13 / 38
二人の王編
オベリスク
しおりを挟む部屋にはレオンハルトとツェーザルのみ。レオンハルトの述懐にしばし沈黙が訪れた。
「記憶はいつか取り込まれる、と?そう言ってたのか。」
「だがそれを待つには危険すぎる。自我崩壊で俺は暴走だ。」
「封印か。しかし触れれば逆に取り込まれるものもいると。厄介だな。」
ツェーザルは眉間を揉んでいる。発狂しては封印ができない。まして取り込まれては自我崩壊だ。どうなってもレオンハルトが無傷ですまない。
「あのぐちゃぐちゃの手がかりがある。温室だ。多分あの部屋はあいつのだと思う。」
レオンハルトの三つ目の部屋。庭にある温室。なぜかそこにひたすら木を植えさせた記憶は新しい。
「王の部屋ではないのか?」
「王の記憶はすごく遠くて部屋の具現ができない。支配欲だけはすごいが。お陰で今の俺は退位ができない。」
おそらくそんなことをしようとすれば、この王が表に出てくるだろう。それはとてつもなく危険だと感じられた。
「ではその温室を見に行くか。歩けるか?無理なら抱いていこう。」
レオンハルトが一瞬ためらっているうちにツェーザルは抱き上げる。十歳でそこそこ体も大きいが、なんなく片手で持ち上げられた。ツェーザルの『狼化』の身体強化だ。
一瞬、ツェーザルを『解析』したいと思ったが、見てはいけないものがあるような気がしてやめた。
温室はレオンハルトの記憶より鬱蒼としていた。途中から記憶がとんでいたのだが、これでは温室の中に森があるようだ。
「これはすごいな。歩道がない。」
「俺が植えさせたのか?ここまで木をつっこんだ記憶がない。」
ツェーザルが木々をかき分けて奥に進む。温室の中なのに光が届かず森の闇が広がっていた。
「‥これは‥‥。」
温室の中央だろうか。しばらくして森が開けた。そこには黒い柱がぽつんと立っていた。レオンハルトが目を瞠る。
「なんだこれは?オベリスク‥‥なのか?こんなもの作っていない。」
ツェーザルの腕から下りレオンハルトは柱に駆け寄る。天高くそびえる柱は黒光りしていて、材料が石なのかガラスなのかそれさえもわからなかった。表面にびっしり何やら刻まれている。
オベリスクの下、その地面には魔法陣に似て非なる見たこともない図式、そしてそれをかき消さんばかりに大量にこぼされたどす黒い滲みが二つ。レオンハルトの背に怖気が走る。ただの滲みなのにとても忌まわしいもののように感じられた。
「これと同じものを見たことがある。」
ツェーザルが眩しそうに目をすがめて黒い柱を見上げた。掠れた声にレオンハルトが振り返る。ツェーザルは微かに震えていた。
「なんだ?」
「お前は見たことがないのか?これは魔封の森の奥にある封印碑と同じだ。」
「魔封の森?」
「憶えてないのか?少なくとも即位の時に行っているはずだぞ?」
憶えていない。行ったことすら記憶にないが、確かに儀式としてはそこにいくはずだと知っていた。なぜだ?なぜ忘れていた?
視線を感じて傍のツェーザルを仰ぎ見れば、珍しく複雑な表情をしていた。
「これを見て怖くないのか。」
「怖い?これが?どうして?」
あの滲みは厭わしいとは思ったが。これはただの柱だろう。
ツェーザルは困ったようにふっと笑った。
「やはりお前はすごい。私はこれが怖かった。だからこれを見た後は二度と森の深淵部には近づかなかった。」
この男が怖い?笑みを絶やさず何でもバッサリやってそうなこの腹黒が?怖いに他の意味があっただろうか?
この間までラウエン家当主をしていたこの男が深淵部に近づかない、というのも信じられない。
「守り人の役目は早々にアレックスに引き継いだ。これに近づけるほど私は強くなかった。」
震える手を柱から離す。偽物であってもダメなのだろう。
「ここにこれがあるということは、あのぐちゃぐちゃは封印碑と関係があるということか。これが何か記録が残ってないか?」
「‥‥以前調べたが守り人を担うラウエン家であっても何も記録がなかった。」
ツェーザルが淡々と語る。この男なりに調べたということか。ならばこれ以上は何も出ないだろう。
「王家も似たようなものだろう。御伽噺にあった魔神封じとか?」
「そんな生やさしいものではない、これは。」
ツェーザルが乾いた笑いを漏らす。まだ震えていた。レオンハルトを見てぼそりと何か呟いたが聞こえなかった。そうして俯いた顔が影で暗く表情がわからなかった。
おそらくツェーザルは何か知っている。それでも何も言わないのは何か訳があるのか。問い詰めてもどうせこの男は口を割らない。レオンハルトは目を閉じた。
あのぐちゃぐちゃが封印碑の記憶を消したのなら俺を近づけたくないという意味。
俺が無意識に記憶を消したのなら俺は近づいてはならないという意味。どちらだろう。
「魔封の森に行くしかないか。」
「‥‥やはり行くか。ならば共に行こう。本物を見るのだ。相当の覚悟をしておけ。」
ツェーザルは疲れたように微笑みレオンハルトを抱き上げた。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

【完結】徒花の王妃
つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。
何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。
「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―
碧井夢夏
ファンタジー
たったひとりの王位継承者として毎日見合いの日々を送る第一王女のレナは、人気小説で読んだ主人公に憧れ、モデルになった外国人騎士を護衛に雇うことを決める。
騎士は、黒い髪にグレーがかった瞳を持つ東洋人の血を引く能力者で、小説とは違い金の亡者だった。
主従関係、身分の差、特殊能力など、ファンタジー要素有。舞台は中世~近代ヨーロッパがモデルのオリジナル。話が進むにつれて恋愛濃度が上がります。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる