長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

まこさん

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第八話 思い出の人(前)

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 ある日の夕方。
 社務所には今日も今日とて隆輝の姿があった。
 いつもと違うのは、これから朔太郎と共に隆輝の実家である源田家を訪ねる為に、少し早めに社務所を閉めるという事。
 今日、隆輝の祖父、つまり四代目源さんが入居中の介護施設から一時帰宅しているので、久しぶりに顔を見ようじゃないか、という話になったのだ。
 社務所を閉めて、神社の敷地の横にある朔太郎の家へ、着替えに向かう。
 朔太郎の家は、築年数約九十年。平屋3Kのこじんまりとした木造家屋。六畳居間と寝室の他に、四畳半の書斎兼物置として使用している部屋が一室。
 十年程前に水回りを綺麗にリフォームして、特に不自由なく一人で悠々と暮らしている。
 開錠し、玄関ドアを開けた朔太郎は絶叫した。
 床が水浸しになっていたのだ。
「うわっ酷え水漏れ」
 放心していた朔太郎だが、隆輝の言葉にはっと我に返って、家の中に駆け込んだ。
 物置にしてる部屋には、社務所に入りきらない神社の書類等々を置いている。中には貴重な史料もある。
 それらが濡れてしまっていては困る。
 部屋の引き戸を開けて見ると、畳の一部が濡れてしまっている程度で、机も本棚も無事だった。
 ほっと胸を撫で下ろしていると、隆輝の呼ぶ声がした。
「台所の水道管が破裂してたから、一応タオル巻いてる。あと元栓閉めといた。で、業者に電話したら、大体三十分くらいで来てくれるってよ」
「いつの間に……ありがとうございます」
 隆輝の素早い対応に感激した。
 そして、そういえばハイスペックな男だったな、と思い出した。
 
 業者が到着するまで、朔太郎は被害の確認。隆輝は父・善輝に事の次第と遅れる旨を伝えた。
 書斎兼物置部屋の被害は軽微であったが、残り二部屋は無残な状態だった。
 また、台所にある家電の被害も少なくなかった。
「これじゃぁ、暫く生活できませんね」
 ホテル暮らしは出費が痛いなぁ、と肩を落とす朔太郎に、隆輝が言う。
「俺の実家に泊まれば良いじゃん」
「いや、ご迷惑になるので」
 源田家には現在、隆輝の姉が里帰り出産の為、身を寄せている。お腹の子は三人目で、二人の子供も一緒に里帰りしているので、とても賑やかなのだ。
 隆輝の両親は、妊婦と幼児二人、更にあと二ヶ月足らずで新生児の世話とサポートをしなければならない状態で居候するのは申し訳がなさすぎる。
「じゃぁ、俺んちだな」
「えっ」
「一人暮らしだから気兼ねしなくて良いし、毎日神社まで送迎のVIP待遇」
「うっ」
「ドッグラン併設だから、可愛い犬が見放題だぞ~」
「ああああぁぁ……」
 朔太郎は隆輝のマンションに居候する事に決まった。
 業者が到着し処置終了後、貴重品を鞄に纏めて、源田家へと向かった。
 源田家では既に食事が始まっており、盛り上がっていた。
 曾孫を膝に座らせた四代目源さんが、朔太郎に片手を挙げて挨拶をした。
 四代目源さんは八十代後半。以前会った時よりも痩せたなぁ、と思うと同時に、兵隊ごっこに付き合わされた挙句にボコボコにされた事も思い出し、少し感傷に浸った。
 食事を摘まみつつ、隆輝の姉・美奈子と会話していた時、
「これなにーっ」
 いつの間にか曾祖父から離れた美奈子の子が、朔太郎の鞄の中身を検めていた。次から次へ、取り出してはポイポイその場に捨てていく。
 驚いた美奈子が、子を叱る。
「コラッ、人の物勝手に触っちゃダメでしょ! 離しなさい!」
 その声に驚き、叱られた事で逆に意地になった子供が泣きながら、掴んだものを投げ飛ばし始めた。
 おやおや、とその様子を見守っていた朔太郎だったが、次に掴まれた物を見て、血相を変えた。
 思い切り投げられたそれを、慌ててスライディングしてキャッチする。
「あ、危なかった……」
 皺や破れが出来てないかを確認し、無事な姿にほっと溜息を吐いた。
 朔太郎の胸には、一冊の軍隊手帳が抱かれていた。
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