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アニス編
『鉄壁』
しおりを挟む異動から十一ヶ月目。
グライドは執事服で執務室に来ていた。口頭での異動の通達は異例だ。それくらいすごいことなのだろう。
アレックスの隣にアニスが控えている。できれば聞きたくないのだが、ここにいろとアレックスに言われては逃げられなかった。
「グライド、あのバースの指導によく耐え抜いた。バースから太鼓判を押されたよ。」
「人生で一番ひどい目にあった。もう懲り懲りだ。」
軽口で応えるのもグライドらしい。グライドはチラリとアニスを見たがすぐに視線を外した。
さてと、と言いアレックスがふうと息をついて立ち上がった。
「では異動の通達だ。グライド・アンカー、今月末付でバースから外れ、来月一日付を以って俺の元に配属、本邸のバベル執政官に任ずる。」
「「‥‥???」」
執事ではなかった。聞いたこともない役職名に二人が固まる。アレックスは苦悩の表情を浮かべた。
「今回は考えに考えた。熟慮した。お前はここまで化けたからな。だから俺も身を切って覚悟を決めたよ。」
アニスが狼狽える。全然聞いてない。
「えっと旦那様?本邸にそんな役職ありませんが。」
「ないから作った。来月新設される。」
毎度のことだがアニスはため息をついた。一言相談して欲しい。グライドは訝ってアレックスに問いた。
「——俺は何をすればいい?」
グライドの問いにアレックスはニヤリと笑った。
「今までやってきたことを全てやれ。本邸のあるバベルはガイヤの中心、港もあり街もある。そのバベルの領主権限を分割しお前に預ける。俺が森から離れられない分、お前は騎士として、執政官としてバベル広域の領民と街を俺の代わって守れ。俺から指示は飛ばすが、基本好きにやっていい。」
領主権限?それはもう家令ですらない。側近だ。それもとても近しい。領主権限を託すのなら領主の半身とも言える。
アニスは愕然とした。アレックスはグライドにほのかに微笑んだ。
「お前は俺の手駒だ。お前には鉄壁の駒になってもらう。」
「‥‥鉄壁‥」
グライドがつぶやく。ただ目を見張りアレックスを見ていた。
「ガイヤの心臓バベルを、ラウエン家を、俺を守る鉄壁だ。誰にも侮られるな。誰にも陥れられるな。全ての敵を打ち負かせ。俺は手駒を切り捨てない。だからお前が陥落したら俺も落ちる。——大切なものを絶対守りきれよ、相棒。」
そういいアレックスは帯刀していた刀を抜いた。意図を悟ったグライドがその場に傅く。その肩を長剣の平で叩いた。
「グライド・アンカー、竜騎士に叙任する。二つ名は『鉄壁』。その名に恥じぬ働きをせよ。バベルと俺の守護となれ!」
グライドは深く頭を下げた。
アニスは回らない頭で理解しようとする。
多分ずっと前からアレックスは考えていたのだろう。
騎士、飛竜、領地管理、魔術。すべて今回に結びつく。為政者としての知識やマナー、護身術は執事教育と称してバースが叩き込んだ。そうしてグライドを領地の護りに据えた。それほどにグライドは信頼されたのだ。
確かに家令にするにはグライドの能力が多岐に渡りすぎていた。
アレックスは鞘に刀を納めながらアニスに微笑んだ。アニスはアレックスの意図に気が付いていない。
だからアレックスの微笑みの本当の意味がわからなかった。
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