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王の陥落編
壁
しおりを挟むその御技は神の奇跡。会得には久遠の年月がかかるが、神の祝福があればそれは星の瞬きの如く一瞬である。
レオンハルトは時空魔法の訓練を始めた。
ロザリーの説明を聞きながら納得した。これは書面に起こせるものではない。一子相伝も頷ける。
ディートリントは毎晩レオンハルトの元に飛んできた。朝目を開ければ穏やかな寝息の裸の少女が傍らで寝ている。その度にレオンハルトは深いため息をついた。
眠る部屋を変えても必ずレオンハルトの許に来る。そればかりか傍から離れると必ずついてくる。
全く、何で俺なんだ?
すでに『魅了』封じの魔道具をつけているから異なる魔道具の追加ができない。ジークヴァルドのような対策ができないのだ。いっそ『魅了』封じを外してしまおうか。
三日目から帰すのを諦めた。アレックスが連れ帰ってもすぐここに飛んでくるのだから。ここに置いておけば飛ばない分裸になることはない。その方がまだマシだ。
ディートリントの食事の面倒を見て夜寝かしつけるのがレオンハルトの日課となった。
王の醜聞になるから侍女を部屋に入れられない。給仕や他の世話はロザリーにさせればいい。仕方ないと食べ物をフォークで運ぶとディートリントは小鳥のように差し出されるものを口に入れた。
本当に、何で俺が。
少女の笑顔は少年王を落ち着かなくさせる。苛立ちに似て非なるものがこみ上げてくる。急がなければならない。
そして七日目。レオンハルトは時空魔法を習得した。
時空を飛ぶ時、相手の座標を確認してその間の空間を歪ませかいくぐる。理論がわかっても感覚では難しい。訓練はほぼこの感覚に慣れるところで時間を使った。
レオンハルトは考えた。空間を歪ませて飛ぶ、ならばその空間を斬ってしまえばいい。
自室と外の間の空間に僅かな隙間を作る。
試しに部屋から外に飛んでみたが飛べなかった。やったか?!
しかしロザリーは飛んできた。なぜだ?!
「色々手はございます。ですがお嬢様には有効かもしれません。」
色々でごまかされた。そこが知りたかったのに。それは今後検証すればいいか。
ロザリーにラウエン家別邸にも同じような空間の壁を作るよう言ったがロザリーは応じなかった。俺はこいつの主ではないと言うことか。まあ、こちらの壁があれば大丈夫だろう。
アレックスを呼び寄せディートリントを家に帰した。
果たして翌朝、ディートリントはレオンハルトのベッドにいなかった。成功したようだ。レオンハルトは安堵のため息をついた。
これでやっといつもの生活に戻れる。チクリとしたものはそのまま覆い隠した。これでいい。
その翌日アレックスがレオンハルトを訪ねてきた。だいぶ憔悴しているようだ。
「ディートが荒れて手がつけられません。」
あの大人しい赤ん坊が?話を聞くと壮絶だった。
レオンハルトの元に飛べなかったディートリントは癇癪を起こしたように泣き叫んだ。メリッサが宥めても効かない。その泣き声はロザリー以外の使用人を退ける。おそらく封じられた『魅了』が形を変えて攻撃しているのだ。
癇癪は双子の兄ジークヴァルドに伝染した。同じく遠吠えのような咆哮をあげる。それは『威圧』に近く、バースが邸を守る『鉄壁』を張る程になった。これ以上になったらアレックスの『威圧』で抑えるしかないという。
……なんなんだあの双子は。怪獣か?規格外すぎるだろう。
レオンハルトは眉間を揉んで嘆息する。
「で?何をしにきた?苦情か?俺のせいじゃない。」
「陛下が壁を作られたとロザリーから聞きました。取り除いてください。」
「なんでだ?!俺にずっと子守りをさせるつもりか?!」
何を言っているんだこの男は?!なんのために時空魔法を身につけたと思っているんだ?!
「あんなに泣いて痛々しいディートを見ていられません。別の策を講じましょう。」
あれが泣いている。胸が痛んだ。でも苛立ちが勝った。
「では策を先に準備しろ!俺ばかり譲歩させるな!馬鹿なのか?!」
この俺をなんだと思っているのだ!苛立ちが止まらない。その勢いのまま席を立つレオンハルトにアレックスが慌てた。
「陛下!」
「公務に戻る。下がれ。もう二度と余の前に顔を出すことは許さん。」
圧をかけてアレックスを見下ろした。
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