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第三章: ジーク、入隊する。
瘴気の沼
しおりを挟む「わかりました。ではそのように。」
「単独もいいことがある。お前がつくのならラウエン家の坊ちゃんも安全だろうよ、『竜騎士』グライド。『バベルの守護者』と呼ぶ方がいいか。」
グライドは目を細め剣呑な気配を纏う。
この前からチラチラ仄めかすこの男の意図がわからない。そして今ははっきり断言してきた。この男は何が言いたいんだ?
しばらく無言で睨み合えば、伝わってないか、とライマーは残念そうに頭を掻いた。
「何度か匂わせたが気がつかないようだからはっきり言っておく。お前は隙だらけだ。気をつけろ。勘が良ければお前の正体はすぐにわかる。まあ気がついてるのは今のところ俺だけだ。」
グライドは訝しる。陛下にも似たようなことを言われた。隙だらけ?何が?世間知らず?それほど抜けてるだろうか?どこだろう?
「お前は本名は使わない方がいい。自覚ないのか?お前は自分が思っているより有名だ。」
グライドの思考が停止する。そして片手で顔を覆った。
そういえばそうだ!ジークの本名やら素性隠しにばかり気を向けていて自分のことを忘れていた。
冒険者カードも本名で作ってしまった。見る人が見れば気がつくだろうか。同姓同名だと思ってくれればいいが。
「流石に最初は偽名かと思ったが。魔獣を生け捕りに出来るほどの腕を持つ、グライドと名乗る騎士が飛竜に乗っている。そんな奴は一人だけだ。そのお前が身分を隠して監視につくジーク。お前の預かり物、であれば恐らく貴族。ラウエン公爵家の嫡男は確かジークヴァルド・ラウエン。今年九歳だな。こうして坊ちゃんの身元もバレるわけだ。」
「はぁ。なるほど。」
何から何までもっともな指摘にグライドは塩をかけられたナメクジのようにしおしおとなる。
「お前の身も隠さなくてはジークの身もバレる。そういうところにも気を配れ。まあ俺の役目はそれをわからせること、それと何かあれば揉み消すことだ。できれば自分で気がついて欲しかったが。」
そう言い懐から取り出した紹介状をちらつかせた。
「中には紹介状ともう一通。言っておくがここにお前達の身分は書いていない。が、世間知らずをわからせろと書いてあったあたり、これを書いた御仁もお前のそれを気にかけていたようだ。」
ジークには入隊体験、俺には監視の心得、か。あの方も手が込んでらっしゃる。グライドは額を撫でて深いため息を落とした。
「坊ちゃんも無自覚がすぎる。魔獣が懐いていることをあまり公にさせない方がいい。馬鹿なことを考える奴もいる。」
「そうですね。気をつけさせます。ところで」
緊張した顔でグライドはライマーに問うた。
「隊長はラウエン家当主と面識はおありですか?」
「ない。ないがよく見かけたよ、森でな。」
二十年ほど前、当時ハンターだったライマーは探索中に森を駆ける赤茶色の髪の少年を見かけた。
死の森にそぐわないその光景に目を疑った。だがしばらくすると姿を見かけなくなった。流石に森の探索をやめたか、そう思ったがその翌年、金髪になった少年を目にした。その淡い髪は王族に通じた者に許される色。
そして悟った。あれがラウエン家嫡男だと。
「ジークはあの少年にそっくりだったからすぐにわかった。」
「それは俺の素性関係なくジークの身元はわかったということですね?」
「たまたまな。初めてジークを見た時は相当に驚いた。」
ライマーはクククと声を立てて笑う。
そうだったか?だとしたらこの男の面の皮も大したものだ。いったいどういう経緯でこんな部隊の隊長なんてしてるんだ?グライドはしみじみその男の顔を見た。
「ま、そういうわけでお前らは正規隊員ではなく客員扱いだ。紹介状にもそう書いてあった。」
「客員?離脱も可能なのか?」
客員は通称で、有事の際に投入される特殊隊員だ。正規隊員ほど行動に制約がない。
「まあな。隊を出る時は声をかけてくれ。客員はうちでは相当な手練でないとなれん。お前らで三人目だ。」
三人目?そう言われれば問いたくなる。
「もう一人客員扱いがいるんですか?」
「いる。とてつもなく強い。多分お前くらいな。普段は冒険者をしている。名を黒。今度会うこともあるかもしれんな。」
冒険者のアーテル?聞いたことない。ギルドに聞き込めばわかるだろうか。それほどの強さならとっくに陛下が声をかけているかもしれないが。
そろそろ本題に入るぞ、とライマーはガサゴソと何か取り出した。
「客員は特別な任務についてもらう。森に怪しい箇所があってな。ジークと様子を見に行って欲しい。」
そう言いライマーは森の地図を広げる。
森には狩人や探索者用に道が整備されている。道と言うほど開かれてはいないが、それがなければ森の奥に入ることはできない。そして広大な森全てに道があるというわけではない。今回の探索では道がない地域も探索しているのだが、第一部隊が妙なものを見つけたと言う。
ライマーが森の中央、深淵部の奥を指さした。
「瘴気の沼?」
グライドは聞き返した。そんなものラウエン家でも聞いたことない。
「まあ瘴気かどうかはわからんが、そういった毒性の何からしい。遠巻きにしか近づけなかったようだ。魔獣さえ近寄っていなかったらしい。」
毒性の何か。濃い魔素がそう感じられたのかもしれないな。普通なら猛毒だ。
「様子を見てくるとは具体的には?」
「文字通りそのまんまだ。とにかく誰も近寄れない。目がいいやつが沼だと言っているがそれもわからん。近づいて何があるか見てこい。沼があるようだ、だけでは本部に報告もできん。危険であれば本部に応援を頼む。」
「その‥‥何かしてこい‥と言うことは?」
「まず近づけるかどうかだろう。何ができると言うんだ?」
「ですよねー」
あははーとグライドは頭を掻いてみせる。実は色々できます。
まあ魔素による猛毒なら大丈夫だろう。魔素じゃなければ浄化だ。自分の器用貧乏さに呆れる。結界封じでも聖属性魔法の浄化でも出来ちまう。
まあ今回は現地の様子を見てくるだけでいい。楽な仕事じゃないか。
「というわけで明日森に入るからな。」
ふーんとジークは不思議顔だ。
「森なんていつも入ってるけど、それが仕事なの?」
「まあ森の調査というやつだ。偵察ともいう。そういう仕事もある。」
「見に行くだけ?」
「見に行くだけ。楽だろ?」
「なんかつまんないなー」
ジークは不満げだ。もっと華々しい仕事をしたいんだろう。偵察だって大切な仕事だ。こういう地味で重要な仕事もあるし、なんでもその場で解決できるものではないことを今回教えておかないと。
『瘴気の沼ですか。そのようなものありましたかなぁ』
「俺も聞いたことがない。だから見に行ってみる。」
ファフニールも首を捻る。森の主だったこいつも知らないのか。まあそういうこともあるだろう。単に魔素の吹き溜まりであればいいのだが。
そうして翌日、二人は沼を目指して森に入った。
しかしグライドは気が付いていない。グライドが楽な仕事と考えた時に限って碌な目にあっていないということに。
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