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二人の王編
アレックス
しおりを挟むレオンハルトはその後、何度か夢の中でハイドにあった。
ハイドは森に行くことに強い抵抗を示した。レオンハルトが森を忘れた理由は自己防衛だ、森に近づけば命がない、と。
現状からシミュレートして策がないか二人で考える。いくつもの可能性を考えた結果、二人は森に行くという結論に至った。ハイドは不本意そうだった。
触れられない、封印も喰うこともできないあれをどうにかするために、外に狂気を解き放つしか手がない。そのためにあれの記憶にある森に行く。だがそれは暴走の危険を伴う行為だった。
だからそれに備える刀が必要だった。
数日後、レオンハルトはラウエン家別邸の庭に立っていた。向かいに立つのはアレックス。それをツェーザル、バース、メリッサが遠巻きに見ていた。
「陛下。いつもの訓練でしたらメリッサは不要でしょう?」
「いいや、メリッサにも見る権利が、義務がある。公爵夫人として。」
アレックスは訝しげにレオンハルトを見る。レオンハルトがツェーザルを伴ってきたことに警戒していた。
「魔封の森に入る。お前もついてこい。」
「はい。」
こともなげに答えるアレックスにレオンハルトは眉根を寄せる。王が儀式以外で森に入る。異例のことだ。こいつ、意味がわかってるのか?
「以前上を決める儀式をここでしたな。改めて問う。勝ったのは誰だ?」
「陛下です。」
「お前の主は誰だ?」
「陛下です。」
「ならば覚悟はできているな?懐刀の覚悟が。」
アレックスが目を見開く。懐刀。万難を廃しレオンハルトを守り殺す役目。忠誠の証。
アレックスは膝をつき胸に手を当てて騎士の礼をとった。
「必ずお守りいたします。」
「違う。俺を殺すんだ。暴走してどうにもならなくなった俺を。その覚悟があるか聞いている。」
お前は何もわかっていない。レオンハルトの声に怒気がはらむ。ぞわりとレオンハルトの体から魔素が立ち上った。レオンハルトの本気にアレックスは息を飲む。魔素の濃さがあの時の比ではない。
魔素のゆらぎの中でレオンハルトが場違いに微笑んだ。ともすれば、それは泣いているようでもあった。
「お前にしかできない。俺に忠誠を、覚悟を見せてみろ。」
その刹那、レオンハルトがアレックスを蹴り飛ばした。吹っ飛ぶアレックスにレオンハルトが飛びかかる。地面を跳ねながらアレックスは攻撃をかわし後退しながら逃げる。
体格差はあったが四年前と比べパワーでの差はほぼなくなった。付け焼き刃と言った頃よりレオンハルトの技のキレは断然良くなっている。つまり二人はほぼ互角だった。スピードでレオンハルトが勝る分、アレックスは劣勢に回る。アレックスは逃げるしかなかった。
「アレックス!逃げるな!」
「無理です!意味がわかりません!」
「そんなものわからなくていい!」
突き放されアレックスが怯んだ隙にレオンハルトがアレックスを投げ飛ばし、うつ伏せに地面にねじ伏せる。アレックスは顔を横に向けてなんとか背後のレオンハルトを見上げた。
「逃げるな!さあ俺を殺してみろ!殺される前に殺るんだ!」
「できません!何があったんですか?!」
「お前、俺に殺されるぞ!」
「‥‥こんな、無理です‥!!」
レオンハルトは魔素で作り出した黒い短刀をアレックスの目の前に突き刺す。低い声から怒りが伝わる。
「意味など要らない。理由などどうでもいい。お前はただ暴走した俺を殺す、その覚悟を決めろ。そう言っておいたはずだぞ!!」
「暴走‥するのですか?」
「そうだ。俺がお前を殺そうとしてもお前は生き延びて俺を止めろ!トドメをさせ!‥それが俺を守るという意味だ。」
動けないアレックスの上から立ち上がり、双眸を細め見下ろす。やはりこいつではダメなのか。何も切り捨てられないこいつでは。
背後に歩み寄り膝を折るツェーザルを見た。
「陛下、私が参りましょう。」
「お前では無理だ。止められない。」
「少しだけでも時間を稼ぎましょう。バースも連れて行きます。」
こいつには力があるが覚悟はない。二人には覚悟はあるが力が足りない。どちらでも無理だ。ぎりりと唇をかんで顔を伏せる。
アレックスに背を向ければ、ツェーザルの背後に控えていたメリッサと目があった。
「すまない。嫌なものを見せた。だが見ておいて欲しかった。」
レオンハルトは視線を落とし俯く。ただどうしようもなく目元を手で覆った。眩い金髪がくしゃりとかきあげられる。メリッサは微笑んだ。
「いいえ、陛下の御心がわかりました。アレックスを買ってくださってるのでしょう?」
「フフッ あれがそう見えたのか?貴方はすごいな。」
目元を覆ったまま笑い声が出た。自嘲の声だ。
「陛下。」
膝をおったアレックスの呼びかけに振り返る。双眸を細め見やった。
「俺が行きます。」
「覚悟はあるのか?殺す覚悟が。」
「陛下を守ります。必ず守ってみせます。少し時間をください。」
「‥‥‥わかった。明日森に入る。」
顔を伏せふらりとレオンハルトは歩き出した。ついてくるな、と背後に手を払う。
誰にも見せたくない。でも誰かに聞いて欲しい。
どこまで歩いただろうか、レオンハルトは足を止める。
背後のツェーザルに振り返る。ついてくるなと言ったのに。この男らしい。苦いものを通り越して笑みが溢れた。
「レオンハルト‥」
「‥‥俺はひどいやつだ。何もできない身勝手で非力な王だ。」
「そんなことはない。」
笑みを顔に張りつけて声を絞り出す。そうしないと吐き出せなかった。
「‥‥こんなバケモノを身のうちに飼って自分で押さえ込むこともできない。暴走を恐れて命を絶つこともできない。皆を危険に晒している。」
「自分を責めるな。」
「アレックスに‥‥優しいアレックスに無理を強いた。あいつが切り捨てられないのを知っていて殺せと命じた。なのにあいつは俺を守ると言った。そんなあいつを殺すんだ、俺が。この俺がこの手で‥‥」
ツェーザルが震えるレオンハルトをふわりと抱きしめた。
「まだ暴走するとは限らない。私がそんな事させない。だから泣くな、レオンハルト。」
この腕の暖かさは毒だ。縋りつきたくなってしまう。
即位後初めてレオンハルトは涙をこぼした。
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