【完結】少年王の帰還

ユリーカ

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外伝:元帥になりたい!!

最終話:グライド

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 グライドはため息をついた。勘弁してほしい。
 これのお守りなんで俺にできるわけがない。

 この無自覚な獣、目を離すとすぐいなくなる。今も消えた。魔力残滓ざんしを辿りやっと赤茶の少年を見つけてみると王宮の厨房に来ていた。

 王宮の複雑な構造の中、何故ここに辿り着けた?そして当然のように菓子をもらっている。腹が減っているならさっき王妃から貰えばよかっただろうに。いつになったら帰れるんだ?

「ジーク、そろそろ出ないと約束の時間に帰れない。父ちゃんに怒れらるぞ?」
「あれ?約束なんかしたっけ?兄ちゃんも食べる?」

 グライドは差し出されたビスケットを複雑な表情で受け取る。
 初対面の時におじちゃん呼ばわりされ思わず殴ってしまった。それ以来俺は兄ちゃん扱いだ。
 一応家臣なんだけどいいのかこれ?ちょっと人好きしすぎというか懐き易すぎないか?

 だいたいみんなこいつに甘すぎる。バース様など孫を見るそれ。孫馬鹿なじいじだ。地獄のバース様が骨抜きにされすぎだろ。
 アレックスも口では何か言っているが全然厳しくできてない。

 かくいう俺も厳しくするつもりもないが。こんなじっとしていない獣、相手するだけでも骨が折れる。
 まあ確かに筋はいい。だが俺が鍛えるのはごめんだ。

「そういえばバースに締め技教わったんだ!父ちゃんか兄ちゃんにかけてもいいって言われてんだ。帰ったらかけっこしようよ!」

 一緒に徒競走かけっこしよう!なノリで元気よく言われたが、実際は技の組み合いかけっこだ。その身振りで裸締めスリーパー・ホールドだとわかる。アレクはともかくなんで俺もいいんだ?ゾッとした。

「そういうのは父ちゃんに頼め。とにかく帰るぞ。」

 俺はもうとにかく帰りたいんだ。

 八歳のアレクは一人で突っ走り、森の中で深淵の魔獣を蹴散らしてた底抜けな怪物だった。
 八歳の陛下は自分に向けられた暗殺者を自らひっ捕らえ、依頼主の貴族の元に生かして送り返した最強魔王だった。

 しかしこの八歳ジークは二人と違う。二人もおかしいっちゃおかしかったのだが少なくとも自覚があった。あったはずだ、多分。
 だがこいつは無自覚で、しかも向いている方が次元が違うというか『明後日』なのだ。被害が出る前に早く王宮から出た方がいい。


 半年ほど前、狂熊が出たという報を受け飛竜で森を探していたところ、こいつはなぜか狂熊と組み合っていた。遥か東方の島国で行われている『相撲』のようだった。
 狂熊は一般的には危険度A。そこそこの村がまるっと潰させる脅威度なんだが。普通の人間ならその爪で易々と切り裂かれてしまう。それと相撲かよ!めちゃくちゃ余裕をかましてやがる!!

 がっぷり四つで組み合っている、様に見えたが、狂熊にしてみればジークが熊の体に埋まりすぎて手が届かなかっただけだった。剥がそうとして両手が振り回すが空振りしている。熊に対しジークが小さすぎか?

 なぜジークは動かない?一体何をしてるんだ?と気になって空から見ていれば回しもないのに熊を持ち上げ、大きな熊を巴投げした。は?!何その怪力?!

 倒れた熊に馬乗りになり、あろうことか熊が纏っていた魔素を無造作にむしり始める。毟られた魔素は毛の様に風に飛び空中に霧散する。もがく熊にお構いなしに易々と毟り終えれば、瞬く間に狂熊は小さくなり普通の赤熊に戻っていた。グライドは目を疑った。

 え?魔素って毟れたっけ?え?え?狂化って元に戻せるんだっけ?

 小さくなった熊に乗りその頭を撫でながらジークと熊は森に消えた。
 これも何か見覚えがある。まさかりを背負っていればしっくりしそうだ。

 ‥‥‥‥。これどうしよう。
 仕方がないので事件を収束させるために自分が魔剣で討伐したことにした。

 奥様の影響なのかジークは魔獣を可愛がっていた。殺生もいかんと言われていたためこうなったのだろう。まったくどうすんだこの野生児。
 アレクにも報告したが頭を抱えていた。まあそうなるな。

 次男のフェリクスをシャムロック家次期当主に引いたダリウス卿は当たりだ。ダリウス卿もガッツポーズだろう。マジで羨ましい。
 この長男がいつか俺の上司になるかと思うと頭が痛い。


 今日も突然じいちゃんに会いたい!と言い出した。午前にシャムロック領に行ったばかりなのに気まぐれすぎるだろ。

 ジークは王宮まで駆けるつもりだったらしいが途中で何をやらかすかわからない。
 そもそもこいつが通った後は砂煙が上がり地面がえぐれ木が倒れる。ほんとに何にも残らないのだ。そこに野盗なんぞ出食わしたら血の雨が降りそうだ。

 アレクに言われ無理矢理飛竜に乗せて飛んだ。飛んでいる間は飛竜の首にぶら下がったりとやりたい放題だ。飛竜が喜んでいたのが幸いだが。もう好きにさせた。落ちても死にはしないだろう。

 ジークはツェーザル卿に相談があったらしくごにょごにょ二人で話していた。

 あの宰相閣下も言っちゃなんだが、頭がおかしい。
 この獣にこともあろうか、元帥職を教えた。アレクが二度も捨てた王に次ぐ権力の象徴。経緯はわからないが何故それを無自覚獣に吹き込んだ?アレクが激怒するのわかっててやってるとしか思えない。
 いや、そうなのか?確信犯ならほんと性悪で最悪だ。事あるごとに巻き込まれる俺の身にもなってほしい。

 とにかく帰ってこいつをアレクに押し付けよう。元帥だとか厄介ごとはごめんだ。帰ってアレクに技でもなんでもかければいい。


「坊っちゃま、お時間ですよ。」

 背後に侍女が突然現れて度肝を抜かれた。心臓に悪いからこれはやめてほしい。振り返ったジークは満面の笑みだ。

「ロザリー!来てくれたんだ?!」

 ロザリーに仔犬のように飛びつく。赤ん坊の頃からずっと一緒だったロザリーにこいつは特に懐いている。もうべったべただ。この獣を止める唯一の手段かもしれない。
 おい、尻尾出てるぞ!しまえって!

「旦那様が心配しています。早くお帰りください。」
「なんだ、父ちゃんの命令か。オレに会いに来てくれたんじゃないの?」

 ジークがむくれたように言う。というか今朝会ってるだろ?どんだけだよ。こういうとこは親子だな。がっつり似てる。グライドはげんなりした。
 だが次のジークの発言でグライドの心臓が文字通り止まりそうになった。

「ねえロザリー、オレ元帥になる!頑張って一番強い男になるから元帥になったらオレのお嫁さんになってくれる?」
「私がですか?」
「そうだよ!ロザリーがいい!!」

 満面の笑みでジークがロザリーに擦り寄る。茶色い尻尾がフル回転だ。狼耳まで出ていた。

 いやいやいやいや?
 ダメだろう!よりによってこの侍女はダメだ!!好きな子ってロザリーのことだったのか?!嫁って、父ちゃんが泣くぞ!!

「じいちゃんがロザリーと結婚するなら一番にならないといけないって。だからそれまで誰のお嫁さんにならないで!約束だよ!」
「わかりました。お待ちしております、坊っちゃま。」
「みんなには秘密だからね!オレとロザリーの秘密!」
「はい。わかりました。」

 えーと、俺聞いちゃったけどいいの?秘密なら俺のいないとこでやってくれよ…。
 しかし、だから元帥か。ツェーザル卿、雑です。ロザリーもロザリーだ。待つの?ここはそう言わないわけにはいかないだろうが。いいんだ?

「ロザリーはオレの婚約者だから、オレのことはジークって呼んでよ!」
「はい、坊っちゃま。」
「ちがうよ!ジークだってば!!」

 プンスカ怒るジークの頭をロザリーは撫でる。グライドに背を向けているからロザリーの表情はわからない。一体どんな顔をしているのやら。

 不意にロザリーがふりかえる。人差し指を口に当ててロザリーは氷の視線をグライドに投げる。

「今のお話は他言無用でお願いいたします。」

 グライドは無言でぶんぶん頷いた。
 この侍女おっかねぇ。無駄に美人なところが特にいけない。一言でも言えばある日氷漬けにされてそうだ。

 アレクに言ったところで状況は変わらない。知らない方が幸せだろう。俺なら知りたくない。うん、黙っていよう。どうせ不幸になるなら先の方がいい。

 だが自分は話を聞いてしまった。これはいつか大変なことに巻き込まれるだろう。

 なぜここにいたのが俺だったんだ?
 グライドは自分の不運を呪ったのだった。

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