元帥になりたい!!!

ユリーカ

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第二章: ジーク、冒険者になる。

ファフニール①

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 変化は割とすぐに現れた。

 パイを一つ食べ終わったあたりでグライドはその気配に気がついた。
 湖の奥に魔素が急激に集まっている。そしてそれがゆっくりと上に上がってきていた。なんとも息苦しくなってくる。
 あんなに深いのに気配のこの濃さ。これはまずいのでは?

 そう思った瞬間、メリッサの腕輪やら髪留めやらが一斉に光りだした。その数が尋常でない。そして多重結界を展開する。護符が発動した!と言うことは!!

 しばし後、湖面が粘るように盛り上がり黒い塊が水面から顔を出した。
 黒い塊‥だが輪郭が揺らめいている。カマのようにもたげた何かが湖畔の一行を見下ろした。目と思しき黒い渦が二つある。

 グライドは思わず口に手を当てて『魔素変換』を最大展開する。魔素が濃すぎる!!猛毒だ!!

「おじいちゃん!」

 嬉しそうにエレオノーレが叫ぶ。
 あれがじいちゃん?!なんだあれは?!禍々しすぎる!じいちゃんなどど愛称で呼ぶ存在じゃないぞ!!

 グライドは強化『鉄壁』を四人を囲んで展開する。六角形の『鉄壁』で作った正四面体。今のグライドが展開する結界で一番強力なものだ。
 メリッサは『鉄壁』の中できょとんとその黒い塊を見上げていた。悲鳴をあげないだけ凄いだろう。大量の護符のおかげか苦しそうな様子もない。ロザリーに至っては平常運転だ。
 白虎は結界から出て黒い塊に頭を垂れる。森の主と認めているようだ。

『エレオノーレか?』
「おじいちゃん、元気になった?」

 そう言い黒い塊の側にエレオノーレが駆けていく。
 脳内に響くような声がした。
 これが念話か?ごくごく一部の上位魔獣が使うと言われている?初めて聞いたぞ!

 辺りは散り散りになった魔素で視界が黒くなっている。晴れているのに空を魔素が覆い辺りが薄暗くなった。
 
 湖面からラウエン家の男三人が顔を出した。ざぶざぶと湖畔に上がる。

「うへぇ疲れた~ ロザリーご飯ちょうだい~」
「僕も~」

 アレックスの風魔法で服を乾かした男子二人は結界内のブランケットに倒れ込む。ずいぶん弱っている。アレックスは疲れた様子もない。さすがだ。

 湖畔に立つアレックスに黒い塊がぞろりとカマをもたげる様に首を伏せる。


『お助けいただきありがとうございました。月輪の王よ。』
「だから俺はそれではない。お前は何だ?」

 問われた黒い塊がふわりと体を震わせる。輪郭が一瞬はっきりした。それは古代遺跡ダンジョンの壁画に描かれていた巨大な蛇の姿に似ていた。

『我は竜。かつてそう呼ばれておりましたぞ。』
「いつからここにいた?」
『さあ、どうでしょうかのぅ。ずいぶん時間がかかりました。』
「なぜ今現れた?」
『我を押しとどめていた杭が消えましたので。それから辺りの魔素を集めここまで体を戻しました。』

 杭。それはあのオベリスクではないのか?あれが消えてこれが復活したのか。

 グライドの背後では話を聞いていない男子二人がガツガツ弁当を食べている。
 雰囲気壊す奴らだな。もっと静かに食えないのか。
 黒い塊を見つめていたメリッサの目が輝いている。魔獣とわかったからか。だとしたらその魔獣愛も凄い。

 ついと黒い竜が結界内の侍女を見て声をあげる。輪郭がざわざわと乱れた。

『なぜ貴殿がここに?!久遠の時ですら貴殿を‥‥』

 そして竜は押し黙る。侍女から深い極寒の気配がする。

 黙れ。

 そう言っている。グライドにもそれがわかり背筋が凍る。他の誰も気にしていない。いや気がついていないのか?それとも‥‥
 ガツガツ肉の塊を食べていたジークがおかわり!とロザリーに微笑んでいる。


「猊下に会いたいと言っていたな。思い当たる方はいるが会ってどうする?」

 アレックスが静かに問う。

『変わらずの忠誠を申し上げるだけですぞ。ご心配召されるな、月輪の陛下よ。』

 だから自分はそれではない、というアレックス。どうも話がちょいちょい噛み合っていない。相当の年寄りの様だしボケているのか?

 不意に竜はグライドの方に首を向ける。正確にはグライドの後ろのジークにであったがグライドはどきりとした。

『ところでなぜ月輪の君がお二人いるのですかな?そちらの若君。』

 アレックスとグライドがその言葉にピクリとする。
 二人。ということはフィリクスやエレオノーレは含まれていない。
 肉を口いっぱいに頬張っていたジークが、ん?と竜を見た。

「ほれ?」
『おお、眩い月輪でございますな。お美しい。』

 アレックスの気配が鋭くなる。これ以上は言うなという『威圧』を竜に掛ける。それを感じてか竜は佇まいを改め、長い首を傾げるように黒いカマをもたげた。二つの渦が瞳のようにアレックスを見つめる。

『して猊下のご尊顔を拝することは可能でしょうかのう。』
「それはどうだろうか、ロザリー」

 ロザリーが気配を探っている。しばし時ののち、静かに口を開いた。

「今はお忙しいそうです。できれば会いたくない、と。」
『なんと!!』

 竜が悲しい声をあげる。
 意外だ。好奇心の強い陛下の心に竜は響かないか?

行幸ぎょうこう頂こうとは思っておりませぬ。我が猊下の許に参上仕る。』
「契約であればアレックス卿かぼっちゃまで十分だと仰せでございます。」

 契約?なんだそれは?ロザリーの言葉に竜は唸り声をあげる。

『確かにそうではございますが‥。一目拝謁しとうござりました。』

 しおしおと首を下げる黒い塊を慰めるようにエレオノーレが撫でる。あの禍々しいものに触って大丈夫なのか?

「契約‥‥とはなんだ?」
『我の主と定める契約でございます。今はただ移ろう身ですが、名をいただければこの世に縛られます。そうすればこの体も定まります。かつては猊下と結んでおりました。』

 かつては。猊下と。始祖王のことか。

「俺が契約してやってもいいが、お前が邪竜ではないという証は?」
『ございません。そもそも邪は人が判じるもの。我は何も変わっておりません。』

 ふむとアレックスは思案する。言われてみれば確かにそうだ。忠誠を誓うのであれば聖か邪は主人次第ではないか。

「そうか、ならば名を与えるか。何がいいかな。」

 そこにグライドが割って入る。

「おい、危険じゃないのか?契約なんて何が起こるかわからんぞ!!」
「陛下が問題ないと言っているしいいんじゃないか?下しておいた方が悪いことをしないだろう。当主の俺の方が面倒が見やすい。最悪叩き潰す。」

 アレックスはさらりと物騒なことをいう。そこまで言われればグライドも反対できない。そして別の心配が頭をもたげた。
 ジークのネーミングセンスがあれだ。アレクのそれはどんなのだろうか。子供たちの名前は奥様が決めたというし。ものすごいダサダサだったら竜が可哀想だ。

 そんなことを考えていたのだが。

「ファフニール!」

 元気の良い声がした。その声に一同が振り返る。

「ファフニールってどう?」

 肉を片手ににっこりとジークが声をあげる。グライドは一瞬呼吸が止まった。
 契約できるのは二人。アレックスかジーク。そして今ジークが名をつけた。無自覚に。

『おぉ!おぉ!またその名を賜れますか!身に余る光栄ですぞ!』

 竜は嬉しそうに背のエラのようなものを羽ばたかせた。

「待て!今のは違う!!」

 慌てるアレックスが制するもすでに遅い。竜は首を天に掲げる。魔素の輪郭が強くなっていく。形が変わっていく。

 黒い魔素は白い霞に。背中のエラは一対の翼に生え変わる。ゴツゴツとしていた長い尾は白く滑らかなものに。そして全身を鳥のような真っ白い羽毛が覆う。
 長い首の先に続いている頭部には白い炎のような揺らぎが現れた。その揺らぎはたてがみのように長い首の背を這う。

 純白の竜。鳥の様な翼を有している。壁画に残された鱗に覆われた蛇のような体躯とは対極の存在。羽ばたけば辺りに真っ白い羽毛が舞いおり雪のように美しい。

 竜は目を開けてジークを見る。その瞳は真紅の炎を湛えている。

『その名を頂き光栄でございますぞ。我が君』

 そしてソースまみれの顔のジークの前に白き頭を垂れた。ジークはきょとんとして肉を頬張っている。

 あぁ、とアレックスは額に手を当てる。

 これはやっちまったな。グライドは天を仰いだ。
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