木漏れ日は暖まるには弱過ぎる

パンデモニウムのシン

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スペリオルイレイサーー ──木漏れ日は暖まるには弱過ぎる──②前編

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 『スペリオルイレイサー』
 




 青年は目を覚ました。
 頭上に広がる青い空は清々しい程に美しく、周辺に何も建物が無いのか見渡す限りが青空だった。
 どこだろう?ここは。
 すぅと影がかかった。寝ている自分を見ている目つきの悪い金髪の男がいることに気がついた。
 ──誰だこの人……。
 どうしてだろう。青年は体が動かない。ピクリとも動かせない。だが視界は妙にハッキリとしていてなんだか嘘のようにクリアだった。
 今の今まで僕は何をしていたのだろう?
 全く思い出せない。
 なんだか、色がどうだとかそんなことを言っていた奴がいた気がする。

 誰だったか──思い出せない。

「……本当はお前……こんなにいい色してたんだな」
 金髪のその言葉を青年は眠たそうな目で聞いていた。
 なんだろう。なんの事を言っているのだろうこの人は。
 ああ、それにしても空が綺麗だ。どうしてこんなにも綺麗に映るんだろう。
 ずっとまるで灰色の世界を見ていたみたいだ。
 この空は今までに見たことがない程のとても美しい青をしていた。

「……綺麗な色……」

 それに今、目を覚ましたばかりだというのに僕はどうして、こんなに眠たいのだろう。
 
 ああ。そうだ。母さんに会いに行かなくちゃ。

 僕は、一体、なにをしていたんだろう?
 なにをしたかったんだろう?
 分からない。
 でも、ただ一つだけ──やらなくちゃ。

 この目の前の金髪が悲しそうな目をしているから、僕はきっと悪いことをしてしまったんだ。

 だから僕はこの人に謝ろうと思った。
 でも何故だか眠たくて眠たくてもう言葉が出なかった。
 それがなんだか可笑しくて。



 僕は笑った。



 
 
 ***********************
 
 



 
 日本時間、夕方の四時頃。

 非常にマズイ。このままでは私は死んでしまうかもしれない。
 神父は頬に冷たい汗が伝うのを感じていた。自身に降りかかる厄災から逃れるべく彼は廊下の奥の掃除箱の後ろへと身を隠していた。
 そこへ彼を死地へと連れ去る悪魔の高笑いが響いた。
「ほほほほ。ソーリス先生。どこに隠れようとも無駄ですよ。私にはこの眼があるのですから。そこの掃除箱の後ろなのでしょう?まるで蚤のようだわ。そんな狭いところに隠れて」
 そうだった。彼女は──役小角──九川礼子にはすべてを見通す千里眼があったのだった。となれば隠れるだけ無駄というもの。ソーリスは諦めて掃除箱の後ろから姿を現していた。
 煌びやかな金髪と青い司祭服に身を包んだ色気ある麗しい男。ヨーロッパ系の整った顔立ちに青い瞳が美しく輝いていた。
「あら、簡単に諦めてしまうのですね先生。では行きましょうか」
「……九川、今度は……今度こそは大丈夫なのですか?」
 ソーリスは呻きながら黒髪の少女に弱々しく服と同じ青い顔でそう尋ねた。神父は本気で何かを嫌がっていた。
「運搬方法ですか? 今度は問題ありませんよ先生!」
「人を荷物みたいに言わないでください! この間、凍死しかけたことを私は忘れていませんよ!」
「あら……この間はちょっと術を間違えただけですよ。ほほほ」
 間違えた。彼女はそれをまったく悪いとは思っていないのだろう。それが彼女、九川の九川らしいところだった。彼女はただ行うだけで反省などは絶対にしない。
 長い黒髪は腰まであり、艶やかなそれは窓から差し込む太陽の光を反射していた。この学園の制服はただただ黒いという印象がある。九川も勿論その制服に身を包んでいるが、他の女性徒と比べるとスカート丈は長過ぎるくらいで脛まである。それは少し時代錯誤だったが、そのスタイルの良さと美人過ぎる風貌が彼女を古臭いなどとは微塵も感じさせないようにしていた。知性を感じさせる切れ長の瞳は、見つめた相手を妙な術など使わなくても大抵は虜にしてしまうだろう。
 九川礼子は風貌もその力もまさに無敵だった。
 そう──無敵。彼女は役小角(えんのおずの)という古の術者の記憶を受け継いでいる。人智を超えた魔法のようなことまでやってのけるし、空なども馬鹿みたいに簡単に飛んでしまうのだ。人も眼力だけで縛りつけられるし念じるだけで操ることもでき、その気になれば相手の息の根さえ止めてしまえる。いや、もうそれ無敵でしかないじゃないか──ソーリスは常々そう思っていた。
「また、招集ですか……今度はどこですか?」
 諦めた青い瞳の神父は九川礼子に尋ねた。彼女は常に楽しそうに返答した。
「アラスカです」
です、の後に絶対ハートマークがついているなとソーリスは目眩を感じながら思った。
「遠いですねぇ。……遠いですねぇ。そして寒そうですねぇ」
 何故だかソーリスは最近、よく泣けてしまうのだった。
「今度は大丈夫ですよソーリス先生。私の術で寒さ対策バッチリです! 空を飛んで先生を死地へ……あ、戦地へと送り出す使命を必ずやり遂げてみせます!」
 遊び気分なのか意気揚々と言った九川にソーリスは溜息をつきながら返した。言い間違いに対してツッコミを入れる気力はもうソーリスにはなかった。
「空を飛ぶというのは難しい術なのでしょう? ……以前は風を防いではいましたが寒さは防げなかった。寒さを防いだ時は風が防げず息ができなかった……。あなたひょっとして飛んでいる時はあと一つくらいしか術を行使できないのでは……?」
「……いえいえ……そんなことはないです?」
「いやいやいや!! もっと、ちゃんと否定してくださいよ! ちゃんと否定しないと私はもうあなたの背中には乗りませんよ!」
「ええー先生、私にもう乗ってくださらないのですか!? 先生に乗られてると私すごく楽しいんですのよ」
「どういう楽しみ方ですかそれ!? しかもなんか勘違いされる言い回しですね……」
「そもそも先生を送り届けないと私が奴らとの約束を反故にしたと思われて、面倒なことになってしまいますわ。ですので無理矢理にでも連れていきます。くすくす」
「いやいや結局、無理矢理ですか……。まあ、私も招集は行かねばならないと思ってはいるんですがね? 毎回毎回、運ばれてる時に死にかけるのは問題では!?」
「今度こそ! 今度こそは大丈夫ですから!」
「とりあえずその満面の笑みをやめましょうか!?」
ソーリスは戦慄した。これからもこの鬼女に機関から招集がかかる度に無理矢理、連行されてしまうのだ。考えただけで死ぬ程恐ろしかった。
ソーリス──神父はある機関に所属する人間。世界を救うために人類に害を成すものを排除する戦闘員だ。今はこの高校の教員として身を隠し、事件がある度に九川礼子にその場所まで『送って』もらっていた。
 九川礼子──役小角はこの学園の女生徒。しかし、その記憶には古の最強の術者、役小角が宿っている。同じクラスの石原秋子を溺愛しており、前の事件では彼女を永遠に生かすために鬼を使役して殺人を行なっていた。今では色々あり、ソーリスの『運搬係』になっていた。
 二人は今やこのような感じで気の抜けたやりとりなどしてはいるが、以前は命のやり取りをしていたこともある間柄だ。お互いに特に相手に恨みはない──が、そういう抜き差しならない関係であったことはあったのだ。今でこそ、まるでその殺伐さを感じさせなくなってはいるが本当に妙な縁だとソーリスは彼女から逃げながらよくそう思っていた。
「わかりましたよ……諦めて運ばれることとしましょう。私も仕事には行かねばならないのです」
ソーリスの真の仕事。それは世界の害悪をデリートするという殺し屋のような──いや、殺し屋でしかない仕事だった。
「なんだか不服そうですねぇ先生」
「そんなことは……ありませんよ」
「運び方の問題ですか? やっぱり背中に乗るより腕で運んだ方がいいですか?」
「いえいえ……以前、その運び方で服で首が絞まって死にかけましたよね? もうごめんですよ……」
「あらあら、そうですか? ──ああ、なるほど。仕事に行くのが嫌なんですね先生」
 ──心を読んだか役小角。
「そうです。私はお仕事が嫌いですからね」
 ソーリスは正直にただただ本心でそう言った。その言葉に溜息をつく九川小角。
「教え子の前で仕事が嫌いだなんて言わない方がいいんじゃないですか先生?」
「こっちの仕事は好きですから特に問題はありませんよ。……あなたに言えるのは好きなことをして好きに生きていってくださいねということくらいですね」
 九川は一瞬どこかうらぶれた瞳を見せてから鼻で笑った。
「なにを言うのです先生。私はもう好きに生きさせていただいてますよ。先生のおかげです」
「……九川」
 九川礼子はソーリスに恩があった。彼女は彼に自分の今という生活を守ってもらったのだ。
「先生には感謝しても尽きませんわ。……ですからこうやってお手伝いもさせていただいているのですよ。あの気に食わない連中のね」
 九川礼子の言う気に食わない連中というのは勿論、ソーリスの組織のことだ。九川にとっては自分と大事な女性を殺めようとした人類を守る組織。九川礼子は機関に削除対象として狙われ一度殺されかけている。今もなお監視され、そして時に連中は九川に接触してくる。仲間にしようとしてくることもあり、彼女からしたらただただ鬱陶しい存在だったが機関からすれば九川の存在はイレギュラー過ぎて放ってはおけないものだった。その気になれば一人で国も滅ぼせるのではないかという神通力と、心は十代の少女という危うさ。野放しにはできないのも無理はなかった。
 ソーリスは深々と溜息をつき、精神を少し落ち着ける。本当は酒があればもっと良いのだが。胸のウィスキーの瓶は生憎と空だった。そもそも校内ではさすがに気をつけていた。
「では……諦めて行きましょうか。と……ちょっとその前に宇佐木に会ってきても良いですか?」
 言ったソーリスに九川は「あらあら」と言っていたずらっぽく続ける。
「遠征の前に会っておくなんてまるで恋人同士じゃありませんか。お熱いですわねぇ」
「ふふふ、そうなんですよ熱々なんですよ私達はー。ふふふ」
 それをまんざらでもないかの様にニヤニヤと怪しい笑みをこぼしたソーリスは九川に片手をあげ、その場を後にした。この時間なら宇佐木は美術室にいるだろうとソーリスは足を美術室に向けた。
 宇佐木光矢──ソーリスの心を許せる友人にして機関の協力者。元犯罪者であるが、現在はこの高校で美術の教師をしている。
 ソーリスは彼と話すのが好きだった。からかうと楽しく疑問を投げかけるとソーリスの想定した答えの範疇を超えたものが返ってくる。常に斜め上の回答なのだ。見た目も好きだった。宇佐木の目つきは鋭く人相は良くないのに、笑うと笑顔が可愛く思えた。
 ああ、そうか私は仕事も嫌いだが彼のいない所へ行くのが嫌なんだろう。ソーリスは改めてそう思った。これから何日か。もしかしたら数週間、宇佐木のいない生活が続く──そう考えただけでソーリスの気分は陰鬱としてきてしまった。
「ああー嫌だ嫌だ」
 珍しく独り言で愚痴っているといつの間にやらもう目の前に美術室があった。校舎の隅に忘れ去られた様に置かれた木造の白いペンキに塗られた建物。
「宇佐木」
 声をかけながら引き戸を開けた。ガラガラと音をたてて開くと美術室特有の匂いが漂う。絵の具やら紙などの匂いと埃っぽさが一緒くたになっている匂い。これは万国共通だなとソーリスは自身の学生時代を思い出していた。
「ソーリス」
 期待通りの声が返ってきた。キャンバスの前に向かい合う場違いない金髪の鋭い目つきの男。
 目つきこそ悪いがどちらかというと童顔で親しみ易そうな雰囲気があった。もっともその親しみやすさはここ最近生まれたものである。
「んだよソーリス。どっか行くのか?」
 珍しく訪ねて来た友人に察し良くそう言った宇佐木は筆を置いて来訪者に向き直った。少し神妙な顔をしている友人にソーリスは場を和ませるように鼻で笑って言葉を返した。
「宇佐木にしては察しがいいですね。……お仕事です」
「にしては──は余計だっつーの。どこだ?」
「かなり遠くです。数週間は帰ってこられないかもしれません」
「そうか」
 素っ気なくそう答えた宇佐木はキャンバスの前から立ち上がった。ソーリスは彼の描いていた絵を見た。
「──っ」
 ハッとさせられるような鮮やかな虹色──としか形容のしようがない塗りたくられた七色。まるで虹の中に迷い込んでしまったような気分にさせられる。絵本の中のような世界。それは正確にはなんの絵でもない。ただ筆で思うままにべたべたと絵の具を塗りたくられただけの絵だというのに、誰もがその絵を見ている間は息をするのを忘れてしまうのだろう。
 奇才にして天才。ソーリスは自分のように絵の知識のない人間にもそう思わせてしまえる宇佐木の才覚に改めて感服した。
「絵は順調ですか宇佐木」
「……描きたいものを常に描いているだけだ。順調に決まってるだろ?」
 当たり前のようにそう言った宇佐木は美術室の隅に何故か置かれている冷蔵庫を開けながらそう言った。
 ……その返答がすでに天才の領分なのですよ宇佐木。
 そう思ったソーリスは宇佐木の両手にビールの缶が二つあるのを見て小首を傾げた。
「どうして美術室にビールが?」
「あんたがが急にどこかに行くかもしれない時のために……な」
 少し恥ずかしそうにしながらビール缶を投げて寄越した宇佐木は近くの生徒用の長椅子に座って缶ビールを開けた。綺麗にそれをキャッチしたソーリスは宇佐木の思わぬ行動に思考が停止していた。
 プシュッと音がしてそれを美味しそうに飲む宇佐木を少しキョトンとしてソーリスは見ていた。
「んだよソーリス……? いつもなら酒、酒酒酒ー! って真っ先に飲むくせに……」
「そんなアル中みたいでしたか私? あ、いえ……あなたの心遣いに少し感動していて……正直放心していましたよ。あははは。というか学校でいいんですかね」
「なに言ってんだよ。今更だな」
 当然だが美術室に冷蔵庫など元々はなく、必要がない。宇佐木は本当に『ソーリスが遠征に行く前に一緒に飲みたい』──と、そのためだけに冷蔵庫を購入しビールを冷やしていた。いくら美術室とはいえ学校でそんなものを飲んでいるのがバレたら停職沙汰であるし、そもそも保管しているだけで危険なはずだ。いや、自分達は正規の職員ではないし特殊な存在だ。決して辞めさせられるようなことはない──が、宇佐木がそこまで思考していたかは怪しい。いつも急に出かけてしまうソーリスのために宇佐木が考えた気遣いであった。
 つまり危険を犯してまで自分に気を使っていたのである。都合よくそうソーリスは解釈した。
 テンションが上がり、意気揚々とソーリスはビール缶をパキリと開けてゴクゴクと一気飲みして言い放った。
「では行く前にキスしていいですか! 宇佐木!?」
「駄目だ。死ね」
「ええええ!?」
 分かってはいた。分かってはいましたけれども……およよよよ。と、ソーリスは残念無念な思いでパキョとビール缶をへこましてから、すぐに冷蔵庫から二缶目を勝手に取り出した。冷蔵庫の中にはミネラルウォーターなども常備されている。冷蔵庫は単純に飲み物を校内の自販機まで買いに行ったりする手間を省き、絵に集中したいがために宇佐木が置いたのかもしれない。自分のためだけではなかったのか。ソーリスは少しだけガッカリしたが、それでもビールを買っておいたのは宇佐木が気をきかせたからだ。そこは間違いがない。そう前向きな思考で締めくくり一缶目を飲み始めてから十秒以内に二缶目に突入したそのバイの友人を宇佐木光矢はしょうがない奴だなと呆れて眺めていた。それを感じたソーリスは飲みながら抗議した。
「なんか視線が生暖かいんですねぇ」
「……気のせいだ。っていうか、あと何分くらい大丈夫なんだよソーリス。少し話そうぜ」
 宇佐木が寂しそうに言ったように聞こえてソーリスはますます気分が昂ぶってきた。
「心配しなくても一回くらいはできます」
「なにをだよ!? ……ったく。……まあ行く前に少しゆっくりしていけよ」
「そうさせてもらいますよっと」
 言いながらソーリスも宇佐木と向かい合わせの椅子に腰を下ろした。そう時間もないのだが、時間切れとなれば九川が呼びにやってくるだろう。
「それはそうと宇佐木。あの子とはうまくやっているのですか?」
「……あの子って誰だよ」
「とぼけないでくださいよ。石原秋子に決まっているじゃないですか。もうやっちゃいましたか? あははは、教え子に手を出すとはまったく宇佐木も節操がない」
 「……っ」
 ソーリスの言葉に宇佐木はビールを吹きかけるのを堪えた。
「……節操がないとかあんたにだけは言われたくないぞ。……あのな、石原は生徒だし何より手なんか出したら俺が九川に殺されるだろ。っつーか、法的にどうだよ! そもそもどうしてそういう発想になるんだよっ?」
 役小角に愛された少女、石原秋子。ついこの間までは気の弱い単なる女生徒でしかなかったが九川の術によって寿命が遥かに伸びてしまい、魂の半分が鬼化している──が彼女自身の性質が何か変わったわけでもなく、本人は自分自身がそうなっていることさえも気がついていない。九川の狙いは今のままの彼女と未来永劫共にいること。完全に鬼にしてしまわなかったのはそのためだろう。
 前の事件で九川の術は中途半端なところで妨害にあったため未完ではあるが、それでも石原秋子の寿命は数百年伸びている。このことを知るのは九川以外にはソーリスと宇佐木だけでソーリスは自分の所属する機関にもそのことは秘密にしていた。知られてしまえば石原も九川同様普通の生活ができなくなってしまうからだ。
「だって宇佐木。あの子はあなたのことが好きなんですよ? それは分かるでしょう?」
「……知るかよ」
 そう言った宇佐木だったが石原の想いにはなんとなく気がついていた。
「私が見たところ彼女の胸はFカップ……いやGはあるかもしれない! 大人しいですが顔もよく見れば可愛らしいじゃないですか。そんな女子高生があなたを好きだと言う。ああ! 宇佐木あなたは罪深い!」
「罪深いのはお前の頭ん中だっ。……なあ今更なんだがソーリス。あんた本当に神父なのかよ? ただのエロ酔っ払いジジイじゃねぇよな?」
「ふふ、この美貌にジジイとは失礼ですよ宇佐木」
 そう言ったソーリスの見た目は確かに誰が見ても麗しい色気ある紳士なのだから卑怯だと宇佐木は常々思っていた。しかし、その彼の本性は男もいけてしまう色魔で、酒がないと生きていけないお調子者であったりはするのだが。
「そんなことよりもだソーリス。あんたこれからどこ行くんだよ。行き先くらい言ってけ」
 宇佐木も一本缶ビールを飲み終えてやっと本題を切り出せた。
「ああ……もうお仕事の話ですね……」
「嫌そうだな……。そんなに嫌ならやめちまえよ」
「言いますね宇佐木。私が仕事をほっぽり出せばあなたも私も機関に殺されますよ」
 それは比喩でもなんでもなく真実だった。機関は秘密を何よりも秘匿する。途中で抜ける者などいてはならない。
「なんつー怖いとこで働いてんだよあんたは。……まあ、そのあんたの機関のおかげ?で俺は今の生活ができてんだけどな」
 宇佐木の言葉もそのままの意味だった。彼は強盗殺人犯として捕まっていたが、ソーリスの所属する機関が特権を行使して宇佐木の日本での前科を無かったことにしてしまったのだ。そんなことさえやってのける謎の組織を恐ろしくも思うが、どこか話が大き過ぎるのか現実感が無く、それよりもただただ現状に甘んじていることしかできなかった。絵が描けて友人と話せて──それ以上に楽しいことなど今までの人生でなかったのだから。
「んで、今回の仕事はどんななんだ? どこなんだよ?」
 聞いたところで何ができるわけではないのだが宇佐木は聞いておかねばならないと思っていた。彼の仕事は所謂『そういう』仕事だ。必ずしも無事に帰還できる保証などない。
「私もまだ詳しくは聞いていないのですよ宇佐木。ただ場所はアラスカ……とのことです」
 ソーリス自身もアラスカというのは九川から聞いただけだ。彼女がからかって嘘を言っていなければソーリスはこれからそこに行かねばならない。
 ソーリスの仕事はいつもそうだった。現地到着後にしか仕事内容を教えてもらえない。しかも仕事の詳しい内容は電話かメールでのみの伝達だ。
「アラスカって……遠いのかよ? 寒そうなのだけはなんとなく分かるけど。そもそも人いんのかよ? なんか吹雪いてる山ってイメージしか湧かねぇんだけどよ」
「教養のない宇佐木はアラスカがどういう国か分からなくても仕方がないですよ」
「そりゃあどうも」
 鼻で笑った宇佐木はすぐに真顔になって続けた。
「あんたに限って滅多なことはないと思うけどよ。……気をつけろよ」
「心配してくれているのですか宇佐木」
「……ま、一緒に飲める奴がいなくなるのは……な」
 少しだけ照れ臭そうにそう言った宇佐木を見たソーリスはそれで満足したように頷いてから立ち上がった。
「ありがとうございます。宇佐木。あなたのおかげでどうにか元気になりましたよ」
「はははっ。そうか? ならビール買っといて良かったぜ」
「ビールも多少は……。でも、まあ私が元気になったのはあなたの可愛いところを見られたからなんですけどね」
「なっ……」
 ソーリスは思った。この友人を。大好きな友人を失いたくないと。そのためならばなんだってできる。
 ──この束の間の、ほんの一瞬だけの関係かもしれない彼との楽しい時間を大切にしたい。
太陽はすぐに陰る。
木漏れ日は暖まるには弱すぎる。
だからソーリスはそれを愛した。
 別れを告げて去って行ったソーリスの背中を見送ってから宇佐木はしばらく椅子に座ってぼーっとしていた。何を思ったか冷蔵庫の前まで行って中からビール缶をもう一本取り出した。
「しばらくは美味いビールもお預けか……」
 少し考えてから飲まずに冷蔵庫にそれを戻し、宇佐木は美術室の片付けを始めた。画材道具を乱雑に立て掛けて、筆と絵の具は水に浸すだけだ。明日になれば部員の誰かが洗ってくれている。
 身支度を整えてから宇佐木は美術室の電気を消して部室から出た。
「……っ」
 途端にあまりの温度差にひゅっと喉を鳴らした。辺りはもう暗くなっていて、ずいぶんと冷え込んでいた。ずっと暖房がかけっぱなしの場所から一年で一番寒い時期の夜なのだから仕方がない。これでもアラスカに現在進行形で向かっているであろう友人よりは遥かにマシなはずだ。
 宇佐木はそう考えると少し、くすくすと一人で笑ってしまっていた。
「うーさぶい、さぶいさぶいさぶい」
 寒いとどこか独り言というのは許される風潮があるような気がする。そんな風に宇佐木は思って家のコタツでぬくぬくとうどんを食べた後にビールを呑みながらテレビを観ている自分を想像し、あまりの寒さからすぐにでもそこに瞬間移動できないだろうかと数秒考え──アホらしくなって、急ぎ足で校舎を出た。途中誰ともすれ違わなかった。こんな時間まで残っているのは今時珍しい仕事熱心な僅かな先生だけだった。ちなみにソーリスは全然違う。
 ソーリス──。
「……はぁ」
 思わず溜息。なんだか当分、会えないとなると途端に考えるのは友人のことばかりになってしまう宇佐木は、そんな自分に少しゲンナリした。もう少し友達増やした方がいいのだろうかと。そうすれば退屈もしなくて済むかもしれない。
 ──それこそどうかしている。俺はいつからそんな寂しがりになっちまったんだ?
 常に独りでいることなんてソーリスと出会う前は当然のことだったはずで、それを寂しいだなんて思ったことなんてなかった。
 校庭を歩いて部活動ももはや終了し抜け殻になった真っ暗なグラウンドを通り過ぎた。ふと宇佐木は門の所に誰か人影がいるのを視界に捉えた。
 暗くてよく見えない。近ずくにつれてその輪郭が顕になる。すると人影はひょいと片手を上げた。
 知っている奴か?学校の同僚の先生か生徒か──。
 いや、違う。
 宇佐木には姿がはっきり見えなくても、顔を見る前にそいつの体に纏わりつく『色』で誰だか解ってしまった。
 なんでこいつがここに──。
 距離が縮み次第に街頭に照らされた人影の表情が浮かび上がった。
「よお『コントラスター』」
 そう宇佐木を呼んだ男は宇佐木の知った顔だった。真冬、二月の一番の冷え込みだというのにティーシャツ一枚に皮のジャケットを羽織っているだけ。しかも前を開けているのがとても寒々しく見えて宇佐木は思わず身震いして男に言葉を返す。
「俺は宇佐木光矢だ。その呼び方はやめろ。てめえは確か──」
 忘れもしない三ヶ月前に九川に襲撃を仕掛けたソーリスの組織の人間。人類に仇なす敵を排除するための機関の戦闘員。栗色の髪に目つきが悪い革ジャンの外国人。宇佐木の印象はそれだ。名は確か。
「ブレッドだ。忘れたか?」
「覚えてるよ。……そんな色の奴はなかなかいねぇ」
 宇佐木はわざとらしく不快な顔をして目を逸らした。ブレッドの体は全身人殺しの赤の色に塗れていた。
「はっは! 俺と同じ色は毎日見てんだろ? ソーリスだってそーだろうが」
「てめえには分からないだろうがな。ソーリスとてめぇは全然違う」
 そんな元気そうな色もついてねぇしな。そう心で付け足して宇佐木はそのままブレッドの横を通り過ぎて歩き出した。それは宇佐木なりの拒絶の仕方だった。どうしてだか宇佐木はこのブレッドは見た目からも、そして色からしても相容れないと感じていた。自分と同じく目つきが悪い。そこはいい。しかし外国人でどこの国かは分からないがソーリスと同じく流暢な日本語がなんだか嫌だった。まあ、この辺はひがみもあるのだが、とにかくその彼の『色』が何より嫌だった。人殺しの赤もあるがそれよりも──全体的な彼から感じる生命力の色に正直なところウンザリした。ちなみに生命力の色はその人間を黄金色で包む。黄金が纏わりついている元気な奴が近くにいるといつも宇佐木は気疲れした。黄金色には面倒な奴が多いと彼は判定を下している。
 そう宇佐木光矢には『色』が見えた。宇佐木はこの能力故にソーリスと彼の在籍する機関に目をつけられた。
 コントラスターと呼ばれた宇佐木光矢の『力』。それは『色』が見える力だった。彼にはどんな無機質でも有機物でもその気になれば空気でさえ、それに絡む色が視えた。
 人にはなにかしらの色が必ず絡んでいる。善人には善人の色。悪人には悪人たる色。
 分かりやすいところで人殺しには必ず赤色が絡んでいる。色の具合でどういう人殺しなのか、はたまた他の色の兼ね合いから最近の殺しか昔のものかさえ宇佐木には分かる。細かいところまでいくと当人にしか理解し得ない感覚で人に説明するのは困難だった。
 そんな彼にも苦手な色というものがある。
「んだよっ! てめぇ無視すんなっつーの」
 むさ苦しい生命力の有り余っている黄金色の奴だ。ブレッドがまさにそれだった。逞しさで濃さが変わり、どういうわけか今まで見た中で一番、黄金色が濃く大きく輝いている。それを見てげんなりして面倒臭そうに歩きだした宇佐木をブレットは文句を言いながら追いかけた。
「だから待てって宇佐木光矢っ」
 なんでこいつがここに──。宇佐木は少し考えたがソーリスの機関の一員であるこいつが自分の前に現れた理由が全く見当がつかなかった。しかもよりによってソーリスは出かけてしまっていて相談ができない。
「なんだよなにか用か? ソーリスなら仕事でだいぶ遠くまで行ったぞ」
「知ってるっつーの。あいつのことでお前が俺以上に知ってることなんてねぇよ」
 歩調を緩めずに言う宇佐木にブレッドは眉間に皺を寄せてすぐに返事をした。
 ……なんなんだよ。面倒だなと宇佐木は早く帰ってコタツとビールにありつこうとさらに早歩きをしだした。それにめげずにブレッドは歩調を合わせて着いてくる。
「ちょ、なんなんだよっ。てめえ」
「あぁ? だから聞けっていってんだよ宇佐木光矢っ。いいから止まれって」
 止まったら面倒な事になりそうだと感じた宇佐木は急に思い切りダッシュを始めた。彼は一刻も早くこたつでぬくぬくしたかった。宇佐木の頭にはうどんとビールとコタツしかなかった。
「なぁぁ!?」
 宇佐木の行動を信じられないモノを見たとでもいうように目を見開いて素っ頓狂な声をあげたブレッドは瞬時に頭を切り替えた。
 ──捉える。
 肉食獣が獲物を捕捉した時の様に瞳孔を見開いて彼は宇佐木光矢の後を全速力で追跡した。
「ん?」
 ドドドドと地面が鳴る音が背後から聞こえた宇佐木は走りながら首だけでちらりと背後を見た。そして彼は悲鳴をあげた。後にブレッドは語る。あん時のこいつの悲鳴は女みてぇだったぜと。
「うわああああああっ」
 物凄い速さで両腕をシュッシュと振り無駄のない走りで迫るブレッドの姿に宇佐木は恐怖のあまり悲鳴をあげながら逃げたのだった。後々に宇佐木は語る。まるでターミネーターみたいだったと。
「てめえっ、この俺から逃げられると思ってんのかよ! くくく! ははははは!!!」
「しつけぇんだよ! なんなんだよ、てめっ……」
 宇佐木は生まれて初めて警察の巡回に出くわさないだろうかと懇願した。いつも会いたくない時には出てきやがるくせにと彼は心底思っていた。
 一馬身くらいの差まで──そう表すのが適切かはさておき──ブレッドが迫った時、宇佐木は自分のアパートの階段が目の前にあるのに気がついた。もうこんな所まで来ていたのか。彼は急いで階段を上がる。新築で小綺麗な作りをしているがオートロックなんて洒落た物は無い。こうなれば部屋に入って鍵をかけよう。宇佐木はそう決心した。
 鍵を開けて身を翻した勢いで閉めようとしたその瞬間──ドアの隙間にねじ込まれる革ジャンの腕。
「んぎゃあああああああっっっ」
 宇佐木はホラー漫画の顔で絶叫した。
「ちょ、怖いんでまじでやめろよ、てめえっ!」
 宇佐木はドアを力の限り閉めようと引っ張り、ブレッドはねじ込んだ腕で痛がりながらそれを阻んだ。
「いでででっ! 宇佐木光矢てめえっ! ぶっ殺すぞ!」
 ブレッドの力があまりにに段違いで今にもドアを全開に開けられそうだったので宇佐木はすぐにチェーンを掛けた。
 これで一安心。バキンと高い音。宇佐木は一息の間でチェーンが切られたの見てもう心から諦めたのだった。これだから黄金色の奴は嫌なんだ。元気過ぎる。
 ブレッドがドアを入ってくるのを見やり、魂が抜けた宇佐木はそのままもうコタツに入ってすべてを忘れようとリビングに足を向けた。襖から明かりが漏れている。あれ?おかしいな電気消すの忘れただろうかと訝しく思い、襖を開けた。
 ────そして次の瞬間。もう本当に宇佐木はすべてを諦めた。
「あれーブレッド遅かったねー。久しぶりー宇佐木光矢ー」
 コタツでパリパリとせんべえを頬張る金髪の美女と──。
「まったく、もっと美味しい日本茶はないの? 僕はもっと侘び寂びを感じられるお茶を飲みたいんだけど」
 宇佐木は自分の湯呑みで緑茶を飲むぶかぶかの服を着た黒髪の少年を見た。それはコンビニで買った茶葉だ。味が平凡なのは仕方がない。そこまで思ってから宇佐木は思考がフリーズした。時代遅れのスペックのパソコンのように脳を停止させ、ただただ目の前に幻覚の砂時計を表示させ続けた。もはやその出来事に正常な脳が追いついていなかった。
「あれぇ? 宇佐木光矢が固まってるけどぉ? ブレッドぉーちゃんと説明したの?」
 頬っぺたに指を当てて美女はブレットにそう問うた。
「いやいやっ! アンジェ! 俺は説明しようとしたっつーの! こいつが逃げるから!」
「どうせブレッドが無理矢理に連れて来たんでしょう」
 子供の声だがどこかこの中の誰よりも落ち着いた口調の黒髪の少年の言葉にブレッドは首をふった。
「だからフレネも違うっつーの! この宇佐木がウサギみてぇに逃げるから!」
「なるほどぉー。日本のことわざで言う脱兎の如くってやつねぇ」
 ────。
 アンジェリンの言葉に一瞬、空気が固まった。しかし、次の瞬間。
「だーはっはははははは! 宇佐木、ウサギだけに脱兎のごとくぅぅぅぅ!!」
 腹を抱えてくの字になったブレッドの爆笑を皮切りに全員の三人の笑いの堤防が決壊した。
「ぷくくくく、アンジェ。今のはうますぎるよ!」
 親指をたてて言うフレネに赤い顔で照れてから笑いが止まらなくなるアンジェリン。
「えへへへへへ、そうかな! そうかな! あはははははウサギ! あははははは!」
 ──。
 一体これはなんなのだろう。宇佐木は呆然と自分の部屋で爆笑する三人の外国人を眺めていた。
 三人に対する宇佐木の印象はこうだ。
 ブレット。目つきの悪い茶髪の外国人。やけにタフで役小角、九川に本気で地面に叩きつけられても生きていた。頭悪そう。
 アンジェリン。金髪の美女。魔法使い。放火魔。天然ぽい。
 フレネ。黒髪の美少年。黒い高速の矢を投擲する技を使う。よくわからない。見た目がガキなのに外道。
 全員、ソーリスの機関の人間でそんな彼らが何故、自分の部屋にいるのか。いや、そもそも何故、鍵がかかっていたはずの部屋でくつろいでいるのか──まずはそこではないのだろうか?
 宇佐木はとりあえず警察に電話すべきか考えたが、いや、今すべきことは他にある。何を思ったか宇佐木は突然、冷蔵庫からビールを取り出して上着を脱いで、アンジェリンと向かい合わせフレネの隣のコタツに入った。
 プシュっと缶を開けて一口ぐいっと呑む。
「あぁーうまいっ」
 一言呟いてからコタツの上のテレビのリモコンをとり、テレビをつけた。
「えーと、今日サッカーやってたんだっけかな」
 なにやらボソボソ言いながらテレビを凝視しだした宇佐木をブレット、アンジェリン、フレネは訝しげに珍獣でも見るように眺めていた。
「んだよ日本、負けてんじゃねぇか」
「……宇佐木光矢どうしたのかしら? 私達を気にせずにテレビを観だしたわよ?」
「ああアンジェこれは現実逃避というやつだよ。日本人はよくやるみたいだよ」
「へぇー! フレネはガキのくせに色々知ってんなぁ」
「まあIQも学歴も君より上だからねブレット」
「んだよ、アイキューって日本語かフレネ?」
「愛のギューってやつだよねフレネェー」
「意味が分からないよアンジェ」
「…………」
 宇佐木光矢は部屋にいる三人の存在を拒絶した。そしてただただビールを飲みサッカー中継を凝視している。彼はその三人の存在を認めない。認めたくなかった。
「ああそうだー」
 間延びした天然ぽい声でアンジェリンはさも名案とでもいうように声をあげた。
「もう、現実逃避中の宇佐木光矢は放っておいて、お腹が空いたし三人でうどんでも食べましょうか」
「うどんかー。ジャパニーズラーメンだな。いいな! 買ってくるのかよアンジェ?」
「うどん……」
 三人は気がつかないが宇佐木がボソリと呟いた。
「ううん。さっき冷凍庫に凍らせてるの見つけたんだよブレッドぉ」
「さすがアンジェ。目ざといね」
「もうフレネ。その日本語褒めてないからねぇー」
「うどん……」
 宇佐木は体を震わせていた!
「いいな! じゃあアンジェ頼んだぜ! 俺は鍋奉行やるから!」
「そこで鍋奉行は関係ないよブレッド」
「うどん奉行だねえ!」
「うどおおおおおおおおおおおおん!!!!」
 まるで火山が爆発するかの如く宇佐木はコタツから立ち上がり、自分の夕飯を死守することを決めたのだった。






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 日本時間二十一時二十一分。
 簡素な物の少ないリビングでソファーに座りコーヒーを飲む男。もうかれこれ三十分はそうしていた男はコーヒーを飲み終えると木目調のテーブルにカップを置いて、部屋の脇にかけていた黒いコートを羽織った。小綺麗で物が少ない間接照明だけの洒落っ気のある部屋はまるで雑誌の中の憧れのリビングだった。しかしとにかく暗い。男はコートの襟を正して息を吐いた。
 この男がすべての中心にいる。
 鳥羽満月(とばみつき)──探偵。何でも屋。喧嘩屋。二つ名などいくらでもある。
 前の事件。役小角とソーリスとの戦いに介入し、瀕死のソーリスを助けた男でもある。ソーリスの機関となんらかの繋がりがあり、事あるごとに彼らにお節介に関わる人間。周りの評価はそれに尽きた。
 本人は小金を稼ぎ人助けをしたいだけの人間で自分を特別だと思っている。思い込んでいた。
 栗色の毛に端正な顔立ちで、童顔のせいで実際の年齢よりもだいぶ若く見られてしまう。
「なんじゃお主。もう行くのか?」
 暗闇が問う。ぼんやりと赤い衣が突如浮かび上がってきた。
 赤い着物を纏う少女がいつの間か部屋に現れていた。今の今までいなかったはずだ。
 それになんの驚きもなく鳥羽満月は返答した。
「大丈夫だって琴葉。すぐに帰ってくる」
 そう優しい笑顔で鳥羽満月は少女の頭を撫でる。そうすると琴葉と呼ばれた少女は満足そうに頷いた。可愛らしいくりくりとした瞳で鳥羽満月を上目遣いで見上げて、肩で切り揃えた髪を揺らしている。この赤い着物はこの少女によく似合う。いや、この少女とこの赤い着物は一体だ。どうしてだかいつも満月はそう思った。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃいじゃ満月」
 着物の少女に見送られて満月は部屋を後にした。階段を降りて広めの一階は何故だか玄関の横に来客用のソファーが向かい合わせで二つある。一応、住まい兼事務所なので置いてはいるが使ったことはない。満月に何かを依頼する人間はだいたい二階までそのまま上がってきていた。
 寒いな。外気の寒さというよりもどこか自分自身の体温が低いような気がした。どうも本調子ではない。少し前に瀕死の吸血鬼を癒すのに随分と力を使ったからだろうか?
 しかし、そんなことも言ってはいられない。俺は特別な人間なのだ。
 だから──今日も依頼をこなすのだ。
 そう意気込み玄関の扉を開けた。
 鳥羽満月にとってそれはとても長い一日の始まりとなるのだった。
 静か過ぎる夜の街。しかし鳥羽満月の家は街の中心近くだ。歩けばすぐに賑やかなところに出る。途中は僅かな街灯だけで薄暗い道なのだがほんの少し歩いただけで、いくつかの曲がりを何度か越えただけで眩むほどの明かりとネオンが蠢く。静かな夜の闇が束の間で終わり、あっという間に街の眩しい明るさが目に差し込んでくる。
 それをいつも満月はなんだか寂しい気持ちで眺めてしまう。どうしてだかは分からなかった。
 依頼。鳥羽満月にとってそれは生きる理由をくれるすべての原動力だった。それがなければ自分は生きてはいけない。退屈な日々と自分の価値を見出せない日常に埋没してしまうことこそ彼の忌避すべきことだった。
 こういう思考だとずいぶんとぶっ飛んでいる奴だという風にも見られがちだが、彼は平穏も愛している。何もせずにぼーっとコーヒーを飲み、だらだらと過ごすことも愛して止まない。ただ、どちらか一方だけでは彼は狂ってしまう。片方に寄ることができずに常にどちら側かを求める。それがこの男、鳥羽満月の在り方だった。
 そして彼は守りたいモノは必ず守り抜く。友人と奇妙な同居人、今までの恩と義理。それらは彼にとって自分の命よりも大切なものだった。
 それらが脅かされるならば、彼はどんなものにでも立ち向かうだろう。
 ソーリスの機関と鳥羽満月は既知の仲で深い関わりがあるが、全面的に機関のやり方に彼は賛成しているわけではない。今もこうして自分の仕事に徹していて機関の要請などはほとんど無視している。従う義理はない。しかし機関の人間には何人か信用のできる者がいる。その者達からの頼みは断れない。この間の事件の時のように、その者達からの要請であれば彼は必ず力を貸すだろう。
 彼は様々な依頼をこなす事で自身を満たし、何かを救うことを生き甲斐としている。
 鳥羽満月は街の闇の中を雑踏を避けるようにコートを翻して歩み行く。
 依頼人に指定されたのは近くの雑居ビルの三階だった。依頼はある人物の護衛だとかで数日前に電話で要件を伝えてきていた。一般人が知り得ない自分に連絡をとれる時点でその人物も只者ではないというのだけは分かったがそれ以外は何も分からない。鳥羽満月に依頼の詳細を伝えたのは彼の仕事を手伝う千条という信頼できる人物だ。実質、依頼者とのやりとりや金銭の受け渡し、事務所の運営などほとんどこの千条という者に任せてあるので上司のように頭が上がらない。少々クセの強い人物なので鳥羽満月は千条のことは頼りになるとは思っているが、正直苦手なところもあった。
「ここか……」
 独りごちた鳥羽満月の見上げるビルは四階建てのわりと年数の経っていそうなコンクリート剥き出しの作りのビルだった。一階に不動産屋と二階は空き部屋。そして三階には青い看板のバーらしきものがある。BAR以外の文字が店の名前なのだろうがお洒落が過ぎる字体でよく読めなかった。四階は黄色の看板でなんの店なのかそもそも分からなかった。
鳥羽満月はビルの中に入り、すぐに正面のエレベーターに乗り込んで三階行きのボタンを押した。床も天井もエレベーターもどこもかしこも小汚くカビ臭い気がした。ここらは少しガラの悪い場所で所謂、盛り場だ。鳥羽満月も普段は来ることが依頼以外でほとんどない場所である。酒を飲む習慣のない鳥羽満月にとってバーという場所にも縁がない。しかし、依頼者がそこにいる以上は行かざるを得ない。
コーヒーを出してくれるだろうかとどうでもいいことを思っているとすぐに三階に着き、エレベーターが開くとそこはもう店と直結していた。店内は青く薄暗い光に照らされていて、目の前にはバーカウンターがある。その背後には大量の酒瓶やらグラスが綺麗に並べられていた。ゆったりとしたジャズが流れる店内の雰囲気はどちらかというと落ち着いて酒を飲む店のように鳥羽満月には見受けられた。カウンター以外は二人掛けの丸いテーブルが二つだけの小さな店内だった。客は鳥羽満月以外誰もいない。
「いらっしゃい」
 マスターらしき男から声がかかった。スッと目の前のカウンターの席を手で示された。頷き鳥羽満月はそこに腰掛けた。
「こんばんは。なににいたしましょう?」
「酒は飲まないんだ。なにかアルコールのない飲み物……コーヒーなんかあればいいが、なければソフトドリンクでいい」
 鳥羽満月の言葉に男は抑揚のない声で返した。
「……うちはソフトドリンクもコーヒーも置いてませんよ。そういう店ですから。勿論、カクテル用のジュースはありますが出す気はありません。そういう店ですから」
 そう言ったマスターは鳥羽満月と同い年くらいだろうか。オールバックの髪に綺麗な顔立ちの目の細い男で、客に対するもてなしの心よりも自身のこだわりを優先するタイプだった。頑固なラーメン屋の主人みたいだなと鳥羽満月は思った。だが、彼はそれが嫌いではなかった。
「こだわりがあるのは好きだ。じゃあキツイの一杯だけくれ」
「……キツイのね。かしこまりました。お兄さん、飲めないわけじゃないのに飲まないなんて勿体無いですよ」 
 鼻で笑うとマスターは作業にとりかかる。鳥羽満月も軽く笑い言葉を返した。
「仕事中なんでね。俺はここで人を待ってるんだが、誰か来たか?」
「さあてね、さっきまで近くのキャバ嬢が二人いましたよ。仕事行くまでの時間潰しでしたがね」
「そうか……。ならすこし待たせてもらう」
「お酒を頼んでくれるならお客様です。待ち合わせってなら飲みながらゆっくり待てばいいんじゃないですかね?」
「そうだな。少しだけゆっくりさせてもらうよ。……この時間、人はよく来るのか?」
「いえ全く」
 そう言って特に笑顔にもならずにマスターは酒の用意をしながら横目で鳥羽満月を品定めするように見た。端正な顔立ちと歳は自分と同じくらいか──初めての場所だというのに妙に落ち着いた様子。
「……」
途端お互い視線が合った。マスターは見ていたのは自分だけではないことに気がついた。
「……あなたも人をよく観察する必要があるお仕事の方のようだ。──警察……いや、そうじゃない。興信所……探偵とかその辺ですか?」
 ずばりと言い当てられたが鳥羽満月はただマスターの男を見てニコリと笑った。それだけだった。
「……当たりましたかね。そういう軽い反応だと自信を無くしますよ。お客様の職業を当てるのが私の唯一の特技なんですから」
「おいおい美味い酒を作るのが得意じゃなくていいのか?」
「美味しいお酒なんてどこでも提供してますよ。私はここにしかいませんからね。私の下らない話を提供できるのはこの店だけなのですよ」
「確かに」
 小さめのグラスが満月の前に差し出された。芳醇な香りがたった。酒を飲まない者が見たら小さいグラスにこれだけしか入れてくれないのかと思うだろうが普段酒を飲まない満月にもそれがウィスキーだというのが分かった。
「どうぞ」
「ああ」
 クイと少し飲む。うん。美味いと満月は純粋に思った。もともとかなり飲めるクチであった。
「美味しいでしょう。何かはおわかりで?」
「いや、酒には詳しくないんだ。ウィスキーっていうことぐらいしか分からないな。珈琲なら豆の種類だとかいつ頃焙煎しただろうなんてのも分かるけどな」
 その満月の言葉にマスターは嬉しそうに鼻で笑った。
「ふふ、やはり珈琲好きでしたか。私は鼻が利くんですよ。あなたからいい豆の匂いがしたんでウィスキーにしてみたのです」
「へぇ、珈琲好きはウィスキーも好きってのは初耳だ」
「あはは、でしょうね。私が勝手に思っているだけですから。でもね、珈琲の楽しみ方とウィスキーの飲み方は非常に似ている。むしろウィスキーに珈琲を混ぜるカクテルだってあるくらい相性は抜群なんですよ。どちらも香りとコクを楽しむものですから」
「言われてみれば──」
 満月はどこか珈琲を飲む時の感覚に近いものを感じていることに気がついた。いや、この男に気がつかされていた。やばい、ウィスキーにハマってしまいそうだ。そう危機感を感じてしまった。
「……あんたに酒好きにされた人間は多そうだな」
「ははは、私はバーのマスターですよ? 来た人間に酒の魅力を語るのが仕事です」
「そりゃあそうか」
「あなたみたいな元々イケるクチの飲まない人間は簡単です。趣味趣向を理解し、そこに寄り添うように酒をあてがえばいい。あなたは珈琲好きだ。それが分かればもうチェックメイトなんですよ。焙煎からやっていないとそこまで体に珈琲の匂いは染み付きませんよ。あなたはかなり凝り性ですね」
「……もっともらしいこじつけだが……十分だな。焙煎は知り合いの豆屋に任せてるよ。ただ焙煎中も店で話してるもんだからコートに匂いがついてるんだな。たいしたもんだ。あんた探偵とかも向いてるんじゃないか?」
「あはは、私は臆病なんで無理ですよ。このカウンター越しにしか私はこういう話ができないんですよ。あくまでお客の職業を当てて合う酒を提供できるだけの能力です。まあ私にはそれで十分ですがね。人には分相応というものがある。私はここで酒を提供する人間だ。そういう役割を任されたキャラクターなのですよ」
「キャラクター……ね」
 満月はウィスキーを一気に飲み干し、胃袋に熱が流れこんでいくのを感じた。体が少し熱くなったような気がする。
「いい飲みっぷりですね。……気に入った初めての客には一杯だけ奢ることにしてます。次の酒はこいつでいかがですかね?」
 そう言って別のウィスキーのビンを満月に見せるマスターは少しだけ得意げにしているように見えた。だがすぐに顎に手をあてて言う。
「ああ、お酒には詳しくはありませんでしたね。まあこいつも年代物のウィスキーですよ。先程飲んだ量で一杯五、六千円はするんです」
「高いな! いや、そもそもキツイの一杯だけだって言ったろ。もう飲まないよ」
 満月は壁にかけられていた時計を見た。とうに待ち合わせの時刻は過ぎているのに誰も来ない。
──どうなってる。ガセか嫌がらせか?
これではただ飲みにきただけになってしまう。
「ええ、あなたが自分で頼んで飲むのはキツイの一杯だけなのでしょう? これは私からの贈り物です。ならばその一杯には含まれませんよね?」
「……あんたうちの上司に少し似てるよ。口では勝てないタイプだな。オカマじゃないのが唯一の救いだ」
「あはは、上司がオカマなのですか? それは面白い。でも──私も分かりませんよ?」
「ちょ、勘弁してくれ」
 オカマはもう千条光だけで十分だ。心の底から満月はそう思った。
「はは、冗談です。ほら、どうぞ」
 マスターは遠慮なく先程のグラスに今度はなみなみにウィスキーを注いだ。
「おいおい……さっきの量の三倍はあるぞ。これじゃあ何万円も奢ってることにならないか?」
「ははは私はよく神経質そうで真面目に見られますがね。実はかなり適当で不誠実な道楽者なんですよ。気に入った人間にはよくこいつを奢ってしまうんです」
「そんなんでよく店やっていけてるな……」
「場所がいいんですかね。曜日によっては混むし固定客もいる。まあそこそこやっていけてます」
「そうか。なら遠慮なくいただくぞ」
「どうぞ」
 マスターはニヤリと笑った。満月は敢えて目の前の男の策略にのってやることにした。ただ初めて来た客に、いくら気に入ったといってこんないい酒を奢るだろうか? 満月は目の前の男に少し疑念を抱き始めていた。現れない依頼人。流行っているというのに他に客が訪れないのも気にかかる。
 明らかに先程の酒よりも眩むような香りが脳を刺激した。少しだけしか口に含んでいないというのにその満足感の有り様は異様な程に感じた。
「うまいな」
 ただ満月は純粋に心の底からそう思った。言葉にしている実感は無かった。自然とそう口に出していたのだ。
「でしょう。その酒で堕ちない人間はいませんから」
「堕ちる……か。悪いが俺は酒好きにもならないしここの固定客にもならないぞ」
「いいえ。あなたはお酒が好きだ。美味しいでしょう? これからも飲みたいでしょう? ここにもこれからも必ず来てくれます。そんな気がします」
 マスターの声がどこか脳内に反響しているような気がした。満月は頭を押さえた。
「酒が美味いのは認めるよ。あんたの話が面白いのもな。だけど俺は酒を飲む習慣がない。そんな暇がないんだ。飲むと眠くなるしな。仕事に支障をきたすだろ?」
「酒をまるで悪かなにかだと勘違いなされていますね。……酒を少し煽ったほうがいい文が書けるんていった文豪もいるじゃないですか」
「酒飲みの言い訳だろ」
「いいや、酒を飲むと何もできないなんていうのも飲まない臆病者達の言い訳ですよ。飲まなくてもいい。でも『飲んでもいいはず』だ。自由なんですから。あなたも自由に生きたいからそういう仕事をされているんでしょう?」
「──ああ」
 ああ──この男の話を聞いては──ダメだ。こいつの言葉は何を聞いても、正しいと思ってしまう。
「自由に生きていいのに、どうして目の前に至高のものがあるのに飲まないのですか? それを飲んだらダメになるんていうのも今私が言った通り誤解です。『適量』ですよ。適量を守り楽しく飲む。仕事に支障などきたすものですか。むしろ人生に彩りを与えてくれますよ。今私はこれをシラフで語っているのですよ?」
「ああ……そうだな」
 鳥羽満月は酒に手を伸ばす。なるほど──抗えない。こういうことか。こいつ。
「お前、俺を待っていたのか」
「ええ。気がつきましたか鳥羽満月さん。でももう遅い。あなたはすでに私の至高の酒を飲んでしまった」
 こいつ俺の名を知っている──。
 怪しい笑顔で全く乱れていないオールバックを正しながらマスターは自分用にその高いウィスキーをグラスに注いだ。そして一気に飲み干し言った。
「ふぅ。私の勝利に乾杯。青き拳──人外の鬼さえ倒した男と聞いていたからどんな方かと思えば……あまり難しいゲームではなかったですね。そうは思わないですか? 鳥羽満月さん」
 元々細い目をさらに細めてマスターはまた鼻で笑った。満月は酒に手を伸ばし飲み、言葉を返した。
「何を言っている。いや、何が目的だバーテン。依頼はそもそも嘘だな。俺をここに誘うことだけが目的か」
「ええ。あなたを誘い込むことこそが目的です。しかし……あなたは凄いなぁ。どんな依頼でも呼ばれればくるのですから」
 とくとくとく──酒を注ぐ音。誰に注いでいる?
「俺に連絡をとること自体が一般人には無理だ。だから今まであまりこういう罠はなかったんだがな」
「不用心でしたね。私のような敵意あるものの手中に飛び込んでくるなど」
 敵意か──鳥羽満月はマスターを見た。その細い眼の奥で実際何を考えているかは不明だが、どうしてだか敵意があるようには見えなかった。そして当然初対面で会ったことはないはず。何が目的だ。奴のこの自信はなんだ。満月は酒に手を伸ばしまた飲む。
「恨みか? 報復か? 何が目的だ」
「恨み? そんなものありませんよ。むしろあなたのことは気に入っている。高い酒を奢ったのも本当にあなたがイイなと思ったからですよ鳥羽満月さん。だからあなたが殺されるようなことになるのは私も嫌なのですがね」
「殺す? 俺を?」
 ──何を言っているんだこいつは。
「美味しいでしょう。やめられないでしょうそのお酒。ほらもう一杯入れて差し上げます」
「──」
 鳥羽満月は気がついた。いつの間にかグラスが空になっていることに。なんだ? 零した?俺は飲んでいないはず。
「あんなになみなみ注いだというのに、もう飲んだのですか? よっぽど美味しかったのですね。ほら、また入れて差し上げますよ」
「ああ、また一杯入れてくれ」
また、とくとくとくという酒を注ぐ音。俺はこれを何度聴いている?
 そして俺は今何と言った? 鳥羽満月はすぐに口を押さえた。
 こいつは──マズイ。幻覚や人の心を操るタイプの相手だ。自分とは非常に相性が悪い相手──殴る蹴るなら負けはしないがこういう手合いに鳥羽満月は勝機を見出せない。
「設定の通り。あなたは私のような敵には打つ手がないようだ」
「設定? お前に俺を殺させようとしている奴がいるのか?」
「はは、実際私にもよく分かっていないんですよ。まあ……時間はまだたっぷりとあります。よければお話を続けましょう。ここからは私も酒に付き合いますよ」
 催眠術。暗示。魔術。何かしらの呪い。分からない。ただ──酒を飲む手が止まらない。
いくら飲めるクチだと言ってもそろそろ鳥羽満月の許容量は超えてしまう。これ以上飲めば、まともではいられなくなる。
堕ちる──あの男はそう言った。確かに、これは。
「うまい」
 俺は何を言っている。
 この至高の酒を前に飲まずにはいられない!
「美味しいでしょう。 さあ私と飲み比べです。 先に潰れた方の負けです。シンプルでしょう?ふふふ……はははははっ」
「お前……魔術師か……?」
 魔法使い、魔術師。鳥羽満月は苦手なタイプだ。ウンザリする。
「魔術師? なんですかそれは? 私はただのバーテンです。ただ、色を失っただけのね」
「色を失った?」
「さあ。 次はもっとキツイのいきますよ鳥羽満月さん」
 マスターは落ち着いた動作でまた当たり前のようにグラスになみなみと酒をついだ。今にも溢れそうな程にたっぷりと。鳥羽満月は口元を歪めながらそのグラスを手元に引き寄せる。まるで小鳥でも触るかのように慎重にそっと中身が溢れてしまわぬように。
「ふふ。ありがとうございます。大事なお酒ですからね」
「──なにが目的だ? まさか俺を酔い潰すだけってわけじゃないだろ?」
 鳥羽満月は初めてマスターを敵意ある眼光で睨みつけた。鋭い矢で串刺しにするように。
 それに少しも怯まずにマスターはオールバックを正しながら鼻で笑った。
「……さて、ね。言ったでしょう? 私は道楽者だと。なんだかよく分からない事態を酒を飲みながら楽しんでいるだけのつまらない人間ですよ。あなたと私は誰かの手の平の上でこうして出会っているだけ。そうそう……お聞きしたいことがありました。鳥羽満月さん、あなたは今が楽しいですか? 毎日が輝いて見えていますか? あなたの世界に色はありますか?」
 ──。
  あの頃は目の前が灰色に見えていた──。
 鳥羽満月は少しだけ酔いが冷めたような気がしてハッとして目の前の男を見た。生気と感情の感じられない切れ長の瞳をしたバーテンは返答を促すでもなく酒を煽った後に満月に酒を勧めてくる。
「そんな話をしてどうする? 俺が潰れるまでの時間稼ぎか?」
「いえいえ」
 バーテンは首を振った。
「私はあなたに興味があるのですよ。満月さん。……おっと、そういえば名を名乗っていませんでしたね。名乗り遅れるとは……少しはしゃぎ過ぎていたようです。私は一塚春(イチヅカハル)という者です。見ての通りこのバーのマスターです。今日はあなたのために店を貸し切りにしているのですよ。ですので存分に呑んでください」
「一塚ね。……あんた飲み過ぎはよくないってさっき言ってたろ?」
「まあ、たまにならいいでしょう。何度かは自分の限界を知るためと後学のために潰れておくのも大切ですよ。……それよりも満月さん私の問いにあなたはまだ答えていない」
 問い──あなたの世界に色はありますか? この男は先程そう言った。鳥羽満月は胸が軋むのを感じた。ずいぶんと懐かしくも切ない自分の色のない空虚な過去を思い出したのだ。色がないというのは勿論、比喩である。人生では特に楽しい時期であるはずの二十代の頃、鳥羽満月は何の楽しみも目的も見つからないがらんどうのような日々に生きていた。自分だけが特別で人とは違うことができるという思い──それに反して何も成すことができない自分への劣等感と疑心暗鬼に苛まれ、ただ生きていくだけの日々が辛く苦しかった。鳥羽満月はその時、世界が灰色に見えている気がしていた。だが、そんな彼も色を与えてくれる存在と出会った。その者のおかげで彼の目の前は色彩鮮やかに変化した。
 いやそれどころか虹色に輝き始めたのだ。
 自分の世界さえも変えてしまうたった一人の存在との出逢い。
それがあったからこそ鳥羽満月はこうして今を生きていられるのだと思っていた。あの灰色の世界ではきっとすべてに絶望し、生きてはいなかっただろう。彼はいつもそう思うのだ。
すべてあいつのおかげなんだ──と。だから彼は答えた。
「俺の世界は虹色だ。それが俺のイメージだ。これでいいのか」
 そう言いながら先程なみなみに注がれた酒を一気に飲み干した。
「……っ」
「どうしました満月さん。……ああ、多少キツかったですか? ふふアルコール度数で言えば二十五パーセントくらいの軽いやつだったんですがね。さて私も飲みきりました。お互いまた注いでおきましょう」
 とくとくとく──。
「ありがとう」
 自然と口をつく感謝の言葉。無意識に酒を欲し、それでもこの現象には抗おうという強い意志はあった。だが、おかしなことに相手に敵意がない。しかも下手をするとこちらも目の前の相手を敵と認識できないでいる。
 何が危機かというとこれだ。今、鳥羽満月は完全に『戦えていない』。自由がきかずにズルズルと泥沼にはまっていくような感覚。酒のせいか浅い夢を見ているようで少しずつ正常な思考回路が奪われていく。もはや絶体絶命のピンチだというのは頭で理解しているのに、焦燥感が一ミリも湧かない奇妙な感覚。
──マズイな。酒はうまいが。いや、なにを考えている俺は。
「虹色ですか……いいですね」
 一塚はどこか自嘲気味た笑みを浮かべて羨むような視線を鳥羽満月に向けて言った。
「あなたは自分を変えてくれるような存在と出会えたのですね。……日々が楽しく充実していくのを感じ、毎日わくわくして朝は自然に目が覚めるのでしょう。体を動かさないとムズムズしてくるような懐かしい少年時代の夏休みに感じていたようなあの感覚を今でも味わっているのですね。羨ましいことです」
「……誰にだって生きるのがつまらない時期はあるだろう?」
「いえいえ、その考え方がまさに『持つ者』の言葉なんですよ満月さん。人生一貫して生きる気力も目的もなくつまらないまま終わる人間など、この世にごまんといるのですよ……私はわくわくしたいのですよ。毎日がつまらない。すべてがどうでもよく、くだらなく見えてしまうのです。……私は先程、自分を道楽者と言いましたよね。私はどんな時も常に楽しみに飢えているんです。飢えて飢えて仕方がないのですよ……。毎日がくだらなくすべてが想像の範囲内だ。毎朝起きる時につまらないなと呟いて起き上がるのです。本当に私はつまらない男でしょう?……だから私は今回のこのゲームには少し期待しているのですよ」
「ゲームだと?」
「ええ。私のこの『力』で対象のキャラクターを倒せるかどうかというゲームです。設定はすべてお膳立て済みのようです。あなたがここに来たことですべての確信が得られました。あなたはきっととんでもない有名人なんでしょう。このようなゲームの標的にされているのですから。私を使っている人間はあなた達に恨みがあるのかは知りませんがどうやら、満月さんあなた達は狙われているようです」
「ゲーム……どういうことだ? 狙われているもなにも……今まさにお前に攻撃されているじゃないか。はやくこの妙な戒めを解いてくれるか?」
 ──でないと、そろそろ満月は意識がぼんやりとするのを感じていた。この会話の最中も常に酒を飲む手が自然と休まらないのだ。常人ならば完全にとうに意識を失っている酒量である。
「いいえ、それはできません。なぜなら私はただのプレイヤーです。この紙と能力を渡されただけのね」
 そう言って一塚は四つ折りに折りたたまれた用紙を満月の目の前に置いた。満月は酒を飲む手を止めぬままで、その用紙をぼんやりと見た。折りたたまれていて全容は見えないが街の地図のように見えた。
「こいつはある人からいただいたメッセージと、あとは見ての通りマップですね」
 そう言いながら一塚は地図を広げてから一点を指差した。だんだんと朦朧としてきてはいた満月はなんとか意識を保ちながらその指された箇所を見た。
「なんだこれは……俺の……写真?」
 それはおそらくネットから印刷したこの辺りの地図であろう。だいたい県境くらいまでの倍率に設定され、駅や主要な施設などだけが記載されていた。それはいいのだが写真がとても問題だ。その簡単なガイドマップのようなものに見えたものに、何故だか自分の写真が貼ってある。真正面から撮られた証明写真のような顔写真。自分で撮った記憶などないものなので盗撮だろうがよく撮れている。俺に気がつかれずにどうやってこんなものを──いや、そんなことよりもだ。その顔写真の横に小さな文字で解説が載っていた。
『鳥羽満月』
『倒しやすさレベル2』
『甘ちゃんなのでいい人のふりをすればすぐに騙されます。鬼を倒した青き拳の威力は半端ないです。攻撃力は高いので頭を使って倒しましょう』
『仲間も多いので一人の時を狙いましょう』
「なっ……」
 鳥羽満月は思わず絶句した。酔いが醒めるほどに強烈な馬鹿丸出しの解説文。そしてその倒しやすさレベルの2という数字は一体なんなんだと思うやいなや一塚が答えた。
「ちなみに倒しやすさレベルは5まであります。あなたはこれを見る限りでは倒しやすい部類だということですね」
 マップには他にも何人かの写真が貼られており、その横に満月と同じように倒しやすさレベルと解説が表記されていた。満月がそれを見る限り一塚がこのレベルの見方を間違えているのだとすぐに分かったが今はそれを指摘できる余裕は無かった。
「はぁー? ……一体誰がこんなものを? お前はどこでこいつを……」
 くく、と喉で笑った一塚は鳥羽満月の驚愕を見てどこか自慢げに言った。
「私もよくわかりませんがね。どうやら私は神に選ばれた無色の戦士らしいですよ。くくくっ。ほら地図の上にメッセージが書いてあります」
  少しだけ酔いが回ってきたのか一塚が上機嫌にまた別の箇所を指差した。ぐわんぐわんと回り始めた目で満月はなんとかその指を追った。酒を飲む手が止まらず、とうに限界を超え始めていたが、なんとかメッセージをなぞるように読んだ。

『この地に堕ちて僕は色を失った。
君に僕の気持ちが分かるかい? 
分かるだろう? 分かるはずさ。
このメッセージは選ばれた者にしか届かない。
このメッセージは僕からの贈り物。
贈り物を貰った君は一体どこの誰だろう。
でも君はいずれかの思いを抱いている。
世界にイラついている。
憎んでいる。
悲しんでいる。
ただただ毎日がつまらない。
君の事情も分からないし同情もしない。
でも君は今を変えたいのだろう。
だったらバラバラの色ばかりのこの世界を綺麗さっぱり同じ色にしてしまおう。
僕たちみたいに色を失わせてやるんだ。
もう気がついているだろう? 自分の中に何か人とは違う何かがあるのだと。
これを受け取った君にも力が目覚めているはずさ。
その力で君にはミッションをクリアしてもらいたい。
敵とその情報がマップに示されている。
自身の能力が分かった者から倒せそうな相手に挑むといい。
対象を倒した者は証拠の写真を以下のURLにアップロードしてほしい。
https://www.i****lostcolors.com/
三体倒した者にゲームクリア報酬を進呈しよう。
報酬は今は秘密だがきっと満足してもらえるはずだ』

「──ゲームだと……なんなんだこれは」
 満月の問いに一塚は首を傾げながら芝居がかった動作で両手をあげた。右手には酒を持ったままである。そのままグラスを傾け酒を飲む。
「ふー。さて、私にもよく分かりませんが……朝起きたら机の上に置いてあったのですよ。戸締まりはしていたはずなので初めは気持ち悪かったんですけどね。ただ──」
 一塚は子供のように目を輝かせて初めて見せる満面の笑みで言った。
「この手紙を信じてみると毎日朝につまらないと呟いて起きるのは治りましたよ。……どうしてだか過去、若い頃に持っていたような充足感を感じることができたんです。私にはそれだけで十分でしたけどね。……ゲームにのらなきゃまたあのつまらなくて反吐が出そうな日々がやってくるのだろうなと感じまして──まあ、そういうわけなのであなたを倒させていただこうかなと」
「俺を殺すつもりか」
 鳥羽満月の問いに一塚は少し陰惨にほほ笑んだ。
「まさか、酔い潰れてるところの写真を撮るだけです。あーでも、多少は血でもでていたほうがらしいですかね? ……そうですね。では少しだけ」
 言いながら一塚は近くにあったのかドライバーのようなものを取り出し満月の目の前へと向けた。満月がそれが氷を削るために使うアイスピックだと理解するのに、もはや今の脳では数十秒要した。
「まあこんなものでも少しくらい血は出るでしょう」
「……」
 鳥羽満月は怖れもなにもない無表情でただそれを眺めている。酒のせいで現実感がないのと目の前の一塚が凶器となりえるものを持ち出しても尚もその敵意の無さに危機感が湧かなかった。
「私はあなたを気に入っています。ですから殺しはしません……少しだけ……少しだけ」
 満月の頬にあてがわれるアイスピック──その冷たさが酔いで火照った満月の体にはいやに心地よくて、むしろこのまま──。
「なんじゃおぬし、こんなところで呑気に酒などあおりよって」
「うわあっっ!!」
 突然聞こえた少女の声に大声をあげる一塚。思わず背後の酒が置いてある棚まで驚いた猫の様に飛び引いてしまい、いくつかの瓶が床に落ちて割れた。それに対し満月はひどく懐かしい気持ちになって顔を上げた。
 くりんとした丸い瞳で満月を呆れて眺めている少女がそこにいた。
「珍しいの。おぬしが酒など飲んでいるとは。……女にでも振られたか? なんじゃ、わしというものがおりながら」
 いつの間にか彼の横の椅子にちょこんと腰をかけている赤い着物の少女琴葉は少しムッとした表情でそう言った。満月の家で彼を見送っていた不思議な少女だ。
 突然の来客に腰を抜かすほどびっくりした一塚は割れた酒瓶など気にせずに満月の隣の存在を凝視し、口をぱくぱくと開閉しながらもなかなか言葉が発せずにいたが何とか絞り出すように声を発した。
「い、今の今までっ……だ、誰もいなかった……! はずだ……ど、どこから入ってきた? エレベーターでしかここには来られないはずだ……!」
「ん? 普通に窓から入ってきたが? なんじゃおぬしわしが見えるくせに何を驚いておる?」
 一塚の言葉に平然と返した琴葉はやれやれといった感じで溜息をつきながらぐったりとしている満月に不思議そうに尋ねた。
「ところで満月よ。おぬし何をしておる? どうして力を使わん?」
「力ぁ……?」
 舌足らずな口調でそう返した満月は、霞がかかった頭をフル回転させてなんとか琴葉の言っていることを理解しようとしていた。満月にとって琴葉は絶対的に信頼のおける相手だ。その彼女の言うことなのだからきっと何か意味があるのだろうとそう思った。
 力──満月は自身の青き光の力のことを琴葉が言っているのだと分かるのに数十秒かかったが、彼は言われた通りにその力を発現させた。
鳥羽満月。彼には特別な力があった。古より一族に伝わる青き光の力。
「……そう……いうことか」
 ぼんやりとしていた満月の目に徐々に輝きが戻り始めた。ぐったりとしていた体勢から背筋を伸ばしてみるみるうちに元のしゃんとした顔の満月に戻っていく。
「なっ……!」
 またも驚愕に声をあげる一塚は背後の棚に背中を張りつかせて固まってしまった。
 無理もない。たった今まで目の焦点も合わない程に泥酔しぐったりとして、それでも酒をなおも口に運んでいた鳥羽満月が来店時と同じ様な落ち着いた様子へと戻ってしまったのだから。
「ふー……まさかこの力に酒の酔いを醒ます効果があるなんてなあ。……こういうこと先に教えておいてくれよ琴葉」
 息を吐きながら体の調子を整える鳥羽満月。その言葉にまたもムスーっと拗ねたように琴葉は返す。
「青き光の力でおぬしらがオーラとか呼んどるそれの、ひーりんぐ? とかいうので回復と解毒ができるのはだいぶ前に説明しておるぞー。まったく、おぬしはいくつになっても人の話をちゃんと聞かんの」
「ぐ……そうか解毒。アルコールも言ってしまえば毒で、確かアルコールを体内で分解する時に発生するアセトアルデヒドも人間にとっちゃ毒だもんな……」
「そうじゃぞー。そこに気がつかんとはまだまだ満月もひよっこじゃの」
「いやー気がつくかー。っていうか子供に言われたくないな」
「誰が子供じゃっ。おぬしの何倍も生きとるんじゃぞっ」
「いやいや生きてねーだろ……」
「し、死んでるのかっ……。やっぱり幽霊……!? あっ……」
 かなり上擦った高い声でそう言った一塚は恐怖のためか腰が抜けてその場にへたりこんでしまった。その際に先程驚いた拍子にぶつかって棚から落ちて割れた酒瓶の破片で一塚は手を切ってしまう。──がそんなことが気にならない程に一塚は恐怖に顔を引き攣らせていた。
「なんだ? あんた幽霊とか苦手なのか?」
 椅子からカウンターの中へと移動し、満月は座り込んで震えている一塚の隣まで行って尋ねた。
「うわっ! やっぱり本当に幽霊なんですかソレっ! うわああっ」
 満月の言葉にさらに慌てて手をばたつかせて、床のガラスがぶすぶすと手や足に刺さる一塚。
「おいおいっ、ちょっと落ち着けって。琴葉は大丈夫だからっ」
「ひーっ…ひーっ…」
 駄目だこれはと思った満月は琴葉に目配せして外に出ててくれと伝えた。物分かりの良い琴葉はたったそれだけのことですぐに理解し、やれやれと首を振って空中浮遊しながら窓をすり抜けて外へと出ていった。その行動こそが彼女が完全にこの世のものではないという証明に他ならない。幸いカウンターの下でしゃがんでいる一塚にそれは見えなかった。
「ほら、あの子には出てってもらったから落ち着けよ。……さっきまでの落ち着いたバーテンダーさんはどこいったんだよ。ほらっ」
 言いながら満月は一塚の手をとり立ち上がらせた。
 はーはーと荒い呼吸を整えながら辺りをきょろきょろと見回している一塚は琴葉がいないのを確認すると、少しだけ安堵して近くの椅子にどさりと腰かけた。しばらく微動だにせず言葉を発さなかったがそのまま頭をうな垂れてぼそりと呟いた。
「私ね。……昔から幽霊とか超苦手なんですよ……」
「ああ……わかるよ」
 だろうな。だろうともよ。などと思いながら満月はガラス瓶で切って血塗れの一塚の手をとり言った。
「……俺もだよ」
「え? あなたも幽霊が苦手なんですか?」
 確かにこの話の流れだとそうなるなと思った満月は首を振りすぐに訂正した。
「違う……。さっきの話の方だよ俺もなあんたと同じように昔、生きているのがつまらなかった。毎日同じことの繰り返しで飽き飽きしていたさ。でもな、たぶんそれが嫌だと思って行動していればいつか何か変わる。確証はないけどな。だからよく分からないゲームなんてやらなくてもきっと別に何か見つかるさ」
「……見つからなかったら。見つからなかったらどうするんですか?」
「ずっと、それを探して生きてくだけだ」
 そう言った鳥羽満月の顔に少し憂いを感じた一塚は諦めがついたようにため息をついた。そして、ふと気がついた。彼に握られている自分の血まみれの手がほの暖かいことに。次に一塚はみるみるうちに手の痛みが引いていくのを感じた。
「これが……あなたの力なのですか。素晴らしいですね。こんなことができれば、それはそれは世界が楽しいでしょう」
「あのなぁー。自分にないものを羨んで妬むのはガキのすることだ。……あんた程の人間なら理解はしているだろう?」
「たとえ頭では理解していてそれが馬鹿なことだと分かりきっていても抗えない気持ちがあるんです。……ええ、そうですね。本当に私はずっと子供のまま大人になったような人間です」
「いや、それは俺もそうなんだけどな。特撮とかアニメとか好きだし。人とは違う特別な生き方をしたいなんてずっと考えていたし、今さら真っ当に働いて普通の生活をするなんてのは俺にはできない。……だから、俺にだって手に入らないものはあるんだ。……皆そうなんじゃないのか?」
「隣の芝生は青い──ですか。くく、ははは。そうですね……。私はね鳥羽満月さん。ずっと……どんな時もいつだって、どこかに属すると必ずルールを破って生きてきたんです。悪──なんて大それたぁものじゃないです。……俗に言う小悪党の類ですかね。小さい時に親に習わされた習い事だって自分から一人で抜け出しサボった。小学生の時だってズルをして一人だけ先生に褒められた。中学の時も高校の時も上っ面だけ取り繕った優等生で裏では校則違反だったりを繰り返して悦に浸るような人間でした。年齢が上がるにつれてそれはエスカレートしていき社会人になって会社のお金を使い込んでここで脱サラしてバーなんて開いている最低男です。いつだってルールを犯して楽をして楽しく生きることしか考えていないんですよ。人間失格なんて私のためにあるような言葉です。あの小説の主人公といい勝負だ。……くくく、はははっ。どんだけズルして楽しても、ちっとも楽しくなんてならないんです。はは、笑ってしまうでしょう? はははは」
 一塚は可笑しくて悲しくてただ静かに笑った。ゆっくりと立ち上がりカウンターの酒をグラスに注ぎ一気に喉に流し込んだ。そんな彼を見て鳥羽満月は悲しげに言った。
「──だからだよ」
「え?」
「そんなだからお前はいつでも、いつまでもつまらないんだ。ズルして楽して近道ばかり行こうとすると人は道を見失ってしまう。なにがあっても──ああ、また上手くズルすればどうにかなるだろって思ってしまうからな。秩序の中で生きていく上で本当に大事なことはルールを守ることじゃない。ルールを守ることで自分自身が守られているんだ。なんでも有りな世界は楽しいかもしれないけどな。……スポーツだってルールを守るから面白いだろ? 同じだよ」
「……なるほど……。私自身が全てをつまらなくしていたのですね。……私は……どうすればいいんでしょうか? 何を楽しみに生きればいいか分からない」
「まあ……あんまり難しく考えんなって。少なくとも今日のことは──『面白かった』ろ?」
 鳥羽満月は子供のような無邪気な笑顔でそう言った。
「────」
 どこか不意打ちを食らったように、しばし鳥羽満月の笑顔から目が離せない一塚。そんな彼を気にもせず鳥羽満月は「よっと」と一足飛びでカウンターを跨いでゆっくりとエレベーターの方へと歩いていく。それに気がついて一塚は慌てたように声をあげた。
「ど、どこへ行くのですかっ?」
「どこってもう帰るんだよ。そろそろ帰らないとあいつうるさそうだしな。はは」
 ぷんすかと怒っている琴葉の顔を思い浮かべて思わず満月は頬を緩ませた。
「わ、私はあなたに危害を加えようとしたのに……」
「ああ、それはもういいって。事情も分かったし。それにあんたは俺をハメたけど殺そうとはしなかった。だから何も思っちゃいないさ」
「あなたは狙われています。……怖くはないのですか?」
「さっきの話とそのマップを見る限りそうみたいだな。うーん、どうだろう。まあなんとかなるだろ。……それよりあんたの力のこと詳しく聞かせてくれよ。俺の事務所の場所、マップに載ってるから分かるな?」
「え……ええ。分かりますが」
「明日あたり来いよ。今日の酒のお礼に美味い珈琲淹れてやるよ」
「…………あなたは……」
 信じられないものを見るような目をした一塚は大きく肩を落として俯いた。いつの間にか旧友を心配する友人の様な面持ちになっていた鳥羽満月は少し安心して──この男なら大丈夫だ──そう思った。どうしてだろう。全く性格も境遇も違うのにどこかこの男と自分は似ているところがあるなと親近感に近いものを感じ、いい友人になれそうなそんな気がして少し嬉しくなっていたのだから不思議なものだ。
 悪だろうが正義だろうが鳥羽満月は気にしない。この一塚という男の心の奥底にしまい込んでいる本心の部分しか彼は見ていなかったのだ。そんな彼だからこそ前の事件で九川を助けることができたのだろう。
 正直、今回は琴葉が来てくれなかったら危なかった。いや、今回に限らず今までに何度彼女には助けられたことか。
 しかし、どうにも面倒な事が起きているな──鳥羽満月はエレベーターに乗り雑居ビルを出て暗黒の雲がたちこめる夜空を眺め、そう不吉な前兆のようなものを感じずにはいられなかった。
 自分が狙われたことなど微塵もどうでもいい。
 それよりも。まさかあいつらが──先程、一塚に貰ったマップを広げてみるとそこには以前の事件で顔を合わせた金髪の高校教師と自分が助けた神父の顔、さらにはあの場に居合わせた機関の三人組と九川礼子の写真までもあったのだ。
 狙われているのは自分だけではない。どうやら機関の関係者がターゲットとなっているようだが、マップはこの周辺のものだけなのでこの街以外にも狙われている者がいるのかは謎だ。
 機関の存在と九川の起こした事件を知るものの犯行とそう考えるのが自然だろう。だが今の段階では情報が少なすぎる。ただのプレイヤーである一塚から聞けることも彼の能力の秘密以外はないように思えた。
「そうなると……頼りはこいつくらいか」
 マップに記載されたURL。インターネット上のウェブページに飛ぶための英数字の羅列。そこから探りを入れるしかなさそうだが残念ながらアナログな鳥羽満月は苦手なオカマの上司の手を借りるしかないなと判断を下し憂鬱になるのだった。






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「んで……なんで、こんなことになってんだよっ」
「だから言ったじゃねーかよ! お前狙われてんだって!」
「いや、だからって……銭湯にまでついてくるなよ!」
 そこは宇佐木光矢の独り住まいの自宅からすぐの商店街にある銭湯だった。昔ながらのよくある富士山の描かれた銭湯絵を背景に宇佐木は不機嫌な顔で湯に浸かっていた。週に一、ニ度程来ていたお気に入りのこの場所にこいつらを連れてくるなんて絶対嫌だったのに……宇佐木は数十分前の自分を呪った。そして不機嫌の原因たる隣の男はどこで覚えたのか頭にタオルを載せて腕を組みながら満足げに言う。
「なるほど。これが日本の銭湯というやつか。本当にみんなで入るんだなー。わけわかんねーなオイ! はははっ」
 とか言いつつかなり楽しそうなブレッドはまるで子供のように完全にはしゃいでいた。声もとにかく大きいので周りの数人いる客もちらちらと宇佐木とブレッドを見ていた。
「はぁー……」
 だから黄金色の奴は嫌なんだよ……。宇佐木は大きく溜息をついて刺々しく言う。
「だったら入んなよ」
「いやいや光矢。俺はこの銭湯が気に入った。広くて開放感があるし、なにより──」
 徐に立ち上がりボディビルダーのようなポーズをとって奥の鏡に写る自分の肉体を眺めながらブレッドはきっぱりと言う。
「俺の肉体を凡人共に見せつけるのが気持ちがいいぜっ」
 言うだけあってブレッドの体は明らかに格闘技をやっているか筋肉を鍛えるために毎日ジムに通っていますと言わんばかりの隆々としたものだった。細身の宇佐木が彼の隣にいるとだいぶ不健康に見えてしまう程だ。
「……はいはい。いいから浸かれよ。みっともねー……」
 げんなりした宇佐木はブレッドに光矢と呼ばれるのに未だに慣れない。『コントラスター』と呼ばれるのが嫌だったので名前で呼べと言ったら「おう」と軽く返事した後にすぐに光矢と馴れ馴れしく呼んできた。その図々しいところも黄金色の奴にありがちでとにかく宇佐木はブレッドのすべての行動にイライラした。
 こいつに比べたらまだフレネの方がマシか……。
 見た目が美少年で落ち着きあるフレネは今は丹念に頭をシャンプーでわしわしと洗っている。もうかれこれ二十分は洗っているように思えた。
「なあ……あいつ潔癖症かなんかか?」
 フレネを指差して言った宇佐木にブレッドは「ああ、あれか」と言ってばしゃばしゃと湯船の中でストレッチしながら「しらねー。俺もあいつと風呂入んのなんて初めてだし」と返して興味がなさそうだった。別に宇佐木だってそう興味はない。ただ少しの気まずさに耐えかねてそう聞いてしまっただけだ。
「お前ら三人のパートナーになってから長いのか?」
「ん? ……ああ、もう十年以上にはなるかな」
 十年か。それは──って。
「オイオイ。フレネは何歳なんだよ……」
 どう見ても十歳くらいにしか見えないのにまさかあれで二十歳くらいなのか。フレネの言動を考えれば確かに年齢がそれくらいの方が納得はいくのだが、いかんせん見た目があれだ。
「知らねーよ。フレネはずっとああなんだよ。俺たちは仲間のそういうところはあんまり詮索しないしな」
「……」
 やっと洗い終えたのか何度も丁寧にシャワーで頭を流してからフレネは宇佐木とブレッドのところに来て湯船へと浸かった。そして自分を見ている宇佐木に気がついたフレネは無表情のまま言う。
「光矢。この銭湯にはあと何分いるのかな? 僕は早く出たいのだけれど」
 フレネにまで呼び捨てにされていた。コントラスターよりはマシだがなんだか釈然としない。
「っつーわりには随分長い間、髪洗ってたじゃねーか」
「根暗な君とうるさいブレッドと同じ湯にあまり浸かりたくないから時間を稼いでいたんだけどね……。あんまりにも君らが出ないんでもう諦めて湯に浸かりに来たと言うわけだよ」
「……そうかよ」
 前言撤回。こいつはこいつで性格が悪過ぎると宇佐木は再度、大きく溜息をついた。見た目が子供なので毒舌が余計に腹が立ってしまう。
「おいおいフレネ。銭湯は百まで数えないとあがっちゃいけないらしいぜっ」
「ブレッドは三十分は浸かってるよ。湯の中で筋トレするのも周りの利用客に迷惑だしもう上がったほうがいい。僕はブレッドの汗が煮出されたこの風呂にあと数秒もいたくはないんだけど君はどうなのかな宇佐木?」
……嫌なことを言うガキだ。と宇佐木は思い、ブレッドは嫌味を言われているのに気がつかず筋トレを続行中だった。
 今日は土曜日で仕事は休みだ。宇佐木は休みの日にたまに来るこの銭湯で長風呂をしてから帰ってビールを飲むのが好きだった。それをこいつらに邪魔されては堪るかと、この異常事態にも敢えて普段と同じように銭湯へ通うのを敢行していたのだった。
 そう──現在、宇佐木は異常な事態の渦中にいた。
 発端は勿論、この三人が突然、宇佐木光矢の家を占拠していた一週間前に遡る。
 ──一週間前。
 うどんを奪われそうになって現実逃避から目覚めた宇佐木は素っ頓狂な声をあげていた。
「お、俺が狙われてる!? どういうことだよ……?」
「そのままの意味だよ宇佐木光矢。君は自分がどういう立場の人間か分かってはいないようだ。もう一度教えてあげるからその理解度の低そうな頭でちゃんと聞いてよね」
「頭悪いのは認めるけどそれ言う必要あるか!?」
 宇佐木のツッコミを物ともせずに鼻で笑ったフレネはコタツで勝手に淹れた緑茶を飲んだ。
 八畳程のフローリングの部屋の真ん中にコタツがあり、壁際にテレビとベッドがコタツを挟むように置いてある。服や鞄は廊下に適当に置かれていて極端に物が少ないが一人暮らし用の部屋なのでけっして広くはない。そんな所に大の大人三人と子供一人がコタツに入っているだけでぎゅうぎゅう詰めで息苦しく、そもそもソーリスでさえ入れたことがない部屋に何故こいつらが──と宇佐木は自分の聖域が汚されているように感じていた。
「君はうちの組織にも認められた世界でも数少ない色彩判定者『コントラスター』としての能力を保有している人間だ。僕たちにとっては人類の敵である者達を見つけることができる貴重なレーダーなんだよ?」
「レーダー……」
「そうさ。何故ならばこの間の鬼のような人でない者たちは表立って人に危害を加えたりなんてしない。奴らは僕らの目の届かないところで隠れて人を殺したり喰らったりしているんだよ。だってそうだろ? 僕らに見つかると狩られるからね。連中も馬鹿じゃない。……だいたいはまず事件になんてならない。せいぜい人が失踪しましただの行方不明者がいるだのそんなくらいのものさ。僕らの機関にまで情報は来ない。うちの女神様も小さな事件は予言できないしね」
 フレネが言う女神様というのはマグダラのことか──。宇佐木は前の事件で電話で話した少女のことを思い出した。
 人類を滅ぼすかもしれない程の脅威を予知できる世界の護り手。しかし反面、大きな事件しか予言できないという話しを宇佐木は以前ソーリスから聞いていた。
「というわけで僕らはそういう人外を探せる魔術師だったり、光矢のような人間を非常に重宝するのさ。戦闘員と組ませて少しでも怪しそうな所に派遣する。……丁度この間の事件の君とソーリスのようにね」
 数ヶ月前にソーリスと出会った宇佐木光矢は彼に色が見える能力を認められ、共に鬼を探索し排除していた。それこそがこの目の前の三人の仕事なのだと宇佐木は改めて認識した。
 フレネはさらに続ける。
「光矢はとんでもない特質を持っているんだよ。自分で気がついてる?」
「……」
「気がついてないよね。……まあいいさ。化け物がこの間の鬼みたいに分かりやすいわけじゃない。人外によっては人のふりをしている奴もいる。けど──どんなに擬態しても光矢のその目ならば見抜けてしまう。世界にあと二人コントラスターがいるのは聞いたよね? 彼女らは正直そこまでのレベルじゃないんだ。せいぜい人の気持ちの色が分かるくらいで読心くらいしかできない」
 自分と同じ能力の持ち主がいると聞いていたが、気持ちの色?自分もそれなりに分かりはするが少し感覚が違うのかもしれない。宇佐木は少しその二人について気になったが今はそれについては口を挟まず言葉を返した。
「……わかったよ。自分が特別だってのは理解できた。……それで、どうして狙われるっていうんだよっ」
 「簡単さ」
 フレネはずいと最後の一口の緑茶をすすり終えて宇佐木の目を感情の感じられない瞳で射抜いた。宇佐木はどこかその目がフレネの使うあの黒い霧のような武器に似ていると思った。
「君がいると敵が困るからだよ」
 敵……それはソーリスの言っていた人類に仇なす者たちのこと。
「どうしてだかコントラスターの能力がバレてるみたいだぜ。心当たりあるか?」
 コタツの上のみかんを勝手に食べながらブレッドが言い、その隣でアンジェリンが何やらゴソゴソと持っていた鞄から一枚の折り畳まれた紙を出した。
「これを見て。驚かないようにね」
 そう前置きしたアンジェリンから宇佐木はそれを受け取り広げて見てみた。
「地図……えっ?」
 単なるこの辺りのマップかと思いきや自分が働いている高校の辺りに何故だか自分とソーリス、さらには九川の顔写真が貼られていた。どれも証明写真のように真正面から綺麗に撮られている。覚えのない写真。盗撮か?自分はともかくソーリスと九川がそんなものを撮られるとは思えない。
 それよりも気になったのはその顔写真の下や横に書いてある解説文?のような文章。
『宇佐木光矢』
『倒しやすさレベル5』
『背後から殴れば誰でも倒せます。目がいいのといつも仲間の神父と気持ち悪いくらい一緒にいるので誰もいない時に不意打ちしましょう。目が欲しいので生かして捕まえてくれた人には報酬三倍です。あ、でも別に殺してもいいです』

『ソーリス』
『倒しやすさレベル2』
『宇佐木光矢の仲間の神父。宇佐木光矢を倒すか捕らえるかすれば無力化できるでしょう。銃をばんばん撃ってきますので注意しましょう。あと奥の手が怖いので時間をかけないように』

『九川礼子』
『倒しやすさレベル0』
『倒せません。千里眼が怖いのでできれば半径一キロ以内には入らないようにしましょう。見つかったら全力で逃げましょう』

「ははははっ。面白い解説文だろ!? 俺らのもあるぜ!」
 本当に面白いのかブレッドはコタツから身をのりだして自分達の写真のところを指差した。

『ブレッド』
『倒しやすさレベル3』
『ムカつくくらい硬いので攻撃力に自信のある人は挑みましょう。こいつらは三人一緒でなければ倒しやすいです。三人揃った時の倒しやすさレベルは2になるよ』

「褒められてるよな俺!? 褒められてる? え? 違う?」
 ブレッドはよく分かっていなかった。

『アンジェリン』
『倒しやすさレベル4』
『炎の魔法を得意としてるよ。それ以外は一般人と変わらないので一人だと簡単に倒せます』

「えー。私そんなに弱くないけどー」
 なんだか不服そうなアンジェリン。

『フレネ』
『倒しやすさレベル3』
『エイルウッドの呪いの矢は刺さったら抜けないので厄介です。こいつも一人ならチョロいですが能力が面倒なのと普通のやり方では殺せないよ。相性悪いなと思ったら逃げましょう』

「僕の力のこともどこで調べたのか……。笑えないね」
 フレネは忌々しそうに地図を睨んだ。

 地図の上の方にはこれを作った奴のだろうかメッセージが書かれていた。
『この地に堕ちて僕は色を失った。
君に僕の気持ちが分かるかい? 
分かるだろう? 分かるはずさ。
このメッセージは選ばれた者にしか届かない。
このメッセージは僕からの贈り物。
贈り物を貰った君は一体どこの誰だろう。
でも君はいずれかの思いを抱いている。
世界にイラついている。
憎んでいる。
悲しんでいる。
ただただ毎日がつまらない。
君の事情も分からないし同情もしない。
でも君は今を変えたいのだろう。
だったらバラバラの色ばかりのこの世界を綺麗さっぱり同じ色にしてしまおう。
僕たちみたいに色を失わせてやるんだ。
もう気がついているだろう? 自分の中に何か人とは違う何かがあるのだと。
これを受け取った君にも力が目覚めているはずさ』

 ──色を失った。そのメッセージを見て宇佐木は真っ先に九川のことが思い浮かんだ。
 宇佐木の目で見た彼女は何の色も持っていない。普通の人間ならば必ず何かしらの色が宇佐木の特殊な目では視認できる。焦りの黄色。青は後悔。黒の滲みは不穏な気配。宇佐木の感覚は独特だったが、必ずどんなものにでも色が見えるのだ。──だというのに九川礼子だけは特別だった。
 無色の敵。ロストカラーズ。マグダラはそう言っていた。
 それが自分達、人類の敵だと。
 宇佐木は地図から目を離した。フレネ、ブレッド、アンジェリンが三人とも自分を真剣な眼差しで見ていた。
「俺だけじゃなくて、あんたらも狙われてんじゃねぇかよ」
 宇佐木の言葉にブレッドがもう何個目になるか分からないみかんを剥きながら、爪が黄色くなってるのを少し気にしながら答える。
「俺らはいいんだよ。どうせ敵を倒さなきゃだしな。問題はマグダラの予言でなにやらとんでもない未来が見えちまったことだ。内容は上の連中しか知らないみたいだが、今回のこのクソ野郎が考えたゲームが絡んでるらしい」
 アンジェリンがフレネにお茶のおかわりを催促されて急須で注ぎながらブレッドの言葉に続ける。
 いや、お前らくつろぎ過ぎだろ!? 宇佐木は話の重さ故にツッコメないでいた。
「その地図はこの辺りのものだけなんだけど、そのマップ大変なことに世界中にばら撒かれてるみたいなの」
「せ、世界中!?」
「驚くのも無理はないよ。でも本当だよ光矢」
 言ったフレネはお茶が熱かったのかふーふーと冷ましながら茶を飲む。
 宇佐木は三人の話を聞いて少しだけ理解できた。いや、何が世界で起こっているかは全く理解できはしなかったが。そして、ただ一つの疑問。
「この地図はどこで?」
 ハッとブレッドの吐き捨てたような笑い。
「そりゃあ決まってんだろっ。俺達を狙ってきた奴をぶっ倒したら持ってたんだよ!」
「なるほど……」
「私達はね、前の事件での傷を癒すためにまだ日本に留まっていたの。まあそれが良かったのかあなたの一番近くにいたから護衛するように命令されたの」
 丁度、ソーリスも別の仕事で出かけてしまっていたしね。とアンジェリンは続けた。
 「そうだったのか……にしてもソーリスはタイミング悪いな……」
「なんだよ、あいつに守ってもらいたかったのか?」
 絡むように言ったブレッドは宇佐木にガンを飛ばした。反射で宇佐木も「あぁ?」と返してしまいそんなブレッドと宇佐木の間にアンジェリンが割って入る
「まあまあ二人がソーリス大好きなのは置いといて! 今日からみんなここで住むんだからっ」
 誰が大好きかと言おうとした宇佐木だったが──今アンジェリンがなんだか凄いことを言ったような気がした。
「え? 今なんて……?」
「だぁかぁらー、今日から宇佐木の護衛をすることになった私アンジェリンとブレッド、フレネはここに住むことになりました! よろしくね!」
 こいつらの組織はなんでもありなのか ──宇佐木は珍しく声にならない声で絶叫した。
 そんなことがあった。その日からというもの三人は宇佐木がどこへ行くのにも同行し、常に辺りを警戒していた。それが今回の彼らの任務なのだから仕方ないのは仕方ないのだが、まさか銭湯にまで着いてこられるなどとは正直思わなかった。勿論、学校にまで着いて来ていた。
 今さらではあるがやはり彼らの組織が裏で手を回しているのだろうと宇佐木は思っていた。でなければあんな奇妙な三人が高校のいたる所で適当に過ごしていて何も言われないことがおかしい。今では生徒達にさえ認知され始めていて、海外留学生で見学中ということになっているようだった。
「にしても、てめぇよぉ」
 長風呂の宇佐木もそろそろ出ようかと思い出した時、いつの間にか風呂の中で筋トレをしていたブレッドが隣でじーと宇佐木を見ていた。気持ち悪さを感じた宇佐木はすぐに風呂から上がろうとして肩を掴まれる。
「なんだよっ、離せっ」
 触れられるのが苦手な宇佐木は反射的にブレッドの手を払いのけ──れない。これだから筋肉馬鹿は嫌なんだと思った。
「まあいいから聞けよ。お前さ……えーと、だな、つまりな……」
 急に何やら赤い顔で歯切れ悪く話し始めたブレッドにさらに気持ち悪いものを感じた宇佐木は一刻も早く風呂から出たいと切に願った。
「ああ、あれだっ。てめぇソーリスとはどこまでいったんだよっ」
「どこまでって……はっ」
宇佐木は思い出していた。ブレッドがなんだかソーリスのことが気になっているとかそんな事をアンジェリンが言っていたのを。
 ……これでこいつ俺につっかかってくるのだろうか。
「俺はホモじゃねぇよっ」
 全面的に否定する宇佐木に対してブレッドは神妙に頷き閃いた。
「なるほどバイか」
 激しく風呂に突っ伏した宇佐木はすぐに顔をあげた。
「違ぁうっっ! ソーリスと一緒にするな! 俺とあいつはそんな関係じゃねぇよ。あいつが勝手に俺に触ってきたりするだけだっ」
「触られたのかよ! どこをだよ!」
「うるせぇよ! どこってなんだよ!? なんで気になんだよ!」
「お、お前には関係ねぇだろうがよ! ちょっとソーリスに気にられてるからって調子のんなよ光矢!」
「お、お、お前が聞いてきたんだろうが…………」
 声を震わせながら宇佐木は目の前のブレッドが普通の人間だったら殴っているなあと、そんな教師らしからぬ思考を巡らせた。
「まったくつき合ってられないよ」
 そんな事を言ってフレネが風呂から出て、それには宇佐木もひどく同感だったのですぐさま続いた。
「俺も出るぜっ」
「てめぇ、まだ話は終わってねぇぞっ」
 ブレッドが宇佐木の後に続いた。
 黄金色の元気さとしつこさ──執念と言ってもいい。そんなものに本当に宇佐木光矢はほとほと嫌気がさす。
 もう会うことも無くなった兄と同じ色で、本当にうんざりだった。




 時刻は十七時をまわったところ。空は冬らしく早めに訪れる夜の帳と綺麗な夕焼けが丁度半分くらいの比率で混ざり合っていた。もうあと十数分で完全な夜が訪れる。
 風呂で暖めた体からは白い湯気があがっていて、外気の冷たい風がいやに心地よかった。しかし、のんびりしていれば今に冷えて寒くなるに違いなく早く帰るにこしたことはない。
 銭湯から出た宇佐木達を待ち受けていたのは真っ白な服の金髪美女アンジェリン。風呂上がりで長い髪を後ろにまとめて上げているのが妙に色っぽくて通り過ぎていく男性達が見惚れる程であった。白いセーターに白い細身のジーンズ。やはり白一色だった。ちなみにフレネは袖の長い紺色のロングティーシャツ一枚にブレッドに至ってはこの真冬の一番寒い時期に黒のティーシャツ一枚。この二人は寒さを感じないのだろかと宇佐木は風呂上がりでもマフラーまで巻いた姿で寒そうな二人をあまり見ないようにしていた。
 アンジェリンは宇佐木達を見るやいなや拗ねた口調で言った。
「もう三人とも男のくせに長風呂過ぎるよぉ!」
 しかし、フレネもブレッドもそっぽを向いて二人同時に「光矢の風呂が長かった」などとコンビネーション抜群のことを言うものだから、宇佐木はもう大きく溜息をつくしかなかった。
 こんな生活があとどれくらい続くのだろうか。
 宇佐木は実のところ一人の時間がないと辛さを感じてしまう類の人間であった。こんなにも長く大勢と常に一緒に行動していたことが今までの人生ではなかった。前の事件の時ソーリスと同じホテルで何日も行動を共にしていたが彼は宇佐木のそういったパーソナルスペースだったり、一人になりたそうな気配を敏感に察知し気遣いしてのけたので宇佐木はたいしてシンドイと思ったことはなかった。
 気を使う。そんなことはこの三人は全く考えていない。たとえば宇佐木が寝静まってもまだまだワイワイと三人で何やら麻雀やらトランプやらをしている時もあれば、早朝急に起き出して、走ってくらぁー!というブレッドの声で目を覚ますこともあり、宇佐木はそろそろ我慢の限界を超えていた。しかも唯一の安らぎの銭湯までもが彼らに蹂躙され尽くしたのだ。
 ──一人になりてぇ!
 そんな宇佐木の心の声を聞き届けるかのように、どこかで犬が遠吠えをあげていた。なんだか非常に虚しさがこみ上げてきた。
 「はぁー……はやく帰ってビール飲んで寝よ……」
 げんなり気味にそそくさと早足で帰ろうとした宇佐木にブレッドは「えー、今日こそみんなでスイッチしようぜ!」などと言い「ゲーム機がないよブレッド」とフレネ。
「じゃあ買ってこようかぁーまだまだ本部に貰ったお金たくさんあるしー」
 言わずもがなアンジェリン。
 それは横領だろ。なんてツッコミはもう入れないぞと頑なに決意して宇佐木は一人の殻に閉じこもるべく帰路へとつき、またそこで犬の遠吠えが聞こえた。その鳴き声が少し先程よりも近くなっている気がした。
「──おい光矢」
「……」
 ブレッドが呼んだが絶対止まらない。俺は誰が声をかけようが止まらない。はやく帰ってビールを飲み寝るのだ。宇佐木はもう限界のストレスを発散すべくただただ足を動かし懇願する。
 はやく帰ってこいよソーリス。お前どこにいるんだよ。お前が帰ってくりゃ、このわけのわからない共同生活をどうにか……あ、そういや明日、石原の絵を朝に見る約束してたっけな、あんまり遅くまでは呑めな──。
「光矢っ!!!」
 突如、目の前に真っ黒な影がはしった。宇佐木には何が起こったのか理解できない。ただ目の前が黒に覆われてブレッドの怒声が聞こえ、襟を掴まれたなという感触、いつの間にか尻餅をついていた。
「っつ……」
 軽い脳震盪にも似た目眩。グラついた視界の焦点が徐々に定まってきた宇佐木光矢が目にしたのはブレッドの背中と黒い影の正体。
 それは大きな犬だった。 
「ぁんだこりゃっ。アンジェリン!」
「もうやってるわブレッド。辺りに同じ反応が数十体。囲まれてる。フレネどうする?」
「ブレッドはそのまま前に。僕とアンジェは光矢から離れない。ブレッドが取り零した分は僕らがやるよ」
「へっ! 了解!」
 フレネの指示に古臭く親指をたてて答えるブレッド。
 ──なんだ。何が起こっている?
 犬。ただの大きな黒い耳の立った大型犬。なんという犬種だったか宇佐木には分からなかったが、それは猟犬として優れた能力を持ち警察犬としても有名なジャーマンシェパードドッグという犬だった。今は口角を上げて頭を下げて静かに唸り声をあげている。その姿には明らかな怒りと敵意を感じた。
 突如、激しい声量で大きく続けざまに吠え立てられる。大型犬の今にも襲ってきそうな程のその迫力に宇佐木は思わず尻餅ついていた体勢から体を立て直した。
「野犬……か?」
 それにしては綺麗な毛並みと飼い犬然とした整いをその犬からは見て取れる。
 宇佐木の呟きをブレッドは鼻で笑って否定した。
「はっ。んなわけあるかっ。普通じゃねぇから下がってな光矢!」
 普通ではない。宇佐木は三ヶ月前の事件を思い出していた。
 鬼に襲われ惨殺された幸せに暮らしていたであろう家族達。
 玄関先に子供の三輪車と自転車。
 無造作に壊された玄関のドアノブ。
 夜中に神父と足音を殺して忍び込んだ住居で目の当たりにした凄惨な光景。
 青い顔で泣きじゃくる幼い子供達。煌めくナイフと月の明かり。
 ソーリスのハーティの銃声。
「──」
「大丈夫ぅ? 光矢?」
 自分を覗き込むアンジェリンの薄茶の丸い瞳が目の前にあった。心配そうに宇佐木を見ていた。
「あ」
 あれから事件の光景が稀にフラッシュバックすることがあった。軽いトラウマなのかもしれない。あの幼い姉弟の光景はどこか宇佐木自身の過去と折り重なるように記憶に刻まれてしまっていた。
「大丈夫だ。アンジェリンそれよりこれは──?」
 と、アンジェリンにそう問おうとして宇佐木はようやくそこで気がついた。やけに犬の鳴き声がするとは思っていたが……眼前には犬、犬、犬、犬犬犬犬!
「おおっい! 犬っ! めっちゃ犬いるけど!?」
 いつの間にか凄まじい程の犬達に囲まれていて、その数はざっと二十匹以上ですべてが一体目と同じように怒り露わに宇佐木達に吠え立てていた。それだけで耳を塞ぎたくなるほどの喧しさだった。犬達はすべてバラバラの犬種で愛くるしい小型犬、中型犬、珍しく見たことのない犬、大型犬と様々なバリエーションだった。
 明らかな異常事態が宇佐木が過去に囚われている間に幕開けしていた。
 辺りは静かに夜へと移行し始めている。まるで開戦の合図とでもいうように夜の暗さに感応式の街灯が順番に端から点灯していく。
「はっはぁっ! 光矢はやっぱウサギだけあって犬が苦手かぁ? だったら、そこから一歩も動くなよ! 光矢を頼むぜフレネ、アンジェ!」
「「まかせて!」」
 アンジェリンとフレネの声が綺麗にハモった。
 




***********************



 同時刻。
 九川礼子と石原秋子。役小角とアキ。それぞれがお互いを呼ぶときは九川さんとアキちゃん。
 彼女らは九川の部屋で学生らしく勉強会をしていた──というのは九川の両親に伝えている適当な建前で実際は二人で楽しく紅茶を飲みながら話をしたり映画を観たりしているだけだった。そもそも今更この二人には勉強をする必要がなかった。学年どころか全国的にもトップレベルの学力の九川と時折、彼女に勉強を見てもらっている石原もここ最近、絵に執心しているとはいえやはり試験などでは学年でも上から数えてすぐに見つけられるくらいには勉強ができた。
 そんな彼女達が勉強したいと言い差し入れなども気が散るし飲み物も自分達で用意しますと言ってしまえば九川の両親は必要以上に感激し、さすが我が娘、とまったく疑う余地なく部屋には一切近寄ってもこないのだ。もっとも近寄ってきたところで九川にはそれが簡単に察知できてしまうのだが。
 休みの日はこうして二人で家で過ごすかどこか買い物にでも出かけたりしていた。たまに遠出もする。パワースポット巡りとアキには伝え九川は自身の役小角の所縁の場所などもよく周っていた。
 必要なもの以外は何も置こうとしない九川の部屋にはほとんど物がない。白い壁と床。八畳程の部屋にはベッドとこれまた白い木のクローゼット。そしてここ最近、心境の変化か初めて部屋に置いた大型のテレビとブルーレイの再生機器。
それだけしかない。勉強机もなく紅茶もお菓子もお盆に載せてはいるが床に直置きで二人とも床に座りベッドを背もたれにして大型のテレビに映し出されている映画を黙々と観ていた。
 映画は派手な爆発とかが何度も起きるアメリカのアクションものだった。頭を使わずに適当にスリリングで気を張らずに観られる。何より──こういう映画だと隣で見ているアキが息を飲んだり、大袈裟に驚いたりするのでその様が可愛くてそれを何度も見たいがために九川はよくこのような映画をチョイスしていた。
「うわっ……」
 映画の中で主人公がギリギリのところで爆発に巻き込まれながら脱出するシーンで無意識に口から声が漏れるアキ。うーん、いい反応っ。と九川の映画の楽しみ方は少し歪なものだった。
 アキちゃんは可愛らしい。九川は改めて目の前の自分の愛する彼女を見た。
 今日は休みなので勿論、私服だ。薄いベージュのセーターに地味な茶色のスカート。お洒落に今風の形や最近の色のトレンドはおさえているが、それでも長過ぎる前髪がさらに地味さを上塗りしていて、元の素材がいいだけにここまで駄目にできてしまうのがもはや才能としかいいようがなく、逆にマニア受けしそうな程の地味子だった。眼鏡はここ最近、かけなくなった。アキはなんだか視力がよくなったみたいーなどと気楽に言ってはいたが、その原因を知る九川は複雑な気分ではあった。
 九川は彼女のすべてが愛おしい。九川のすべてと言ってしまってもいい程の存在。それがアキだった。
 三ヶ月前、彼女のために九川は罪のない多くの人間を容赦なく殺めた。今はそれを後悔している。そのせいで大切なアキまでも失いそうになったのだから。そして同時に自分とアキを助けてくれた彼らには感謝していた。
 殺した人達には申し訳ない気持ちはある。だけど、それでも自分はアキと今を楽しむために生きていく。もう二度とアキを失うかもしれないような過ちは犯さないとそう心に決めている。
 あの探偵と呼ばれていた男。鳥羽満月の声が脳裏に再生された。
 ──奪われたくなけりゃ奪うな──。ええ、わかりましたわよ。その脳裏の声にすぐに九川は答えた。いくらなんでもこの間の事件は自分勝手過ぎたのだと役小角としても九川礼子としても反省はしている、つもりだった。彼女にはどこか自分が悪いとは思えない性格的な欠陥があったがそれは万能故に仕方のないことなのかもしれない。しかし、彼女は以前の彼女とは少し違ってはきていた。その変化に彼女自身もまだ気がついてはいない。
「九川さん?」
 自分を見ていた彼女に気がついたアキはキョトンとしていた。
「なんでありませんよ。……映画もう終わりますね」
 クライマックスで女優と抱き合う主人公が悪を吹っ飛ばし、お約束通りのヘリで脱出していたところに綺麗に被せるようにエンドロールが始まった。
「凄く面白かったね九川さんっ」
 少し興奮気味にそう言ったアキはずっと握り拳を握ったままでよっぽど熱中していたのだろう。きっとその手の平はじわりと汗ばんでいるはずで、それを九川は手にとり、じとりとするものを堪能する。
「わっわっ、汗かいてるっ……」
「ええ。大丈夫よ」
 自分の手でアキの手を拭き終えて九川は満足したように盆の紅茶を取りアキに手渡した。
「あ、ありがとう」
「ねえ、アキちゃん。映画も観終わりましたし少し散歩にでも行きましょうか。歩きながら映画の感想でもお話しましょう」
「うんっ」
  基本的にというか絶対的にアキは九川の提案を断らない。しかしただの一回だけアキは九川の言葉に首を横に振ったことがあった。
──美術部? やめなさい。アキは私と一緒にいたくないの?
 数ヶ月前にそう問うた時、アキは初めて九川に対して泣きそうな顔で拒否するという反応を見せた。今の今までで彼女が九川の言葉を拒否したのはこれが最初にして最後なのだろう。その時、九川は打ちひしがれるほどにとてつもないショックを受けた。
それからアキは絵が好きになった。九川だけでなくアキも少し最近変わりつつあった。以前のまま地味なのは変わらないがどこか多く笑うようになったように九川には感じられた。
 誰のおかげが考えるとモヤモヤするしその変化を少し寂しくも感じたが、それでも悪いことではないし何よりもアキはまだ自分といたいと思ってくれている。それだけで良かった。
 二人は両親に息抜きに歩いて来ますと告げて外へと出た。
 アキは先程の格好に紺色のコートを羽織り、九川は部屋着のままで黒色のセーターと黒色のスカートに玄関で白い丈の長いダウンコートを羽織っていた。
 時刻は十七時三十分。辺りはもうだいぶ暗くなっていて住宅街の夜道は街灯が丁度点き始めたところだった。
 アキは九川にどこに行くなど聞きはしない。ただ彼女の行く先に同行し話をするだけだ。
「少し──ピクニックといきましょうか。……ふふふ」
 普通ならこんな暗くなってから?だとか何故かと問うはずだが石原秋子は何も聞き返さずにただ楽しそうに映画の感想を興奮気味に身振り手塗り交えて語っていた。こういう時のアキは変に饒舌で普段の大人しいのが嘘のようで楽しいなと九川は微笑んでいた。アキに優しい笑顔でその一つ一つに返事をし、時折道路の先に伸びている黒い大きな影を眺めては恍惚な表情を浮かべていた。
 ──ああ、ダメダメ。悪い癖だわ。本当に。
 九川は自分を少し諌めて辺りの様子を探った。
 千里──どころか万里までも見通せる眼。千里万里眼とでも言おうか、それで役小角たる九川礼子は先程から街の異変に気がついていた。しかし両親に言った息抜きに歩いて来ますというのは嘘でもなんでもない。彼女にとってこの程度の違和感は息抜きになるかすら怪しい。
 あの裏山ね──夜になると黒い大きな影に見えるそれを眼を細めて見据えた九川はアキと楽しい映画の話を続けながらそこへと向かった。
「あれ? ここ公民館の裏の山だっけ?」
 アキが目の前に暗い坂道が迫ったことに映画の話に区切りがついたところで気がついた。
「そうよ。私は小学生の頃よく遊びに来ていたけれど。アキは来たことある?」
「えぇーないよー。近所のお兄ちゃん達がよく行ってくるって言ってたけど……」
 さすがに女の子の遊び場としては男勝り過ぎるか。九川は小さい時はよく男子に混ざって遊んでいた。この裏山でも秘密基地などを作って男子が山の中で発見したエッチな本を宝として隠しているのを馬鹿馬鹿しく見ていた記憶がある。
「九川さんは小さい時、ボーイッシュな子だったの?」
「ふふふ、どうかしら? 女の子達のままごと遊びよりも野山で走り回る方が性に合ってはいたわね」
「ええー、だから運動神経いいのかな? 私もその時から九川さんと知り合いだったら良かったのに」
「本当にね」
 知り合ったのは中学生の時だ。九川が彼女に惚れたのは一年半程前なので勿論二人とも高校生だ。同じ中学にいて存在も認知していたのに何故、中学の時はこんな可愛い彼女に気がつけなかったのか不思議でならない。
 アキに話しかけられて相談を持ちかけられたあの時、目を奪われ一瞬にして恋に落ちた気持ちは今でも忘れることができない。まさに運命の出会いだった。九川はアキのために生きると決めた。
二人は裏山へと続く真っ暗な坂を登って行く。アキは何も言わなかったが、ただひしと九川の腕にしがみついた。
「──っ」
 アキのふくよかな胸の感触。鼻腔をくすぐるアキから発せられるとてもいい石鹸の香り。九川はその柔らかさと香りを堪能しながら幸せを噛み締めていた。
 ああ。ダメだわ。理性を失ってアキを襲ってしまいそう。……私ったらいつの間にか思考がおっさん化していないかしら。
「山の上まで十分程なの。少し暗いけれど上から街を見ればそれなりに綺麗なのよ。……ふふ別に肝試しってわけじゃないからそんなにくっつかなくてもいいのよ」
「そうなんだ。ご、ごめんなさい。……暗いから少しだけ怖くって。で、でもっ、九川さんがいるから全然心配してないよっ」
「ふふふ可愛い」
 そう九川に言われると顔を真っ赤にしてアキはいつも俯いてしまう。アキも九川が自分のことを友人以上の気持ちで好いてくれているのにはさすがに感づいているので、どうしてもドキマギとしてしまう。そんなアキの心を読むことができる九川はまたも身をよじって叫びだしたい程の喜びに包まれるが、今はやめておこう──なにせ気がつかれるかもしれない。
 ほとんど街灯の光が届かぬ山道にさしかかるが、九川が迷わずに歩いていくのでアキはそれに引っ張られて歩いた。アスファルトから地面が土になり、やがて草むらになり、さらには草をかき分けて少し進んだところで、アキの目に沢山の光が飛び込んできた。
「わあっ」
 それは感嘆の声。アキが目にしたのは自分達の住む街の綺麗な夜景だった。単なる家々の一つ一つの灯やビルや街灯、信号機の色。暗黒に多種多様の色が咲く。その光景はどこか自分の好きな絵──宇佐木先生の絵に似ているなとアキは思った。その心模様を少しだけ妬んだ九川はそれでも最近は宇佐木への嫉妬を抑えることができていた。少しではあるが。
「どうとでもない街の灯火も群れればこんなにも綺麗になるのね」
 それは今も昔も変わらないわね。そう心の中で九川は続けた。
 「すっごく綺麗! 近くにこんなところがあったんだねっ」
 なんだかアキは今日はずっと興奮しっぱなしだった。九川はそのアキの嬉しそうな姿にここへと来た当初の目的を忘れてしまいそうになった。そしてなんだかもうアキの肩を抱き寄せて口説きたい気分になってしまったので、その目的自体も面倒臭くなってしまっていた。
 ああ。私って本当にダメだわ。先生達にせめて恩返ししなくちゃいけないというに……。それにアキちゃんに告白する時はもっとちゃんとした舞台にして、ああ、もう何を考えているのかしら。
 万能の術師役小角とて今は恋心抑えられぬ女子高生であった。
 またも九川は自分を諌めてなんとか辺りの気配を探った。
 ああ、気がつかれていたか。と九川はため息をついた。
「……やれやれ。アキちゃん私の後ろをから絶対に離れないで」
「え?」
 がさりと後ろの茂みが音をたてたと思った瞬間だった。二人が振り向くと同時に大きな黒い何かが飛び出してきた。
「きゃっ……」
 アキの悲鳴が終わらぬうちに振り向きざまに九川が簡単に手刀でそれをはじき落とした。位置は先程から把握していた。 ぎゃいいいん、と犬の鳴き声のようなものが暗い森の中に響き渡った。地面に落ちたそれは九川を警戒するように唸り声をあげながらこちらを威嚇してくる。
「えっ、犬? ……や、野犬?」
 中型犬くらいのサイズで耳の垂れた茶色の犬だった。首輪をしていたので野犬ではないだろう。
「犬のようね。アキちゃん怪我はない?」
「大丈夫だけど九川さんはっ……」
「私は問題ないわよ」
 さて──九川は実のところ少し覚悟していた。それは目の前の獣や見えぬ『敵』に対してではない。こんな相手は九川にとって驚異ではなくそもそも敵ですらならない。
 覚悟とはアキの目の前で自身の強さを見せつけて戦うことである。
 九川礼子──役小角は今まで力を行使する時にアキに術をかけて何も分からぬ状態にさせていた。その術をかけてしまえば目は開けているし前は見ているが記憶は残らないし眠らせているのと変わらない状態にさせることができる。
 過去に一度だけ人を殺すところを彼女に見せてしまったことがあった。初めて役小角の力で人を引き裂いた時。その時アキはひどく心乱して叫び声をあげていたのだ。
 あんな姿はもう二度と……ごめんだわ。だから、九川はアキに力のことは隠していた。
 ──でも、私はもうアキちゃんに何も隠し事をしないと決めた。だから……。
 いずれアキに伸びてしまった寿命の話もしなければいけないが、それはまだ時間をかけたかった。人を殺して寿命を伸ばしましたなどとショックを与えずに伝えることはまずできはしない。
 そのことに関してはまだ少し……単なる時間稼ぎかもしれないがアキの精神がもう少し大人に成長してからでも遅くはないはずである。そう思うことにしていた。
「く、九川さんっ……」
 アキが恐怖のためか腕にしがみついてくる。目の前の犬が足に力をこめて今にもまた飛びかかってきそうだからである。
「全然大丈夫だから。アキちゃん心配しないで」
「う、うんっ!」
 その九川のたった一言だけでアキのしがみついた腕から緊張感が少しだけ解けた。アキの九川に対しての絶対の信頼感から成せることだった。
「獣風情が」
 少し九川は眼力に力をこめた。それだけで目の前の犬はぎくりと硬直してしゃがみこんだままの姿で動かなくなってしまった。
「行きましょうアキちゃん」
 元凶をさっさと叩いてしまおうと九川は思った。アキの手をとり、暗い森の木々の隙間を行き茂みをかきわけて進む。山自体そう大きくはない。少し歩いただけで裏山の反対側の先程と同じような街の灯りが見渡せる開けた場所に辿り着いた。初めからここに『敵』が潜んでいることなどお見通しだった。
「あら、こんばんは」
「……っ!」
 九川から声をかけると街の光を背景にして立っていた黒い影がびくりと振り返った。
「だ、誰だっ! どうしてこんなところにっ!」
「それはあなたも同じではなくて? こんな暗い夜の山で何をするかなんて……せいぜい夜景を眺めるくらいしかないと思いますが。違うのですか?」
「お前……どこかで見たことのある顔だな……。俺の犬が今そっちに行ったはずだが──」
 男が声を発しながら一歩、二歩と九川達に近づきその面相がようやく街の灯に照らされて見えてきた。
 男は二十代か三十代かそこまで歳はとっていない。眼鏡をかけた平凡な顔でニット帽子にダウンジャケット姿。よく見ると男の足元の両脇には柴犬と大きな黒いドーベルマンがいた。
 それを見たアキが少したじろいだので九川が軽く手を握ってやった。
「ああ。あの犬ですか。躾がなっておりませんでしたので少し『待て』をさせてますけども」
「なんだぁ? 何勝手に俺の犬に命令してんだよ。……って、よく見るともう一人も女の子か。……おいおいおいおいおいっ。なんだよ、なんだよ! よく見りゃ君はめちゃくちゃ美人だし、こっちの子も悪くない。女の子二人がこんな夜に山道で……なにがあっても知らないよっ。ひひひはあっ!」
 平凡な顔が醜く歪んで笑みを作り、男の目がアキを捉えて下卑たものへと変わっていく。撫で回すように上から下まで見てから九川に視線を移した。男のテンションが急に上がったのを九川はやれやれと思うしかなかった。いつの時代もそうである。この手の男の思考などいつも決まりきっていた。
「私達は夜景を見に来たのだけど」
「ああ、そうかい」
 男が手を前に向けると両脇の犬が動き出した。
「夜景もいいけどさっ! ちょっと俺の犬と遊んでろよ! いけ!」
 男の掛け声で二匹の犬が同時に俊敏な動作で九川たち目掛けて飛びかかった。アキの手に力が入るが彼女は動かずにいた。心が読める九川はアキの心を探る。そこには自分を信じて任せてくれている気持ちと少しの恐怖だけがあった。
 ──ありがとうアキちゃん。大丈夫よ。
「邪魔」
 足の速い一匹目のドーベルマンが九川の喉目掛けて噛みついてきたのを先程と同じように手刀で払いのける──加減したつもりだったが犬はそのまま吹っ飛んで木に当たってしまった。死んではいないだろう。そしてすぐに二匹目がアキに迫っていたので頭を踏みつけて動きを止めた。
「遊んでくれるかと思ったら噛みついてきたわよ。本当に躾がなっていないじゃない」
「なっ……!? 」
「ねえ。さっきの子とこの子なんて名前なの? 撫でたいわ」
 平然とそう話す九川を信じられないものを見る目で男は見ていてが、すぐにぽかんと開けていた口から怒声が飛び出した。
「し、知るかよ! 犬は俺の奴隷だ! 名前なんてそこらの飼い主が適当に決めてんだろ!」
「やっぱりあなたの犬ではなかったのね」
 先程の犬も今のドーベルマンも首輪をしていた。そのへんの家の飼い犬をこの男がどうにかして操っているのか。
 九川は男をくだらないゴミでも見るような目で射抜いた。
「街中の犬を操ってなにをしていたの? 高い位置にいたのはどうしてかしら? その方が遠くの犬が操りやすいのかしら?」
「……うるせえっ!」
 男はまたも手を掲げて九川達に向けた。
「犬どもに無茶苦茶にされろっ! 動けなくなったら俺が相手してやるよ!」




***********************



「フレネっ。一匹そっち行ったぜぇ!」
「はいはいっ。分かってるよ!」
 ブレッドに面倒臭そうに答えたフレネの手にはあの黒い棒状のもやもやとしたものがあった。宇佐木光矢は覚えている。フレネはあれを投擲して対象を串刺しにできる。あの九川でさえ避けることができず幾度となく腹や足を貫かれていた。しかし今はそれを投げることはしなかった。
「ふっ!」
 跳躍し自分の顔の前まで来た茶色の犬にフレネは素早く黒い棒を押し当てた。どういうわけか犬はぐったりと気を失ったようになり、どさりと地面に落ちて動かなくなった。フレネとアンジェリンの後ろでただ犬達の総攻撃を防いでいる三人を見ているしかなかった宇佐木は改めてこの三人のコンビネーションの強さを目の当たりにしていた。
 先陣で多くの犬達を相手にしているブレッドは噛みつかれようと飛びかかられようと全く怯まずに応戦している。噛みついて右手から離れない犬を道路の端の電柱にぶち当てて剥がし、足にまとわりつく犬も蹴飛ばし、後ろから飛びかかってきた犬をそのまま背負い投げて目の前の犬に投げつける。数秒の動作で三匹程行動不能にしていた。何度も噛みつかれているというのにブレッドはどこも怪我をしているようには見えなかった。さすがにあれだけの大型犬に噛まれれば普通の人間ならば何針縫う怪我をしてもおかしくはないはずだ。
「ああっ、めんどくせぇ! とんでもねぇ数だ! 街中の犬が集められてんじゃねぇか!? おいっ、アンジェ!」
 ブレッドが愚痴り、犬に纏わりつかれながら叫んだ。この数である。さすがにブレッドだけでは止めきれずに三匹程がアンジェリンの方に猛スピードで駆けてくる。すべて猟犬のような中型犬だった。
「大丈夫よ!」
 言ったアンジェリンの手からむせ返るような熱気が渦巻きそれは瞬時に放射された。後ろの宇佐木が思わず、「熱っ」と言ってしまう程の熱量に犬達は近ずくことができずに手前でたたらを踏んで足を止め、動きが止まったところにフレネが黒いもやもやを高速で投げつけた。
 やはり九川に使った時とは違い、犬を串刺しにはせず今度もその黒を投げ当てただけだった。だがそれでも当たった犬達は衝撃でというよりは何か眠らされたとでもいうような感じでばたりばたりと次々に倒れ込んだ。
「前から思ってたんだけどその黒いのなんなんだよ」
 宇佐木の問いにフレネは「企業秘密だよ」とだけ返した。
 先程からこの繰り返しだった。
 接近戦のブレッドが蹴散らし、取りこぼした犬を中距離のアンジェリンが炎で足止め、遠距離のフレネが黒いもやもやのよく分からない棒を投げてとどめをさす。犬達が生きているのか死んでいるのかは宇佐木には分からなかったがどの犬も一度倒れたら起き上がってはいない。
 もう辺り一面には地面がほとんど見えないんじゃないかというくらいおびただしい数の犬が横たわっていた。
「うぇ……マジかよ」
 宇佐木はあまりの現実感のなさに思わず呻いた。
「犬どもは明らかに俺たちを狙ってやがるぜフレネ!」
「どうやらそのようだね……。敵はゲームの参加者とみて間違いないね。犬をどうにかしつつその敵を見つけるしかないわけだけど……アンジェどうだい?」
 フレネの問いにアンジェリンが首を振った。
「ダメね……何かの魔法や術の類なら痕跡やら仕掛けがあるはずなんだけど……。私の探知魔法じゃダメみたい」
 彼女の手には何か振り子のようなものがあり、それが地面を指して微動だにしていなかった。ダウジングとかいうのだろうかと宇佐木は思ったが今は言葉を挟む余裕すらなかった。
 三人はすでにかなりの数の犬を行動不能にしている。だというのに犬の猛攻が一向に引かないのだ。ブレッドの前にはさらに一面の犬犬犬犬。とてつもなく異様な光景。まさしく犬の海といった具合に住宅街の道路は犬で埋め尽くされている。遠くの方から車のクラクションの音が幾度となく響いている。おそらく一方通行のこの道路に入った車が犬の群れに立ち往生しているのだろう。
 どうにかできないか。宇佐木は自分にできることがないか辺りを見渡した。
 色が見えた。どのような場所であっても大抵は彼にしか見えない様々な色彩でめちゃくちゃに塗りたくられている。時にはそれで心を病んだことがある程に彼には見え過ぎてしまう。だがある程度、見ないようにしようと思っていれば日常生活に支障をきたすことはない。逆に言えば、見ようと思えば彼にはどんなものでさえも色が見えた。
 犬すべてには黄色の焦りの色。誰かから何か命を受けたのか彼らはそれを早くこなさなければと焦っている。そのような感じ、そういう色具合だった。さらにそこに不自然な紫が全体を覆っている。どの犬も全てが同じだった。
 すべての事象の色を見る。それが宇佐木光矢の特殊能力で彼が見えるすべての色には必ず意味があった。
黄色と不自然な紫の組み合わせ。それの意味するところは──。
「おい。この犬達何かに操られてるぞっ」
「それはそうだろうさ。……光矢?」
 宇佐木の突然の言葉にフレネが振り返った。宇佐木はさらに辺りのフィールドの質と量を把握するように神経を集中させて目を凝らした。
「紫の色が……流れてくる。全体に流れて纏わりついて、それはどこから……?」
 ボソボソと独り言を言いながら宇佐木は様々な色が混じり合う中、一つの流れのようなものを探っていく。その紫には本流ともいうべきより太い流れがあり枝分かれするように犬達へと線で繋がっていた。その本流の流れを遡っていけば、この犬達の行動の原因が分かるかもしれない。
 どうしてだか宇佐木にはその犬達に繋がっている紫が手綱のように見えてその先に操っている奴がいるのではないかと思えた。
 これを断ち切れば、犬達を止められる?
「…………っ」
 じりりとうなじに電流が奔る──それは宇佐木にとっての危険を回避するための警笛だった。何度もこの直感には命を助けられている。
 宇佐木は目の前の一番近い紫の流れに手を当てた。
 奇妙な感覚。決して色に触れることなどできないはずなのに、宇佐木のうなじがゾワリと不吉なものを感じた。
「っ!」
 それは、ほとんど反射だった。彼自身も何故そうしたのかなど分からない。ただ体が勝手に動いていた。
 紫の色の手綱を二本の指、人差し指、中指の腹で線を描くようにして断ち切った。
 いや──違う。この紫を別の色で『塗り直した』のだ。
「なんだ……これは……?」
 宇佐木自身も何が起きたかは分からない。ただ今の今まで目の前にあった紫の手綱が一本無くなっていた。それが繋がっていたであろうその先の犬だけが明らかに他の犬達と違い統率を失った動きをしだした。
 まさか……!?あの犬だけ洗脳が解けたのか?
 じゃあやっぱりこの紫の線をどうにかすれば!
 紫の線の流れ──本流はどこだ?
「道路の奥──もっと奥か? どこだっ……」
「まさか……光矢何か分かるの!?」
 あまりの集中力に宇佐木にはフレネの声がまったく耳に届いていなかった。
 宇佐木が見えるものはあくまで自分の視力の届く範囲だ。だから犬達から流れる本流が遠くへ行けば行くほどそこの色が宇佐木には見えなくなってしまう。しかももう太陽も落ちてしまい辺りは完全に夜になってしまっていた。宇佐木には道路の先の闇がどうなっているのか真っ暗ではっきりと見えなかった。どうしてももっと近づく必要がある。
「ここからじゃ距離があり過ぎるっ」
 宇佐木は突然ブレッドの方へと駆けだした。その突飛な行動にフレネは驚きを隠せず「光矢!」と呼び止めるも宇佐木は色を追うのに必死で気がついていない。犬達がそんな宇佐木に狙いを定めるべく動き出した。
「まずいわよっ。フレネっ」
 そうアンジェリンが言うや否やすぐさま二人は宇佐木を追う。前方で複数の犬を蹴散らしているブレッドも急に宇佐木が無用心に遠くを見ながら走っているのに気がついた。宇佐木は無謀にも目の前の大量の犬が見えていないかのように前進している。
「おいっ、待て光矢っ……。くそっ。勝手にっ……って、おい! このボケ犬ども鬱陶しいっ!」
 十数匹を相手に腕やら足を振るっていたブレッドは宇佐木のところへ行くには数秒を要し、すでにもう宇佐木の目の前には複数匹の犬が迫り牙を見せていた。
「あと少しっ……あと少しで!」
 宇佐木に見えていなかった道路の向こう側の闇。暗い壁の様に見えていたそこを宇佐木は始めビルか何かだと思っていた。
 だが、あれは──山?
 紫の本流の終着点。その小さな山の上にすべての紫の色が流れ着いていた。
「光矢ぁぁ!!」
 一際大きなブレッドの呼び声に宇佐木は自分が呼ばれているのにようやく気がついた。
「えっ」
 そして、その時すでに犬達の牙が目の前に迫り切っていた。





***********************




 犬どもに無茶苦茶にされろ、男がそう言った瞬間、辺りに無数の殺気がたちこめた。獰猛な気配と唸り声。数は十数匹。元より犬達がこの山の中で自分達を囲んでいることなど分かっていた九川は特に何も驚かない。ただつまらなさそうに少しの疑問を問いかけた。
「遠くで操っている犬がどうなっているかは分かっているの?」
「はぁ? 操る?」
 ニヤニヤと薄気味悪い笑顔で男は小馬鹿にしたようにそう返し続ける。
「いいからさっさと犬にベロベロにされちまえよクソ女ども!」
 暗闇から飛び出してきた無数の犬達は先程のドーベルマンと同じように九川とアキを明らかに殺しにかかってきていた。素早い動作でアキを引っ張って庇いながら、九川は犬の攻撃を体を反らせて避ける。
 なるほど──そういうことか。問いには答えなかったが男の思考を読んだ九川はそれで相手の能力を瞬時に理解した。
 この男は操っている犬の目を通してものを視ることができる。街のいたるところを犬を使って監視し、獲物を探していた。どれだけ遠くのことでも操っている犬が見てさえいれば男はそれを千里眼のように見ることができるのだ。
 そしてさらに、九川は男がどうやって犬を操っているかをも瞬時に看破していた。先程、男が手を掲げた時に口笛を吹くような口をしていた。何も聞こえはしなかったが、犬達が明らかにそれに反応していた。おそらく犬にしか聞こえない音をこの男は発することができるのだ。
 自分の知っている知識の中の何かの術だとか魔法だとかそんな類のものではない──これは一体なに?
「きゃああっ」
 さすがに十数匹に囲まれればいくら自分を信じているアキでも悲鳴をあげる。それはそうだ。早く終わらせてあげるのがいい。
「よくもアキちゃんを怖がらせたわね」
 犬達が一気に飛びかかった。全方向からの同時攻撃。通常ならば絶対に避けることなどできないその攻撃に九川はただ髪をかきあげただけだった。
「……っ」
 瞬時に九川を中心にして木々を揺らすほどの旋風が巻き起こり、犬達の牙が二人に届くことはなくそれぞれ散りじりに吹っ飛ばされた。見ていた男もその風圧に押されて後ろに倒れ込んでしまった。
「なあっ、なんなんだよぉ!?」
 声をあげながらすぐさま立ち上がった男はその眼前の光景を見て驚愕に顔を歪めた。
 九川とアキの周りに無数の犬が転がっていてすべて地面に張りつけられたように伏せていた。
「よしよしいい子達ね。『伏せ』よ。覚えたかしら。ふふふ。大丈夫、醜いあなたと違って可愛い子達だもの一匹も殺していないわ」
「お、お、お、お、お前は…………なんなんだよぉぉぉ!!」
「五月蝿いわね。もう夜なのよ。静かにできないの? いい大人がみっともない」
 九川は凍てついた視線を男に向けてゆっくりと距離を詰めた。
 さて──どうしてやろうかしら。九川は思わず口元がつり上がってしまう自分を抑えられない。
「ひ、ひぃぃっ……」
「ふふふ。あはははっ。情けない声。犬がいなくなった途端、なにそれ? 面白いわ」
 「こ、この……くそアマがああ!」
 ヤケ糞気味に殴りかかってきたので顔面を平手で張り倒してやる。
「ぶべっ」
「犬の方がまだ気品があったわ汚らわしい」
 九川はポケットから出したハンカチで手を拭った。まるで汚物にでも触ってしまったかのように気持ちが悪かったので仕方がない。
「手を使っては先程叩いてしまった犬達と同じで犬に申し訳がないわ。いけないわ。いけない。いけない。ふふふふ……では足で踏んづけてやりましょう。えいえい」
「うごご、ご」
 頭を踏まれてミシミシと頭蓋骨が鳴る音を聞いて男は悶え蠢いた。
「あはははは! カエルかしらっ。カエルのようね! ねぇ、アキちゃん?」
「九川さんその人痛そうだよ……」
「アキちゃんは優しいわね。でも、色々聞きたいことがあるわ。あなた何をしていたのか明確に答えなさいな。ああ勿論、敬語でね」
「はっはいっ! わ、私はここで探していたんです。標的はどいつでもよかったんですけどね? ただ犬を使ってすぐに見つけれたのがあの三人でっ……ぬぐおおおっ」
「要点だけを言ってくださると助かるわぁ。ふふふ」
 ぐりぐりと踏みつける足に力を込めて九川は笑った。
「す、ずびばぜんっっ。いたたたっ。わ、私は……げ、げ、ゲームをぉぉぉぉぉ!」
「何を言っているのか分かりませんわ!」
「おげごげげっ」
 さらに足に力を込めて九川は高らかに笑い声をあげた。
「あはははっ。なんと言ったのかしらっ。聞こえない。聞こえないわよこのクソ虫がっ」
「九川さん……」
 アキはとても信頼している友人を若干引き気味で見ていた。そんなアキの心に気がついたのか九川ははっとしてコホンと一つ咳払い。アキににこりと微笑んで見せてから居住まいを正して、男から足をどけてやる。
「──で、何をしていたかちゃんと話しなさいよ」
  男は痛がりながらゆっくりと体を起こす。
「ぐっ、痛ぇぇぇ……。マジかよ……なんなんだよ。こんなこと……ありえねぇ……ありえねぇっ!」
「早く話してくれないかしら殺しそう」
 九川が苛立ってそう言うと男は何かに気がついてぎょっとした。
「ひひひっ、お、思い出した! あんたどこかで! 見たことがあると思ったら! ひひひっ……。地図でここに……ひひひひっ! はははははは、なるほど倒せないから逃げろってあはははははははは、そりゃあ無理かっ! ひひひひひっ」
 急に男はポケットからくしゃくしゃの紙を取り出して何やら狂ったように笑い始めた。
「あ、ひひひひひっ。無理だよなっ! だって一番難易度が、あひひひひ!」
「ああ。気持ち悪いわ。なによ、その紙渡しなさい」
 九川は虚空を見てケタケタと肩を揺らす狂人の手からそれを奪い取った。
 ────。
 そしていかに九川とて絶句せざるを得なかった。
「ああ──なんてこと。ゲーム。なるほど。そういうことなのね」
 しかもそこには自分の恩人とも言える二人の教師とあの探偵の写真まであった。
 くしゃくしゃのマップの一箇所を九川は凝視した。
 色を失った──マグダラとかいうのが言っていたロストカラーズとかいう連中か。
 九川礼子とてコントラスター宇佐木光矢から見れば色がなく見えるらしい。彼女もソーリスの機関の人間からはロストカラーズと呼ばれる世界に害をなす人類の天敵なのだ。
 前の事件で九川礼子がマグダラに予言されたということは彼女は世界を滅ぼす危険があったということ。なぜならマグダラという予知の少女は人類に危機が及ぶレベルのことしか予知ができないのだから。
 九川礼子がロストカラーズでありながらアキとまだ過ごせているのは、ソーリス神父、宇佐木光矢、鳥羽満月、彼らのおかげだった。あの人達がいなければ真に覚醒した役小角の力をもって、きっと今頃私は世界を滅ぼしていたのだろう。アキが殺されたと聞いた時、本当にそれが絶対的に可能であるという強烈な確信があった。きっと逃げ惑う人々を次々に鬼に変えて人を襲わせ、魔を溢れさせ地震や大津波さえも起こし得ることができただろう。街を国を──いや世界を壊してみせる自信があった。
 勿論、アキとの平穏を愛する今の九川にそんな気はさらさらない。
 九川は大きく溜息をついて男に言った。
「あなたはゲームオーバー。犬達を元の場所に戻しなさい。このゲームから降りなければ殺す。次に私達の前に現れたら殺す。犬を使っても殺す。清く正しく生きなければ殺す。人に迷惑をかけたら殺す。困っている人を助けないと殺す。ボランティア団体に参加して大変な人達を助けないと殺す。ちゃんと働いて世のため人のため生きないと殺す。いいかしら?」
「ちょ、ええっ……で、も、」
「いいから行きなさい。私は常にあなたを監視しています。江形武(えがたたけし)。無職。バツイチ。趣味はパチンコ、競馬。あらあら、昔はサッカー選手目指していたの? こんなしょうもないゲームに参加するくらいならもう一度やればいいじゃない。別にプロじゃなくてもそのへんでできるでしょ」
「う、え……どうして……俺のこと……」
 男は恐怖に震えた声を絞り出した。
 九川は相手の心の奥底に万里の目を照らし、そのすべてを神の如く見透かしていく。この男の人生。人並みの幸せと不幸、信じていた者からの裏切り、失敗、捻くれすべてを捨てて精神が腐っていく様を九川は一言で吐き捨てた。
「自暴自棄になるには浅すぎる。とても浅いわ。……じゃあもう私達は行くから。さっき言ったこと必ず守りなさい。でないと殺すわよ。行きましょうアキちゃん。もう夜景は十分だわ。風邪をひいてしまうもの」
「う、うんっ」
 アキはただ九川に付き従う従者の如く彼女に続いた。
「…………」
 放心する男は去りゆく九川とアキの背をただ眺めているしかなかった。


 九川とアキは元来た道を先程よりも少し早道で歩いていた。下り坂というのもあるが九川がどこか心ここにあらずとった感じで珍しく俯いて歩いていた。
 あの男のことや自分達を狙うゲームのこと──そのことではない。彼女にとって最も重大なこと。それは勿論、後ろを無言で歩くアキとのことだ。
 ああ、アキちゃんの前で力を使ってしまった……。アキちゃん今何を考えているのかしら。ああ、いつもなら簡単に心を読むのに……。今の九川にはそれがとても躊躇われた。
 もしアキちゃんが今──私を怖がっていたら……そう思うととてつもなく恐ろしかった。
 役小角としての記憶、過去に彼女はその力を恐れられ信用していた者達から幾度となく裏切られている。そのトラウマの記憶が九川自身にも刻まれているのだ。
 アキちゃんは……アキちゃんはそうはならない。そう信じているから私は何も隠し事をしないと決めて彼女の前で力を振るったのでしょう? 私は今更何を怯えているのかしら。この怯え自体が彼女をアキを疑っていることになってしまう。だから心を──いいえ、駄目だわ。何故だが今は彼女の心を勝手に見てしまうのもいけない気がする。
 九川はそんなことを悶々と坂を降りながら考えていた。
 本人に聞くのが普通なんでしょうね……あーもう、アキちゃんを信じないと!
 終いにはもう堪らなくなってアキに声をかけていた。
「夜景綺麗だったわねアキちゃん」
 平静を装い九川は振り返りざまにできるだけの笑顔を作った。
「うんっ。とっても綺麗だったね」
「……」
 心を読むのを止めていた九川は面を食らって固まってしまった。本当に楽しかったように言ったアキの笑顔。そこに嘘偽りはないように見えた。
「九川さん?」
 小首を傾げるいつもの彼女の動作。
「アキちゃん、怖くは……なかったの?」
「え? う、うん……少し怖い時もあったけど九川さんがいたし、今は楽しかったかなーって。あれ? 私何か変なこと……言ったかな?」
 珍しく九川は腑抜けのような顔になって少しだけほっとしてはいた。だが、あれだけのことをした九川をアキはどう思っているのだろうか。心を覗きたくはない。しっかりと彼女の本心をその言の葉にのせて聞かねばならないとそう思った。
「私の力……アキちゃんは怖くはなかった……のかしら?」
「え?」
「さっきの私普通じゃ……なかったでしょう?」
 あの男を張り飛ばしただけならいざ知らず、数十匹の犬を相手に果敢として怯まず眼力だけで縛りあまつさえ相手の心を読んで終始とにかく敵を圧倒していた。そんなことは普通の女子高生には不可能だ。
「そうだよね。本当に九川さんは凄かった。カッコ良かった。私、九川さんの凄いところ見る度に私なんかが友達でいいのかなって……あははは」
「いえいえ……そういう問題ではなくて。アキちゃんは変だとは思わなかったの?」
「えぇ? なにが?」
 九川はアキをよく知っている。と言うよりも彼女以外に興味がなく、心を読まずともアキのことが好き過ぎてその一挙手一投足を常にその眼に焼きつけているのだ。
 だから分かる。アキは嘘をついてはいない。
 いい加減、その眼でアキの心を覗こうとして──やはり九川は止した。
「ふふふ」
 九川は少し可笑しくなって柔らかく笑った。そして大好きな彼女の頭を撫でた。
 私は何を心配していたのかしら。
 アキの心をその千里眼をもって見ることは金輪際絶対にしないでおこうと九川は決意した。
 私がアキちゃんの心を覗くということは、アキちゃんのことを信じていないということに他ならない。何故なら信じているのだから覗く必要がない。
 九川のその決意を知ってか知らずかアキはオドオドしながら先程と同じ事をもう一度言う。
「ほ、本当に私変なこと言ってないかな……?」
「いいえ。何も変なことは言っていませんよ。さあ、本当に寒くなってきましたし早く家に帰りましょう」
「うんっ」

 この先──なにがあっても彼女を信じる。
 そしてアキちゃんだけは必ず守り通す。

 九川は蠢くように見えた夜の黒い雲を睨みつけ、そう心に誓った。




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