10 / 44
第一章: ジーク、弟子入り(仮)する。
剣の舞②
しおりを挟む午前は演舞の練習、午後はグライドとの手合わせに当てられた。
ジークは動体視力がいい。そして飲み込みも早い。レオンハルトに型の指導を受けグライドから流れの指摘を受ける。四日目には滑らかな舞を演じられるようになった。
午後の手合わせでは×30のグライドにジークは互角になりつつあった。グライドがジークを完全に伸した日から三日目には、五回に二回は当たるがそれ以外は動きを読み躱すようになった。しかも当たる場合は防御する余裕があった。
たった三日!こっちは死にそうなのにたった三日かよ!!
レオンハルトがニヤリと×40の腕輪をグライドに差し出した。グライドがゴクリと唾を飲み込む。
もうこれは正気じゃない。絶対にヤバいやつだ。
×40の腕輪のひどい怖気に吐き気が込み上げてくる。そろそろ生理的に限界だ。
×40でジークを伸し、肩で息をするグライドをレオンハルトをじっと見ていた。グライドはたまらず黒い靄を纏う腕輪を外して仰向けに倒れた。ひどい胸焼けがする。
もっと使用者に快適な魔道具は作れないのか?!わざとだったら嗜虐が酷すぎる!!
そんなグライドをレオンハルトは双眸を細め探るように見つめる。そして———
「またレベルが上がったな。面白いやつだ。」
「レベル?なんですかそれは?」
「まったく、無自覚なやつだ。今度時間があれば教えてやる。今度な。」
レオンハルトは悪戯をする子供のように笑った。
そして舞を始めてから七日目。ジークは剣の舞を習得した。レオンハルトの合格の声が出た。弟子入りして十八日目のことだ。
「これは最初慣れるのが辛い。よく短期間でものにしたな。」
「はい師匠!ありがとうございます!!」
にこにこと笑うジークをグライドは複雑な表情で見た。父親の心的障害を習得して喜ぶ息子か。せめて陛下が人でなしでないことを信じて祈ろう。
しかし指導は終わっていなかった。レオンハルトが曲刀を持ってジークの前に立った。
「では次の段階に入る。」
きょとんとしたジークに剣を向ける。
「この舞は二人演舞だ。完全に同期しなければ完成しない。お前の演舞が俺に合わせられるかが鍵だ。」
そうして目で型を取るようジークに促した。
二人演舞。つまり鏡のように相対し舞で斬り合うということ。
「ぴったり合わせられないとお前は俺の剣に斬られる。集中しろよ。少しでも遅れればバッサリだ。」
二人の剣が擦れてシャランと音がなる。今まで空を切っていた剣が相対することで楽器のような音を鳴らす。鳴り続けるそれは音楽のようだ。
ジークの演舞も完成はしていたがレオンハルトの比ではない。速さが、キレが違う。少しでも遅れれば本当に斬られる。
タイミングがズレるたびにジークの薄皮が斬られ血が迸る。しかしレオンハルトは手を緩めなかった。
舞が終わったところでジークは血まみれだった。肩で息をするジークにテオドールが慌てて駆け寄り回復をかける。
—— あれは美しい舞ではない。殺人演武だ。あれに相対したものは確実に命を奪われる。
グライドはレオンハルトに歩み寄った。
あれは一体何なのですか?
その意図を察しレオンハルトはその意味を語る。
「これはほんの始まりだ。これの達人は神とされた。全てを会得すれば一騎当千と言われるほどの強者になる。そういうものだ。古くに途絶えてしまったのが残念だがな。始祖王でさえその境地には至れなかった。」
かつて大量発生した魔素は全てを破壊した。人類の叡智も至宝も。そして伝え手を死に絶えさせた。
「しかし陛下はそれをお持ちです。」
「その境地ではないと言ったはずだ。だがこの世界ではこの程度でも最強かもしれないな。そういえば、弟王の方がこれは達者だったな。俺を超えたら次はあれに鍛えさせればいい。」
腹黒宰相閣下。戦っているイメージないんですが。剣を持てるんですかね?
治療を終えたジークがレオンハルトに歩み寄る。
「師匠!もう一回!もう一回お願いします!」
「これは斬られる舞ではない。斬られた理由はわかっているのか?」
「はい!なんか掴めそうなんです!答え合わせしたいです!!」
グライドとテオドールはぎょっとした。あれだけ斬られたのにまだやるのか?!傷は魔法で癒えるが斬られた恐怖はその身に残る。下手に恐怖が身についてもいけないんじゃないか?
「もう一度だけだ。あとは一人で鍛錬しろ。」
「はい!ありがとうございます!!」
にこにこと喜ぶジークをやれやれと困ったようにレオンハルトは見やった。
果たして斬られた回数は半分になった。ジークはそれはもう喜んでいた。そこらじゅうを飛び回った挙句にグライドに襲いかかった。
「兄ちゃん見た?!すっごい綺麗にできたでしょ!!」
「わかったからじっとしろ!今治してるから!!」
血まみれの満面の笑みで飛びかかられては怖すぎるわ!!ぐしゃぐしゃと顔の血糊を拭いとってやるとやっといつものジークに戻っていた。
レオンハルトは曲刀をテオドールに戻す。そろそろ時間切れのようだ。
「これから公務に戻る。お前たちはそのまま鍛錬していろ。ジーク、だいぶ血が流れた。無理するなよ。」
「はい師匠!!気をつけます!!」
しゅたっと立って手をあげる。
まったく、気をつけてる風じゃ全然ないぞ。
「ああ、そうだ、これも渡しておこう。」
レオンハルトは背中に手を回して二振りの曲刀を取り出す。またあれか。ほんと、どこから出しているのか。
それは曲刀の形をしていたが、刀身は黒く刃はなかった。例の禍々しい靄が立ち込めている。いやぁな感じのそれにグライドはげんなりする。
この魔道具、またあれなのか。どんだけ好きなんだよ。
その反応にレオンハルトがくつくつと笑う。
「悪い、これはジーク専用だ。お前のではない。腕輪だけでは足りないか?」
「滅相もない!!十分すぎます!!」
「オレ専用?!やった!!」
やったやった!欲しい欲しい!と飛び回るジークをグライドは淀んだ目で見た。
いやぁ、喜ぶようなもんじゃないぞこれ。きっとひどい目に遭うやつだ。
レオンハルトは飾り紐のついた曲刀をジークに見せる。
「ジーク、よく聞け、これはお前専用だ。他のものには絶対触らせるな。絶対だ。グライドはいいが。」
「はい!わかりました!」
ジークは満面の笑みだ。ちょうだい!と両手を差し出すが、レオンハルトはその手に渡さなかった。
俺はいいんだ?いやもういいですけどね。
「いいか。これは『魔素喰い』だ。」
「『まそぐい』?」
ジークが首を傾げておうむ返しする。グライドも初めて聞いた。なんだそれは?
「手に持てばお前の体内の魔素を喰い始める。魔素枯渇にならないよう、お前は常にあたりから魔素をかき集めなくてはならない。かなり辛いはずだから覚悟しろ。慣れてきたら舞をこれで練習するんだ。グライド。」
珍しく低めの声で呼ばれ、グライドは思わずその場で片膝をついた。
「これはかなりキツい。様子を見てジークを休ませろ。しばらくはこれを持つだけになるかもしれない。」
そういってレオンハルトは曲刀を地面に置いた。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~
かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。
望んで召喚などしたわけでもない。
ただ、落ちただけ。
異世界から落ちて来た落ち人。
それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。
望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。
だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど……
中に男が混じっている!?
帰りたいと、それだけを望む者も居る。
護衛騎士という名の監視もつけられて……
でも、私はもう大切な人は作らない。
どうせ、無くしてしまうのだから。
異世界に落ちた五人。
五人が五人共、色々な思わくもあり……
だけれど、私はただ流れに流され……
転生して貴族になったけど、与えられたのは瑕疵物件で有名な領地だった件
桜月雪兎
ファンタジー
神様のドジによって人生を終幕してしまった七瀬結希。
神様からお詫びとしていくつかのスキルを貰い、転生したのはなんと貴族の三男坊ユキルディス・フォン・アルフレッドだった。
しかし、家族とはあまり折り合いが良くなく、成人したらさっさと追い出された。
ユキルディスが唯一信頼している従者アルフォンス・グレイルのみを連れて、追い出された先は国内で有名な瑕疵物件であるユンゲート領だった。
ユキルディスはユキルディス・フォン・ユンゲートとして開拓から始まる物語だ。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる