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第三章: ジーク、入隊する。
探索
しおりを挟む腹立ち紛れにジークの肩にいたファフニールを鷲掴みにした。
『げぇぇっ だからこれはやめろと!』
「お前も!話を聞いていなかったのか?!」
『何を言う?殿下にふさわしい見事な赤熊じゃろ。毛並みが美しいのぅ。』
「小型魔獣といったぞ!!」
『何を言っておる?小型であろう?』
竜からしてみればな!!お前の非常識を忘れていたわ!!
ファフニールを放り投げてグライドは目を覆った。この始末をどうつけようか。
赤熊は全員の目に晒されている。もうごまかしようがない。ライマーになんとか言い訳をしないと。
「ええっと。これには深いわけがありまして。」
「赤熊を手懐けている‥のか?」
ゆっくりと歩み寄ったライマーがそう囁く。その理解の早さにグライドは驚いた。
「まあそうなります。」
ライマーは自分で問うたのに聞いていないようだ。ジークと赤熊をじっと見ている。
「熊に近づいても構わないか?」
「大丈夫!大人しいよ!でも怖がりだから一人ずつね!」
ライマーはゆっくりと熊に近づき、ジークが手を置いている側の毛を撫でる。熊は警戒しつつも大人しくされるがままだった。
「確かに魔獣だ。仔熊だな。よく母親が許したな。はぐれか?」
「ううん。違うよ!あっちで待ってる!」
ジークの指差す森の中にさらに大きな赤熊が後ろ足で立ってこちらを伺っていた。小雪に何かあれば結界を出て襲いかかってくるだろう。狂っていなくとも赤熊の攻撃力は相当だ。群衆がさらに慄いた。ライマーの視線が鋭くなる。
「この仔熊は返してやれ。母親が可哀想だろ?」
「うん!わかった!ありがとおじちゃん!」
おじちゃん呼ばわりされライマーは面食らった。
頼む、せめて隊長とか言ってくれ。俺たちの上司だぞ?
小雪を連れて森の結界まで行けば、小雪は結界を抜けて森に入り母熊と森に消えた。それと同時に群衆からも緊張感が消えた。
「お前、ジークと言ったな。試験は合格だ。あれをどうやったかは聞かん。聞いても意味がなさそうだ。」
膝に手を置き前屈みに視線を合わせたライマーがジークに右手を差し出した。ジークはにこりとその手を取る。
話をしている二人を見てグライドは息を吐いた。なんとか入隊はできたようだな。肝が冷えたぞ。駆け寄ってきたジークの頭を安堵で撫でた。のだが。
入隊手続きのために二人で歩きながら話をする。
「ライマーと何の話をしていたんだ?」
「んーとね、父ちゃん元気かって。」
グライドの足が止まる。どきりとした。何でそんな話になるんだ?
「父ちゃんって?何を聞かれた?」
「えーと、子供の頃の父ちゃんによく似ていると言われるかって。そうだよって言ったら笑ってた。それで元気かって聞かれた。」
グライドの脳内に警報が出る。
やばい。アレクの知り合いなのか?身元がバレた?これは警告?こんな部隊、接点ないと思い込んでいた。ジークを晒して歩くのは危険だったのか?!
「名前は?父ちゃんの名前は言ったのか?」
「言ってないよ?聞かれなかったし。」
それはどういうことだろうか。
先に天幕に入るライマーを見やればこちらを振り返りにやりと笑った。
グライドは翌日より王都から飛竜でこの駐屯地に通った。
ジークは駐屯地内に泊まっている。子供ということでライマーと同じ天幕となった。その方が安心だろう。ジークも隊長!隊長!と呼んでライマーに懐いている。それをライマーは可笑しそうに見やっていた。
あれからライマーとはあまり話ができていない。隊長という立場上、ライマーの周りには常に人がいる。込み入った話ができない。ジークに話したあのことはなんだったんだろうか。なんとも焦ったいと思った。そのライマーは色々と鋭い男ではあった。
「騎士が飛竜に乗れるのは珍しいな。」
早朝に駐屯地に飛竜で降り立てばライマーがそう話しかけてきた。飛竜使い自体が珍しい。騎士で飛竜使いは目立つだろうな。ここははぐらかしてみるか。
「そうでしょうか?自分の周りには結構いましたよ。」
「それはバベルか?確かバベルにそのような騎士がいたな。名をなんと言ったかな。」
グライドはライマーから顔を逸らして目を細める。完全にバレてる。だが知っていると言わない辺りこの男の意図がわからない。警告なのか脅しなのか。やはり飛竜は使わない方がいいのか。
その場を立ち去るライマーの背を見送りグライドは逡巡した。入隊して六日が経過していた。
第八部隊は年に数回魔封の森近くに駐屯していた。遊撃に特化した部隊ゆえに騎士のような隊列訓練も騎馬訓練もない。即戦力が求められるため腕に覚えがあるものばかりが集まっている。だから今更強化訓練もない。
では宿営訓練以外で何をするのか。それがこの森に来た理由であった。
「は?森の中で?探索?」
グライドは司令部の天幕に呼び出されていた。中には珍しくライマー一人だった。誰もいないのは珍しい、人払いでもしない限り。入隊以降初めてのことだった。
「今第一部隊が森に入っている。明日第二部隊と入れ替わるからその部隊にお前とジークは参加しろ。」
「今更探索ですか?」
「そういうな。過去の魔素大量発生で酷いことになったからな。」
今でこそ魔素の勢いが治まり魔獣の勢いは少なくなったが、大量発生時はそれは大変だった。魔素に酔った狂獣が森から溢れ出したからだ。ラウエン家の騎士隊だけでは手が回らず方々から応援を呼んだ事を覚えている。グライド自身も騎士隊に混じって狂獣駆除に当たった。
そういえば王軍からは第八部隊が参加したんだったか。手配書類に見覚えがあった。
「当時狂った魔獣の扱いに慣れていないが為にウチは壊滅状態だった。王軍も流石にまずいと思ってこうして訓練予算をつけてきてる。ラウエン家の騎士隊はほぼ無傷だったからな。こちらとしてはあっちの方がバケモンだと思うが。」
さらっとバケモノ扱いされた。俺の場合、ラウエン家が既におかしかったのか?
「ですが今は魔素も落ち着いてますし狂獣も滅多に出ませんが?なのに今更ハンターのような真似事をしなくても‥‥」
「それは上が決めることだ。やれと言われたらやるもんだ。長く務めたかったらな。まあ森に入るだけでも索敵や斥候訓練になる。」
宮仕えと一緒か。でもこういう無駄は陛下が一番嫌がりそうだが。それと、とライマーはグライドを見やった。
「明日の探索はお前とジークで組め。」
「二人だけですか?」
ライマーが頭をガシガシかいて俯いた。
「お前らには特殊任務を任せる。お前らの入隊試験が異常すぎたな。あれでは他の隊員とも動きが合わんだろう。特にジーク。あの熊は酷かった。そのおかげでいびられる事もないだろうが。」
いびられるどころかすげぇ可愛がられてますが。それも強面の傭兵たちに。あんな強面に囲まれて可愛がられる九歳児。見てる方が怖い。強者が一目置かれるのは傭兵部隊の常だが、手合わせして相手をコテンパンにしてたりするから余計に人気が出てしまった。
なんだろうねあの無差別全方位愛されキャラは。魔獣にも強面にも懐かれる。一体どうやってたらし込んでるんだ?
入隊して六日でそこそこ馴染めてきた。が、熊はやはりいけなかったか。だから言ったんだがなぁ。
グライドはため息を落とした。まあ単独行動の方が色々バレる心配もない、と考えることにした。
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