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二人の王編
鎮魂
しおりを挟む「兄者。シグルズです。わかりますか?『戦乙女』もおります。」
ツェーザルは狂った王に話しかける。人狼に押さえ込まれた始祖王は、人形のようにギギギを顔を動かしツェーザルとロザリーを見た。
「あれから千年経ちました。この森は魔素も落ち着いて新しい国がこの大地で暮らしております。我らの国は消えましたが、その志は受け継がれております。ですから我らはここにいてはいけない。ヒルデもここにはおりません。」
ブリュンヒルデの名に始祖王がびくりとする。『核』を取り戻す為だけに魔術を施し追いかけてきた。だが狂っていてその目的さえ朧げなのかもしれない。
「我はヒルデに請われてヒルデを『核』に使いました。兄者の大事にしている国を守るためなら構わない、と。兄者に手を下してほしくないと我に願い出ました。愛されていましたな。」
ツェーザルは背後のロザリーに初めて振り返った。その目には懺悔と鎮魂の願いがあった。その顔をロザリーはじっと見つめる。
「リーヴァ、封印碑の封を解いてくれないか。兄者に見せてやって欲しい。」
「はい、我が君。」
リーヴァと呼ばれたロザリーは封印碑に近づいた。
黒く肥大したオベリスクを見上げ、欠けた傷を撫でる。そっと封印碑を抱きしめると、じゅっと音を立てて蒸発した。
それが消えた後には僅かな『核』の残滓以外、何も残っていない。
「あれは封印碑ではなく墓標です。もうヒルデはおりません。『核』であろうと千年の年月には耐えられません。」
ロザリーの手の中から蒸発した黒き魔素が空高く立ち上る。それはまるで弔いの煙のようだった。『核』の残滓と共に魔素が青い空の中で散り散りになる様を一同は見あげた。
始祖王の目から黒いものが幾重にも流れ落ちた。封印碑があった空間に、そして青く澄む天に手を伸ばす。纏っていた魔素が消え、膝から崩れ落ちる。それをツェーザルが受け止めた。
「この『器』はレオンハルトのもの。どうぞこのままお休みください。共にこの国の行く末を見守りましょうぞ。」
始祖王グンターは瞼を重たげに開けて手を伸ばす。その手をツェーザルが取った。唇がかすかに動き、黒い目を閉じた。
『器』から滲み出る魔素が散り散りになり、ツェーザルの手の中には目を閉じたレオンハルトが残された。
ツェーザルがレオンハルトの頭を撫でる。一同固唾をのんで見守るも、レオンハルトは動かない。
獣化を解いたアレックスはグライドのマントに包まりレオンハルトの手を取る。
間に合わなかったのか?焦りがよぎる。
「陛下。どうかお帰りください。どうか‥‥」
その時レオンハルトの体から魔素が吹き出した。そして光を放ちながら体の輪郭が溶けるように変わる。それは『狼化』に似て非なるもの。
人の手足は獣の四肢に。体には長毛の黄金の毛皮、頭部に短いたてがみが現れる。鋭い爪を有するその猛獣の姿はまだ大人になりきっていない。意識を失い瞼を閉じてぐったりしているがその風貌は獣の王者だった。
「これは‥『獣化』なのか?!」
レオンハルトの獣の姿に一同が目を瞠る。
見たことのない黄金の獣。これが始祖王の呪い。始祖王の『器』が受け継いだもの。それは太陽の如く美しく気高かった。
獣は再びふわりと光り輪郭を溶かしながらレオンハルトの姿に戻った。
「始祖王が眠りについたことでスキルが発現したか。」
レオンハルトに自分の上着をかけながらツェーザルはつぶやく。
おそらくこの体の中で今大きな変化が起こっていることだろう。
まだ目覚める気配がないレオンハルトの頭にツェーザルは手を置いた。
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