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第三章: ジーク、入隊する。
入隊の条件
しおりを挟む二人が配属されたのは第八部隊だった。
通称“遊撃部隊”。主に傭兵や冒険者から構成されており、騎士隊に比べ規律は緩め。だが遊撃部隊のため何かにつけて駆り出させる。蛮族侵入の阻止に最初に投入されたり魔獣駆除もさせられたりする。状況に合わせ攻守が変わる、いわゆる部隊の何でも屋。雰囲気はラウエン家の騎士隊に似ているな、とグライドは思った。
門の警備に頼み責任者に面会を申し込んだ。
出てきた巨漢の男は四十代くらい。気配から凄腕だとわかる。だがその表情から理知的な人間にも見えた。
ライマーと名乗ったその大男は怪訝な顔で尋ねてきた二人を、特にジークをじっと見下ろした。
「また変なのが来たな。」
「また?」
「世の中不景気でな。入隊希望が後を立たない。一応聞くがお前らも入隊希望か?」
珍しい白い鷹を肩に乗せた九歳児のチビと騎士崩れの男、に見えてるのだろう。自分で言うのもなんだが正直かなり怪しい。だが九歳のジークも入隊対象にしたこの男にグライドは内心驚いた。
「希望ではなくここに入れと命じられた。これが推薦状。」
差し出した紹介状を胡散臭げに見ている。そして訝しげに紹介状とジークを見比べている。子供を入れろと言われればそういう反応になるわな。
「紹介状は本物のようだが話は聞いていない。」
「本部に照会してくれ。紹介状が本物なら入隊は問題ないだろう?」
「問題はないが入隊試験は受けてもらう。すぐに死ぬやつは要らんからな。」
もっともな話だ。この男まともだな。お役所仕事をしない。
だが入隊希望を追っ払うための試験だったら厄介だ。きっと無理難題をふっかけられる。
中に入れ、とライマーが顎で奥を示す。駐屯地だけあって荷馬車や馬が溢れている。グライドは天幕の数からざっと計算する。全体でもろもろ200人位か。
「照会してみるがその間暇だろう。待つもいいが試験を受けるか?」
脱落してさっさと帰れ、と言われているようだ。しかしここで帰ってはあの王様にどやされる。やらねばなるまい。
紹介状まで作った割には手配が杜撰なようにも思うが。あの王様の意図がわからない。
ジークは辺りが気になるのかキョロキョロしていた。強面の傭兵達がこちらを見ていた。子供の入隊希望は珍しいだろうな。白い鷹も。
「試験は何なんだ?」
「簡単だ。魔封の森で魔獣を狩って来い。」
狩る。殺せということか?
「生死は?」
「あぁ?」
「魔獣の生死は問うのか?」
ライマーは呆気に取られてグライドを見た。まあそうだろう。しかし大事なことだ、ジークにとっては。
「その問いは初めてだ。生死は問わない。捕らえられるのであればな。」
「わかった。行ってくる。こちらも時間が惜しい。」
「守りの魔道具は持っているな?入場は許可しておく。時間はかかってもいいが死ぬなよ。探しに行くのが面倒だ。それと。」
少し離れて物珍しげに辺りを見るジークに顎をしゃくる。
「あいつはお前の息子か?」
「違う!!!」
全力で否定させてもらった。精神にダメージを受けて胸に手を当てる。
何この精神攻撃?!年齢的にはあり得るが、流石にこの野生児の親は勘弁して欲しい!!
「預かり物だ。俺はこれの監視だ。」
「ならば試験はそれぞれ単独で実施だ。あれにもそう伝えておけ。」
一番大きな天幕の奥に消えるライマーを見送る。あそこが司令部なのだろう。
さてどうするかな。捕獲自体は簡単だ。問題は何を捕獲するか。熊や狼などの大型魔獣は普通一人では仕留められない。一人でなら出来てウサギかキツネ程度だろう。小型獣を捕まえればいい。そう考えジークを呼んだ。
「今から魔封の森で魔獣を捕まえるぞ。」
「なんで?」
ジークはきょとんとした顔をする。話を全然聞いていなかったんだな。
「入隊試験だ。生け捕りでいい。何か捕まえてこい。小さい魔獣だ。いいな?」
「うん!わかった!ちいさいやつね!!」
ジークが手を挙げて元気よく答える。経験上その笑顔がとっても不安だ。そこでジークの肩に乗っている鷹を鷲掴みにして引き寄せる。
『ぐぇぇっ だからこれはやめんか!!』
ファフニールは念話の相手を選んでいるからこの念話を聞かれる心配はない。だが鷹と会話している様子は普通ではない。グライドは辺りを伺いつつ声を顰める。
「お前、さっきの話は聞いていたな?」
『入隊試験の話ですな?聞いておりましたぞ。』
「なら話は早い。わかってるな?ジークに変なものを捕獲させるな。小型魔獣を捕まえさせろよ?」
『皆まで言うな。殿下にふさわしき魔獣を選びましょうぞ。』
キランと目を光らせてファフニールが応じる。
そうして二人は正門からそれぞれ森に入った。
グライドは思案する。あまり奥に行くのもしんどい。そこら辺にいるのでいいだろう、魔獣ならなんでもいい。
グライドは藪の中に入り地面に手をついた。そして辺りの魔素を体内に集めてから地面に注入する。それを一気に地中から噴出させた。
地面から黒い煙が上がると同時に数体の魔獣がその勢いで飛ばされて宙に浮いた。それらを『鉄壁』で全て捕える。
黒ウサギ、ネズミ、タヌキ、キツネが二頭。まあこんなもんか。
黒ウサギを捕獲し残りは解き放った。はい終了。ものの十分程度か。今回楽でいいな。
鼻歌まじりにウサギの耳を掴んで駐屯地に戻った。
ライマーは驚いた顔をしたが、生きたウサギをしげしげと見てグライドに告げた。
「確かに魔獣だ。合格だ。」
よっしゃ!楽勝!しかもこんな仔ウサギだから普通に見えただろ?ラウエン家でもよくウサギ狩りレースをよくやったもんだぜ!
満面の笑みのグライドにライマーが冷静に問う。
「どうやって捕らえた?」
「はい?」
改めてグライドの手の中のウサギを見る。そして訝るような目を向ける。
「傷一つない。罠にかけたにしても傷はつくはずだ。しかもクロナキウサギは足が速い。それをこの短時間で生け捕りにした腕はすごいな。」
え?あれ?ラウエン家の騎士は全員やってたぞ?あれは普通じゃないのか?!
「えーと、たまたま寝ていたところを‥‥」
「夜行性ではない。昼間には寝ない。」
「麻酔を‥‥」
「素晴らしい麻酔だな。傷もなしにどうやって?」
あれれー?やばい。疑われてる?なんか失敗した?
だらだらと脂汗を流すグライドをライマーは鋭い視線で見やっていたが、ふいに視線を外した。
「まあいい。手の内を全て出せとは流石に言わん。試験は合格している。グライドと言っていたな。優秀な人材は歓迎だ。ようこそ第八部隊へ。」
そうして右手を差し出してきた。グライドはその手を握り返す。
ふー、なんとかなった?話がわかる男でよかった。
ウサギを森に放して戻るも、ジークの姿がまだ見当たらない。どこまで行っているんだ?そこら辺の魔獣でいいはずなのだが。
「お前の連れはどこまで行ったんだ?正直この森は子供が入る場所ではない。迷子は困るんだが。」
そう話していたところで辺りが騒ついた。そして騒めきが大きくなる。その方を見やれば赤い何かがこっちに歩いてくるのが見えた。熊だ。
辺りが騒然となる。なぜならその背中に赤茶毛の少年が乗っていたから。
「兄ちゃん!ただいま!!」
「ジーク!!お前何やってんだ?!」
グライドが慌てて駆け寄れば赤熊に乗った少年がよいしょっと熊から飛び降りた。ジークに頭を撫でられ赤熊は大人しく目を細めている。
群衆がさらに後退り輪が広がった。輪の中にはグライドとジークと熊、少し離れてライマーのみ。そのライマーもその場に踏みとどまっていたが腰が引けていた。グライドがあたりを伺いながら声を潜める。
「お前!俺の話を聞いていなかったのか?!捕まえるのは小さい魔獣って言っただろ?!」
「え?小さいよ?去年生まれた小雪。かわいいでしょ?どんべえの娘なんだよ!」
「小さいの意味が違う!!!」
そしてどんべえ、メスだったのか!!
ジークの背後で小雪が大口を開けてあくびをする。ジークの頭なんぞすっぽり入る大きさだ。群衆がどよめいてさらに後退った。そのどよめきに熊がなんだ?と振り返る度に、輪がさらに大きくなっていく。
こっちの声が周りに聞こえなくなるから助かるが、あんまり威嚇してくれるなよ。まったく。
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