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サイドストーリー
朔太郎と五代目夫婦(中)
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昭和四十年代半ば。
善輝とみどりは高校生だった。
県下一偏差値の高い中高一貫校に通い、日々学業に勤しんでいた。
当時、善輝は学校が早く終わった日等は神社に寄って朔太郎と話したりお菓子をご馳走になっていた。息子の行動と同じであった。
「今日も可愛かったな、みどりちゃん」
さつまいも餡のきんつばを頬張りながら、善輝は社務所の天井を仰ぎ見て溜め息を吐いた。
最近の彼の口からは「みどりちゃん」の話題ばかり。
善輝が幼少期から、女子に付き纏われたり取り合いの喧嘩に巻き込まれている様を何度も見てきたが、彼自らが積極的に女子の話をするのは初めてかもしれない。
みどりちゃんとは、山中みどりという善輝と同じクラスの女子。中等部から通っている善輝とは違い、高等部から入学してきた。くりっとした円らな瞳が印象的で、誰にでも分け隔てなく優しく、癒し系でおっとりとした性格の大人しい子。
普通科の共学校だが十数年前まで男子校だった為、女子の比率が圧倒的に少ない。
山中みどりは、所謂マドンナ的存在なのだそうだ。
「好きな人いるのかな……」
二個目のきんつばを取りながら、善輝が呟く。
「そんなに気になるなら聞いてみたら良いじゃないですか」
「聞けるか! それが出来たら悩んでねぇんだよ」
「あはは」
「朔さんって恋愛経験あんの? 見た目に反して俺のジイさんみたいな生活してるし……うーん、なさそうだな」
この当時、善輝はまだ朔太郎が不老不死である事を知らなかった。
勿体ねぇなぁ、と呟く善輝に苦笑いで返した。
「すいませぇん」
間延びした声に授与所の窓を見ると、セーラー服の女子学生が一人、立っていた。
その姿を見るや、善輝がへぁっと可笑しな声を上げて、姿勢を正した。
「み……山中さん?!」
「あー、源田くん」
成る程、この子が噂のみどりちゃんか——
印象的な円らな瞳を細めて微笑みながら、社務所で固まっている善輝に小さく手を振った。
最近流行のアイドルの髪形を真似する若い女性が多いと聞くが、みどりは胸元まで伸ばしたストレートの黒髪を二つ結びにした、お下げ髪だった。
「どうしてここに?」
「前に源田くんがこの神社のお話してたからぁ」
にこにこしながら、おっとりのんびり話す様子や雰囲気は確かに癒される。
みどりは朔太郎に改めて挨拶をして、お守りが欲しいんですと言った。
「武芸の神様ってぇ、勝負事にも御利益ありますか?」
「えぇ、ございますよ。部活動の大会がおありで?」
みどりは小さく首を横に振った。
先程までにこにことしていたのに、今は少し不安気な顔をして、口を開いた。
父親に癌が見つかり、治療の為に入院する事になったという。善輝が話していた武芸の神様を祭る神社を思い出し、病気に勝ってもらいたくて参拝とお守りを購入しに来た、という事だった。
「この髪もね、本当は短く切りたいんですけどぉ、お父さんが無事に退院出来たら切ろうと思ってて……願掛けしてるんです」
なんと健気な娘さんなのだろう。
朔太郎は感動し、また、感心した。
善輝もこの話は初耳だったようで、珍しく神妙な顔で聞いていた。
「ご安心くださいね。ここは勇ましい軍人さん達がこぞって参拝された神社ですから」
これまで軍人がたくさん参拝に訪れたのは事実だ。しかし、結果が結果故、御利益があったのか否かは分からない。
だが、無責任で不確定な事を言ってでも、彼女の気持ちを汲みたいと思ったのだった。
朔太郎はみどりに「必勝」と刺繍されたお守りを手渡した。
夕方になり、空はオレンジと藍色が混じり始めていた。
「駅まで送るよ」
「ありがとぉ」
並んで歩く若者の後姿を、朔太郎は見えなくなるまで見送った。
善輝とみどりは高校生だった。
県下一偏差値の高い中高一貫校に通い、日々学業に勤しんでいた。
当時、善輝は学校が早く終わった日等は神社に寄って朔太郎と話したりお菓子をご馳走になっていた。息子の行動と同じであった。
「今日も可愛かったな、みどりちゃん」
さつまいも餡のきんつばを頬張りながら、善輝は社務所の天井を仰ぎ見て溜め息を吐いた。
最近の彼の口からは「みどりちゃん」の話題ばかり。
善輝が幼少期から、女子に付き纏われたり取り合いの喧嘩に巻き込まれている様を何度も見てきたが、彼自らが積極的に女子の話をするのは初めてかもしれない。
みどりちゃんとは、山中みどりという善輝と同じクラスの女子。中等部から通っている善輝とは違い、高等部から入学してきた。くりっとした円らな瞳が印象的で、誰にでも分け隔てなく優しく、癒し系でおっとりとした性格の大人しい子。
普通科の共学校だが十数年前まで男子校だった為、女子の比率が圧倒的に少ない。
山中みどりは、所謂マドンナ的存在なのだそうだ。
「好きな人いるのかな……」
二個目のきんつばを取りながら、善輝が呟く。
「そんなに気になるなら聞いてみたら良いじゃないですか」
「聞けるか! それが出来たら悩んでねぇんだよ」
「あはは」
「朔さんって恋愛経験あんの? 見た目に反して俺のジイさんみたいな生活してるし……うーん、なさそうだな」
この当時、善輝はまだ朔太郎が不老不死である事を知らなかった。
勿体ねぇなぁ、と呟く善輝に苦笑いで返した。
「すいませぇん」
間延びした声に授与所の窓を見ると、セーラー服の女子学生が一人、立っていた。
その姿を見るや、善輝がへぁっと可笑しな声を上げて、姿勢を正した。
「み……山中さん?!」
「あー、源田くん」
成る程、この子が噂のみどりちゃんか——
印象的な円らな瞳を細めて微笑みながら、社務所で固まっている善輝に小さく手を振った。
最近流行のアイドルの髪形を真似する若い女性が多いと聞くが、みどりは胸元まで伸ばしたストレートの黒髪を二つ結びにした、お下げ髪だった。
「どうしてここに?」
「前に源田くんがこの神社のお話してたからぁ」
にこにこしながら、おっとりのんびり話す様子や雰囲気は確かに癒される。
みどりは朔太郎に改めて挨拶をして、お守りが欲しいんですと言った。
「武芸の神様ってぇ、勝負事にも御利益ありますか?」
「えぇ、ございますよ。部活動の大会がおありで?」
みどりは小さく首を横に振った。
先程までにこにことしていたのに、今は少し不安気な顔をして、口を開いた。
父親に癌が見つかり、治療の為に入院する事になったという。善輝が話していた武芸の神様を祭る神社を思い出し、病気に勝ってもらいたくて参拝とお守りを購入しに来た、という事だった。
「この髪もね、本当は短く切りたいんですけどぉ、お父さんが無事に退院出来たら切ろうと思ってて……願掛けしてるんです」
なんと健気な娘さんなのだろう。
朔太郎は感動し、また、感心した。
善輝もこの話は初耳だったようで、珍しく神妙な顔で聞いていた。
「ご安心くださいね。ここは勇ましい軍人さん達がこぞって参拝された神社ですから」
これまで軍人がたくさん参拝に訪れたのは事実だ。しかし、結果が結果故、御利益があったのか否かは分からない。
だが、無責任で不確定な事を言ってでも、彼女の気持ちを汲みたいと思ったのだった。
朔太郎はみどりに「必勝」と刺繍されたお守りを手渡した。
夕方になり、空はオレンジと藍色が混じり始めていた。
「駅まで送るよ」
「ありがとぉ」
並んで歩く若者の後姿を、朔太郎は見えなくなるまで見送った。
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