【完結】少年王の帰還

ユリーカ

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二人の王編

部屋

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 レオンハルトは自室を四つ持っていた。
 主に生活する部屋の他に、本と実験器具だらけの部屋、窓のない薄暗い部屋、植物まみれの温室。

 ラボと呼んでいる実験器具だらけの部屋のソファで白衣を着たレオンハルトは目を覚ました。またここで寝落ちしたのか。昨晩の記憶があやふやだった。

 どうもこの間の『魅了』からおかしい。確かに抵抗した。かかっていないはずなのに思考が重い。最近寝室に戻らずぞれぞれの部屋で寝落ちするようになっていた。いつ落ちたのかも覚えていない。

「陛下。おはようございます。またこちらでお休みになったのですか?」

 朝レオンハルトを探すのが従者テオドールの最近の日課だ。カーテンを開けられ眩しくてレオンハルトは目をすがめる。体が重いが叱咤して起き上がった。

「食事は執務室へ。すぐ公務に入る。」
「お顔の色が良くありません。今日は休まれてはいかがでしょうか。」
「そうもいかん。この間も休んだ。動ける日はやる。ああ、そうだ。」

 レオンハルトはメモ書きをテオドールに渡す。

「これを薬品部へ。回復薬の新しい製法だ。効果が上がってる。」
「はい。ええと、チケンにかければよろしいですね。」
「手順を必ず守らせろ。まあ今回はおそらく危険はない。材料は一緒で工程を変えてるだけだ。ちゃんと効いた。」

 テオドールは目を閉じて息を吐いた。

「ご自身で試すのはおやめください。心臓に悪いです。」
「これが手っ取り早い。だが俺は毒耐性があるから治験には一応そちらの配慮もさせろ。」

 あくびをしながら着替える。頭の中では次の薬の検証が始まっている。ラボは居心地がいいが思考が止まらないのがいけない。早く出よう。
 いつものように廊下を進みながらテオドールの報告を聞く。その日のスケジュールや至急案件など確認後、テオドールが最後に付け加えた。

「ルクレティア様がとても心配しておられました。一度後宮に寄っていただきたいとのことです。」
「忙しいと伝えておけ。面会もダメだ。」
「ですが陛下‥‥」
「それと」

 執務室前でレオンハルトは振り返った。

「アレックスにはこのことは言うなよ。」

 戸惑うテオドールを廊下に残し執務室の扉が閉まった。

 執務室に三日引きこもった後自室を二日転々としてまた執務室、という日々が続いた。行動がおかしいとわかっていても抗えない。
 記憶に残らない時間が日々増えていく。気がつけば覚えのない部屋にいる。そして部屋の記憶以外が消える。その繰り返し。自分が自分でなくなる感覚に身の内の誰かが警告を出すが止められなかった。

 そしてとうとうあの部屋から出られなくなった。窓のない薄暗い部屋から。




「——ハルト!レオンハルト!!」

 レオンハルトは朦朧として目を開ける。誰か‥二人が自分を見ている。
 うるさい。誰だ?眠い‥ほっといてくれ。

「ダメだ!寝るな!起きろ!レオンハルト!!」
「‥‥違う。俺の名はイイヤマタケヒロ。三十六歳‥‥」

 レオンハルトがうわ言のように喋りだす。目の焦点があってない。

「違う!お前はレオンハルトだ!それは違う!それに飲まれるな!」
「‥財務省事務次官補だったが、汚職に巻き込まれて懲戒免職になった‥。」

 レオンハルトの目が虚空を見上げる。静かな語り口とは裏腹に、その目には深い憎悪があった。

「思い出せ!お前はこの国の王だ!レオンハルト・カイゼル・デ・ヴァール!十歳!母の名はルクレティア!従兄弟はアレックス!従者はテオドール!」
「‥地位も、権力も、今までの全てを奪われ、この世の全てを呪って部屋に引きこもり、妻を刺して俺も自分の首を‥‥」
「私を見ろレオンハルト!私の名を呼べ!私は誰だ?!」

 震える両手で頬を包み込まれ、虚ろな目が必死で叫ぶ男の顔を見た。しばし後、小さく答える声がした。

「‥‥ツェーザル‥‥」

 その男の暖かい腕にレオンハルトは抱き締められる。男から安堵のため息が出た。
 ツェーザルはレオンハルトを抱き上げ窓のない部屋を出る。

「テオドール、この部屋は潰せ。すぐにだ。」
「手配します。」

 テオドールが深く頭を下げた。
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