した。その大きさと威力は彼が自身の恐る銃が最大の恐怖の対象だと信じれば信じる程に増していく。
 改めて対象を見た。木刀を持った学生服の青年。まだどこか幼さが残る顔は普通の学生にしか見えない。
 だというのに……なんですか。この異様な危機感は──。
 ソーリスはその意思がまるで感じられない目に怖気をふるうような感覚に陥った。
 駄目だ!相手にのまれてはいけない!動かなければ今すぐにでも自分も宇佐木もやられてしまう!
 ハーティの大きな銃口から二発の銃弾が撃ち放たれた。
 手にかかる大きな負荷の感覚からして威力は申し分ない。以前、鬼を葬った時と同等以上の力を発揮できている。普通の人間ならば一発当たれば粉微塵にできてしまうだろう。
「なっ……!?」
 学生服の青年の木刀が僅かにぶれたような気がした。それだけでハーティの銃弾は弾かれてしまっていた。
 瞬間──ぞわりとした悪寒が全身を駆け巡った。
 殺される……!
 ソーリスは瞬時に恐怖した。目の前の対象は銃などとは比べ物にならない程に恐ろしい。
 そうなるともう銃の恐ろしさに自信が持てない──途端に、白銀の銃は数秒出現しただけですぐに光の粒子となり霧散した。
 銃では勝てない。なんと恐ろしい手合い──だが……だが!
「真に恐るるは私の家族を殺した吸血鬼だ!」
 ソーリスはそう叫んだ。それが銃を隠れ蓑として普段は封印されている真のハーティを具現化する引き金となる。
 白髪のバケモノ。ソーリスのその美しい金髪は瞬時に白──いや銀髪──に変化していた。
 吸血鬼ハーティとなったソーリスは迷わずに木刀を持った青年に飛びかかった。
 青年の背後で蹲っている宇佐木には未だに何が起こっているのかは理解できていない。それも無理のないこと。青年が二人の所に降り立ってからまだ数秒しか経っていないのだ。彼はまだ敵が現れたことにさえ気がついていないだろう。
 自動反射──青年、守野清継は銀髪の吸血鬼に対し不可視の剣を振るう。
「……っ」
 ハーティとなったソーリスは人格までもが吸血鬼と入れ替わる。記憶は共有しているが、その人物としての在り方はどちらか一方しか表へと出られず、片方が主となるのだ。
 ハーティは出現してすぐに察知した。──避けられぬ死を。その青年の放った剣戟はもはや最強の吸血は予測していても避けられたかどうかという程のものだった。
 ──ああ、すまないな。ソーリス。これはどうにもできん。明らかに敵の格が違う。……なんとかこの一撃を受けきり死なずにいることくらいは──だが、致命傷か。遅かれ早かれトドメはさされるだろう。
 瞬く間にそこまでの覚悟を吸血鬼にさせる程の一撃だった。
「させませんっ!!」
 ハーティと守野の間に突如、空から九川が乱入した。九川は巨大な瓦礫を手に敵に突撃していた。
「く、九川──!」
 ようやく頭をあげた宇佐木がその姿を視認した時、瓦礫が守野の剣によって砕かれ、その隙間から九川が姿を見せた。制服は上半身ボロボロで黒の下着が半分程見えてしまっている。しかもあの九川が頭から僅かに出血しているではないか。そんな姿を見せるなんて、そんなことあるのだろうか。宇佐木は事態の切迫した状況を把握した。
「宇佐木先生は離れて隠れててください! ソーリス先生っ! こいつの剣は如何なるものをも切断できます! 何を言っているのかと思われるかもしれませんが……攻撃も防御もほぼ同時なんですっ……! 二人で攻めないと勝てない!」
「役小角……! 貴様にそれ程言わせるとは……」
 ハーティは驚愕し、それでもその最強の術師、役小角の言葉をすぐに鵜呑みにした。相手がそれほどの強敵だと言うことだ。
 最強の攻撃。隙がないその速度は攻撃と防御が同時に行われると九川に言わしめる程。そんなものどうして太刀打ちができよう。
 ──ただ、それは一人でならの話だ。
 役小角とハーティは瞬時にお互い理解した。
 二人のうちどちらかが斬られれば──相手を打ち滅ぼせる。
「ああああ!!!」
 守野清継は壊れるほどに憤怒をまき散らした。片付けられないゴミが目の前にさらに一つ増えたのだ。これでは前進ができない──彼は激怒した。
「前進! 前進! 前へ……! 前へ!」
 その剣がまたも暴威を奮う。ハーティと九川はそれぞれ別の方向へと飛んだ。お互いアイコンタクトで意思を疎通させた。考えていることは同じだろう。瞬時に信頼関係が生まれていた。
「止まりなさいっ!!」
 九川が空中から守野に手を向けた。相手の動きを封じるための術を放ち、術はすぐに木刀に自動迎撃され、そのコンマ数秒の間に九川は守野に向かって何かを投げつけた。
 ばきんと砕ける音。
「それでも無理なのね……!」
 さらに木刀に迎撃され九川は忌々しそうに言う。投げつけたのは瓦礫の破片だった。術を仕掛けてから投擲の二連撃。そしてそこに絶妙なタイミングでハーティが横合いから守野に殴りかかった。
 しかし──。
「なにっ!?」
 ハーティはすんでのところで攻撃を中断させ守野の剣を体を捻らせて避けた。そのまま攻撃していたら体を別たれていただろう。剣の風圧で衣服の肩の部分が破けた。
 守野は攻撃の手を休めない。自身の進路を妨害する者を排除するべく連続で絶剣を放ち、九川がハーティを横から抱きかかえてその難を逃れた。
 九川はそのまま一旦、空中へと高度を上げて飛んでいく。守野の射程から離れることは九川には容易い。だが敵を倒せる決定的な手段が思いつかない。
「やれやれ……まったくなんなのかしらアレ……」
 相手の剣は今や十五メートル程に射程が伸びている。五階建てのビルくらいの高さまで飛んだところで九川がハーティを見て笑った。
「ふふふ……お互いいい格好になってきましたわねぇ」
「ソーリスの時だけならず私までもがお前に運ばれるか……。──と今はそんなことは言ってられんか。……下ろせ役小角。お前ほど速くはないが私も飛べるのを忘れたか?」
「そうでしたわね」
 九川が手を離し、吸血鬼は宙で静止したまま腕を組んで地上の守野を睨みつけた。
「少し戦って分かったことがある」
「なにかしら先生」
「今は先生ではない」
「ああ、そうだったわね吸血鬼。なにかしら?」
「……お前も戦って分かっただろうが奴の攻撃は無敵だ。恐るべきはあの威力……コンクリートでもなんでも容易く切断しているのだ。あれで斬れないものはないのだろう。加えてあの速度──人間の反射神経ではない。なにかしらの細工でああなっているのだろうが今は見当もつかん。お前はなにか思い当たるか?」
「いいえ、なにもありませんわ。私の時代の術でもないし、あなた達の言うところの魔法とも違うわね。それだけは分かります」
 そういえばと九川は最近、犬を操る妙な力を使う男に会ったというのを思い出した。魔法でも九川の知る古の術でもない、この剣鬼のそれはどこか得体の知れない部分では似ているように思えた。
「そうか。魔法の類でもない無敵の剣と最速の攻撃──だが……逆に言えば『それだけ』なのだ」
「それだけ。……言われてみればそうね」
「そう。奴の能力はその二つのみに絞られている。……後はまあ不可視の剣の射程が何故か少しづつ伸びてはいるが……私達の千里眼をもってすればそこは取るに足らないことだ」
「だけど、その二つがとんでもなく厄介ではなくて? 現に攻撃を一度も当てられていないじゃない」
「一度──そう一度でいい。……おそらくだがな奴の体は普通の人間だ。私達の攻撃を一度でも当てることができれば勝つことはできる。さっきの攻防で気づいたことは連続で攻撃を続けていた時に僅かに奴の反射が少しづつ遅くなっていたということだ」
「本当に? ……私は正直気がついてませんでした。ふふ、さすがですわね」
「褒めてもソーリスからは何もでんぞ。……お前と私の連続攻撃……そこに加えて後何手かあれば──奴に届く」
「あと何手か……ね。……って、まさかっ!?」
 話の途中だったが信じられない光景を見た。いや、先ほども同じことはしていた。でも、まさか自分達を攻撃するためにそれをやるなどとは九川は思いもしなかった。
 守野清継はまたも棒高跳びの要領で不可視の剣の切っ先を地面に突き立て自身の体を反射で宙に弾き飛ばした。瞬時に剣鬼の体はハーティと九川の前へと出現した。
「前言撤回だな役小角。奴には多少の応用力もあるようだ」
「言ってる場合!?」
 空を斬る一閃が二人を襲う──。






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「こんな日がいつか来るなーって私は思ってたけどね」
「あー。お前まで縁起じゃねぇこと言うなってアンジェリン。俺達はこんなところで死なねぇっての」
 ブレッドとアンジェリンは大きく迂回して目的地の刑務所へとすぐに到達していた。ここまで全速力で走った。ブレッドの脚力は常人のそれではない。効率を考えアンジェリンはブレッドにおぶられていた。アンジェリンはとてつもなく真面目な顔で言う。
「ブレッド汗臭い。っていうか何で脱いでるのー肌ベタベタで気持ち悪いー」
「うるせぇ……降りろ。気合い入れるためだっつーの」
 なにせこれから、あの分からず屋のフレネを説得しなければいけないのだ。ブレッドは大きく息を吐いて目の前の大きな黒い塊を見た。
 そこは大きな建物だったのだろう。今では完全に黒一色となり、うねうねと動く煙のようなソレは何かを誘うようにただそこに蠢いていた。
「街にはまだ広がってねぇようだな……フレネの奴まだ多少は理性あるかもな」
 辺りには大勢の人間だったであろう残骸が散らばっていた。炎は燃え盛ったままで黒煙をあげている。周辺の建物は何か災害が直進でもしていったのだろうか。刑務所の入り口から丁度真っ直ぐはひどく、とてもひどく見晴らしが良かった。遥か彼方まで建物の一切合切が消え失せていた。
「巨人でも歩いてったのかよ……」
 遠くで大きな音が響きここまで軽い揺れの波動が伝播してきた。今まさにソーリス達はそれと戦っているのだろう。
「死ぬなよソーリス、光矢」
 そう言ったものの今は自分のほうが危険かもしれない。ブレッドは一歩歩みを進める。それだけで建物全体の黒いソレがぴくりとブレッドの動きに反応を示した。餌を見つけたのだ。
「……あー。コホン……。おーい! フレネ! 目ぇ覚ませよ! まーた勝手に単独行動しやがって! しかもなんだよ! 負けてんじゃねぇよ! アホ!!」
「わー。いつも通り」
 アンジェリンがパチパチと手の平を叩いた。
 その瞬間ぞわりと黒は膨張し建物から伸びてブレッドに素早い速度で襲いかかってきた。
 ブレッドとアンジェリンはそれから逃げようともせずに、ただそのままでいた。
「ああ来いよフレネ!! てめぇ、いつも自分は賢いからって調子にのってんじゃねぇぇぇぇ!!」
 大きな波にのまれるようにブレッドとアンジェリンは一瞬で姿を消した。
「…………っ!」
 無音。しばらくどこか意識を喪失していたような気がする。
 ブレッドはハッとして辺りを見渡すと縦も横も分からぬ空間──明かりは何一つない暗黒の海だった。
 またここか──……相変わらず慣れねぇ。生きた心地のしない場所だ。
「ブレッド」
 アンジェリンの声がした。同時にボウっと赤い炎が生まれる。この空間ではとても暖かみが感じられるそれはアンジェリンの指先に灯っていた。
「これで少しは見えるかしら」
「ああ。サンキュー」
 ブレッドは水の中を泳ぐように手をかいた。そして静かに言う。
「フレネ探すか」
「そうね。もしかしたら今回はまだだいぶ楽かもね」
 アンジェリンの楽観的なセリフの後にすぐに冷たい少女の声が響いた。
「そんなわけないじゃない」
「……っ!」
 ぶるるとブレッドはまるで馬のように体を震わせた。
 来た──こいつが……一番、厄介だ。
「もうおいでかよライネ……。ところでさあ、お前のにいちゃん知らねぇ?」
 冷や汗をかきながらブレッドは暗黒の空間の中に生まれたフレネによく似た黒髪の美しい少女にそう尋ねた。
 少女はまるで相手に死を宣告するような表情で双眸を金に輝かせて告げた。
「馬鹿ねブレッド。教えるわけないじゃない。このままにしておけば私達家族はやっと自由になれるのに」
 「馬鹿……。それはフレネが望んでねぇ。だから、いつまでもチマチマとお前らの呪いを解くために頑張って呪いを消費してんだろうが」
「……お兄ちゃんも馬鹿だわ」
 はぁとライネと呼ばれた少女は大きく溜息をついた。そして言葉を続ける。
「このまま街ごと呪いで飲み込んでしまえばさっさと全部を終わらせることができるのに。……エイルウッドの呪いは完全に解けてお父さんお母さんも私も自由になれるのよ」
「だから、フレネがそれを嫌がってるって言ってんだろうが!」
 堪らずそう叫んだブレッドにライネは怪しく、くすりと笑みをこぼした。
「そうね……。本当にお兄ちゃんは馬鹿だわ。どうして悪人にしか呪いを使おうとしないのかしら……そんなことをしているから私達はずっとここから出られないのよ? お兄ちゃんは私達のことが好きじゃないのかしら? 自分の近くの男二人も呪っていないようだし、なぜ今も街に広がらないように呪いを拒んでいるの? なぜ? なぜなの? 本当に意味分かんない!!」
「……!」
 ブレッドとアンジェリンの近くの暗黒の空間の上下左右にいつもフレネが投擲する黒い霞の槍が無数に生まれた。
「あんた達を串刺しにすれば私達が解放されるのが数分は早くなるかしら! あははははははは!!」
「やってみろ……! でもな……ライネっ! 後悔したくなけりゃフレネがどうして回り道をしてでもお前や家族を助けようとしているかもう一度考えてみろ!」
「……はっ。なにを言いだすかと思えば。……後悔? この暗黒の呪いの果てで? あんた達呪いがどんなだか知っているの? 呪いを受けるということはこの世の全ての苦痛を受けるということよ。飢餓に病に、拷問、陵辱、精神的苦痛──言葉にはできない部類の地獄の苦しみはもっとあるのよっ。私はそれを延々とこの空間で受け続けているのよ? 怖いものなんてもう何もないわ」
「……」
 ごくりとブレッドは思わず生唾をのんだ。
「 ……お兄ちゃんにそれを伝えてよ、あなた達。そうすれば……お兄ちゃんも他人なんかどうでもいいから私を助けてくれようとするわよね? お兄ちゃんは私が大好きだもの」
「いや……フレネはそれでも見ず知らずの人間を犠牲にはしない」
「どうしてよ!!」
 ブレッドは目を瞑った。死を覚悟はしたほうがいいかもしれない。嘘をつけばここは生き延びれるかもしれないが──それでもフレネの──仲間のことで嘘はつきたくない!
「フレネは大好きな家族を助けるために知らない奴らを犠牲にはしねぇ! それやったら理不尽にフレネから家族を奪ったこの呪いとやってることが同じじゃねぇか!! だからだよっ!」
「それでもっ……自分の家族は特別なものでしょう! あなたも知らない人達よりも仲間のほうが大事でしょう!?」
「当たり前だ!!」
 ブレッドはもう自分で何を言っているのか分からなかった。それでも本心で魂で語るしかなかった。
「それでもっ……自分と関係ない連中をどうでもいいと思う奴に仲間は大切にはできねーよ!! どんな奴にも家族や仲間はいるだろうが! いい加減、分かれこのクソガキ!!」
「……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!うるさあああああああい!!!!」
 四方の黒い霞がざわざわと蠢き、ブレッドとアンジェリンに完全に狙いを定めた。元々、回避不可能なフレネの呪い。この数を受ければ二人とも生きてはいられないだろう。
「……だったらさっさと殺せば?」
「え」
 アンジェリンがそう静かに呟いたのをライネは聞いた。殺せばこの女は今そう言ったのか。
「なにが地獄の苦しみよ。フレネの苦痛も知らないで」
「なんですって……?」
 ライネはアンジェリンを睨みつけた。いつも飄々として捕らえどころない女。元々、もっと小さかったのに、今ではもう大人になっている。その時間の経過すらもライネはとてつもなく恨めしかった。
 アンジェリンは怒っていた。その兄に負けじ劣らず分からず屋の少女に対して。
「フレネはいっつも一人で頑張ってる! 今回も私達に言わないで一人で呪いを晴らすために戦ったんだよっ!? ……えーと、なんだっけ? ああ、そうそう……業が深い奴を刺せばその分、呪いは早く解けるっていっつも言ってた……だから今回みたいな死ぬかもしれないことまでしちゃったんだよ!? もっとお兄ちゃんのことわかってあげなよ!」
「……だから、だったらもっと効率よく……」
「めっ!」
 子供にしかりつける親のようにアンジェリンは言った。一見ふざけたように見えても彼女にとっては真剣そのものだ。
「お兄ちゃんのこともっと信じてあげて! フレネのこと大好きなんでしょう!?」
「……っ」
 ライネは面食らい目を見開いた。さっきまで兄を馬鹿と言っていた。それは──確かに兄を信じていないことに他ならないのではないか。こんなにも好きなのに──。
 そこでアンジェリンは笑顔をつくり優しい口調で言った。
「おんなじだよ……。私達もフレネが大好きだもん。……憎たらしいけど頼りになって面白い私達の大事な仲間だもん!!」
 アンジェリンの言葉にブレッドも大きく頷いて高らかに言う。
「ああ! フレネは俺の大事な仲間だ! あんだけ俺に嫌味言っても腹がたたねー奴は他にいねぇーしな! はははは!」
「……そう……なんか、あなた達の方がお兄ちゃんのこと分かってるみたいで腹立つ……」
「それは負け惜しみだよライネぇ!」
「そこまでは言わんでいい!」
 アンジェリンが親指を立てて言った追撃にすかさずブレッドを突っ込んだ。
「ぷっ……。ああもう、なんか馬鹿らしくなっちゃった」
 空気が抜けるような音が響き、二人に狙いを定めていた黒い霞はすぅと掻き消えた。
「今回は諦めてあげる──でも、お兄ちゃんがまた死ぬようなことがあったら今度は許さない。……お兄ちゃんを死なせたあなた達を許さない。──それでいいならもう解放してあげる。約束できる?」
「約束するよ。もうフレネに無理はさせねぇ。俺らがずっと一緒にいる。だから、さっさとフレネを起こしてやってくれ」
「約束よ……絶対に絶対に……」
 ライネの声が次第に遠くになっていくような今の今までその場にいたことがどこか希薄に感じられた。
突然、白い光が弾けた。またもブレッドとアンジェリンの二人は上下分からぬ空間に数秒飛ばされて、落ち着いたところでブレッドは目を開けた。
 ──ああ、なんだ。くそ……今回はこんな感じかよ……。以前のライネに串刺しにされまくった時よりは幾分マシだった。そうブレッドは思った。
「ああ、なんだいい顔で寝やがって──」
 目の前に裸でくの字で寝ているフレネがいた。その奥には見知らぬ男二人が倒れている。フレネの呪いの中生きていたということはフレネが助けたかった二人ということだ。
「あはは、フレネ気持ち良さそうに寝てるー」
 アンジェリンのその間の抜けた声がブレッドは今はどこか愛おしいかった。

仲間だろ。もう一人で無理すんな。
俺達は──三人で一人なんだぜ……フレネ。

 





***********************






 剣鬼と最強の術師の空中戦。守野清継の絶剣が閃き、回避できぬと悟った役小角──九川礼子は自身の術を最大解放した。
「はぁぁぁぁぁ! 喰らいなさいな!!」
 突如三人の遥か上空に黒雲が集まり、その雲の中で明るい光が弾けた様に見えた瞬間、世界が真っ白に包まれた。
 雷が幾重にも重なり守野清継に落ちたのだ。
 その力すべてをもってして自身を中心として雷撃を発生させる秘術。役小角──九川礼子の最大の奥義だった。本気を出せばもっと広範囲に発生させることができるが今は力を抑えている。でなければ周りにも大きな被害が出てしまう。過去には一個の国を滅ぼしたことさえある術でかなり危険なものだった。
「これが覚醒したお前の力か……役小角」
 ハーティは九川の横でその凄まじさを目の当たりにしていた。
 さらに何度も目の前で閃光が明滅し帯電した空気と何かが焦げる匂いが鼻についた。
「これならば……!」
 雷撃に撃たれたならば、生身の人間ではさすがに耐えられぬはず──ハーティは敵の硬直の瞬間を見逃さぬように目を見張った。
「あああ!!」
 しかし──守野の一閃は瞬く間に落ちた雷撃の軌道さえも変えてしまっていた。神速とも呼べる剣に流された電撃はあらぬ方へと飛んでいく。
「雷すらも受け流すか!」
 しかし、そのまま攻撃してくることはなく、守野は空中から静かに落下していった。僅かにだが確かに焦げたような匂いと黒い煙が守野の体から流れてきた。
「もしや……」
 ハーティは確信した。
「雷撃が効いている……? 今だ役小角!」
「ですかね!! そうだと願いますわよ!!」
 ハーティの言葉に答えた九川は追撃をかけた。ただ単に落下する守野よりも高速で飛ぶ九川の方が速度は圧倒的に速い。すぐに追いつき、彼女はその守野の顔を見た。
 まるで眠るように目を瞑っていた。こうしていると普通の大人しそうな学生にしか見えなかった。
 ──意識を失っている? もしや本当に雷撃が効いて──。
 瞬間、守野は眼をかっと見開いた。
「……なっ!?」
 その刹那、九川は守野が放った剣を受けてしまった。運悪く攻撃を仕掛けようとしていたところに絶妙なタイミングだった。
 失策……! 九川の脳裏にアキの可愛らしい笑顔がちらついた。
 敵を討てると油断して千里眼を使うのを怠ってしまっていたのが間違いだった。
 二人は同時に地面に降り立った。九川は苦痛に顔を歪めながらも緩やかに着地し、それに対し、どすんという激しい音を響かせて守野は地面へと直立姿勢のまま落下した。ぶしゅうと守野の足から血が激しく噴き出した。右足の骨が折れて肉とズボンを突き破っていた。だというのに彼は能面の表情を変えぬまま仁王立ちしていた。
「なんと……!」
 思わずハーティは驚愕の声をあげ、その想像絶する敵の姿をよく観察し思考した。
 あの高さから落ちたというのに、まだ立っていられるのか。奴は本当に人間なのか?
 しかし……何故、今足にダメージを受けた?先程、空中を飛んで追ってきた時は、どうしていた……? そうだ──落下寸前に剣で衝撃を殺していたではないか。……だから、奴が着地した瞬間に周りの人間が吹き飛ばされる程の風圧が起きたのだ。今回は役小角に攻撃をするために着地に気を割く余裕はなかった。
 つまりはそういうことだ──敵はもう余裕が無くなっている!
 しかし、それはこちらも同じことだった。
「やってくれましたわね……」
 同時に九川も守野の剣を術で防ぎきれずにその身にダメージを受けていた。今までのように術で防御して服だけが斬られるような浅いダメージではない。
 切断という概念は九川の術で無効化している──しかし、その威力は消せてはいない。
「がっ……はっ……」
 大きく咳き込み大量に吐血した。九川は内臓に深く損傷を受けてしまった。
「ふふふっ……! でも、それがっ……なによ!」
 満身創痍──しかし九川はにやりと笑い鬼の首を取ったようにまたも雷撃を放った。
「……──っぎっ!!」
 生まれた明滅を木刀で瞬時に受け流すものの守野は堪らずに呻いた。
 明らかに無表情の鉄仮面が歪んでいた。
 九川は確信する。これが奴の生身に与えられる攻撃──。間違いない!弱点だ──!
「う、ああああああり、り、りふ、理不尽! こ、殺す! 、き、き、きじ、木島! 殺す!!」
 剣鬼が狂い叫び、それに対し九川礼子は冷たく言い放った。
「黙れぇ意味不明ぃ!!!」
 帯電した空気は九川の長い黒髪を大きく持ち上げた。まるで怒れる雷神の如き姿となり、天から雷を呼び寄せ守野を撃った。
「ああああ!!」
 しかし守野の超反射能力はそれをもいとも簡単に受け流す──が、木刀を伝播し体に流れ伝わる電撃は防ぎきれはしなかった。びくりと守野の体が脈打つように跳ねた。
「ぐ……ぎぃ……いいい!!」
「ここだ!」
 そう言い放ちすかさずハーティは落下の速度に勢いをつけて、しかも雷撃に自身の身を隠し完璧な間合いで守野の眼前へと飛び込んだ。敵が絶対に避けられぬ確かな確信。
「悪いが討たせてもらうぞ!」
 吸血鬼の拳で人間を撃てばその体は簡単に引き裂かれてしまう。ハーティは目の前の人間を完全に殺すつもりで拳を振り上げた。しかし、それは誤算。守野は雷撃に痺れながらもハーティの振り上げた拳をその神速をもってして迎撃した。
「ぐあああっ!」
 白き吸血鬼が叫び声をあげるとその体から同時に鮮血が舞った。拳と木刀が正面からぶつかり合ったのだ。先程までの守野の剣でならハーティの腕は切断されていただろう。だが、今は雷撃の痺れによりその威力は半減していた。おかげで右手と右足から血を吹き流しただけで済んでいた。
守野もハーティの拳を受け切れてはいなかった。そのまま木刀は勢いよく飛ばされて少し離れたところに落ちた。
「あ──あ──?」
 狂人の口からだらしのない声が漏れ、彼はよろけてがくりと膝をついた。明らかに先程までとは様子が違った。
何も映さない瞳と能面の顔で木刀のない自分の手を見つめて呻いている。どこか困惑しているようにハーティには見えた。
「これは……!?」
 そんな姿を今まで見たことがない。ハーティは今度こそはと確信した。
 今、この瞬間ならばと──!
 守野はまるで立てないことが不思議だとでもいうように動かない自身の足に目をやり、小首を傾げそのまま四つん這いで赤ん坊のように這いながら木刀へと向かっていく。
 ハーティは理解した──これがこの敵を倒せる最後のチャンスだと。
 敵から木刀まではほんの二メートル程しかない。奴があと少し体を動かせば届いてしまう。
 役小角は最大の秘術を連発して、しかも大ダメージを負い動けないのか辛そうに荒い息で回復に専念し座りこんでいた。
 自分もこの傷では、奴が木刀を拾うよりも早く攻撃することはできない。
 らしくないと思いながらもハーティは自分達以外の誰かに願った。
 誰か……この瞬間に──攻撃を……。
 守野清継の手が木刀へと届く──。
 誰か──ハーティは心の底から願った。
「一体、誰がいるというのだ!」
「俺がいる!!」
 鳥羽満月──。
 先程まで人命救助に勤しんでいた彼は声とともに燃え盛る黒煙から飛びだした。少し前から二人に加勢すべく身を隠していた。常人では絶対に潜むことが不可能なその黒煙の中で決定的なチャンスを伺っていたのだ。
「目ぇ覚まさせてやるよ!」
 鳥羽満月の拳に宿った青き光が高い音を奏でた。岩をも砕くその一撃。放心した守野の胴に初めて、攻撃が届いた。拳が刺さり守野清継は大きく体をくの字に曲げてビクビクと痙攣した。
「があああああああ!!」
 絶叫。
「馬鹿なっ……! 何故、手加減をしている!? トドメをさせ人間!!」
 ハーティはその鳥羽満月の行動が信じられず血を流しながらも必死にそう叫んだ。この悪鬼羅刹には殺すつもりでいかなければならない。でなければ──。
 しかし、鳥羽満月は相手を殺したくは無かった。だから手加減していた。それが彼の美徳であり、正義である。だがこの局面においては最大の失態に他ならなかった。
「ああああ!!」
 守野は鳥羽満月の拳を受け、気を失いそうになりながらも、手を伸ばし──木刀を掴んだ。
 そしてその絶剣に力をこめた。
「────っ」
「なっ……!?」
 鳥羽満月は驚愕した。常人ならば確実に気を失っていただろう一撃。──だがしかし、守野清継は痛みを感じぬ狂人と化していた。彼を止めるにはその鼓動の音を止める他なかったのだ。
 鳥羽満月がそれを悪手だと気がついた時にはもう遅い。彼が相手を殺すつもりで全力を出してさえいればもうすべては終わっていたが、過ぎてしまった現実は戻らない。
 ──死ぬわね。
 九川は今度こそ千里万里で予測した未来を見ていた。自分達の首が刎ねられるその未来を。
 九川、ソーリス、満月の三人は守野の剣の完全に射程内だった。
 三人とも一様に首筋に死神の鎌をあてがわれているような逃れられぬ死を直感した
 一息の間でその生涯を断ち切られる──まさにその刹那。
「清継ぼっちゃぁぁぁぁぁん!!!」
 佐能響。
 彼は少し離れた所の瓦礫の上に突然現れた。上半身裸で全身血塗れで大きなガトリングガンを掲げていた。
 瞬間、先程の雷と同等の耳をつんざくような凄まじい爆撃音のようなものが鳴り響いた。
重機関銃による連続射撃。
 元々、軍用ヘリコプターに装着される固定武装として用いられる大きな電動式の大口径の機関銃。貝崎が運んでいた大きな鞄に入っていたもので、守野に斬られ倒れた佐能はそれを死にかけの体で引きずって、ここまで追いかけてきたのだ。
 彼はまだ死ねなかった。死ぬわけにはいかなかった。
「ぼぉぉっちゃんんんー! 俺もぉ一緒にぃ行きやすぜぇぇぇぇ! 一緒にぃぃぃ西部を目指しましょうぉぉ!!」
 ほとんど一音に繋がって聴こえる程の強烈な連射だった。佐能が刑務所で使っていたスコーピオンと威力も速度も比ではなかった。しかもそれは尽きること無き無限弾。
「ああああああ!!」
 雷撃にさえも反射できる守野の剣戟はその銃弾の雨にも対応していた。しかし、彼の体はもう限界をとうに超えている。超高速で動き、残像さえ見えぬその腕がピタリと一瞬動きを止めた。
「────」
 一発の弾が守野の肩を貫いた。その瞬間、彼の体は糸が切れた人形のようにゴロゴロと地面を転がっていった。
「……ぼっちゃん……?」
 銃弾と合わせると重さ二十キロ以上あるガトリングガンは大きな音をたてて佐能の足元に落ちた。佐能もそのまま膝をついた。
 そしてどこか遠くを見るような目をして、倒れて動かなくなった守野清継を見て言った。
「へっへへ……。大丈夫でさあぁ……俺もすぐに……いき……ます……よ」
 彼もそのまま倒れて動かなくなった。
 しばらくただ埃っぽい風が吹き、何の音もしなくなっていた。今までの激しい戦闘が突然幕を引き、無音の空間となったことに誰もがどこか現実感が感じられなかった。
「終わり……ましたか」
 白い髪が瞬時にして金髪に変化する。ソーリス神父に戻った彼は吸血鬼となった反動による体の痛みに顔を歪めながら呟いていた。
「……あーあ、ボロボロですわねぇ。お互い」
 いつの間にかその背後に九川が傷を抑えながら立っていた。
「あなたはもうほとんど回復してるじゃないですか……」
 全身に強烈な痛みが奔りだしたソーリスはみるみるうちに傷が癒えていく九川を恨めしそうに見ていた。
「ふふふ……。私、自分以外の傷を治すのはあんまり得意ではないのですけど、少しだけならお力になれますわよ」
「是非……お願いしますよ」
「しょうがないですわねぇ」
 言いながら九川はソーリスの肩に手を置き、術による回復を行う。得意ではないなどと言ってはいたが、すぐにソーリスは痛みが和らいでいくのを感じていた。
「以前の時もあなたに治してもらってたら実はもっと早くに回復したのでは?」
「……そんなこと言ったら鳥羽満月さんに悪いじゃないですか? ねぇ探偵さん?」
「……全くだ」
 いつの間にやら隣で全身汚れて服も顔も黒くなっている鳥羽満月がジト目でソーリスを見ていた。口元は笑っていた。そして意気揚々と彼は言う。
「さーて、お二人さん疲れてるところ悪いが九川も回復的なことができるって分かったし、皆で手分けして救助活動だ!」
「「ええ……」」
 九川とソーリスの声が仲良くハモる。
「……私はそんな他人を助けてまわるような人間ではないのですが……。仕方ないですわね」
 心底嫌そうな顔をした九川だったが、鳥羽満月に言われるとどこか断り難かった。
「助かるよ九川。とりあえずお前はあの機関銃ぶっ放してた危なそうなオッサン頼む。……あいつには聞きたいこともあるしな……死なれちゃ困る。俺は──ってあれ、宇佐木?」
 鳥羽満月はそこで自分達の横を通り過ぎて歩いていく宇佐木光矢に気がついた。
「宇佐木っ。無事だったのですかっ」
 ソーリスも声をあげ呼びかけるが、宇佐木は聴こえていないとでも言うように歩みを進めて行く。そして、倒れて動かなくなった守野清継の前に辿り着いた。
「宇佐木先生?」
 九川も呼びかけるが宇佐木は黙って守野の前に立ちつくしている。
「──こいつもあの犬達と同じだ」
 宇佐木がポツリと言った。
 その声のトーンがどこか思い詰めているような感じで三人はすぐにその言葉に反応ができなかった。宇佐木は続けた。
「元々の色の上から無理矢理に無色を被せられていたんだ。……自分の色を消されて、自分のやりたくないことをさせられて……こんな酷い仕打ちがあるか?」
「……先生」
「あなたには分かるというのですか宇佐木?」
 ソーリスの言葉に宇佐木は頷いた。
「こいつの本当の色が俺にはちゃんと見える。……本当はこいつ……こんなことをするような奴じゃない。……一体誰がこんなことをさせたっていうんだよ……」
「ロスト・カラーズ……奴らですよ宇佐木」
「なんなんだよ! そのロスト・カラーズって奴らはよ!」
 宇佐木は堪らず振り向きソーリスにぶちまける様に返した。色が見える彼にとってはこの青年の有様は酷たらし過ぎた。
「……我々も分からないのです宇佐木」
 役小角──九川礼子のような色のない者達。力を持つ人類に仇をなすソーリスの組織の敵。それしか分からない。
「おそらくはあのゲームを仕掛けた者が今回の全ての元凶でしょう。我々は……これからも戦わなくてなりません」
「これからもっ……これからもこんなことが続くのかよ!」
 宇佐木は倒れた守野清継を見る。まだ若い。死ぬには早過ぎる。それは彼だけではない。この惨事の被害者は一体どれだけの数になるのか。
「……っ!?」
 宇佐木は守野の体がピクリと動いたのに気がついた。
 ──息があるのか──。
 せめて──生きているうちに。
 宇佐木はあの時、犬を操る戒めを解いた時と同じ感覚で、その青年の体に無理矢理に覆い被せられた無色の鎧を右手の人差指と中指の二本を使い、まるで筆で撫でるように色を塗った。いや消したのだ。
 スペリオルイレイサー。この特別な消しゴムで──。
 嫌な色、無理矢理に貼り付けられた無色なんてすべて取り除いてやる。
 宇佐木光矢は見た。
 青年の真の色。この頭上に広がるような濃い青い色をしていた。
 悩みを抱える未成年らしい美しい青だった。
 

 青年は色を取り戻し、目を覚ました。
すぐになんだか自分を心配するように見ている目つきの悪い金髪の男が目についた。
「……本当はお前……こんなにいい色してたんだな」
 その金髪がそんなことを言った。

 守野清継は頭上に広がる青い空を見た。

「……綺麗な色……」

 そして彼は薄く微笑み、とても──とても安らかな表情で眠るように目を閉じた。






***********************











── 木漏れ日は暖まるには弱過ぎる──


Rain ballad

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