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二人の王編
リーヴァ
しおりを挟むひゅぅと風がたつ音がした。
立ち込めていた魔素が一気に散った。
『聖戦』も狂化した魔獣もグライドの鎧も槍斧もバースの短剣も、アレックスを縫いとめていた刃も、始祖王の纏う狂気も。魔素で構成されたものが全て蒸発した。青い空が、澄んだ空気が広がる。
ツェーザルが目を閉じふぅと息をついて俯いた。
「—— 来てくれたか。」
かさり、と深淵の森の闇から足音が聞こえる。闇から溶け出すように仕着せ姿の凛とした侍女がそこに現れた。その場にいた者は目を疑った。あまりにこの場にそぐわない光景だ。
侍女を見た始祖王の手がカタカタと震える。震えながらその侍女を指さした。深淵の闇を湛えた黒き双眸を見開き、立ち上がった始祖王の口から呪いが響く。
「‥‥キ‥‥きさマ、‥‥リーヴァ‥‥」
その侍女、ロザリーはくるぶしまである仕着せのスカートを広げ、始祖王に淑女のように黙礼をする。
ロザリー。メリッサ付き侍女でメリッサと共に婚姻の際にラウエン家にやってきた。メリッサが幼い頃より傍らに付き従っていたが、その縁はさらに古い。ラウエン家で唯一、双子のスキルに対抗できた侍女だった。
ロザリーは黙礼の後、ついと始祖王を見た。その目に一同が慄いた。ロザリーの体から見たこともない白い靄が立ち込め出した。
「おおオぉおオォぉ!!」
始祖王の唸り声と共に指をさした腕から多数の魔法陣が展開される。そして辺り一面に光の槍が無数現れロザリーに矛先を向ける。おそらく今までで一番多い。眩しくて目が開けていられないほどだ。
そうして両手に黒い曲刀を纏う。震える始祖王から狂気が漲った。その右目から黒いものが流れ落ちる。
ロザリーに向かう始祖王の怨毒が、怨嗟が今までの比ではない。
「まずい!ロザリー!逃げろ!!」
アレックスが粘る魔素を吐き出しながら金色の人狼に変化した。
二回りほど大きい体躯、カマのように鋭い爪、鋼の様に逆立つ黄金の毛皮。アレックスの狂化した人狼の姿だ。一度目はメリッサを助けるために無我で変化したが、今回は魔素が濃い場所で自分の意思で変化できた。
ロザリーに襲い掛かろうとする始祖王を、人狼は魔素ごと押さえ込もうとする。力でねじ込まれ始祖王の纏う魔素が歪み魔法陣が壊される。それでも壊される以上の魔法陣が次々に展開される。始祖王はどれほどの術者だったのだろうか。
人狼の腕を押しのけようと始祖王がもがく。口から溢れる呪詛が、どす黒い魔素がロザリーに向かうも、ロザリーの背後から立ち込める白い靄に阻まれ届かない。
グライドとバースが『鉄壁』を展開しようとするが、ロザリーが二人に手でやんわりと拒絶を示した。
魔術が完成し槍が光線の如く降り注ぐ。あたりは眩い光で埋め尽くされる。
荒れ狂う嵐の中、真っ直ぐに落ちてきた槍は微動だにしないロザリーの前でじゅっと消えていく。まるで溶けて蒸発するかのように。
ロザリーはただ始祖王を見つめていた。ロザリーの背後の白い靄がさらに濃くなった。
空に展開された魔法陣から巨大な槍が現れる。光り輝く槍が魔素を吹き払いながらロザリーに向かって墜ちてきた。
聖属性の最上級魔術。直撃すればひとたまりもない。
ロザリーはそれを見上げ人差し指を唇につけてふっと息を吐いた。その息で槍がパキンと粉々に崩れ、辺りに光が舞い散った。
完成した魔術をこの様に破壊することなどありえない。バースとグライドは唖然とした。
これは神の領域だ。
「私には効きません。」
ロザリーは静かに言い放つ。
始祖王が怯んだ。それでも魔法陣を展開する始祖王を人狼が力づくで抑え込んだ。
キラキラと光が舞う中をロザリーは歩き、しゃがんでいたツェーザルの背後で手を胸に当て片膝をついた。淑女ではなく騎士のそれだ。ロザリーの背後の白い靄が濃くなり形となる。まるで一対の白き翼のように。
「遅くなりまして申し訳ありませんでした。」
「‥‥いや、よく来てくれた。迷ったのだろう?」
ロザリーは目を閉じる。ただ頭を下げた。
「奥様へお話を通していただけたこと、お心遣い感謝いたします。」
魔封の森に来る前、ツェーザルはメリッサに頼んでいた。
“もしあの侍女が願い出たら、訳を聞かず送り出してほしい”と。
「あの程度のこと、なんてことない。‥‥また辛いことになる。すまない。」
ツェーザルは振り返らずに顔を伏せて答える。そして始祖王を見上げた。
完成した術を全て壊された。完成すれば街一つを吹き飛ばすとされた聖属性最上級の『聖槍』を。
人狼に抑え込まれた始祖王は震えたまま動けなかった。
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