滑稽ね

まこさん

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 帰宅途中、焼き芋屋が通りかかったので、タエがおやつに買って行きましょうと呼び止めた。
 リアカーを改造した様な、小さな屋台だった。
 屋台を引いていた初老の男が、ニコニコと対応する。沙耶子とタエが今年初のお客だと言う。
 芋を入れた紙袋とお金を交換する男の片腕は、肘から先が欠けていた。
「あら、おじさん、その腕はどうなすったの?」
 沙耶子が聞いた。
 焼き芋屋の男は微笑んだまま答えた。
「先の大戦で、ちょっとね」
「まぁ」
 タエは聞かずとも何となく理解していた。出征し傷病兵となった元日本兵は少なくない。普段気にかけて生活していないだけで、四肢の欠損や後遺症を負っている人は身近に居るのだ。
 これまでの人生において、そういった人達と関わりがなかった沙耶子は、予想もつかずに無邪気に質問したのだった。
 世間知らずの奥様、と言われてしまうのも仕方がない事だった。
 タエはご苦労様でしたと短く言ったが、沙耶子は、
(戦争に行っていたなんて野蛮だわ)
と思っていた。
 終戦の年に生まれて新しい憲法の下に教育を受けてきた沙耶子がこう思ってしまうのも仕方がない事なのかもしれない。
 また、沙耶子は主人が戦中に軍事産業に出資していた事も知らなかった。

 翌月。
 主人の月命日に墓のある霊園に向かう。
 この日は日曜日で、墓参りや掃除をする人の姿が何人か見られた。
 主人の墓へと歩みを進める。
 誰も居ない。
 そう思った時、墓石の影から男が一人現れた。
 手には雑巾が握られているので、どうやら墓石を磨いている様である。
「もし……」
 沙耶子が声をかけると、男が顔を上げて立ち上がった。
 細身で背の高いその男は、手の甲でずれた眼鏡を直した。沙耶子を見て、あっと小さく声を上げる。
「あなた、田山さんとおっしゃるのかしら」
「はい。先生には生前、大変お世話になりました」
 深く、頭を垂れる。
 沙耶子は先ず、墓参りと掃除の礼を述べた。
 田山の足元には紙で包まれた仏花とお供ものが置かれている。仏花の中に向日葵らしき花は見受けられなかった。
「お参りが終わったらお話を伺いたい事があるのだけれど、お時間お有りかしら」
「えぇ、勿論、大丈夫ですよ」
 少し猫背で、眼鏡を直しながら頷く様子は、気の弱そうな雰囲気を感じさせた。
 悪い人ではなさそうね。
 これなら交渉は成功するかもしれない、と思わせた。
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