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第二章 : 恋に落ちたソロモン

第009話

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「弟子ですか?僕が?」
「お前も上級錬金術士だ。後輩の育成にも参加する時期だろう?」

 創造ブラフマンことゲルトに穏やかにそう言われアイザックは面倒臭そうにため息をつく。

 アイザックは二十四になっていた。

 すっかり錬金術漬けの日々を送り、ヴァルキリーの幻影で見た目も相当ぽっちゃりな地味オタクになっていた。イケメンの面影はかけらもない。

 ソロモンを封じて生活に支障はない。うるさい精霊が減り寧ろ錬金術にのめり込める。それでも実験の爆発では小精霊がわらわらとアイザックを守るため怪我はないが、悪運が強いということで「爆破士」の二つ名までついてしまった。それさえもどうでもよかった。

 そして人間には一切興味を示さない。兄弟弟子たちともあいさつを交わすか交わさないかの程度。それさえも面倒だった。すっかり人間嫌いと思われているが、これも錬金術士にはよくあることだ。

「先日入った新人だ。もうすぐ来所するから面倒を見るように」
「はぁ‥」

 アイザックは心中舌打ちする。

 弟子。しかも新人ド素人。
 実験で手一杯なのに指導だって?

 不眠不休でやっと思った通りの実験結果が出て昨日泥のように眠れたくらい忙しいのに。論文や特許パテントも期限いっぱいだ。他人の面倒を見る暇なんぞ全くない。
 だがブラフマンの命令は絶対だ。わざわざそのために呼び出され対面で命じられた。ゲルトは穏やかな口調だったが有無を言わさない圧があった。

 他人に興味を持たないアイザックにとってはただただ面倒臭い。その思いのまま思いっきり顔を顰める。


 くっそ。くっだらねぇ。死ぬほどウゼぇ。
 フザけんなよ。使えないやつだったらいびり倒して追い出してやる。


 再び悪態の息を吐いて新人との面会のためにゲルトの後について応接室に向かった。

 そして新人と相対してアイザックは愕然とする。

 そこには一人の女性がいた。

 淡い金髪の緩い髪が背中まで伸びている。つぶらな青い瞳が印象的で小柄で愛らしい。白衣こそ着ているがとてもじゃないが錬金術士と思えない。
 緊張した面持ちで晴れ渡った空のような瞳がひたとアイザックの顔を見つめていた。

 六年ぶりの再会でも見間違えようがない。夢に見るまで焦がれた相手。あの幼い少女を一度たりとも忘れたことはない。

 シャルロッテ?なぜここに?!

 血がたぎり喉から迫り上がりそうになる強烈な叫声を必死で噛み殺す。表情を消して傍のゲルトを冷然と見やれば目を細め微笑んでいる。

 またいつもの悪戯か!全くこの人は!!

 ゲルトはちょいちょい弟子たちにお茶目な悪戯をして喜んでいる。そうはいっても被害は大したことはない。
 だが今回のこれは最悪だ。顔を合わせては逃げられない。なぜ大精霊ヴァルキリー賢者イスタールもシャルロッテの王立研究所入りを教えてくれなかったのか。

 いや、これはあいつらの意趣返しシカエシか。

 アイザックは心中舌打ちし二人の顔を思い浮かべ復讐を誓う。

 アイザックを見るシャルロッテに動じた様子もない。無表情のまま空色の瞳をまん丸にしてアイザックを見ていた。

 あれから六年経っている。見た目も女避けのために相当ひどくした。僕だとわからなくても仕方ない。寧ろ嫌悪感を持たれたかもしれない。

 嫌われた。そう理性的に考えれば胸がずきりと痛んだ。

 ゲルトからアイザックを紹介されて動揺を押し殺し怖くならないよう優しく挨拶をする。

「えーと、アイザックです。どうぞよろしく」
「シャルロッテ・シュミットです。宜しくお願いしましゅ」

 二人の間に沈黙が落ちる。が、アイザックは雷に打たれたような衝撃で撃沈寸前だ。死ぬ気で表情を凍らせる。

 しゅ?しゅ?!今噛んだ?素で噛んだのか?!
 マジか?噛んで可愛いとか反則級だろ?!

 シャルロッテは無表情だったがみるみる耳が真っ赤になった。

 ああ照れてる。可愛いなぁ。

「うん、よろしくね。しばらく僕の下についてもらうようになるから。わからないことはなんでも聞いてね」

 そこは笑顔でスルーすればシャルロッテの表情が柔らかくなる。ほんのりはにかんで俯いている。

 大きくなっても笑顔もそのままだ。
 美しく育ったな。

 胸の疼きを握り潰しアイザックはシャルロッテを眩しげに見つめた。




「ゲルト卿!!」
「やあアイザック。嫁はどうだった?」
「よ?!嫁じゃありません!なぜシャルロッテを僕の弟子に?!」

 シャルロッテが退所した後、アイザックはおよそ苦情を申し立てるように血相を変えてブラフマンの元に殴り込む。

「いけなかったか?」
「い、いけ‥‥。事前に教えてください!」
「そうすればお前は抵抗する。こういうのは案ずるよりは産むが易しだ」

 脱力。逃走防止か。僕をよくわかっている。
 ゲルトは白く伸ばしている顎髭を手ですきながら微笑んだ。

「お前の嫁だからお前の弟子がよかろう」
「よよよ、嫁ではありません!僕では困ります!」
「おや、違うのか?ならば他のものの弟子と交換するか?」

 そこで初めてアイザックは口籠る。どす黒いものが背をぞろりと這う。

「ソールは若いし婚約者もいないからちょうどいいかの」

 ソール?あのだらしない男にか?ちょうどいい?婚約者がいないのはタラシだからだ。シャルロッテならあっという間に食われるぞ。

「ラクトは既婚者だし優秀だ。あいつに預けるのもいいか。どうだ?」

 ラクト?既婚者だが女には見境ない。浮気の噂が絶えないのに!こっちだって碌でもない。

 歯軋りするアイザックを理解した様にゲルトが目を細めて微笑んだ。

「どうかのう?お前の許が一番だと思うがな」
「‥‥‥‥‥はあ。わかりました」

 どうしてこうなる?本当に困るのに。だが他の選択肢は断固却下だ。
 アイザックは深いため息をついた。



 家に帰れば大精霊がウキウキと出迎える。

『ザックおかえり~!ロッテちんどうだった?可愛かっただろ~!』
「お前!やはり確信犯か!なぜ言わなかった?!」

 暢気な大精霊をアイザックはギロリと睨みつけるも全然動じないヴァルキリーはあっけらかんと答える。

『だって言ったらザック逃げんじゃん』

 再び脱力。そんなに僕はわかりやすいか?まあ確かに間違いなく逃げたが。

『ロッテちん採用試験すんごく頑張ってたんだよ?健気だよねぇ。褒めてあげな!』
「おい。」
『今朝もロッテちんガチガチ緊張してたし。ザックに会えて喜んでた?』
「さっきから気になってんだがそれ!ロッテちんってなんだよ!なんでそんなに馴れ馴れしいんだ?!」

 僕だって愛称で呼んでないのに!お前精霊のくせに何様?!生意気だ!!
 確かに守護でずっと一緒にいたから愛着湧いただろうがな。

 そんなアイザックにヴァルキリーは不思議顔だ。

『えー?別にザックも呼べばいいじゃん』
「呼べるか!ただの上司だ!」
『まあそこは虚をついて隙をついて?』
「そんな簡単かよ!」

 くっそ!なんか腹立つ!
 こっちは必死に色々我慢してるのに!!

 アイザックは歯軋りをして呑気に虚空を漂う大精霊を睨め付けた。



「先輩!先生って呼んでもいいですか?」

 実験室でいきなりそう言われアイザックは目を瞠る。
 なんだなんだいきなり?

 弟子入り三日目。たった三日で不思議とシャルロッテとはずいぶん打ち解けた。こんなブサイクな自分なのに見た目で嫌悪されてないのが不思議だ。

「え?なんで?」
「ダメですか?」
「‥‥‥別にいいけど」

 先生?ちょっと、いやかなりくすぐったいな。
 アイザックは眼鏡を押し上げるフリで俯きにやけを噛み殺して内心悶える。

「やった!先生は私の師匠ですから!」
「‥‥じゃあ僕もロッテって呼ぶよ?」
「はい!いいですよ!」

 無邪気に微笑むシャルロッテに決死の覚悟で笑顔をキープしつつ、アイザックは内心激しく動揺する。

 あっさり愛称ゲット?
 何これ?嘘だろ?なんのご褒美だ?!

 早くもアイザックは追い詰められる。
 目の前には婚約を公表してない可愛い婚約者ヨメ
 その相手がそれと知らず仔犬のようにじゃれて懐いてくる。
 その笑顔の、存在自体の破壊力がとんでもない。

 なんかすげーいい匂いするし!笑顔も声も可愛いし!性格だって真面目で清楚で思いやりがあってどストライクだし!
 体のラインとか!胸とかヒップとか!これで十六とか犯罪だろ?凶器か?目のやり場に困んだよ!


 これで実験室で二人きりとか、手を出すなとかなんの拷問だ?!
 
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