長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

まこさん

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第十四話 初デート(?)は保護者付き(後)

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 カフェを後にした三人は、商店街を抜けて商業施設へと向かった。
 その道中、すれ違う女性の何人かが、隆輝をチラリと見やった。横を歩く朔太郎とにこりの存在など気にしていないようだった。
 商業施設に着き、隆輝はトイレに立ったので、二人は入口近くにあったペットショップに入って待つ事にした。
 ショーウィンドウの中でコロコロと戯れ合う毛玉たちを眺めながら、にこりはちらりと横目で朔太郎を覗った。とても朗らかな笑みを浮かべている。
「可愛いですねぇ」
 そんな貴方が可愛いよ、とにこりは心の中で噛み締めた。
 ペットショップ内にはトリミングサロンがあり、白い毛色の小型犬がブローされているところだった。毛が乾くにつれて、ふわふわでモコモコの容姿に変わっていく。
「すごい、綿あめみたい」
「ふふっ。柔らかそうですね」
 あぁ、本当にデートしてるみたい。
 にこりは胸の高鳴りと、幸せを感じていた。この穏やかで楽しい時間がいつまでも続けば良いのに、と。
 しかし、そんな楽しい時間は無情にも終わりを迎えた。
 隆輝が戻って来ないので、ペットショップから通路に出て、トイレがある方向を見る。
「何あれ……」
 通路を少し進んだ辺りで、隆輝が女性数人に囲まれているのが見えた。
 ナンパされていたのだ。
 隆輝もなかなか切り抜けられない様子で、困った表情を浮かべている。
「すみません、少し待っていてくださいね」
 そう言って朔太郎は隆輝の元へ歩いて行った。
 朔太郎が軽く右手を挙げて、話しかけた。小さく会釈をして、隆輝に近寄る。女性達はまだニコニコとしている。
 次の瞬間、更に距離を詰めた朔太郎の腰を、隆輝が抱いてぐっと引き寄せた。
「えっ?!」
 にこりは思わず絶叫しそうになり、口元を両手で抑えた。
 隆輝を取り囲んでいる女性達も同じ様な反応を示していた。そして、気まずそうにお互いに顔を見合わせて、じわじわと隆輝と朔太郎から距離を取り始めた。
 顔が見えなくなるくらい離れたのを確認して、二人は踵を返してにこりが待つ場所へ歩き始めた。
 何やら会話をしている。
「全く……油断すると直ぐに若い娘さんが群がるんだから」
「俺が呼んでる訳じゃねぇよ」
「何度貴方と恋人のフリをすれば良いのやら……」
「マジですまん。恩に着るよ」
 隆輝は申し訳なさそうに頭を掻いた。
 その様子を見ていたにこりは、ほっと息を吐いた。
 二人の行動は、しつこいナンパを切り抜ける為の方便だと分かったからだ。
 そして、カフェで見た「あーん」は、何度も恋人のフリをしてきたから癖になってしまっているのだろうと考えた。
 実際は、親鳥が雛鳥に餌を与える感覚に近いのだが。

 三人は家電量販店に入った。
 朔太郎は冷蔵庫、電子レンジ、トースターを購入した。
 自宅でパンを殆んど食べない朔太郎だったが、隆輝宅に居候中の朝食はほぼパンであった。
 特にサクサクと香ばしくふんわりと甘い食パンの美味しさに嵌まってしまったのだった。
 一昔前に源田家からお下がりで貰ったトースターで焼いた食パンはこんなにも美味しく感じなかった。どうせ買うなら隆輝のトースターと同じメーカーの物が良いと求めた。
「えぇと、バラクーダみたいな名前の……」
「バ●ミューダな」
 実年齢一六〇歳超、横文字には疎かった。
 冷蔵庫と電子レンジは流石に重たいので、後日自宅に配送を頼んだ。
 トースターはパワー要員隆輝が抱えて帰る。
 にこりは疑問に思った。
 隆輝は車を持っているはず。家電を買うという事は大きな荷物が増えると分かっているはずなのに何故、みんなで揃って電車で来たのだろうか。親や親戚と出掛ける時は必ず車を出してくれるのに。
「いや、女子高生を独身お兄さんの車に乗せる訳にはいかんだろう」
「お兄さん?」
 隆輝は緩いが常識人である。
 にこりは単語には引っかかったが、理由には成る程納得した。
 そして、この一言で、好きな人の友達だからと言って気を許し過ぎてはいけないと、自分の認識の甘さを再確認したのだった。
 気が付けばもう夕方。
 三人は商業施設を後にした。来た道を戻って駅へ。
 電車に乗って、また揺られる。
 来た時よりもオレンジがかった陽の光が、朔太郎の横顔を照らしていた。
「朔太郎さんのお家って、いつ頃直るんですか?」
 にこりの問いかけに、朔太郎は眩しそうに目を細めて答えた。
「そうですねぇ、あと半月もかからないくらいかと」
「えー、結構長いですね?」
「台所の床板を張り替えて貰ってますからね。あと、畳を二部屋分……」
 朔太郎は工費の見積額を思い出し、少し遠い目をして天を仰いだ。
 懐は寒いが、西日に照らされた頬は熱い。
「お友達でも他人のお家で過ごしてて、不便だったりしません?」
「それが快適なんですよ。もう天上人になった様な心地ですよ」
 天上人という聞きなれぬ言葉に、にこりは目を丸くした。
 隆輝は膝の上に置いた電子レンジの箱に突っ伏して、肩を震わせている。ワードチョイスがジジイ過ぎる、とツボに入っていた。
 隆輝が震えている理由がイマイチ分かっていない不思議顔の朔太郎を横目で見ながら、にこりは感心していた。
(朔太郎さんっていろんな言葉知ってるんだなぁ。若いのに凄いなぁ、素敵)
 恋は盲目とはよく言ったものである。

 駅に着いて、にこりは父親に連絡をした。
 父親はこの駅まで送迎をすると言って譲らなかった。娘の意中の相手を一目拝んでやろうと思っていたのだが、そんな事をするともう口を利かないから、と言われて大人しく退散したのだった。
「お父様が到着するまで一緒に待っていましょうか」
「ううん、大丈夫です! お父さんに見られるとちょっと面倒臭そうだし……」
 朔太郎と隆輝は、彼女の曾祖父の存在を思い出した。
 一族皆に望まれて生まれて可愛がられてきたであろう少女。きっと父親も曾祖父と同様に娘を愛して止まないに違いない。
 可愛い娘に独身の成人男性二人が親しそうに接していたらどうだろうか……
「では、今日のお礼にこれを」
 朔太郎はポケットから取り出した物を、にこりに差し出した。
 綺麗にラッピングされた、花柄のハンカチだった。
「どうしたんですか、これ?!」
「僕個人の買い物に付き合って頂いたお礼です。にこりさんのご趣味に合うか分かりませんが……」
「え、待って、めっちゃ嬉しいです! 大切にします!」
 にこりはぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。
 朔太郎はその様子を微笑ましく見つめ、隆輝は罪なジイさんだなぁと内心苦笑した。
「お気を付けて」
「はい、また、神社で!」
「えぇ、また」
 頬が熱いのは夕日に照らされているからか、または照れと嬉しさの為だろうか。
 にこりは、二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
 その数分後に父親が到着した。
 助手席に乗り込んだにこりの手に、娘の趣味とは違う柄物のハンカチが握られているのを見つけて、気が気ではなかった。
 そのハンカチはどうしたの、と聞いても、内緒だよ、としか返答はなかった。
 にこりの父はその夜、普段飲まないお酒に手を出したのは言うまでもない。
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