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第一章: ジーク、弟子入り(仮)する。
神の領域
しおりを挟む微動だにしないグライドにレオンハルトが薄く笑う。この笑みはこの王が腹黒い時だとグライドは知っていた。
「人は動く時、動機が必要だ。ジークは食欲に快楽。子供‥‥というより獣の本能だな。お前は娘を喜ばせたいという愛情。俺は好奇心。それを示し導けば人は動く。」
何の話だ?‥‥でもとても嫌な感じが、ざわざわする。
レオンハルトは光を背に立っている。その表情に影が射す。
「お前はその愛情からあっさり禁忌を超えた。俺が手を引いたがあっさりすぎて拍子抜けした。それほど禁忌が刷り込まれていなかったのかもしれないが。魔術師ではなかったためか。バースの意図かもしれん。」
禁忌。魔法陣をいじるというあれ?
レオンハルトはソファに腰を下ろし背を倒し天井を見上げあげた。眩い金髪がソファの背に広がる。ふうと息を吐いた。
「魔術師はそれはもう最初に刷り込まれる。絶対に手を触れてはいけない。触れたものには禍が起こると。俺もバースにかなり刷り込まれた。だがすぐに破った。好奇心が俺を導いた。六歳の俺は相当に傲慢だったようだ。」
「六歳で‥‥。」
バース様が陛下に六歳で指導したという話は聞いたことがある。もうその時に禁忌を犯していたのか。焦がれる衝動を諫める禁忌に我慢ならなかったのだろう。その傲慢は幼いが故か王が故か。
レオンハルトはそれを語ることすら悪びれた風もない。
「何処か突き抜けなければ力は手に入らない。創造というものは領域を超えたところにある。だからこそ禁忌とされたのかもしれないがな。この域に踏み入った者は俺が知る限りで、俺とあの侍女、ロザリーと言ったか。そしてお前。人の身ではお前が初めてかもしれないな。」
何てことない話をするかのようにそう言い、王はグライドを見やった。
「喜べ。お前は師匠を超えた。」
グライドはごくりと喉を鳴らした。確かに嵌められたとはいえ自分自身躊躇いがなかった。いや、最初は躊躇いはしたが言われるまで罪悪感さえなかった。それほどまでに容易く超えてしまったのか。
禁忌と知識では知っていたが、そもそもバース様に刷り込まれた記憶さえない。
レオンハルトは指先に星型の『鉄壁』を出す。その美しさに禁忌の欠片もない。
「これを見せるのは構わないがタネは絶対明かすなよ。禁忌を犯したものを罰する法も判者もいない。所詮誰が定めたかわからないほど古臭い禁忌だ。俺自身、なぜこれが禁忌なのかもわからない。」
星はレオンハルトの手の中で輝いている。なぜこれが禁じられたのか。
「だが守っている奴らからすれば面白くない。なぜ禁忌かわからずとも、だ。集団心理とはそういうものだ。だからお前なら聖騎士剥奪に国外追放くらいはあるかもしれん。俺なら廃位だ。だがな。」
レオンハルトは星を握りつぶす。星はパキッと音を立てて粉々になった。
「力を求めるならここは避けては通れない。守るのも力。お前の『鉄壁』には必要なこと。これは人の次元を超えた領域だ。」
そうしてレオンハルトは動けないグライドに薄く笑いかけた。
「ようこそ、神の領域へ。歓迎するぞ。」
グライドはその後早退を願い出て家に帰った。娘にせがまれて星や蝶を無数に出しながら悩み、一晩かけて答えを出した。
気にすんな!バレなきゃいい!!
そんな顔で登城したグライドにレオンハルトは目を細めた。この顛末さえ見越していた顔だ。
おそらくこの禁忌を超えなければ最強の『鉄壁』は手に入らなかっただろう。ジークの全力を凌駕する壁。そしてそれは今後ジークと共にあるために必要だという。ならば腹をくくればいい。王が必要だというのだから。
近日の指導もこれにつながっているのではないか?万一があれば俺がジークを止めろという。
「という解釈でよろしいですか?」
そうはいっても不安になり、レオンハルトに問いかけるも返答は渋かった。
「65点。」
「え?ひっく!違いましたか?!」
公務に就こうとしたところを捕まえたせいか若き王は興味がなさそうな感じだ。
「最近お前をいじっていたのは好奇心からだ。どう成長するか見てみたかったから。結果どうなっててもよかった。ジークの暴走はアレックスか俺が止めるから心配ない。」
思ってたより酷かった。聞くんじゃなかった。
執務机につき書類の束を確認している。完全に公務モードだ。
「お前の役目はジークの監視。あれに何かあれば警報を出し、初動対処するだけだ。暴走した獣を止めようなどと思い上がるなよ。お前には無理だ。」
しおしおとなっていたグライドから、ふん、と目を逸らす。
「まあ前半は合っている。アレックスの護りという意味でもお前が持っているのはいいことだ。俺だけが持っていても仕方なかったしな。ただ渡す相手は限られた。それだけだ。下がれ。」
執務室から追い出されグライドは複雑な表情だった。一応俺は買われてるのか?
ジークが廊下を駆けてきた。
「兄ちゃんおはよう!これみてみて!!」
腰の曲刀二振りを見せた。『魔素喰い』と呼ばれたジーク専用の魔道具。
「お?それ持てるようになったのか?すげぇな!」
「でしょでしょ!」
クルクルまわり嬉しそうなジークの背後にいたテオドールがため息をついていた。
昨日何かあったんですか?控室で休憩中に話を聞いたグライドはゾッとした。
グライドが早退した後、レオンハルトは徹底的にジークを鍛えた。たまたま公務が流れた為なのだが。
ジークは魔素操作が上達し魔素ブロックで城や橋を作っていた。その様子から『魔素喰い』が解禁となった。
ジークが『魔素喰い』に少しでも触ればぶっ倒れる。倒れればレオンハルトが魔素を流し込み叩き起こす。『魔素喰い』に触る。そしてぶっ倒れる。それが延々を続き、やっと双剣を持てるまでになった。
その時点でジークもだいぶヨレヨレだったそうなのだが。
そこから舞が始まる。レオンハルトも同じ『魔素喰い』の双剣を手にしていた。ジークは×1、レオンハルトは×30。その状況で二人で魔素を奪い合いながら舞で斬り合う。
双剣には刃がない。ない代わりにジークの舞が遅れればレオンハルトは容赦なくジークを吹っ飛ばした。途中魔素枯渇で何度となくジークは倒れる。それを叩き起こす。吹っ飛ばす。それが次の公務が始まるまで続いた。
崖を這い上がる子獣を叩き落とす勢いだ。
その熾烈な様はテオドールも目を背けるほどだったという。
エグい。エグすぎる。俺いなくてよかった。
『魔素喰い』に慣れるために双剣は常時身につけるようにとの指示だ。ジークがぶっ倒れたら俺が腕輪で起こせばいいわけだが。獣の血が故か対応能力もものすごい。ジークは腰に双剣をつけたまま普段通りに生活できている。
嬉しそうに傍らでおやつをガブつくジークがすごい。よく考えればまだ八歳だ。よくこの指導を投げないな。
「ジークは辛くないのか?」
「大変だけど、強くなったって師匠に褒められた!!」
師匠って強くてカッコいいよね!とニコニコする素直さにグライドは心中ほろりと涙をこぼした。もう父親のノリだ。
純粋でいいやつではあるんだよなぁ。ちょーっとだけ野生児で明後日に突っ走る無自覚な獣なだけで。
しかしそんだけボコボコにされて王様をカッコいいって。どういう思考回路だ?
「陛下は必ず最後は誉めますからね、がっつりと。あれが効いているみたいですね。ジークが辛くないのなら幸いです。」
「陛下の人心掌握術はすごいですね。」
二人ははぁとため息をついた。
ジークが弟子入りして二十一日が経っていた。
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