元帥になりたい!!!

ユリーカ

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第四章: ジーク、ダンジョンに入る。

並行世界

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『主殿、これから話すことは全て真実、太陽が東から上がって西に沈むくらいの真理だ。だからそういうものだと理解して欲しい。』

 黒猫がいつになく神妙な語り口でそう言った。グライドは黙ってゆっくり頷いた。
 まだ体の痺れも残っているが、手に力が入る程度には回復していた。

 黒猫がふうとため息をついた。

『この世には並行世界パラレルムンドスというものがあるんだ。』

 —— 平行‥‥?

『なぜとかはなし。そう理解してくれ。今いる世界とちょっとずつ違う世界が無数にあると思ってくれていい。ほんのわずかな違い。でもそこに暮らしている人間は同じ。まあそうでないこともあるが。』

 グライドはぼんやり頷く。

 —— それは今見てきた世界のことか?

 その意を汲んでローゲは頷いた。

『うん、さっき主殿の精神が飛ばされたのもその一つ。最後の勇者の世界だ。この世界とは全然違うけど、主殿に相当する肉体はあったな。海斗だっけ?それにママさんも。』

 —— アニスも?

『あの世界でもママさんと仲良しだったね。よかったな。あれはとても希少なことだ。』

 彼女を抱きしめた感触が脳裏に残っている。確かにあれは昔のアニスだったかもしれない。

『並行世界には基本同じ人間はいるが、場所や時間軸は違うかもしれない。同じ時期に同じ場所で出会って気持ちが通じ合うのは奇跡なんだ。それはこの世界でもおんなじだな。』

 ふうとローゲがため息をつく。とても切なそうだ。

『脱線したな。並行世界は階層になってる。一階と二階程度ならそれほど違いない。でも一階と百階になると別世界だ。文明も違う。生き物も何もかも。
 昔、この並行世界があると仮説を立てた魔導士がそれを立証しようと召喚魔法を組み立てた。それはただの好奇心だったんだろうけど、それがひどいことになった。』

 召喚魔法で一人の少年が現れた。その少年は魔法は使えなかったが恐ろしく強かった。
 当時手をつけられなかった強い魔獣を易々と倒してしまった。


 召喚された少年は最初の勇者と呼ばれるようになった。



『そうなると、どういうことが起こるかわかるか?』

 黒猫が低い声でグライドに尋ねる。尻尾でペタンを床を叩く。普段、のほほんとした黒猫の剣呑な雰囲気にグライドはやや驚いた。

 —— なんだ?

『乱獲だよ。』

 乱獲。グライドはゾッとした。誰が何を乱獲?

『人々はこぞって強い勇者を欲しがった。だがら召喚をしまくって現れた者を魔法で洗脳し兵士にした。時に弱い者も召喚され、戦いの中で傷つく者もいたが放っておかれた。当時は使い捨てだったからな。』

 グライドは黙って聞いていた。胃が灼けつく感じがする。

『召喚された者と一緒にもたらされる文明も驚異的だった。それは神がもたらした知識と呼ばれてた。その文明を吸収し古代都市は発展した。今よりも発展していたのはよその世界の文明を食っていただけだ。それも魔素の大量発生で全て滅ぼされた。』

 ローゲの吐き捨てるような口調は、ざまあみろ、と言っているようだ。古代都市の人族の浅ましい欲が多くのものを潰してきたのだろう。

『そんなことをしたから最初の勇者のいたその世界は滅びた。乱獲で絶滅した。召喚しても人が現れなくなったということはそういうことだろう。』

 慌てた魔導士たちは次の世界の探索に入り、色々試したが強い勇者は現れなかった。
 結局最初の世界の隣の世界と繋げることができた。

『さっき主殿が飛ばされた、最後の勇者の世界だ。だが根絶やしにしては元も子もない。だから少しずつ召喚するよう制限を設けたんだ。それがこの施設。』

 ローゲが部屋の中を見回した。

『ここは神殿ではなく召喚専用の実験施設。他の世界の探索もここで行われた。』

 —— 他の世界?

『他にどのような世界があるか調査するってていだけど、好奇心だよ。学者ってバカだよね。こちらから人を転送する装置も作ったんだ。』

 だがそれは往路専門だった。精神だけを飛ばすもの、肉体も飛ばすもの。
 戻ってくるにはあちら側から転送するか、こちらから召喚するかしかない。あちらの世界に魔力がなければ発動は不可能。こちらから行う召喚も人物を特定して行うことはできなかった。

『だからオイラたち竜騎士が駆り出された。』

 ローゲの目が遠くを見ている。心がここにない。

『竜と騎士は繋がっている。その糸を頼りに飛んでいった騎士を竜が召喚するんだ。これがまあまあオイラ達にはキツいことなんだけどな。
 騎士はあちらの調査と、環境が良さそうな場合は召喚ゲートを設置して戻る。そんなことをあちこちの世界でやってきたよ。ずっと嫌だった。そんなの勇者召喚じゃない。‥‥ただの奴隷召喚じゃないか。』

 黒猫はぼそりと吐き捨てる。

 当時の価値観を否定し始祖王にも懐かなかった竜。
 この竜は異端と言われていたのではないか。

 今グライドはローゲと繋がっている。だからだろうか。深層の気持ちまで共有できる。
 ファルニールがかつて言っていた闇落ち。それはその頃に何かあったんじゃないだろうか。

『猊下は召喚に制限をつけた側にはいたよ。当時召喚は当たり前の中で、猊下の場合、倫理観じゃなく召喚の制限は種の保存の意味だろうな。当時召喚も使い捨ても問題なかったから。』

 ローゲはふうと息をついた。

『千年前と今とでは観念が違う。時間と共に価値観は変わる。今問題ないことでも千年後には惨虐とされるかもしれないし。』

 それはなんとなくわかる。だが陛下はどこまでそれを思い出しているのだろうか。
 古代遺跡で竜騎士は有利だと陛下は言っていた。あれはこの事態をある程度予想していた?ならばそういうことなのかもしれない。

 ローゲはついと部屋を見回しひげをそよがせる。何かを探して確認しているようだ。

『いなくなってる冒険者ってのは多分、装置の暴走でどこかに飛ばされたんだと思う。この階のどこかに肉体ごとか精神を飛ばす装置がある。動いている気配はある。それを止めればいいはずだ。
 運が良ければ飛ばされた先はこの世界かもしれないが、ほとんどは違うだろうな。精神だけ持っていかれているのもいるかもしれない。あちらで新しい肉体に記憶が転生されていればいいけどね。』

「‥‥俺が飛ばされた‥‥装置は?」

 だいぶ体の痺れが取れた。口を動かせば言葉が出てきた。

『主殿の帰還後にオイラがぶっ壊した。崩落の衝撃で作動したみたいだ。操作を思い出すのに時間がかかって迎え遅くなってごめん。』
「‥‥いや、助かったよ。ありがとな。」

 震える手で黒猫の頭を撫でると猫は目を細める。少し困ったように髭をそよがせた。
 これはこいつが照れている時の仕草だとわかる。

『主殿がすごくあっちの体に馴染んでて見分けがつかなかったよ。見つけられてよかった。』
「‥‥お前は迎えに来てくれたんだな。」
『約束したしね。主殿が帰らないとママさんとクレアが泣くだろ?それは嫌だったから。』

 ふにゃりとローゲが笑った。猫顔なのに表情がわかる。それほどの付き合いになってしまった。


 グライドはゆっくり体を起こした。だいぶ痺れは取れてきて立ち上がれるまでになった。ローゲがいうところの魂が体に馴染んだのだろう。
 両手を見れば傷跡だらけ。そして力も魔力もある。これが自分の体だと納得がいった。

『この施設は五階建てだった。今は建物全部が地面に埋まっていて五階から入るようになったんだな。
 四階五階は倉庫に住居スペース、二階三階は研究室と実験室、一階は受付やらで特に何もない。今は三階だからここの階のどこかに問題の装置はあるはずだ。
 あ、いや、そもそも今回は探索だけだっけか。止めなくていい?』
「まあそうなんだが。お前はそいつをとめられるか?」

 猫は小首を傾げにこりとする。

『まあね。仕組みを知ってないとできない仕事だった。』
「だが罠はあるんだよな?無闇に動けないな。」

 罠は厄介だ。ジークがいないと特に。

『たぶんね。でもそれよりも厄介なのがある。多分警備システムが残っている。だから『看守』もいた。』
「『看守』?あいつか。」

 がりりと床を削っていた獣。
 猫が忌まわしげに目を細めて尻尾を振る。

『この施設は結構狙われていたから、二階と三階には用心棒が置かれていたんだよ。を掛け合わせたやつ。職員以外に襲いかかるように躾けられている。時間が経っているけど施設が生きているからそいつも多分いる。だから気をつけて。』

 ぞくりとした。そんな場所で皆とはぐれてしまっている。

「ジークたちの気配が感じられない。なんとか合流したいんだが。」

 相当危険な状況ということか。特にライマーの身の安全が心配だ。早く合流しなくては。


 

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