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第四章: ジーク、ダンジョンに入る。
『看守』
しおりを挟むその時グライドのいた大部屋の奥の扉が吹き飛ばされた。砂煙の中を一人の男が部屋に入ってきた。
初めて見る男だった。
全身真っ黒で頭にも黒い布を巻き付けている。その布から背中ほどに届く艶のない黒髪が溢れている。
口元も布で覆った男の瞳は黒。肌も浅黒い。黒い大剣を片手にその男はグライドの側まで歩み寄った。
見たことのないその風貌と魔力気配にグライドは息を呑む。
これは相当に強い。グライドと同格かそれ以上。殺気はないから敵ではないのだろうが。
規格外バケモノ以外でここまで強い人間は初めてだ。一体何者なんだ。
その後からランタンを持ったライマーが駆け寄ってきた。
「グライド!無事だったか!」
「隊長も!無事でなによりです!」
ライマーがふうと息をついた。
「ああ、なんとかな。偶然こいつと出会えてよかった。第八の黒だ。話したのは覚えているか?」
「確か客員扱いで冒険者の‥‥?」
男は無言でグライドを見据えていた。視線が鋭いが敵意はない。言葉も発しないがなんだかものすごく不機嫌に見えた。唯一白い部分である白目だけが爛々としているように見える。どうも穏やかに話ができるやつではなさそうだ。
男の視線を受けてローゲがぶるりと震えてグライドの足元に隠れた。こいつが怯えるのは珍しいことだ。
「ああ、お前らが消えた後にこいつに会った。探索を先行させていたんだが、運が良かった。」
ああ、隊長の隠し球ってことか。備えがいい。そのおかげでライマーの身は助かっている。
「ジークも下に落ちたんだろうか。とにかく合流して安全を確かめたい。」
ライマーの言葉にこの施設のことをどう説明しようかとグライドは悩んだ。この冒険者もいるしローゲの存在は出したくない。そこだけ伏せて話すか。
「どうやらこの施設はまだ生きているらしくて危険な状況なようです。」
「そうだな。この階は警備システム含め稼働しているようだ。」
初めてアーテルが言葉を話した。低い声がよく耳に通る。
「お前は『看守』を見たか?」
「い、いや。暗くて姿は見ていない。」
あまりの詳しさにグライドは呆気に取られた。話さなくても知っている。そう言われているようだ。ライマーが補足する。
「あー、えっとな、途中の部屋で研究員の日誌を見つけたんだ。こいつがそれを解読した。研究施設で転移装置がある、装置が生きていて護衛の魔獣がいるところまではわかっている。」
すげぇな。古代文字が読めるのか?陛下に言えば速攻スカウトされるだろうな。
「もうひとりはあちらにいる。」
アーテルが大剣で壁を指し示した。その壁に近寄り大剣を無造作に振りかぶる。剣で硬いものを切り裂く破壊音と共に二振りで壁は崩れ落ちた。
グライドはあまりのことに絶句した。古代遺跡の壁は硬い。再生能力もある。それをたった二振りで破壊してしまった。
アーテルは瓦礫を乗り越え隣の部屋に入る。斬撃の音がする。何かを斬り伏せた音。そしてまたあの破壊音。
え?直線距離で行くつもりか?
「まああれについていけばいい。探知能力が強い。腕も確かだ。」
「見ればわかります。とんでもない強さですね。」
「まあな。今日は特に機嫌が悪い。日が悪かった。」
グライドがさらに問おうとしたが、ライマーは先に行ってしまった。
後について隣の部屋に入れば大蜥蜴の骸が二体転がっている。警備用に飼われていたのだろうか。檻らしきものが部屋の隅で朽ちていた。反対側の壁にはさらに大穴が空いていてライマーがくぐるところだった。
そのようにしていくつか部屋を通り抜けた先にジークがいた。まだ目が覚めていないようで眠るように横たわっていた。
傍には白い鷹の姿があったが足輪は失われていた。人の気配で姿を変えたようだ。
「ジーク!!」
駆け寄り抱き起すも目は覚まさない。グライドは自分の肩にとまった鷹を見上げた。
—— まだ帰ってきていないのか?
『お戻りにはなっておられるのですが目を覚まされません。』
思考を読んだファフニールが念話で返した。
『うん、ちゃんと戻っている。肉体にも定着してる。単に寝てるだけみたいだけど、いい夢見てるみたいだな。』
ローゲがジークの顔を前足でツンツンするとジークは寝ながら器用にニヤニヤしてぐふぐふ笑った。
あー、無事ならいいんだが。その顔はどうなんだ?なんの夢を見ている?
そこでアーテルがジークの頭を殴った。ガツンという音と共にジークが飛び起きた。
こいつ、子供相手に容赦ないな。
「いって——っ!!」
「目が覚めたな。」
冷たい視線を落としアーテルが立ち上がる。そして部屋の奥にあった装置を滅多切りにし始めた。
不機嫌を通り越してちょっとおっかないな。キレたらヤバいやつか?
「あれ?オレの天使は?」
寝言のようなセリフでジークがあたりを見回した。
「いい夢を見ていたようだがここは古代遺跡だからな。目を覚ましてもらったぞ。」
「ちぇーっ兄ちゃんひどい!いい夢だったのにな!」
「起こしたのは俺じゃない。」
どうせロザリーとイチャイチャする夢だろうに。だがロザリーを天使と呼ぶのは初めて聞いたな。
ジークはブツブツ言いながらなぜかリュックを漁りまたデレデレしている。
余韻で幸せそうだがそろそろ戻ってこい。
「まあジークが無事でよかった。ここの状況と失踪の理由はわかった。ひとまずここは離脱しよう。ギルドと王宮に応援をださなんととても対応できん。」
ライマーの意見にグライドも頷く。
その判断になるだろう。
ただの偵察のはずがかなり大ごとになってしまった。陛下にも無闇に古代遺跡に触れるなと言われている。
特にここは稼働中なのだから、とっとと撤退に限る。そう思ったのだが‥。
「——『看守』が気がついたようだ。」
アーテルがぼそりといった言葉にグライドとライマーがぎょっとする。ジークだけがきょとんとしている。
「き、気がついたとは?」
「こちらに向かっている、今そこに‥」
アーテルが皆まで言う前に天井が崩落する。砂煙が舞い巨大な魔獣の輪郭がランタンの光に照らされて見えた。
見たこともない魔獣だった。否、おそらく魔獣ではない。
「なんだこれは‥‥?!」
グライドはそう囁き、思わず口に手を当てて後退る。それほどにおぞましい姿をしていた。ライマーも目を剥いて絶句する。
四本足に鋭い爪を有したその体は、もうこの世界にはいない黄金の毛皮を湛えた獅子のよう、そして尾が蛇。その背中には黒い翼が生えている。頭部に当たる部分は黒い角が生えた山羊の頭。
だが頭と胴体をつなぐ部分が人間の、男性の首から腰の肉体が組み込まれていた。両手を有しておりそこには刃こぼれした剣を二本握っている。
生き物をバラバラに刻んで繋ぎ合わせたような忌まわしさがそれにはあった。自然では絶対ありえない凄惨な生き物。なぜこれが生きているように動いているのか。
それを作った者への嫌悪感がグライドの背筋をはい上がった。
『これはキメラ。昔の研究者が作った。強い魔獣を掛け合わせたんだ。』
—— 強い魔獣?!あれが?!
せり上がる怖気を堪えてグライドはローゲを見る。ローゲは遠い目をする。
『ああ、あれは何代目かの勇者。とても強かった。いいやつだったよ。とても優しいやつだった。戦いを嫌がっていたから改造された。助けようとしたんだけどオイラではダメだった。』
—— 改造?何を?なんで?!
『言っただろ?昔は勇者は使い捨てだったんだよ。』
そしてローゲは下を向いた。
おかしい!狂っている!古代都市とは一体どういうところだったのか?!
勇者ということはあの世界から召喚されたというのか?海斗がいたあの世界。こいつもあの世界の住人だったと?
海斗の世界を思い吐き気をなんとか堪える。
グライドも半年近くあの世界で暮らしたのだ。
ローゲができれば屠ってやりたい、といっていた。このことだったのか。
それは山羊の顔で、はぁ、と息を吐いた。両手の剣を構えて爪を有した足を一歩歩み出す。がりりと音がした。
「‥コロ‥シ‥テ‥」
それは片言の言葉で囁く。古代語ではなく今の言語だ。
グライドは息をのむ。ひょっとしてまだ人としての意識が残っているのか。びくりと体を震わせるグライドにローゲが釘を刺す。
『あれは違うよ。あれは鳴き真似。誘われちゃダメだ。ああやって戦いに誘う。そう作られている。あれにもう人の意識はない。だが腐っても勇者だ。とんでもなく強い。できれば相手はしない方がいい。』
アーテルがぶんと剣を振り空を切る。その音にキメラがゆっくり振り返る。
「‥コロ‥シ‥テ‥」
アーテルが無言で黒い大剣を構えた。戦うつもりなのか。
ジークはその獣をじっと目を見開いて見ていた。カタカタと震えている。ローゲの念話が聞こえていたのか。
そしてゆっくりと前に進み出て、か細い声を出した。
「オレが‥やります‥」
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