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嬉しかった日
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「大丈夫ですか!?」
二度目の彼女の言葉で俺はハッと我に返った。
「すいません!!」
深々と頭を下げた。
色々な感情が入り混じって思考というフィルターを通らずにその言葉が出た。
彼女を詮索していたことを本能的に後ろめたいと感じていたのかもしれない。
でも、そんな俺を見て彼女はフッと軽やかに笑顔で包み込んでくれた。
嬉しかった。
とても…嬉しかった。
そういえばここ何年も俺に対しての笑顔なんて見たことがあるだろうか。
そもそも人との会話さえほぼなかった。
あるとすれば受話器越しのクレーマーとの会話だけだった。
後はあってもなくてもいいような職場での伝言だけだった。
うざいとかキモいとか…怒りとか…
そういうものを含まない言葉を聞く方が少なかった。
俺に激しい光が降り注ぐ。
何だか色々な所から枝が伸びて葉が生えそうなほどに、
エネルギーに満ちた気分だった。
笑顔も素敵だ。
俺はこの数秒間で何年分もの幸せを感じたように思えた。
「何かお探しですか?」
そうだここは花屋だ。
グレーな世界に薔薇色が広がり充満する。
これ以上、彼女におかしな人だと思われたらいけないと思い冷静を装って緊張感を走らせた。
「観賞用の花を探しているんです」
花など興味もないくせによくも嘘をつけたものだ。
でも、好きな女性の前ではカッコよくスマートにいたい。
そういう感情になれたことに少しだけ自分自身に希望を持てたのを覚えている。
彼女は、そんな俺に親切に身振り手振り色々と教えてくれた。
思った通りの女性だと思った。
優しいと一言では片づけられない彼女から溢れ出る温もりをいつまでも、いつまでも感じていたいと強く思った。
きっと人は優しさを感じ強くもなり弱くもなる生き物だと思う。
ただ、あまりにも優しさに触れることのない生活をしていると少しの優しさが感情を狂わせてしまうこともあると。
肌と肌を触れ合わせずとも。
でも、間違いだったとは今でも思わない。
結局、俺はアンスリウムという観葉植物を購入することにした。
赤く染まった葉は俺の今の気持ちを象徴していた。
もっと早くに出会っていれば、
俺という人間がこうして屈折した心を持つ前に出会っていれば、
結果は変わっていたのかもしれない。
俺が思うに人間が行う全ての行動は偶然が重なった必然なのだと思う。
木漏れ日が真っ赤に染まっている。
俺は優しさに包まれるかの様に穏やかな朝を迎えていた。
陽射しとは嫌になったり温かく思えたり不思議な存在だ。
その光に触れようと手を伸ばし、その先に彼女との出来事を思い浮かべていた。
彼女の優しい目、突拍子もなく俺の心にスッと入ってくるような笑顔、声も好きだ。
とても好きだ。
俺の中でどうしようもなく大きくなる彼女に対しての気持ちとは裏腹に少し冷静な自分もいた。
自分への自信の無さがブレーキをかけていたのだと思う。
俺みたいな男が…俺みたいな人間が…
そう思えば思うほどに、
素敵だと感じれば感じるほどに彼女に対しての現実的な距離を作っていた。
一般的な感覚を持っている皆さんだったら…どうしていましたか?
俺はとにかく気づかれないように彼女のことを観察することにした。
好きだとかいう感情の前にとにかく彼女をもっと知りたかったし、
何より見ていたかった。
俺は会社への行き帰りで彼女の花屋の前を通るようにルートを変更した。
彼女の存在を確認することで高揚もすれば落ち着きもした。
今の俺にとっては精神安定剤の様な存在だった。
でも、決して彼女に近づき過ぎることはしなかった。
ここから先、きっと自分に自信のある若い男性なら声をかけて関係を進展させたりするものだろうが俺は37歳の何の取り柄もない、
おじさんだ。
きっと気味悪がられるだろうと思っていた。
ただ少しだけ、
あの優しい彼女なら俺のことを受け入れてくれるんじゃないだろうかとも思っていた。
グッと拳を握りしめた。
自分に自信を持てない自分が悔しかった。
とても惨めでカッコ悪いと思った。
人間誰しも外側の感情はコントロール出来るものだが、
内側の感情は意外とコントロール出来ないものだ。
そして自分という人間は不変で変わらない、
子供の頃に形成された人格のまま。
常識という世間体を身にまとうだけだ。
俺はとにかく彼女の情報を集めることにした。
とはいえ彼女と会えるのは一日の中で、
あの花屋の前を通る一瞬だけだ。
毎日、毎日、キレイだとか可愛いだとか思う一瞬を積み重ねるだけで彼女に対しての気持ちだけが大きくなっていた。
そんな時だ…
母親が入院する病院から連絡が入った。
危篤らしい。
二度目の彼女の言葉で俺はハッと我に返った。
「すいません!!」
深々と頭を下げた。
色々な感情が入り混じって思考というフィルターを通らずにその言葉が出た。
彼女を詮索していたことを本能的に後ろめたいと感じていたのかもしれない。
でも、そんな俺を見て彼女はフッと軽やかに笑顔で包み込んでくれた。
嬉しかった。
とても…嬉しかった。
そういえばここ何年も俺に対しての笑顔なんて見たことがあるだろうか。
そもそも人との会話さえほぼなかった。
あるとすれば受話器越しのクレーマーとの会話だけだった。
後はあってもなくてもいいような職場での伝言だけだった。
うざいとかキモいとか…怒りとか…
そういうものを含まない言葉を聞く方が少なかった。
俺に激しい光が降り注ぐ。
何だか色々な所から枝が伸びて葉が生えそうなほどに、
エネルギーに満ちた気分だった。
笑顔も素敵だ。
俺はこの数秒間で何年分もの幸せを感じたように思えた。
「何かお探しですか?」
そうだここは花屋だ。
グレーな世界に薔薇色が広がり充満する。
これ以上、彼女におかしな人だと思われたらいけないと思い冷静を装って緊張感を走らせた。
「観賞用の花を探しているんです」
花など興味もないくせによくも嘘をつけたものだ。
でも、好きな女性の前ではカッコよくスマートにいたい。
そういう感情になれたことに少しだけ自分自身に希望を持てたのを覚えている。
彼女は、そんな俺に親切に身振り手振り色々と教えてくれた。
思った通りの女性だと思った。
優しいと一言では片づけられない彼女から溢れ出る温もりをいつまでも、いつまでも感じていたいと強く思った。
きっと人は優しさを感じ強くもなり弱くもなる生き物だと思う。
ただ、あまりにも優しさに触れることのない生活をしていると少しの優しさが感情を狂わせてしまうこともあると。
肌と肌を触れ合わせずとも。
でも、間違いだったとは今でも思わない。
結局、俺はアンスリウムという観葉植物を購入することにした。
赤く染まった葉は俺の今の気持ちを象徴していた。
もっと早くに出会っていれば、
俺という人間がこうして屈折した心を持つ前に出会っていれば、
結果は変わっていたのかもしれない。
俺が思うに人間が行う全ての行動は偶然が重なった必然なのだと思う。
木漏れ日が真っ赤に染まっている。
俺は優しさに包まれるかの様に穏やかな朝を迎えていた。
陽射しとは嫌になったり温かく思えたり不思議な存在だ。
その光に触れようと手を伸ばし、その先に彼女との出来事を思い浮かべていた。
彼女の優しい目、突拍子もなく俺の心にスッと入ってくるような笑顔、声も好きだ。
とても好きだ。
俺の中でどうしようもなく大きくなる彼女に対しての気持ちとは裏腹に少し冷静な自分もいた。
自分への自信の無さがブレーキをかけていたのだと思う。
俺みたいな男が…俺みたいな人間が…
そう思えば思うほどに、
素敵だと感じれば感じるほどに彼女に対しての現実的な距離を作っていた。
一般的な感覚を持っている皆さんだったら…どうしていましたか?
俺はとにかく気づかれないように彼女のことを観察することにした。
好きだとかいう感情の前にとにかく彼女をもっと知りたかったし、
何より見ていたかった。
俺は会社への行き帰りで彼女の花屋の前を通るようにルートを変更した。
彼女の存在を確認することで高揚もすれば落ち着きもした。
今の俺にとっては精神安定剤の様な存在だった。
でも、決して彼女に近づき過ぎることはしなかった。
ここから先、きっと自分に自信のある若い男性なら声をかけて関係を進展させたりするものだろうが俺は37歳の何の取り柄もない、
おじさんだ。
きっと気味悪がられるだろうと思っていた。
ただ少しだけ、
あの優しい彼女なら俺のことを受け入れてくれるんじゃないだろうかとも思っていた。
グッと拳を握りしめた。
自分に自信を持てない自分が悔しかった。
とても惨めでカッコ悪いと思った。
人間誰しも外側の感情はコントロール出来るものだが、
内側の感情は意外とコントロール出来ないものだ。
そして自分という人間は不変で変わらない、
子供の頃に形成された人格のまま。
常識という世間体を身にまとうだけだ。
俺はとにかく彼女の情報を集めることにした。
とはいえ彼女と会えるのは一日の中で、
あの花屋の前を通る一瞬だけだ。
毎日、毎日、キレイだとか可愛いだとか思う一瞬を積み重ねるだけで彼女に対しての気持ちだけが大きくなっていた。
そんな時だ…
母親が入院する病院から連絡が入った。
危篤らしい。
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