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リアソフィア(時々ミーア)の事情

第二話

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 マティアスは本当に鬼畜だった。

「よし、終わったな。次だ。」
「‥ちょっと‥休ませて‥ください‥」

 肩で息をするリアにマティアスの檄が飛ぶ。マティアスが魔獣の遺骸の一部を切り取る。討伐の証拠となるものだ。

「少し予定より遅れている。次に行くぞ。モテたいんだろう?移動中に休め。」

 乗ってきた馬車を目指してリアを引き摺りながら、マティアスは次の依頼の説明をしつつ移動する。
 モテるってなんだったっけ?疲労でリアの思考がまとまらない。


 二人の仕事には棲み分けがあった。

 直接の戦闘はリア担当。マティアスは依頼を受け情報をまとめ装備や道具を含めた準備を整え現地でサポートをする。直接の戦闘には極力参加しない。あくまでサポートとアシストだけだ。マティアスはリアが全力になれるよう、全てを整えるマネージメントを行うのだ。

 マティアス本人もかなり戦えるが何故か戦闘には参加しようとしない。それがリアにはずっと謎だった。
 そもそもリアとパーティを組んだ条件がマネージメントを行うというものだったのだからいいのだが。実際かなり助かっている。

「次は飛竜ワイバーン。目撃では三頭いる。」
「飛んでるのはさすがに無理だって!」
「そこは俺が撃ち落とす。トドメをさせ。」

 そこまでするなら自分でトドメを刺せばいいのに。
 マティアスの洋弓銃ボウガンは必ず当たる。技の精度が高いのだ。

「つーか!ソロで飛竜三頭とか普通無理!鬼だって!」

 馬車で次の依頼地に向かう。御者はマティアス。リアは荷馬車で寝っ転がり休憩中だ。
 リアの叫びはマティアスに黙殺される。冷たい視線を投げられただけだった。

「飛竜は火を吐くから気をつけろ。あと爪に毒な。場所は草原だが草が高い。タコ殴りにならないよう身をかくせ。」
「あぁもう!はいはーい!気をつけまーす!」

 敵の情報も現地の様子も揃えてある。もう至れり尽くせりだ。ここまでしてくれるなら、できれば時間的余裕きゅうけいを入れて欲しかった。

「まあ、洋弓銃でうっかりトドメを刺しちゃっても怒らないから。どんどんやっちゃって。」
「トドメは刺さない。興味ない。」

 興味?いやいや、マティアスも強くなんないとダメだろうに?

「お前が確実にトドメをさせ。それが俺の仕事だ。」




 俺がお前のレベリングのマネージメントをする。

 お試しで二人で討伐に出た後、パーティ結成の際にマティアスがそう言った。
 戦闘には参加しないが他の雑務は全て受け持つという。 

 リアは戦闘以外がからきしだ。ミーアにはダメ人間と言われている。それほどに契約や依頼の履行手続きが苦手だ。よってそこらは全てマティアスが行なっている。他にメンバーもいないためこの棲み分けで全てが回っている状況だ。
 だがこのマネージメントが鬼だった。


「えーっと。今日のお仕事はまだ終わらないんですか、マティアスさん?」
「まだ昨日の飯に足りない。俺が立て替えた分を今日中に完済すれば金利はつけないでおいてやる。」

 昨日の伝票を突きつけられては何も言えない。
 立て替えておいてもらってなんだが。金利?鬼だ!!

「ここのところサボり気味だったからついでに遅れを取り返している。いつ次の男ができるかわからんし。」

 次の男、でむっとする。確かに惚れっぽいがそんなにしょっちゅうではない。きっと、多分二週間くらいは空いている。

「あのー、もうクレリックレベル9まで来てるのでレベリングはよいのですが。」
「もっと追い込め。マスターを目指せるだろう?」
「あー、マスタークラスね。はいはい。‥‥ってなぜに?!なぜにそこまで私が望まぬ強化を?!」

 リアが荷台の床を両手でバンバン叩いて叫ぶ。
 もう何かの強化選手ですか?自分的には死なない程度にほどほど強く、あとは楽しく過ごせれば良いのですが。

 しかしマティアスがそれを許さない。有無を言わさず強化されている。口癖のようにマスターを目指せと言う。自分の食費を稼がなければならないのも事実だがこれも謎だ。
 結果マティアスが参加したこの一年でリアソフィアは恐ろしく強くなった。

 最初こそ笑っていたマスタークラスもあながち夢でなくなってきている。
 そもそもマスタークラスって?その職種の最高位だけど何かいいことあったっけ?

 何でも知ってる相棒に話を振ってみた。

「王に謁見できる。」

 眼鏡の鼻当てを押し上げ冷ややかに言う。
 そんなもん、全然嬉しくない。

「それだけ?」
「指導者になれる。それにギルドでの優遇。だが鬼のような割当業務ノルマがついてくる。」

 全然良くない。それでマスタークラスになれと?

「マスターになると専用スキルがつく。」
「ああ。あの『絶対』とかいうやつ?」

 噂では恐ろしく強くなるらしい。確か先日引退したランキングトップがマスタークラスだったはずだ。ああいうバケモノと同じランキングにするにはずるいと言うか。敵うわけないじゃん!

「でもそんだけだとやる気出ないなぁ‥」
「お前の意思は関係ないんだがな。ついたぞ。」

 あーそうですかそうですか。ま、知ってたけどね。
 なんでまたそんなにマスターにこだわるのかなぁ。
 私を強化してどうするつもりなんだろう?

 

 飛竜は手強かった。飛んでるだけでもヤバいのに落ちても強いってどういうこと?

 マティアスに羽を射抜かれて次々に地に落ちる飛竜にリアの戦鎚が襲いかかる。

「うぉりゃぁあ!!」

 横ぶりに戦鎚で飛竜の頭部を薙ぎ払う。ばきぃ!という音と共に飛竜の頭が体ごと吹っ飛ばされる。飛竜はリアの三倍はする大きさ。ものすごい怪力だ。
 戦鎚は鈍器扱い。刃で切り裂く利器と違い硬い鱗越しでもダメージは入る。

 おっしゃまずは一匹!

 ただフルスイングすると与えるダメージはでかいが隙はできやすい。
 体が開いたところに他の飛竜の爪が襲いかかる。それをのけぞってギリギリで回避したが態勢が崩れた。
 おっとっと、と後ろにたたらを踏んだところで振り返れば、目に前に別の巨大な爪が迫っていた。間合い的にもうかわすのは間に合わない。

 ヤバいっ 刺される!
 目はダメだ!視界が効かなくなる。
 防御力でどのくらい防げるだろうか?

 身構えるいとまもなく、目も閉じれず見開いた。
 その時背中に衝撃を感じた。マティアスの回し蹴りを背中に受けてリアは吹き飛ばされたのだ。飛竜の爪がリアのいた空間を掻いた。
 リアは蹴られた勢いのままに草むらの中にうつ伏せに飛び込んだ。

「爪に毒があると言っただろう。必ず避けろ。」

 盗賊職のマティアスは華麗に飛竜を避けて見せる。
 飛竜に攻撃しない代わりにリアには見事な蹴りが決まっていた。吹っ飛ばされて地面に突っ伏しながら、泥だらけのリアがキレてわめいた。

「もう!ひどい!何度も言うけどなんで味方に蹴られんのさ?!」
「何度も言うがお前の防御力ならこの程度でダメージは入らんだろう?」
「入らんけどさ!メンタルの問題!傷つくっつーの!蹴るなら飛竜蹴ってよ!!」
「俺がトドメを刺してどうする。助けてやっただろう?嫌なら避けろ。」

 つまり飛竜にトドメを刺せる蹴りを私に入れたと?!
 確かに助かったけどさ!これでもダメージないけどさ!どうしてこの男は優しく庇うことができないんだ、この鬼畜野郎!!

「鬼!冷血漢!人でなし!これでも女の子なんですけど!」
「生物学上はな。そのゾウの様な防御力でよく言うな。さっさと倒せ。遅れるとキツくなるのはお前だ。」

 この男、一年前からこの調子だ。
 攻撃は躱せと言われ続け躱せなければこのように蹴り飛ばされる。自分の防御力に頼って今まで回避をしてこなかったツケなのだが。
 毒などの状態異常などにかかるかもしれないからと実地で回避訓練も加わった。教官は当然この人でなしマティアスである。

「こんちくしょおぉぉ!!」

 恨みとばかりに飛竜に戦鎚を振りかぶる。飛竜にとっては完全なるとばっちりであるが、リアに火がつけば圧勝である。涙目で狂ったように戦鎚を振りまわし飛竜二頭をボコボコにした。

 マティアスが討伐証明を採取し立ち上がる。肩で息をしてうずくまるリアを冷たく見やる。


「よし、終わったな。立て。次行くぞ。」
「‥‥ほんと、かんべんして‥ください‥」

 この男、本当に鬼だ。



 ギルドに帰ってきたのは夜も更けた頃だった。リアの手には今日の夕食分の銅貨。あんだけ狩りまくったのにほとんどが昨晩に暴食で消えた。

「すみません。ごめんなさい。もう暴食はしません。」
「その言葉、忘れるなよ。」

 トップランカーの優遇で宿泊費がタダなのが救いである。平常では普通の食事量で満足するので銅貨でも事足りる。ストレス暴食がいけないのだ。
 食事を簡単に済ませ部屋に戻り装備を外し湯を使えば睡魔が襲ってくる。

 ベッドに潜り込みながらリアはふと思う。
 今日は泣いてない。もう吹っ切れたのか。
 惚れっぽいが立ち直りも早い。我ながら軽いものだ。
 その理由はわかっている。あの鬼畜のせいだ。
 今日は考える余裕さえ与えられなかった。

 どうしてもっと優しくしてくれないのかな。
 一度でいい。庇ってもらいたい。

 それ以上考えたくなくて瞼を閉じて意識を手放した。


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