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二人の王編
ハイド
しおりを挟むそこはレオンハルトの夢—— 闇に堕ちた部屋。
レオンハルトは目を開けた。ソファに座っていた。
ソファは王宮にあるものではなく、茶色でツルツルして硬い。そして王宮のラボのような部屋。雑然とした机や実験道具。見たことのない機械。どこかでブーンと唸る音。部屋の中なのに昼間のように明るい天井。そしてこちらに背を向けて立つ白衣の男。何か操作しながら顕微鏡を覗いている。
「ようやく会えたな。ようこそ、我がラボへ。柔らかき自我の持ち主よ。」
振り返ったのは黒髪に眼鏡をかけた背の高い痩せた男。
会話しているのに、耳ではなく言葉が直接脳に響くようだ。
—— 誰だ。
「俺のことは‥ハイドとでも呼べ。薬学博士だった‥ただの『記憶』だ。」
—— 記憶?
「『解析』で見てみろ。スキルが出てるだろ。『多重記憶』は『多重人格』よりは自己主張しない。知識の共有も可能だ。お前も多少は恩恵に預かっただろ。」
レオンハルトが『解析』で見れば確かに新しいスキルが出ていた。『多重記憶』?なんだこれは?
「俺らの記憶はお前の国には特異過ぎるものだ。俺らにしてみればこの世界の方がいわゆる異世界なんだがな。日本らしき島国があるあたり、ここは単なる異世界でもないのかもしれんが。」
—— イセカイ?ニホン?なんの話だ?
「まあそうなるわな。まあいい。忘れろ。」
レオンハルトの反応にハイドはおかしそうにくつくつと笑う。
知識の恩恵?レオンハルトが記憶を探れば、言われてみればそのようなことがあったように思う。
—— 確かに違和感なく妙な言葉が出ることがあったがそのことか?
「俺と引きこもりは同じ世界のものだ。そのせいだろう。なぜ俺らが選ばれたのかはわからんがな。」
—— 引きこもり?ああ、あいつか。
窓のない部屋で現れた『記憶』。この身に現れたからわかる。あれほど深い憎悪で世を呪っていたのだ。
ふとそれの気配をラボの外に感じた。あいつもここにいるのか。
「俺らは記憶だからいずれお前に取り込まれる。それまでお前の自我が無事ならな。一応言っておくが、俺とあいつは死んでる。俺の死体はここだ。」
ハイドは床に転がる白衣の死体を踏んだ。
—— ラボで死んだのか。
「過労ってやつだな。仕事し過ぎてハイで死んだ。お前も気をつけろよ。」
ハイドはレオンハルトの向かいに座りタバコをふかした。白い煙は見たことがなかったが何であるかはわかった。その知識はあった。
「話がしたくて来たんだろ?お前と俺は似ている。付き合いも長い。相性もいいしな。俺にわかれば答えよう。何が知りたい?」
—— なぜいきなりスキルが発現したんだ?
ハイドはふーっと煙を吐き出した。
「あの赤ん坊に『魅了』をかけられただろう。あれに揺さぶられた。ずっと押さえ込んでたのに運が悪かったな。」
—— 抵抗した。
「できてねぇよ。しっかりかかってる。ガバガバなやつだから自覚ないんだろ。」
ククッと顔を顰めて苦笑しハイドは灰皿にタバコの灰を落とす。レオンハルトが眉間に皺を寄せる。
『魅了』にかかっている?だがその気配は感じられなかった。ハイドの言う通り、かなりあやふやなかかり方なのだろう。赤子だったから?それとも?
—— 記憶はあといくつある?
「あと二つ。どこぞの王がいるがここからは見えない。かなりお前に溶け込んでいる。あれはもうすぐ消えるかもしれない。あとぐっちゃぐちゃなのがラボの外にいるが触らない方がいい。あれは狂ってる。あとは誰かの記憶のカスがそこら辺にいるが、これらは勝手に消える。」
レオンハルトは席を立ちラボの扉を開く。外は真っ白で地平線すらない。辺りに黒いものが散っている。あれが記憶のカス?
遠くに扉があった。あいつはあそこに引きこもっているのか。
ラボの扉の少し先、そこに黒く溶けたものがあった。色々原型を留めていないが何か突き出しているあれは手か?気になる。手を伸ばしたい衝動に駆られた。
触るなよ、と再度言われレオンハルトは扉を閉じた。
「お前のことだ。好奇心で触られては敵わない。」
再びソファに座りハイドに問う。現状の答えをくれる存在が彼しかいなかった。
——これから何が起こるかわかるか?
「わからん。何もなければ俺らがお前に取り込まれるだけ。お前の自我が崩壊すれば多分暴走。それが嫌なら自我崩壊前に俺らを封印するか喰うかどちらかだな。ただ外のぐちゃぐちゃは封印も喰うのもお勧めしない。触ったらよくて発狂、下手したら逆に喰われて暴走だな。」
言っていることはわかった。あれは狂っている。あの闇の中を覗き込むことも叶わないだろう。だがどうにかするには触るしかない。
—— あれに触るにはどうすればいいだろうか。
タバコを手にハイドが露骨に嫌な顔をした。あれを厭悪している顔だ。
「あれに触るのか。趣味悪りぃな。俺なら絶対ゴメンだ。さて、そろそろ時間だ。帰れ。」
ふわりとした浮遊感。あぁ、目が醒めるのか。
—— もう?次はいつ会える?
「さあてな、次の夢か。その前に俺が消えてるかお前が壊れてるかもしれん。」
タバコを揉み消して立ち上がるハイドを見上げたところで視界がぷつりと切れた。
レオンハルトは深い闇から目を覚ました。
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