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グライド編

器用貧乏

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 ラウエン公爵家当主付き従者グライド・アンカーはため息をついた。異動を命じられたのだ。

「え?なんだって?」
「明日付でお前はバースの下につけ。」

 それは今朝方のこと。執務室で今日の書類を分別しているところで声をかけられた。グライドは自分の耳を疑った。アレックスの下から外れるのは初めてのことだ。

 ここはラウエン家別邸にある執務室。部屋は書類の束や資料の山で鬱蒼としている。まるで物置のようだ。とても公爵領の執務室とは思えない。
 ここでラウエン公爵家領地ガイアの全ての政務を賄っているのだが、この執務室にいるのは領主アレックス含め二人。普通であれば副官や補佐含め五、六名が常時詰めていてもおかしくはない。ガイアはそれくらい広大で手がかかる領地だった。

 アレックスの発言にグライドが血相を変えて詰め寄った。

「何?!俺何かやらかしたか?いや、色々やってるな。どれだ?!」
「大丈夫だ。致命傷はない。そもそもそのせいではない。」
「は?じゃあなんでだよ?お前の処理スピードにやっと追いついてきたのに。」
「いい頃合いだと思った。バースからの要請もあった。そろそろ魔術訓練したいと。」

 今度は魔術だと?!どんだけ俺を器用貧乏にするつもりかよ?!

 グライドはアレックスの乳母の息子で、幼い頃からアレックスの側にいた。
 同じ家庭教師の元で教育も受けた。騎士訓練も受けた。飛竜にも乗った。この化け物じみた幼馴染には到底叶わなかったが必死で食らいついた。
 グライドが極める前にアレックスが別のことを始める。それに付き合っていたせいで、色々こなせはするが専門職には劣る貧乏職なんでも屋となってしまった。

 今だってそうだ。領地管理補佐なんてちっともだったが、二年でなんとか書類をさばくところまで来れた。ものにできるまでもう少しなのに、それなのに‥‥。
 グライドの胸がチクリとした。

「今日中に後任を選出しろ。鍛えるのは俺がやる。お前が適任だと思う奴を選べ。」
「今日中?!無茶言うなよっ お前に合う奴なんてそうそういないぞ?!」
「選べ。お前が選ぶなら間違いはないだろう?」

 こういうやつだった。
 悪いやつではないが色々無茶を通す。普通のやつなら一日で摩耗しそうだ。更にきまぐれで突っ走ったら無計画に衝動的に行動を起こす。こういう直情を真っ向から受けずにうまく流せるやつ。
 というか、もうあいつしかいない。怒り狂うだろうなぁ。
 グライドはため息をついた。


「なんで?!なんで私が旦那様の補佐になるのよ?!勝手に決めないで!!」

 メリッサ付きの侍女アニスが怒り狂ってグライドに噛み付く。
 この邸に一緒に上がったいわゆるグライドの同期。お仕着せを上品に着こなし微笑みを浮かべる様は清楚で気品があり使用人たちの間でも人気があるのだが、グライドには昔からこの態度だ。
 猫を一匹剥いても次の猫が出てくる。この猫飼い娘の本性を知るものは少ない。そのアニスがメリッサ付きになってからメリッサへの傾倒が半端ない。懐きすぎだろってくらいベッタリと張り付いている。
 あの奥様なら仕方がない。だからこの異動はかなり不本意だろうなぁ。

「俺はバース様の下に入ることになった。お前くらいしか旦那様のわがままをいなせない。他のやつだと潰される。」
「お断りよ!メリッサ様のお傍を離れないから!別の人にして!!」
「今日中に選べと言われてんだ。」
「そんなの知りません!」

 予想していたが取りつく島もない。しかしここは無理を通すしかない。

「他を探す時間もない。お前以上に適任な奴もいない。なるべく早く次の担当見つけるから。それまでだから。旦那様の側は奥様の側だぞ?」
「絶対嫌!」
「そう言わずに。こんなこと頼めるのお前しかいないんだよ。な?頼むよ。な?な?この通り!」

 両手を合わせ拝むように頭を下げて頼む。むくれたアニスが赤くなったのをグライドは見ていない。
 アニスは盛大なため息をついた。

「もう仕方ないなぁ。これ貸しだからね。」
「助かる!お前ならうんと言ってくれると思った!」

 グライドは両手をぱんっと叩きニカっと笑って見せる。アニスは顔を隠すようにそっぽを向いた。

「まったく調子いいんだから‥‥。で?なんであんた異動なの?一体何したのよ?」
「俺が聞きたいよ。なんで魔術なんか‥‥。適正ねぇだろ‥」
「ふーん。今度は魔術ねぇ。あんたも大変ね。」

 翌日からアレックスの補佐になったアニスは、こっちも大変だったと自分の短慮に猛省することになった。
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