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王の陥落編
脱走
しおりを挟む「おや、ディートか。どうしてここに?」
呼び戻されたツェーザルはレオンハルトの自室の応接に入るなり開口一番そう言った。
一眼で看破したこの男にレオンハルトは正直驚いたが、表情には出さないようにする。アレックスはそれを隠さない。相変わらずの直情だ。
「は?なんでわかった?!」
「見てわからないか?これほどメリッサに似た娘などディートだけだろう。」
「昨日まで一歳の赤ん坊だったんだぞ?!」
「そうだったか。随分大きくなったな。」
「随分って‥。それだけか?!」
少しとぼけるようなツェーザルの反応にアレックスが怒りを露にした。その様子をレオンハルトが面倒くさげに見やる。
またか。ツェーザルの悪い癖だ。わざとアレックスを煽るようなことを言う。あれで息子を可愛がっているつもりなのだから始末に負えないし、こちらも関わるのも面倒だ。
この争いを幾度となく見たが、未だにわからない。反抗する息子を見て何が嬉しいんだ?
この親子、言い争いを始めると長くなる。ツェーザルが楽しそうなところ悪いが話に割り込んだ。
「今朝俺の部屋にいた。警護も結界もすり抜けた。どう思う?」
その言葉にアレックスがびくりとした。レオンハルトが目を向ければアレックスはあらぬ方を見ている。こいつ、何か隠しているな。隠し事ができない男だ。
ツェーザルが孫娘を抱き上げると、少女は嬉しそうに首に縋りついた。人見知りのディートリントだったが何故かツェーザルにとても懐いていた。
ディートリントは少年のシャツとスラックス姿。仕方なくレオンハルトの服を着せている。内密に令嬢の服を手に入れることができなかった。ぶかぶかだがガウンのままよりマシだ。
アレックスを睨みながらレオンハルトが自分の仮説を語った。
「結界をすり抜けたのはラウエン家の血か?」
「そうなりましょうな。『魔狼』持ちだけに限られますが。私にはできません。」
レオンハルトの『魔猊』とアレックスの『魔狼』は封印結界を無視できる。術を壊さずくぐり抜けられるのだ。
今のところ『魔狼』はアレックスと双子の兄・シークヴァルドだけだと思われていた。が、魔狼に変化できていないディートリントにあってもおかしくはない。彼女にはまだ空いたスキル枠が二つもあるのだから。
レオンハルトは『解析』でディートのスキルを覗き見る。出てくるのは『魅了』のみ。『魔狼』はまだない。だが残り二つの空きスキルはぼやけて形が移ろいでいる。近々発現するかもしれない。
レオンハルトはギリリとアレックスに凄んだ。
「アレックス。吐け。」
レオンハルトの詰問にアレックスがやや躊躇ったのち、観念した。
「その、最近二人はよく我が家から脱走します。結界があるのに、です。特にジーク。あいつは『魔狼』なので一人で森に入ろうとします。ロザリーが留めておりますが魔素の濃いところが好きなようです。ですが、ディートがここまで遠く脱走したのは初めてです。歩けないディートにここまでの移動能力はありませんでした。」
結界で置き留められない規格外の双子。これは面倒だろう。外敵から守るはずの結界から自ら出ていくのだから。
「昨晩も何重にも結界は張っておりました。バースの眠りの魔道具も部屋に置いたのですが、それごとすり抜けられまして‥‥。ロザリーの探知に引っかかって本当によかった。」
万全を期して翌朝ベビーベッドはもぬけの殻。これでは邸の皆の心臓がもたないだろう。
レオンハルトは思案した。場に張られたものは全てすり抜けるのか。だが、ならばまだやりようはある。それよりも———
「ディートが俺の部屋に来た。そして成長した事に思い当たることはあるか。」
ディートリントをソファに下ろしたツェーザルは顎をさすりながらレオンハルトに微笑む。流石察しがいい。
「そうですな。多分アレでしょう。幼くも身につけるのは素晴らしい事ですが。」
「やはりそうなのか?だとしたらディートはものすごく規格外だぞ。国宝ものだ。」
二人の会話にアレックスが怪訝な顔で割り込む。
「‥‥アレ‥‥とはなんだ?」
「まずは本人に確認しよう。‥‥リーヴァ。」
「はい。我が君。」
ソファに腰掛けるツェーザルの背後に凛然とした侍女が立っていた。レオンハルトは不意をつかれ驚くが表情には出さないようにする。アレックスは毎度のことだが隠さない。
「ロザリー?!お前、いつの間に?!」
「呼ばれましたので参じました。」
まるで闇から、空間から滲み出たようにそこに立つ侍女。現れる気配さえなかった。
一応王の私室だから強力な結界が張ってはあるんだが台無しだ。ほんと、規格外すぎる。レオンハルトは天井を見上げた。
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