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第二章: ジーク、冒険者になる。
冒険者になりたい!!!
しおりを挟む「兄ちゃん!オレ冒険者になりたい!!!」
王宮の従者控室に飛び込んできたジークは開口一番にそう言った。
ん?この展開、覚えがあるぞ?グライドは眉を寄せる。
あの御前試合から一月が経っていた。試合五日後から登城していたが怒涛の指導、そして追い込みは終わり、もう期限もないせいかレオンハルトの指導はそれほど苛烈ではない。
そのせいかグライドはダレきっていた。もうダレダレだった。
そんな朝に登城してきたグライドは、朝から元気一杯のジークにげんなりした。
あーあ、またあの方に吹き込まれたのか?せっかくここのところ平和だったのに。一月か。短かったな。
こうなるともう後の展開は見えている。走り出した獣を止めることなどグライドにはできない。だから真っ当な質問をしてみた。
「ジーク、元帥はどうした?」
「元帥にもなる!!でもまず冒険者になりたい!!」
「まあどっちにもなれる。理論上は。一応聞いてみようか、訳を。」
ふんふん、と鼻息荒くジークが語り出した。足をバタつかせ両手はファインティングポーズだ。
グライドは黙って聞き役に徹した。変に茶々を入れれば話が長くなる。今日はツッコミは心の中だけで我慢だ。
「さっきじいちゃんと会って朝のおやつもらったんだ!」
あの腹黒宰相閣下め。いつの間に‥。朝のおやつ?何餌付けされてんだよ?!城の朝めし足りないのか?
「そんでね!その時に聞いたんだ!冒険者ってとっても強い人がいるんだって!」
うん、いるな。何でも屋だ。お前ほど強くないけど。ていうか初心者だと割と弱いのもいるぞ?
「オレもお嫁さん貰ったらお金稼がないといけないよね?やっぱ街の外れに一軒家欲しい!おっきい方がカッコいいよね!」
んん?なんか急に生活感のある話に飛んだな?何これ?ツェーザル卿は何を言ったんだ?
「おとこのかいしょうっていうんでしょ?家を建ててお嫁さんにお金たくさんあげないといけないって!だからたくさん稼がないといけないって!」
???
なんかだいぶ偏っているが間違ってはいない。一般論としては。だが話の方向性に嫌な予感がする。
「だから冒険者になればがっぽがっぽ儲けられるって!すっごいよね!!これでお嫁さんを幸せにできるって!!」
「ちょっと待て——ぃ!!」
ここでグライドが我慢できずジークを止める。止めないとどこまでも突っ走ってしまいそうだ。
もうね、どこから突っ込もうかな。グライドは絶対否定できないところから攻めてみた。
「お前は公爵家の嫡男だ。公子だぞ?金稼ぎなんてその必要はない。お前が稼がなきゃならんほどラウエン家は金に困っていない。」
ジークはきょとんとした後、残念そうにはぁと息をついた。
「何言ってんだよ~ うちのお金は父ちゃんのじゃん。しばらく父ちゃんが当主するから、それまでオレはお嫁さんのためにお金稼がなきゃでしょ?」
そんな解釈するのか?それに独立する気か?!当主教育が始まればそんな暇ないぞ?!なんでそうなる?というか、嫁の件、諦めていないのか?!
グライドは腕を組んで俯きしばしぐるぐる悩んだ挙句、直球で聞いてみた。
「それ、父ちゃんに言ったのか?嫁の件。」
「ん?言ってないよ?オレ元帥になってないし。」
「え?なってから言うのか?遅くないか?!」
えー?と先程のような残念そうな目をジークはグライドに向ける。
「だってオレ達まだ婚約だけだもん。元帥になってぷろぽーずして受けてもらえないと父ちゃんに言えないでしょ。兄ちゃん、そんなんでよく結婚できたね?」
こんなとこだけ真っ当だなおい!!なんで俺が残念がられているんだ?!ひどくないか?!
そもそもさっきの冒険者の下りは嫁ができて金稼ぐんだろ?ということは元帥になった後の話?訳わからんぞ?
‥‥なんか面倒くさくなってきた。陛下に話して怒られればよくね?
ばっかもーん!修行中のお前が冒険者なんぞで遊んでる暇あるか!!って、鬼の陛下にプチッて潰されればいい。師匠の言うことならこいつも聞くだろうし。無駄に俺が疲れる必要もない。うん、そうしよう。
しかしわずか数分の後、この判断を心底悔やむことになる。
「いいんじゃないか?」
まさかのレオンハルトの賛同にグライドは真っ青になった。ジークは小躍りして喜んでいる。俺の周りで変な舞を舞うな!!
「な?なな?なんでですか?!」
「来週から視察に行く準備で忙しくなる。お前達を構っていられない。その間、冒険者とやらになって社会勉強でもしてくるがいい。」
「不在中の課題準備するのが面倒になりましたね?」
「そうとも言える。」
割と正直に答えられてグライドは脱力した。その周りを鼻歌に合わせて浮かれたジークが飛び回っている。鼻歌が絶望的に下手くそだ。
ジークが冒険者になる。当然監視役のグライドも同行となる。
きっと、いや確実に碌でもないことが起こる。『魔狼』との付き合いはアレクを含めれば結構長い。経験上、これはもう未来視に近い。
そんなグライドを執務机から見上げレオンハルトは真顔で指示を出す。
「とはいえ、あれの様子は気にはなる。俺が視察に出る前に一度戻ってこい。三日程度か。その間に冒険者登録をして幾つか仕事を請け負うがいい。」
「仕事請けまで。結構濃い課題ですね。」
それに妙に課題が具体的だ。この好奇心の強い王様のことだ、冒険者ギルドに行ったことがあるんじゃないか?下手したら冒険者登録してたりして。あっははー。まさかね。
「まあダメなら登録だけでもいい。お前達の強さの異次元ぶりもそろそろ自覚してもらわないといけない。」
「お前達?」
「そう、お前達。」
ん?と聞き返せば真顔で繰り返された。間違いではないのか。お前達?俺も???音痴の鼻歌が耳に入り、さらに混乱する。
レオンハルトは薄く笑ってグライドを見た。
「いい頃合いだろう。『聖騎士』を持つお前が普通だと思っていたのか?世間の基準できちんと自己認識を改めろ。ちょうどいい。今からでも王都の冒険者ギルドまで行ってくるといい。」
そうして歓喜狂乱するジークと共に執務室から追い出された。
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