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006: 妖精たちの談議①
しおりを挟むその猫は木の上から部屋の様子をじっと窺っていた。町中探し回ってやっと見つけた主人が目の前で人族の馬車に連れ込まれてしまった。誘拐である。慌てて跡を追うが猫の足が馬車に敵うはずもない。主にスタミナで。
雨の中で残された馬車の轍をたどりなんとか連れ込まれた屋敷まで辿り着いたが、庭に放された大型犬に散々追いかけられやっと木の上に逃げ延びたのだ。
そして目の前の部屋をじっと見た。
そこに攫われた主人がいるはず。じっと思念を送って主人の無事を確かめた。
『ギードでございます。殿下、ご無事でしょうか』
明かりの消された寝室に小さな寝息が響いている。自分を抱きしめる令嬢のものだ。
飢えて動けなくなったところを助けられてここまで連れてこられた。風呂に入れられ食事も与えられた。何よりあのサクサクとなでなではここは天国か?!と言える程に絶品だった。あんな素晴らしいサクサクやなでなでは生まれて初めてだ。挙句は抵抗したがベッドに連れ込まれこうして一緒に寝てしまっている。猫生で初めての若いメスとの同衾である。だがこの手に抱かれると抵抗できない。
すっかり深く寝入った令嬢の頬をぺろりと舐める。そしてその腕からそっと抜け出した。
『んー』
後ろ足で立ち上がり黒猫は前足を上げて伸びをする。そうすれば四本足の時より視界は高くなった。餌の置いてあるトレーのクッキーを手に取りポリポリと食べてその美味しさに恍惚の笑みを浮かべる。
クッキーを食べ終え黒猫は後ろ足でぽてぽてと窓に歩み寄りその錠を外し窓を開けて外に出た。雨は止んで空には月が上っていた。月明かりの中でバルコニーに長毛の灰ブチ猫が飛び降りてきた。黒猫の前で身を伏せる。
『で‥殿下、あの、この度は大変‥』
リオンは猫族の妖精の第二王子だ。その近侍に抜擢され人族の世界についてきたがはぐれた挙句に探し当てたのが夜更けになってしまった。これは相当に怒られる。ひょっとしたら近侍クビ?灰ブチ猫から滝のような脂汗が流れ落ちる。そこへ低い声が響いた。正しくは念話であるが。明らかに機嫌が悪い。
『早かったな』
『この度は本っ当に申し訳ございません!何卒ご容赦を‥‥‥‥‥‥‥‥はい?』
早かった?聞き違いだろうか?スライディング土下座の勢いでざざーッと伏せたギードはにゃ?と顔を上げた。前足を胸の前で組んで憤然とした主人が見下ろしている。
『お前というやつは本当に‥‥ボクがすぐにこいと思う時には全然来ないくせに、もうずっと来ないでいいと思うといそいそとやってくる。それが腹立たしい!』
『にゃ?にゃ?』
主人の怒りの意味がわからない。これは迎えにきてはいけなかった?
『お迎えはいけませんでしたか?』
『ああダメだった!』
黒猫が真剣な顔で前足で握り拳を作る。
『腹が減って動けなくなったところをこの家のお嬢に助け出された。風呂から食事にグルーミングなでなでまで素晴らしいもてなしだった!それに食べ物‥あの美味しいヤツ!サクサクで甘いあのク‥ク‥』
『クッキー?』
『にゃーッそうそれ!クッキー!なんでお前知ってんだよ?!』
『クッキーくらいみんな知ってますって!』
リオンはさらに機嫌が悪くなりギードの胸ぐらを掴んで激しくゆする。ガクガクされてギードの目が回る。知ってるだけで責められる。もはやこれは理不尽だ。
『人族にエサをねだれば大抵クッキー出てきますって!殿下はまだ人族にエサねだったことなかったんですか?!』
『王族ができるかそんなこと!だがこんな美味いものを知らなかったとかなんたる不覚!猫生の損失だ!クッキー!そしてあのなでなで!ここはきっと楽園だ!ボクはずっとここで暮らせるぞ!』
『殿下‥あの‥もう少し声を控えて‥』
『それなのに!それなのにお前は!この調子なら一週間はかかるだろうと思いきや今晩やってきただろ!けしからん!少しは空気読めよ!』
『シーッシーッお静かに!あいつがきます!』
『あいつ?』
すると遠くから四つ足の生き物が駆けてくる音が聞こえる。バルコニーから見下ろせば頭が茶色で体が真っ黒い大きな犬がリオンたちを見上げていた。歯を剥いて低い唸り声を上げている。吠えないのは夜中だからだろうか。だとすればなかなかに賢い。さながら地獄の番犬のようだ。普通の猫なら真っ青になって逃げ出す程度の威圧を感じた。そして普通猫並のブチ猫ギードが悲鳴をあげる。
『ヒィィッまたやってきた!!!』
『オレサマオマエマルカジリ』
『ギャァァッお助け~!!!!』
『落ち着け。お前の方が騒がしいぞ。ん?あれは?』
『ででで殿下!いいいいけません!ってヒィィッ』
リオンは止めるギードを無視してバルコニーを乗り越え木を伝いするすると地面に降りる。そしてドーベルマンと向き合った。
『これは‥犬族の妖精の王弟殿下では?』
『ム?オ前ナゼソレヲ‥‥ん?お前は猫族の妖精の第二王子か?久しぶりだな』
ドーベルマンが人が変わったように大人しくなった。腰を落とし礼儀正しく座りにこにこと黒猫の前に顔を突き出す。二人はお互い第二王子という立場でよく見知った間柄だ。
妖精一族では名前は重要だ。おいそれと呼ぶことはできない。犬族の妖精と猫族の妖精では名前呼びの重要性は同じだ。よって名は呼ばず身分で呼び合うのが慣例である。バルコニーの上からおっかなびっくりではあるがギードが顔を出してきた。
『で‥‥でででで殿下のおおお知り合いですかにゃ?』
『妖精王族繋がりで以前から懇意なお方だ。というかお前、従者なのに怯えすぎだろ?』
『いやいや、犬族の威嚇だ。猫族では怯えて当然だ。この場から逃げないだけでも大したものだ』
『だだだだだそうですぅぅ』
私のせいではありません!と顔を引っ込めてしまった。主人を守るのが仕事の従者としてはどうなんだろうか?
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