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020: 妖精殺し④

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 体が重い。さっきの騒ぎで魔力を使いすぎたせいだ。人形の魔法は夜まで解けない。この魔法は維持に魔力を使う。魔力が枯渇しかけている。それでもさっきまではここまで調子は悪くなかった。

「お嬢と離れたから‥」

 恩返しの魔法。あの魔法が魔力を与えてくれたと思ったが実際は違った。あの魔法でアリスと繋がることで魔力が溢れていたんだ。今その繋がりが細くもろくついえそうだ。

「だる‥」

 裏路地の暗がりにふらふらと腰を下ろしリオンはため息をついた。そこへギードが現れた。

『殿下?!大丈夫ですか?!』
『もうダメ‥動けない‥たぶんボクはここで死ぬ』
『はぁ?!そんなわけ‥』
『お嬢のバッグ‥返し損ねた‥』

 手の中のバックを力なく見下ろした。もう会えないから返す手立てもない。多分そんなこと期待もされてないだろう。

 どうすればよかった?猫だって本当のことを言えばよかった?結局嫌われるオチなんじゃないか?どっちも不正解。もうあの状況に陥ったところで自分は終わっていたんだ。
 この恐怖はアリスに嫌われても自分はアリスを嫌いになれないせい。ずっと焦がれ続ける。それはずっと終わらない、叶わない片想いだ。

「そっか。これが本当の”妖精殺し”か‥ちゃんと教えて欲しかったな」

 そもそもアリスには想い人がいる。叶うわけがない。それでも諦めきれず、忘れることもできずに焦がれ続ける地獄。恩返しの魔法で遠くに離れることもできない。アリスのためにただひたすらに隷属させられる。それこそアリスが死ぬまで。いや、もっと長く生きる妖精リオンが焦がれ狂い死ぬ方が早いかもしれない。人族よりずっと長く生きる妖精が死ぬ。過去どれだけの妖精が妖精殺しで死に至らしめられたのか。

「なんでこうなっちゃったかなぁ」

 ひったくりなんてほっとけばよかった?
 今日一緒に祭りに出かけなければよかった?
 そもそも人形にならなければ?
 恩返しなんて考えなければ?
 アリスにあの夜助けられなければ?

 アリスに出会わなければよかった?

「そんなことない‥そんなこと‥悲しすぎる」

 それはこの想いを否定することだ。

 アリスとの出会いを否定する自分をリオンは否定する。膝を抱えて力なくうずくまるリオンにギードはバッグからクッキーを取り出した。

『とりあえずクッキー食べましょう?元気になりますから!』
『いらない』
『そうおっしゃらず!お嬢さんが殿下のために焼いてくださったんでしょう?』
『それももうない』
『それではこれを焼いたお嬢さんの思いが無駄になります』
『なったんだよ‥ボクがそうしたんだ』

 ギードは後ろ足で立ち上がり紙袋を開けクッキーをリオンの手に置いた。猫の型で抜いてある。サイズ違いは小さいのが黒猫用だったんだろう。力なく口に運んでただただ咀嚼そしゃくする。飲み込めばぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。

『なんでかな‥こんな時でもすごく美味しい』
『まだありますから。全部食べて元気になってください。夜には屋敷に戻らないと』
『‥‥‥‥そうだったな』

 リオンは顔を伏せて涙を拭う。

 あぁ、そうだ。今度は黒猫の姿でボクはお嬢のそばにいる。嫌われることもなく、でも想いが叶うこともなく。ただキミに縛られる。ただ猫として愛される。

 嫌われても、想いが叶わなくても

 それでも‥‥
 キミのそばにいられるならそれでいい‥‥




 陽が落ちて暗くなりだす頃に人形の魔法は解けた。いつもより早く魔法が解けたのは維持する魔力が切れたせい。魔力消費がなくなって気だるい感じがなくなった。
 黒猫リオンは木の上からアリスの部屋の様子を窺うも中は薄暗い。なぜかバルコニーのドアが細く開いている。

 お嬢‥帰っていない?いやでも?

 微かに気配がする。以前なら太く繋がっていた気配、今はかろうじてアリスが部屋にいると教えている。意を決して黒猫はバルコニーから部屋に入った。

 ソファの側、リオンのための餌皿には少し冷めたミルクと猫ごはんにクッキーが置かれている。今朝のものではなく新しく準備されたもの。その状況にリオンは勇気づけられた。

 少なくとも黒猫としてはお嬢に嫌われていない?

 アリスは人形リオンが黒猫と疑っていた。否定したがどこまで信じていたか。寝室へと続く扉も薄く開いている。黒猫は導かれるようにアリスの寝室に入った。西陽が差し込む寝室でベッドに横になるアリスは着替えていない。寝息も聞こえない。ただ伏せて横になっていた。

 お嬢?

「なぉぉん?」

 小さく鳴き声をあげればアリスがびくりと身を震わせた。震える足でベッドに飛び乗ってアリスの手をざらりと舐める。

「リオン———くれたの?」

 するりと頭を優しく撫でられる。怒っていない。嫌われていない。少なくともこの姿では。リオンはほっと息を吐いた。身を起こしたアリスに抱き上げられる。その手に撫でられ幸せでグルグルと喉を鳴らす。思考が混濁する。今日あった辛い出来事さえ忘れてしまいそうだ。

 ただこの手の中にいたい。
 キミに撫でてもらうだけでボクは———

「リオン———りおん———ね」

 ぽたりとアリスの雫が猫の額に落ちた。アリスが何か黒猫に話しかけている。言っていることはわからない。わかるのは自分の名前、リオンだけ。

 お嬢どうして?なんで泣いてるの?
 まだ怒ってるの?いやちがう、これは‥‥‥


 お嬢?どうしたの?

「にゃぉぉん?」


「リオン———りおん———」

 何を言っているのかわからない。でもアリスが泣いている。悲しんでいる。とめどなく溢れる涙は黒猫に落ちる。嫌われるのは辛い。でもアリスに泣かれるのはもっと辛い。また落ちてきた雫で黒猫のヒゲが揺れる。

「———お願い———」

 なんで泣いているの?何があったの?泣かないでよ。
 嫌われたボクにキミを守ことはできないの?せめて、せめて悲しんでいるわけがわかれば‥‥

 キミを守ることができるのに———

 ただそう思った。思っただけなのに枯渇したはずの魔力が溢れ出し人形の魔法が発動した。


 黒猫リオンはアリスの目の前でばふんと人形になった。
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