【完結】少年王の帰還

ユリーカ

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二人の王編

オベリスク

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 部屋にはレオンハルトとツェーザルのみ。レオンハルトの述懐にしばし沈黙が訪れた。

「記憶はいつか取り込まれる、と?そう言ってたのか。」
「だがそれを待つには危険すぎる。自我崩壊で俺は暴走だ。」
「封印か。しかし触れれば逆に取り込まれるものもいると。厄介だな。」

 ツェーザルは眉間を揉んでいる。発狂しては封印ができない。まして取り込まれては自我崩壊だ。どうなってもレオンハルトが無傷ですまない。

「あのぐちゃぐちゃの手がかりがある。温室だ。多分あの部屋はあいつのだと思う。」

 レオンハルトの三つ目の部屋。庭にある温室。なぜかそこにひたすら木を植えさせた記憶は新しい。

「王の部屋ではないのか?」
「王の記憶はすごく遠くて部屋の具現ができない。支配欲だけはすごいが。お陰で今の俺は退位ができない。」

 おそらくそんなことをしようとすれば、この王が表に出てくるだろう。それはとてつもなく危険だと感じられた。

「ではその温室を見に行くか。歩けるか?無理なら抱いていこう。」

 レオンハルトが一瞬ためらっているうちにツェーザルは抱き上げる。十歳でそこそこ体も大きいが、なんなく片手で持ち上げられた。ツェーザルの『狼化』の身体強化だ。
 一瞬、ツェーザルを『解析』したいと思ったが、見てはいけないものがあるような気がしてやめた。


 温室はレオンハルトの記憶より鬱蒼としていた。途中から記憶がとんでいたのだが、これでは温室の中に森があるようだ。

「これはすごいな。歩道がない。」
「俺が植えさせたのか?ここまで木をつっこんだ記憶がない。」

 ツェーザルが木々をかき分けて奥に進む。温室の中なのに光が届かず森の闇が広がっていた。

「‥これは‥‥。」

 温室の中央だろうか。しばらくして森が開けた。そこには黒い柱がぽつんと立っていた。レオンハルトが目を瞠る。

「なんだこれは?オベリスク‥‥なのか?こんなもの作っていない。」

 ツェーザルの腕から下りレオンハルトは柱に駆け寄る。天高くそびえる柱は黒光りしていて、材料が石なのかガラスなのかそれさえもわからなかった。表面にびっしり何やら刻まれている。
 オベリスクの下、その地面には魔法陣に似て非なる見たこともない図式、そしてそれをかき消さんばかりに大量にこぼされたどす黒いみが二つ。レオンハルトの背に怖気おぞけが走る。ただの滲みなのにとても忌まわしいもののように感じられた。

「これと同じものを見たことがある。」

 ツェーザルが眩しそうに目をすがめて黒い柱を見上げた。掠れた声にレオンハルトが振り返る。ツェーザルは微かに震えていた。

「なんだ?」
「お前は見たことがないのか?これは魔封の森の奥にある封印碑と同じだ。」
「魔封の森?」
「憶えてないのか?少なくとも即位の時に行っているはずだぞ?」

 憶えていない。行ったことすら記憶にないが、確かに儀式としてはそこにいくはずだと知っていた。なぜだ?なぜ忘れていた?
 視線を感じて傍のツェーザルを仰ぎ見れば、珍しく複雑な表情をしていた。

「これを見て怖くないのか。」
「怖い?これが?どうして?」

 あの滲みは厭わしいとは思ったが。これはただの柱だろう。
 ツェーザルは困ったようにふっと笑った。
 
「やはりお前はすごい。私はこれが怖かった。だからこれを見た後は二度と森の深淵部には近づかなかった。」

 この男が怖い?笑みを絶やさず何でもバッサリやってそうなこの腹黒が?怖いに他の意味があっただろうか?
 この間までラウエン家当主をしていたこの男が深淵部に近づかない、というのも信じられない。

「守り人の役目は早々にアレックスに引き継いだ。これに近づけるほど私は強くなかった。」

 震える手を柱から離す。偽物であってもダメなのだろう。

「ここにこれがあるということは、あのぐちゃぐちゃは封印碑と関係があるということか。これが何か記録が残ってないか?」
「‥‥以前調べたが守り人を担うラウエン家であっても何も記録がなかった。」

 ツェーザルが淡々と語る。この男なりに調べたということか。ならばこれ以上は何も出ないだろう。

「王家も似たようなものだろう。御伽噺おとぎばなしにあった魔神封じとか?」
「そんな生やさしいものではない、これは。」

 ツェーザルが乾いた笑いを漏らす。まだ震えていた。レオンハルトを見てぼそりと何か呟いたが聞こえなかった。そうして俯いた顔が影で暗く表情がわからなかった。

 おそらくツェーザルは何か知っている。それでも何も言わないのは何か訳があるのか。問い詰めてもどうせこの男は口を割らない。レオンハルトは目を閉じた。

 あのぐちゃぐちゃが封印碑の記憶を消したのなら俺を近づけたくないという意味。
 俺が無意識に記憶を消したのなら俺は近づいてはならないという意味。どちらだろう。

「魔封の森に行くしかないか。」
「‥‥やはり行くか。ならば共に行こう。本物を見るのだ。相当の覚悟をしておけ。」


 ツェーザルは疲れたように微笑みレオンハルトを抱き上げた。
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