26 / 44
第二章: ジーク、冒険者になる。
ファフニール①
しおりを挟む変化は割とすぐに現れた。
パイを一つ食べ終わったあたりでグライドはその気配に気がついた。
湖の奥に魔素が急激に集まっている。そしてそれがゆっくりと上に上がってきていた。なんとも息苦しくなってくる。
あんなに深いのに気配のこの濃さ。これはまずいのでは?
そう思った瞬間、メリッサの腕輪やら髪留めやらが一斉に光りだした。その数が尋常でない。そして多重結界を展開する。護符が発動した!と言うことは!!
しばし後、湖面が粘るように盛り上がり黒い塊が水面から顔を出した。
黒い塊‥だが輪郭が揺らめいている。カマのようにもたげた何かが湖畔の一行を見下ろした。目と思しき黒い渦が二つある。
グライドは思わず口に手を当てて『魔素変換』を最大展開する。魔素が濃すぎる!!猛毒だ!!
「おじいちゃん!」
嬉しそうにエレオノーレが叫ぶ。
あれがじいちゃん?!なんだあれは?!禍々しすぎる!じいちゃんなどど愛称で呼ぶ存在じゃないぞ!!
グライドは強化『鉄壁』を四人を囲んで展開する。六角形の『鉄壁』で作った正四面体。今のグライドが展開する結界で一番強力なものだ。
メリッサは『鉄壁』の中できょとんとその黒い塊を見上げていた。悲鳴をあげないだけ凄いだろう。大量の護符のおかげか苦しそうな様子もない。ロザリーに至っては平常運転だ。
白虎は結界から出て黒い塊に頭を垂れる。森の主と認めているようだ。
『エレオノーレか?』
「おじいちゃん、元気になった?」
そう言い黒い塊の側にエレオノーレが駆けていく。
脳内に響くような声がした。
これが念話か?ごくごく一部の上位魔獣が使うと言われている?初めて聞いたぞ!
辺りは散り散りになった魔素で視界が黒くなっている。晴れているのに空を魔素が覆い辺りが薄暗くなった。
湖面からラウエン家の男三人が顔を出した。ざぶざぶと湖畔に上がる。
「うへぇ疲れた~ ロザリーご飯ちょうだい~」
「僕も~」
アレックスの風魔法で服を乾かした男子二人は結界内のブランケットに倒れ込む。ずいぶん弱っている。アレックスは疲れた様子もない。さすがだ。
湖畔に立つアレックスに黒い塊がぞろりとカマをもたげる様に首を伏せる。
『お助けいただきありがとうございました。月輪の王よ。』
「だから俺はそれではない。お前は何だ?」
問われた黒い塊がふわりと体を震わせる。輪郭が一瞬はっきりした。それは古代遺跡の壁画に描かれていた巨大な蛇の姿に似ていた。
『我は竜。かつてそう呼ばれておりましたぞ。』
「いつからここにいた?」
『さあ、どうでしょうかのぅ。ずいぶん時間がかかりました。』
「なぜ今現れた?」
『我を押しとどめていた杭が消えましたので。それから辺りの魔素を集めここまで体を戻しました。』
杭。それはあのオベリスクではないのか?あれが消えてこれが復活したのか。
グライドの背後では話を聞いていない男子二人がガツガツ弁当を食べている。
雰囲気壊す奴らだな。もっと静かに食えないのか。
黒い塊を見つめていたメリッサの目が輝いている。魔獣とわかったからか。だとしたらその魔獣愛も凄い。
ついと黒い竜が結界内の侍女を見て声をあげる。輪郭がざわざわと乱れた。
『なぜ貴殿がここに?!久遠の時ですら貴殿を‥‥』
そして竜は押し黙る。侍女から深い極寒の気配がする。
黙れ。
そう言っている。グライドにもそれがわかり背筋が凍る。他の誰も気にしていない。いや気がついていないのか?それとも‥‥
ガツガツ肉の塊を食べていたジークがおかわり!とロザリーに微笑んでいる。
「猊下に会いたいと言っていたな。思い当たる方はいるが会ってどうする?」
アレックスが静かに問う。
『変わらずの忠誠を申し上げるだけですぞ。ご心配召されるな、月輪の陛下よ。』
だから自分はそれではない、というアレックス。どうも話がちょいちょい噛み合っていない。相当の年寄りの様だしボケているのか?
不意に竜はグライドの方に首を向ける。正確にはグライドの後ろのジークにであったがグライドはどきりとした。
『ところでなぜ月輪の君がお二人いるのですかな?そちらの若君。』
アレックスとグライドがその言葉にピクリとする。
二人。ということはフィリクスやエレオノーレは含まれていない。
肉を口いっぱいに頬張っていたジークが、ん?と竜を見た。
「ほれ?」
『おお、眩い月輪でございますな。お美しい。』
アレックスの気配が鋭くなる。これ以上は言うなという『威圧』を竜に掛ける。それを感じてか竜は佇まいを改め、長い首を傾げるように黒いカマをもたげた。二つの渦が瞳のようにアレックスを見つめる。
『して猊下のご尊顔を拝することは可能でしょうかのう。』
「それはどうだろうか、ロザリー」
ロザリーが気配を探っている。しばし時ののち、静かに口を開いた。
「今はお忙しいそうです。できれば会いたくない、と。」
『なんと!!』
竜が悲しい声をあげる。
意外だ。好奇心の強い陛下の心に竜は響かないか?
『行幸頂こうとは思っておりませぬ。我が猊下の許に参上仕る。』
「契約であればアレックス卿かぼっちゃまで十分だと仰せでございます。」
契約?なんだそれは?ロザリーの言葉に竜は唸り声をあげる。
『確かにそうではございますが‥。一目拝謁しとうござりました。』
しおしおと首を下げる黒い塊を慰めるようにエレオノーレが撫でる。あの禍々しいものに触って大丈夫なのか?
「契約‥‥とはなんだ?」
『我の主と定める契約でございます。今はただ移ろう身ですが、名をいただければこの世に縛られます。そうすればこの体も定まります。かつては猊下と結んでおりました。』
かつては。猊下と。始祖王のことか。
「俺が契約してやってもいいが、お前が邪竜ではないという証は?」
『ございません。そもそも邪は人が判じるもの。我は何も変わっておりません。』
ふむとアレックスは思案する。言われてみれば確かにそうだ。忠誠を誓うのであれば聖か邪は主人次第ではないか。
「そうか、ならば名を与えるか。何がいいかな。」
そこにグライドが割って入る。
「おい、危険じゃないのか?契約なんて何が起こるかわからんぞ!!」
「陛下が問題ないと言っているしいいんじゃないか?下しておいた方が悪いことをしないだろう。当主の俺の方が面倒が見やすい。最悪叩き潰す。」
アレックスはさらりと物騒なことをいう。そこまで言われればグライドも反対できない。そして別の心配が頭をもたげた。
ジークのネーミングセンスがあれだ。アレクのそれはどんなのだろうか。子供たちの名前は奥様が決めたというし。ものすごいダサダサだったら竜が可哀想だ。
そんなことを考えていたのだが。
「ファフニール!」
元気の良い声がした。その声に一同が振り返る。
「ファフニールってどう?」
肉を片手ににっこりとジークが声をあげる。グライドは一瞬呼吸が止まった。
契約できるのは二人。アレックスかジーク。そして今ジークが名をつけた。無自覚に。
『おぉ!おぉ!またその名を賜れますか!身に余る光栄ですぞ!』
竜は嬉しそうに背のエラのようなものを羽ばたかせた。
「待て!今のは違う!!」
慌てるアレックスが制するもすでに遅い。竜は首を天に掲げる。魔素の輪郭が強くなっていく。形が変わっていく。
黒い魔素は白い霞に。背中のエラは一対の翼に生え変わる。ゴツゴツとしていた長い尾は白く滑らかなものに。そして全身を鳥のような真っ白い羽毛が覆う。
長い首の先に続いている頭部には白い炎のような揺らぎが現れた。その揺らぎはたてがみのように長い首の背を這う。
純白の竜。鳥の様な翼を有している。壁画に残された鱗に覆われた蛇のような体躯とは対極の存在。羽ばたけば辺りに真っ白い羽毛が舞いおり雪のように美しい。
竜は目を開けてジークを見る。その瞳は真紅の炎を湛えている。
『その名を頂き光栄でございますぞ。我が君』
そしてソースまみれの顔のジークの前に白き頭を垂れた。ジークはきょとんとして肉を頬張っている。
あぁ、とアレックスは額に手を当てる。
これはやっちまったな。グライドは天を仰いだ。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結】少年王の帰還
ユリーカ
ファンタジー
——— 愛されるより恐れられよ。
王の崩御後、レオンハルトは六歳で王に祭り上げられる。傀儡の王になどなるものか!自分を侮った貴族達の権力を奪い、レオンハルトは王権を掌握する。
安定した政のための手駒が欲しい。黄金の少年王が目をつけた相手は若き「獣」だった。
「魔狼を愛する〜」「ハンターを愛する〜」「公爵閣下付き〜」の続編です。
本編でやっとメインキャラが全員参加となりました。
シリーズ4部完結の完結部です。今回は少年王レオンハルトです。
魔封の森に封じられた魔神とは?始祖王とは?魔狼とは?
最後の伏線回収です。ここまで何とかたどり着けて感無量です。
こちらも最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
細かい設定はさらっと流してます。
※ 四部構成。
一部序章、二部本編はファンタジー、三部は恋愛、四部は外伝・無自覚チートです。
※ 全編完結済みです。
※ 第二部の戦闘で流血があります。苦手な方はご注意ください。
※ 本編で完結ですが、後日談「元帥になりたい!!!」ができてしまいました。なぜ?
こちらはまだ未完ですが、楽しいので随時更新でゆるゆるやりたいと思います。
起きるとそこは、森の中。可愛いトラさんが涎を垂らして、こっちをチラ見!もふもふ生活開始の気配(原題.真説・森の獣
ゆうた
ファンタジー
起きると、そこは森の中。パニックになって、
周りを見渡すと暗くてなんも見えない。
特殊能力も付与されず、原生林でどうするの。
誰か助けて。
遠くから、獣の遠吠えが聞こえてくる。
これって、やばいんじゃない。
なんで誰も使わないの!? 史上最強のアイテム『神の結石』を使って落ちこぼれ冒険者から脱却します!!
るっち
ファンタジー
土砂降りの雨のなか、万年Fランクの落ちこぼれ冒険者である俺は、冒険者達にコキ使われた挙句、魔物への囮にされて危うく死に掛けた……しかも、そのことを冒険者ギルドの職員に報告しても鼻で笑われただけだった。終いには恋人であるはずの幼馴染にまで捨てられる始末……悔しくて、悔しくて、悲しくて……そんな時、空から宝石のような何かが脳天を直撃! なんの石かは分からないけど綺麗だから御守りに。そしたら何故かなんでもできる気がしてきた! あとはその石のチカラを使い、今まで俺を見下し蔑んできた奴らをギャフンッと言わせて、落ちこぼれ冒険者から脱却してみせる!!
勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~
一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。
そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。
しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。
そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
最弱職テイマーに転生したけど、規格外なのはお約束だよね?
ノデミチ
ファンタジー
ゲームをしていたと思われる者達が数十名変死を遂げ、そのゲームは運営諸共消滅する。
彼等は、そのゲーム世界に召喚或いは転生していた。
ゲームの中でもトップ級の実力を持つ騎団『地上の星』。
勇者マーズ。
盾騎士プルート。
魔法戦士ジュピター。
義賊マーキュリー。
大賢者サターン。
精霊使いガイア。
聖女ビーナス。
何者かに勇者召喚の形で、パーティ毎ベルン王国に転送される筈だった。
だが、何か違和感を感じたジュピターは召喚を拒み転生を選択する。
ゲーム内で最弱となっていたテイマー。
魔物が戦う事もあって自身のステータスは転職後軒並みダウンする不遇の存在。
ジュピターはロディと名乗り敢えてテイマーに転職して転生する。最弱職となったロディが連れていたのは、愛玩用と言っても良い魔物=ピクシー。
冒険者ギルドでも嘲笑され、パーティも組めないロディ。その彼がクエストをこなしていく事をギルドは訝しむ。
ロディには秘密がある。
転生者というだけでは無く…。
テイマー物第2弾。
ファンタジーカップ参加の為の新作。
応募に間に合いませんでしたが…。
今迄の作品と似た様な名前や同じ名前がありますが、根本的に違う世界の物語です。
カクヨムでも公開しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる