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第一章: ジーク、弟子入り(仮)する。
グライドの試練②
しおりを挟むグライドは俯いて肩で息をしていた。『魔素変換』を最大でかけて魔力をかき集める。まだ最後の試練が残っていた。
レオンハルトが静かに歩み寄る。両手には曲刀。最後の物理攻撃。
「見事だ。やはりお前は本番に強いな。」
そう言い両手を振りかぶり双剣を構える。
鬼だ!休みなしですか!魔力もあまりないのに!だがやるしかない!!
残った甲羅の『鉄壁』を五枚重ねて正面に置くがあっさり曲刀に砕かれた。半壊ではあったが腐っても『鉄壁』。それをいとも簡単に五枚まとめて砕かれてグライドは唖然とした。
切りかかってくる曲刀をギリギリで躱す。ジークとの組手訓練でいつの間にか動体視力がとてもよくなっていた。しかし体がついていかない。躱し切れないところは『鉄壁』を犠牲にするが、グライドは追い込まれた。
このままでは魔力切れでジリ貧だ!!
「どうした!止めてみろ!」
間合いを詰めるレオンハルトにグライドが立方体の『鉄壁』を展開する。白い『鉄壁』でレオンハルトの視界が奪われる。それは目くらまし。曲刀で壊すも乱立する白い結界に一瞬グライドを見失った。
レオンハルトがぴたりと止まり辺りの気配を探る。そしてレオンハルトの背後の白い『鉄壁』に双剣を振り下ろした。背後の『鉄壁』が真っ二つになる。
ガキンッと双剣が宙で止まった。
正面には決死の表情のグライド。そしてレオンハルトの曲刀の刃を、いくつもの小さな正四面体の尖が受け止めている。
それは以前、レオンハルトがグライドに教えたもうひとつの『鉄壁』。それを多数展開し、その突でレオンハルトの刃を受ける。針に糸を通すような繊細で正確なそれは神業にも等しい。
レオンハルトが瞠目した。そしてしばし後、ゆっくりと口元を歪め笑って口を開く。歯を剥いた。レオンハルトの気配が粘り変わる。覇気が渦の様に漲る。
その口角の上がった口元を見たグライドは目を見開いた。そこには『魔猊』の牙。
—— マズい!!!
レオンハルトは双剣を左右に薙ぎ払う。受け止めていた正四面体の『鉄壁』は真っ二つに、そして粉々になった。その勢いでグライドも背後に吹き飛ばされる。全身に衝撃が、激痛が走る。
仰向けに倒れるも起き上がれない。苦痛が体の動きを奪うのに、激痛で体が勝手に動いた。咳込んで口から血を吐いた。ひゅぅと呼吸音が濁る。苦しくて浅い呼吸が早くなる。
裂ける様な激痛の中でグライドは自分に起こったことをはっきりと理解した。致命傷だ。思考が飛ぶ。意識が遠のく。
駆けつけるテオドールが青ざめ目を見開く。血まみれで胸部の傷が深い。
「グライド!動いてはダメです!今止血を!」
喘ぐグライドをなだめたところで、レオンハルトが傍らに座った。
「あとは俺がやろう。テオドール、バイタルを。」
そう言い、手を胸の傷に当て様子を見る。レオンハルトの魔力がグライドの体を駆け巡った。低い声で呟く。
「気管損傷、気道を確保。胸部に刀傷二つ、肋骨骨折三本、ひび二本。肋骨片による外傷性気胸。心挫傷。他内臓損傷なし。」
レオンハルトが呟きながら手を動かす。テオドールに名を呼ばれグライドは目を開けた。
途中、喉に何か差し込まれ急速に空気が入ってくる。
痛みが徐々に消えてきて少し楽になった。指示を受けテキパキと処理をするテオドールは手慣れた様子だ。
「安心しろ。俺が完全に治す。すまん。つい楽しくなって少し力が入った。テオドール、止血補助に入れ。」
「‥‥少し?‥‥あれで?」
肺の息苦しさが消えて言葉が出た。体に何かが流れ込む。傷が急速に塞がり回復する様子がわかる。意識が一気に戻り始めた。
これはただの回復ではない。だがひどい眩暈がし始めた。
「お前は普段、想像力がないのが残念だと思ったが。本番ではあそこまで有能になる。もっとその才能に自信を持っていい。」
「‥‥自信なら‥普段‥から、あります‥。」
「言ったはずだぞ。普段は残念だ、と。意識レベルは正常だな。」
グライドの軽口にレオンハルトは手を止めずピシャリと返した。ひでぇなぁ。でも褒められたんだよな、これ。グライドは力なく微笑んだ。
「血が流れたから俺の血を入れた。俺の血は回復は早いが少しキツくなる。辛ければ寝ていろ。」
上着をかけて見下ろすテオドールがにこりと微笑む。先ほどの青ざめた顔はもうない。
俺は助かるんだな。グライドは安堵して瞼を閉じた。
グライドはその日は王宮に泊まった。傷は癒えていたが輸血による魔力酔いで歩けなかったためだ。登城し始めてから初めての事だった。だが体調は怪我をする前よりもいっそよかった。
ジークが隣でいびきをかいて寝ているが、狭いベッドで足がグライドに乗り上げている。心配してくれたのは嬉しいが、寝相といびきは何とかならないか?
「陛下の血はそう言う効果があるそうですよ。私は型が合わないと言われました。残念です。」
テオドールは羨ましいといった。陛下の血を受けられた、と。自分の胸部を見ても傷跡はない。魔法の回復ならあの傷では跡が残っただろう。血を吸った服がなければ夢だと思ったかもしれない。
不思議な治療だった。普通の魔法の回復より、細胞が再生し体が作り変えられるような生々しいもの。あんなにひどい傷だったのに。経験と本能で、本当に死んだかと思った。
「あれが陛下の本気‥‥、それもほんの少し‥‥。」
ジークとは手合わせ程度の相手。アレクとも本気で戦ったことはなかった。だが陛下のあれはほんの少しの本気…。あれは人が勝てるものじゃない。
「試練は失敗‥‥か。まあ仕方ないか。」
「合格だ。」
「はい?」
気持ちを切り替えた翌朝、執務室に呼び出されたグライドは聞き返していた。あれー?なんでだー?
「俺の攻撃を全て抑えた。最後のは俺が余計なことをしただけだ。俺に勝たないといけない、とまた思っていたか?思い上がるなよ。」
「い、いえ、滅相もない。そのようなことは‥‥」
思ってました。そういえば攻撃を防げばいいんだっけか。
「まあいい。これを下賜する。持っていけ。」
テオドールが差し出した盆を見てグライドは仰反る。そこには四組の黒い腕輪。それと小さな袋。うわぁ、もう見たくないっての!!心的障害になる!!
「つ、謹んで辞退します!!」
「ん?いいのか?残念だな。」
レオンハルトが袋を手に取り目の前に掲げる。
「俺の作る魔道具で最高傑作の一つ。時空の袋だ。見た目以上に物が入る。今のところ四つしか存在しない。アレックスとツェーザル、テオドール、そしてこれ。腕輪の収納用だが、他の物を入れてもいい。そうか、辞退するのか。」
んんんん?何ですと?
レオンハルトがこれ見よがしに袋を使って見せる。近くの杯に触れるとシュンと消えた。そしてそれを手の中にシュンと取り出して見せる。
王様がよく消したり出したりしてたあれか!!絶対欲しい!!喰い気味にグライドが前のめりになる。
「謹んで頂戴します!!是非!お譲りください!!」
「腕輪のどれかを常時装着する条件な。」
「げぇ?!」
「まあ就寝時くらいは許してやろう。×10もあるから軽いもんだろ?」
×10の腕輪をつけてみる。違和感が全然ない。
「あれ?これ壊れてます。」
「お前がそれより上ったんだ。下がらないよう装備しておけ。×20でも大丈夫そうだな。事故防止にお前専用にしてあるから安心しろ。」
慌てて腕輪を見れば確かに『グライド』と彫り込みがあった。
「うわぁ、ほんとだ!なんでまた!!」
「誤って娘がつけたら大変だろ。誰かにはめさせる気だったか?それは無意味だぞ。アレックスなら心地よい程度だ。」
「いえ!バース様に陛下の指導を説明するために‥‥」
「それも無駄。バースもそれを持っている。嫌がらせにもならないぞ。」
「は?!」
「最初にそれの使用感を聞いたのはバースだ。バースもそれを常時装備してるぞ?」
最近会ってないから知らなかった。マジですか?まだ強くなるおつもりですか?あの師匠は?!
レオンハルトが執務席から立ち上がりついとグライドを見た。
「一つ確認する。最後の物理を正四面体で受けたのはなぜだ?」
「えーと、なぜでしょうねぇ‥‥」
それは咄嗟の思いつき。毎晩愛娘にせがまれ出していた星は正多角形になっていた。その方がシンクレアが喜んだから。
グライドも喜んで正四、正八、正十二、正二十、と毎晩量産していた。
尖は力を分散し衝撃を受け止める。きっとあの刃も受け止められる。散々量産していたから考えるだけで作れた。それは魔力がない中での賭けだった。
「娘への愛情で救われたか。娘に感謝だな。」
レオンハルトが人差し指に星を出した。それは多角形を組み合わせた星。見たことがないそれにグライドの目が輝いた。
「すごい!なんですかそれ?!」
「星型八面体、ダ・ヴィンチの星と呼ばれる物だ。美しいだろう?王からお前の娘への褒美だ。作ってやれ。」
星を手にレオンハルトは目を細める。
「これで全ての指導が終わった。ジークとお前に明日から休暇をやる。ゆっくり休め。一週間後に指定場所で御前試合を執り行う。」
「え?もう?ジークもですか?」
戸惑って王を見上げた。あと三日ある。ギリギリまで鍛えるものだと思っていた。
「残りの日は万一の予備日だった。昨日お前が寝ている間にジークの仕上げも終わった。もう教えることはない。あれで十分だろう。」
レオンハルトは指先から煌めく星をグライドに投げ渡した。
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