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第一章: ジーク、弟子入り(仮)する。
剣の舞①
しおりを挟む黒衣を身につけたグライドは珍しく夜中に王宮の屋上にいた。
普段は城下の家族の元に帰っていたが今日は仕方ない。あれだけ騒がしく辺りを嗅ぎまわれては無視できなかった。
取り押さえたそれは息絶えていた。
拘束術を施し自害をさせないように猿ぐつわを掛けたのだが、毒は経口とは限らない。何かを指に刺したのでそれが毒だったのだろう。
グライドは大きく息を吐いた。暗殺者の生捕りなど普通であれば無理だが、あの苛烈な王はなんと言うだろうか。
「そうか。」
レオンハルトはラボで何か作業をしながらそう答えた。意外だった。もっと詰られると思ったが。それを悟ってかレオンハルトは気怠げにグライドを見た。
「俺もそこまで冷徹ではない。俺に出来てお前に出来ないからと言って罰を与えたりしない。」
「陛下はお出来になるのですね。今後はこちらから手を回さない方がよろしいですか?」
嫌味を言ってそっぽを向く。グライドは拗ねた。せっかく帰らないで残業したのに。これなら愛妻の待つ家に帰った方がよかったか。グライドのその顔にレオンハルトは苦笑する。
「そういうな。生け捕れたとしても何も吐かない。そういうもんだ。今手が離せなかったからちょうどよかった。」
全然褒めていないです、それ。少しぐらいよくやった!って言ってくれてもいいのに。やはりため息が出た。レオンハルトは手を止めず世間話をするように続ける。
「首謀が見えた。後はツェーザルに指示してある。あれが片付けるそうだからもう大丈夫だろう。」
うわぁ。腹黒宰相閣下が掃除なさるなら完膚なきまでにぴっかぴかになりそう。
レオンハルトがじろりとグライドを睨んだ。
「ただゴミを潰して捨てればいいというものではない。周りに遺恨を残さず、しかし核心部分は転移させず確実に一気に除去する。その見極めが難しい。ただの腹黒では出来ないことだ。」
「よく俺の心を読んでいらっしゃいますね。」
「お前は顔に出る。気をつけろ。」
俺の顔なんて見てないくせに。だから恐ろしい。そして忠誠を尽くせると思える。稀有な方だ。
グライドがラボを辞した後、レオンハルトは呟いた。
「全く、愚かだな。歯向かう気概があるのならもっとやることがあるだろうに。だから潰される。」
「遊び」が終わったため、翌日の午前から新しい指導となった。珍しく午前から中庭に来ている。
レオンハルトは身軽な格好をしていた。執務中の服とは違い、袖のゆったりとした身衣、腰帯をしスラックスではない裾の広がったものを履いている。
はるか東方の国の衣装にも似ていた。指導開始から十一日目にして初めてのことだった。
「ジーク、一度やってみせる。お前は見て、覚えて、それを完全に真似ろ。」
ジークとグライドを控えさせ、テオドールから剣を二振り受け取る。あれは———
グライドの背が泡立った。
あれは始祖王が使っていた曲刀。古代遺跡から出土するがこれの正しい使い方がわからず、今の世界では使い手がいないとされたもの。
二振りの曲刀を持ったレオンハルトは右手を上段、左手を背の下段に構える。ゆらりと左足をあげ右足で立ち目を閉じる。
シャランと音を立てて曲刀が擦れ鳴った。二振りの曲刀が円を描き宙を舞う。剣についた飾り紐がそれを追従すれば弧の流れができる。
それは剣の舞だった。巫女が神に捧げるため舞う神楽。そういった神聖ささえ感じられた。
途中二振りの剣を擦らせシャランと剣が鳴る。音楽はないがそれが楽器のような響きを残す。空を切る殺刃が太陽を浴びて煌めき残像を残すようで美しい。レオンハルトの金髪がそれに彩りを加えた。
テオドールも初めて見るようで、魅入られたようにじっとしていた。
それほど長くない演舞だったが終われば辺りに静寂が訪れた。
「これが一部だ。ひとまずこれを完全に身につけろ。目標は三、できれば四部まで習得だ。どうだ?むずかしいか?」
「‥‥綺麗でした。」
初めてみる演舞にほぅと素直な感想をジークが漏らす。
まあそうだよな。俺もそう思う。これなんの指導なのか?
「ただの舞ではない。剣の使い方を身につけるためにものだ。やってみろ。」
テオドールから二振りの曲刀を受け取り、ジークは真似してみる。一度見ただけにしては、まあまああっていると思ったがレオンハルトから注意が飛んだ。
「体の芯がブレている。手首は返すな。足が低すぎる。」
そうして細かい指導をして自習を言いつける。
ジークはいっちにーさんしー、と真剣な顔でぐるぐる舞っているが、ゆっくり舞うのを見ればなんともへっぽこだ。
うーん?見てると不思議と合いの手を入れたくなる踊りだな。わざとか?リズムが合ってないせいなのか?
型はあってるのに、なんかもうこれ別物だ。
隣に座ったレオンハルトがグライドに指示を出す。
「今後午前はこれの練習になる。まだぎこちない。全体の流れでお前からもおかしいと思うところを指摘しろ。個々の型は俺が指導する。」
グライドは押し黙った。納得はできなかった。その様子をレオンハルトがチラリと見た。
「何か言いたいことがあるなら言ってみるがいい。」
「では恐れながら。あれは始祖王の曲刀です。息子のジークがあれをアレクに向けるのですか?酷すぎます。」
グライドは腹の中を吐き出した。始祖王はアレクの最大の心的障害だ。やっと塞がったあの古傷をわざわざ抉るのか?しかも元凶となった王自身が。
“一月後にあれがどうなっていようが文句は言うな。”
ジークの指導を引き受けた時にそう言っていた。これは陛下の意趣返しなのか。だとしたら息子に仕込むそれは相当に悪辣だ。
グライドのその言葉にレオンハルトは正面の虚空をじっと見つめていた。そしてぼそりと答える。
「アレックスの一番側にいたお前がそれを言うのか。」
「は?」
「いや、違う。これは八つ当たりだ。忘れろ。」
そう言い俯き、王は眉間を揉んだ。
王が一瞬垣間見せた感情の意味がわからなかった。
たまにこの王は人が変わる。若いくせにとても老獪な面もあれば、そのくせとても脆く見えることもある。その落差にグライドは翻弄された。
「あれは『器』は鋼鉄のように強い。だが中身は脆く弱い男だ。そこをお前がきちんと理解しろ。そして労ってやれ。お前にしかできなことだ。」
そう言ってレオンハルトは戸惑うグライドを残しジークの指導に立った。
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