長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

まこさん

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第十五話 記念写真?

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 盆を過ぎたがまだまだ暑さが厳しい。
 毎年の事ながら、朔太郎は特に夏らしい行事に興じる事もなかった。
 しかし、今年は少し違った。
 まずは、無事に生まれた三人目の孫の世話に追われる五代目源さん夫婦の手伝い。これは今も継続中である。
 そして、毎年恒例の地区対抗草野球大会。
 毎年八月の第一日曜日に開催されるこの地域交流の為の大会。第一回大会から四十年近く、朔太郎はゲームには不参加で、裏方としての参加を続けていた。
 勿論今年もそのつもりだったのだが、大会数日前に腰を痛めた善輝に代わり、急遽出場する事になってしまったのだった。
 ボテボテのボールを取れないし捌けない。返球が届かないし、ノーコン。バットはボールに擦りもしない。
 朔太郎は運動神経がイマイチである。
 多人数の前で醜態を晒して終わったのであった。
 因みに、今年も隆輝の特大ホームランがライバル地区自治会長の愛車のフロントガラスを破壊した。
 今年の大会には、にこりも招かれていた。
 隆輝が、朔太郎とベンチで応援したり話したりすれば良いと気を利かせたのだが、朔太郎の醜態を見届ける結果となってしまった。
 さすがに幻滅させてしまったかと様子を窺ったが、そもそも運動神経には期待していなかったようで、
「ドジな朔太郎さんも可愛いですね」
 とご満悦で、心配無用であった。

 朔太郎は秋祭りの準備を進めていた。
 小規模だが昔から行って来た五穀豊穣を祈る大切な祭事である。多くの神社では獅子舞や御神輿が出発し、地域住民の家や企業などを周り、また神社に帰って来る。
 しかし、この神社は違う。まず、一般的な秋祭りの時期よりひと月以上早い。時期がずれている詳しい理由は分からない。
 そして、朔太郎が、演舞を奉納するのだ。
「運動神経悪いのによく踊れるよなぁ」
 遅めの盆休みを取った隆輝が、作業を手伝いつつ揶揄った。
「それとこれとは別ですよ」
 朔太郎が、顔を赤らめムッと眉を顰めて、隆輝を小突いた。
 全く痛くないのに痛え、と呟いて笑う隆輝を横目に見て、朔太郎が溜め息を吐いた。
「ちゃんと舞えないと命の保証はありませんでしたからね」
「先代がめちゃくちゃ厳しかったのか?」
「いえ、そうではなくて……真剣だったんですよ。刀が」
 隆輝は片眉を吊り上げて、怪訝な顔で見つめた。
 奉納する演舞には、太刀が使われる。創建以来、御神刀でもって奉納されていたが、七十数年前に危険であると真剣の使用を禁止されたのだ。それ以降は模造刀を使っている。
「ちょっと待て。ジイさんあんた、七十年近く自分に刺さった刀を使って踊ってたのか?」
「まぁ、そういう事になりますね」
「どういう事だ、それは」
 朔太郎の斜め後ろから男の声が聞こえ、ハッと振り返る。
 そこには、にこりの曽祖父の霊・小日向芳松が仁王立ちで凄んでいた。
 うわーっと転がりながら悲鳴を上げた朔太郎は、隆輝を盾に隠れた。
「何故、貴方がここに? にこりさんはご一緒で?」
「知らん。気が付いたらここに居たのだ」
 拝殿の扉から境内を見渡すと、確かに誰も居ない。
 朔太郎はほっと胸を撫で下ろした。もし先程の会話が聞かれていたら、大変な事になるところだった。
 芳松には、隆輝の言い間違いと朔太郎の勘違いの会話であって、深い意味は何もない。と必死で誤魔化した。
 空虚に向かって必死で説明している朔太郎の姿を、隆輝は吹き出しそうになるのを堪えながら見守った。
「もう良い。はぁ、何だってにこりはこんな訳の分からん男を気に入ってしまったのだ。そこの、源田とかいう男の方が財力もタッパもあるし、まぁまぁ男前な顔しとるのになぁ」
 芳松は二人の顔を見比べて溜め息を吐いた。
 にこりに嫌われるのはそういうところだろうと言ってやりたい気持ちだったが、火に油を注ぎそうなので黙った。

 芳松の霊は、拝殿に居座った。
 準備を進める二人の横にどっしりと胡座をかき、腕を組んで見つめる姿は現場監督宛ら。
 動作の一つ一つを鋭い眼光で見つめられると、とてもやりにくい。
「にこりが、貴様はいろんな事知ってて凄い、格好良いし可愛いと五月蝿いのだ」
「そんなに褒められると照れますねぇ」
 ふふっと笑った朔太郎を黙れ、と一喝した。
「フンッ……貴様、野生のゾウを見た事はあるか? サイはどうだ?」
「いえ、ありませんけど……」
「ワシはあるぞ。ボ島で見た!」
「あぁ、あの方面に行かれていたんですね」
 芳松が防暑衣を着ている事に納得がいった。
 ボ島とは、ボルネオ島の事。豊かな熱帯雨林に多種多様な生態系を世界に誇る島であるが、第二次世界大戦時は激戦地の一つであった。
 曾孫娘愛に狂っているが、芳松はこの激戦地からの生き残りなのだ。
 勝ったと鼻息荒く胸を反らせて朔太郎を見下ろす芳松に、何とも言えない感情で頭を下げた。
 と、砂利を踏む音と共に元気な声が届いた。
 開けた拝殿の扉から覗くと、にこりが立っていた。
「用事とかじゃないんですけど、何かここに来なきゃいけない様な気がして」
 いつもよりソワソワと落ち着きのない様子のにこり。
 きっと守護霊でもある芳松が側に居なかった事が関係しているのだろう。
 先程まで朔太郎達をキリッと鋭く睨んでいた目尻を下げて、にこりの元に歩いて行く。すると、にこりも落ち着いたのか、小さな深呼吸をしていつもの様子に戻った。
 本人は過干渉である事を理由に鬱陶しいと思っているが、心の奥では自分を大切に思い守ってくれる存在を認めて受け入れているのかもしれない。
 秋祭りの準備を興味深そうに眺めるにこり。
 その様子を微笑ましく見ていた朔太郎だが、ある可能性に気が付いた。
「にこりさん。お写真、良いですか」
「えっ」
 自分に向けられたスマホに慌てながら、お澄まし顔でポーズをとった。
 撮った写真を確認して、朔太郎はニコッと微笑んだ。
「やっぱり、思った通り。ほら、ご覧なさい」
 画面には、拝殿をバックに映るにこり。まだ夏の強い陽が差し込んで出来た光の筋がキラキラと光っていて、幻想的な雰囲気だった。
 素敵な写真だと思っていると、ここです、と朔太郎が画面の一部を指差した。
 そこには、にこりの右斜め上に光に混じって薄っすらと人の陰のようなものが……
「曾おじい様ですよ」
「いやー!」
 にこりは反射的に朔太郎のスマホを叩き落とした。
 境内は神様の領域である。朔太郎も、境内に居る時の方が霊体がよく見える。
 そんな場所で霊感のある自分が写真を撮れば、にこりと芳松のツーショット写真が撮れるんじゃないか、と思ったのだった。
 実際にツーショット写真は撮れた訳だが、結果はただの心霊写真であった。
「あとでラ●ンに送りましょうか?」
「そんなのいらないよー!」
 にこりは涙を浮かべて走り去って行った。
 取り残された芳松は、悲しみと怒りが混じった複雑な表情を浮かべている。
「神主、その写真はお焚き上げしてワシに届けろ……」
「データのお焚き上げってどうするんでしょうか」
 拝殿内では、耐え切れなかった隆輝が腹を抱えて笑っていた。
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