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第二章 : 恋に落ちたソロモン
第003話
しおりを挟むアイザックがぞんざいに手を翳せば、そこから水渦と風渦が立ち上った。
初めて見る召喚魔法に外野から響めきが起こる。詠唱も待機時間もなく同時に苦もなく二種魔法を展開する。魔導でなら最高技術だ。
二つの渦が襲いかかるが魔導士の少年は魔力壁を展開してそれらを防ぐ。これも無詠唱。魔力壁が二つの渦と拮抗する。
そこを新たに雷の矢が貫いた。第三の力で魔力壁が壊れ少年は背後に弾かれたが何とか立っていた。その左右に炎と氷の大槍が突き刺さる。
取り巻きが大勢いたが響めきさえ出ず、辺りは静まり返っていた。召喚魔法二つ同時発動から更にほぼ同時に三つの召喚魔法の発動。魔導ではありえないことだ。
召喚魔法は掟無用法則無視。全て使い手の能力次第。故に三種の力の中では最強とされ、精霊に寵愛された傑物には至高の名が与えられた。
静まり返る中をアイザックが目を細め少年の前に歩み出た。
「ふぅん。お前強いじゃん。じゃあ同時に四つなら?五つならどうだ?」
アイザックの周りに精霊が集まり出す。少年に向けて翳すアイザックの手には炎、水、風、雷、氷、土、木、光、闇。他有象無象の精霊がまとわりついた。
囲む魔導士たちにはそれが見えていないが、なぜかその少年だけがアイザックの手を見て青ざめ慄いている。
━━━ こいつ、見えてるな。
そこでふと気がつく。
何を熱くなってた?
そう思えばなんだかどうでも良くなった。
すぅっと熱が引き心が冷える。
アイザックは纏った精霊を散らす。アイザックから殺気が消え魔導士の少年が驚いたのか目を瞠る。
アイザックは興味が失せたように少年の傍らを無言で通り過ぎた。ヴァルキリーは残念そうにローブの少年へ振り返る。
『あれーいいの?少年的にはここでさ、お前強いな!ってお友達になる展開じゃないん?』
━━━ んなわけないだろ。ガッツリ僕を倒す気で撃ってきたのに。
『えー?あんなに活きがよくって可愛い子も珍しいよ?お持ち帰りしたーい!』
━━━ 少年好きか。悪趣味だな。好きにしろ。
『そこ!言い方!可愛いは正義よ!腹たつなぁ!』
恨めしげにアイザックを睨みつけるヴァルキリー。そして満面の笑みで金髪の少年に手を振った。
ただ一人、魔導士の少年が唖然として二人を見ていた。
やがて空座だった【賢者イスタール】にあの少年がついたと聞かされてアイザックはため息をついてしまった。
少年の名をクラウス・シュリンゲンジーク。ずいぶん年上と思ったが実際はアイザックより二つ年上の十二らしい。
シュリンゲンジーク侯爵家は多くの優秀な魔導士を輩出した名家。クラウスはその中でも過去類を見ない鬼才ですでに侯爵家の当主だという。
つまり由緒正しい血統ということだ。
そいつが【賢者イスタール】になった。
出会いは最悪。こちらはどこの出かもわからないぽっと出の召喚士。厭悪されて当然か。疎まれるのはいつものことだ。
あれは精霊が見えるのにそうと言わない。
召喚士の素質があるのになぜ隠す?
訳ありのようだが、面倒くさいことにならないといいが。
そして王立研究所ではおよそ百年ぶりに三部門の長が揃った。
うち二人は十代の少年という前代未聞の事態だった。
アイザックの予感は当たった。
初回の三部門トップ会議、いわゆる『領袖会議』では二人はとことんそりが合わなかった。
「召喚士への予算が多すぎる。大して貢献もしてないくせに金ばかり使うな!」
「そこは賛同するが、それを言うなら魔導部門の予算もどうかと思うが?こんなに金かけてあの程度なん?誰か中抜きしてんじゃねぇか?」
バンとクラウスが机を叩き立ち上がる。
「取り消せ!不敬だ!」
「どこが?ああ中抜き?それは調べないとわからないか。大したことないのは不敬じゃない。事実だ」
「魔導士は日々努力している!大して努力もせず運だけでのし上がる召喚士が魔導士をどうこう言うな!」
「へぇ?努力ねぇ。あれで?」
クラウスからアイザックに魔法矢が飛んで来るもヴァルキリーがそれを弾く。
自然現象由来では消されると理解して魔導由来を放ってきた。よく考えるものだとアイザックは感心した。だがそれも大精霊の前では意味を成さない。
「先に手が出るところは直した方がいいぞ」
「お前に言われたくない!」
クラウスの攻撃にアイザックは微動だにしない。完全に無防備だ。クラウスはさらに忌々しげにアイザックを見据える。
「なぜお前は何もしない?!いつもいつも大精霊に守ってもらってばかりで!」
気色ばんだクラウスにアイザックは煩わしげだ。
嫌われているのはわかっていたがねちっこい。
なんでこいつこんなに僕に絡むんだ?
僕を守れと言ってないのに皆が守る。
僕はそれを望んでいないのに。
「もうどうでもいい。終わるなら早くしてほしいとそう思っているのに。僕はそれを待っている」
「はぁ?!召喚士を辞めるならさっさとソロモンを返上し出ていくがいい!」
クラウスはますます青筋を立ててアイザックを睨めつけた。だがアイザックは動じない。それさえもどうでも良さそうだ。
「どうでもいいんだよ、僕のこの生が。本当にどうでもいい。早く終わってほしいんだよ」
死を選ぶ自由さえない呪われたこの生が。
━━━ ヴァルキリー、お前ももう僕を守るな。
『そういう訳にいかないのよ。ソロモンはそう簡単じゃないわ』
頭上の大精霊にそう命じるも苦笑してアイザックを嗜める。
━━━ 僕の命でもか?
『従えないものもあるわ。ソロモンの安全が全て優先されるの』
またソロモンか。
どいつもこいつもソロモンソロモンうるさい。
アイザックは顔を顰め手を握りしめる。爪が手のひらに食い込んで血が滲んだ。その傷さえ塞がり回復する様を忌々しく見る。
そこでずっと沈黙を守っていた【創造ブラフマン】が初めて口を開いた。
「なるほど、小人閑居して不善をなす、とはよく言ったものだ。何か使命を与えないといかんな」
二人の少年が訝って三十近く年上の同僚を見やった。ゲルトは目を細め息子のような歳の少年を見据える。
「アイザック、私の弟子になれ」
「は?弟子?僕が?」
『あら、面白そうね』
「こいつはこんなでもソロモンです。何をおっしゃいますか?ゲルト卿?」
少年二人が目を瞠るが大精霊は好反応だ。
そうだろう。【創造ブラフマン】に【至高ソロモン】が弟子入りする。これも前代未聞だ。
「錬金術は万人に平等だ。そういうものだからな。召喚士が錬金術士になった例ならある」
「そんな‥‥ソロモンでは聞いたことがありません」
『でもこの子ヒマヒマなのよー。いーよいーよコキ使っちゃって!』
「は?何を言って‥‥」
ヴァルキリーも茶茶を入れている。それが聞こえたクラウスが大精霊に呆れ顔だ。しかしゲルトには届かない。
アイザックは憮然とした。自分を無視して話が進むのは腹立たしい。
「お前は今日から初級錬金術師アイザックだ。召喚術と違い錬金術は基礎学術が重要だ。今日からしごくから覚悟しろ」
「弟子入りすると言ってない」
「やりたいこともなくどうせ暇を持て余しているのだろう?召喚部門の予算が勿体無いと言うなら労力で貢献したらどうだ?」
恐ろしく暇だ。やりたいこともない。
それでも言いなりは面白くない。ぶちぶち言い訳したが、首根っこを掴まれ錬金術部門に引き摺られていった。
その日からアイザック・ゼクレスという名を与えられ徹底的にしごかれた。
アイザックは教育を受けたことがないが最低限の読み書きはでき頭も良かった。子供ながら村では数字を扱う仕事の手伝いもしていた。学はないが職業スキルはあった。故に苦もなく錬金術の基礎を身につける。
錬金術は基本の法則通りに実施すれば望む結果がついてくる。そこに精霊たちの干渉も魔導士のやっかみもない。錬金術は術者を差別しない。可能性も無限大。その平等性と自由度にアイザックはハマった。
やりたいこともなく生気のない無趣味人間が一つのことにハマる。その情熱はものすごい。
ブラフマンの弟子の中でアイザックはあっという間に頭角を表した。
「うーん、その才能、なんとも勿体無い。ソロモンでなけれな次期ブラフマンとなるだろうがなぁ。」
「兼任なら喜んで」
「兼任?バカか?!そんなこと許されるものか!」
「お前も錬金術やってみろ。ハマるぞ?」
「それこそバカだ。魔導士は錬金術に関わることはない」
ゲルトの手前強くは言わないが、クラウスは錬金術を毛嫌いしているようだ。これは魔導士共通のことだから仕方がない。
やがてアイザックは将来有望な錬金術士として一目置かれるまでになった。
この時アイザックは十八歳になっていた。
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