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外伝:元帥になりたい!!
レオンハルト
しおりを挟む「オレ、元帥になりたいです!!」
温室の扉を開けて赤茶の髪の少年が飛び込んできた。
ジークヴァルド・ラウエン。八歳。ラウエン公爵家嫡男、で俺の妻で十八になった王妃ディートリントの弟だ。表向きは。
温室で王妃と二人きりで午後のお茶を飲んでいた国王レオンハルトは入ってきた少年に笑みで応えた。王妃が舌打ちしたが聞かなかったことにする。
「やあジーク、今日は王宮に来ていたのか。」
背後に護衛でグライドを連れている。これのお守りは大変だろうに。
「はい!今じいちゃんに会ってきました。じいちゃんから元帥のことを聞きました!オレ、元帥になります!!」
なりたいでなれる役職ではない。国内でナンバー2の地位で軍の総司令だ。元帥の対局にある宰相はジークのじいちゃんことツェーザルが任されている。元帥はジークの父、アレックスに二度打診し二度とも断られた。あの男以上でないと元帥は与えられない。
ツェーザルめ、それをわかっていて孫に吹き込んだな。余計なことを言うとあいつがブチ切れるぞ。まあツェーザルはそれを楽しんでいるんだがな。
ディートリントと婚礼をあげて二年経つが、ラウエン家と俺の親戚関係がややこしくなった。
母ルクレティアの実兄で、俺の叔父であり父のような存在だったツェーザルは義理の祖父になり、兄弟のように付き合いの長いアレックスは義父となった。
そしてこのジークヴァルドは実はディートリントの双子の兄のため俺の義兄となった。
あちらはあまり気にしてないようだが、家族が一気に増えたようでなんとも不思議な感じだ。
「だから陛下に今日も鍛えてもらおうと思って!お願いします!!」
「ダメよジーク。陛下は最近特にとてもお忙しいの。あんたの相手してる暇ないわ。今は私とお茶の時間よ。」
「なんだよ、けちんぼ!ずるいぞディートばっかり!!」
「私は妻だからいいの!」
ふてた声でディートリントが応える。確かに忙しくて最近は一緒の時間も短めだった。それが不満なのだろう。
「妃に寂しい思いをさせたようだな。すまなかった。今日は時間が取れそうだから夜は二人きりでゆっくりしよう。それで機嫌を直してくれるかい?」
鼻の頭をくすぐればディートリントはぼっと赤くなった。この初な感じは嫌いじゃない。もっと甘やかしたくなってしまう。その様子をジークヴァルドはキラキラした目で見ている。
「やっぱ陛下カッコいい!オレも妻ができたらそうします!」
いや、真似しなくていい。どうせお前はアレックスと同じになるだろうから。
「でも元帥になるには陛下より強くなれってじいちゃんに言われたので。元帥を決めるのは陛下だし。是非稽古つけてください!師匠!」
王が元帥を育てるのか。斬新だな。
ツェーザルのいたずら心にも困ったものだ。だがジークは筋はいいのだ。以前アレックスに完膚なきまでに伸してくれと頼まれ手合わせをしたが、八歳にしては身体能力が抜群だ。山猿‥もとい狼のように俊敏だ。
だが技はまだまだだったから、言われるままに徹底的に潰しておいたら師匠!カッコいい!と懐かれてしまった。あんな目にあってなぜそうなった?今でも謎だ。
アレックスもジークを本気で育てればかなり強くなるだろうに何故しないのか。あいつのことだ、変に拗らせていなければいいが。
しかし今は別の謎がある。
「どうして元帥になりたいんだ?」
「元帥って国で一番強い人なんでしょう?オレ、とにかく強くなりたいんです!それにじいちゃんと一緒に陛下に隣に立ちたいし!」
ジークはもう並の騎士よりは断然強いのだが、天狗にさせないアレックスの教育方針なのか本人は無自覚だ。この強さはチートといってもいいくらいだ。しかしまだ自分はひよっこだと思っている節がある。これはこれで問題があるだろう。
話にあった立つって玉座のあれか。玉座の右には頭脳を守る宰相が、左には心臓を守る元帥が立つ。左は空座だがあそこにちびっこいジークが立つのはシュールで面白いな。ツェーザルもそう思ったのかもしれない。
だがジークヴァルドの話には続きがあった。
「‥‥それに、好きな子にお嫁さんになってもらうなら一番強い元帥になった方がカッコいいよね。」
服の裾をいじりながら照れたようにジークヴァルドが言った。
その理論だと国民のほとんどの男がプロポーズもできなくなるぞ。どうしてそうなった?相変わらず思考回路がぶっ飛んでるな。
面倒くさいことになる前に少し軌道修正するか。
「強さは元帥ばかりじゃない。世の中には強いものがたくさんいるぞ。」
「そうか!そうだよね!じゃあまずは近くの父ちゃんに勝てる様に頑張ります!」
「‥‥うん。そうだな。がんばれ。」
アレックスに勝てたら元帥確定だ。軌道修正をしたはずだったのだが、解釈が異次元だったか。あー、これはあいつが怒り狂う。
やれやれと息をついて、ジークの背後に控えるグライドを見やると、目元に手を当てて下を向いている。
お前も俺も巻き込まれたな。諦めろ。
王宮に殴り込んでくるあいつが見えるようだ。せめてこの男の口が固いことを祈るか。
「じゃあ早速帰ります!今日はありがとうございました!」
「ジーク、何か食べてったら?お腹空いてるでしょ?」
「いいよ!ひいじいちゃんのとこでたくさん食べた!」
ディートリントはジークヴァルドを弟扱いだ。まああれほど幼かったら仕方がない。
八歳だった俺はどうだっただろうか。これよりは理性があったように思うが。
ひいじいちゃんといえばシャムロック伯爵家のダリウス卿か。
「グライド、ダリウス卿が王都に来ているのか?」
「いえ、あれは王都に来る前の午前にダリウス卿に会いに行っていたという意味です。」
片道五日かかるところを森を駆け抜けたか。相変わらずの規格外だ。
旋風の様な少年が去り温室に静寂が訪れる。俯いてつつと体を寄せるディートリントの肩を抱いたところで、遠くに迎えのテオドールがやってくるのが見えた。
残念、時間切れだ。ぷくっと膨れるディートが愛おしい。
「約束通り今晩は早めに戻る。たっぷり甘やかすから覚悟しておけ。」
頬を染める愛らしい小鳥を見下ろし、レオンハルトは小鳥の額に口付けた。
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