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二人の王編
呪われた血
しおりを挟むレオンハルトは結局、ツェーザルを宰相に任じた。
手駒ではないと拘ってツェーザルを王政から遠ざけていた。叔父であり父とも言える位信頼できた男を。
今思えばそれは始祖王の支配欲だったのだろう。妹を正妃に据える際に弟王を遠ざけた。妹を己が手の中に囲うために。
誰にも手を借りず一人で玉座に座った孤独な王。レオンハルトはそれになるつもりはなかった。
宰相就任でツェーザルと妻エリスは王都の邸に引っ越してきた。
当主の座をアレックスに譲り残りの人生で自分は妻と旅に出ます。そう言っていたツェーザルとエリスに悪いことをしたと思った。
「いえ。良いのですよ。旅行なら散々連れ回されました。あの人がどうせ何かするのでしたら陛下のお役に立てる方が何倍も良いですから。」
王都のラウエン邸に赴きエリスに謝ると、朗らかにエリスは笑った。ラウエン家の血が入っていないのにそれほどにツェーザルを理解していた。
「陛下は、お変わりになられましたね。落ち着いた、いえ、大人びた、と申し上げましょうか。」
「そうだろうか?」
「以前はがむしゃらに頑張っておいででした。拝見しておりましたこちらがハラハラいたしましたよ。いつか大変なことになってしまうのではないかと。」
不安が自分を無意識に煽っていたのか。そうかもしれない。子供の体をあれほど呪っていた。皆を守るために早く大人になりたかった。でもそれは大人になっていたとしても一人では到底成し得なかったのだ。
「ツェーザルとアレックスのおかげだ。ありがとう。」
そういうとエリスは嬉しそうに微笑んだ。
あの騒動の後、事後処理等含め数日間グライドは王都に留まった。
妻が待つバベルには飛竜で通っていたようだ。妻なら王都に連れてくればいいといえば、俺の副官ですから!、となぜかデレられた。そこデレるポイントだったか?
うんざりしてジト目になるレオンハルトに気がついていないのか、砂糖ぶっ込み糖度増し増しでさらに惚気話をするグライドのデレ顔になんだか無性に腹が立った。こいつ、空気を読まない男だな。
しかしバースに数日間叩きのめされげっそりとバベルに帰っていく姿に少し同情した。
アレックスは今も魔封の森近くの別邸で暮らしている。
『核』の呪いから解放されたはずなのだが、アレックス曰く、あれは呪いではなく森との繋がりだ、と。森に繋がっていることは心地いいのだと言った。それはレオンハルトもなんとなくわかった。
封印碑は消えたが、魔素が森から溢れかえる様子はない。
千年経ち、あのオベリスクがなくても大丈夫な位になったのだ。アレックスは心配していたが、千年前の魔素の猛威を知る身としてはこれくらいは大丈夫と言う他ない。
何よりラウエン家には『戦乙女』がいる。何かあれば対応できるだろう。
だからアレックスに元帥を渡したいと再び言ったのだが、アレックスに笑って断られた。まあそうだろうな。この男以上の者が現れるまで元帥は空座となるだろう。
ある日、レオンハルトは一人あの場所に立っていた。魔封の森の中央。凛と空気の澄んだ黒きオベリスクがあった場所。全てがここから始まった。
『魔猊』の力で結界無視で駆けられるようになり、王都からでもここまで二、三時間程度で来ることが出来た。封印碑があった場所に花を手向ける。
ブリュンヒルデ。始祖王の妹にして正妃。
狂った始祖王の記憶から垣間見られる彼女は傲慢だった。
二人の兄に甘やかされ溺愛され、相手を思いやる気持ちに欠けた。だから始祖王の気持ちを無視し、始祖王が愛する全てのものに嫉妬して『核』になることを決めた。
王が大事にした国や国民を救うため。それは本当だった。しかしそれらをヒルデ自身が愛していたわけではない。始祖王の大切なものが守り残され自分だけがいなくなった後に王が狂う事を期待していた。
それは自己犠牲ではない。それほどまでに始祖王に自分への愛を強要したのだ。
狂愛とは恐ろしいものだ。レオンハルトはそう思った。
シグルズも、溺愛した妹が夫ではなく自分を頼ったことを内心喜んだことだろう。ツェーザルは何も言わないがルクレティアとの関係を見ればなんとなくわかる。
レオンハルトはため息をついた。ラウエン家の溺愛体質の深淵を覗き見たような気持ちだ。それはとても、とても根深い。底無し沼のように。
—— そしてその血は自分にも流れている。
自分がこの後この血に苦しめられるであろう未来を思い、レオンハルトは突き抜けるほどに澄み切った青い空を見上げた。
二人の王編 完
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