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二人の王編
『聖戦』
しおりを挟む 殺到する敵に半ば囲まれながら、孫三郎は血刀を振るってそれを押し止めている。
そしてまた一人、寄せ手の首筋を裂いて血煙を散らせたが、赤い飛沫の舞う空間に突如として黒い影が躍り込んできた。
黒尽くめの、見慣れぬ甲冑――
その存在を視認した瞬間、飛来した流れ星が孫三郎の刀を破壊する。
刀を折り砕いたのは、星のような鉄球の付いた金砕棒だ。
「クッ、南蛮渡来のモルゲンステルンか!」
「ほぉ、よく知っておる」
「すると、お主が『明星の六郷』だな」
「然り。一矢万矢の副首領がひとり、六郷典膳信之だ。息絶えるまでの短い間、見知りおけ」
孫三郎と同程度に大柄な六郷は、三貫(約十一キロ)はありそうな鉄製の鈍器を小枝のように軽々振り回している。
頭から爪先まで全身を覆っている漆黒の甲冑も、武器と一緒に手に入れた南蛮からの品だろう。
孫三郎の常識外れな驍勇に攻めあぐねていた盗賊達は、圧倒的な怪力を振るう六郷の優勢を見て取ると、再び攻勢へと転じ始めた。
ガラクタと化した刀を捨てた孫三郎は、脇差を抜いて構える。
勢いに乗った敵勢は、孫三郎の斬撃にも弥衛門の射撃にも怯まずに突出。
六郷からの攻撃はひたすらに避け、他の連中の攻撃は脇差で受け流して対応するが、これでは先行きは相当に暗い。
弥衛門の援護射撃はあるが、焦りで狙いが定まらないようで、効果は覚束ない。
ここらが限界だと判断した孫三郎は、大きく踏み込んできた坊主頭の槍の柄を斬り飛ばし、つんのめった男の膝を蹴り砕きながら大声で告げる。
「弥衛門、アレの出番だっ! 準備を頼む!」
「りょっ、了解っ!」
言われた弥衛門は、火縄を手にして少し離れた場所にある岩陰へと走り込む。
そして暫くゴソゴソと作業した後、精一杯の大声で叫ぶ。
「準備完了、だよっ!」
「御苦労!」
孫三郎は斬りかかってきた相手の腹に前蹴りを突き入れ、後続ごと押し返すと弥衛門の所まで駆け寄る。
そして刃毀れの目立ち始めた脇差を鞘に収めると、岩陰に置かれた巨大で歪な形状の火縄銃を抱え上げた。
これこそが、かつて孫三郎が静馬に語った秘密兵器の正体で、今回の作戦の不安要素である人手不足への懸念を一掃した代物『野辺送り』。
大筒や石火矢の類に近い形状だが、束ねられた七つの銃身から時間差で銃弾を放つ連発式のカラクリは、おそらく現在の日本で唯一無二だ。
盗賊達は、今までに見たことのない奇妙な物体の出現に戸惑い、一瞬動きを止める。
「惑うな、ハリボテに決まっている!」
そう断言した六郷が堂々と進撃するのに励まされ、止まった足は再び動き出した。
「愚か者めが。得体の知れぬ相手に出会えば、野の獣ですら警戒するというに」
憐れみを含んだ孫三郎の呟きは、野辺送りの発射音に掻き消された。
※※※
荒い呼吸に釣られて千々に乱れる思考を宥め、アトリは状況を分析する。
周囲には少なくとも五人の敵、そして救援は期待できない。
三人に致命傷を与えたのと引き換えに、四箇所の手傷を負っていた。
どれも浅いとはえ、戦いの中で自分の血を見るのも数年ぶりだった。
少なからぬ動揺を抑えつけ、この場を切り抜ける方法を探す。
残った武器は手にした直刀と懐のクナイ、それと鉤縄と――他には何があったか。
どうにか光明を見出そうとするアトリだが、果てしなく降って来る斬撃と突きと矢弾に対処しながらでは、落ち着いた判断など望むべくもない。
「ふおるぁぁああ――があっ!」
半端な気合と共に飛び込んで来た、毛むくじゃらな男の腕を斬り上げた。
大型の斧が、両手に握られたまま空中を回転し、岩場へと突き刺さる。
まだやれる、まだ大丈夫。
だがいずれ、集中力は途切れる。
その時が危ない。
そんな警戒が心に湧いた瞬間、視界の隅に異物を捉えた。
反応が間に合って叩き落したが、同じものがまた飛んでくる。
針――吹き矢か。
飛び道具は総じて厄介だが、吹き矢は予備動作が殆どなく、相手が仕掛けてくる呼吸が計り辛い上に、近距離から使われるので単純に避け辛い。
二本目の針を転がるようにかわしたアトリだが、その行動によって更に足場の悪い場所へと追い込まれてしまう。
「真行寺久四郎……あなたですか」
「ガキのお守りばかりでも、腕は鈍ってないみたいだなぁ、アトリよ」
久四郎は兄の右近に似た顔立ちだが、纏っている雰囲気はまるで異なる。
正に偉丈夫といった風貌の右近は剣の達人だが、久四郎は細面で、武家の出でありながら異形の武器や暗器の類を好んで用いる変わり者。
そしてアトリにとっては、かつて同じ師に学んだ兄弟子でもあった。
「俺のやった刀をまだ使ってるとは、嬉しいじゃねぇか。使い勝手はどうだ?」
「遠からず、切れ味は身をもって知れるかと」
含み笑いをしながら久四郎は妙な曲刀を抜き、アトリと正対する。
それは、正確に分類すると刀ではない。
兜割と呼ばれる、打撃を主とする武器だ。
乱戦を得意とする久四郎と、この状況で対決するのは自殺行為に等しい。
強気で応じながらも、その事実を認めざるを得ないアトリは、どうにか打開策を探ろうとするのだが、今は寄せ手への反撃で精一杯だ。
突き込まれた長巻を払った直後、足場の岩が崩れて体勢が揺らぐ。
そこを逃さず、反対側から槍が伸びてくる。
アトリがそれを察知した時には、既に手遅れの間合いに詰められていた。
敗北を予感し、反射的に両目を閉じかけた瞬間。
「もらったああああああ、あ? あぱっ――」
アトリの頭上を飛び越えた矢が、勝利を確信した男の雄叫びを封じる。
口中を射抜かれた男は斜面を転落し、横腹を貫こうとしていた穂先は、アトリの左腕に薄い切り傷を負わせるだけに終わった。
「待たせたな、アトリ! 取り急ぎ、雑魚を蹴散らそうぞ」
「畏まりました、姫様っ!」
ユキの登場で瞳に生気を戻したアトリは、朱に染まった直刀を構え直した。
そしてまた一人、寄せ手の首筋を裂いて血煙を散らせたが、赤い飛沫の舞う空間に突如として黒い影が躍り込んできた。
黒尽くめの、見慣れぬ甲冑――
その存在を視認した瞬間、飛来した流れ星が孫三郎の刀を破壊する。
刀を折り砕いたのは、星のような鉄球の付いた金砕棒だ。
「クッ、南蛮渡来のモルゲンステルンか!」
「ほぉ、よく知っておる」
「すると、お主が『明星の六郷』だな」
「然り。一矢万矢の副首領がひとり、六郷典膳信之だ。息絶えるまでの短い間、見知りおけ」
孫三郎と同程度に大柄な六郷は、三貫(約十一キロ)はありそうな鉄製の鈍器を小枝のように軽々振り回している。
頭から爪先まで全身を覆っている漆黒の甲冑も、武器と一緒に手に入れた南蛮からの品だろう。
孫三郎の常識外れな驍勇に攻めあぐねていた盗賊達は、圧倒的な怪力を振るう六郷の優勢を見て取ると、再び攻勢へと転じ始めた。
ガラクタと化した刀を捨てた孫三郎は、脇差を抜いて構える。
勢いに乗った敵勢は、孫三郎の斬撃にも弥衛門の射撃にも怯まずに突出。
六郷からの攻撃はひたすらに避け、他の連中の攻撃は脇差で受け流して対応するが、これでは先行きは相当に暗い。
弥衛門の援護射撃はあるが、焦りで狙いが定まらないようで、効果は覚束ない。
ここらが限界だと判断した孫三郎は、大きく踏み込んできた坊主頭の槍の柄を斬り飛ばし、つんのめった男の膝を蹴り砕きながら大声で告げる。
「弥衛門、アレの出番だっ! 準備を頼む!」
「りょっ、了解っ!」
言われた弥衛門は、火縄を手にして少し離れた場所にある岩陰へと走り込む。
そして暫くゴソゴソと作業した後、精一杯の大声で叫ぶ。
「準備完了、だよっ!」
「御苦労!」
孫三郎は斬りかかってきた相手の腹に前蹴りを突き入れ、後続ごと押し返すと弥衛門の所まで駆け寄る。
そして刃毀れの目立ち始めた脇差を鞘に収めると、岩陰に置かれた巨大で歪な形状の火縄銃を抱え上げた。
これこそが、かつて孫三郎が静馬に語った秘密兵器の正体で、今回の作戦の不安要素である人手不足への懸念を一掃した代物『野辺送り』。
大筒や石火矢の類に近い形状だが、束ねられた七つの銃身から時間差で銃弾を放つ連発式のカラクリは、おそらく現在の日本で唯一無二だ。
盗賊達は、今までに見たことのない奇妙な物体の出現に戸惑い、一瞬動きを止める。
「惑うな、ハリボテに決まっている!」
そう断言した六郷が堂々と進撃するのに励まされ、止まった足は再び動き出した。
「愚か者めが。得体の知れぬ相手に出会えば、野の獣ですら警戒するというに」
憐れみを含んだ孫三郎の呟きは、野辺送りの発射音に掻き消された。
※※※
荒い呼吸に釣られて千々に乱れる思考を宥め、アトリは状況を分析する。
周囲には少なくとも五人の敵、そして救援は期待できない。
三人に致命傷を与えたのと引き換えに、四箇所の手傷を負っていた。
どれも浅いとはえ、戦いの中で自分の血を見るのも数年ぶりだった。
少なからぬ動揺を抑えつけ、この場を切り抜ける方法を探す。
残った武器は手にした直刀と懐のクナイ、それと鉤縄と――他には何があったか。
どうにか光明を見出そうとするアトリだが、果てしなく降って来る斬撃と突きと矢弾に対処しながらでは、落ち着いた判断など望むべくもない。
「ふおるぁぁああ――があっ!」
半端な気合と共に飛び込んで来た、毛むくじゃらな男の腕を斬り上げた。
大型の斧が、両手に握られたまま空中を回転し、岩場へと突き刺さる。
まだやれる、まだ大丈夫。
だがいずれ、集中力は途切れる。
その時が危ない。
そんな警戒が心に湧いた瞬間、視界の隅に異物を捉えた。
反応が間に合って叩き落したが、同じものがまた飛んでくる。
針――吹き矢か。
飛び道具は総じて厄介だが、吹き矢は予備動作が殆どなく、相手が仕掛けてくる呼吸が計り辛い上に、近距離から使われるので単純に避け辛い。
二本目の針を転がるようにかわしたアトリだが、その行動によって更に足場の悪い場所へと追い込まれてしまう。
「真行寺久四郎……あなたですか」
「ガキのお守りばかりでも、腕は鈍ってないみたいだなぁ、アトリよ」
久四郎は兄の右近に似た顔立ちだが、纏っている雰囲気はまるで異なる。
正に偉丈夫といった風貌の右近は剣の達人だが、久四郎は細面で、武家の出でありながら異形の武器や暗器の類を好んで用いる変わり者。
そしてアトリにとっては、かつて同じ師に学んだ兄弟子でもあった。
「俺のやった刀をまだ使ってるとは、嬉しいじゃねぇか。使い勝手はどうだ?」
「遠からず、切れ味は身をもって知れるかと」
含み笑いをしながら久四郎は妙な曲刀を抜き、アトリと正対する。
それは、正確に分類すると刀ではない。
兜割と呼ばれる、打撃を主とする武器だ。
乱戦を得意とする久四郎と、この状況で対決するのは自殺行為に等しい。
強気で応じながらも、その事実を認めざるを得ないアトリは、どうにか打開策を探ろうとするのだが、今は寄せ手への反撃で精一杯だ。
突き込まれた長巻を払った直後、足場の岩が崩れて体勢が揺らぐ。
そこを逃さず、反対側から槍が伸びてくる。
アトリがそれを察知した時には、既に手遅れの間合いに詰められていた。
敗北を予感し、反射的に両目を閉じかけた瞬間。
「もらったああああああ、あ? あぱっ――」
アトリの頭上を飛び越えた矢が、勝利を確信した男の雄叫びを封じる。
口中を射抜かれた男は斜面を転落し、横腹を貫こうとしていた穂先は、アトリの左腕に薄い切り傷を負わせるだけに終わった。
「待たせたな、アトリ! 取り急ぎ、雑魚を蹴散らそうぞ」
「畏まりました、姫様っ!」
ユキの登場で瞳に生気を戻したアトリは、朱に染まった直刀を構え直した。
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