木漏れ日は暖まるには弱過ぎる

パンデモニウムのシン

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スカヴェンジャー ──木漏れ日は暖まるには弱過ぎる── ①後編

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『木漏れ日は暖まるには弱過ぎる』










***********************




 一人の神父の夢。


 銃が怖いか……でもそれ以上にもっと怖いものをお前は知っているだろうソーリス?
 思い出せ。お前が心の奥底に仕舞い込んでしまった記憶を。
 思い出せないか?
 お前は幼少の頃、家族と一緒に湖のある別荘に出かけただろう?
 小さな妹と優しい両親。思い出せない?
 そうか……思い出すのが怖いか……。
 だが、今は君の力が見てみたい。
 君が真に恐ろしいと思っている本当の『ハーティ』を解き放ってほしいのだよ。
 アレを扱えるのはもはやこの世界に君しかいないのだから。
 君の失われた記憶の中にあるアレを再生させるためには『ハーティ』を使用するしかない。
 さあ、解き放つんだ。
 ──我々の機関のためにね。


 一人のスカヴェンジャーの夢。


 死体。死体。死体。どこまで行っても自分の周りは死体だらけ。
 ──光矢か……。
 兄貴?
 ──なんだお前はまだそんなところでそんなことをしているのか?
 うるせぇよ。俺は兄貴みたいにしっかりとは生きていけねぇよ。
 ──お前には人殺しが向いてるよ。
 うるせぇ。俺は絵描くのが好きなんだ。もう殺したくねぇ。
 ──いいや、お前はスカヴェンジャーだからな。そうやって死体と一緒にいるのがお似合いだよ。
 黙れ……黙れ。




***********************




 宇佐木光矢は寒々としたまだ生徒の少ない朝の校舎を行きながら思っていた。
 どうかしてる。とても信じられない──と。
 あれから宇佐木とソーリスの認識が正常に戻ったからだろうか。登校してすぐに宇佐木は色んなことに気がついていった。発端は九川の名前を探して学校の名簿を見ていた時だった。
──……九川……礼子。
 下は礼子というのか。どうしてだか宇佐木は彼女には似合わないなと思った。
 それよりも九川と同じクラスの生徒の名前に見知らぬ名前を見て宇佐木は背筋が凍った。自分が美術の授業をしにいっているクラスの名簿で何度もそれを見ながら一人ずつ名前を呼んでいた──はず、だというのに──今初めて気がついたのだ。
『浅野』という生徒と、『高宮』と生徒の名前に。
どうかしている……。これも九川の術なのか?
 他の教師によれば九川と同じクラスの二人は、どうやらずっと登校していないようだった。宇佐木が認識できていなかったということは──これは意図的に気がつけなくされていたことなのだろう。となれば、この二人は九川絡みと見て間違いない。宇佐木は行方不明者の数の多さに今さらながら気がつき驚いていた。
この数ヶ月で四名もの生徒が行方不明者となっていたのだ。連絡がとれない。家族に聞いてもどこに行ったのか分からない──にも関わらず、何故か警察沙汰にも事件にもなっていない。この異常な状況に誰も気がつけていない。
 ──全員が認識できないのか? 異常を……?
 夜に九川と会ってから宇佐木は一度家に帰って休みはしたものの、すぐに数時間で学校に来ていた。いつもの登園時間なのもあるが、色々と調べておきたいことがあった。
一時間目の自分の授業は自習とした。
 まず九川はソーリスが来ていないか確認したが、まだ彼は来ていないようだった。いつも通り石原と九川は学校に来ていた。
 手始めに宇佐木は声のかけやすい教員から聞くことにしてみた。行方不明者の一人、高宮の担任の女教師だ。
「すいません。おはようございます」
「ああ、おはようございます宇佐木先生! 今朝は早いですね! どうかしましたか?」
 愛想良く挨拶を返す宇佐木と年齢の近い女教師。教師として少しだけ先輩らしく向こうから何かと声をかけてきてもらっていた。声が大きいのと話が長いのが難点だ。
「ええ。いや、ちょっとやることがあったんで早めに出てきたんですが……」
 宇佐木は単刀直入に訊くことにした。
「少しお聞きしたいんですが。先生のクラスの高宮と浅野のことなんですが」
「ああ、あの二人ですね。ずっと来ていませんね」
 にこにこと満面の笑みで女教師はそれだけ言って、さっさと行ってしまった。
「──」
 いつもならこちらから話を終わらせないと去らないような喧しい人なのに、このあからさまに異様な反応は──やはり認識がおかしくなっているのか?強制的に会話を終わらせるように返事だけして廊下を行く女教師。その後を追いかけて宇佐木は再度聞いてみることにした。
「先生! 浅野と高宮のことなんですが」
「ああ、宇佐木先生! おはようございます!」
 くるりと振り返った女教師はにこりと振り返って元気に挨拶をしたのだった。それを見て宇佐木は肌で感じた。
 自分達がいかにとんでもない化け物を相手にしているか。
 勝てるわけがない──……。
 殺されて全部なかったことにされてしまう。
 ただ、それでも宇佐木はソーリスを信じたかった。
 彼がどうするのか?
 そして石原の赤が──どうなるのか?
 九川の目的は? 何故、鬼に人を襲わせるのか?
 宇佐木はこれだけは死んでも見定めなければと思った。
 だから彼は夜を待つことにした。決して逃げはしない。


 そしてソーリスは。




***********************





「お前から電話をかけてくるのは久しぶりだなソーリス」
 電話の相手は渋みのある声で少し嬉しそうに言った。
「すいません師匠。……ちょっとヘコんでいるんで少し話相手になってもらえますか」
 ホテルの一室。カーテンは締め切り、薄暗い部屋でソーリスはベッドの脇で床に座り込んで電話をしていた。ウィスキーのボトルをぐいっと煽り、ソーリスは少し赤い顔をして携帯電話の向こうの男に話を続けた。
「師匠ならどうします? 大切なものを守れるだけの自信が無くなってしまったら」
「……大切なものを失うかもしれないって時に俺なら酒なんて飲まないけどな」
「師匠~……そういうことじゃないんですよぉ。真面目な話、私もその子ももうすぐ殺されるかもしれません」
「その子……女か?」
「いえいえ、今度は男ですけどぉ。もの凄く可愛いんですよ宇佐木は」
「男か……」
 電話越しに溜息が聞こえた気がしたソーリスはまたウィスキーを飲み言った。
「男でも……私は彼を死なせたくないんです……でも、私のハーティじゃ勝てない。……どうしたらいいですかね師匠?」
「お前のハーティで勝てないもんはないって言っただろうソーリス? なんだもう忘れたのか? お前のハーティは最強だ。それでブチ抜けねぇもんはない」
「でも師匠。今回の敵は──おそらく仙人か神か──その類です。おそらくウチの『魔女』さん並か下手したらそれ以上だと思いますよ」
「あら、そりゃ無理だな」
 あっさりと言った自称他称、師匠はでもなーと続けた。
「マグダラさんの未来予知じゃあ、ソーリスお前一人だけの派遣なんだろ? どうにかできんのかそれ? それとも……俺に電話をしてきて俺が加勢に行くのも折り込み済みの予知か? っつーか仙人か神さん相手なら俺一人が行ったところで全員が死ぬだけだろ。あっははははは」
「……笑ってる場合ですかー師匠……どうしたらいいですかね? なんで私と宇佐木だけなんですかね? あの女本当に無理ですよ。だって、おそらく千里眼あるし心は読むわ、幻術が神クラスだわ、おそらく近接戦も私よりも上ですよ。その上、使い魔の鬼が三匹は確定ですよ。もうてんこ盛りなんですよー無理ですよー」
「うわなにソレ。俺ぜってぇ行かねえー」
 電話越しに師匠と呼ばれた男は薄情にもそうはっきりと告げた。
「いやいや師匠にこれ言ったら来ないのなんて分かってましたしー。だから、どうしたらいいか教えてくださいよ」
「──まさかとは思うが……お前達が死ぬことで世界の破滅の回避フラグが立つような案件じゃねぇだろうな」
「……私達が死ぬことで?」
 ソーリスは師匠の言葉に少しだけ最悪の事を考えた。
「ああ……。過去に絶対に問題を処理できないようなルーキーが戦いに派遣されたことが彼女──マグダラの予知であった。だが、一人で行かせることが予知にでてはいたんだ。仕方なく協会はルーキーを戦場へ派遣……結果、ルーキーはさっさと殺された。しかし、世界の脅威はそのおかげで去ったとか」
「ルーキーが殺されたことと脅威が去ったことの関連性……はあったのですか?」
「検証の結果──大いにあったらしい。……まあ、そういう予知もあるそうだからな。気をつけるんだぞ! ソーリス!」
「ちょちょちょ、不安だけ煽らないでくださいよ! 師匠!」
「あはははっ。まあまあ、大丈夫だって。さすがに、ンなことはなかなかないだろ。まだマグダラの力が弱かったずいぶん過去の話だ。──……とにかく今回のことは俺も上に言っとくよ。必要とあらば俺もすぐ行くし、応援も向かわせる。それでいいんだろソーリス?」
「……初めからその気ならそう言ってくださいよ師匠」
「俺もお前には死んでほしくないに決まってんだろ! どんな時でも冗談を言う余力だけは残しておけといつも言ってるだろ?」
「はいはい。……昨日まではその教えを守ってたつもりだったんですけどね……。格上に当たるとすぐに忘れてしまいましたよ師匠の教え」
「格上ねぇー……。うーん、どうもなぁ。……なぁ、今回のこともっと初めから詳しく聞かせろよ」
 ソーリスは予知通りに警察署で宇佐木光矢と会ったことから話し始め、民家で一体の鬼を葬ったこと、現在は学校の教師をしながら情報を集めていたことを教えた。電話先のソーリス曰く師匠の男は、少し黙って何か考えているようだった。
「……なるほどなぁ。……一つ疑問に思ったことがあるんだがソーリス」
「なんでしょうか師匠」
「なんでお前ら生きてんだ?」
「……は?」
「いや、だってそうだろ? なんで、そもそもお前とその宇佐木光矢とやらは昨日、鬼と術者に囲まれた時に殺されなかったんだ?」
「……術者は勝負だと言って今日を指定してきましたが……」
「だから、それは何故だ? ……俺はなんだか、そのへんのところに勝機があるように思うがな」
「……勘ですか師匠」
「勘だな」
「あんたの勘はいつも外れますけど……今回は有難く頂戴しておきます」
「うわー! お前もろくでなしの弟子だな。まあ……明後日には美味い酒でも飲もうぜ」
「術者との対決は今日の夜ですよ師匠」
「俺は間に合わんなーアメリカだし。近くのやつ行かせるな! 確かあのお人好しの探偵もそこから近かったろ」
「あんた、もともと来るつもりないだろ! ……あの人はうちの人間じゃないですよ師匠」
「ああ、そうだっけ? まあ、一応、声かけとくわあいつにも! 暇だったら助っ人行ってくれってな」
 そして師匠と呼ばれた男は「グッドラック!」とだけ言って電話を切った。何も解決していなかったが、不思議とソーリスは少しだけ落ち着いた気分になっていた。
 それに──いざとなれば……──。
 ソーリスは胸に手を当てて静かに目を閉じた。





***********************





 時間は刻々と夜へと時を刻んでいく。
 死ぬかもしれない。殺されるかもしれない。落ち着いてなど宇佐木はいられなかった。
 昼休み──。
 宇佐木は石原に聞きたいことがあった。
 九川が少し席を話して廊下に消えたその瞬間を宇佐木は伺っていた。
「石原っ」
「ひゃっ……せ、先生? どうしたんですか?」
 教室でおどおどとした石原の視線を浴びながら宇佐木は矢継ぎ早に要件を伝えた。
「聞きたいことがある。少しいいか?」
 廊下の方を指して外に出るように誘導した。九川が戻ってきてはマズイ。
「え、え、……」
 赤い顔になって俯いた石原はこくりと頷いた。
「よし、行くぞっ」
 宇佐木は石原の手をとり、すぐに教室から出て廊下の奥の階段を一気に駆け上がって屋上まで走った。何事かと休み中の生徒や教師が見ては来るが、宇佐木は構わずに石原の手を引いて階段を登った。後ろの石原も不思議と息を切らさずについてきた。暗い最上階の階段の大扉を開け放つと、冷たい風が屋上から一気に流れ込んできた。寒い冬の空だが広がった青は気持ちいい快晴だった。
「はっはっは……以外と……運動神経あるんだな石原」
 屋上へついて息を整えながら開口一番に宇佐木はそう言った。石原はまったくと言っていい程に息を切らしていない。
「……え………い、いや、なんかよくわかんなくて……どうしたんですか? 先生?」
 ばたばたと顔の前で両手を振って汗を飛ばす彼女を宇佐木は不思議そうに眺めていた。
 そりゃそうか。急に教師に腕を引っ張られて屋上に連れてこられれば焦るだろう。
「いや、言ったろ。聞きたいことがあるんだ。……ちょっと他に聞かれたらマズイから……驚かせて悪い石原」
「だ、大丈夫ですよ先生。……ちょっとびっくりしただけなんで」
 なんだか居住まいを正し眼鏡の位置を直しながら石原は宇佐木に向き直った。
 宇佐木には──時間がない。九川のことをもっと知っておかないとという気持ち。それともう一つ石原に絶対に確認しておきたいことがあった。
 ──石原はどこまで知っている──?
「石原。九川……九川礼子のことなんだが」
「先生、九川さんのこと名前では呼ばないで。九川さん下の名前嫌いだから」
「あ、ああ」
 ────……。
 こうも急に空気が変わるものだろうか。宇佐木は思わずう生唾を飲んだ。心拍数が少しずつ上がっていくのを感じた。明らかに九川さんと宇佐木が名前を発した瞬間、石原の目の色が変わった。オドオドとしたいつもの石原ではない。……石原も九川に認識をズラされている?
 体に纏わりつく鬼の赤がざわざわと騒いでるようなそんな気がした。宇佐木は意を決して話を続けた。
「石原、九川と仲良いよな?」
「はい」
「九川がなにをしているか……知っているか?」
「……なにをですか?」
「何か九川は特別なことをしていないか? 人と違う何か」
「……先生がなにを言っているのかわかりません」
「……そうか。石原は九川のこと好きか?」
「はい。……好きですよ。私のたった一人の友達です。……九川さんがいなかったら私きっと『生きていけない』」
 大げさな。と宇佐木光矢は思った。彼はこの年代の少年少女の世界がすべて学校という箱庭に凝縮されていることを知らなかった。学校で幸せであれば、青春時代は輝かしいものとなり、そうでなければ──地獄となる。そんな風に考えてしまうのが思春期というものだ。宇佐木はその箱庭からさっさと脱落し解放されてしまった類の人間だったので石原の気持ちは実のところよく分からない──が話にのるしかない。
「……そんなことないだろ? 俺だって学校じゃよく話してるだろ?」
「……そうですね。先生が来てからのこの二ヶ月は本当に新鮮だった。……九川さん以外とこんなにお話したことなんて中学の時から全然なかったから。私、根暗だったし本当に友達いなかったんですよ。誰とも仲良くできないし、したいとも思えなかった。……なんだか誰にも興味が持てなかったんです。みんなバカみたいで……あはは、私悪い子でしょう先生。……学校も毎日行きたくなかった」
「九川とは中学から?」
「そうですよ。……でも九川さんが今みたいになってからは……まだ半年くらいかな」
「『今みたい』?」
「ああ、先生は知らないですよね。九川さんが急に変わったこと。……この学校じゃ有名なんですけどね」
「変わった?」
「九川さんはある時から、『なんでもできるようになった』んです」
「なんでも?」
「はい……。それまでは成績も悪くはなかったけれど今のように毎回学年でトップなんてこともなかったんです。運動神経だってもともと凄く運動ができなかったのに、今ではどの部活も試合には九川さんに一声かけるくらいなんですよ」
「……急に色々とできるようになったのか? ……でも、それくらいって裏で勉強とかしていたらどうにかなるんじゃ?」
「あはは……先生、違うんですよ。九川さんはそんな『普通のレベル』じゃないんです」
「……」
 鬼を使役し、ソーリスを圧倒した姿を見ているので宇佐木は九川が『普通でない』ことは知ってはいたが思わず口を噤んでしまった。
 石原はなんだか熱に浮かされたように饒舌に語り始めた。
「九川さんは誰よりも強くて賢くて、どんな悩みも解決してくれる。この学校ではみんな困ったら九川さんを頼るようになっていったんです。委員会にも所属し、委員長兼その他すべての委員も兼任。三つ四つの部活の部長もしているんですよ。凄いでしょう?」
「……いろんなところで見かけるとは思ってたけど、そんな凄いやつだったんだな」
「そうなんですよ。……だから、先生が九川さんのなにを気になったかは知らないですけど九川さんは凄いからなんだか目についてしまうんだと思いますよ」
「……そうだな」
 それは表向きの九川なんだろう。ある時から、『なんでもできるようになった』。気にかかるとしたらそこだろうか。それまでは普通の人間だった──のか?いったい九川になにがあったのだろう。鬼による殺人が行われ始めたのと、九川が変わった時期は一致するのだろうか──警察署に行けば……──もうそんな時間もないし、それどころかソーリスがいないと自分一人では誰も教えてはくれないだろう。それに今、重要なことはそんなことではない。
 今夜、術者──九川との対決がもう決まっているのだ。それまでにもっと情報を得ておく必要がある。
宇佐木もソーリスも相手のことを何も知らなさ過ぎるのだ。今の今まで注意を向けないように認識を蚊帳の外にされるような術をかけられていたからだろうか。宇佐木もソーリスも九川の情報が全くと言っていい程にない。石原といる時になんとなく話した女生徒。その程度だった。それが急に昨日の襲撃だ。宇佐木は真剣な目で石原に問う。
「変な質問になるかもしれないけど……答えてくれ石原」
「……私に答えられることであれば大丈夫ですよ宇佐木先生」
「ありがとう。……石原は──九川が何か今特別なことをしていたとしたら、そのことに関与しているか? 何か知っているかことはあるか?」
「……九川さんの特別なこと? 九川さんは何かしているんですか?」
「……」
 石原は知らない──だとしたら、お前のその赤はどうして──。宇佐木はもやもやとした頭を振った。
 そして最後の一つ。これだけは聞いておかないといけないということを尋ねた。
「石原は今が好きか?」
「はい。九川さんがいてくれて、絵が描けて、宇佐木先生も気にかけてくれて……私、今までで今が一番に幸せです」
 嘘偽りのない満面の笑みで彼女はそう言った。




***********************




 まったく──無駄なことをする。
 宇佐木に屋上へと連れて行かれるアキを見ながら九川は無表情で溜息をついた。今さら、私のことを調べてどうにかなるとでも思っているのでしょうか?
 まあ、せめて夜まで──あと半日──無駄な足掻きはさせてあげましょう。それにしても私のアキの手を引っ張るなんて……もう本当に殺してしまいたいわ。
「……」
 殺してしまいたい?
 今日、宇佐木と神父は殺すのでしょう。
 殺してしまう相手だから今は好きにさせているのでしょう──私?
「……」
 それにしても、あの神父はまだ賢いのかもしれない。学校には来ていない。逃げたのか?まあ、別に逃げたのなら──。
「……また私は……」
 逃げたのならなんなのですか。追いかけ、殺さなければ。私のことを嗅ぎまわっていた連中の一人なのですから。それに前鬼も彼に葬られた。殺さない理由などない。
 でも、宇佐木は──。
 アキは宇佐木のことを好きというか尊敬している。そんな彼が死ねばアキはかなり悲しむのではないか。アキの絵を描く楽しさも宇佐木光矢という人間がいてこそあるようで、きっと美術部から彼がいなくなればアキは絵を描くのをやめてしまう。そもそも彼の絵に一目惚れして始めたのだ。アキは大きなショックを受けるのは間違いない。
「……」
 そうすれば、また自分とずっと一緒にいられるじゃないか。以前のようにアキを独占できるのだし選択肢などないはずなのに。
 私は奴らを殺すのもアキから絵を奪うのも……一体、何を躊躇っているのでしょうか?
 ──あの場で、すぐに殺しておけばよかったものを──。
「そんなことは本当に分かっているのだけれど、一体……どうしてしまったのかしらね私は」
 変わってしまったアキから絵を奪うことが怖いのか。
 今の日常を壊してしまうことが怖いのか。
 以前の自分なら、こんなことで迷わなかったはずなのに。
 九川は再度、大きな溜息をついた。そして自分に言い聞かせ戒めるかの如く呟いた。
「今夜。すべてを終わらせます」
 でないとあの時──あんなことまでしてアキの貞操を守った私の決意を嘘にしてしまうじゃないか。
 いや、私の決意などどうでもいいか。
 『力』に目覚め、私はアキを守ることができるようになった。
 それだけ。それだけでいい。
 半年前──九川礼子は二人の男子生徒を確かな殺意をもって殺害していた。躊躇うことなく命乞いを聞くこともなく石原秋子の前で『引き裂いて』いた。
 発端は二名の男子生徒がアキを人気のないところに呼び出して良からぬことを企てていたのを九川が察知したことから始まる。元々、九川は今の様に万能となる前も面倒見の良い性格であったので色んな生徒からの悩み相談などを受けていた。その中の一人に石原秋子がいた。
 運命の出会い──と九川は今はそう思っている。
 簡単に言うと石原秋子から相談を受けた時に九川は一目惚れをした。それまでに彼女のことは存在としては捉えていたが全くなんとも思っていなかった。ただ、そういう生徒がいるなという認識だけはあった。それまでは彼女のことはなんとも思っていなかいなかったし、九川が現在感じているアキの魅力には気がつけないでいたのだ。
 その時、九川はただアキの小さな声を聞いた。上目遣いにオドオドと自分に話しかけてくる彼女を見た。
 瞬間の出来事。九川は背筋に何か得体の知れぬゾクゾクとしたものが駆け上がっていった。
 ──私はこの女性と永遠となる──。どこからかそう男の声が聞こえた。そんな気がした。
 石原秋子。ただどうしてもその名前だけが嫌いだった。有象無象の様な地味な名前。
 だから九川は彼女をアキと呼んだ。
 アキは九川に相談を持ちかけた。
 ──もしかしたら怖い目にあうかもしれない──。
 そう愚鈍なアキでも思う程に怪しい誘いが男子からあったのだ。
 アキは写真部の男子生徒から放課後にモデルになってほしいと言われていた。どうして自分の様な地味な子に声をかけるのだろうと疑問にも思ったし、何よりもアキはその二人の男子からの視線に気持ちの悪いものを感じていた。会話をしていても自分の胸や尻などしか見ていない。平均より上のボリュームのあるアキの女らしい部分は確かに普段から男子の視線を釘付けにすることはあった。──がその写真部の二人の目は明らかに異常だった。アキは怖くなってしまい断る勇気もないので、九川にどうしたらいいかと相談したのだ。
 そして九川は答えた。
 だったら私が隠れて見張っててあげる──なにかあれば先生を呼ぶわ。
 そう言うとアキは瞳に涙を溜めて礼を言ったのだった。
 むしろ礼を言いたいのは九川の方だった。彼女は初めて自分を理解していた。
 自分はこの女性を愛するために生まれてきたのだと。
 性別やその他諸々のことなど、もうどうでもいい程に九川はアキのことだけしか考えられなくなった。
 九川に少し打算的なところがなかったかといえば嘘になる。九川はアキの頼みを聞き男子生徒からの呼び出しを見守ることでアキに恩を売ろうとしていたのだ。とにかく彼女に近づきたいと思っていた。
 案の定──だった。アキは男子生徒に誘われて写真部の部室へと向かい、危惧した通りの展開へと陥っていた。男子生徒は部室に鍵をかけて石原に制服を脱ぐ様に強制していたのだ。部室の外からボイスレコーダーを片手に正攻法に出ようとしていた九川だった。
 だが、それもすぐに──『飽きた』。
 九川はあろうことか部室の扉をいきなり『蹴り飛ばした』。
 女の力とは思えぬ速度で放たれた蹴りでスライド式の扉は吹っ飛んでガラガラと大きな音をたてて、今まさにアキを襲おうとしていた男子生徒二人は固まっていた。
 そこからの記憶は九川礼子は曖昧だった。
 何かよく分からない記憶が流れ込んできたのを覚えている。それまでは九川礼子としての人生の記憶しかなかったというのにアキが襲われているのを見た瞬間、怒りで目の前が真っ白になった。それと同時に何かが彼女の中に生まれたのだ。
 ───厭離──帰還せし。
 決してあり得ぬはずの混じることのない生まれ変わる前の記憶とでもいうのだろうか。
 九川はその『意識』をそんな風に思っている。
 おかしな事に指で引っ掻けば二人ともバラバラになるだろうと何故かそんな確信が急に生まれ──確かにその通りにすれば男子生徒二人はあっと言う間に肉塊へと変貌した。
 九川はまるでプリンでも撫でたのかと思う程に柔らかいなと思った。人間の皮と血と骨が彼女の爪によっていとも簡単にスライスされた。
 飛び散る血飛沫を浴びて九川は普段の彼女とは思えない程の恍惚した表情で、その引き裂いた死体を眺めていた。口元は自然と薄く笑っていた。
 そんなシーンを目の当たりにしたアキが正常な精神状態を保っていられるわけもなく、泣き叫び逃げ惑うアキを九川はすぐに『眠らせた』。自分が手をかざして眠れと思うだけでアキを眠らせられる。そういう確信が急に生まれたのだ。
 ──なんだ、これは──
 九川には勿論、分からなかった。ただ誰かの記憶が九川の中に生まれていた。
 これは──私?
 過去の自分?
 真偽など分かるはずもなく、自分が狂っているのか正常なのか──それを確かめる術もない。
 ただ、今はアキを眠らせ悪い記憶を消してあげられるだけの『力』が自分にはある──それだけがなんとも言えない程に九川には嬉しかったのだ。
 
 九川礼子は決意した。
 アキと永遠となると──。
 それが彼女のすべてなのだ。


 そうして万能の術者は完成した。





***********************





 結局、宇佐木光矢は九川のことで石原から聞けたこと以上のことは分からず、夜までに状況を変えられそうなことなど何も思いつくはずもなかった。
 まさに無駄な足掻きではあったが、それでも九川のことが少し分かり石原が今が好きだということが分かった。
 正直、宇佐木にはそれだけで十分だった。それ以上のことなど宇佐木にはどうでも良かった。彼が何をすればいいのか、それが分かっただけで重畳だった。
 あとはソーリスが来てくれさえすればと宇佐木は暗くなりはじめた校庭を二階の廊下から眺めていた。もうとうに生徒は下校している時刻で人が半分以上減った校舎はいやにしんとしていた。
 少し考え事に耽っているいる間にすぐに太陽は完全に隠れて見えなくなってしまった。
 冬の夜。時刻が十八時ともなれば完全に辺りが夜の闇に包まれ、人の気配が無くなっていてもおかしくはない。いやに寒々しい校舎は全体が何か得体の知れないものに包まれているかのようだった。
 いつもなら部活動の片ずけのものなどもう少しはいるはずの校庭にも人影一つない。
「……あと六時間か」
 指定されたのは夜の十二時に体育館。そこに九川がまたあの鬼達を従えて現れる。
 自分の体が少し震えているのが分かった。寒さからではない。恐怖もあるが、それ以上にこの数ヶ月追い続けた元凶との対決に宇佐木はどこか高揚している自分に気がついていた。
 武者震い。死ぬかもしれないっていうのに。まったく自分という人間はどうかしている。
 ソーリスでさえも勝てないかもしれない化け物に自分ができることはあるか?
「……あるはずだ」
 宇佐木はたった一つだけ九川に伝えたいことができていた。それだけは殺されてもどうしても伝えなければならない。
「──まったく、あなたは逃げなさいと言っておいたでしょう」
「ソーリス」
 廊下の奥の闇からいつもの司祭服でソーリスが現れた。外の光に照らされた金髪がきらきらと月の様に輝いていた。少しだけ困った様な顔で宇佐木を見て半ば諦めたように溜息をついた。ソーリスは本当は宇佐木にはここにいてほしくはなかった。──が、やはりどこか少し嬉しくもあった。そんな悲喜交々織り混ざった笑顔のソーリスに宇佐木はバツが悪くなり、ふと外の闇に月を探した。
「今日は新月ですよ。宇佐木」
「……いつも思ってたけど、お前もあの化け物みたいに人の心が読めたりするのか?」
「あははは。そんなわけないでしょう宇佐木。まあ、あなたの考えていることなら手に取るように分かりますが。……私の読心は人並みです」
「人並みねぇ……」
「対してあの術者のは本物ですよ宇佐木。……今もきっと千里眼で私達を眺めてどこかで余裕ぶっているはずです」
「……怖ぇー九川超怖ぇー」
 宇佐木は両手で自分を抱きしめて戦慄した。どこか白々しいほどに冗談ぶった動作と言い方なのは宇佐木なりに気持ちを落とさないようにしようという気遣いだった。
「怖いなんてものではない。なのであなたはさっさと逃げてください。……こちらも応援を呼びましたので誰かしら味方も駆けつけるでしょう。……私がするのは味方が駆けつけるまでの時間稼ぎです」
「おいおい、そんなことバラして大丈夫なのか? 九川が見てるんだろ?」
「あはは。そんなの大丈夫ですよ」
「……そんなもんかね」
「そんなもんです。それよりも、あと数時間あります。……一杯どうですか?」
 よく見たらソーリスは左手にビニール一杯のビールやら酒やらを買っていた。
「……」
 宇佐木は思わず口をだらし無く開けてジト目で神父を見た。ただニコニコいつもの笑顔でいるだけのソーリス。それも彼なりの気遣いだったのかもしれない。
 人に逃げろと言いつつ自分が来ているだろうと、いや来ていてほしいと思っていたんじゃないのか、と宇佐木は考えた。いや、うん。絶対一緒に飲むつもりだったなこいつは。
「一杯の量じゃないだろ。朝まで飲むつもりか」
「いえいえ、これくらいじゃ朝までは無理でしょう」
 ソーリスは当たり前の様にそう言い、薄暗い校舎を宿直室まで歩いた。
「あ、そういえば警備のオッサンは?」
 いつも夜の学校には一人の警備員が配備されている。五十代の人の良いおじさんで宇佐木は何度もよく話していたことがあった。
「先ほど宿直室を見て来たらすでに九川が手をうったのか、すっかり眠りこけていました。……何をしても起きませんでしたので何かしらの術でもかけられているのでしょう。なのでまあ……多少騒いでも大丈夫ですよ宇佐木」
「誰も酒宴の心配はしてねぇよ。……ってことは、やっぱりいつもより人がいなく感じるのは九川の仕業だったのか?」
「でしょうね。……単なる人払いでもこれはずいぶんと高等な術ですよ。……あの女いったい何者なのやら」
 ソーリスは言いながら宿直室の引き戸を開けた。ふわりと暖かい風が廊下に流れ、それに逆らうように二人してずんずんと遠慮なく中に入った。テレビがついたままの六畳程の部屋は暖房がかかっていて真ん中にはこたつがある。警備員のおっさんは上着を脱いでコタツで気持ち良さそうに突っ伏して眠っていた。
「いつもこうじゃねぇだろうな、このオッサン……」
「まあまあ宇佐木。寒いですしとりあえずコタツに入りましょう」
 コタツが似合わない金髪の外人は宇佐木にコタツに入るのをすすめ、宇佐木が入ってから自分もさっさと入りビニールの酒を漁りだした。
「……」
 長方形タイプのコタツに向かい側でも隣の面でもなく、何故か自分の隣に座るソーリス。宇佐木は面倒だったので突っ込まなかった。
「いやぁ、コタツで暖まりながら呑むというのもいいもんですね」
 ソーリスの飲む酒は相も変わらずでウィスキーのロックだった。しかも大瓶のままラッパ飲みだ。
「クゥー! 美味しい。さあ宇佐木も飲みましょ飲みましょ」
「……」
 宇佐木にはなんだかソーリスがいつも以上に呑気で悠長にしているように見えた。だからだろうか。普段はそういう機微には気がつかない宇佐木にもやはりソーリスが先程から緊張を解そうとしているのだと分かってしまった。
 宇佐木もとりあえずビールを一缶だけ開けて口をつけた。自分はソーリスと違って飲みすぎてはまったくダメになってしまうので一缶か二缶だけにしとこうと思った。
 コタツの中の下半身がじんわりと暖かくなり、冷たいビールではどうしてだか心地良い。
 宇佐木は聞いてみることにした。
「なあー、ソーリス。あんた怖くはないのか?」
「怖いのかですって? それは当然、怖いですよ宇佐木。あなたも敵の強さを見たでしょう」
「そうだな。……今日な、九川のことをいくつか調べてたよ。石原にも聞いてみたりした」
「……また危険なことを。……何か分かりましたか?」
 眉間に皺を寄せてソーリスは少し難しい顔をしてそう言った。宇佐木は答える。
「九川はどうやらここ最近『凄く』なったらしい。……それと石原は今のところ九川のやっていることは知らなさそうだったな」
「そう……ですか。なるほど。てっきり石原秋子もグルだと思っていましたが……どうなんでしょうね? あなたが見たところ色が付いているでしょう? 石原にも」
「そりゃそうなんだけどな。石原の色がどんどん濃くなっている理由も、鬼の色が感染っている理由も全く分からない」
「濃くなっている? それは初耳ですよ宇佐木」
「……ありゃ、そうだっけー」
 宇佐木はトボけてビールをぐびっと呑んだ。
「まったくあなたは……。まあ、いいでしょう。それで石原は他には何か言っていましたか?」
「……──今が楽しいと、さ」
「……」
 ソーリスは複雑そうな顔を一瞬だけして、すぐに首を横に振りウィスキーをあおった。
 宇佐木は気になっていたことをソーリスに尋ねた。
「そういや、応援は来るって……マジなのか? それまで俺ら生きてられる?」
「だから、あなたは逃げなさいと言っているでしょう宇佐木。……私だけなら勝算はありますよ。まあ、それでも応援が来ないとあの術者を倒しきるのは無理でしょうね」
「……えらい自信だな。……酒の力じゃないことを祈るばかりだ」
「あなたも言うようになりましたね宇佐木」
「はははは」
「……」
 少しの沈黙。
 あらら、少し怒ったかななんて思いながら宇佐木はソーリスの俯いた顔を覗き込んだ。
 沈んでいるかと思いきや、にやりと笑ったソーリス。何を思ったか急に隣の宇佐木の腰に手をまわしだした。
「おいおい! ……っ」
 急なことにびっくりした宇佐木は声が出ない。ソーリスは宇佐木のその耳元で囁く様に言った。
「最後になったら……嫌じゃないですか。……だからこれくらいしとかないとですよ」
「……やめとけ。こういうのしとくと死ぬ確率が上がるらしいぞ。あんたたぶん俺にこれ以上なんかしたら確実に死ぬからな。……ちょっ、変なとこ触んな!」
「ええー変なとこってどこですか? ちゃんと分かるように言ってくださいよ。宇佐木」
「こ、殺すっ……。てめえコタツから出ろ」
「あはははは。嘘ですって宇佐木ー。ああ、もう本当に可愛いなぁ宇佐木は。ささっ。もっと呑みましょうよー」
「あのさ。この後、お前鬼と戦うんですよね?」
「戦う戦うー。まあ、どうでもいいじゃないですか。宇佐木もいつもよりビール飲むペース遅いですよ! あと数時間あるんだからまだまだいけるでしょ?」
「いやいや、いくかー!」
 結局、そのまま宇佐木とソーリスは十二時まで宿直室で酒宴を続けたのだった。
 
 
 
 
 
 ***********************
 
 
 
 
 
「あなた達は……本当にただの馬鹿だったのですか?」
 夜零時の体育館。
 その一番奥の壇上──舞台の電灯だけが何故か点けられた薄暗い空間。体育館の中央で凛として佇む少女が開口一番にそう言った。
 少女の両脇には微動だにせずこうべを垂れる鬼が二匹。片膝をついて石像の様にただ固まっていた。
 対して体育館の重たい門扉をゼーゼーと押し開けた宇佐木と、赤い顔のソーリスはヘラヘラとしていた。もはやただの駄目な酔っ払い二人組だった。
 少女──九川は女生徒の制服姿。いつもの通り。何もおかしなところはない。こんな時間にここにいることと両隣の存在が異質過ぎるというだけで全くいつも通りだった。九川は芝居掛かった動作で黒いスカートの両端を持ち上げて恭しくお辞儀をした。
「いらっしゃい先生方達。死ぬ前のお酒は楽しかったですか?」
 九川はそう言って次に少し赤い顔で恥ずかしそうに言った。
「……そ、それとあなた達がそういう関係だったとは……知りませんでしたわ」
 おそらく宇佐木とソーリスの宿直室のやりとりを見てのことだった。
「違う! ホモなのはこいつだけだ!」
「宇佐木違います。私はバイです。それに何もできなかった……腰に手をまわしただけなのですよ……」
「なんでガッカリそう!? いやいや、なにかするつもりだったのかよ!?」
「あっはははは。まあ、そういう流れも悪くないかなと思いましてね」
「思いましてじゃねぇよっ」
 ────……。
 ポツンと数秒待たされて九川はハッとし、咳払いをして冷めた口調で言った。
「漫才はあの世でどうぞ。……どうしてだかあなた達には緊張感というものがないように思います。今から私達に八つ裂きにされるというのに。……どうして逃げなかったのですか? 寛大な私は追うつもりはありませんよ」
 九川は遠い目をして無感情にそう述べ、それにソーリスは真っ直ぐに鬼達を見据えて返した。
「私は逃げません。……まあ、宇佐木には逃げてほしかったのですけれどね」
「俺は逃げねぇよソーリス」
 宇佐木がそう続け──。
「そうですね。……それと、死にはしませんよ九川。私と宇佐木は絶対に死にはしない」
 鼻で笑った術者九川は言う。
「あらあら先生。今日はえらく威勢がいいですね。前はあんなにブルってましたのに」
「ええ、この間は呑みが少し足りませんでしたからね」
「お酒を呑んで気を大きくしてきたのですか? それも作戦の内ということですか?」
「いえいえ、単にお酒を宇佐木と呑みたかっただけですよ。もう少し呑みたかったのですけれどね……。さっさとあなた達を片付けて呑み直すこととします」
 途端、体育館の中を風が吹いた気がした。空気が変わりそれと同時に九川の目が据わった。
「ふふふ! ……本当に今日は威勢がいいですね。私とこの子達相手にそこまで言える程あなたが強いようには見えませんが」
「見えませんか? では、あなたは所詮は小娘ということなのでしょう」
「……私を小娘と言いましたか!?」
 九川の怒りの火に油を注いでいくソーリス。宇佐木はそれをただ見ていることしかできない。
 ──大丈夫なのかソーリス。
 鬼二匹と得体の知れない術者九川を前に虚勢を張るソーリスに宇佐木は勿論、不安を感じていた。
 だが、それでも彼はここにいた。自分は死んでもここにいなければならない。宇佐木はどうしても九川に言いたいことがあった。
「……まったく、ここに来ることすら理解できないというのに……。私達に勝つつもりなんて……呆れを通り越して憐れみますよ先生。──もう殺してしまおうかしら」
 九川は溜息を吐きながら『左』の鬼を撫でた。鬼は主人の声にまるで肯定したかのように低い声で唸り返した。
 宇佐木は今だと思った。もうおそらく九川とソーリスはすぐに『始めて』しまう。だから今言わなければ──。宇佐木はらしくはないができるだけ労るような感情を込めた声で話しかけていた。
「九川……お前は石原と一緒にいたくはないのか? 」
「はっ。何を言いだすのかしら宇佐木先生は。私とアキはいつも一緒です。いつまでも一緒なのです。当たり前でしょう」
「だったらこんなことはやめろ。人を殺して……それの隠蔽までやって……それでもいつかはバレて俺達みたいなのに見つかるんだ。そうしたら石原とは一緒にいられなくなっちまうんだぞ?」
「見つかれば今からやるようにただ外敵を排除するだけです。私は私の目的のためにこうしているのです。それを外の人間にどうこう言われたくはありません」
「お前の目的はなんなんだよ九川……戦う前にそれだけ教えてくれ。どうして鬼に人を殺させた」
 切実に宇佐木はそう思った。どうして、人を殺したのか。家族を引き裂き、子供の目の前で親を殺してまでしたいことなど何だというんだ。自らの過去を重ね宇佐木は九川にそう問いたかったのだ。
「──人は食料です」
「……なんだ、と」
 思わず宇佐木は目の前の少女を凝視した。
「聞こえませんでしたか? 鬼にとって人は食料です。先生はお肉をお食べになるでしょう? 牛やら豚やら……それらと同じです。彼らにも栄養のある食事が必要なんですよ」
「……人以外のものは食えないのかよ」
 鬼が人以外のものを食べられて人に害をなさないのならそれで上手くいく。──そんなわけはないのに。
「鬼の食事は人だけなんですよ宇佐木先生。仕方がないんです」
 九川は『右』の鬼を撫でた。宇佐木は一歩詰め寄り声を荒げた。もう酔いは完全に冷めていた。
「鬼を作ったのはお前なんだろ!? 九川!? それに石原は!? 石原にお前は何をしている? お前は……あの子を鬼にするつもりか!?」
 その宇佐木の言葉に九川の顔つきが完全に変わった。あの夜の道で見せた怒りの形相だった。
「……っ! お前は……! アキになにかしたのか!? 何を知っている!? 殺していいの!? ねぇっ、もう殺しますね!」
 突然の少女の豹変に動揺したが宇佐木は話を続けるためにできるだけ冷静に返した。
「……俺はお前達を倒したいんじゃない。お前に人殺しを止めさせたいだけだ。……石原もお前といる今が楽しいと言ってたぞ。お前は──どうなんだ九川」
「私は……っ! 私は永遠にアキと一緒にいるのよ! そのための生贄なんだから!」
「そのための……?」
 ソーリスが呟き思案する。突然、目の前の少女を中心にして激しいつむじ風が巻き起こった。思わず目を瞑ってしまう程の質量。それが少女から放たれていた。黒い髪と制服がふわりふわりと風になびく。宇佐木にはとても現実の光景とは思えなかった。風の中で九川は叫んだ。
「さあ、始めましょうか先生達! 三対一ですけど恨まないで……いえっ、恨んでくださいな! それがっ、恨みが! この子達の美味しい食事なのですから!!」
「ソーリス!」
「下がっていなさい宇佐木。 大丈夫。……私があなたを守る!」
 ソーリスは懐からウイスキーの小瓶を出して一気に全部飲み干して、それを九川達目掛けて投げつけた。
 瞬間──ドンッという音が響いて宙を舞っていた瓶は弾け飛んだ。ソーリスがとてつもない反射速度で、『ハーティ』を抜き放ち瓶を撃っていた。
 銀色の装飾の綺麗なかなり『大きな』銃だった。ソーリスの自信は上々か──宇佐木は思った。そして飛び散るガラス片を物ともせず九川は両脇の鬼の頭に手を置いて呟いた。
「左近、右近、後鬼跋扈せよ」
「────っ!」
 宇佐木は背筋が凍った。そういえば鬼は三体いた。後、一匹は。宇佐木は辺りの色を見た。
「ソーリス!! 足元だ!」
 宇佐木は『色』の変化でソーリスよりも早く気がつくことができた。ソーリスの足元の影から何かが這い出てきているのに。鬼は神父の影に潜んでいたのだ。鬼とはそんなこともできてしまうのか。
「下か!」
 ソーリスは言いながら飛んだ。正直、宇佐木の声がなければ危うかったなと感じながら。
 ソーリスのその跳躍は単なる垂直跳びだったが、常人のそれを遥かに超えていた。宇佐木はソーリスを見上げるために顔を上げた。ソーリスの足元の影から這い出た鬼が後を追いかけていた。
 同時に左右から二匹の鬼が宙に浮かぶソーリス目掛けて飛んできていた。ソーリスの足元から鬼が現れてからものの数秒の出来事。
「……っ」
 宇佐木は呼吸するのも忘れてそれを凝視していた。一瞬でソーリスは身動きのできない空中で三匹の鬼に囲まれていた。そのまま落下するはずのソーリスと鬼達。宇佐木にはどうしてだかそれらが静止して見えた。
 神父は目を閉じて己の銃を胸の前に構えて──祈り撃った。
「救われたまえ!」
 鬼にされてしまった人間に向けた言葉なのか。あまりにも高速の早撃ちは三つの音が重なって鳴り響いた。ほとんど一つの音のように宇佐木には聞こえていた。
 ソーリスを中心にして綺麗に三つの怪異は弾け飛んだ。まるで花火の様に。ソーリスはそのまま宙を回転して尚も銃を放った。
 また音は一つに聞こえたが、三匹の鬼はすべて地面に叩きつけられた。
 鬼が地面に落下すると同時にソーリスも降り立った。そして彼は少女の姿を探した。
「──いない」
「ここですよ神父様」
 右方向から聞こえた声にソーリスはすぐに『ハーティ』を向けた。
そこには銃身を頭に突きつけられた九川がいた。
「速いのですね先生は。……思わず見惚れてしまいましたわ。あの子達が撃たれているところを」
「次はあなたですよ」
「次? まだあの子達を倒せていないのに?」
「……っ」
 銃身を九川に向けたままソーリスは首を背後に向けた。そこにはゆっくりと立ち上がる三匹の鬼達がいた。どいつもこいつも撃たれた箇所に大きな穴が空いているものの難なく動いていた。
「あなたに倒された前鬼……。家族の仇をとろうとあの子達も必死なのよ先生」
「……鬼がタフになったところでそれがなんです。あなたを始末すればいいだけのこと」
「できるのですか先生に。私のような少女が殺せるのですか。──し、ん、ぷ、さ、ま」
「黙りなさい」
 ソーリスは迷わず銃を放った。 
 九川の頭はバネの様に大きく後ろに揺れ──そしてすぐにソーリスの前へと戻ってきた。
「痛いじゃないですか先生」
「──想像以上の化け物ですね……! あなたは……!」
 九川の眉間には多少の焦げ跡があるだけのように宇佐木には見えた。
 あのソーリスの銃は銀色の大銃だ。鬼を一撃で葬ったあの時と同じ銃──ソーリスの心が強い時にだけ発露する『ハーティ』の真価。それでも九川には傷一つつけられていない。
「分かったでしょう。あなたでは私には勝てない」
「……黙れっ」
 ドンドンドンと続け様にソーリスは銃を放った。揺れる九川の体。玉が当たる度に大きく後ろに体がぶれた。それだけだった。ただ、彼女の動きを僅かに止めただけ。九川は焦げて破れた制服を見て少し悲しげに言った。
「穴が空いてしまいました。……明日お母さんになんて言ったらいいかしら?」
「くっ……!」
 ソーリスは距離をとろうと後ろへと飛んだ。一瞬で三メートル以上後退。そのバックステップに綺麗に九川は間を詰めてきた。
「あらあら。先生は銃さばきだけじゃなくて体育も満点ですね」
「!」
 ──速い。自分以上の動きをしてきた九川に思わずソーリスは銃を撃ちまくった。銃身から放たれた炎の光に照らされた九川の体は今度はブレなかった。
「別に止めようと思えば止められるのですけどね」
「なっ……」
 超光速で動いた九川の手からバラバラと数発の弾丸が落ちた。
「……先生。諦めたらいかがですか? くすくす」
 ──まただ。宇佐木はここにきて初めから思っていた妙な違和感の正体に気がついた。
「やれやれ……」
 半ば諦めた様にソーリスは銃を下げた。目の前に九川。背後、三方位から鬼がゆっくりと近づいてきていた。
「ソーリス……!」
 焦り叫ぶ宇佐木の声にソーリスは銃を持っている右手を掲げて言った。
「やはり私の『ハーティ』は弱い。このままでは鬼を倒せない」
「ソーリス……駄目だ! あんたのその銃は……」
 なによりも強いと思わなければならなかったはずじゃないのか?
「宇佐木。人間は弱いですね。心も体も。……私はとても弱い」
「ソーリス!」
 見る見るうちにソーリスの掲げた右手の『ハーティ』は握り拳程度の小銃に変化してしまった。色も銀から黒へと変色している。
「あらあら。萎えてしまったのかしら先生」
 妙に色っぽく言った九川の声にソーリスは鼻で笑って返した。
「そうですね。萎えてしまいました。……銃は最強ではない。私はそう知っていたのに。本当に最強なのは──あの時の」
「そろそろ、殺してしまいますね先生。……神父様を殺されれば宇佐木先生も諦めますか?」
「九川、お前は」
 ──お前は躊躇していないか?
 そう宇佐木が問おうとした時、 ソレは起こった。体の中の血がすべて凍ったかのように冷たい何かが目の前から吹き荒れた。風か? いや、風はない。これは──なにかとてつもなく不吉なナニカだった。
 それはソーリスから放たれていた。
「私の『ハーティ』は自分が最も恐れているモノを具現化する……私が最も恐れているもの──それは銃では……ないっ! ……封印された記憶の彼方。そこに真の恐怖があるのです」
「こいつ……!」
 九川がそのソーリスの圧に一歩下がった。鬼達も動かない。
 ソーリスは呆然としてただ、胸に手を当てている。それだけなのに、彼から何かが放たれていた。太陽の様な彼の笑顔はそこにはない。凍てついた、あの青い瞳。そして、髪に僅かに混じった白がぞわりとぞわりと増殖し、いつの間にか完全な白髪へと変化していた。
「私は──思い出しました。私の家族を殺したあの悪魔を。あなたと同じような悪魔に私は家族を殺されていたのですよ九川」
「お前は……! お前はなんだ!! なんなんだ!」
 九川は怒鳴りながら手をソーリスへと掲げた。瞬間、一斉に鬼達は三位一体となってソーリスへと向かっていった。ソーリスは片手を目の前に掲げた。それだけのことで鮮血が辺りに飛び散って三つの赤が爆発した。少なくともその様に宇佐木には見えた。ぼん、ぼん、ぼんと三つの赤い玉がソーリスの周りで弾けて飛んだのだ。
 血に塗れたソーリスの白髪。腕をだらりと垂らしソーリスの表情はただ何も感じていないかの様に無表情の面を張り付かせていた。
 どしゃりと辺りに三つの塊が遅れて落下した。
 鬼の残骸──。宇佐木にはソレが何をしたのかは分からなかった。だが、一瞬にして三匹の鬼を葬ったのだけは理解できた。
 宇佐木は今、はっきりとソーリスを見た。いつもの金髪はそこにはなく、髪すべてが真っ白に染まっていた。表情は氷の様なあの瞳を張りつかせているがその瞳に青はなく、煌々と燃える赤い瞳が宿っていた。
 まるで──別人の様な雰囲気があった。
「ソーリス……」
「──」
 ソレの双眸が宇佐木を見据えた。その瞬間彼は体を硬直させ、息が止まるのを感じた。宇佐木は生きた心地がしなかった。そのソーリスのように見えるものに見られているだけであの鬼以上の恐怖が心の底から湧き上がってきた。
「はっ……はっ……こ、れ……は?」
 宇佐木は動悸が激しくなり、思わず膝をついた。
「先生。あんまり、そいつの目を見ると死んでしまいますよ」
 言ったのは九川だった。ゆっくりと白髪のソーリスへと歩み寄ってきた。
 飛び散った鬼の肉塊に目を向け、その都度、怒気を膨らませて九川はソーリスを睨みつけた。
「よくも私の可愛い子達を……!」
「何が可愛い子だ。鬼は愛を感じない。鬼は人を喰む時だけその人を愛することができるという。お前もそうなのか女? 」
 ソーリスのいつもの口調ではなかった。
 ──誰だ。お前は。
「私は……アキを愛している! アキだけが……私のすべて!」
「そうか、ならその女を殺せばお前の鬼に殺された家族達も浮かばれるな?」
「お前!」
 九川は白きソーリスに飛びかかった。初めての怒りに任せた突進だった。
 宇佐木には何も見えはしなかったが、九川のソーリスを貫こうとした右手は彼の右手にいなされ、返す左手の掌底が九川の顎を浮かせていた。
「ぐぅ……!」
 九川の体が僅かに浮き、そのがら空きになった胴体にソーリスが蹴りをぶち当てた。宇佐木にはなんだか二人が取っ組み合って、一瞬で九川が体育館の壁に弾け飛ばされたように見えただけった。それだけでソーリスが優勢になったのだとは理解できたが、彼の心はどこか落ち着かなかった。
「あああああああ!!」
 叫んで九川は跳ねるように立ち上がった。九川はまじまじとソーリスを見て忌々しく吐き捨てるように言った。
「この力……! お前は……! 『鬼』か!? それもただの鬼ではないな!」
「ああ。私は鬼だ。……お前の従えている鬼とは違い、『吸血鬼』と呼ばれるものだがな。女……お前の妙な幻術も力も私にはたいして効かないだろう。ただ殺されろ。……そうこの男が望んでいる」
「私は死なない!」
 九川は床を蹴った。その後の動きは宇佐木には見えなかった。ソーリスの後ろへと現れた九川が弾け飛んで次の瞬間、何故だか体育館の壁にぶち当たり、またソーリスの近くに現れて壁に衝突する。その繰り返しだった。宇佐木には何が起こっているのかよく分からなかったが、ただソーリス──吸血鬼と名乗った男が優勢なのは分かった。
「……っ! このおお!!」
 九川が少し間合いの外れたところから腕を縦に振るった。
「ぐっ……!」
 ぶん、と右手を上から下に下ろしただけ──だというのにソーリスの肩から腹にかけてまで真っ赤な血柱が奔った。ソーリスはやや体勢を崩しよろめいた。
「……幻術っ……」
「くくくはははは! ただの幻術だと思うのならそうしなさいな!」
「なるほどこれは……現実か」
 吸血鬼は胸から吹き出す赤い血を眺めながら、何を思ったかすぐさま九川へと駆けた。
「幻を現実に変換か! どのような術かは見当もつかないが……本体を止めればいいだけだ」
 吸血鬼は右手をギシギシと軋ませて九川目掛けて大きく振るった。ぶんと風を凪ぐ音が聞こえた。
 「……っ!」
 攻撃は空振りだった。九川が体勢を低くして、それをやり過ごしていた。そして九川は今度はソーリスをただ睨みつけ叫んだ。
「燃えなさい!」
 すると瞬間──ぼおお、とソーリスの体から大きな火柱が立った。
「ぐうううう!!」
 呻き暴れてソーリスは叫んだ。
「うぐおおおおおおお!!」
 瞬時に烈火の如く燃え盛る火炎がソーリスの全身を包んだ。バチバチと火の粉が舞い上がり、宇佐木の肌にその熱量の多さを感じさせた。
「ソーリス!!」
 近づく事さえできない程の熱さ。普通の人間ならば数秒で燃え尽きるだろうと宇佐木は思った。そんな炎に包まれた中でソーリスは足掻いていたが、やがてすぐに動きが止まった。諦めたというよりも、ただ呆然と立ち竦んでいる。そして炎は瞬きする間に彼の周りから陽炎のように消え失せた。
「え」
 目の前の出来事が信じられず思わず声を発した宇佐木。そして気がついた。燃えていたはずのソーリスの服がまるで何も無かったかのように綺麗なのままなのを。今まであった熱さも冬の冷たい体育館の空気に変わっている。ソーリスは若干息を切らせて九川を見据えた。彼から少しだけ先程までの余裕が消えていた。
「……まったく、とてつもないな。……幻術とリアルの境がない。その上、接近戦も私と同等か。……お前は相当な歴史を持った者なのだろうな」
 ソーリスの賞賛の言葉に九川はふんと鼻を鳴らした。
「私の幻術を気合いだけで搔き消した男は初めてです……そんな力がありながら……!」
 九川がとんでもない速度で床を蹴って駆けた。ロングスカートの残像だけが宇佐木の目には捉えることができた。
「ぐっ……!」
 呻いたのはソーリス。迫った九川は腰を低くしてソーリスの腹部に右の拳をぶち当てていた。あまりの衝撃にドンという鈍い音が遅れて宇佐木には聴こえた気がした。ソーリスの体がくの字に折れ曲がり足が宙を浮き──。
「はっ!」
 九川が裂帛の気合いと共にもう一打撃浴びせ、ソーリスの体は今度は数メートル飛ばされた。まるで非現実なアクション映画を観ているような感覚を宇佐木は感じていた。
「あああああ!!」
 声をあげた九川の眼光が真っ赤に光った。空気が振動して彼女の周りに何かが凝縮しているように宇佐木には感じた。
「虫のように潰れて死になさい!」
 突き出した右手は宙のソーリスに向けられ、そこから見えない何かが放たれた。
「──っ!!」
 ソーリスは声も出せずに体育館の天井まで吹き飛ばされて、激しい勢いで天井に衝突した。
「ぬっ……ごほっ!」
 ソーリスの口から少量の血と呻きが漏れた。
 建物全体が揺れる程の衝撃に、天井からなにか鉄骨のようなものがガラガラと落ちてきた。
「ソーリスっっ!」
 宇佐木の声は落下物が床に当たる音に掻き消された。
「くくく……ふふふ……あはははは」
 恍惚とした表情で九川は天井に張りつけにされたソーリスを見て笑い声をあげていた。その表情はどこか常軌を逸する程の怪しさがあった。
「私とアキちゃんを放っておかないから、こんなことになるんですよ先生? 私達のことなんか放って静かに暮らしていれば良かったのに。……私に殺される人間は運が無かっただけなんです。だからそんな人達のことまで気にかけなくていいじゃないですか。自然界でも肉食獣に捕食される草食動物がいるように──私達のこの社会にもそれが当てはまるだけです。少なくとも……私の記憶の中にある世界はそのようなものだった」
 違う──。宇佐木は思った。いや思いたかった。
 自分達は強者だからそれによって捕食されてしまう弱者の存在を彼女は仕方のないことだと言った。その言葉を宇佐木はどうしても否定したかった。でないと自分の殺された家族の死は単なる自然の摂理によるものになってしまう。
 笑っちまうな……。
 自分も同じように強者として殺しもしているくせに。
 弱者は弱者の意見を振りかざす。だが一度強者となれば強者の振る舞いをするものなのだ。
 宇佐木は反吐が出そうになった。
「至極当然な自然の摂理。しかし……勝手な言い分と人間には映るのだろうな」
「……まさか!?」
 九川は信じられず声のした方向を凝視した。天井の少し下の宙に微動だにせず浮いている吸血鬼がいた。吸血鬼は音も無く、すぅーっと法則性を無視した動きで舞い降り、そのまま九川の二メートル程前方まで歩いて空中で静止した。憮然とした面持ちで腕を組み、吸血鬼は声を発した。
「……なんだ目を丸くして。空を浮くのも歩くのもお前ならば造作もないだろう」
「過去の記憶では……確かに私は飛ぶこともできた。……でも今は」
「なんだ、まだ完全に目覚めてはいないのか。それでこの力か……。完全に目覚めれば手がつけられなくなるだろうな。恐ろしいな全く恐ろしいよお前は」
「あたなのような鬼にそう言ってもらえるなんて光栄だわ」
 言葉では強がっていてもどこか九川には先程までの覇気が感じられないように宇佐木には思えた。
「覚醒前……。お前を今消さねばならない理由はそれか。早々に見つかってしまったのがお前の運の尽きというやつだ。大人しく滅ぼされるがいい」
「お前はっ……! お前は、一体何者だ!?」
 あの九川が焦りの色を浮かべていた。あれだけの攻撃を受けながらソーリス──吸血鬼にはまるでダメージがないようだった。
 これが……ソーリスの奥の手なのか。……だけどこれは。どうしてだか宇佐木には不安がざわざわと胸を掻き乱していくように感じられた。
 吸血鬼は鼻で軽く笑って九川の言葉に返した。
「私が何者か? ふふっ……私はこのソーリスという男が真に恐れた存在だよ」
 ──この私の武器『ハーティ』は私の心の恐れを具現化する。分かりやすく言えば私の想像力や精神を形にする能力と言ってもいいです──そうソーリスは言っていたと宇佐木は記憶している。
「真に恐れた……?」
 反芻する九川に吸血鬼はまたも鼻で笑ってから言った。
「まあ……普段は表に出ることもできないがね。それについては意地悪をしていたわけではない。 単にこいつの嫌らしい師匠どもが悪知恵を働かせただけのこと」
「悪知恵? どんな?」
「宇佐木光矢。簡単なことだ。奴らは普段私に出られては困るのだ。だから、ソーリスに銃が一番この世で恐ろしいものだという催眠をかけた」
「催眠……そうまでしないといけないのか」
「そうだ。ふふふ、恐ろしいだろ人間は? 故に私は銃の影に隠れているしかなかった。ソーリスが忘れてしまっていては私はこの世に存在しないのも同じことだ。まあ……元々、死んだ身であるが。……今の私は魂でもなく──ソーリスの恐怖の記憶がハーティというものに閉じ込められているのだ。恐怖という概念を閉じ込める神の武具。だが奴らの催眠のせいでその中身はこんがらがった。私は銃でもあり、吸血鬼でもある。……だがこいつは知っている。潜在意識というやつだな。だから本心から銃が弱いと感じ、自分の弱さに奴が絶望した時──私は表へと出ることができるのだ」
「な、何なんだよ。その神の武具ってのは……?」
 頭が追いついていかない。宇佐木は聞かずにはいられなかった。
「神の武具は正体不明の兵器だよ。オーパーツなどとも言い換えていいのかもしれん。何故あるのか、どこから来たものなのかも分からない。……まあ、或いは連中の上層部は何か隠しているかもしれんが……。いや、そんなことに私は興味はない。ただ『ハーティ』とは──恐怖を閉じ込め、そして具現化する神の武具。そしてハーティとは私なのだ。普段は銃などやらされてはいるがね」
 ハーティの正体が吸血鬼だというのか。宇佐木は信じられなかった。
「ハーティは一度使用者が恐怖を感じた対象を『登録』すると変更は基本的には不可能なのだ。ソーリスという男は心の底に私という吸血鬼を飼っていたのだよ。分かったか女」
「ふざけないでっ……。具現化ですって? あなたは夢でも幻でもなく、ここに存在しているようだわ吸血鬼」
 九川の言う通り、こいつは意志を持ってソーリスの体を扱っていた。あの大きさが変わる銃と同じとは思えなかった。
「なに、私の人格も意志もソーリスの記憶を元に再生されているに過ぎない。結局これはこいつの記憶を元に具現化された『最強の吸血鬼』だ。この奥の手があるからこいつは一人でお前の様な強敵相手に派遣されたのだろうな」
「……私を殺そうとしているの吸血鬼」
全く感情の感じさせない声でポツリと九川は問うた。吸血鬼は頷き答えた。
「そうだお前を殺そうとしているよ私は。なぜなら先ほどまでお前はこの男を殺そうとしていたじゃないか」
「……私は別に殺そうだなんて」
「そうだな。女。お前にはまるで殺意がない。鬼に殺させているだけの少女。とてつもない力を手に入れてしまっただけの哀れな少女だ。この男は仕方ないとしても、宇佐木光矢はまったく殺すつもりがなかったな」
 吸血鬼はそう言い宇佐木を指した。
「お前が……なにを知ると言うの!?」
「分かるとも」
 白髪の吸血鬼は目を閉じた。そして落ち着いた口調で言った。
「こいつの記憶では……お前達のところでは千里眼というのか。私にもある。女、お前程のものではないがな。ある程度は分かるとも」
「……」
 白髪の吸血鬼は静かに語った。
「お前はどうやら、ある時を境に力を目覚めさせてしまったのだろう。……いや、『思い出した』の方が近いのかもしれん。……名を名乗れ娘──いや、名乗らせる前に私が名乗らねばならぬな」
「……」
 吸血鬼は赤い目を宇佐木と九川に向けて、ソーリスの声で言った。
「私は……日本語ではどうも発音があやふやだが。生前の名はカーギシャ。富も名声もない吸血鬼だ。……伯爵でも魔人でもない」
 吸血鬼はそこで首を振ってすぐに訂正した。
「しかしだ。今はハーティと呼ぶがいい。今の私という存在はカーギシャの記憶を再生しているハーティでしかないのだからな」
 堂々と、知性溢れる口調で吸血鬼は名乗った。鬼とついてもこいつはまったく別物だと感じさせた。
「娘。お前は、お前が何者か分かっているのか?」
「役小角『えんのおづぬ』。私はそう呼ばれていた」
「えんの……」
 発音しようとした名は宇佐木の知らぬ名だった。
 吸血鬼と名乗ったソーリスの見た目をした男。九川が名乗った聞き慣れぬ名前。一体、なにがどうなっているのか。ただ、この場から戦いという雰囲気は今の一瞬消え失せていた。
「役小角……私のいた時代よりも前の術者のようだ。高名な術者だったのだろうな。お前を見れば分かるとも。さて……お前は私がそうであるように元の九川礼子とは別のおずぬという人間なのか? それとも九川礼子のまま役小角『えんのおずぬ』の記憶が混在しているのか?」
「……後者ね。私は九川よ。……ある時から役小角という存在の記憶が私に流れ込んできた。実際は私にもよく分かってはいない──が、私は『おそらく前世を思い出した』のです」
 ──前世を。九川はそう言ってどこか遠い目をした。
「なるほど……稀有な事例だ。そして納得だ。ただの人間がいきなりこれ程の術者になり得ることなど通常あり得ぬからな」
 ソーリスの姿をした吸血鬼は僅かに頷いた。そして九川は物憂げな面持ちで語り始めた。
「……私はある時、怒りで目の前が真っ白になった。気がつけば人を殺していたわ。そして役小角としての過去の記憶を持っていた。鬼を操り、僧として各国を渡り歩き、ある時は人を助け……ある時は人を多く殺し……神をも嘲笑って生きた。そんな無茶苦茶な人間だった。自分という存在が永遠に続くように色んな呪法を用いた。私という人間の中で記憶として蘇ったのも……恐らくは、おづぬの生き汚さからじゃないかしら。まあ今や私とおづぬは一心同体なんだけども」
「永遠の命というやつだな。どの術者も結局はそれを求める。かくゆう私とて吸血鬼となった理由がそれよ。まこと生き汚い生き物だな私達は。……そしてお前は石原秋子にも同じことをしようとした。違うか?」
 九川は諦めたように両手をあげて頷いた。
「……ご明察。アキと一緒に永遠にいられたらと思って、色々と試していたわ。鬼を従えて……生前のようにね。人を殺して延命させるのも私の得意な呪法の一つよ」
「石原秋子はどれくらい生きられるようになったんだ?」
「そんなによ宇佐木先生。……まだ四、五百年ってところかしら……八人程しか贄にしていないし」
「なっ……」
 思わず絶句する宇佐木。
「くくく。私達の感性では『その程度』よな。……でもな娘。いや。役小角『えんのおづぬ』よ。この男とそこの男はお前の行いを許せないようだ。……それは真に今の世のしがない正義感の一つなのだろうがな。……それでもこの男達のそういう気持ちと私達の生き汚さは張り合うに値するものと私は思う。だから、お前は──選ばねばならん」
「選ぶ……」
 九川は反芻した。次第にこの同じような境遇の吸血鬼に心を開きかけていた。
「こやつらに殺されるか。それとも従ってお前の好きな人間と人間としての生を全うするか否かだ。もはや、五百年を人間としての生と言うにはいささかアレかもしれぬがな」
「……私はアキと永遠に一緒にいたい……」
 吸血鬼は首を振る。
「お前とその人間が永遠に一緒にいるためには人を殺さねばならん。呪法を頼りにな。……それをこいつらと世界は許さない。それでもお前がそれを求めるというのなら私が相手になろう」
「……世界が許さない?」
「ああ。今の世はそのように人間が殺されては困る世になっているようだ。……可笑しなことよな。私達の時代では人の死など蟻の生となにも変わらなかったというのにな」
「……あなたとは価値観が合うわ。とても」
「だろうな。同じ人外。……だが私もこの男の記憶に再生されているに過ぎん。ただの話好きの吸血鬼。そして、この男の家族を故あって皆殺しにし、協会の連中に追われ殺された哀れな吸血鬼よ」
 ソーリスも家族を亡くしている。宇佐木は彼に感じていた妙な親近感を少し納得することができていた。
「……不思議ね。人間には正体も何も話したことなかったのに……。あなたになら何を言っても受け入れられる気がするわ。……宇佐木先生ごめんなさい。私、自分とアキのことしか考えてなかった。ある日、役小角としての過去の記憶に目覚めて……色んなことをしちゃった。アキを犯そうとしていた男子達を二人殺しちゃったし、私が消した浅野君のことをごちゃごちゃ探ってた高宮くんも後鬼にしちゃったし……私は私のために何の躊躇いもなく人を殺した。でもそれって……やっぱり先生達からの普通の考え方からしたら……可笑しなことなんですよね?」
「九川……お前は役小角としての記憶のせいで、変わってしまったんじゃないか? ……殺したことを後悔してるのか?」
 宇佐木にはただそう見えていた。
「後悔だなんて。それに私の性格や倫理観は役小角のせいで変わったりはしてはいないわ。そのはずよ。元々、ドライな人間だったもの」
「そうとも言えんと私は思う。……人は力を手に入れれば変わるものだからな」
 吸血鬼が言い、九川はそれに続けた。
「そうね。……私は役小角としての記憶で『一番やりたいこと』を成せると知った。アキと永遠に一緒にいること──そのために鬼からアキへと人間の生命力を流し込む呪法を試した」
「人間の生命力を……そんなことができるものなのか?」
「そうね。宇佐木先生みたいな少し目がいいだけの普通の人には分からないかもしれないけれど、私の従える鬼達はすべて繋がっているのです。食べた人間の栄養は全員に行き渡る。鬼は人の肉を食むことで永遠に生きられるのよ。アキは……人として生きられる程度にだけ人の部分を残して、あとの半分は鬼にしてしまったから……」
 だから彼女の色はどんどん鬼の赤になっていったのだ。
「それでアキの力はどんどん増えていったし私と同じくらい生きられるようになった。……全然後悔なんてしてないです」
 後悔していないっていうのかよ。あんなに殺して──宇佐木はどうしても九川に聞かねばならなかった。
「どうして普通の家族ばかり狙った? ……子供がいるような家族を狙うなんて……」
「そういえば宇佐木先生は子供の頃に親を殺されたのでしたね」
 九川はいつか覗き見た宇佐木の記憶を口にした。
「……人間の命にいいも悪いもないけどな……せめてそういう家族は殺さないようにできなかったのか?」
 はぁと九川は溜息をついて言った。
「それはわざとよ先生」
「……なんだとっ……?」
「鬼に食べさせる人間の憎しみは強ければ強い程いいの。──人間だって同じでしょう? 食事も美味しく料理されたものの方が栄養の吸収が良いっていいます。いえ、そんな気がするだけかもしれませんけど。ただ鬼の場合それは確実に増えるの。単に殺すだけよりも『演出』を加えることで得られる生命力は格段に増える。家族ばかりを狙ったのはそのためです。例えば、男は逃して女だけを鬼に殺させたり──」
 初めて鬼を目撃したシーンを宇佐木は思い出していた。
「わざと子供の前で親を食べさせたり……そうすることで憎しみは増幅した。殺された者の怨念。自分を助けずに逃げた家族への恨み。親を殺された子の恐怖。そういうものは全部鬼の最高の栄養なのよ。そのおかげでアキちゃんの寿命はどんどん伸びていくわ」
「どうかしてる……! 九川っ……お前はそんなことをして何も思わないのかよ!」
「宇佐木先生……私はね、役小角としての記憶が流れ込んでから、そんな人の生き死にで何も感じなくなったの。だって私の時代では毎日当たり前のように人が死んだ。それが普通のことだったのだから……」
「……すべては石原とずっといるためか?」
「そうですよ先生。だってアキちゃん可愛過ぎるでしょう?」
 そう言ってはにかんだ九川の笑顔はただの十代の少女でしかなかった。
 「でもっ……」
 そこで宇佐木は言葉に詰まった。宇佐木にはどうしてあんな恐ろしいことができて、そんな顔ができるのか分からなかった。
 いや──違う。分かるだろう俺には。俺は分からなければいけないんじゃないのか!
 心の中でそう叫んだ宇佐木光矢は九川の行いを非難した自分に愕然とし恥じた。
 純粋に残酷に愛を求めた九川と親の仇を討ち続ける宇佐木。どちらも自分の想いで殺しをしている単なる人殺しだ。
 「……」
 急に沈黙した宇佐木を九川は少しだけ難しい顔で見ていた。そこに声が割って入った。
「役小角。お前は選ばなければならない」
 白き吸血鬼ハーティは告げる。少女に選択の時を。
「私に殺されるか人として生きるか選べ。今まで殺した罪を人の世で償えとは言わん。私達にとって人の法など……そんなことはどうでもいい。私はお前を殺した方がいいとは思うのだが……この男達はお前を止めたいと思ってはいるが葬ろうともなんとも思ってはいない。……まったく度し難いアホ共だ」
「私は……」
 九川は虚空を見つめて固まった。宇佐木の先程の想いを千里眼で覗いた九川。彼女は人を殺したこと、それを悪いことなどとは微塵とも思わない。今とてそれは変わらない。だが、目の前の宇佐木は九川のしたことを自らの行いに重ねて苦悩していた。ある種の共感とも同情ともつかぬその感情を向けられて九川は少し戸惑いを感じた。
 千里眼などで覗かなければ良かった。苦悩している宇佐木に九川は少しだけ同情してしまったのだ。
「九川……お前は今の大事さを分かってる。だから俺みたいな糞みたいな後悔を背負わず生きてくれ。それを俺は石原にも言いたいんだ。……まだきっと間に合うはずだから……」
 宇佐木はやっと九川に伝えたいことを言えた。自分のようにはなってほしくないと、そう伝えることができた。
「宇佐木先生……」
 白き吸血鬼はその九川の様子を見て薄く微笑んだ。
「……私の力は必要ないようだソーリス。この少女とこの男はもう答えを得ている。……あいも変わらず何事もこの世は間に合わないものだ。この少女は度し難いほどに罪を犯しはしたが──もういいのではないか? それともこの時代のこの国は……人殺しは許さないのだろうか?」
「私は誰にも許される資格なんてない。いや、許されてはいけないわ」
 答えたのは九川だった。言葉に重みがあった。先程までの嘲笑うかの様な口調ではない。
「罪を背負い罰せられる覚悟はあるのか?」
 問う吸血鬼に九川は返した。
「そう求めるものがいれば……私は…… 」
 その九川の言葉に宇佐木は少しばつが悪そうに言った。
「九川……罪はお前の償う方法で償えばいい。きっと今の法ではお前を正当には裁けない……。そもそも前世の記憶なんて信じられないし……。勿論、殺された人間には悪いけど……それでもお前は今のまま石原の側にいろよ。この生が続く限り。……別に余分に長生きなんてしなくていいじゃねぇか」
「宇佐木先生……。永遠でないものに意味はあるのかしら?」
「意味? なんだそりゃ? っていうか、お前は石原に永遠に生きたいか聞いたのかよ」
「え」
 九川は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。──なんだ可愛い顔をできんじゃねぇか。宇佐木はそう思った。そうしていると年相応に可愛く見えた。
「俺は永年に生きるのなんてごめんだ。辛いことも多そうだしな……。……石原もそういう人間だったらどうすんだよ? まさか何も聞かずに寿命伸ばしてたんじゃねぇだろうな?」
「……私は……私とずっと一緒にいられるのならアキは幸せだと……勝手にそう思っていたわ……。そうよね──アキの希望を聞かなければフェアじゃないわ……」
「そうだぜ九川。石原にも心があるんだからな……友達なんだろお前は。だったら、ちゃんと石原の話を聞いてやれよ。勝手に鬼になんてしてんじゃねぇよ」
「そう……ですよね。……はぁ──まさか恋敵に諭されるなんて……最悪」
「なんだよ恋敵って」
「もう黙っててくださいニブチンは」
 そう言って九川はプイと明後日の方向を向いてしまった。
 ふふふ──と笑い声が聞こえた。カーギシャ──。ハーティは言った。
「役小角にもう戦意はないとみるがいかがかな?」
 誰に言ったのか。次の瞬間、『吸血鬼』の白髪はいつものソーリスの金髪へと戻っていた。
「……こんなんでいいんですか。意外に甘いんですねあなたは」
 次に聞こえたのは普段のソーリスのいつものトーンの声だった。
「……ややこしいのね先生も」
「あなた程でもありませんよ九川。……役小角。神にも近づいたこの国の太古の術者ですよ。……あなたはその記憶を受け継いでいるだけなのか? それとも生まれ変わりなのか? そこはもうどうでもいいですかね。ただ──あなたは未だに人を殺すことを悪いとは思っていないでしょう?」
 ソーリスの問いに九川は迷わずに即答した。
「ええ」
「でしょうね……。では、これからは私達の目のつかないところで大人しくしててもらえますか?」
「無論よ……人を殺してあなた達みたいなのに絡まれるのも面倒臭くなったわ。……それにまだアキの意向も確認していなかったしね」
 そう言って宇佐木を見て九川は薄く微笑んだ。
「じゃあ鬼を使役しない。それと人を殺さないと誓えますか?」
「ええ」
 九川は小さく頷いた。
 ──そんなことでこの事件は終着した。簡単に。九川はおそらく嘘などついていない。宇佐木には分かった。
「人も殺さない……アキに私のことをそのうち話す。……今の記憶のことはまだ言っていないし……私のずっと彼女といたいという希望もまだ伝えていないし……。だから私はとりあえず今を生きるわ。それでいいのかしら先生方」
「ええ」
 そう答えたソーリスはゆっくりと宇佐木に歩み寄って肩に手を置いた。そして太陽の様な笑顔でニコリと微笑み言った。
「呑み直しましょうか」
「おいおい……」
 宇佐木は呆れかえると途端に肩の力が抜けた。ソーリスの笑顔を見たからかもしれないが。
「私も付き合いますわよ先生」
 さも当然の如く九川が便乗した。
「ダメですよ九川。あなたはまだ未成年でしょう」
「なにを言うのですかソーリス先生。私は記憶的な年齢で言えば千年はゆうに超えてますわ」
「まあ、それもそうですかね」
「いやいや……それでも心も体も高校生だろうが」
 意外と真面目なことを宇佐木が言った。この二人に比べればまだ宇佐木の方が常識人になるのかもしれない。
「実は先程、先生方がお二人で飲まれている時……羨ましかったのです。……私も何もかも吐露して心から信じあえる人と、そんな時を過ごしたいと思いましたわ。……いいのですねお酒とは」
「……ソーリス。不良に目覚めさせてどうする?」
 宇佐木のジト目にソーリスは言った。
「いやー、まあ十六から飲める国とかあるからいいんじゃないですかね? あははは」
 先程まで死闘をしていたもの同士とは思えぬ空気が流れていた。
 だが。瞬間──空間に一つの声が混じった。
「──これでハッピーエンドだったら良かったんだけどね」
 高い少年の声だった。
「……!」
 風を切り裂く様な高音が宇佐木の耳に届いた。瞬きする間に目の前を何か高速な黒いものが通り過ぎた。一瞬気のせいかとも思ったが、やはり確かにソレは宇佐木の目の前を通り過ぎていた。
「あああああっ!!」
 九川の絶叫が響き渡った。飛び散る血飛沫。宇佐木の視覚情報が追いついた時には、黒い棒状の何かが九川の腹に突き刺さっていた。
「くっ、九川!?」
 もやもやとして黒い霧に覆われた筒の様なもの。常にゆらゆらとして生き物の様に蠢いていて像がはっきりとしない。ただ『黒い霧の様なもの』と、そう呼称する他無かった。それが今、九川の腹部に生えていた。それを見たソーリスは空間に叫んだ。
「これは!? フレネ? フレネが来ているのですか!?」
「ソーリス! なんだか手こずっているみたいだから助けるよ!!」
 そう返す少年の声は聞こえども姿は見えない。
「フレネ!! もういいのです! 全部終わっています!」
 ソーリスは見えぬ何かにそう言ったが、空気が変わることはなかった。
 暗く冷たい体育館。九川との死闘が終わり鬼気とした空気が晴れたと思ったら、今また何か得体の知れない重たさのある空気がそこに生まれていた。宇佐木はうなじがジリジリとしていた。そして九川は痛みに耐えながら今更ながら気がついた。まるで今の今まで存在を消していたかのように、唐突に三つ程の気配が現れたのを。
「新手……! 先生……!? 私をハメたの!?」
 疑心の目を九川に向けられてソーリスは大きく首を振った。九川は必死にその黒いもやもやとした棒を抜こうとしているが、まるで実態がないかの様にうまく掴めないでいた。
「私の応援で間違いありません! しかし、やめなさい! もう目標は戦意を失っています! フレネ! 他に誰が来ているかは知りませんが、これ以上彼女に手をだすのは私が許しません!」
 ソーリスは叫び、九川の前に立ち塞がった。
「ソーリス……あんたの言ってた応援なの……か?」
「そうです宇佐木。ただ……動かないでください。ちょっとガラの悪いのが来ているようです」
「あはは! ソーリスっ。久々に会ったっていうのに酷いなぁガラが悪いなんて!」
 体育館の入り口からそう言いながら現れた影があった。見間違いかと思う程小さな体。誰がどう見ても場違いない少年。大きな瞳をした可愛らしい顔立ちをしており、紺色のぶかぶかのコートを纏っていた。外国人のようだが髪は黒色だった。一見、どこの国の人間なのか宇佐木には分からなかった。少年は入り口からよく耳に届く高い声で言った。
「ソーリス! ダメだよ! そんな人殺しの鬼なんかを野放しにしちゃ! もう殺さない!? そんな約束をそいつが守るものか! 僕はそんなこと信じないね。せっかく僕がここまで来たんだからしっかりと殺しておくことにするよ」
 言葉が終わると同時に九川の腹に突き刺さっている黒い棒と同じものが少年の右手に生まれた。まるで瞬時に生えた様に宇佐木には見えた。
「フレネ! やめなさい! 彼女にはもう戦う意思はない!」
「甘いよソーリス。話は聞いていたよ。だってそいつもう何人も殺しているんでしょう? だったらしっかりと殺しておかないと!」
「俺もそれには賛成だぜソーリスさんよ」
 さらに一つの声が体育館の踊り場から生まれた。宇佐木が入り口から舞台に目を向けた時には、いつの間にか薄暗い舞台の中央に二人の人間がいた。体育館で今明かりがついているのはこの舞台だけなので、その二人はまるでスポットライトに照らされた様な形で登場していた。現れた二人の第一印象は外国人の男と女。黒の革ジャケットとジーンズの若い茶髪の男は目つきが悪く近寄り難い雰囲気を放っていた。対して女はソーリスの様な金髪を腰まで垂らし、大人しそうな美人だった。女は白いふわふわとした羽毛のコートに白のスカートで印象がただ白一色となっていた。
「ブレッド……それにアンジェリン……あなた方まで……。いやー私の師匠ってそんなに人望ない方だと思っていたんであんまり期待してなかったのですけど」
 ブレットと呼ばれた革のジャケットの男が眉間に皺を寄せて顎を上げて不機嫌そうに言った。
「ソーリスさんよ、あんたがジイさんに弱音吐くから、あの野郎えらく焦ってたぜ。俺もあんたのズタボロになってる姿が見れるかもなんて思ってな。駆けつけてやったのさ」
「ブレッドはソーリスが心配だったのでしょ」
 隣の白いアンジェリンと呼ばれた女がくすりと笑いながら言った。
「違うっつーの」
 ブレッドはさらに眉間に皺を寄せて抗議し、すぐに九川の方を指差し言った。
「そこの鬼使いを今から殺すぜ」
「ブレッドやめなさい。もう決着していることです。……アンジェリンあなたからもフレネとブレッドに言ってください」
 アンジェリンはソーリスにそう言われ「うーん」と頬っぺたに指を当てて少し考える素ぶりを見せた。
 そして、にこりと笑顔を見せて言った。
「今回のターゲットを殺さない理由がなにかあるのかしら?」
「アンジェリン……」
 そうだった──こいつ達はこうだった。ソーリスは今さらながら自分が弱音を吐き、師匠に応援を要請したことを悔いた。ウチの人間は皆そうだ──どうあっても、なにがなんでも『人外を赦さない』──。
「フレネ、それにブレッド、アンジェリン。聞いてください。説明します。この少女は確かに脅威ではあります。古い時代の高名な術者の記憶が宿り、様々な術を行使できるようです。人を操るのも殺すのも確かに造作無くできる。さらに鬼を作り、使役する。とてつもなく恐ろしい存在です。しかし……しかしです。この九川礼子はまだ十代の少女です。勿論、心も彼女のものです。……ある日、突然『役小角』……えんのおずぬとしての記憶が流れ込み、とてつもない力を得てしまった。普通の十代の少女がそんな力を誘惑に負けずに使わずにいられますか? それに……先ほども言いましたが人格が変わったわけでも操られているわけでもない。彼女は九川礼子は普通の少女です。……私はそう思うのです」
「先生……」
 苦しそうにしながら九川はそう語ったソーリスを見ていた。先程まで九川はソーリスを殺そうとしていたのに、そんな自分を庇うなど九川には信じられなかった。彼女は役小角が宿る前から人間不信のところがあった。
「普通ねぇ。僕はそうは思わないよ」
 そう言って宇佐木達の方へと歩み寄る黒髪の少年フレネ。手には黒い霧の棒を携えたままだ。
「だって罪は罪じゃないか。……今回のことソーリスの師匠からも聞いているし、僕はたまたま近くにいたから僕なりに調べさせてもらってたよ。そしてさっきの君達の話も聞いている。……心は普通の少女だと言ったよねソーリス?」
「ええ……」
「本当にそうだと思うのソーリス? その鬼使いは容赦なく女子供、家族を鬼に食わせたんだよ。自分の愛する存在を延命させるためだと言った。私利私欲のために人外の術を使う。逆に聞きたいよソーリス。僕達が仕事せずに帰る理由をさ。……マグダラの予言ではソーリスが一人で処理するはずの仕事だったらしいじゃないか。良かったよ。僕達が来て。そんな脅威を野放しにしてしまうところだった」
「フレネ……」
「まあ……マグダラからしたら僕達が来るのも織り込み済みで想定されたことだったのかもしれないけどさぁ。……ソーリスはさ僕と同じでしょう。家族を人でない者に殺された。……なんで逃がそうとするのさ。赦すのさ。全然分からないよ」
 宇佐木はそのフレネの言葉に胸を抉られるような感覚に陥った。そうだ──今回、殺された家族に──自分の家族が殺された時のことを重ね合わせていたのに。決して許せないと思っていたはずなのに。どうして……九川は許せてしまえたのか。……宇佐木は石原が言っていた言葉が脳裏によぎった。
 ──私、今までで今が一番幸せです──。
 少年──フレネは確かな決意を宿した目で九川を見て言った。
「僕はそいつを絶対に逃さない。殺された者達の無念をここで晴らす」
「やめなさいフレネ。九川にはもうこれからは何もさせないと先程、私が誓わせました」
 言ったソーリスをブレッドは壇上から飛び降りながら鼻で笑った。
「甘いぜソーリスさん。あんたも、もしかして役小角に操られてんのか? そんな約束をそいつが守る保証は? それにこれまで人を殺した罪は裁かなけりゃならんだろ?」
 宇佐木はそのブレッドの言葉が頭にきた。だから──叫んだ。
「ふざけんなっ……!」
「あ?」
 ブレッドは眉間に皺を寄せて宇佐木をゴミを見るような目で射抜いた。宇佐木も負けず劣らずの悪い目つきで睨み返して言った。
「あんたらだって人殺しだろうが……! 一人や二人じゃない。とんでもなく多く殺してるじゃないか! そんな奴が九川を裁くだって!? どの口が言ってんだよ!」
 宇佐木には見えていた。フレネもアンジェリンもブレッドも全員が、ソーリス以上に人殺しの赤の色を全身に纏っていた。一般人には絶対にない配色。
「……あんたが報告にあった色彩判定者『コントラスター』か……」
 忌々しそうに宇佐木を見たブレッドは歩みをこちらに向けながら言葉を続けた。
「宇佐木光矢。もうソーリスから聞いてるか? ウチはあんたを仲間にしたいみたいだぜ」
「仲間に……?」
 宇佐木はソーリスを見た。ソーリスは深くため息をついた。
「私から宇佐木に伝える楽しみを奪うとは……ブレッド許しませんよ」
「へぇっ。ソーリスまさかその男に悪い癖がでてんのかよ」
「黙りなさない。宇佐木は親友です」
「親友ねぇ……誰彼構わず手をだすあんたの言葉なんて信じねぇけどな」
 言ったブレッドにアンジェリンはからかうように言った。
「ブレッドは最近ソーリスにかまってもらえないから妬いてるんですよ」
「ち、違うっつーの! てめぇアンジェリンさっきからなんで俺の敵!?」
「ソーリスの前だとあなた可愛いから。からかい甲斐があるわ」
「……ばっ……!」
 真っ赤になったブレッドはキッとソーリス達を睨みつけた。宇佐木は思った。なんなんだよお前らは──と。こんな奴ばっかりなのかと。
「とにかくだ! その女は赦さない! 絶対にこの場で始末する。人を鬼に変え、人を殺している。あまつさえ周りの人間達にも術をかけて操っている。とんでもなく人の世に変化をもたらしている。マグダラの予言に出たと言うことは、世界を破滅させる危険があったってことだろ!? そいつは全人類を鬼に変えるまで止まらない。生まれもっての悪って奴だ!」
 生まれもっての悪──。宇佐木とソーリスは蹲っている九川を見た。
「……」
 九川はもはや腹の黒い霞を抜くことは諦めてただ目の前の出来事を他人事の様に静観していた。そして、ソーリスと宇佐木の視線に気がつき──目を逸らした。
「九川……」
 宇佐木は見た。九川が痛みを堪えていた表情を無表情に変えたのを。そして彼女は言った。
「殺されるのはごめんだわ」
「へぇ。こんだけ人を殺しておいて、自分が死ぬのが嫌ってか?」
 ブレッドは何をするつもりか九川に向けて拳を突き出した。
「へへっ。かかってこいよ鬼」
 そして戦うのが楽しいタイプなのか、ファイティングポーズでブレッドはそう言った。九川はそれを睨むでもなく何の感情も感じさせない目で言った。
「あなたに私は殺せないわ」
 風も吹いていないというのに九川の黒髪が少しふわりと浮いた気がした。瞬間──ブレッドの口から「ぐっ」とうめき声が聞こえ、彼の体は完全に硬直した。焦りの表情を宿したブレッドに九川は駆け出した。
「九川! 戦っては駄目です!」
 ソーリスの声は九川には届いていないのか。九川はブレッドに攻撃を仕掛けるつもりだった。
「ブレッド! 術者の目を見ては駄目です!」
 アンジェリンがブレッドの後ろから駆け出した。二人に挟まれる形でブレッドは硬直している。
「ブレッドのアホっ。油断してんじゃないよ!」
 フレネもまた黒い霧を構えてこちらに駆け出した。一瞬の出来事だったのだろう。宇佐木はただ立ち尽くすしかなく、ソーリスもまた何故だか動けないでいた。そんな中で三人の新手に囲まれた九川は目の前のブレッドに攻撃を加えようとして腕を振り上げた。
「うおおああ!!」
 突然叫び声をあげたのはブレッドだった。自身を戒める何かを吹き飛ばす様に両腕を広げてから向かいくる九川にもう一度拳を向けた。
「来い女! ぶん殴ってやる!」
「金縛りを無理矢理解いたくらいで意気がらないで!」
 ブレッドは大きく振りかぶった拳を九川の顔目掛けて放った。九川はそれを体勢を低くしてやり過ごして左側面からブレッドの顔を右手で掴む。
「ぐっ……!?」
 ブレッドの体がブレて床へと叩きつけられたのは一瞬だった。重たいものが落下した様な激しい音が体育館全体に反響していた。
「……っ」
 宇佐木は息を飲んだ。
 駄目だ九川──また人を殺しては。宇佐木はそう九川に伝えたかった。どうしてだか、この三人を殺してしまっては本当にもう後戻りができなくなるように感じるからだ。
 白いコートの女アンジェリンが焦るでも無く九川に向けて声を発した。
「この中で一番接近戦の得意なブレッドを一撃で倒したのはさすがですね。ソーリスが手こずるだけはあります!」
 アンジェリンは軽やかに両腕を振るった。まるで音楽の指揮者の様に。
「────っ」
 九川は床に叩きつけたブレッドの頭から手を離しながら違和感を感じていた。
「……頭が割れてない? 普通の人間なら粉々になっているはず!?」
「いてぇええええな! この女ああああ!」
 怒号と共に立ち上がったブレッド。この男──恐ろしく頑丈にできている!?そう驚いた九川は距離をとった──背後に少しの気配。アンジェリンが何かしらの術を行使していたのを九川はしっかりと警戒はしていた。
 しかし。
「燃えなさい!」
 アンジェリンのその言葉と同時に九川は発火した。背中から右腕にかけて炎の筋が奔り灼熱が肌を焼いた。
「こおおおのぉぉぉ!!」
 ぶんぶんと腕を振るっても炎はなかなか九川から消えようとはしない。この炎ただの炎ではない──しかも九川は自分の体から直に発火したように感じた。自分が先程、吸血鬼に仕掛けた炎の幻術の類でもない。避けるのは不可能?そう思った九川は腕を掲げているアンジェリンを見て、ブレットにかけたのと同様の金縛りをかけようと試みるが彼女は全く動じずに言った。
「私にはその様な術は聞きませんよ役小角。あなたは燃えて死ぬのです」
「小癪……! ではこれはどうですか!」
 九川の目が吸血鬼と対峙した時のように一瞬妖しく赤色になった。
 「無駄だと言っているでしょう役小角」
 そうは言い念のため警戒を強めたアンジェリンだったが、それも真の術者の前では無意味なことだった。突如、アンジェリンの目の前が真っ暗になった。
「まさかっ……」
 完全なる闇──。一欠片の光さえ届かぬまるで深海の如き暗黒。上下左右さえ分からないその空間にアンジェリンは放り出された。寒さも熱さも感じない。肌に空気が触れる感覚がない。行ったことなどないがまるで宇宙空間のようだとアンジェリンは感じた。
「これは……! どういうことですか!?」
 叫ぶアンジェリンの声以外何も聞こえなかった。孤独感と恐怖感の檻──周りに誰もいる気配がない。気がつかない内に一瞬で自分は役小角に殺されたのだろうかとさえアンジェリンは思った。そんな馬鹿な、まったく痛みも感覚もなく次の瞬間に目の前が真っ暗になることなどありえない──。
「あ、あ、あぁ……」
 アンジェリンは困惑し、どうしようもできず心を挫きかけたその時。
「アンジェ!!」
 まだ数分も経っていないというのに、なんて懐かしい声だろうと感じた。ブレッドの声だ。
 ああ……仲間の声だ。いつも不機嫌な口調で目つきが悪くて、誰にだって喧嘩を売るけれど彼は私にとっては頼りになるパートナーだ。
 それだけでアンジェリンは心に生きた心地を感じた。目を数秒瞑り、すぅと深呼吸をして次に目を開けた時には世界に色が戻っていた。
「────はっ……。これは……幻覚?」
「そうだぜアンジェ。お前はこいつの幻惑の術に囚われていた」
 隣に目つきの悪いブレッドがいた。いつもの機嫌の悪そうな顔は戦闘時にはさらに眉間に皺が寄り、もはや凶悪な面相になっている。そしてその隣にフレネもいた。フレネはいつも通り冷静な様にアンジェリンには見えた。しかし、実は外見に反して内面はこの三人の中では一番彼が激しいのだ。
 そして、アンジェリンは向かい合って数メートル先に対象がいるのに気がついた。不吉を思わせる様な顔で九川はゆらりと佇んでいた。いつの間にか腕の炎は消えているが、しかし未だ腹からは黒い霧の棒を生やしたまま──そこから赤い血が滴り落ちている。
「なにが……どうなって」
 困惑するアンジェリン。それにブレッドは簡単に言った。
「あいつの術中に陥ったお前を助けるために俺があいつを殴った。そんだけだ」
「……そう……この中では術に対する抵抗力は私が一番あると思っていたのに……。自分を過信していました。すいません。お二人共。助けていただいてありがとうございます」
 にこりと言うアンジェリンにフレネは九川を見つめたまま慰めを言った。
「仕方ないよアンジェリン。あれがそれだけの化け物だってことさ。一人一人なら僕達は簡単に殺されているだろうね──でも三人ならば倒せるよ。必ずね!」
「ああ、それは俺も感じたぜ。とんでもねぇ奴だ。今まで戦った中でも断トツな。……それでも三人なら勝てる! 絶対にこいつは倒さなくちゃならない。どう見ても人類の悪だ」
 フレネの言葉に滾りながらブレッドは自らの両拳をガンガンとかち合わせた。
 宇佐木は皆を止めなければとずっと思いながら動けないでいた。自分の頭が追いついていなかったのだ。まるで現実味がないその目の前の出来事に、宇佐木光矢に介入できる余地はなかった。ソーリスならば──宇佐木は声をかけようとし、言葉を詰まらせた。
「……っ」
 ソーリスは辛そうに蹲っていた。呼吸が荒く、声をあげることさえできそうになかった。肩を大きく上下させていた。
「ソーリス……どうした!?」
「う……さき……っ。……ぐっ……」
 一声あげるだけで、ソーリスの体は沈んで、今にも床に倒れこんでしまいそうだった。それでもソーリスはなんとか声をだした。
「……『ハーティー』……の力……の代償……吸血鬼の力が私の……体に負荷を……ぐぅぅ……」
「もういいっ。喋るなソーリス! 俺があいつらを止めてやる!」
「う……さき! ……やめ………なさいっ……」
 どん、とソーリスは倒れ込んだ。顔だけは宇佐木になんとか向けている。
 宇佐木光矢は三人に向かって声を張り上げた。
「お前ら! やめろ! 九川はもう何もしない! 今の瞬間をただ友達と生きたいとしか思っていない女の子なんだよ!」
「黙ってろよコントラスター。こいつは裁かれなけりゃならねぇ。それだけのことをした」
 言うブレッドに宇佐木は掴み掛かりそうな勢いで叫んだ。
「だからてめぇが言うな人殺し! 俺だって人殺しだがな! 人を裁くだぁ!? 笑わせんな! 九川の不幸は力を得てしまったことだろうが! お前らだってそんな年頃に万能の力があったらどうかしただろうが。……だっていうのに一回間違えただけで殺すか!? それが正義かよ!?」
「正義? 誰が正義だよ?」
 ブレッドは宇佐木の言葉に真正面から向き合った。彼にもそれに思うところがあったのだ。
「俺らは正義じゃねぇ」
「え」
 宇佐木は意外そうに目を瞬かせた。
「ちっ……。ソーリスはそんなことも伝えてねぇのかよ。……いいか? 俺達は人類の存続を守るためだけの機関だ。人類の脅威になるとマグダラの予言にでれば赤子だって殺す。……正義なんかじゃねぇ。だから、俺はこの女を殺す。お前らが言うこの九川とか言う女が心はただの十代の女だとして──だからなんだ? 俺達は仕事を全うするだけだ」
 ブレッドは自らを戒めるように淡々と言った。それに少年のフレネが続けた。
「僕達は自分の考えを持たない。鬼の脅威を取り除く。それだけなんだよコントラスターのお兄さん」
「そんなの……ただの機械じゃねぇか! 九川は友達と生きたいんだよ……逃してやれよ! 俺だって石原や九川のいる同じ学校で教師をしていたいんだ!」
「先生……あなたは……」
 その宇佐木の言葉に九川は張り詰めていた何かを少しだけ落とした。その瞬間を好機と見たのか、フレネの腕が動いた。
「行くよ! 二人共!!」
「おう!」
「サポートします!」
 フレネの声に応えたブレッドとアンジェリンも動いた。九川は両の手を広げてそれを迎え撃った。
「やめろおおおお!」
 宇佐木の絶叫が響き渡った。
 どうしようもできないのか──ソーリスが動けない今、宇佐木には語ることしかできない。それではこの三人は止まらない。己が信念のぶつかり合い。宇佐木は自分の無力に打ちひしがれるしかなかった。
 三方向からの同時攻撃に九川は堪らず大きく跳躍した。九川の体にはいつの間にかもう二本の黒い霧が刺さっていた。次は足も燃えている。
「うあああああああ!!」
 がしゃんとガラスの割れる大きな音がした。猛攻に耐え切れなくなった九川が体育館の二階の窓ガラスを突き破って外に飛び出したのだ。
「逃すかああ!」
 追うブレッドに続く二人。宇佐木はソーリスに肩を貸そうとするがもはやソーリスに意識は無く、とても歩けそうにはなかった。それ程までに先程の奥の手──吸血鬼を呼ぶことには大きな代償があったのか。仕方がなく宇佐木はソーリスをその場に寝かして、九川を追うことにした。追って自分に何ができるかは分からない。
 
 だが、それでも行かなければならない。宇佐木は行かなければならなかった。
 
 
 
 
 
 
 ***********************
 
 
 
 
 
 一体なにをしているのだろうな私は。九川礼子は夜の闇を駆けながらぼうっとそんなことを思った。
 こんなこと役小角として生きていた頃から何度したか分からない。人に追われ魔に追われ、時には神にさえ追われた。そんなことだから殺され──殺されても生き汚く記憶だけを残して今に至る。生前の私は男で──そんな記憶を受け継いだせいか……アキちゃんのことが好きになった。昔見た誰かに似ていた気がしていた。でもその女も寿命ですぐに死んだ。だから──今度こそ永遠にいたかった。そんな役小角の記憶を九川礼子は守りたいと思った。何を賭してでも。幸い自分という人間は割とサイコパスで、道徳などよく分からない。だから簡単にクラスメイトを殺したりアキを犯そうとして下らない策略を企てていた男子を殺した。──それは悪なのだろう。それはそうだろう。まごう事無き悪性強き悪だ。だからあの連中に殺されても仕方がないのではないか? ──でも、だとしても生きたい。生きたいのだ。私は。
 高校に隣接された大きな公園。そこの木々が生い茂った森の様な一角に逃げ込んだ時に九川は足を止めた。追っ手に囲まれたのだ。自分の足は依然として燃えたままで、夜の闇に大きな目印となっていたのだろう。
 九川は満身創痍だった。いたるところから血を流し、制服は所々破けて背中部分は上着が焦げてブラウスがほとんどの割合をしめていた。
「見つけたぜ役小角」
 あっさりと見つかりブレッドと呼ばれた男の声が九川の耳に届いた。私の名前は九川だ。
「今すぐ殺してさしあげましょう。……可哀想ですけどね」
 木陰から現れた白い女がそんなことを言った。私を哀れむか女。
「殺しすぎたな。人の心があるなら懺悔してみなよ」
 少年がそう言った。懺悔などあるものか。私は自分の行いを何も悪いと思えない。この罪悪感の皆無は役小角のせいではなく九川礼子という元々の個人が持ち合わせたものだ。私は確かに役小角という記憶が流れ込んでこなければずっと地味に生きられただろう。でも、力を手にしたなら──それは変わるだろう。仕方がないではないか。人には欲望があるのだから。
「何も懺悔はないようだな──じゃあ死ね」
 少年は黒い靄を右手から振り上げ──またアレが見えぬ速度で飛んでくるのだろう。ブレッドが駆けた。アンジェリンが手をこちらへと向ける。
 拳と瞬間着火の挟撃。九川は生きようと必死に抗った。それでも三方向からの同時攻撃に為す術なく、もはや力尽きようとしていた。黒い霧が九川の右太ももに突き刺さる。また血飛沫があがった。
 いい加減叫ぶのも飽きた。九川は何も言わずに動きを止めた。そうすると今度は炎が背中を焼いた。さらに目の前に拳が迫り、それに地面に叩きつけられた。
「さっきの仕返しだな。……終わりだ役小角」
 獲物を捕らえた肉食獣の様な鋭い目つきで九川の頭を地面へと押しつけながらブレッドは冷徹に言った。
 殺しすぎた?そうなのだろうか?九川は不思議な気分だった。自分のやったことが悪だなどとは全く思えない。そんな謙虚な価値観は元々、純粋な九川礼子だった頃から持ち合わせていない。まともな両親に育てられて優等生に育てられてきた九川礼子は何故だか親から愛情を受け取ることができなかった。普通の人間であればただ生きているだけで享受できるそれを九川は感じなかった。勿論、親達の愛は本物であったはずで伝え方が不器用だったわけでもない──ただ九川が愛を受け取れなかったのだ。
 『愛を享受できない』それが彼女の欠点であった。両親はそれを知る由もなく教育を施しはするが、結局一欠片の愛も与えることができず、九川礼子は愛情を知らずに育ってしまった。歳月が経ち、次第に彼女は愛情を欲するようになった。しかし、彼女にはどうすればそれを感じられるのかが分からなかった。どれだけ人を労り助け、優しく接しようとも愛情を一方的に与えるだけで彼女自身はそれを受け取れない。
 壊れているのかしら私。とそう思っていた。九川礼子はいつまで経っても愛を感じることができなかった。
 ──誰か私に愛をください──
 次第に彼女は自分の飢えを満たすことだけを考えて生きるようになった。それでも周りから見れば優等生に見えた。彼女自身は必死になって色んな人々の力になって人に対して愛を注ぎ続けた。しかし、たくさんの学友や先生からどれだけ感謝されようとも──それを彼女の心のどこか奥底が拒絶するのだ。
 ────感謝やお礼の言葉なんて聞いたところで、いずれまた裏切られる──
 役小角の記憶が九川をそうさせているのだろうか。役小角が目覚める前から九川はその精神に前世の戒めを宿してしまっていたのかもしれない。
 そうして──そうやって彼女の心は次第に倫理観の欠片も無くなっていた。
 ……仕方ないじゃない……どうやっても手に入れることができなかったものを私は手に入れてしまったのよ……。九川の瞼にアキの笑顔がちらついた。
 目の前のブレッドがそれを知ったところで彼の動きは止まらないだろう。それ程の確たる殺意を九川はブレッドから感じていた。
 人の恐怖や殺意は簡単に分かるというのに、どうして私は愛情にだけは鈍感なのだろう。
「私は……ただ……人を愛したかった。そして、やっと愛を私に届けられる人を見つけたの……その子と永遠にいたかった……だから……まだ生きたいっ……」
 九川の言葉にブレッドは眉間に皺を寄せ少し悲しげに言う。
「そりゃあ、お前の殺した奴らも一緒だったんじゃねぇか?」
「……っ」
 九川は目を閉じた。ブレッドはそれを見て無感情に腕を振り上げた。
 ──死ぬ覚悟をするには頃合いかもしれない。そう九川は思った。しかし──。
「……え?」
 一向に振り下ろされない攻撃に目を開けた。そこには妙な光景。ブレッドの振り下ろそうとしていた腕を掴む一人の男の姿があった。九川の見たことのない人間だった。
 その男はにこりと爽やかな笑顔で言った。
「大丈夫か?」
 ブレットは自分の拳を止めた男に信じられないと言うような顔で問うた。
「……てめぇっ……何者だ!?」
「通りすがりのなんでも屋……いや、『探偵』だ」
 コートを着た栗色の毛をした整った顔立ちをした年齢不詳の日本人だった。男はブレッドの腕から手を離さないまま言葉を続けた。
「イースに言われてきてみりゃ……これはどういうことなんだ? お前らの駆除対象はこの子か?」
「ソーリスの師匠に言われて来たってか? ひょっとしてお前があの『探偵』か!? じゃあなんで俺を止める!? この女が何かを知ってんのか!?」
 目の前の男の素性をだいたい理解したのかブレッドは猛った。
「さあ? 知らねぇけど」
 探偵と呼ばれた男は小首を傾げて笑ってそう言った。今のこの窮地に場違い過ぎる笑顔だった。
「邪魔するな鳥羽満月!」
 フレネが物凄い剣幕で乱入した自称『探偵』を睨みつけて怒鳴った。
「フレネ知ってるのか。とばみつき。それがこの『探偵』の本名なのか?」
「そうだよ。ブレッド。この間の仕事の時に会ったんだよ! こいつは厄介な奴だ! 僕達の機関にも所属していないくせに一番上の連中に好かれていて、なんだかんだでいつも首を突っ込んでくるんだ。ムカつく奴さ」
「んなこと言うなよフレネー。この間は助けてやったろ?」
 その言葉に少年フレネさらに激昂し顔を真っ赤にして言い返した。
「鳥羽満月! 僕は助けてなんて言ってない! お前が余計なことをしたからどれだけ仕事がやり辛かったか分かるか!?」
「ん? そうなのか?」
 鳥羽満月と呼ばれた男はフレネの言葉に再度、首を傾げた。そしてフレネ、ブレッド、アンジェリンに向けて言った。
「まあ……そういうわけで悪いけどさ。俺はこの子を殺させない」
「はあ?」
 三人の声が見事にハモった。そんなことを意に介さず鳥羽満月は続けた。
「事情は知らん。だからなんだ。この子は生きたいとさっき言った。……だったら俺はこの子が悪魔の手先でも大量虐殺犯でも助けるぞ」
 とてつもなく真っ直ぐな言葉。そして静謐な雰囲気さえ感じる穏やかな口調だった。
 この鳥羽満月という男はきっと何もかも見てきた男なのだろう。だからだろうか。この男の言葉は妙な説得力があった。九川は少しだけ安心した。少しだけ許された気がしたのだ。
「────」
 しかし対してフレネ達は絶句した。自分達がいかなる命令にも絶対遵守のように、この目の前の鳥羽満月という男はなにかよく分からないものに頑ななのだ。いつもそうなのだ──フレネは忌々しげに頭をかいた。そしてヒステリックに言った。
「その女はマグダラの予言で削除対象なんだよ! だから邪魔をするなよ!」
「削除対象? そんなことはないと思うけどな? 俺がここに来たんだから、誰もこの子を殺せないだろ? だからそれは間違ってるよ」
「お前……! そんな人殺しの鬼を庇って……自分が何をしてるか分かってるのか!?」
 鳥羽満月と呼ばれた男はあっさりと答えた。
「人殺しを庇ってる。それがどうした? 未成年の子だ。これからいくらでも人生はあるだろ。長いんだ。だから俺達が教えてやりゃいい。どうすれば幸せになれるかってな」
 思いもよらない言葉。九川はこれから自分が幸せになれるなどと微塵にも思わなかった。今までと同じだ。追い詰められ異端は死ねと言われるのだ。自業自得にせよ、そうでないにしろいつも結末は変わらない。だから、目の前の男が一体、何を言っているのか分からなかった。
 「幸せに……?」
 九川は鳥羽満月の言葉を反芻した。少し目の前が薄暗くなり始めていた。血を流しすぎたのかもしれない。
「幸せにだと!? 人の幸せを奪っておいてそんな権利がそいつにあるっていうのか!?」
「フレネ。権利ってなんだよ? んなもの勝手に周りが決めているだけだろ。この子は勿論、幸せになる可能性はあるよ。……この子は知る必要があるんだ。欲望を叶えるだけじゃ幸せにはなれないってな。人間にはそれ以外の充足感があるんだよ。願いや欲はその二の次なんだ。……若い頃はその欲に目を向けがちだ。だから俺達が教えてやればこの子はもっと上手くやっていける。そうだろ?」
「……そう……なのかしら」
 どうして事情も何も知らないはずのこの人は私のことをそこまで言い当てられるのだろう。不思議と鳥羽満月の言葉に九川は体の力が抜けていった。そして、九川は鳥羽満月の言うことがだんだんと聞こえ辛くなってきていた。意識を保つのもそろそろ限界が訪れていた。
「そうだ。だから希望持てよ。お前は俺が絶対に助けるぞ!」
 希望を指し示した男の声を九川は薄ぼんやりと聞いていた。もうこの後の声は聞こえてこなくなるかもしれない。そう思ってはいた。しかし──九川は信じられない声を聞いた。フレネという少年は喉でくくくと笑い、目を見開いて彼女にとっての狂気を発した。
「くく、何が希望だ……! その女の友人の石原とかいう鬼はもう僕がさっき始末したよ! 首を切ってね! 鬼なんて一匹残らず生かしておくものか!」
「え────」
「ははははっ! びっくりしたかい!? どうせなら、殺りやすい方を先にと思ってね! 寝てるところをばっさりと僕が殺してやったのさ!」
「嘘……」
 九川は放心して体からさらに力が抜けていくのを感じていた。
「はははっ! 嘘なものか! 僕は事前にお前のことを調べていたんだ。羽田とかいう警察のおっさんを使ってね! それにしても、まったくっ! あの女まったく抵抗せずに簡単に死んだよ。くくく! 人殺しの鬼には相応しい死に方だっ、おごおおおっっ!」
 口上の途中だった。とんでもない速度で一瞬にして間を詰めた鳥羽満月の拳がフレネの言葉を止める。風を切る音が遅れて鼓膜を振動させていた。
 「……ふぅー」
 短く息を吐いた鳥羽満月。まったく反応できずに拳を喰らったフレネはゴロゴロと数メートルは転げ回り、そのまま動かなくなって意識を失った。
「黙れよフレネ」
 鳥羽満月が僅かに怒気を含ませた声で静かに言った。九川は声と体を震わせていた。
「……アキちゃんが……死んだ?」
 信じられない──アキが? 血を流し過ぎたせいだろうか?いつもはすぐに見て取れるアキの部屋が見えてこない。千里眼が弱まっていた。今すぐアキを──助けにいかなければ。
「待て。こいつの虚言の可能性もある。落ち着け……」
 言う鳥羽満月の声は九川にはもはや聞こえていなかった。
 そして彼女は──爆発した。
「あああああああああ!! アキちゃん! アキちゃん! アキちゃんんんん!」
 九川を中心に竜巻のような風が巻き起こった。彼女の力のすべてが暴走を始めたかのようだった。
「おいっ……落ち着けよ! くそ……。おい! お前らさっきのフレネの言ったことは本当なのか!?」
「知るかよ」
 問う鳥羽満月にブレッドは吐き捨てるように答えた。
「フレネの奴は単独行動が過ぎんだよ。知らねぇよ。さっきまでのことなんて。なあアンジェリン?」
「そうね。それに鬼の倒しやすい方を先に倒しておくのは効率的なことではないかしら?」
「そりゃそうだ」
 ブレッドは頷き、それが当たり前かのようにそう答えた。彼らにとっては九川だろうがアキだろうが同じ単なる駆除対象でしかないのだ。
「貴様らああああああ!!」
 さらに突風が九川から放たれた。鳥羽満月は彼女に近づこうとしていた足を堪らず止めた。
 悪鬼羅刹の如く九川は役小角としての真の力を怒りによって目覚めさせていた。放たれるのはこれまでとは段違いの鬼気。それは今の今まで彼女と対峙していた二人にはよく分かった。その目の前の術者がもはや自分達にどうにかできる相手ではないということを。
「やっべーな……フレネめ余計なことを」
 ブレッドは言葉とは裏腹に目の前の強敵に武者震いして今にも飛びかかりそうだった。対してアンジェリンは今はもうフレネを連れて逃げるしかないのではないかと頭を一瞬にして切り替えた。敵の放つ圧はもはや本気の時の吸血鬼ハーティを超えているのではないか──それ程の圧倒的な強さ。自分と違いこういう時のブレッドは必ず逃げを選択しはしない。むしろ敵が強ければ強い程、彼はそうしたくなるように見受けられた。それを長年のパートナーとしての経験則から理解していたアンジェリンはブレッドをすぐさま説得しようとし──。
「ブレット……!」
 それが遅過ぎたのだと悟りアンジェリンは叫んだ。役小角が両の手をブレッドへと向けていた。たったそれだけの動作がアンジェリンにはパートナーへのとてつもない脅威だと感じたのだ。
「ぐぅぅあああ!」
 ブレッドの左腕が不自然な方向へと、まるでオモチャの人形の様にバキバキと音をたてて捻り折れ曲がった。血が皮膚から溢れて折れた骨が関節から飛び出した。どしゃりと生々しい音がして左腕の半分は地面へと落ちた。
「あああああ!! て、て、てめぇ……!?」
 触れもせず九川はブレッドの腕を念だけで捻り切った。ブレッドは痛みのあまり悶絶し地面に蹲った。そして役小角はすぐにその鬼気を放つ眼を戸惑うアンジェリンへと向けた。──それだけだった。
「……きゃっ……!」
 どん、と風圧が彼女を襲いその体を凄まじい勢いで弾け飛ばした。後ろの木に背中からぶち当たって口から僅かに吐血して、そのままぐたりとアンジェリンは動かなくなった。
「……」
 白い女が動かなくなったのを見て役小角は、もう一人の男に目を向けた。真っ直ぐにこちらを見ている。鳥羽満月──という『探偵』と呼ばれた男。すぐに先程と変わらない笑みを役小角ではなく──九川礼子に向けた。
「そこまでにしておけ。……じゃあ行くか」
「どこに? アキちゃんが死んだのなら私に行くところはないわ。あなたを殺して他の人間も殺して全部全部全部──鬼にして世界なんて無茶苦茶にしてやる。今の……私にならできる。どうしてだか傷も癒えたわ」
 力が解き放たれたのだ。九川の体に先程まであった刺し傷や火傷が一瞬にして完治していた。
 役小角──万能の術者がここに顕現した。過去の役小角としての力をすべて再現できる自信が今の九川にはあった。
 神をも小馬鹿にして矢を射かけたことさえあった。怒りを買って殺されかけ腹いせに世界を壊そうなどと無茶苦茶なことをしていた時もあった。
「世界を滅ぼそうとして……以前のお前は滅ぼされたのか? 歴史じゃ高名な偉いお坊さんで通ってるんだけどな」
「役小角は初めはそうだったわよ。……でも、やっぱり同じ。人間にいつも大切なものを奪われる。だから村を滅ぼして、国を滅ぼして……。そうしていつも変わらない。何度生まれ変わっても……いつも同じ結末」
 役小角──九川は地面へとへたりこんだ。そして泣いた。
 彼は──彼女はただ繰り返した。
 人を信じて希望を持ち、裏切られ、殺し、そしてまた寄り添って人を好きになり、だけどすぐに裏切られ殺し殺された。いつもいつだってその繰り返し。
 でも今度は特別だった。彼女にとって。
「アキちゃん……ああ……アキちゃん……私……あなたがいない世界なんて……耐えられない」
 鳥羽満月は俯き涙する九川に近づき言った。
「どんな人間にも大切なものは必ずあるんだ。だからそれを奪うことはとんでもなく悲しいことだ。……お前の殺した人間達にもあったはずだ。親や子なら尚更さ。奪われたくなけりゃ奪うな」
「……奪わなければ……私も大切なものを奪われずに済むの? ……そんなの絶対じゃないじゃない! 世界はいつだって私から大切なものを奪っていく! 善人として人を助けていたのに私は力を恐れられて国から追われたこともあった。私の仲間達はその時に皆殺しにされた! 鬼だけじゃなく、人間の仲間も殺されたのよ? だから、私は奪ったの! 私から始めたわけじゃないのよ!」
 九川はどんと地面を叩いた。
 鳥羽満月はその少女の瞳の奥に潜む役小角としての生に少しだけ圧倒された。自分とは比べものにならない程の年月の記憶。しかし、彼女を止めなければならない。鳥羽満月が言葉を発そうとした時に後ろから叫ぶ声がした。
「九川ー! 」
 こちらへと走ってきたのは宇佐木光矢だった。九川の発した風やブレッド達の『色』で居場所を知るのは容易だった。宇佐木は校舎から出てすぐに公園へと向かって来ていた。体育館から九川が飛び出してから数分しか経っていないはずだったが、すでに三人倒れこんでいる。見知らぬ男と九川を見つけ宇佐木は叫んだのだった。
「大丈夫か!? 九川! ……あんたは?」
 宇佐木光矢がそう鳥羽満月に尋ねた。ソーリスと同じ歳くらいだろうか? 状況から察するに九川を助けてくれたのかもしれない。
「俺はソーリスの師匠の知り合いだ。鳥羽満月ってもんだ。応援で駆けつけた。……んで、この子を保護しようとしている。そんな感じだ。お前は?」
「俺は宇佐木……光矢。──保護……良かった。九川を助けてくれたのか。ありがとう……この子は俺の大事な生徒なんだ」
 自然と宇佐木はそんな言葉が口から出ていた。自分でもその教師ヅラに恥ずかしくはなったが、今やっと分かった。彼はそうありたいと思ったのだ。教師なら教え子が間違えても殺すなんてことはしない。導いてやるのが正しいはずだ。宇佐木自身導くなんてガラではないが。
「この子の先生か。……なんだ九川。お前を分かってくれる人ならいるんじゃないか」
「……それでも私にはアキちゃんしかいない……だから、あの子がいなくなったなら私には生きている意味はない」
「石原? 石原がどうかしたのか!?」
 宇佐木は嫌な想像をした。倒れこむ機関の人間。泣いている九川──もしかして石原は。
「石原が……まさか」
「まあ、待て宇佐木とやら。フレネは敵のペースを乱そうとして、よくそういう嫌な嘘をつく。この間もまったく同じことをしてぶん殴ってやったばっかなのに……懲りない奴だ。まあ、悪い奴じゃないんだけどちょっと捻ててな……ってフレネのことはいいか」
 コホンと咳払いして鳥羽満月は言った。
「俺が思うに、大丈夫だと思うぞ。アキちゃんって子は」
 探偵はにこりと優しく微笑んだ。
「──え?」
 九川はそう言った鳥羽満月の言葉にすぐにアキの様子を見ようと目の奥に視点を合わせた。
 千里眼──覚醒した役小角としての力は今まで行っていた千里眼よりも遥かに素早く遠くまで見通せる気がした。遥か彼方の過去未来にまで目が届きそうな程に力の精度が上がっている。しかし今、彼女が見たいのは過去でも未来でもなく、とてつもなくすぐ近くの大好きなアキの家だった。
「アキ……ちゃんっ……」
 無事でいて────。九川はその時、そう強く願った。アキの身を案じて。
 
 
 
 
 
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 世界は本当にどうかしている。いつだって私はそう思う。
 私なんてちっぽけな存在だし、どうしようもない程に矮小で今のことだけしか考えられない。成績が良くったって頭がいいわけじゃないんだ。どんな術が使えても人を操れて心を惑わせても、強い鬼を使役できようが上手く生きらるわけじゃない。そんな私なんかよりも今を生きていることが楽しいと言える人間の方が頭の良い人間なんだと──私は思う。
 楽しいこともたくさんあったはずなのに。何故だかどうしてだか、嫌な記憶の方が勝って記憶に残ってしまう。人間っていうのはそういう生物らしいけれど、楽しい記憶だけを私は覚えていられたらいいのに。
 だから、過去の記憶をどうにかしたい。忌まわしい人間の悪い部分だけが強調された役小角としての記憶。それは九川礼子の精神に傷をもたらすのだろうか?それはまだ分からないけれど、もう過去も永遠の未来も今は──どうだってよかった。
 今──大切な人といられるのなら。
「九川さん?」
「アキちゃん」
 こうして大切な人に名を呼ばれる。それだけで私は満たされる。やっと私は愛を受け取れる。それ以上のものを望む必要はないのかもしれない。
 石原秋子はぼーっとしていた友人を見て、きょとんと子犬の様な目をした。
 可愛過ぎる──!九川は抱きしめたい衝動を堪えた。一秒程。我慢できずにすぐさま抱きしめていた。
「うえっ……く、九川さん?」
「あー。いい匂いーこのまま死にたいですわー」
 おっさんみたいなことを言って九川はアキの胸に顔をうずめてそれを堪能した。九川はそのアキの暖かさで生きていることを再認識した。そして心の中で詫びた。
 ──ごめんなさい。
 九川はこれから生の喜びを感じたら必ず心の中で、今まで殺した者達に謝罪しようと決めていた。別にそれで殺された者達から許されるなどとは思っていないし、正直に未だに彼女は自分のやった行いをそれ程までに悪かったとは思えていない。だけど──。
「何かが変わるかもしれないじゃない」
「……九川さん?」
 自分を抱きしめて動きを止めていた九川にアキは小首を傾げてただされるがままになっている。いつもの光景だった。
 そういつもの光景──そこは暖かい光が差し込む学校内の中庭だった。いつもの大きな木の下で木漏れ日に照らされて二人は昼食を摂っていた。
 同じくいつものように広げたレジャーシートに多過ぎるお弁当。九川はアキと一緒にいられることを以前以上に幸せに感じていた。彼女と過ごすこの一瞬の真の大切さを思い知ったからだと思う。
 この暖かさを忘れてはいけない。
 この──木漏れ日の暖かさを。
 たとえ一時的な暖まるには弱過ぎる光だとしても、私は今のこの永遠ではない一瞬を大事にしようと思えるようになっていた。以前は永遠を欲した。しかし、今は違う。この瞬間が儚く脆く愛おしいものだということを知れば、永遠なんて求めないのかもしれない。
 実際のところはよく分からなかったが、それでも彼女は永遠を求めなくはなった。
 そうする必要がないのだ。
「だって今で精一杯だもの」
「ん? なんて言ったの九川さん?」
「なーんでもありません」
 そう言ってアキの額を九川はデコぴんした。
 痛いと言って涙目になるアキがさらに可愛くて愛おしくて九川は──もう二度とこの幸せを壊したくはないと思った。だから彼女は願った。もう誰にも奪われませんようにと。
 私ももう──奪いませんと。
 彼女はもう鬼を捨て、人間として生きようと願った。アキと二人。寿命は伸びてしまっている。人としては長過ぎる生になるかもしれない。それでもアキと共に生きていこうとそう願った。
 自分を助けてくれた先生達の言葉を肝に命じて──。
 
 
 
 
 
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 自分には一体、何ができたのだろう。宇佐木光矢は考えていた。
 ソーリスはすべてが終わった後、まだ体育館で倒れこんでいた。異様に呼吸が浅く、宇佐木が呼びかけてもまったく意識が回復しなかった。鳥羽満月曰く少々危険な状態だとのことで、彼は任せてくれと言いソーリスをそのまま抱えてどこへか連れて行ってしまった。行く間際に「安心してくれ。二、三日で返す」とだけ言った。宇佐木は一人取り残され、やむ無く帰路についた。
 嘘のような異常な事態の幕引きはとても静かなものだった。
 あの機関の三人も気がつけばあの場からいなくなっていたし、九川礼子は石原が無事だと分かればそのまま何事もなかったかのように帰ってしまった。ボロボロの制服は親になんと言い訳するのだろうと心配になったが彼女はそんなことなどまったく気にしていないようだった。
 宇佐木は思う。自分には一体、何ができたのだろうと。
 すべてはソーリスと出会ったことから始まった。自分にとってソーリスとの出会いで人生の何か──価値観というべきものすべてが一新されたように思えた。最近まで未来に希望なんて持ちはしなかった。まったくと言っていいほどに。生きることを楽しいと思う──そんなことはまったく考えもしなかった。
 でも宇佐木は本当にここ最近が今まで生きてきた人生で一番生き生きとしていると実感できていた。まるで嘘の様だった。
「だから……あんたには感謝してるんだよ」
ソーリスの太陽の笑顔が脳裏にちらついた。勿論、片手には酒である。
 ──だから、早く帰ってこいよ……。
 鳥羽満月が「二、三日で返す」──そう言ってから早一ヶ月が経とうとしていた。
 ソーリスはあれから戻らなかった。
 宇佐木はどうしたらいいか分からず、ともかく今まで通り学校に通った。普段通りに仕事をした。美術部で筆をとり、教室では生徒の話を聞いて下らない話をした。
 どこか胸にポッカリと大きな穴が空いたような心持ちのまま毎日を過ごしていた。
 自分は一体いつまでこうしていられるのだろう?このままで良いのだろうか?
 ある日──警察が来て自分を連れていくかもしれない。そんな想像をしてしまい宇佐木は堪らず逃げ出したい気持ちにもなった。
 宇佐木は今を失いたくなかった。それは九川とソーリスもきっと同じ気持ちなのだろう。
 自分も人を殺している。こうして安穏に生きていることが許されない人間のはずだ。──だというのにそんな想像に恐怖してしまう。
 この幸せを知ってしまったから──きっと九川も同じ気持ちだったのだ。
 石原という存在と出会い、それをもう二度と手放したくないと思ってしまった。だから永遠を欲した。今がずっと続けばいいと思う宇佐木とどこが違う。そのくせ……あの時、自分は九川に偉そうによく言ったものだ。
「この生活も好きだけどな。俺は……あんたとずっといられたらとも思ってたんだぜ」
 宇佐木光矢は誰もいなくなった夕日の差し込む教室で一人そう呟いた。
 もう今日は何も仕事がない。部活も休み。あとは帰るだけである。
 だというのに足が動かず、教室で佇んでいた。
 そこに声がかかった。
「宇佐木先生」
 教室の入り口に長い黒髪が見えた。いつの間にか九川が扉に体を預けて立っていた。
 あの時とは違った邪気のない笑顔をしていた。あれから九川は少し変わった。石原以外ともわりと話すようになったしどこか明るくなったように宇佐木には見えた。
「私はまあ、元気になりましたけどね。先生は最近元気ないんじゃないですか?」
 宇佐木の心を読みながら心配そうに九川は言った。それに、つっけんどんな返事で宇佐木は返す。
「……俺の心が読めるんだから説明いるか?」
「ふふふ、そうですね……。本当にお二人は仲が良いのですね。そんなに寂しがっている先生を見ると、なんだか私少しときめいてしまいますわ」
「嘘つけ」
「……あらあら、機嫌まで悪いみたいですね。ねぇ先生。私が心を読めるのを知っているなら、一つお忘れじゃないですか?」
「ん──?」
 そういえば九川は千里眼を──。
 なんでこの一ヶ月気がつかなかったのか。宇佐木が口を開こうとして九川が手でそれを制した。
「先生が何を言いたいかは分かっています。……だから、今すぐ校庭に出てください。きっと、あなたが今すぐに会いたい人がそこにいますよ」
「……っ!」
 宇佐木は胸がドキリと高鳴った。駆け出して足がもつれそうになった。それを見て九川はいたずらっぽい笑みでくすりと笑った。
「ふふ、大丈夫ですよ先生。……でも早く行ってあげてください。あの人もあなたに早く会いたいはずですから」
 九川はすれ違いざまに宇佐木にそう告げ、宇佐木はそれに「ありがとうな! 九川!」と叫んで返した。
 逸る心を抑えつけながら宇佐木は走った。
「ソーリス!」
 思わず宇佐木はまだ校舎を出ていないのにその名を呼んでいた。彼はこの生活が好きだがそれでもやっぱりそこに彼がいないと──始まらないのだ。
 外靴に履き替えるのも煩わしくて、宇佐木はそのまま校庭へと飛び出した。
「ソーリス!!」
 校庭の真ん中に期待通りの目立つ風貌の男が立っていた。
 いつもの笑顔にいつもの綺麗な顔。そして神父の司祭服。金髪の髪に僅かに混じった白はなんだか以前よりだいぶ増えた気がする。
 変わらない彼が赤い夕日に照らされてそこに立っていた。
「……驚かそうと思って登場の仕方を考えていたんですけど……九川がネタバレしましたか?」
 にこにこと太陽の笑顔でそんなこと言った。いつもの彼の口調。人の心を撫で上げるような心地の良い彼の言葉。
「ソーリス……今まで……どこにっ」
 宇佐木はガラにもなく泣きそうだった。夕日に照らされたソーリスがどこか現実味が無くて今にもどこかに消えてしまいそうで──宇佐木は堪らず不安に駆られていた。
「……すいません宇佐木。少し回復に時間をかけてしまいました。……吸血鬼の力は簡単に使えるものではないんです。……あそこであの人に助けてもらわなければ私は死んでいたかもしれない。……吸血鬼の力は使っても数十秒が限界だったのですが──今回は相手が相手でしたからね……」
「俺に……連絡くらいしてくれてもいいじゃないかっ……」
「あはは、宇佐木はなんだか彼女みたいなこと言い始めましたね」
「なに言ってんだよっ! 心配したんだぜ……」 
「……すいません宇佐木。そして、ありがとうございました……」
「なんだよ、ありがとうございましたって──」
 そんなの、お前がどこかに行ってしまうみたいじゃないか──。そう言おうとした宇佐木にソーリスは言った。
「すいません宇佐木。私にはそう時間がないのです。……私もあなたといられたこの学校での時間がとても好きでした……。束の間の幸せでした。まるで暖かい日の昼下がりの公園で穏やかに空を眺めているようなそんな時間でした。ずっと続けばいいのにと──本当に思っていたんですがね……」
「ソーリス……? なに言ってんだよ」
「私は次の仕事に向かわなければいけません……。本来ならばこうしてあなたに挨拶をすることも固く禁じられていたのですが今回ばかりは特例で……マグダラからの指示もありましたので」
「次の仕事……? 指示?」
 宇佐木はソーリスの言うことについていけないでいた。ただ彼がいなくなってしまうのではないか──その不安だけに包まれていた。
「宇佐木、これを」
 ソーリスは右手に持っていた携帯電話を宇佐木に手渡した。
「マグダラです。彼女と話してください。……機密事項なので書面などにはできないのでよく聞いてください宇佐木」
「マグダラ……」
 例の予言をしている少女。宇佐木は携帯電話をスピーカーモードにした。
「……宇佐木光矢ですか。私はマグダラというものです。──はじめまして。あなたは今回の事件解決に大きな役割を果たしましたので、その功績に免じて今の教師としての職務を続けることを許します。あなたがそうしたいと願うならば私は喜ばしい限りです」
「……」
 そう淡々と一方的に語りかけてくる少女の声。大人びた話し方とは裏腹に思いのほか、幼い声をしていた。どこかあのフレネを彷彿とさせた。
「……」
「返事はありませんが……聞いているものとして続けます。あなたの力は我々の機関にとても有用なものです。日本での罪を無かったこととし、今の生活を与える代わりにあなたには我々が協力要請を出した時には速やかに従ってもらいます。これは絶対です。拒否権はありません。万が一拒否した場合、あなたの生活は終わりを告げるでしょう」
「……っつーか脅しだな」
「まあ、聞いて聞いてください宇佐木」
ソーリスは苦笑いをして言った。
「脅しととってもらっても結構です宇佐木光矢。……今回の一件、九川礼子には色がなかったでしょう──違いますか宇佐木光矢?」
「……ああ、色がない奴は初めて見たな。なんでもお見通しだなマグダラさんよ」
「軽口は慎みなさい。あなたは生かされているのですよ我々に」
「へっ」
 宇佐木はソーリスが仕事から逃れられないと言った意味が分かった気がした。
 このよくわからない人類を守るための機関はおそらく『まったく手段を選ばない』。だから有用だと分かれば宇佐木のような人間をも取り込んでしまうのだろう。宇佐木の人を殺した罪をこの機関は世界を守るという大義名分の元に保留としておけるのだ。
 ──なんて……連中だ。宇佐木は今の生活が彼らの上で成り立っていることに少し恐ろしいものを感じた。
「私達はあなたと同じ『コントラスター』を世界であと二人見つけています。……とても貴重な存在なのですあなた達は」
「人を天然記念物みたいに言うなっつーの」
 宇佐木はなんだか苛々してきていた。
「……九川礼子のような無色の者達によって世界はこれから危機を迎えるでしょう……私の予知ではとてつもなく恐ろしい未来が視えているのです。……我々は九川礼子のような世界に害を成す無色の者達を『ロストカラーズ』と呼んでいます」
「ロストカラーズ……」
宇佐木は少女の言葉をただ繰り返した。
「そう。宇佐木光矢──あなたには私達が要請した時にはその『ロストカラーズ』を探してもらいます」
「……俺が……なんで……」
「あなたにしかできないからですよ宇佐木光矢。……『コントラスター』は少なく人手が足りない。しかも『コントラスター』の中でもあなたは一番の使い手と私は見ています」
「……断ったら……?」
「今の生活ができなくなるだけです。問答無用でこちらに来ていただきます」
「……だったらさ。ソーリスもここにいさせてくれよ。こいつだって仕事の時だけ行けばいいんだろ?」
「宇佐木……」
 ソーリスは悲しそうに宇佐木に視線を向けた。そしてマグダラは答えた。
「それはできません。彼にはしてもらうことが多過ぎる。……あなたと違ってソーリスは戦闘員です。早急に各国を飛び回ってもらわねば世界が救えない」
「……世界、世界が……世界がなんだってんだよ! ソーリスの希望は聞いたのかよ! こいつはここにいたいんだよ!」
「宇佐木光矢──」
マグダラは少し声のトーンを変えて、静かに言った。
「──いずれまたあなたはソーリスと出会える。今は私のことが信じられなくとも……どうか我々に力を貸してもらえませんか?」
「……俺には世界なんて……! そんな大それたことなんて分からないっ……。俺はただ……こいつと──」
「そう思っているならば尚更です。……好きな者とずっと一緒にいたいと願う人々がこの世界にはたくさんいるのです。──誰かが守らなければならない。それをできる者がそうしなければ……世界は消えてしまうのです。……私だって予知も予言もしたくはない──ただの少女でいたいのですよ宇佐木光矢。好きでマグダラの名など継いでおりません」
「……」
 宇佐木は──言葉を失った。ソーリスはそこで宇佐木に告げた。
「宇佐木。私は自分で選択して行くと決めているのです。……あなたとずっと一緒にはいたいですが──やはり、私にしかできないことが確かにあるのです。ごめんなさい……」
「なに……謝ってんだよ……。嘘つくなよ。それに今回の事件だってソーリスがほとんど解決したものじゃねぇか……俺は何もしてないんだ……何も救ってない。そんな俺に世界なんて……」
「宇佐木。あなたが何も救っていないなんて、そんなことはないんですよ」
 そう言ってソーリスは二通の封筒を懐から取り出して宇佐木に手渡した。
「これは……?」
「読んでみてください」
封筒は手紙のようだった。封がすでに切られていて便箋が入っていた。なんだか子供っぽい便箋だなと思った宇佐木は紙に書かれた文章を見て息を止めた。

 ──ぼくをたすけてくれたヒーローへ──
 まず、はじめにありがとうございます。
 いまはおとうさんといっしょに楽しくくらしています。
 おかあさんは死んじゃったけど、あの時助けてくれてありがとう。
 ぼくもあなたのような人を助けられるようなヒーローになりたいです。
 ありがとう。ぼくもガンバルからヒーローもガンバってください。
 ぼくはけいさつかんになりたいです。
 
「…………」
 僅かに肩を震わせながら宇佐木は二通目から便箋を取り出した
 
 ──あの時、助けてくれたお兄さん達へ。
 私は弟と元気に一緒に学校に行けています。
 お兄さん達のおかげです。本当にありがとうございます。
 二人のお兄さんが助けてくれなかったら私達もきっと食べらていました。
 弟はあの時のことを悪い夢だと思っているみたいで、まだ父と母が亡くなったことは分かっていません。
 私がこれから弟を助けていきます。
 助けてもらった恩は一生忘れません。
 ありがとうございました。
 私も将来なにか人の命を救えるような仕事をしたいと思っています。
 お兄さん達みたいになれたら……なんて最近は考えています。
 本当に本当に私達を助けてくれて、ありがとうございました。
 
「……分かるとは思いますが──宇佐木。あなたの助けたあの子達からの手紙ですよ」
 ソーリスのその言葉を聞いて──。
 宇佐木はその場に膝をついて手紙を握りしめて泣いた。ただ声をあげて泣いた。宇佐木にはこの子達が前を見ていること、自分などに感謝をしていることが信じられなかった。
 ──それでもこの子達は救われているという。どこか遠い昔の親を失った二人の兄弟が救われたような、そんな気さえした。
 そうか……人を救うということは自分も救われるということなのだ。それを理解した宇佐木はただ涙が溢れて止まらなかった。
 ソーリスはそんな宇佐木に優しく声をかけた。
「あなたは……もう人を救っているんですよ。だから──あなたも救われてください」
「俺は……殺したくなんか……なかったんだよ……でもっっ、兄貴が殺されそうで……だから……それに親父と母さんを殺した奴を──殺したくて、仕方がないんだ……そんな俺が」
 電話越しに少女の声が聞こえた。
「宇佐木光矢。あなたはその悲しみを知っているのでしょう? ……資格は十分なのですよ、あなたは。──だから、あなたのような人にこそ我々は力を貸して欲しいのです。憎しみに心を囚われなければあなたはきっと素敵な人生を歩めます」
「俺は……」
 宇佐木は泣きながらソーリスを見た。彼は微笑み言った。
「宇佐木、私は離れたとしてもあなたと心はずっと一緒ですよ。あなたはこの学校で先生として生きてください。私達はたまに……もしかしたら結構、頻繁にかもしれませんがあなたに手伝ってほしいと伝えます。その時、私が駆けつけることもあるでしょう。私達と一緒に戦ってほしいのです」
「……俺が、俺なんかが力になれるのか……?」
「勿論ですよ宇佐木」
 ソーリスは宇佐木の手をとって立ち上がらせ親愛の証とでも言うように抱擁した。
「やっとハグできました」
「……ずりぃ……こんなとこ生徒に見られたら勘違いされるだろーが」
「あはは。宇佐木……一緒に生きていきましょう。私はあなたがいてくれるからこれからも戦える。あなたのいる世界を護りたいのです」
「……俺も……そうだな。石原や九川達がこのまま楽しくいられるようには確かにしておきたいな」
「そうでしょう?」
「ああ。それにお前とまた酒飲みたいしな。……っていうか早く離せっ」
 いい加減照れがきた宇佐木は体を離してソーリスはそれを少し名残惜しそうにしながらも、さも妙案を得たかのようにマグダラに進言した。
「確かに! そうですよね。マグダラ! 宇佐木と一軒呑みに行っても!?」
 マグダラは呆れた声で言った。
「そんな時間はないですよソーリス」
「はぁー……やっぱりですか」
 ソーリスは小声で「ケチ」と言い、再度ため息をついた。
 そこに思わぬ声がかかった。
「ソーリス先生。宇佐木先生と呑みに行っても大丈夫ですよ」
 いつの間にだろうか。ひょっとしてソーリスと宇佐木が抱き合って話し込んでいたくらいからはいたのかもしれない。宇佐木は妙に慌ててその黒髪の少女の名を呼んだ。
「く、九川っ……」
「大丈夫ですよ宇佐木先生、慌てなくても。男同士抱き合うくらいはするでしょう」
「しねぇよ……」
 何故だろう。このことでこれからずっと九川にからかわれそうな予感が宇佐木はしていた。
「失礼ですね先生。私はこんなネタがなくても宇佐木先生はからかい甲斐があると思っていますわよ」
「からかうのはもう決まってんだなオイ……」
「それよりも九川。呑みに行ってもよいとは?」
 時間がないのか、それとも余程呑みに行きたいのかソーリスが早口で尋ねた。
「ああ、ソーリス先生も飛行機の時間だとかでそんなに慌てなくてもいいんですよ。……私が送ってさしあげますので。ゆっくり宇佐木先生と呑みに行っても大丈夫だと言ったのです」
「送る? 送るですって?」
 上擦った声で尋ねるソーリスに九川はさも当たり前のように答えた。
「ええそうですわソーリス先生。どこへでも送ってさしあげますよ。今の私ならば飛行機なんかよりも速く飛べるでしょうし……」
「え、え? と、飛ぶ!?」
 宇佐木が何を言ってるんだこいつはという顔で九川を見た。九川はどうということもないようにさらっと言った。
「ええ空なんか飛べます。飛べて当然です。あ……運搬には気をつけますので風や寒さは大丈夫ですよ。どうにかします」
「どうにかできんのかよ……」
 凄すぎるな役小角。ソーリスを抱えて飛んでいる姿を想像するとかなりシュールで笑いが喉の奥から込み上げてきそうになるのを宇佐木は耐えた。改めて宇佐木とソーリスは目の前の術者に驚愕した。
「だからゆっくり行ってきてください。──というか」
 そこで九川は宇佐木とソーリスの二人を見て、とても穏やかな表情で言った。
「これからも何かあれば私が送ってあげます。ですから、ソーリス先生もこの学校に残っても大丈夫です。……私やアキちゃんの日常を守ってもらった恩返しとでも思ってくださいな」
「九川……お前」
「なに泣きそうなというか……泣きはらした顔で、熱い目線を送っているんですか宇佐木先生。……別に私はただ……私達の今を先生達に守ってもらったというのに、ここで何もしないのはフェアではないと思っただけです」
「聞いていますかマグダラ」
 ソーリスは電話に向かって逸る気持ちを抑えつつ言った。電話から漏れた少女の溜息。
 彼女は諦めたのか、どうでもよくなったのかこんなことを言った。
「……好きにしてください。──ただ仕事に支障をきたすようならばソーリスはこちらの」
「安心してください。あなた方よりもすぐに目的地に辿り着かせることができますわ」
 マグダラの言葉にそう食い気味に返した九川。マグダラは少しムッとした声になった。
「……九川礼子……あなたは常に私達の監視下にあることを忘れないでください。あなたが危険なロストカラーズであるのは事実なのです。……私達に協力するという例の話の答えはまだもらっていませんよ九川」
「ですから言っているではありませんか? ソーリス先生を運ぶくらいなら手伝いますよ」
「私達があなたにしてほしいことはそんなことではないのですよ」
 電話越しのマグダラの声色は九川に対しての嫌悪感が伝わってくるようだった。九川礼子はもう敵ではないと思っているのは自分とソーリスくらいなのかもしれない。宇佐木はそう思った。
 うんざりしたように九川は言う。
「……またあれですか? 戦えだの千里眼を貸せだのと言うのでしたら……その時は……本気でお相手しますよ」
 九川礼子から冷たい殺気が放たれて電話を持っている宇佐木の体を硬直させた。
 完全に力を目覚めさせてしまった九川礼子は機関にとってもなかなか手を出しにくい存在となってしまっていた。だからマグダラは交渉している。九川自身もそれを理解して強気にでているのだ。
「……怖ぇからやめてくれ」
 思わずそう漏らした宇佐木に、九川は鼻で笑って殺気を解いた。
「……その件はまた今度、新しい遣いの者をよこしてくださいな。楽しくお話ししましょうマグダラ」
「……」
 マグダラからの返答はなかった。九川はそれを良しとしたのか、くるりと宇佐木とソーリスに振り返った。
「これでまた一緒に学校に通えますね先生方」
 なんて可愛いことを言った。宇佐木もソーリスも思わず笑顔を返し──そして。
「九川──!」
 堪らずソーリスと宇佐木は九川礼子に抱きついて喜んだのだった。
「ちょ、え、え、えええー!?」
 九川は思いの他、赤い顔で焦った。二人の突飛な行動を千里眼を持って読んではいたが、その二人の感激と愛情に九川の脳は軽く麻痺を起こしていた。
「よーし、三人で呑みにいきましょう!!」
 勢いに任せてそんなことを言ったのは酔いどれ神父。
「ちょっと……いい加減離してくださいなお二人とも。……しょうがないので私もオレンジジュースで付き合いますわ先生方」
 意外とノリの良い九川。
「いやいや制服じゃさすがにマズイだろう。……そもそも生徒と呑みに行くのは大丈夫なのかよ」
 真面目なことを言うのは何故だろうか宇佐木の役目だった。宇佐木とて一般からズレてはいるが、それ以上にソーリスも九川も常識が無さ過ぎるのだろう。
「では着替えてアキちゃんも呼んできて四人でというのはどうかしら。アキちゃんは喜びますわ……。まあ、私は複雑な気分ではありますが今回ばかりは許しましょう」
 宇佐木とソーリスはそれに同意した。そしてソーリスは高らかに言った。
 いつもの太陽の様な笑顔で。
「いいですね。では」

 私達の今に乾杯しましょう──。






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