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第四章 外伝

外伝 ※※ オオカミ王子とウサギ姫

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 それはノワゼットがリーネント王国の離宮から攫われアウレーリオが助け出した日の夜のこと。


「ん?ノワ?どうした?!」

 アウレーリオは目の前で意識なくぐったり横たわる裸体のノワゼットを愕然と見下ろした。あちこち触れてどうやら気を失っただけとわかり安堵する。

「いきなりやりすぎたか‥」

 ノワゼットが攫われた。そうと知ったアウレーリオは人生で初めて身が凍るような恐怖に陥った。誘拐された者の最悪の末路が脳裏によぎる。
 攫ったということは生かす意思があるはず。だが女性を生かす目的の誘拐での更なる酷い展開を予想しマテオの到着を待っていられなかった。憤怒と焦燥のままに影を伴い監禁現場に突入した。なりふりなど構っていられなかった。

 そして幸い無事だったが恐怖で泣きじゃくるノワゼットを宥め騎乗し離宮に戻る。そこでマテオがノワゼットから誘拐の状況を聞き出した。アウレーリオはことを起こした輩に歯軋りしながら復讐を誓う。ただ殺すだけなど生ぬるい。必ずこの手で地獄に送ってやる。冥王プルートの名にかけて楽に逝かせるつもりなどなかった。

 そしてそれは数日後に躊躇いなく実行される。そこに慈悲はなかった。

 ノワゼットから離されたアウレーリオは風呂に追い込まれた。そして訳もわからないままマテオにノワゼットの部屋へ放り込まれる。怪力マテオの無言の圧に流石のアウレーリオも理解した。今度こそ想いを遂げろ、と。

 そして十年越しの想いがやっとノワゼットに通じた。しかもその想いを返してくれた。体を許し甘く悶えるノワゼットに嬉しくなって初回から飛ばしすぎたのだとアウレーリオは目元を覆い力なく嘆息した。

「俺は獣か。これは次回にお預けだな」



 十五年前、第二王子アウレーリオが五歳だった時にそれは起こった。その頃流行していた病にかかり高熱でアウレーリオは二週間ずっと寝たきりとなる。その際に長い長い夢を見た。

 そこは戦場だった。戦場であるがそこは深淵の闇。音はなく静寂。ただ闇の中を数人の男たちが駆け抜ける。そして闇に紛れて標的を破壊する。場合により人質の救出も行った。

 男の名は『冥府の王プルート

 英国軍・特殊空挺部隊S A Sに編成された対テロ部隊の中でその男は屈強、特に対人の接近戦では無敵を誇る。レーザー誘導やステルスが主流となり白兵戦は減ったが実際は対テロ戦での破壊工作や偵察では特殊部隊による活動も多かった。冥王は特にそのような潜入活動を好んで任についていた。

 英国軍を名誉除隊した後もフリーの傭兵として常に戦場に身を置いた冥王。死してなおその男はアウレーリオの肉体に宿った。絶対的な身体能力と非常識な加護はこの世界に冥王を召喚した者が与えたものだ。
 そしてその身に冥王を受けたアウレーリオは冥王の記憶を毎夜夢に見た。その夢が己がもののように擬似体験と化すほどに。

 二重人格と言えるほどに強烈な記憶。自我が確立していない幼いアウレーリオにはキツいものだった。その記憶に五歳の自我など脆く侵食されていった。そもそも二人は本質的にも似通っていたから余計であった。奇跡的に病から回復してもその侵食は続いた。

 そしてそれは日常の中でアウレーリオに影響を与え出した。人の気配に敏感になる。いきなり背後に立った近衛兵を引き倒す。怒り狂えばひどい威嚇と殺気を発した。
 獣のように凶暴な性格。病で頭がおかしくなったと隔離されても、五歳の子供にその異常さはわからない。さらに孤独と猜疑に陥った。
 時が経てば夢は現実ではないと理解できたが、夢の自我への侵食は進んだ。

 そしてその頃、兄である第一王子が同じ病で亡くなった。その二年後、アウレーリオは第一王子となり遅ればせながら王太子になる教育が始まった。

 遅れが心配されたがアウレーリオは教えられる全てを即座に理解した。護身術の指導では初回で教育係を組み伏せてみせた。その際立った才に天賦の秀童と呼ばれるが、それは全て夢に見たものだった。

 今ここにいる自分は誰なんだろうか。

 戦闘に狂いたい自分。
 それに引きづられ怯える自分。
 初めて聞くことを当然のように理解する自分。
 天賦の才と褒められても一方で子供扱いされることに苛立つ自分。

 十を迎える頃には自分が何者かもわからず、侵食が進んだ感情だけがすでに三十半ばの男のものになっていた。子供でありながら世を皮肉り嘲笑う。全てがくだらない。平和な世もつまらなく感じられた。全てを悟り全てを諦めていた。

 そんな折に公務で隣国の茶会に招かれた。他国の王家も招待されたそこは子供同士でも国力による上下がある。腐った王族はどこまでも腐っている。ただ国力だけで成されたその身分制度カーストにアウレーリオは嫌悪を覚えていた。

 その日も一人の王女がしいたげられていた。後ろ姿だったがその耳でまだ会ったことがない姫、リーネント王国第一王子マテオの妹だとわかった。ホスト国の王女であっても身分制度の例外ではないのだとアウレーリオは顔を顰めた。

 正義感からではない。それはただの、ほんの気まぐれ。王子であれば放っておいた。その程度の気持ちでアウレーリオは仲裁に入ったのだが。

 初見でそこにいた少女に心奪われた。

 淡い金髪に赤茶の瞳には涙が浮かんでいる。だがその震えるつぶらな瞳が小動物のようで無性にアウレーリオの庇護欲を誘った。そして尖った耳。少し尖った程度の耳をどうしてからかうのか。目さえ逸らせないほどにとても可愛らしいと思った。

 その思いから素朴な感想が口から出た。

「うわぁ、すごくかわいい耳だ!」

 そしてにこやかに目を細めその場の王子王女を威圧を込めて見据える。王者の覇気、いっそ殺気さえ込められていた。

 そうだよな?可愛いよな?
 ファシア王国第一王子の、
 この俺がそう言うんだから。

 反論を許さない暴圧にその場の全員はたじろいだ。

 身分制度には身分制度を。腐ったお前らはどれだけお高くとまっても所詮俺の奴隷だ。

 静まり返る中、アウレーリオは笑顔で涙目のウサギ姫に手を差し伸べ窮地から救い出した。

 それがノワゼットとの運命の出会い。
 アウレーリオの初めての恋。
 そしてそれはアウレーリオの真の救済となる。

 冥王はノワゼットに反応しなかった。
 その意味は大きい。

 恋心を抱くこの想いこそが冥王ではない自我だとアウレーリオは自覚する。この姫のそばにいれば己は自我を保てる。冥王に自我を消されることはない。

 そう理解すればノワゼットへの想いと独占欲はさらに強くなる。ノワゼットもアウレーリオに懐いたことで愛おしさが込み上げた。その夏を共に過ごすほどに。
 夏の間はアウレーリオは一日中ノワゼットのそばに付き纏い、子供としては過剰に思われる程にノワゼットを溺愛し可愛がった。
 初めてのダンス、初めての抱擁。初めての添い寝。初めての口づけは眠るノワゼットに捧げていた。

 その時情緒はすでに成人男性並みに成長していたため、性に目覚めたばかりのアウレーリオはその切ない気持ちで幼い身を焦がしていた。子供の体で持て余すその想いをアウレーリオは十年をかけて拗らせることになる。



 リーネント王国に滞在中にアウレーリオはマテオを捕まえた。

「茶会でノワが虐められてた?」
「なぜ助けなかった?!」

 ソファからきょとんと見上げるマテオは十一歳。交流留学の為にファシアに何度か訪問歴がありアウレーリオとも旧知だった。

「なんとかなったんだろ?」
「それはたまたま俺がいたから!」
「耳がからかわれるのは仕方がない。その時私が助けても次は一人で対処しなければならない。自分でその術を学ぶしかないだろう?」
「泣いてたぞ!心的障害トラウマにでもなったら‥」
「だが何とかなった。お前が助けたから。ちゃんとお前を使ったのならあいつにしては上出来だ」

 アウレーリオがその物言いに絶句すればマテオは目を細めくすくすと笑った。

 マテオはいつも笑っていた。勝利を譲っても実利はこの少年の手にあった。力押しのアウレーリオ、抜け目なく狡猾なマテオ。アウレーリオとまた違った意味でこの少年も聡かった。

 兄に妹を守る気がない。そうとわかればさらにアウレーリオの庇護欲と執着は強くなる。自分が守らなくてはという義務感からアウレーリオのノワゼットとの月一のお忍びの逢瀬が続いた。


 だがアウレーリオが十五の時、ファシア国王が病に臥した。

 元から体の丈夫な王ではなかった。激務が祟り寝たきりになる国王に代わり急遽アウレーリオが王政代行となる。立太子を拒んでいたアウレーリオにとって国などどうでも良かったが、王子という立場上そうもいかない。弟のアルフォンスも未だ幼い状況では代行も仕方がなかった。
 代行そのものには問題がなかったが、その二年の間、アウレーリオは国を離れられなくなった。

 ノワゼットに会いに行けない間は手紙のやり取りは続いたが、アウレーリオはノワゼットを想い焦れた日々を送る。

 結局二年会えないまま王政代行が終わりアウレーリオはノワゼットに会いに行った。そして二年ぶりに再会したノワゼットにアウレーリオは息を呑んだ。
 記憶の中では十三のあどけない少女だったが、目の前には十五になった美しくも愛らしいウサギ姫がいた。

「お久しぶりです、アウレーリオ王子殿下。お会いできて嬉しいです。お元気でしたでしょうか」

 そして頬を染めてにこりと微笑んだ。
 大輪が花開くように美しく成長したノワゼットの天使のような微笑みにアウレーリオは二度目の恋に落ちていた。

 子供の幼い恋。将来を描くことはなかった漠然とした恋心がそこで大きく動いた。

 彼女を俺のものにしたい。
 ノワを妻に迎えるためにどうすればいい?

 そしてそれを叶えるための行動に出る。

 姫であるノワゼットを妻にする。自分は王族に未練はない。身分など捨てて攫ってしまってもよかったが、王族のノワゼットがそれを望むとは限らない。自分も王族でなければ隣国の姫との婚姻は叶わない。だが王子のままでは婚姻の自由はない。冥王の記憶が政略結婚を拒絶する。妻はただ一人。側妃や寵妃は論外だ。

 ならばと立太子に向けて国王に条件を出した。そしてその足でリーネント国王へノワゼットへの求婚を願い出た。二人合意の上での婚約という条件も受け入れる。全てはノワゼットを手に入れるために。

 すでにその頃には冥王が持っていたパルクールやトレイルランを習得していた。そしてあの暗殺術も。おそらくこれも冥王からであろう、異常な身体能力もある。
 リーネント王国まで山道を駆け抜け絶壁を越えてみれば二時間ほどでついた。一日かけて馬車で国境を越えるよりずっと早かった。

 会えない二年の間にノワゼットはすっかり部屋に引きこもる生活を送っていた。耳をからかわれた劣等感のせいと気後れする性格の為だった。

 大丈夫だ。ノワなら克服できる。適応能力はある。王太子妃にもなれるはずだ。ダメなら二人で駆け落ちでも何でもすればいい。二人でならどうとでもなる。

 ここまで整えた上でアウレーリオは全身全霊全力でノワゼットを口説きに行った。すぐにでも落として婚約から結婚になだれ込む算段だった。全てにおいてハイスペックで失敗したことがない経験からその自信はあったのだが。

 ノワゼットの致命的なほどの鈍さと勘違いは大きな誤算だった。



「結局ここまで来るのに三年もかかるとか。まったくとんでもないウサギだな」

 意識のないノワゼットを抱きしめ、アウレーリオは苦く笑う。

 熱烈な口説き文句もなぜか伝わらない。元々冗談ばかり言い合った仲だったがここまで男として意識されないのも悲しかった。手を出してしまえというマテオの誘惑を握り潰し、気が狂いそうな程の劣情の中で三年も良く堪えたものだ、と感心する。その反動が耳に出てしまい結果ノワゼットにあらぬ誤解を与えてしまったのだが。

 お陰で焦らされ冷たくあしらわれてもいっそ快感を覚えるほどになってしまった。ノワゼットに与えられるものなら苦痛でも拒絶でも暴力でさえ嬉しいと思えるほどに。それほどに自分はこのウサギに狂わされた。

「我ながら拗らせすぎたな‥‥」

 一方でノワゼットを自分好みに調教する育てることはできた。ずっとこの手の中で大切に飼い慣らしたウサギ。愛らしく可憐、でも強気な自分だけのウサギ姫にアウレーリオは満ち足りた吐息をついた。

 気がれんばかりの愛おしさと切なさのままに白い胸元に吸い付いて赤い痕を残す。一つつけてしまえば支配欲と情慾から二つ三つと止まらない。全身に舌を這わせ白い肌にまだらに痕を残す。衝動のままに尖った頂に吸い付いて味わうように舌で転がした。

 名残惜しげに愛蜜で濡れる蜜口に指を差し込めば、意識を失っていても指を締め付ける膣襞に陶然とする。まだ誰も受け入れてない証にそこはまだ固く狭い。そっと口づけて滴る愛蜜をなめとった。

 甘い香りに堪らず深く口づけて蜜を啜れば、ノワゼットの下半身がビクビクと震えた。意識がなくても感じ入ってるとわかれば口角が勝手に上がってしまう。狭い膣中を指でクチュクチュと擦り可愛がった。

 意識がなくてもこんな痴態を見せる。ホント堪らない。このウサギはどこまで無自覚に俺を煽るのか。

「今夜お前の中で果てたかったな」

 耳元でそう囁けば、覚醒が近いのかノワゼットから小さく呻く声がした。指を抜き取りそっと閉じ込めるようにその体を抱き寄せる。

「ノワ、目を覚ませ」

 もう放さない。絶対に逃さない。
 お前を必ず手に入れる。

「可哀想にな。お前はこんな俺に執着された。だからもう諦めろ」

 アウレーリオは愉しそうに声を立てて笑う。そして目を細め、ウサギ姫の耳元で熱く囁く。


「俺のただ一人のウサギ。愛している。諦めて俺の手の中に堕ちてこい」

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