滑稽ね

まこさん

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十二

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 まるで遠くを流れるラジオの音声の様にぼんやりと響く。
 聞いているのかいないのか。理解しているのかいないのか。
 沙耶子は自分自身でも分からなかった。
「清水という男が怪しいと思うんです」
 確かに、田山はそう言った。
 清水がどういう人物か説明している様だが、そこからは田山の言葉が真っ直ぐ頭に入って来なかった。
 田山が特別な人物じゃないかと紹介したのは清水である。今度は田山が、特別な関係を持っていたのは清水であると言っている。
 頭がこんがらがりそうになった。
「実は、主人と特別な関係だったのは貴方だと、月命日にお墓へ行ってみなさいと教えてくれたのは、その清水さんですのよ」
「奴が?」
 田山が眉間に皺を寄せた。
「確かに自分は、先程も申し上げた通り、先生とは父子の様な感情と関係がありました。しかし、それだけです。そんな事はいつも塾に通っていたメンバーなら知っている筈です」
 そう言う田山の真っ直ぐな目線と声色からは、嘘を言っている様には思えなかった。
 清水は、「いつも塾に通っていたメンバー」の一人だ。ならば、主人と田山の関係性を誤解していたとは考え難い。
 では、何故彼は沙耶子に田山を教えたのだろうか。
「自分から疑いの目を逸らしたいからではないでしょうか」
 田山がアイスコーヒーを一口飲んで、神妙な顔で口を開く。
「清水の方がよっぽど、先生と特別な関係だったと思うんです」
「どうして?」
「奥様は、清水が塾に加入してから女子学生の数が増えた事を覚えていますか」
「えぇ」
 皆長続きはしなかったが、清水目当てに塾に参加する女子生徒が居て、清水を取り巻いていたのは記憶している。それがきっかけで清水に会いに行ったのだから。
「ただ、一定数の男にもモテるんです」
 田山は小さくため息を吐いた。
 田山曰く、清水は人を魅了する不思議な力がある。それは外見ばかりではない。人の性格や趣味趣向、癖までよく観察し、接する。当然、相手との距離感は近くなり、仲も深まる。そうやって、自分の生活するにあたって有益であると判断した人には近付いて取り入っていくのだ、と。
 何処となく中性的な佇まいは、それらの結果得た物であるのだろう。
 きっと、先生にもそうやって近付いたに違いありません、と田山は言った。
「でも、それは他の生徒達も例外じゃないのかしら」
 主人は資産家であったので、富も名声も得た人物だった。そういう人に取り入ろうとするの人は少なくなかっただろうと思った。
「自分は、見てしまったんです」
 田山はテーブルの上に組んだ手に力を入れ、意を決して言った。
「ご自宅の廊下で、先生が、清水の腰を抱いているのを、見てしまったんです」
 沙耶子は、言葉の意味が理解出来ずにいた。
「見間違いなんかじゃありません。目をかけていたとしても、男の生徒の腰に手を回しますか。まるで……」
 田山が一呼吸置いた。
 沙耶子の様子を窺って、ポツリと苦しそうに呟いた。
「慈しむ様に……」
 またラジオの音声を聴く様に、田山の声が頭に響いた。
 ぼーっと、眼鏡を外して汗を拭く田山の様子を眺めていた。

 予想だにしていなかった可能性に、沙耶子の思考は止まってしまっていた。
 主人の愛人は男なのか。相手は清水なのか。
 何処から何処までが本当で嘘なのか。清水と田山のどちらが正しいのか。
 頭の中をぐるぐると巡って、目眩すら覚えた。
 田山はそんな沙耶子を哀れに思った。
「自分は清水が一番怪しいと思っていますが、絶対に奴だと断定は出来ません。しかし、親密な関係であった事は確かです。信じるも否も、奥様次第ですが……」
「正直、私はどうすれば良いのか分からない……けど、一度、冷静になってよく考えてみるわ」
「えぇ、それが良いです」
 沙耶子は少し温くなったアイスコーヒーを飲んだ。
 カラカラに乾いた喉を潤したが、溶けた氷で割られたコーヒーは旨味も風味も感じなかった。
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