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王の懐刀編
上を決める儀式
しおりを挟むテネブラエ王国の中央に位置するラウエン公爵領ガイア。王都ウラノスと対になるガイアは、その半分近くを魔封の森で占められており、遥か昔に魔神が封じられたと伝えられている。
始祖王が神竜を従え、国を滅ぼそうとした黒き魔神を森に封じ込める。誰もが子供の頃に一度は聞かされる御伽噺だ。
その森から垂れ込める魔素は獣を魔獣に変える。人であれば狂わせ最悪死に至らしめる。そのため魔素が満ちる森のほとんどが保護区域とされ結界で守られていた。
魔素が濃い森近くにあるラウエン家別邸。初代当主が森を切り開き建てたとされる謂れは古い。森の中心は特に魔素が濃く、ラウエン家はその血で魔素を取り込み強靭な力に変えて代々森の守りを担う役も負っていた。
その庭にレオンハルトとアレックスが立っていた。どちらも上着を脱いで身軽な格好になっていた。
「お前が勝てば今日俺が言ったことは忘れろ。俺が勝ったらお前はさっき言った全てを丸呑みしろ。魔術はなし。武術のみでスキルは自由に使え。」
「‥‥陛下、流石にこれはちょっとまずいのでは‥‥。」
アレックスに躊躇いがある。まあ六歳児の国王相手だ、当然なのかもしれないが。これでもそこらの六歳児よりは体は大きいのだがな。このままでは先に進まない。仕方ないので少し煽ることにする。
「全力で来い。それともハンデが必要か?」
「ハンデ?ですか?」
アレックスはまた怪訝な顔をする。ああ、言葉がわからないな。そういえば。
「手加減‥というやつか。俺は両手を封じてやろう。これなら互角じゃないか?」
レオンハルトは背中の腰ベルトに両手を突っ込んだ。アレックスの顔がカッと赤くなった。
よし、単純な奴で助かる。レオンハルトは目を細めた。
「—— 参ります。」
組手の型から一気にアレックスが踏み込んできた。思っていたより速い。だが対応できない速さではない。スピードはレオンハルトの方が上だった。
繰り出される拳や蹴りを瞬時に判断してかわす。動きが素直だからかかわしやすい。もっと老練な武道家、バースがこのスピードだったら避けきれなかっただろう。それにまだ躊躇いが見える。
もっと熱くなってもらわなければならないのに。仕方ない。
ずっと避けていたレオンハルトが反撃に転じる。避けた隙に足を使い攻撃を仕掛ける。
足払いをかけよろついたところに蹴りでたたみかける。パワー差はもちろん体格差もある。だからここぞという力点に力を込めてアレックスの腹に回し蹴りを入れた。アレックスはよろめいたがやはり吹き飛ばすことはできなかった。
レオンハルトから距離をとりアレックスは息をついた。目を見張っている。意外だったようだ。
そうだろうな。八歳も年下の子供にやり込められる。力や体格差で優っても技で劣っては面白くないだろう。
「どうだ?バース仕込みであれば条件は一緒だぞ、兄弟子殿?」
「いえ、それだけではありません。父の手ほどきを受けられましたか?」
「いいや、だが柔術と組み手を合わせれば色々できる。そう思わないか?」
アレックスがぐっと押し黙る。ツェーザルの教えをとことん拒むのか。それもいい。あとは無理矢理引き出すまでだ。長くなると体力的に不利になる。だからさらに煽ることにする。
「さあどうする?武術では互角か?両手を封じてやったが足りなかったか?残念だな。」
さぁお前の手の内を見せてみろ。
アレックスの体から魔素が発生する。きたか。ラウエン家固有スキル『狼化』。これを待っていたのだ。
アレックスは魔素を纏いながら変化した。全身黄金の毛皮に覆われた人狼。後ろ足でゆらりと立つ姿は狂化した魔獣にも見える。
魔素を取り込み魔力に変え強靭な力を発揮する『狼化』は王家と一部のものしか知らないラウエン家の秘密のスキルだ。
アレックスは人狼よりさらに魔力が強い『魔狼』にもなれるが戦闘特化ならこちらだろう。
人狼は一気に距離を詰めてレオンハルトに襲いかかってきた。
流石に手封じは無理で咄嗟に手で受け流す。流したはずなのに打撃が重い。いくつか避け流したが、当たってないはずなのに圧にまかれ軽くよろめいたところを殴られた。腕で防御したが簡単に蹴り飛ばされる。これが『狼化』か。
転がって受け身をとったレオンハルトは地に手をついて人狼から距離をとった。狼顔がニヤリと笑ったように見えた。レオンハルトの手封じが解けたからか。
この程度で本当にガキだ。とはいえこれはしんどい。こちらも本気を出すか。
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