【完結】少年王の帰還

ユリーカ

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王の陥落編

少女

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 天蓋の隙間から少女が顔を出した。

 レオンハルトを見つけて少女はあどけなく微笑んだ。その笑顔を見ると妙にぞわぞわしてレオンハルトは固まった。
 蒼い目をしていればメリッサに似ていると思った。果たしてその少女は蒼い目をしていた。その目がじっとレオンハルトを見つめていた。

 このままでは埒があかない。レオンハルトは動かない体を叱咤して予備のガウンを少女に差し出した。しかし少女は気にした風もなく天蓋から出てきて歩き出した。完全に裸体だ。レオンハルトがさらに慌てる。

「ダメだ!これを着なさい!」

 自分より頭半分背の低い少女に無理矢理肩からガウンをかける。そしてなるべく見ないよう腰紐を締め、長い銀髪を背中に流してやる。
 レオンハルトにはハイドの『記憶』がある。異性が揃いのガウンを着る意味を知っているから余計落ち着かなかった。少女はやはりレオンハルトに微笑んでいる。

 事情を聞きたくて少女の手をとり窓際のソファに座らせ話しかけた。

「名前は?どこから来た?誰の指示だ?」

 少女は答えない。ただ微笑むだけ。なんだか様子がおかしい。ただただレオンハルトの手をぎゅっと握る。
 色々問いかけるが返事はしない。いくつか他言語で話しかけても同様だった。指を鳴らせば不思議そうにそれを見つめる。音に反応してはいるから耳は聞こえている。話せない、のか?いや違う。これは‥‥

 話せない、というか話そうとする、何か伝えようとする意思も見られないのだ。

 テオドールが戻ってきたがやはり不審な点はなかった。近衛隊が二人一組で警護に当たっている。近衛騎士は叙任時に王への忠誠を宣誓する。偽証できない。誰かを手引きする隙もない。そうなると完全なる密室だ。

「どうやって入ったか。この謎を解かないといけませんね。」
「この状況で俺を信じるか。」

 少し驚いた。先ほどはあれほど疑り深く見ていたくせに。テオドールはやや疲れたようにソファに座る少女を見た。

「これでも陛下をよく存じ上げているつもりです。冷静に考えればさすがに連れ込みはないかと。今後の警護もありますので場合により部屋を替えなくてはなりません。」
「俺の『鉄壁』をすり抜ける技を俺も是非知りたい。」

 部屋に運び込んだ食事をじっと見るが手をつける様子もない。先程の行動もそうだが生活能力が全くなさそうだ。どれだけ深窓な令嬢なのだ。ふぅとレオンハルトはため息を落とした。

 仕方なく隣に座り、フォークに突き刺して口元に持っていけばおずおずと口に入れ咀嚼する。小鳥に餌をやっているようだ。つぶらな瞳でもぐもぐと口を動かす様子が妙に愛らしい。小動物に懐かれた感じが面白くなってきた。

 レオンハルトは少女の視線に合わせ料理を突き刺し口元に運んでやった。汚れた口元を拭ってやると少女は嬉しそうに微笑んだ。

 テオドールが複雑な表情でそんな二人の様子を見やる。ただ二人を見ればそれは揃いのガウンを着て並んで朝食を取る仲睦まじい男女だった。


 その時アレックスが至急面会を求めているとの触れがありむっとなる。
 あいつはいつも間が悪い。仕方ないので着替えて引見いんけんに応じた。

「陛下!ディートが来ておりませんか?!」

 慌ててきたのだろう、血の気がない顔をしている。アレックスにしてはこれはかなり珍しいことだ。

「ディート?ディートに何かあったのか?」
「今朝から姿が見えなくなりました。邸にはどこを探してもおらず途方に暮れていたところ、ロザリーがここに、陛下の側にいると。」

 ロザリー?ああ、あの侍女か。レオンハルトは記憶を遡る。ツェーザルの隠し球。始祖王の微かな記憶から相当な術者とわかる。ディートがここにいる?あれがそういっているのか?

「いや、来ていない。そもそもどうやってくるというんだ?」
「そうなのですが、探知したらこちらに気配があると言っておりました。」

 ‥‥‥。まさか?いやありえない。ディートは一歳になったばかり。昨日も会った。赤ん坊だった。だが始祖王の記憶からある可能性がレオンハルトの頭をよぎる。

 レオンハルトは寝室に駆け込む。そして変わらずソファに座っている少女を見た。
 メリッサに似ている。アレックスの面影もあるかもしれない。あまり見ないようにしていたから気がつかなかったが、胸元に見覚えのあるペンダントがあった。手にとれば、それは確かに昨日自分で手に取った『魅了』封じだった。“ディート”と彫り込みまである。

「陛下?そちらのご令嬢は?」

 背後にアレックスがいた。その勝手な振る舞いにレオンハルトは眉根を寄せる。
 無断で王の寝室まで来たのか?本能のまま動くやつだ。まあ仕方がない。

「—— 今朝俺の部屋にいた。‥‥ディートか?」

 一緒のベッドにいたとも言えずそう濁す。後半、少女にそう問いかけると、大輪の花が綻ぶように少女がにっこり微笑んだ。その可憐さにレオンハルトは息を飲み魅入ってしまった。

「は?ディート?この娘がディート?冗談はやめてください。」
「俺もそう思いたいが、このペンダントはディートにしかつけられない。事故防止の為にそう作った。」

『魅了』封じをアレックスに見せる。“ディート”の彫り込みを見て目を見張りアレックスが少女をまじまじと見やる。

「‥‥確かにメリッサによく似ていますが、これはどういう事でしょうか。」
「まずいな。これは俺の手に余る。」

 レオンハルトはため息をついた。仕方がない。寝室の外に控えていたテオドールを呼び指示を出す。

「テオドール、今日の俺の公務は全て流せ。それとツェーザルを呼べ。」
「ツェーザル様は本日灌漑工事の視察で既に城を立たれておいでです。」
「連れ戻せ。そうだな、王の一大事だと伝えろ。あいつの足ならすぐ戻れるだろう。」

 ツェーザルとの検証が必要だが、俺の予想が当たっているとこれはとんでもないことになる。
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