【完結】少年王の帰還

ユリーカ

文字の大きさ
上 下
12 / 38
二人の王編

ハイド

しおりを挟む



 そこはレオンハルトの夢—— 闇に堕ちた部屋。
 レオンハルトは目を開けた。ソファに座っていた。

 ソファは王宮にあるものではなく、茶色でツルツルして硬い。そして王宮のラボのような部屋。雑然とした机や実験道具。見たことのない機械。どこかでブーンと唸る音。部屋の中なのに昼間のように明るい天井。そしてこちらに背を向けて立つ白衣の男。何か操作しながら顕微鏡を覗いている。

「ようやく会えたな。ようこそ、我がラボへ。柔らかき自我の持ち主よ。」

 振り返ったのは黒髪に眼鏡をかけた背の高い痩せた男。
 会話しているのに、耳ではなく言葉が直接脳に響くようだ。

 —— 誰だ。

「俺のことは‥ハイドとでも呼べ。薬学博士だった‥ただの『記憶』だ。」

 —— 記憶?

「『解析』で見てみろ。スキルが出てるだろ。『多重記憶』は『多重人格』よりは自己主張しない。知識の共有も可能だ。お前も多少は恩恵に預かっただろ。」

 レオンハルトが『解析』で見れば確かに新しいスキルが出ていた。『多重記憶』?なんだこれは?

「俺らの記憶はお前の国には特異過ぎるものだ。俺らにしてみればこの世界の方がいわゆる異世界なんだがな。日本らしき島国があるあたり、ここは単なる異世界でもないのかもしれんが。」

 —— イセカイ?ニホン?なんの話だ?

「まあそうなるわな。まあいい。忘れろ。」

 レオンハルトの反応にハイドはおかしそうにくつくつと笑う。
 知識の恩恵?レオンハルトが記憶を探れば、言われてみればそのようなことがあったように思う。

 —— 確かに違和感なく妙な言葉が出ることがあったがそのことか?

「俺と引きこもりは同じ世界のものだ。そのせいだろう。なぜ俺らが選ばれたのかはわからんがな。」

 —— 引きこもり?ああ、あいつか。

 窓のない部屋で現れた『記憶』。この身に現れたからわかる。あれほど深い憎悪で世を呪っていたのだ。
 ふとそれの気配をラボの外に感じた。あいつもここにいるのか。

「俺らは記憶だからいずれお前に取り込まれる。それまでお前の自我が無事ならな。一応言っておくが、俺とあいつは死んでる。俺の死体はここだ。」

 ハイドは床に転がる白衣の死体を踏んだ。

 —— ラボで死んだのか。

「過労ってやつだな。仕事し過ぎてハイで死んだ。お前も気をつけろよ。」

 ハイドはレオンハルトの向かいに座りタバコをふかした。白い煙は見たことがなかったが何であるかはわかった。その知識はあった。

「話がしたくて来たんだろ?お前と俺は似ている。付き合いも長い。相性もいいしな。俺にわかれば答えよう。何が知りたい?」

 —— なぜいきなりスキルが発現したんだ?

 ハイドはふーっと煙を吐き出した。

「あの赤ん坊に『魅了』をかけられただろう。あれに揺さぶられた。ずっと押さえ込んでたのに運が悪かったな。」

 —— 抵抗した。

「できてねぇよ。しっかりかかってる。ガバガバなやつだから自覚ないんだろ。」

 ククッと顔を顰めて苦笑しハイドは灰皿にタバコの灰を落とす。レオンハルトが眉間に皺を寄せる。

 『魅了』にかかっている?だがその気配は感じられなかった。ハイドの言う通り、かなりあやふやなかかり方なのだろう。赤子だったから?それとも?

 —— 記憶はあといくつある?

「あと二つ。どこぞの王がいるがここからは見えない。かなりお前に溶け込んでいる。あれはもうすぐ消えるかもしれない。あとぐっちゃぐちゃなのがラボの外にいるが触らない方がいい。あれは狂ってる。あとは誰かの記憶のカスがそこら辺にいるが、これらは勝手に消える。」

 レオンハルトは席を立ちラボの扉を開く。外は真っ白で地平線すらない。辺りに黒いものが散っている。あれが記憶のカス?
 遠くに扉があった。あいつはあそこに引きこもっているのか。

 ラボの扉の少し先、そこに黒く溶けたものがあった。色々原型を留めていないが何か突き出しているあれは手か?気になる。手を伸ばしたい衝動に駆られた。

 触るなよ、と再度言われレオンハルトは扉を閉じた。

「お前のことだ。好奇心で触られては敵わない。」

 再びソファに座りハイドに問う。現状の答えをくれる存在が彼しかいなかった。

 ——これから何が起こるかわかるか?

「わからん。何もなければ俺らがお前に取り込まれるだけ。お前の自我が崩壊すれば多分暴走。それが嫌なら自我崩壊前に俺らを封印するか喰うかどちらかだな。ただ外のぐちゃぐちゃは封印も喰うのもお勧めしない。触ったらよくて発狂、下手したら逆に喰われて暴走だな。」

 言っていることはわかった。あれは狂っている。あの闇の中を覗き込むことも叶わないだろう。だがどうにかするには触るしかない。

 —— あれに触るにはどうすればいいだろうか。

 タバコを手にハイドが露骨に嫌な顔をした。あれを厭悪えんおしている顔だ。

「あれに触るのか。趣味悪りぃな。俺なら絶対ゴメンだ。さて、そろそろ時間だ。帰れ。」

 ふわりとした浮遊感。あぁ、目が醒めるのか。

 —— もう?次はいつ会える?

「さあてな、次の夢か。その前に俺が消えてるかお前が壊れてるかもしれん。」

 タバコを揉み消して立ち上がるハイドを見上げたところで視界がぷつりと切れた。

 レオンハルトは深い闇から目を覚ました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏
ファンタジー
たったひとりの王位継承者として毎日見合いの日々を送る第一王女のレナは、人気小説で読んだ主人公に憧れ、モデルになった外国人騎士を護衛に雇うことを決める。 騎士は、黒い髪にグレーがかった瞳を持つ東洋人の血を引く能力者で、小説とは違い金の亡者だった。 主従関係、身分の差、特殊能力など、ファンタジー要素有。舞台は中世~近代ヨーロッパがモデルのオリジナル。話が進むにつれて恋愛濃度が上がります。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...