長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

まこさん

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第六話 女子高生と幽霊(中)

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 混沌とする拝殿内。
 ほんの数秒が数十分に感じられる。
 日本兵は朔太郎を詰りながら当たらぬ拳を振り続けている。当たらないので全く痛くはないのだが、鬱陶しい。
 日本兵が息を切らしながら、今度は羽交い絞めにするように朔太郎の首に腕を回した。
「貴様、先程からワシの姿が見えているな?」
 言葉も聞こえておるな、と凄む。
 朔太郎はその言葉を無視した。
 この霊がどういった理由で現れているのか、良い霊なのか悪い霊なのか、現時点で何の判断もつかないからだ。分かっているのは、小日向の曾祖父という事だけ。
「大丈夫ですか」
 小日向に声をかける。
 彼女は真っ赤な顔で震えながら、答えた。
「私の名前、親と親戚がテンション上がって付けちゃって……今みたいに若くて可愛い内なら良いけど! おばさんになったらと思うと、恥ずかしくて無理」
 小日向の赤面と沈黙は、怒りではなく羞恥だった。
 所謂キラキラネームを付けられた彼女の苦悩を、名付けが苦手な朔太郎は、心中お察しします、と慰める事しか出来なかった。
「にこりは何歳になっても可愛いに決まっとる! 美少女から美人に変わるだけだ!」
 日本兵が叫んだ。
 その声は小日向には聞こえていないが、耳元で叫ばれた朔太郎は喧しすぎて気絶するかと思った程だった。
 日本兵は小日向の先祖霊のようだし、負の感情は感じられないので、存在を伝えてみようと思った。
「一つお聞きしますが、ご先祖様に軍人さんはいらっしゃいますか?」
 小日向は、うーんと少し考えて、あっと思い出した。
「確か、おじいちゃんが、曾おじいちゃんがは軍人さんだったって言ってました」
 写真が無いのでこの日本兵が本当に曾祖父の霊だと断言出来ない。
 しかし、日本兵の鋭い目元と、小日向のキリッとした意志の強そうな目元はどことなく似ているような気がする。
(兵隊の姿のままで子孫の側に現れるなんて、強い未練でもあるのかな)
 と朔太郎が少し感傷に浸りかけた時、
「私が生まれる頃まで生きてて、大往生だったみたいですけど」
「えっ」
 てっきり戦死したものだと思っていた朔太郎は、小日向の言葉に驚いた。
 大往生だったという事だが、今真横に居る彼の見た目は精々三十代前半。いや、もっと若いかもしれない。何故若い姿、且つ態々軍服姿でいるのだろうか。
「実は、先程から貴女の曾祖父を名乗る方がいらっしゃるんです」
「えっ」
 小日向は驚いて、視線をキョロキョロと泳がせた。
 朔太郎は自分の横を指さして、日本兵の居場所を教えた。ついでに服装等々、外見の特徴も伝えた。
「何で曾おじいちゃんが……?」
「よくぞ聞いてくれたな、曾孫よ」
 日本兵が立ち上がり、語り始めた。
 朔太郎の視線の動きに合わせて、小日向も視線を向ける。
「我が家系は男系でな、なかなか女子に恵まれなかったのだ。ワシの親も兄弟も子も孫も男子ばかり。そんなむさ苦しい家系に生まれたのが我が曾孫娘のにこりよ! 可愛くない訳がない!」
 左手を腰に当て、右手の拳を握り、語りに熱が入る。
「にこりが生まれて間もなくワシは死んでしまったが、可愛い曾孫の成長と身の安全を全盛期の姿で守るのがワシの使命と生き甲斐なのである!」
 日本兵の頬には感涙が伝い、拳は震えていた。
 成程、彼女の守護霊的な存在なのかと納得したと同時に、ある可能性の疑問が浮かんだ。
(もしかして依頼の内容って――)
「まぁ、霊体のままではどうにもならんから、危ない時はにこりの体を借りて物理的に対処しておるが」
「あんたが犯人かい!」
 朔太郎は思わずツッコミを入れてしまった。
 日本兵の声が聞こえない小日向は短い悲鳴を上げて、危ない人を見る目を朔太郎に向けた。
 漸く日本兵が朔太郎の傍から離れ、小日向の横に立った。曾孫を見つめるその表情はとても和らいで見えた。
 朔太郎は、小日向に日本兵の話をそのまま伝えた。
 彼女も衝撃を受けたようだ。神妙な顔で俯いてしまった。
 意識を飛ばしてしまう原因が自分の曾祖父の霊だったのだから、無理もないだろう。
 一応御祈祷しましょうか、と問うた朔太郎に、小日向は顔を上げて言い放った。
「鬱陶しいので祓ってください」
 小日向笑子は無慈悲だった。
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