38 / 38
外伝:元帥になりたい!!
最終話:グライド
しおりを挟むグライドはため息をついた。勘弁してほしい。
これのお守りなんで俺にできるわけがない。
この無自覚な獣、目を離すとすぐいなくなる。今も消えた。魔力残滓を辿りやっと赤茶の少年を見つけてみると王宮の厨房に来ていた。
王宮の複雑な構造の中、何故ここに辿り着けた?そして当然のように菓子をもらっている。腹が減っているならさっき王妃から貰えばよかっただろうに。いつになったら帰れるんだ?
「ジーク、そろそろ出ないと約束の時間に帰れない。父ちゃんに怒れらるぞ?」
「あれ?約束なんかしたっけ?兄ちゃんも食べる?」
グライドは差し出されたビスケットを複雑な表情で受け取る。
初対面の時におじちゃん呼ばわりされ思わず殴ってしまった。それ以来俺は兄ちゃん扱いだ。
一応家臣なんだけどいいのかこれ?ちょっと人好きしすぎというか懐き易すぎないか?
だいたいみんなこいつに甘すぎる。バース様など孫を見るそれ。孫馬鹿なじいじだ。地獄のバース様が骨抜きにされすぎだろ。
アレックスも口では何か言っているが全然厳しくできてない。
かくいう俺も厳しくするつもりもないが。こんなじっとしていない獣、相手するだけでも骨が折れる。
まあ確かに筋はいい。だが俺が鍛えるのはごめんだ。
「そういえばバースに締め技教わったんだ!父ちゃんか兄ちゃんにかけてもいいって言われてんだ。帰ったらかけっこしようよ!」
一緒に徒競走しよう!なノリで元気よく言われたが、実際は技の組み合いだ。その身振りで裸締めだとわかる。アレクはともかくなんで俺もいいんだ?ゾッとした。
「そういうのは父ちゃんに頼め。とにかく帰るぞ。」
俺はもうとにかく帰りたいんだ。
八歳のアレクは一人で突っ走り、森の中で深淵の魔獣を蹴散らしてた底抜けな怪物だった。
八歳の陛下は自分に向けられた暗殺者を自らひっ捕らえ、依頼主の貴族の元に生かして送り返した最強魔王だった。
しかしこの八歳は二人と違う。二人もおかしいっちゃおかしかったのだが少なくとも自覚があった。あったはずだ、多分。
だがこいつは無自覚で、しかも向いている方が次元が違うというか『明後日』なのだ。被害が出る前に早く王宮から出た方がいい。
半年ほど前、狂熊が出たという報を受け飛竜で森を探していたところ、こいつはなぜか狂熊と組み合っていた。遥か東方の島国で行われている『相撲』のようだった。
狂熊は一般的には危険度A。そこそこの村がまるっと潰させる脅威度なんだが。普通の人間ならその爪で易々と切り裂かれてしまう。それと相撲かよ!めちゃくちゃ余裕をかましてやがる!!
がっぷり四つで組み合っている、様に見えたが、狂熊にしてみればジークが熊の体に埋まりすぎて手が届かなかっただけだった。剥がそうとして両手が振り回すが空振りしている。熊に対しジークが小さすぎか?
なぜジークは動かない?一体何をしてるんだ?と気になって空から見ていれば回しもないのに熊を持ち上げ、大きな熊を巴投げした。は?!何その怪力?!
倒れた熊に馬乗りになり、あろうことか熊が纏っていた魔素を無造作に毟り始める。毟られた魔素は毛の様に風に飛び空中に霧散する。もがく熊にお構いなしに易々と毟り終えれば、瞬く間に狂熊は小さくなり普通の赤熊に戻っていた。グライドは目を疑った。
え?魔素って毟れたっけ?え?え?狂化って元に戻せるんだっけ?
小さくなった熊に乗りその頭を撫でながらジークと熊は森に消えた。
これも何か見覚えがある。斧を背負っていればしっくりしそうだ。
‥‥‥‥。これどうしよう。
仕方がないので事件を収束させるために自分が魔剣で討伐したことにした。
奥様の影響なのかジークは魔獣を可愛がっていた。殺生もいかんと言われていたためこうなったのだろう。まったくどうすんだこの野生児。
アレクにも報告したが頭を抱えていた。まあそうなるな。
次男のフェリクスをシャムロック家次期当主に引いたダリウス卿は当たりだ。ダリウス卿もガッツポーズだろう。マジで羨ましい。
この長男がいつか俺の上司になるかと思うと頭が痛い。
今日も突然じいちゃんに会いたい!と言い出した。午前にシャムロック領に行ったばかりなのに気まぐれすぎるだろ。
ジークは王宮まで駆けるつもりだったらしいが途中で何をやらかすかわからない。
そもそもこいつが通った後は砂煙が上がり地面がえぐれ木が倒れる。ほんとに何にも残らないのだ。そこに野盗なんぞ出食わしたら血の雨が降りそうだ。
アレクに言われ無理矢理飛竜に乗せて飛んだ。飛んでいる間は飛竜の首にぶら下がったりとやりたい放題だ。飛竜が喜んでいたのが幸いだが。もう好きにさせた。落ちても死にはしないだろう。
ジークはツェーザル卿に相談があったらしくごにょごにょ二人で話していた。
あの宰相閣下も言っちゃなんだが、頭がおかしい。
この獣にこともあろうか、元帥職を教えた。アレクが二度も捨てた王に次ぐ権力の象徴。経緯はわからないが何故それを無自覚獣に吹き込んだ?アレクが激怒するのわかっててやってるとしか思えない。
いや、そうなのか?確信犯ならほんと性悪で最悪だ。事あるごとに巻き込まれる俺の身にもなってほしい。
とにかく帰ってこいつをアレクに押し付けよう。元帥だとか厄介ごとはごめんだ。帰ってアレクに技でもなんでもかければいい。
「坊っちゃま、お時間ですよ。」
背後に侍女が突然現れて度肝を抜かれた。心臓に悪いからこれはやめてほしい。振り返ったジークは満面の笑みだ。
「ロザリー!来てくれたんだ?!」
ロザリーに仔犬のように飛びつく。赤ん坊の頃からずっと一緒だったロザリーにこいつは特に懐いている。もうべったべただ。この獣を止める唯一の手段かもしれない。
おい、尻尾出てるぞ!しまえって!
「旦那様が心配しています。早くお帰りください。」
「なんだ、父ちゃんの命令か。オレに会いに来てくれたんじゃないの?」
ジークがむくれたように言う。というか今朝会ってるだろ?どんだけだよ。こういうとこは親子だな。がっつり似てる。グライドはげんなりした。
だが次のジークの発言でグライドの心臓が文字通り止まりそうになった。
「ねえロザリー、オレ元帥になる!頑張って一番強い男になるから元帥になったらオレのお嫁さんになってくれる?」
「私がですか?」
「そうだよ!ロザリーがいい!!」
満面の笑みでジークがロザリーに擦り寄る。茶色い尻尾がフル回転だ。狼耳まで出ていた。
いやいやいやいや?
ダメだろう!よりによってこの侍女はダメだ!!好きな子ってロザリーのことだったのか?!嫁って、父ちゃんが泣くぞ!!
「じいちゃんがロザリーと結婚するなら一番にならないといけないって。だからそれまで誰のお嫁さんにならないで!約束だよ!」
「わかりました。お待ちしております、坊っちゃま。」
「みんなには秘密だからね!オレとロザリーの秘密!」
「はい。わかりました。」
えーと、俺聞いちゃったけどいいの?秘密なら俺のいないとこでやってくれよ…。
しかし、だから元帥か。ツェーザル卿、雑です。ロザリーもロザリーだ。待つの?ここはそう言わないわけにはいかないだろうが。いいんだ?
「ロザリーはオレの婚約者だから、オレのことはジークって呼んでよ!」
「はい、坊っちゃま。」
「ちがうよ!ジークだってば!!」
プンスカ怒るジークの頭をロザリーは撫でる。グライドに背を向けているからロザリーの表情はわからない。一体どんな顔をしているのやら。
不意にロザリーがふりかえる。人差し指を口に当ててロザリーは氷の視線をグライドに投げる。
「今のお話は他言無用でお願いいたします。」
グライドは無言でぶんぶん頷いた。
この侍女おっかねぇ。無駄に美人なところが特にいけない。一言でも言えばある日氷漬けにされてそうだ。
アレクに言ったところで状況は変わらない。知らない方が幸せだろう。俺なら知りたくない。うん、黙っていよう。どうせ不幸になるなら先の方がいい。
だが自分は話を聞いてしまった。これはいつか大変なことに巻き込まれるだろう。
なぜここにいたのが俺だったんだ?
グライドは自分の不運を呪ったのだった。
0
お気に入りに追加
69
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―
碧井夢夏
ファンタジー
たったひとりの王位継承者として毎日見合いの日々を送る第一王女のレナは、人気小説で読んだ主人公に憧れ、モデルになった外国人騎士を護衛に雇うことを決める。
騎士は、黒い髪にグレーがかった瞳を持つ東洋人の血を引く能力者で、小説とは違い金の亡者だった。
主従関係、身分の差、特殊能力など、ファンタジー要素有。舞台は中世~近代ヨーロッパがモデルのオリジナル。話が進むにつれて恋愛濃度が上がります。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる