10 / 13
十
しおりを挟む
帰宅途中、焼き芋屋が通りかかったので、タエがおやつに買って行きましょうと呼び止めた。
リアカーを改造した様な、小さな屋台だった。
屋台を引いていた初老の男が、ニコニコと対応する。沙耶子とタエが今年初のお客だと言う。
芋を入れた紙袋とお金を交換する男の片腕は、肘から先が欠けていた。
「あら、おじさん、その腕はどうなすったの?」
沙耶子が聞いた。
焼き芋屋の男は微笑んだまま答えた。
「先の大戦で、ちょっとね」
「まぁ」
タエは聞かずとも何となく理解していた。出征し傷病兵となった元日本兵は少なくない。普段気にかけて生活していないだけで、四肢の欠損や後遺症を負っている人は身近に居るのだ。
これまでの人生において、そういった人達と関わりがなかった沙耶子は、予想もつかずに無邪気に質問したのだった。
世間知らずの奥様、と言われてしまうのも仕方がない事だった。
タエはご苦労様でしたと短く言ったが、沙耶子は、
(戦争に行っていたなんて野蛮だわ)
と思っていた。
終戦の年に生まれて新しい憲法の下に教育を受けてきた沙耶子がこう思ってしまうのも仕方がない事なのかもしれない。
また、沙耶子は主人が戦中に軍事産業に出資していた事も知らなかった。
翌月。
主人の月命日に墓のある霊園に向かう。
この日は日曜日で、墓参りや掃除をする人の姿が何人か見られた。
主人の墓へと歩みを進める。
誰も居ない。
そう思った時、墓石の影から男が一人現れた。
手には雑巾が握られているので、どうやら墓石を磨いている様である。
「もし……」
沙耶子が声をかけると、男が顔を上げて立ち上がった。
細身で背の高いその男は、手の甲でずれた眼鏡を直した。沙耶子を見て、あっと小さく声を上げる。
「あなた、田山さんとおっしゃるのかしら」
「はい。先生には生前、大変お世話になりました」
深く、頭を垂れる。
沙耶子は先ず、墓参りと掃除の礼を述べた。
田山の足元には紙で包まれた仏花とお供ものが置かれている。仏花の中に向日葵らしき花は見受けられなかった。
「お参りが終わったらお話を伺いたい事があるのだけれど、お時間お有りかしら」
「えぇ、勿論、大丈夫ですよ」
少し猫背で、眼鏡を直しながら頷く様子は、気の弱そうな雰囲気を感じさせた。
悪い人ではなさそうね。
これなら交渉は成功するかもしれない、と思わせた。
リアカーを改造した様な、小さな屋台だった。
屋台を引いていた初老の男が、ニコニコと対応する。沙耶子とタエが今年初のお客だと言う。
芋を入れた紙袋とお金を交換する男の片腕は、肘から先が欠けていた。
「あら、おじさん、その腕はどうなすったの?」
沙耶子が聞いた。
焼き芋屋の男は微笑んだまま答えた。
「先の大戦で、ちょっとね」
「まぁ」
タエは聞かずとも何となく理解していた。出征し傷病兵となった元日本兵は少なくない。普段気にかけて生活していないだけで、四肢の欠損や後遺症を負っている人は身近に居るのだ。
これまでの人生において、そういった人達と関わりがなかった沙耶子は、予想もつかずに無邪気に質問したのだった。
世間知らずの奥様、と言われてしまうのも仕方がない事だった。
タエはご苦労様でしたと短く言ったが、沙耶子は、
(戦争に行っていたなんて野蛮だわ)
と思っていた。
終戦の年に生まれて新しい憲法の下に教育を受けてきた沙耶子がこう思ってしまうのも仕方がない事なのかもしれない。
また、沙耶子は主人が戦中に軍事産業に出資していた事も知らなかった。
翌月。
主人の月命日に墓のある霊園に向かう。
この日は日曜日で、墓参りや掃除をする人の姿が何人か見られた。
主人の墓へと歩みを進める。
誰も居ない。
そう思った時、墓石の影から男が一人現れた。
手には雑巾が握られているので、どうやら墓石を磨いている様である。
「もし……」
沙耶子が声をかけると、男が顔を上げて立ち上がった。
細身で背の高いその男は、手の甲でずれた眼鏡を直した。沙耶子を見て、あっと小さく声を上げる。
「あなた、田山さんとおっしゃるのかしら」
「はい。先生には生前、大変お世話になりました」
深く、頭を垂れる。
沙耶子は先ず、墓参りと掃除の礼を述べた。
田山の足元には紙で包まれた仏花とお供ものが置かれている。仏花の中に向日葵らしき花は見受けられなかった。
「お参りが終わったらお話を伺いたい事があるのだけれど、お時間お有りかしら」
「えぇ、勿論、大丈夫ですよ」
少し猫背で、眼鏡を直しながら頷く様子は、気の弱そうな雰囲気を感じさせた。
悪い人ではなさそうね。
これなら交渉は成功するかもしれない、と思わせた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?
かのじょの物語
碧
ミステリー
どこにでもいるような普通の人間のアキコの身におきた、表には見えない人生の物語。
当たり前の子供だったはずのアキコに襲いかかり彼女の生活を蝕んでいくモノと、それに向き合うアキコの物語。
年齢毎になっていますので、後半性的な表現を含むことが多くなっています。性的な表現を含むモノには★マークがついています。
やさしい首
常に移動する点P
ミステリー
長谷川修平の妻、裕子が行方不明となって二日後、遺体が発見された。首だけが近くの雑木林に放置されていた。その後、同じ場所に若い二人の男の首が遺棄される。そして、再び雑木林に首が。四人目の首、それは長谷川修平だった。
長谷川の友人、楠夫妻は事件の参考人として警察に任意で取り調べをうけたことで、地元住民から犯人扱いされる。定食屋「くすのき」も閉店せざるを得なくなった。
長谷川夫妻の死、若い男二人の死、四つの首が遺棄された雑木林。
楠夫妻の長男、真一は五年後自分の子供にもふりかかる汚名を
ぬぐうため、当時の所轄刑事相模とともに真犯人を探す。
※この作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?
昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
どんでん返し
井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる